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質問日本銀行本店の建物について教えてください。

教えて!にちぎん

回答

本店の建物は、旧館(本館、2号館、3号館)、新館、分館と3つの部分で構成されています。各建物の概要は後述を、 建物の写真はバーチャル見学ツアーをご覧ください。

解説

旧館(本館)の建設

開業(明治15年<1882年>)当初の永代橋のたもとにあった店舗は手狭なうえ、都心からやや遠かったこともあり、開業の翌年には早くも店舗の移転が決定されました。
設計者は、建築学界の第一人者であった辰野金吾博士(帝国大学工科大学<現東京大学工学部>教授)です。同博士は、日本銀行の支店(大阪・京都・小樽など9店舗)やその他に東京駅、旧両国国技館などの設計も手がけています。
なお、日本銀行の旧館(本館)は、昭和49年(1974年)2月5日に国の重要文化財に指定されました。

旧館豆知識

なぜ日本橋が移転先に選ばれたのか

本店の移転先として日本橋が選ばれたのは、主に以下の理由からと言われています。

  1. 江戸時代から両替商が軒を連ねていた関係で、金融機関が集中しており(明治13年<1880年>の東京市内の銀行数24行中、日本橋区20行、京橋区 4行)、また、この一帯は人や物が盛んに行き交うなど、金融・商業の中心地であったこと。
  2. 大蔵省(現財務省)や同省印刷局(現国立印刷局)が常盤橋を隔てた大手町にあり、連絡の便がよかったこと。
  3. 日本橋は、本館建設にあたって建設資材の運搬に活用できるなど水運の利便性が高く、江戸時代には街道の起点で、交通の要所であったこと。

建築様式

辰野金吾博士は、日本銀行本店の設計にあたり欧米各国を訪れ銀行建築を調査しましたが、その際、ベルギー国立銀行を設計したアンリ・ベイヤールに学んだことや、調査のためイングランド銀行を度々訪れ、ロンドンで設計原案を作っていることから、これらの銀行を模範に日本銀行を設計したと言われています。

古典主義建築の外観には秩序と威厳が表現されており、中庭の1階の列柱にはドリス式の様式が、正面・中庭・西面の2階から3階を貫く双柱にはコリント式の様式が見られるほか、正面中央にはドーム(丸屋根)を冠しています。

外装

外壁は、外装材の石と内装材のレンガを互いに積み上げる構造で、上層階ほど薄くして建物の軽量化を図りました。石の種類は、地階と1階は花崗岩、2階以上は安山岩です。

大正12年(1923年)に起きた関東大震災では、建物自体はびくともしませんでしたが、近隣の火災が日本銀行にもおよび、シンボルである中央のドームや一部フロアは、焼けてしまいました。現在のドームはその後復元したものです。

内部設備

エレベーター、水洗便所など当時としてはめずらしい設備を取り入れ、防火シャッターやスチールサッシなど多くの外国製品が採用されました。

総工費

工期中の物価上昇や追加工事などにより、総工費は当初予算の80万円を4割も上回り、約112万円となりました。

2頭のライオン像

咆える2頭の雄ライオンが6個の千両箱を踏まえて後足で立ち、日本銀行のシンボルマーク「めだま」を抱えた紋章の画像

正面正門には、咆える2頭の雄ライオンが6個の千両箱を踏まえて後足で立ち、日本銀行のシンボルマーク「めだま」を抱えた青銅製の紋章(菊地鋳太郎 作)があります。

なお、旧館の中には、昭和初期に作られた東門扉や南門のアーチにも同じような装飾が施されています。

歴代総裁の肖像画が並ぶ赤じゅうたんの廊下

2階の廊下の両側には、吉原重俊初代総裁から三重野康26代総裁の肖像画を展示しています。関東大震災時、当時展示していた肖像画はすべて焼失したため、現在展示している肖像画はその後再製されたものです。特に、吉原重俊(初代)、富田鐵之助(2代)、川田小一郎(3代)、松尾臣善(6代)、三島彌太郎(8代)は、すでに故人であったため、写真から模写したものです。

本店建物の概要

旧館

本館
所在地 中央区日本橋本石町 2-1-1
構造 石積みレンガ造
外装 地下階・1階:花崗岩
2階以上:安山岩
着工時期 明治23年(1890年)9月
完工時期 明治29年(1896年)2月
2、3号館(1号館は取壊)
所在地 中央区日本橋本石町 2-1-1
構造 鉄骨鉄筋コンクリート
外装 地下階・1階:花崗岩
2階以上:安山岩
着工時期 昭和 4年(1929年)11月
完工時期 昭和13年(1938年)6月 <3号館>

新館

新館
所在地 中央区日本橋本石町 2-1-1
構造 鉄骨鉄筋コンクリート
外装 花崗岩
着工時期 昭和41年(1966年)10月
完工時期 昭和48年(1973年)3月

分館

分館
所在地 中央区日本橋本石町 1-3-1
構造 鉄骨鉄筋コンクリート
外装 花崗岩
着工時期 昭和57年(1982年)6月
完工時期 昭和59年(1984年)9月