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低インフレ下におけるインフレのコスト分析

—税制と資源配分の視点から—

2001年 7月
上田晃三

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp01j10.pdf 237KB) から入手できます。

(要旨)

  1.  低インフレ下において中央銀行の目指すべきインフレ率はどの程度なのであろうか。最適なインフレ率は様々な要因によって左右される。例えば、物価・賃金の下方硬直性、名目金利のゼロ制約、インフレ率の不確実性、相対価格の変動などが大きな影響を与える。このほか、税制がもたらす資源配分の歪みの影響が少なくないと考えられている。
  2.  各国で採用されている税制では、課税対象となる所得、消費はいずれも実質値ではなく名目値である。また多くの税は、定額税ではなく、所得や消費に対する比例税ないしは累進税となっている。これは、税が所得再分配を図る手段としても用いられるためである。そのため、インフレ率が変化すると実効税率が変化する。その結果、インフレは資源配分の歪みを増大させ、コストを発生させる。本稿は税制がもたらすインフレのコストを考察・試算したものである。
  3.  最初に、(1)企業の資本収益、(2)住宅投資コスト、(3)労働所得に対する実効的な税率が、インフレ率の変化に伴いどのように変化するかを、日本の税制に即して試算してみた。(1)企業の資本収益に対する実効税率は、インフレ率が0→2%まで上昇すると13%上昇する。またインフレ率が0→▲2%まで低下すると13%低くなる。そのインパクトは、欧米各国の計測事例と比べかなり大きい。一方、(2)住宅投資コスト、(3)労働所得に対する実効税率は、インフレ率の変化に伴い大きな変化を生じない。そのため、日本においては、インフレ率の変化による資源配分の歪みは、主として(1)企業の資本収益に対する実効税率の変化を通じて生じる。
  4.  次に、Abel[1997]にならい、家計・企業・政府の行動を一括して考慮した一般均衡モデルを用い、インフレ率の変化による実効税率の変化が、どの程度、経済の資源配分に歪みを発生させ家計の効用を低下させるかを試算した。ここではインフレのコストを家計の効用の変化に集約する。具体的には、インフレ率が変化しても家計が保有する貨幣の量や労働水準が変化しないと仮定した場合における長期的な消費水準を算出し、その消費水準の減少率をインフレのコストの指標として用いる。試算の結果、インフレ率の上昇は、家計の長期的な消費水準を低下させること、すなわち相応のコストを生じさせることが分かった。
  5.  また、日本のインフレコストは米国やドイツなど欧米諸国の試算値と比較して2ないし3倍に達しており、インフレのコストはかなり大きいとの結果が得られた。これは90年代の経済低迷の影響もあり、企業の資本収益率が他国と比較して低く、インフレ率の変化に伴う資本収益に対する実効税率の変化が大きくなるためである。よって他の条件が同じ場合には、日本の最適インフレ率が他国と比較して低くなると考えることができる。ただし、この試算結果は今後の企業の資本収益率がどの程度の水準となるかによって大きく変化する。
  6.  本稿の試算結果からは、インフレ率が低下すると逆にベネフィットが生じると考えることができる。しかしこの点については、以下の理由から割り引いて考える必要があろう。Abelのモデルでは、企業はベール<veil>にすぎず、企業の行動は家計部門の最適化により意志決定されている。ただし現実には、企業の行動は家計にとっての投資収益率(資本及び負債から得られる収益率)だけでなく、企業自身の会計上の利益にも影響を受ける。インフレ率の低下による会計上の収益の低下は、企業の投資行動を抑え経済にコストをもたらすと考えられる。
  7.  このほか、本稿の試算結果は、(1)インフレ率の変化は完全予見である、(2)インフレ率が変化すると名目収益率や金利は同じ幅だけ変化する(フィッシャー効果が成立)、との仮定に依存しているほか、(3)本稿の分析はインフレ率変化前後の2時点の比較静学分析に止まっているため、インフレ率が変化した場合に、新しい均衡点にどのように移動するかという移行過程を考慮していないとの制約もある。以上から、本稿の試算結果が直ちに望ましいインフレ率を決定するわけでないことに留意が必要である。経済にとって最適なインフレ率は、税の資源配分のほか、冒頭に述べた物価・賃金の下方硬直性、インフレの不確実性、相対価格の変動、金利のゼロ制約などにも左右される。これらの効果を考慮すれば、特にデフレによるコストは無視し得ないと考えられる。中央銀行は常に様々な要素を考慮しながら、金融政策を行っていく必要がある。