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グローバル化と日本経済の対応力

2013年12月3日
加藤涼*1
永沼早央梨*2

要旨

本稿は、主に1990年代以降に加速したとされる世界経済——特に貿易、「モノ」の流れ——のグローバル化について概観しつつ、世界の貿易ネットワークにおける日本経済の立ち位置の変遷について考察することを第一の主題とする。

既往のグローバル化は、輸送費や関税の低下等によって促された生産立地と消費地の二分化を典型例とするものであった。これに対し、現在進行中のグローバル化は、ICT技術の発展に伴い、多国籍企業が、異なる度合いの付加価値を生む多数の工程(研究開発や販売・サービスといった「工程」を含む)を世界各地に最適に配置しつつ、複雑な企業ネットワーク——グローバル・バリュー・チェーン(GVC)——を統括・運営することで、経営効率や利潤を向上させる経営戦略と不可分な形で進展してきた。

GVCの発展によって、企業や地域経済レベルでの(国際)競争の本質は、GVCの利点を活かしつつ、いかに高付加価値を生む「(広義の)工程」を保有・維持できるかという課題に集約されるようになっていった。この点、日本経済は、比較的、付加価値の高い部品や中間財の供給において、優位性を保持してきたという意味で、GVC時代の国際競争を有利に進めてきたとの一定の評価ができる。しかし、ごく近年に限ってみると、日本企業が独占的に(ないしは圧倒的に高いシェアで)供給してきた高付加価値品が、新興国によっても生産・供給可能になるケースや、日本企業による新たな高付加価値品の開発・供給が進展していない様子が窺われる。このような事例を背景として、「日本企業・日本経済の『国際競争力』が低下しつつある」との仮説について、今後の検証が望まれる。

本稿の第二の主題は、グローバル化が進展するもとで、日本の国内経済に生じた変化の特徴点を、特に労働市場の質的変容に焦点を当てつつ整理することにある。第二の主題に関する議論においては、因果関係の方向性に十分注意しつつ、(1)グローバル化が国内経済——特に労働市場——に及ぼした影響と、(2)国内経済の変化が、日本の「国際競争力」に与えた影響、という双方向のメカニズムについて、同時に考察を行う。

明白な事実として、グローバル化が加速したとされる1990年代以降の時期、(1)日本の製造業は、労働生産性を高めつつ、雇用規模を縮小させてきたこと、また、その裏側で、(2)非製造業(特にサービス部門)は生産性を高めることなく、雇用を拡大し続けてきたことの2点が指摘できる。2部門間での労働力移動の規模は、400万人を超え、厳しい国際競争に晒されていた製造業が採用を抑制する一方、非製造業において非正規雇用が拡大するという形で、日本の労働市場における構造転換が進捗した。

上記のような日本の労働市場の構造転換と質的変容の背景には、グローバル化の進展の(直接・間接を問わず)影響が窺われる一方、逆に、労働市場の変質が、日本の「国際競争力」の低下を通じて世界経済における日本の位置づけに影響した可能性も同時に考えられる。すなわち、不況下における厳しいリストラ圧力のもと、外部研修等の支出が削減されたほか、主に製造業における正規雇用の縮小トレンドの中で、新卒一括採用・企業内部での人材育成という既往の人事システムを通じた知的資本(knowledge based capital)——特に人的資本(human capital)——の蓄積機会が抑制・削減されてきた可能性が高い。この点、同時期における主に非製造業の非正規雇用の拡大は、非熟練労働需要への柔軟な対応という観点からは合理的な帰結であったものの、製造業において失われつつあった人材育成機会の代替的な提供という側面は必ずしも具備しなかったとも言える。人的資本投資の低下が、日本の「国際競争力」や中長期的な成長力に対して、実際にどの程度、影響を及ぼしたかとの問いは、実証的にも政策的にも、今後、慎重な検証を要する課題と言えよう。

本稿の作成に当たっては、鷲見和昭、村瀬拓人、近藤崇史、平木一浩、荒井千恵の各氏に図表作成等において重要なご助力を得た。木下信行、前田栄治、肥後雅博、大谷聡、亀田制作、齋藤雅士、一瀬善孝、桜健一、原尚子の各氏から有益なコメントを頂戴した。近藤絢子、青木浩介、片山宗親の各氏とのディスカッションからは有意義な示唆をいただいた。ただし、あり得べき誤りは、全て筆者に属する。また、本稿で示されている見解は、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  1. *1日本銀行調査統計局 E-mail : ryou.katou@boj.or.jp
  2. *2日本銀行調査統計局 E-mail : saori.naganuma@boj.or.jp

日本銀行から

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