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「連鎖方式による国内企業物価指数」の公表―「連鎖指数」導入の意義とその特徴点―

2002年10月28日
日本銀行調査統計局

日本銀行から

 以下には、(はじめに)および(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0210a.pdf 172KB) から入手できます。

(はじめに)

 日本銀行では、本年12月に卸売物価指数の2000年基準改定結果(企業物価指数への移行)を公表し、2003年1月から毎月の指数公表を1995年基準の卸売物価指数から2000年基準の新しい企業物価指数に切り替える。それとともに、企業物価指数の「参考指数」として「連鎖方式による国内企業物価指数」(2000年基準)を、新たに毎月作成し、公表する予定である。

 日本銀行がこれまで公表してきた物価指数は、指数算出に用いるウエイト(取引シェア)を基準時で固定したラスパイレス指数算式で計算されてきた。ウエイトを基準時で固定したラスパイレス指数(以下、「ラスパイレス指数」という)とは、基準時(現行は1995年、基準改定後は2000年)のウエイトを用い、指数化した個々の商品の価格を加重平均して算出する指数であり、統計作成負担が比較的軽く、統計の速報性が確保しやすいことから、物価指数のほか様々な統計に対して幅広く用いられている。一方、今回作成する「連鎖指数」とは、毎年ウエイトを更新したうえで当該年の指数を作成し、基準年以降、作成された毎年の指数を掛け合わせることによって作成される指数である。毎年ウエイトが更新されることから統計作成負担は重くなるが、基準年以降の経済構造の変化を物価指数に反映できるとの特性を有している。諸外国では、経済構造の変化の速まりや物価指数の精度に対する関心の高まりを受けて、消費者物価指数を中心に、物価指数の算出方式を従来のラスパイレス指数から連鎖指数へ移行する動きが徐々に広まっている。

 本稿では、この「連鎖方式による国内企業物価指数(2000年基準)」のしくみならびに性質について説明するほか、同じフレームワークで算出した「連鎖方式による国内卸売物価指数」(1995年基準)の特徴点について、ラスパイレス指数と比較しながら分析する。予め本稿の内容を要約すると以下のとおりである。

  • 本稿の作成・分析に当たっては、長内智氏(日本銀行調査統計局個別事務委嘱、早稲田大学大学院博士課程)にご尽力を頂いた。本稿に関する質問は、調査統計局物価統計課の肥後雅博(E-mail:masahiro.higo@boj.or.jp)まで問い合わせされたい。

(要旨)

  1. 日本銀行が作成する卸売物価指数(基準改定後は「企業物価指数」に移行)の各分類レベルの指数は、基準時(現行は1995年)における品目ウエイトを用いて、各品目指数を加重算術平均して算出されている(ウエイトを基準時に固定したラスパイレス指数<以下、ラスパイレス指数と呼ぶ>)。ラスパイレス指数は、基準年のウエイトのみで計算でき、(1)毎月の指数計算が比較的容易である、(2)統計で重視される速報性に富んでいる、などのメリットがあることから、内外の様々な統計で幅広く用いられている。ところが、基準時から時間が経過するにつれて、(1)基準時のウエイトが実際の取引シェアと乖離する、(2)下位分類指数である個々の品目指数が総平均など上位分類指数に与える影響力は、その品目の指数水準に比例するため、指数水準が大幅に低下(上昇)すると、当該品目の価格の動きが総平均指数に与える影響度が大幅に低下(上昇)する、との2つの要因から、ラスパイレス指数の精度が低下する可能性がある。
  2. 最近の国内卸売物価指数の動きをみると、(1)「携帯電話」「電子計算機本体」「集積回路」などIT関連品目のウエイト増加が著しい。(2)これら品目の価格の下落速度は速く、基準時から時間が経過すると、指数水準が100から大幅に低下する場合が多い。このため、ラスパイレス指数では、価格下落やウエイト増加のテンポが速い商品の価格低下が総平均指数に十分に反映されず、総平均指数での下落率が過小評価される可能性がある。
  3. 日本銀行では、こうした問題による影響を緩和し、物価指数の精度を維持するために、5年ごとに物価指数の基準改定を行っている。基準改定においては、ウエイト算定年次を新しい基準年に更新し、指数の基準時点も新しい基準年の平均が100となるように変更するほか、物価指数で採用する商品(品目)構成を大幅に見直している。こうした対応の結果、5年に一度の基準改定の際には上記の問題点の多くが解消されている。しかし、商品サイクルの短いIT関連商品を中心に、ウエイト変化が加速していることや価格の下落テンポが高まっていることを踏まえると、5年間という2回の基準改定の期間中に、上記の2つの問題点が指数に与える影響が大きくなっている可能性がある。
  4. 日本銀行では、5年ごとの基準改定を補完することを目的に、2000年基準企業物価指数から、「連鎖方式による国内企業物価指数」(連鎖指数)を「参考指数」として公表する。今回公表する「連鎖指数」は、連鎖基準ラスパイレス指数算式により計算する。具体的には、(1)毎年1回12月にウエイトを更新したうえで各年の指数を作成し、基準年以降、各年の指数を掛け合わせることによって作成する、(2)ウエイト更新の際には各指数の基準化(指数水準の100へのリセット)を行う、(3)指数の集計に用いるウエイトは対象となる指数の前年のウエイトを使用する。「連鎖指数」では、ウエイト算定年次の更新と指数水準の基準化により、各時点の物価指数の性質がほぼ一定となり、バイアスが殆ど生じないために、異なる時点における物価変動率同士を直接比較できる。この点は、時間の経過につれて指数の誤差が増加する可能性があるラスパイレス指数よりも優れている。「連鎖指数」のこうした特徴は、物価指数を「経済の体温計」、すなわち景気動向指標として用いる場合には有益である。
  5. 1995年以降の「連鎖方式による国内卸売物価指数(1995年基準)」(連鎖指数)の総平均指数の動きを、「ラスパイレス指数」と比較すると、以下の特徴がある。(1)「ラスパイレス指数」と比較して「連鎖指数」の方がIT関連品目の価格下落をより適切に反映することから、前年同月比ベースの下落率も「連鎖指数」の方が一貫して大きく、かつ物価変動率が局面ごとに敏感に変化する。そのため、両指数の下落率の乖離は物価下落局面でさらに拡大する姿となっている。(2)「ラスパイレス指数」の上方バイアスは、基準時からの時間経過とともに拡大していることから、2001年以降の物価下落局面では、「連鎖指数」と「ラスパイレス指数」との下落率の乖離がより大きくなっている。このように、今回の物価下落局面では「連鎖指数」の方がより実勢に近い物価変動率を捉えていると考えられる。なお、本年末に改定結果を公表する2000年基準企業物価指数において、国内企業物価指数は2000年1月に遡って改定されるが、基準改定でも「連鎖指数」と同様にウエイト算定年次を更新し、指数の基準時点を変更することから、新基準の指数で算出される下落率が、現行基準の「ラスパイレス指数」と比較して拡大する可能性が高いと予想される。
  6. 以上の「連鎖指数」の特徴を勘案すると、「連鎖指数」を企業物価指数の本指数として採用すべきとの考え方もありうるが、日本銀行では、以下の検討課題が存在することから、現時点では「参考指数」に止めるのが望ましいと判断している。(1)連鎖指数特有のバイアスである「価格の一時的な上下動(price bouncing)」による指数の上方乖離が、指数精度にどのような影響をもたらすかについては、未だ十分な実績がないことから、今後、時間をかけて評価する必要がある。(2)各年のウエイト算定においては、計算負担軽減のため「非工業製品」のウエイト算定を省略しているが、ウエイト変化が指数に与える影響を考慮して、算定を省略することの可否を改めて検討する必要がある。(3)ウエイトが事後的に更新されることから、「連鎖指数」にリバイスが生じるが、そのリバイスの大きさがユーザーの利便性に反しない範囲内に止まるかどうか見定める必要がある。(4)長期時系列で利用するユーザーに配慮して、物価統計の連続性の維持について配慮する必要がある。日本銀行では、「連鎖方式による国内企業物価指数」を「参考指数」として提供を行いつつ、ユーザーのみなさまからもご意見、ご批判を頂きながら、「連鎖指数」の改善に引き続き努めて行きたいと考えている。