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国際収支統計、対外資産負債残高における直接投資の統計上の扱いについて

2003年 8月21日
和田麻衣子
大西浩一郎

日本銀行から

日本銀行国際局ワーキングペーパーシリーズは、国際局スタッフによる調査・研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは国際局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せください。

以下には、(要旨)を掲載しています。

要旨

  • 直接投資は、主に経営支配を伴う長期の国際的資本移動を示す言葉として用いられ、国際収支統計(Balance of Payments Statistics:以下、BOP)作成に関する現行の国際基準であるIMF国際収支マニュアル第5版(Balance of Payments Manual, fifth edition:以下、BPM5)では、直接投資を、原則として一方が他方に10%以上の出資比率を有する企業間のクロスボーダーの資本取引と定義している。BPM5では、フローを表すBOP・直接投資(以下、フロー統計)と、毎年末時点における対外資産負債残高(International Investment Position:以下、IIP)の主要項目であるIIP・直接投資残高(以下、残高統計)の双方の作成を推奨しており、わが国を含む主要国はフロー統計、残高統計双方を作成・公表している。
  • 直接投資は、一国の経済に大きなインパクトを持つため、経済政策立案の前提ないし政策効果の判定材料として注目されることが多い。わが国でも、小泉首相が2003年1月の施政方針演説において、日本経済の活性化のために5年後には日本への投資残高を倍増させる構想を提唱したことを受けて、統計に対する注目度が高まっている。
  • もっとも、直接投資に係るフロー統計、残高統計はそれぞれ、評価(valuation)の方法が異なるほか、統計作成実務の観点でも、原資料の制約等から作成方法・計上対象がかなり異なっている。このため、過去からのフロー統計を積上げても残高統計とは一致せず、統計利用者の立場からすれば分かり難い点がある。
  • フロー統計の積上げと残高統計の乖離が発生する要因は多岐に亘るが、大別すると、下表のとおり、(1)フロー統計、残高統計それぞれの計上原理に起因するもの、すなわち、統計作成の国際基準であるBPM5に準拠した統計作成に伴って不可避的に発生するものと、(2)わが国の統計作成方法に起因するもの、の2つに整理することができる。
    1. フロー統計、残高統計それぞれの計上原理に起因するもの
      1. (1)為替相場変動(主に対外直接投資残高)
      2. (2)取引フローを伴わない直接投資資産・負債の移動
      3. (3)フロー統計と残高統計の評価基準の相違(主に株式資本残高)
        ——フロー統計は時価評価である一方、残高統計は実質簿価評価の国が多い。
    2. わが国の統計作成方法に起因するもの
      1. (1)対内直接投資残高において資本準備金が非計上となっていること
      2. (2)年末残高作成のためのフロー統計の加算
      3. (3)原資料の報告下限金額の相違
      4. (4)再投資収益の計上対象時期の相違
  • 統計利用者の見地からすれば、フロー統計の積上げと残高統計に大きな乖離が生じないことが望ましい。このため、統計作成者としては、両統計の調和を図るべく、国内的・国際的な議論を深めていくことが適当である。まず、わが国の統計作成方法に起因するフロー統計と残高統計の乖離要因については、以下の2点について現行の統計作成方法の見直しを検討する余地がある。
    1. 年末残高作成のためのフロー統計の加算の見直し(上掲表2−<2>に対応)
    2. 現行報告下限金額未満の直接投資残高の捕捉(上掲表2−<3>に対応)
      ——また、対内直接投資残高における資本準備金の扱いについては、新たにデータを収集し、2005年末残高より計上を開始する予定(上掲表2−<1>に対応)。
  • 一方、それぞれの統計の計上原理についても、BPM5改訂に向けた国際的な議論の中で検討が進んでおり、残高統計については市場価格をもって時価計上すべきとの見解が有力となっている。この場合、非上場株式の評価が問題となるが、これについては、
    1. (1)「上場企業の個別株価や株価指数から算出した『時価/簿価』比率から推計」する方法、
    2. (2)「簿価で代用」する方法の2案が存在する。
  • 推計した非上場企業の市場価値については、「市場性や公開情報の欠如に伴う減額(流動性リスクプレミアム)」をどの程度反映させるかについて実証研究が深まっていないことから、私見としては、国際比較性を高める観点からも各国が独自に推計を行うのではなく、簿価で代替する方が望ましいと思われる。
  • 統計の世界では、IMFを中心に「データの品質(data quality)」についての認識が高まっている。IMFは統計品質評価フレームワーク(Data Quality Assessment Framework, DQAF)という統計の品質を判断する枠組みを策定し、その中でBOP、IIPに適用する個別の評価体系を作成している。ここでいう品質とは、単に精度と信頼性のみを指すものではなく、計上方法の妥当性、統計利用者にとっての使いやすさ・分かりやすさといった概念を包括するものである。わが国としても、取引の実情も説明しつつ、現在進行中のBPM5改訂を巡る議論に積極的に参加・貢献し、次期マニュアルにおいてより適切な計上原理が採用されるよう努める必要がある。併せてわが国における統計作成方法についても、報告者負担に配慮しつつ不断の見直しを行い、統計の品質向上を図っていくことが適切である。