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マクロ計量モデルによるインフレ率予測誤差の分析

2001年 9月
伴金美
齊藤誠

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(はじめに)を掲載しています。全文は、こちら (cwp01j12.pdf 89KB) から入手できます。

はじめに

 経済予測に関する誤差分析は、予測の可能性への強い関心から、多くの立場から評価の対象となっている。ところで、これまでの経済予測における誤差分析の対象は、経済変動の指標である経済成長率の予測誤差を中心としてなされてきた。しかし、最近では経済変動に大きな影響を与えるインフレ率の予測誤差にも注目が集まっている。もちろん、マクロ計量モデルを用いた予測では、これまでの二度の石油ショックを経験する中で、インフレ率が経済に与える影響も強く認識されており、予測にあたって細心の注意が払われている。1しかし、これまでの予測誤差分析の評価の対象として、インフレ率がなることは少なかった。

  1. Ban(1979)は、インフレ率の変動が消費支出に影響を与えることを実証している。

 インフレ率予測が注目を浴びるようになったのは、インフレ率が金融政策の目標値として採用されている国において、目標値と現実のインフレ率との乖離が、金融政策を変更する根拠とされることがあげられる。そのため、金融政策の変更によって大きな影響を受る金融市場などの分野において、インフレ率の予測が重視される傾向が顕著になったことによる。すなわち、インフレ率の目標値が設定されれば、金融市場は先行きのインフレ率を予想することで、目標値と現実値との乖離から金融政策の変更を予測することが容易となることで、政策の変更に事前に対応することができるようになる。もちろん、これはインフレ率の実体経済に与える影響の大きさや、政策目標としてのインフレ率の重要性を必ずしも意味しない。インフレ率を目標とする諸国においては、インフレ率が実体経済に与える影響を重視するという意味だけでなく、市場の期待形成に影響を与えることで、金融政策の変更による市場の予想外の変動が、経済に与える混乱を小さくしようとすることが目的とされることが多い。

 もちろん、インフレ率の目標値が明示的に設定されていない場合においても、インフレ率の動向が物価の安定を重視する金融政策の変更に大きく影響することは世界的な傾向であり、どこでもインフレ率が大きな関心事となる。例えば、アメリカにおいて、FOMCの直前に公表されるインフレ率や生産性の伸びが、金融市場に大きな影響を与えることが知られている。特に、発表されるインフレ率が事前の予測と大きく乖離する場合、政策の変更を前提として市場が動くことになる。このような金融市場の動きは、合理的期待形成仮説によれば、当然の成り行きである。何故なら、期待が経済活動に明示的に組み入れられている場合、発表されるインフレ率と事前の市場の予測との大きな乖離は、市場参加者に金融政策の変更を予想させる。その結果、市場は資金的なポジションを政策変更以前に行う可能性がある。そのため、金融政策が実際に変更されてからの市場の動きは、変更を既に織り込んでいるために大きくないことが多い。逆に、市場の予想を裏切って政策変更が行われない場合、市場に大きな失望感が発生し、予想外のショックを与えることが知られている。その意味において、市場の予想形成を把握し、その合理性を評価することは、政策効果の有効性を評価する上でも重要である。

 本稿では、経済予測に用いられるマクロ計量モデルによるインフレ率予測誤差について検討する。しかし、本稿の目的は、インフレ予測誤差を基準とする最適な予測形式の観点から検討することではない。予測の方法として継続的に用いられてきたマクロ計量モデルの予測誤差を、それを用いて予測を行ってきた経験に基づいて検討するものである。その際に、経済予測の誤差を評価する際の問題点をいくつか指摘し、予測誤差を改善する立場から、予測方法の評価についても検討を加える。

 そのために、本稿ではまず予測誤差を検討する際に、事前予測と事後予測を区別することが重要であることを指摘する。この事前予測と事後予測の基本的な違いは、予測を行う時点にある。事前予測とは、予測対象となる変数を実現する時点より前に行う予測である。それに対して、事後予測は予測対象となる変数を実現した時点より後で行う予測である。したがって、経済予測の目的が、実現していない将来を見通すことであるならば、予測誤差に基づく予測方法やモデルの選択は、事後予測の結果ではなく、事前予測の結果に基づいて行われなければならい。しかし、事前予測による予測誤差を評価するには、予測が継続的に行われ、公表されていることが必要である。さらに、予測がどのような方法で行われたかについて明示されることも望ましい。本稿では、マクロ計量モデルによる予測例として、財団法人・関西経済研究センターによる予測をとりあげる。関西経済研究センターは、マクロ計量モデルによる予測を25年以上にわたって継続的に行っており、その予測値が詳細に公表されている。2

  1. 1975年から1989年は、森口親司京都大学・大阪大学名誉教授が担当し、1990年から現在に至るまで、伴が担当している。予測結果は、関西経済研究センターから年2回、7月と12月に公表されるとともに、米国社会科学財団(SSRC)と国連の共同プロジェクトであるProject LINKの日本の予測値としても利用されている。なお、予測結果の詳細は、関西経済研究センターから、マクロ経済分析プロジェクト『景気分析と予測』として公刊されている。

 ところで、経済予測を実務的な視点から見れば、事前予測を行う際に、予測モデル自体の予測力だけではなく、モデルに含まれない多くの外部情報をどの程度折り込むことができるかにも依存する。マクロ計量モデルによる予測が、その他の予測モデルに対して優位性を持つのは、将来生じ得る事態を外部情報として折り込んで予測を行うことができることにある。もちろん、外部情報に大きな誤りがあれば、予測結果は逆に悪くなる。

 伴(1991)は、1980年から1988年までの経済成長率についての事前予測を、単純な時系列モデルによる事後予測、マクロ計量モデルに基づく関西経済研究センターと日本経済新聞社データバンク局の事前予測、段階的接近法による日本経済研究センターの事前予測と比較している。それによれば、マクロ計量モデルによる事前予測は、時系列モデルによる事後予測や段階的接近法による事前予測よりも優れていることが示されている。

 本稿ではマクロ計量モデルによる事後予測についても評価して検討する。事後予測は、実現した後の時点で予測を行うものであるが、共通の情報集合に基づいて、多様な予測方法による誤差を比較して評価することができる。すなわち、新たに開発された統計予測方法や、事前予測に継続的に予測に利用されたことがなくても、継続された使用されてきた予測方法と同じ土俵で比較することができる。本稿による事後評価の過程で、マクロ計量モデルによる事後予測においては、事後予測の誤差が事前予測の誤差を上回ることが困難であることが示される。これは事後予測の結果によって予測方法を選択することについて、少なからぬ疑問を発生させる。本稿の示唆するところは、特定の予測方法が経済予測に有用かどうかは、長年にわたって事前予測に継続的に用いられることで初めて分かるという点にある。

 ところで、経済予測のパフォーマンスが低いと指摘する声がわが国では多い。馬場(1969)は、1960年から1967年の政府の経済見通しと、ある年の成長率が翌年も持続するというナイーブ予測とを比較して、後者の方が良好なパフォーマンスを示すことを示している。さらに、折谷(1979)は同じ成長率について、1968年から1977年の民間の研究機関による予測と、単純な時系列モデルによる予測を比較し、後者の方が良好なパフォーマンスを示すことを示している。ただ、彼らの研究結果は、一般的な経済予測のパフォーマンスの低さを示しているが、それをマクロ計量モデルの予測力の低さとすることは誤りである。何故なら、予測誤差の評価の対象とされた予測が、マクロ計量モデルによるものかどうか明確ではないためである。実際、マクロ計量モデルによらない経済予測も数多く存在する。馬場教授の主張も、大量の資源を投入して誤った予測をするよりも、マクロ計量分析手法を用いて整合性のある予測を出すべきだという点にあった。