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海外レポート「ロンドン企業再生事情」2003年7月11日 (日本銀行から) 金田一弘雄(日本銀行ロンドン事務所) 岡田直矢(日本銀行ロンドン事務所) はじめに 「ロンドンには企業再生文化が根付いている」―― これは国際金融関係者の間で定評となっているようです。 企業再生とは、「目下のところ経営の状況が不振であるものの、競争力のある事業を備えており、不採算事業の切り離し等により存続可能とみられる企業について、必要なリストラ策を施すことによって経営状況を回復させること」です。当地では1970年代後半から、企業再生の重要性が認識されはじめ、金融機関や経営再建の専門家を中心に「企業再生文化」を定着させようとする試みが続けられてきました。また、このようにして当地に定着した企業再生は、強制力を伴った法的な手続によらず、この分野の専門家が時間をかけて構築した私的な手続に則って進められることが多いのが特徴となっています。 本欄では、現在、わが国でも注目度が高い企業再生というテーマについて、専門家や金融機関からの取材を基に、当地でそうした文化が定着した足取りやその背景と共に、これを担う専門家や金融機関の役割について紹介したいと思います。 ロンドンにおける企業再生の歩み (1)いわゆるロンドンアプローチ 当地における企業再生の歴史は、1970年代中頃の不況期まで遡ります。この時期、当地は戦後最大級の深刻な不況に見舞われ企業の破綻が相次ぎました。こうした破綻企業の中には、競争力のある部門を残すような事業リストラにより経営状況の回復を図り得た先も含まれていたとされています。しかし、残念ながら、当時は民間金融機関からの融資を当面維持しつつ、先行きの経営再建の可能性を見極めたり、再建計画を立てて関係者の協力を取り付けるような枠組みが存在していませんでした。 こうした実情を受けて、将来性のある企業が一時的な経営不振を原因とする銀行融資の打ち切り等が直接の引き金となって破綻に至るのは、生産活動や雇用確保の両面で社会的な損失である、との認識が徐々に台頭しました。また、個別の金融機関の側にも、損失を減らし得る方法はないものかという問題意識が浮かんできました。こうした状況の下、経営不振がみられるからといって直ちに法的倒産手続に移行することなく、関係者が再建可能性を探るための話し合いの場を設けてはどうかとの雰囲気が醸成されました。そうした話し合いの場の仲介役については、中立的な立場にあるイングランド銀行が務めることも少なくなかったようです。 ここでイングランド銀行が果たした役割は、関係者間で必要な情報が十分に共有されることを企図した「信頼し得る仲裁者(honest broker)」といわれるものです。この役割は何ら法的権限に基づいたものではありません。しかしながら、再生事例を経験した各債権者自身が、建設的な話し合いへの参加が最終的な回収額を大きくすることにも繋がる、といった認識を持つようになり、80年代にかけて、企業再生に向けた協調行動をとるケースが増えていきました。このような「民間金融機関が債務者企業に対し必要な経営支援を行いつつ企業再生を目指す手続」は、「ロンドンアプローチ」と通称され、当地における企業再生手法のいわば標準モデルとして定着していきました。 (2)INSOL 8原則 しかし、オリジナルなロンドンアプローチもいずれ発展的な変革が求められる時が来ます。続く90年代は、当地においても経済の国際化や直接金融化が進展した時期でした。これに伴い、国際的な性格を帯びた企業再生案件が増加しました。このため、企業再生に向けた関係者間の協議も、比較的少数の英国系商業銀行やイングランド銀行の参加によるクラブ的な雰囲気から、非英国系金融機関や債券保有者など多様な債権者の間での交錯する利害調整の場へと変貌しました。 このような背景の下、企業再生の専門家等から構成される倒産実務家国際協会(注1)(以下「INSOL」)によりINSOL 8原則(注2)が制定されました。具体的な内容の要点は「BOX1:INSOL 8原則の要点」に掲載したとおりであり、その多くはロンドンアプローチにおいて債権者である民間金融機関ないしイングランド銀行の間で「暗黙の了解」により遵守されていた事項を踏襲しています。これらはロンドンアプローチの時代には、文書に記録されることもありませんでした。しかし、国際的な性格を帯びた企業再生案件の増加および同手続に参画する債権者の多様化に伴い、国際的な文脈でも通用する企業再生手続モデルの必要性が認識され、同アプローチを基礎として改めて整理された 8つの原則が2000年10月に公表されました。これと前後して、話し合いの場の調整役についても、債権額の大きな金融機関が果たすなど、同原則を共通認識として、市場参加者が自律的に協調行動をとるケースが増えていきました。INSOLは、名実共に同原則を当地以外でも適用され得る国際的な標準モデルとして育てることを目指し、鋭意普及活動を行っています。 (注1)英文の正式名称は「International Federation of insolvency Professionals」。
ロンドンにおける企業再生の担い手 INSOL 8原則等に基づき実際に企業再生に携わるのは、どのような人達なのでしょうか。当地では企業再生を支える多くの専門的な職域が確立されており、以下のような「企業再生のプロ」が数多く存在します。 (1)会計士 問題が発生している企業の財務状況をチェックし、事業部門別ないし企業体としての競争力の有無に関する意見を提出するという重要な役割を担います。 (2)弁護士 問題が発生している企業における法令・契約違反の有無を検証すると共に、必要に応じて企業再生手続に法的な観点から参加します。 (3)ターンアラウンドマネジャーないしカンパニードクター 再生対象企業について、リストラ策を練った上で、経営状況が回復するまで、実際に経営に深く関与するという重要な役割を担うのがターンアラウンドマネジャーです。企業再生に当っては、真に競争力のある企業として再生させるべく、財務面に止まらない事業そのものに切り込んだリストラ策の実施が鍵となります。こうした目的に適った有効な処方箋を立案する段階ではカンパニードクターといわれる企業経営診断の専門家の手を借りることもあります。 当地の会計事務所や法律事務所は企業再生の専門部署を設置しているほか、ターンアラウンドマネジャー等の派遣に特化したコンサルティング会社も数多く存在します。次に述べる金融機関の姿勢とも相俟って、企業再生ビジネスへの需要が多いことを背景に、こうした専門家達は、転職等を繰り返しながら多くの事例を次々に手掛けていきます。その過程で個々人のスキルが向上すると共に、市場全体としても人材の層の厚みが増すという状況がみられます。
企業再生のもうひとつの鍵を握る民間金融機関等 企業再生の専門家に活躍の場が与えられているのは、何と言っても、債権などの形で大きな利害を抱える民間金融機関等が企業再生に前向きな姿勢にあるためです。ここでは、特に商業銀行と企業買収ファンドの役割について紹介します。 (1)商業銀行 商業銀行では、債務者企業の経営状況を日頃からモニターし、何らかの問題を感知した場合、問題の質や程度によって可能であれば自ら対応する一方、必要と判断すれば早期に企業再生の専門家を招聘し企業再生手続への移行を促すという行動が一般化しています。また、企業再生手続の開始後も、リストラの実施状況を監視すると共に、必要に応じて追加融資等資金面での支援を行うこともあります。商業銀行は企業再生手続の早期発動と確実な実施といった点で、重要な役割を果たしています。 なお、こうした行動パターンは、数次に亘る景気循環の波を経験してきたことに加え、商業銀行自身が、常に、出資者である株主との間で収益性向上という目標を巡る緊張関係に晒されてきたことの結果として定着したものと言われています。 (2)企業買収ファンド 企業の外から再生に向けたモメンタムを与え得る存在として、企業買収ファンドの活動も盛んです。これは、文字通り企業の株式買収により当該企業の支配権を獲得し、株主として経営に関与するファンドです。当該企業の業績が回復した段階で、当該株式を買収価格より高値で売却し利益を実現します。買収対象となる企業には、経営の状況が不調である先も多く含まれています。これらの先が買収対象となった場合、経営陣は企業買収ファンドの指導の下で必要なリストラ等を実施し経営状況の回復を目指すこととなります。また、ファンドの戦略によっては、現経営陣に代わりファンドから派遣された経営者ないしターンアラウンドマネジャー等が経営に参画することもあります。企業買収ファンドは単独で当該企業の全株式を買い取ることも多く、この場合、企業再生において強力な指導力を発揮することが可能です。 終わりに これまでみたように、当地における企業再生文化は、一朝一夕に確立されたものではありません。当初は、イングランド銀行の関与という市場の外からの触媒機能も借りながら、「存続可能性が認められる企業について、再生を目指す試みを体験する中で、債権者である民間金融機関等と再生対象企業の双方が、自らが享受し得る経済価値の極大化を図り得る」ことを実感していった訳です。その結果、市場参加者がそれぞれの動機を持って、協調行動に参加する慣行が広まっていったとみられます。その過程では、経営者の交代や大胆なリストラ策を受け容れる柔軟性も徐々に備わり、これらが総合されて、当地において企業再生文化ないし風土が定着したと言えるでしょう。 また、INSOL 8原則は、当地における企業再生の経験から得られた教訓を全世界に発信した点で歴史的な意義を有するものですが、これも言うまでもなくオールマイティーな解答ではないようです。同原則は、企業再生手続において最低限共有すべき抽象的な原則を整理したものに過ぎないため、これを現実に適用した場合の企業再生の成否は、個々の案件に従事する関係者の意志と識見にかかっていると言われます。また、金融技術の革新等に伴って債権者の態様も常に変貌し、多様化する中で、全会一致を旨としているINSOL 8原則等私的な手続の限界を指摘する声も少なからず聞かれます。その意味において、当地で一旦確立されたかに見える企業再生のノウハウも、環境変化の中で常にテストされ、不断に変革していくものと捉えるべきもののようです。 関連テーマ |
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