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世界的なIT産業の変調の背景と先行きの見通し

2001年11月12日
森本喜和

日本銀行から

日本銀行国際局ワーキングペーパーシリーズは、国際局スタッフによる調査・研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは国際局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せください。

以下には、(問題意識と要旨)を掲載しています。全文は、こちら (iwp01j03.pdf 165KB) から入手できます。

問題意識と要旨

 1998年頃から2000年前半にかけて世界景気の牽引役であったIT(Information Technology=情報技術)産業は、2000年後半に変調を来し、本年入り後は、逆に深い調整に見舞われている。今後の世界景気を見通すにあたっては、米国における同時多発テロ事件の影響もさることながら、こうしたIT産業における調整の帰趨が決定的に重要である。

 そこで本稿では、そもそも、なぜIT産業は、空前の活況から一転して、ここまで深い調整に見舞われることになったのか、また、90年代入り後、米国を中心に趨勢的に拡大してきたIT関連財の最終需要が変調を来しているのはなぜか、という点を中心に考察する。特に、後者については、従来、「IT関連財は陳腐化スピードが速いうえ、IT投資は生産性向上をもたらすため、IT関連財需要は趨勢的に伸び続ける」との楽観論が一般的であっただけに、今回の需要減少にはやや違和感がある。ITの最終需要動向を見極める上では、この疑問を解き明かしておくことが不可欠である。

 本稿の内容を予め要約すると、以下の通りである。

  1.  2000年前半にかけて、世界的にIT関連財の最終需要が盛り上がる中で、製造の各段階では、需給逼迫を背景に一種の「バブル」(二重三重発注や前倒し発注=仮需)が発生した。このため、特に川上の半導体業界では、最終需要を大きく上回る需要の盛り上がりがみられたほか、同業界自体の設備投資も、嵩上げされた需要に引き摺られた結果、極めて大規模なものとなった。
  2.  しかし、2000年後半に至り、状況は一変した。米国を中心にIT関連財の最終需要が変調を来たしたことを契機に、製造の各段階で膨張していた仮需が「ドミノ倒し」的に剥落した。この結果、特に川上の半導体業界では、大幅な出荷減少に直面し、設備過剰感の強まりから設備投資も激減している
  3.  このように、現在IT-Producerが直面している調整圧力は、基本的には在庫調整圧力や過剰設備といった製造業に伝統的なものであるが、その度合いが仮需の膨張・剥落により著しく増幅されている点が大きな特徴である。なお、先進的な在庫管理技術を標榜するIT関連財メーカーが、こうした大きな調整圧力に直面していることについては、違和感を感ずる向きもあろう。しかし、この点に関しては、IT業界では、自動車のように製品が差別化されておらず、完成品・部品メーカー間の取引関係も純粋な市場取引に近いという事情を押さえておく必要がある。このため、平時はよいとしても、需給が逼迫してくると、各社が商機逸失を怖れて部品を取り急ぐ結果、仮需が膨張し、僅かな最終需要の下振れで、深い在庫調整に陥る傾向があるものと考えられる。
  4.  一方、このような深い調整の契機となったIT関連財に対する最終需要の変調については、従来、「陳腐化スピードの速さ」に依拠した楽観的な需要拡大論が一般的であっただけに、やや違和感がある。本稿では、これを解き明かす鍵として、以下の二点に着目した。まず一点目は、インターネットやその関連産業に対する期待の大幅な修正である。すなわち、90年代後半以降、米国を中心に、いくつかの好条件——インターネット関連ビジネスの期待収益率の高まり、96年の通信法改正による新規参入の促進、円滑な資金調達環境——が重なる中で、通信業をはじめ本業の設備自体がIT関連財である業界において、「設備投資バブル」とも言える状況が起こった。しかし、これらの業界では、高い期待成長率、規模の経済性、ネットワーク外部性といった産業特性ゆえに、競争が激烈であったため、結果的には、当初の期待と裏腹に収益低迷を余儀なくされる先が相次いだ。また、こうした下で、金融市場においても、これらの産業の収益性に対する見方が慎重化したことから、各企業の資金調達環境は急速に悪化した。このため、これらの業界の設備投資は急減することとなった。
  5.  もう一つは、仮説の域を出ないが、パソコンや携帯電話では、一般的な用途に照らして、既に性能・機能がかなりの高水準に到達している下で、一時的にせよ、「性能的な飽和感」が台頭している可能性がある。そもそも各人が保有しているパソコン等が陳腐化したかどうかは、主観的なものである以上、たとえ新製品の性能が「客観的な指標(例えば、CPUの処理速度)」でみて向上していたとしても、それによる「便益の増加」があまり大きくないと受け止められた場合には、陳腐化することにはならない。また、企業用のパソコン等に関しても、製品性能の向上が企業の生産性向上や収益増加に結びつかない限りは、旧製品の陳腐化・更新投資需要を必然的にもたらす訳ではない。無論、こうした「飽和感」の台頭を実証することは困難であるが、パソコン、携帯電話とも、普及率の高い(したがって、更新需要のシェアが高い)地域ほど需要の伸びが鈍くなる傾向が窺われていることからすれば、本仮説の妥当する可能性は小さくないように思われる。
  6.  こうした理解を前提に先行きを展望すると、IT関連財の最終需要については、当面、力強い回復は期待し難いように思われる。特に、パソコンや携帯電話については、足元の減速が「性能的な飽和感」という景気独立的な要因に起因しているとすれば、今後、仮に各国のマクロの景気が回復したとしても、暫くの間は、需要伸び悩みが続く可能性がある点にも注意が必要である。但し、やや長い目でみれば、普及率が比較的低位に止まっているアジアを中心に、潜在的な需要が顕現化し、これが世界需要全体を牽引する可能性や、通信回線の高速・大容量化(いわゆるブロードバンド化)等を機に、これまでにない斬新なパソコン利用法が普及すること等により、需要が再び拡大テンポを速める可能性も十分にある。