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日銀「短観」の統計調査 景気の動向を正確につかむ(2011年12月26日掲載)

「日銀が発表した全国企業短期経済観測調査(短観)によれば……」と報じる新聞記事やテレビニュースを目にしたことはありませんか?日本銀行では、日本経済の動きをしっかり把握するために独自の調査・研究を行うとともに、さまざまな統計を作成しています。その中で、景気の現状や先行きに関する企業の見方を反映する統計として重視されているのが「短観」です。「TANKAN」という名称で海外でも知られています。

短観ではどのような調査を行い、その結果はどのように活用されているのでしょうか。また、短観を作成する日銀の担当者はどんな工夫と努力を重ねているのでしょう。メディア関係者から日銀調査統計局まで、短観をめぐる方々に取材してみました。

取材・文 小堂敏郎


日銀短観が発表されるとニュースで大きく取り上げられる

  • 記者会見会場の写真

    短観発表当日の記者会見の模様

10月3日、午前8時50分。日本銀行本店の広報ルームでは、新聞社や通信社の大勢の記者たちが、配布された資料に食らい付くように目を通していました(写真)。何人かはドアの外へ駆け出し、資料を片手に慌ただしく電話やメールをしています。

その資料の中身は、数字ばかりの無機質な表があるだけです。一応、やや大きめの文字でタイトルは付いていました。

「短観 2011年9月」(図1)

正式には「全国企業短期経済観測調査」と呼ばれる「短観」は、日銀が民間企業を対象に、1年間に4回(3月・6月・9月・12月)実施している統計調査です。国の統計法にのっとって、調査表によるアンケート方式で行われます。今回発表された短観は、その調査表を8月29日に各企業へ送り、9月30日までに回収した回答の集計結果でした。調査の対象は大企業から中小企業まで、全国の1万910社に上ります。

そんな短観の発表に記者たちが詰め掛け、通信社はその数字を速報したり、新聞社は一面で記事を掲載したりするのです。短観がメディアに大きく取り上げられるのは、なぜでしょうか。日本経済新聞社編集局経済金融部の粟井康夫記者はこう話します。

「調査開始から発表までが1カ月程度で、集計結果は景気との連動性が高いからだと思います。短観の数字には、企業が景気の現状や先行きをどう見ているかが、かなりはっきりしたかたちで現れます。ですからマーケットの関係者をはじめとして関心が高い。記者は数字の背景なども読み解き、いち早く伝えなければいけません」

短観は日銀の景気判断や予測を示すものではありませんが、そこに書かれた数字、つまり企業からの回答の集計結果に投資家らが反応し、株価などに影響が出ることも珍しくないと言います。日本の株式・金融・為替の市場が開いたり活発化したりするのは午前9時から。短観がその直前、午前8時50分に発表されるのは、時差のある欧米での市場より先に、まずは日本の市場に知らせるためです。一方で、日本の市場が開いている最中に発表すれば、情報の伝わり方によって混乱が起こるかもしれません(短観は日銀本店ホームページでも同じ時刻に発表されます)。

GDP(国内総生産)の統計も、4半期ごとに内閣府から発表され、市場に影響を与えることが多い、と言われますが、粟井記者は「短観の注目度はGDP統計に並ぶほど」と指摘します。ただGDPは速報値でも4半期が終わってから約1カ月半後にならないと分かりません。短観は調査開始から1カ月ほど、調査締切の翌営業日に発表されますから、「調査の速報性」ではこちらに軍配が上がりそうです。

  • 図1 短観(概要)

    短観公表資料の一部分の表示

「業況判断D.I.」の変化で景気に対する企業の見方が分かる

では、短観ではどのような調査を行い、結果を発表するのでしょうか。

具体的には、経営状況や経営環境についての判断に関する項目(判断項目)と、売上高・利益、設備投資額、新卒採用者数などの事業計画に関する項目(計数項目)について調査を行っています。その中で、最も注目されているのが、判断項目における「業況判断」と呼ばれる項目です。日銀調査統計局経済統計課企業統計グループ長の島田康隆さんはこう説明します。

「業況判断では、調査対象の企業に、最近(回答時点)と先行き(3カ月後)の収益を中心とした業況について、『良い』『さほど良くない』『悪い』の3つの選択肢から1つを回答してもらいます。これを集計し、全体の中で『良い』と回答した企業の割合から『悪い』と回答した企業の割合を引いた数字を出します。この数字は『業況判断D.I.(ディフュージョン・インデックス)』と呼ばれ、D.I.の変化を見れば、企業の全般的な業況感の変化が分かるのです」

冒頭の10月3日発表の短観で、製造業・大企業の業況判断(最近)を見ると、「良い」が15%、「さほど良くない」は72%、「悪い」が13%でした(図2)。その結果、業況判断D.I.は「プラス2」となっています。前回の短観(2011年6月調査)では「マイナス9」だったので、11ポイント上がったことになります。このD.I.の変化が明らかになるとメディアは注目し、10月3日の夕刊で「景況感、大幅改善」などと報じた新聞が何紙もありました。D.I.の変化から「最近は景気がいいぞ」と感じている企業の割合が増えたことが分かるからです。

  • 図2「業況判断D.I.」

    1974年から2011年までの製造業の業況判断D.I.(企業規模別)の推移を示した折れ線グラフ。景気の循環を示すように「良い超」「悪い超」に振れる格好で推移しており、最近では2008年の大きな落ち込みから大きく改善したD.I.が、一旦落ち込んだ後に再度改善する姿となっている。

日銀の金融政策決定や地域の経済動向把握の指標になる

現在の短観が始まったのは、1974年5月。すでに35年以上続いており、合計で150回を数えます。島田さんは「歴史が長いぶん、同じ調査項目についてデータが蓄積されています」と言います。

「過去の同じような景気の局面と比べてどのような水準にあるのか、調査の結果を比較したり、業種ごとの特徴を探ったりできます。そのように、時系列での評価や産業横断的な分析などに活用できることも短観の大きな特徴の一つです」

短観の結果は、日銀が金融政策を決める会合の場にも報告されます。「金融政策決定の過程では、景気動向を正確に把握するためさまざまな金融経済データや情報を基に議論が行われますが、短観も重要な指標の一つとして利用されています」(島田さん)

また短観には、日銀の本店(調査統計局)が全国ベースで公表するもののほかに、日銀の各支店も管下の企業の集計値を「支店短観」として公表しています。

例えば日銀名古屋支店は10月3日の午前11時30分に東海三県(愛知・岐阜・三重)の調査対象企業の集計結果を支店短観として公表しました。前述のように今回の全国分の短観は1万910社を調査対象にした集計結果ですが、名古屋支店の短観は全国の対象企業のうち管下の東海三県の701社を集計しています。同支店の営業課経済調査グループの後藤恵さんはこう話します。

「701社を対象にした名古屋支店の短観では地域(東海三県)の経済情勢がより鮮明に反映されると思います」

今回の同支店の短観では、製造業の業況判断D.I.(最近)がプラス3となり、前回のそれに比べ30ポイントも上昇しました。東海三県では自動車関連産業が盛んですが、そのD.I.の変化から、東日本大震災の影響で大幅に減少していた生産活動が同産業を中心に急回復している、と同地域の動きを読み取ることもできるでしょう。

支店短観は、このように各地域の経済動向を把握する一つの参考材料になります。「支店短観では、全国短観が対象にしていない企業・事業所なども含めて調査・集計することもあります」と島田さん。そのような支店短観について、名古屋商工会議所の企画振興部企画・政策グループ長の金澤秀宜さんはこう話します。

「私どもの商工会議所では、企業でいえば役員会に当たる常議員会を毎月開きます。その重要な場に(名古屋支店)短観も報告しています。商工会議所の使命は、地域の活性化、中小企業を中心とした企業の振興を図ることですが、そのためには今の当地の経済状況をつかむことが必要ですから、短観もその材料として活用しています」

短観の高い回答率を支える調査企業と日銀との信頼関係

短観はさまざまなところで重要な判断材料の一つになっています。でも統計調査である以上、誤差はつきものです。それをいかに小さくするか。島田さんは「より信頼していただける統計とするために、統計の精度を高める努力を続けています」と言います。

「国内の産業構造は変化します。その変化に的確に対応するように、短観の調査対象企業の見直しを定期的に実施しています。統計的手法を用いて一定の基準を設け、無作為に抽出した企業を新たに追加するのです。また、合併などで対象企業が減る場合もあるので、毎年、統計精度のチェックを行い、必要に応じて対象企業数を増やすこともあります」

調査対象企業から回答が得られない場合や、誤った数字が記入された場合も、統計の精度に影響が出るかもしれません。これらを防ぐために日銀本店・支店の短観担当者はきめ細かな確認作業を行う、と言います。

「対象企業のご回答について、計数の確認のためにお電話することも多いです。それと同時に、多忙な企業の方々に無償で調査にご協力いただいているということを忘れず、皆さまに気持ち良くご回答いただけるようにお願いする姿勢も心掛けています」

名古屋支店の後藤さんは「短観は多くの企業の方々のご理解とご協力があって成り立っているものです」と強調します。

対象企業が安心して回答できるように情報管理も徹底しています。島田さんによれば「調査対象の企業は非公表です。調査表(図3)の回答内容も、日銀内であっても極めて限られた人しか見ることができません。集計結果も公表当日の朝まで誰の目にも触れられることはありません」とのことです。

アンケート方式で調査が行われる短観ですが、その回答率は極めて高く、10月3日発表の全国短観では98.8%に上っています。短観の長い歴史の中で、調査対象企業と日銀との間に強い信頼関係が培われてきた証しでしょう。島田さんは「今後もご協力いただいている企業の皆さまの回答負担に十分配慮しつつ、短観が信頼される統計であり続けるように、しっかり取り組んでいかなければいけません」と、さらに気を引き締めていました。