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地方単独事業と地方交付税制度が抱える諸問題

—地方交付税を用いた地方自治体への財政支援策の効果と弊害—

2001年 7月
肥後雅博
中川裕希子

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。
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以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp01j09.pdf 253KB) から入手できます。

(要旨)

  1.  公共投資に占める地方自治体のシェアはかなり高い。地方自治体の普通会計の公共投資額は公的総資本形成の50%、地方公営企業を含めると72%を占めている。1990年度以降における事業主体別の公共投資額の推移をみると、国や地方公営企業の公共投資額は増加傾向にある一方、地方自治体・普通会計の公共投資額は95年度をピークに最近では急速に減少している。普通会計の公共投資(補助事業・単独事業)のうち、地方自治体の自らの負担で行う単独事業が大幅に減少している。90年代半ばにかけての経済対策においては単独事業が一定の役割を果たしてきたが、最近では、単独事業は「地方財政計画」における計画額を大きく下回っており、単独事業が裁量的な財政政策の一翼を担うことが難しくなっている

  2.  90年代半ば以降の地方単独事業の推移を、地方自治体の財政力指数(基準財政収入額/基準財政需要額)別にグループ分けしてみてみると、都道府県・市とも財政力指数が高い自治体での単独事業の減少率が大きい。その減少額が全単独事業の減少額の大半を占めている。一方、財政力指数の低い自治体での単独事業の減少率は小さく、その動きは対照的である。
     歳入の状況をみると、財政力指数の高い自治体では法人事業税等の低迷から税収が減少ないしは横ばいに止まっている。地方交付税による財源補填効果が十分ではないため、一般財源(地方税<譲与税を含む>と地方交付税の合計額)の増加率が低くなっている。これが単独事業の大幅減少の主たる要因である。一方、財政力指数の低い自治体では、交付税増加から一般財源の増加率は比較的高く、単独事業の底堅い動きと符合している。

  3.  上記の事実を詳しく分析するため、一般財源から経常的歳出を控除した計数である経常キャッシュフロー(以下、キャッシュフローと略)を算出すると、キャッシュフローの増減と単独事業の増減が正の相関を有する。すなわち、財政力指数が高い自治体ほどキャッシュフローの減少率が高く、単独事業が大幅に減少している。好況期には税収増からキャッシュフローが好転し、単独事業が増加する、逆に不況期には税収減からキャッシュフローが減少するため、単独事業が減少するとの関係、単独事業が景気変動に正循環的(pro-cyclical)に変動する関係がある。これは、地方自治体が借入制約に直面していることを意味しており、民間企業の設備投資と類似の性質である。

     単独事業の水準とキャッシュフローの水準を比較すると、単独事業は全体としてはキャッシュフローに見合う水準に近づいており、その減少に徐々に歯止めがかかりつつある。しかしながら、個別の自治体をみると単独事業がキャッシュフローと比較して過大な自治体が現時点でもかなり多いため、単独事業は当面下押しされることは念頭に置く必要がある。

  4.  今後の地方単独事業を展望する。歳入面では、地方税収は2000年度以降増加基調となっている。しかし、(1)高齢化に伴う老人福祉関係費用、(2)職員の退職金負担、(3)地方債の元利償還費、などにより経常的歳出が増加することが予想されるため、当面はキャッシュフローが目立って好転する可能性は低い。むしろ税収が伸び悩んだ場合には、単独事業がさらに一段と削減される可能性もある。もちろん、財政力指数の高い自治体を除けば、キャッシュフローの水準は、国が地方交付税をどの程度交付するかに依存しており、地方交付税制度の持続可能性が今後の単独事業を左右すると予想される。

  5.  地方単独事業がキャッシュフローに左右されるなど、地方自治体が借り入れ制約の下にあるのは、地方債発行が国の許可制であり、その資金使途に厳しい制約が存在するためである。国は、景気変動と正循環(pro-cyclical)に動く単独事業を、不況局面下でも増加させるために、(1)交付税特会借入を利用して地方交付税を増額する、(2)地方債に対する交付税措置の適用を拡大する、などの財政支援策を行ってきた。その結果、現在および将来のキャッシュフローを押し上げ、単独事業を下支えしている。仮に財政支援策が行われていなければ、財政力指数が低い自治体においても、財政力指数が高い自治体と同様に単独事業が大幅に削減されていたと予想される。

  6.  もっとも、財政支援策には以下の5つのデメリットが存在する。(1)その効果は財政力指数の低い自治体に限定され、財政力指数1以上の自治体に対しては効果がないため、景気安定化効果が各地域に均等に波及しない。(2)交付税措置は低所得の地域に手厚く配分され、地域間の所得格差が縮小するなかで公共投資の所得分配的な性格を一段と強めている。(3)交付税措置は自治体に非効率な公共投資を増加させるインセンティブを持たせるため、公共投資全体の効率性を低めている。(4)交付税特会借入や地方債に対する交付税措置(「負担感なき財政赤字」)が、当事者である自治体や世論が自覚しないうちに巨額となっている。(5)これらの財政赤字を「保有」する主体と「負担」する主体が乖離しているため、「財政錯覚」から非効率な歳出が温存されやすい。また当該債務は、全ての自治体で返済する、ないしは国が返済するルールであるため、個々の自治体にとっては公共投資を増加させ、社会厚生からみて過大な財政赤字を発生させるのが最適な行動となってしまう。

  7.  「負担感なき財政赤字」が急激に増加し、地方交付税制度の持続可能性に疑問が生じつつあり、地方交付税制度を改革する必要性が高まっている。もとより、地方交付税制度の改革を具体的にイメージする上では、資源配分の効率性、所得分配の公平性のいずれを重視するかなど、人々の価値観に依存する論点を避けて通ることはできない。

     ただ、上記についてどのような立場を採るにせよ、以下の2点についての配慮は不可欠だと思われる。(1)交付税特会借入や新規の交付税措置を廃止することで、財政赤字を「所有」する主体と「負担」する主体を一致させることで非効率を除去することである。代わりに、最終的な負担主体である国および地方自治体が、国債や地方債を発行し、その返済を自らの財源で行う。(2)既存の交付税特会借入・地方債に対する交付税措置の処理に十分な配慮が必要である。これらの債務は地方自治体の債務であるが、国はこれを利用することで景気安定化という政策目標をある程度達成してきたことも事実である。こうした事情を考慮すると、国は既存債務に対する交付税措置を廃止するなどの時間的非整合(time-inconsistent)な行動を行うべきではない。仮に廃止する場合には国による債務の肩代わりや地方自治体が行う資金調達への支援を継続するなどの移行措置が欠かせない。

     また、最後に制度改革が景気に与える負のインパクトに十分留意する必要がある。(1)当面は、財政赤字の削減を直接の目的とせず、交付税措置などのインセンティブを歪め、非効率性を助長するしくみの除去に重点をおくべきである。(2)その後景気が回復すれば、財政赤字を削減するとの「2段階方式」が対応策として適切ではないかと考えられる。