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日本銀行北京事務所 海外事務所の仕事 刻々と変化する海外の実像に迫る(2020年3月25日掲載)

金融・経済のグローバル化に伴い、海外の動向を迅速かつ的確に捉える重要性が高まっています。そうした中、現地ならではの情報を収集して各種の調査を行ったり、日本銀行の連絡拠点として現地当局等との調整を担ったりすることで、本店の業務をサポートするのが海外事務所。今回はそのひとつ、北京事務所をご紹介します。


現地メディアからの情報等を読み解き状況を的確に捉える

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中国の景気情勢について打ち合わせ

ニューヨーク、ワシントン、ロンドン、パリ、フランクフルト、香港、北京。日本銀行には現在、5カ国計7カ所に海外事務所が設けられています。そのひとつ、北京事務所は北京市のビジネス街にあり、北京随一の高さを誇る「中国尊」など高層ビル群を見渡せるロケーション。「中国の経済発展を実感できる職場」と話すのは、2018年5月に事務所長として赴任した東善明さんです。

東さん含め日本人駐在員が3名、現地スタッフ2名という北京事務所の役割の一つは、中国の金融・経済状況の調査。国際局をはじめ日本銀行本店でも同様の調査は行われていますが、本店では主に公表された統計やレポートに基づく分析が中心で、日本語や英語を通じた情報がベースとなります。これに対して北京事務所が担うのは、中国のメディアや現地の識者等を介した情報収集です。そうした情報収集の悩ましさと醍醐味について東さんはこう語ります。

「北京事務所として頭を悩ませるのは、調査テーマが常に山積している中で、収集する情報をいかに取捨選択するか、ということです。景気動向や金融政策に限らず、金融システムから政治・外交、社会問題、デジタル経済まで、日本銀行として中国に対し関心を寄せる分野は実に幅広い。駐在員の数が限られる中、絶えず優先順位を判断しながら調査を進め、タイムリーに情報を本店に発信するよう努めています。そうした情報が支店長会議でも報告され、中国の現状の理解を深めるのに役立っているわけです」

中国で情報収集をする上で特に気を遣うのは、国営メディアや、党・政府が開催する重要な会議の扱いだとか。それらは、党・政府の考えを代弁しているということを考慮しながら読み解かなくてはならないとしつつ、東さんはこう言います。

「国営メディアは党・政府の意思や論理を正確に発信していますから、情報収集の出発点です。しかし当然、プロパガンダ(主張の宣伝)的な側面もありますので、その妥当性を他のメディアや識者の見方などを通じて確認する姿勢が必要です。また定期的に開催される党・政府の重要な会議については、会議後に公表される文書の、前回からの変化に注目します。強調ポイントが変化したり、新たな表現が加わったり。そのひと言ひと言に党・政府のメッセージが託されているわけですが、漢字で数文字の抽象的なキーワードも少なくなく、具体的な解釈を見極めることが重要になります」

このため情報収集に当たっては、単にメディアの論調を紹介するのではなく、政策当局の関係者や識者と直接面談し、情報の読み方を知ることも大事な仕事。そうした現地の生きた情報は、日本銀行全体としての調査に一層の厚みを与えるとともに、新たな視点を加えることにもなります。

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事務所を支えるバイリンガルの現地スタッフ

北京事務所が作成するレポートは、年に70~90本。広大な国土を持ち、ダイナミックな変化を遂げる中国について週1本以上のペースでレポートを作るのは大変です。テーマによっては、本店の関係部署の問題意識を事前に把握したり、他の海外事務所と連携して作成したり、といった工夫もあるのだとか。例えば、現在中国で発行に向けた準備が進められているデジタル通貨については決済機構局(注1)と、中国と米国の貿易摩擦についてはワシントン事務所と、などといった具合です。

「役員や本店の各部署が求めるニーズに合った情報をタイムリーに発信することが、海外事務所に期待されています。役に立った、興味深かったという反応があると、励みになりますね」

  1. (注1)決済機構局の業務については本誌2014年40号および2017年50号のFOCUS→BOJをご覧ください。

現地でしか得られない情報を的確に収集する目利き力

東さんが語学留学のために初めて北京に滞在したのは、2001年の1年間。その後、2007~10年には北京事務所の調査担当者として赴任、そして事務所長としての今回の赴任。このように東さんは三度中国で暮らしていますが、そのたびに金融・経済や社会状況は大きく変わってきました。中国に関して特筆すべきは、その変化・発展のスピードが桁違いに速いことだと東さんは力説します。

「私が最初に中国に語学留学した2000年前後は、海外のさまざまな企業が、低賃金の労働力を求めて中国に工場をつくり、『世界の工場』と言われていた頃。二度目に中国で生活した2010年頃は、国全体の所得水準が上がってマーケットが広がり、『世界の市場』ともてはやされていました。折しも北京オリンピック(2008年)や上海万博(2010年)が開催され、劇的な変化を遂げる様子を間近で見ることができました。今回の赴任では、モバイル決済や顔認証システムなど新しい分野において中国独自の急速な発展が見られ、『世界の実験室』ともいえる様相を呈しています」

目覚ましいインフラ整備の進展も、この間の目に見える大きな変化だといいます。

「昨年、10年ぶりに四川省の田舎を訪問した時には、ひとつひとつの村々が舗装道路でつながったことに驚きました。これにより、農村にはさまざまな商品が届き、農民が自動車を購入し、工場も進出できる。国土が広く、一国の中でも地域によって発展段階が大きく異なる。そういう多様性を実感できるのは中国ならではのことで、興味深いですね」

統計データの背後にある社会構造の変化を把握するためにも、中国各地への出張を積極的に行い、国情の理解に努めることも大事な役目です。

「景気の変動を把握することも大事ですが、それにもまして、社会の仕組みのダイナミックな変化を的確に捉え続けなければならないところに、中国独特の難しさと、そして面白さがあります。『社会主義を維持しつつ市場経済を目指す』という中国独自の取り組みは、改革と呼ばれる社会実験的な制度変更の連続なのです」

調査と並ぶ海外事務所の重要な任務が、現地での連絡や対外活動。中国の中央銀行にあたる中国人民銀行のほか、金融当局や政府関係者、識者に加え、中国に進出している日系企業とも、頻繁に意見交換を重ね、継続的に交流を深めます。そうした中で、中国側から日本銀行本店への訪問の要望を受けることも多く、国際局国際連携課(注2)等の協力を仰ぎながら、その実現を図ることもあります。そのほか、過去の日本の経験について聞かせてほしい、という依頼も多く、事務所長として講演も積極的に行っています。

「中国は、モバイル決済や人工知能など世界の最先端とも評される分野がある一方、日本にとっては過去のものとも映る問題、例えば、貿易摩擦、金融自由化、市場開放などは現在進行形の問題として対策を迫られているんです。こうした問題について、日本がどのように対応してきたのか、その経験を学びたいという声は多く聞かれます。内容は違えど、他の海外事務所でも同じことが言えると思います。欧米の海外事務所では、日本が世界に先駆けて実施してきた非伝統的と呼ばれる金融政策を知りたいという声があると聞きます。日本の経験をその国の当局者・識者に発信していくことも、海外事務所の大切な任務なんです」

自国の経験を中国と共有することは、現地における関係者との連携強化につながる上、日本が歩んできた道を振り返ることで広い視点を養う機会にもなる、と東さんは話します。

  1. (注2)国際連携課の業務については本誌2016年48号および2019年59号のFOCUS→BOJ をご覧ください。

現地の文化を深く学び独自の流儀を受けとめる

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中国人民銀行に向かう時は天安門前を通ります

中国は英語があまり通じない社会ゆえ、仕事をするために中国語の習得は必須。そうした言語環境だけでなく、ビジネス慣行や文化においても、日本や欧米とは違う、ということをしっかり踏まえる必要があるのだとか。

「政府関係者と面談を設定するのは大変なんです。なかなか予定を決めてくれない上に、決まったはずの日程の時間の変更や当日キャンセルも珍しくありません。ですから、面談が始まるまで気が抜けません。日本や欧米ではそういうことはほとんどない、中国独特の事情ですね」

そうしたビジネス慣行の背景には、何を置いても最優先の重要な会議などが、必要とあらば突然開催される組織文化があるのだとか。中国特有の事情とはいえ、本店の各部署からの出張者対応時など、気をもむことは多いとのこと。ただ、東さんによると、そうしたビジネス慣行は、中国の方の気質による部分もありそうだと言います。

「ビジネスでもプライベートでも、中国の方は、突然来訪することがあります。日本の感覚からすると失礼だなとも感じますが、不在であれば、また今度、とあっさり帰っていくんです。欧米ほど形式張らずに人の往来がある。一見、自由気ままに見えるかもしれませんが、悪気はありません。お互いのわがままを許容し、尊重する寛容な社会、と言えるのかもしれませんね」

過去、未来ともに、時には100年単位の長いスパンで考えるのも中国流だと東さんは言います。

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東さんが講演等で定期的に訪れる上海のビル群

「何もなかった農村に巨大スマートシティを建設する、『雄安新区』計画(注3)が河北省で進められていますが、中国政府は5年、10年で完成させようとは思っていません。トップダウンで長期のビジョンをたて、早く決断し、そして大胆な行動力を持って物事を進めていく。これは中国の政治体制ならではだと感じますね。もちろん一党政治には負の部分もありますが、14億人が暮らす社会、経済をコントロールし、生活水準を向上させながら暮らしていけるようにしていることは認めなければならないでしょう。いろいろと考えさせられる国ですね」

そんな東さんが日頃から心がけているのは、中国古来の漢詩を多く覚えることだとか。面談や宴会の席で、覚えた漢詩を使って話をすると、先方との距離がぐっと縮まり、同じ漢字を使う国である日本に親近感を感じてくれるのだとか。

中国に三度、計6年滞在している東さんに、中国の一番の魅力を伺うとこんな答えが返ってきました。

「友情に厚いこと、ですね。もう10年来の付き合いとなる中国の友人は、私が以前中国から日本に帰任した後も、彼が所用で日本に来るたびに必ず会いに来てくれました。会わない時期が何年あろうとも、友情を継続することに労を惜しみません。また、言葉を大切にしているのも魅力です。中国の方は、親しい人に対してめったに『ありがとう』と言いません。『ありがとう』という言葉は、その人との間で距離を感じさせる、『水くさい』感じがするんだそうです。だからこそ、中国の方が『ありがとう』という時、その気持ちは強いとも言えます。ひとつひとつの言葉が重いんです」

海外事務所で働く上で文化や人に対する理解が大切になるという東さんはこう言います。

「新任の駐在員には、まず中国の生活を楽しみ、中国を好きになることが一番大事だと伝えています。好きにならないと、その国のことを知ろう、学ぼうという意欲も湧きませんから」

  1. (注3)「雄安新区」計画/広東省の深圳経済特区や、自由貿易試験区として大胆な規制緩和等が進められている上海市の浦東新区などに続く国家プロジェクト。1000年大計(1000年にわたる大計画)とも呼ばれる。

今後も、役員や関係部署に、中国で起きている多くの変化の何を伝えなければならないか、その洞察力を養うことが重要だと話す東さんは、最後にこう付け加えました。

「日本や欧米の感覚で中国を見ると、まだまだ遅れているように思うかもしれません。しかし、もしかしたら、中国はわれわれが知る価値観とは違う進化を遂げるかもしれない。そういうことも頭に入れつつ、この国で起きていることを正確に伝えていきたいと思っています」

激動の中に身をおきつつ、北京事務所の職員は、今日もアンテナを高く張り巡らせ、情報収集、現地での交流に努めています。