このページの本文へ移動

「デリバティブ取引に関する定例市場報告」の解説

English

2020年3月
日本銀行金融市場局

作成部署、作成周期、公表時期等

作成部署:金融市場局総務課市場統計グループ

作成周期:半期

公表時期:3・9月

公表方法:インターネット・ホームページ

1.「デリバティブ取引に関する定例市場報告1」とは?

(1)概要

「デリバティブ取引に関する定例市場報告(Regular Derivatives Market Statistics)」は、国際決済銀行(BIS)および主要先進国2の中央銀行が、1998年6月末より作成を開始したグローバル・ベースのOTC3デリバティブ市場に関する残高統計4です。同統計は、BIS旧ユーロカレンシー・スタンディング委員会(現グローバル金融システム委員会)のワーキング・グループ(議長は当時日本銀行の吉国<よしくに>、通称:吉国委員会)が1996年7月に取り纏めた「グローバルなデリバティブ市場統計の改善に関する提案(吉国委員会報告書)」に基づいて作成されています。

(2)目的

本統計の目的は、OTCデリバティブ市場の実態を明らかにすることによってその透明性を高め中央銀行や金融監督当局、市場参加者による金融取引の動向の調査に貢献し、金融機関のリスク管理や金融市場の安定性向上に資することです。この目的は、より広範な金融機関を対象として3年に1度行われているデリバティブ市場に関する調査(通称、外為・デリバティブ・サーベイ)と共有されています。デリバティブ取引に関する定例市場報告と外為・デリバティブ・サーベイは、この目的を達成するうえで相互に補完的な関係にあります。

  1. 2007年6月末分までは、「吉国委統計」との通称を併記していたものです。
  2. ここでは日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、ベルギー、オランダ、スイス、スウェーデンの11か国です。なお、2011年12月末調査よりオーストラリアとスペインが加わったほか、2016年12月末調査をもってベルギーが報告をとりやめたため、直近の参加国は12か国です。
  3. Over the counter(店頭)の略称。デリバティブ取引は、取引の形態によって、OTC取引と取引所取引に分けられます。OTCデリバティブ取引は、取引当事者が相対で行うデリバティブ取引を指します。一方、取引所取引は、取引所を通じて行う取引を指します。
  4. 日本銀行は日本分を集計・公表しています。BISが公表するグローバル・ベースの集計結果については、BISのホームページ(https://www.bis.org/statistics/index.htm(外部サイトへのリンク))をご参照ください。

2.作成方法

(1)調査対象先

調査対象先は、本拠地が主要先進国に所在し、国際的に活動している比較的少数の銀行、証券会社などです。直近の調査では、世界では約70先、わが国からは16先が参加しています。
連結ベースでの報告ですので、わが国の対象先には本邦金融機関の内外支店および現地法人等が対象となりますが、外資系金融機関の日本支店などは含みません。なお、この調査は調査対象先の自主的な協力に基づいています。

(2)調査方法

1)報告基準時点:
半期末(6・12月末)時点
2)調査ベース:
本邦主要ディーラーの内外支店や現地法人等を含む連結ベース(本邦分の計数には本邦主要ディーラーが海外で行った取引も計数に含まれるため、東京市場の計数を表したものとはなりません)。
3)調査形式:
参加金融機関に予め調査票を送り、調査期間の終了後に回収します。

3.調査内容

(1)調査計数

1)想定元本:
デリバティブ取引で実際に受け渡しするキャッシュ・フローを計算するために、想定する元本(契約額)を指します。金利関連取引など多くのデリバティブ取引では想定元本自体は受け渡しされませんが、外為関連取引のように想定元本額相当の受け渡しが発生する場合もあります。
2)正の市場価値:
あるデリバティブ取引について、一方の当事者が将来にわたって受け渡しするキャッシュ・フローを差し引き計算し、それが正の値をとる場合(ネットで受け取り超過となる場合)、その金額を現在価値で表したものが正の市場価値です。取引相手先がデフォルト(債務不履行)した場合、受け取れるはずであった正の市場価値分を受け取り損なう可能性があるため、正の市場価値は当該取引当事者が信用リスクにさらされている額に相当します。これは信用リスク・エクスポージャーとも呼ばれます。
オプションについては、オプションの売手に支払うプレミアムを市場価値としています。満期までの期間を通じて、通常、オプションの買手にとっては正の市場価値しか発生しませんし、反対に売手にとっては負の市場価値しか発生しません。
3)負の市場価値:
あるデリバティブ取引について、一方の当事者が将来にわたって受け渡しするキャッシュ・フローを差し引き計算し、それが負の値をとる場合(ネットで支払い超過となる場合)、その金額を現在価値で表したものが負の市場価値です(オプションについては上記参照)。
4)ネッティング考慮後の市場価値:
ネッティング契約5を結んでいる取引相手先との債権(正の市場価値)・債務(負の市場価値)を差し引き計算(ネット・アウト)した後の市場価値のことです。取引当事者はネッティングによって信用リスク・エクスポージャーを削減できます。
  1. 5契約を結んだ両当事者間で、債権(正の市場価値)と債務(負の市場価値)を差し引き計算(ネット・アウト)し1本の債権(または債務)とする取り決めのことです。

(2)計数の区分

1)リスク・ファクター別:
リスク・ファクターとは、デリバティブ取引のキャッシュ・フローを決定する要因のことです。本統計では、下記のように区別しています。
  1. イ)外国為替:ポジションの損益が、複数通貨に連動するデリバティブ取引です。例えば、フォワード、為替スワップ、通貨スワップ、通貨オプションなどが該当します。
  2. ロ)金利:ポジションの損益が、単一通貨の金利に連動するデリバティブ取引です。例えば、FRA、金利スワップ、金利オプション(スワップション、キャップ、フロア)などが該当します。
  3. ハ)エクイティ:ポジションの損益が、株価あるいは株価指数に連動するデリバティブ取引です。
  4. ニ)コモディティ:ポジションの損益が、コモディティ価格あるいは価格指数に連動するデリバティブ取引です。
  5. ホ)クレジット:ポジションの損益が、企業あるいは国の信用度に連動するデリバティブ取引です。
  6. ヘ)その他:上記イ)~ホ)のリスク・ファクターに分類できないデリバティブ取引です。例えば、インフレーション・デリバティブ、ボラティリティ・デリバティブ、天候デリバティブ、不動産デリバティブ、コンテナ運賃デリバティブなどが該当します。
2)商品別:
本統計では、各リスク・ファクターについて、下記の商品別区分を設けています。
  1. イ)フォワード:将来の特定時点に、予め定めておいた価格や利回りに基づいて、金融資産やコモディティを受け渡す取引を指します。
  2. ロ)スワップ:予め定められた方法によって計算されたキャッシュ・フローを、一定期間にわたって通常複数回交換することを約定する取引を指します。
  3. ハ)オプション:将来の特定時点までに(または、特定の時点において)、予め定めておいた価格(権利行使価格)で金融資産やコモディティを売る(または、買う)権利を売買する取引を指します。オプションの買い手は権利を獲得し、売り手は義務を負います。なお、金融資産等を買う権利のことをコール・オプション、売る権利のことをプット・オプションといいます。
  4. ニ)その他の商品:フォワード、スワップ、オプションなどの個別のデリバティブ取引に分解することが困難あるいは不可能な取引を指します。例えば、異なる通貨の変動または固定金利を交換するスワップではあるものの、キャッシュ・フローの前提となる想定元本が単一通貨であるディファレンシャル・スワップが挙げられます。
3)取引相手先別:
本統計では、上記の各リスク・ファクター、各商品について、次のような取引先別区分を設けています。
  1. イ)報告対象金融機関: 本統計に参加している金融機関を指します。
  2. ロ)報告対象外金融機関: 報告対象金融機関以外の全ての金融機関を指します。セントラル・カウンターパーティも含まれており、対セントラル・カウンターパーティの計数は、内数として公表しています。
  3. ハ)非金融機関顧客: 上記以外の全ての取引相手先を指します。一般事業法人や政府部門が含まれます。
4)残存期間別:
本統計では、残存期間別に、イ)1年以内、ロ)1年超5年以内、ハ)5年超の3区分でも集計しています。
5)その他の区分:
本統計では、リスク・ファクターによって、次のような区分を設けています。
  1. イ)外国為替:11の通貨別(米ドル、日本円、ユーロ、英ポンド、スイス・フラン、カナダ・ドル、スウェーデン・クローナ、オーストラリア・ドルとニュージーランド・ドルの合計、人民元、アジア6通貨合計(香港ドル、シンガポール・ドル、インドネシア・ルピア、タイ・バーツ、マレーシア・リンギ、韓国ウォン)、その他)。
  2. ロ)金利:9の通貨・金利別(米ドル、日本円、ユーロ、英ポンド、スイス・フラン、カナダ・ドル、スウェーデン・クローナ、人民元、その他)。
  3. ハ)エクイティ:6つの地域別(米国、日本、欧州、ラ米諸国、その他アジア諸国、その他諸国)。
  4. ニ)コモディティ:2区分(貴金属、貴金属以外)。
  5. ホ)クレジット:3区分(クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)6、トータル・リターン・スワップ、クレジット・スプレッド商品)。なお、日本銀行では、上記3区分に加え、クレジット・リンク債、その他商品の区分についても、本邦独自調査分として公表しています。
  1. 6CDSについては、想定元本、グロス正・負の市場価値を、シングル・ネームCDS、マルチ・ネームCDSに分けて、取引先別、プロテクションの売り・買い別に公表しています。ネッティング考慮後の市場価値についても取引先別に公表しています。さらに想定元本については、イ)参照組織の格付別、ロ)残存期間別、ハ)参照組織のセクター別、ニ)取引相手の地域別に公表しています。

4.その他

(1)外為・デリバティブ・サーベイとの相違点

デリバティブ取引に関する定例市場報告は、3年に1度の残高および取引高に関する調査(「外為・デリバティブ・サーベイ」)と相互に補完的な統計として作成されています。外為・デリバティブ・サーベイはデリバティブ取引に関する定例市場報告よりも報告対象先を拡大し、残高だけではなく取引高についても調査しています(外為・デリバティブ・サーベイの詳しい内容については外為・デリバティブ・サーベイの解説をご参照ください)。

外為・デリバティブ・サーベイとの違い
  外為・デリバティブ・サーベイ デリバティブ取引に関する定例市場報告
調査対象 世界各国・地域(53か国・地域)の金融機関1,200先強(2019年実績) 主要先進国(12か国)の主要金融機関約70先(2019年6月実績)
調査項目 取引高および残高 残高のみ
調査頻度 3年に1度 半期

(2)想定元本、正の市場価値と信用リスク・エクスポージャー

デリバティブの想定元本は、バランス・シートに計上されている金融機関の資産残高と比較すると、非常に大きな金額となっています。しかし、想定元本は、デリバティブ取引で実際に受け渡しするキャッシュ・フローを計算するために利用される仮想の金額です。従って、デリバティブ取引によって生じる信用リスクを直接表すものではありません。

一方、正の市場価値は、ある取引当事者が、

  1. 1)あるデリバティブ取引を行うことによって、将来に亘って受け取るキャッシュ・フロー額から、
  2. 2)将来に亘って支払うキャッシュ・フロー額を差引いたうえで、
  3. 3)その差額を現在価値に割引いた金額、

を指します。正の市場価値を持つ取引当事者にとっては、取引相手がデフォルト(債務不履行)した場合に、正の市場価値に相当する金額を受け取れなくなる可能性があります。その意味では、デリバティブ取引によって金融機関が抱える信用リスクを把握する場合、想定元本額よりも正の市場価値額の方が、よりふさわしいと言えるでしょう。ただし、あるデリバティブ取引によって生じる正の市場価値の金額は、リスク・ファクターの変化に応じて、時々刻々と変わります。

さらに、実際にデリバティブ取引に従事している金融機関が抱える信用リスクは、様々なデリバティブ取引から生じる正の市場価値を合計した金額よりもさらに小さいと考えられています。それは、金融機関が信用リスクを削減するための施策を行っているからです。こうした施策としては、担保付き取引やネッティング契約などが挙げられます。これらの施策の詳細については、例えば、BIS支払・決済システム委員会(現決済・市場インフラ委員会)と証券監督者国際機構専門委員会による2012年4月の報告書「金融市場インフラのための原則」などをご覧ください。