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後藤審議委員記者会見要旨(10月8日)
平成10年10月8日・石川県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨
1998年10月12日
日本銀行
—— 平成10年10月8日(木)
午後1時40分から約1時間10分
【問】
本日の石川県金融経済懇談会の模様如何。
【答】
(冒頭、懇談会席上における挨拶を概略説明。)懇談会の出席者から頂いた意見については、冒頭、石川県副知事から石川県の経済情勢および総合経済対策についての説明があったが、県債負担も大変であるなど、県レベルの対応には限界があるとのことである。日銀には中小企業等の中長期資金の調達の円滑化や年末資金確保に配慮してもらいたいとの要望があった。
その後、大勢の方から、活発な意見、注文や激励を頂いた。今回の不況は、個人消費が悪いのが特徴であるが、石川県の産業構成は、繊維、電機関係、小売、観光を始め、個人消費関係のウエイトが高いことから、個人消費に関する意見、要望が多かった。まず、消費回復には、景気の先行き不安感をなくす対策が必要との意見が出された。景気の先行き不安については、一部の週刊誌が不安を助長している面もあるのではないかとの指摘もあった。また、国民一人当たりの国の債務は 500万円もあるとして国債を家計の借金のように問題視する見方もあるが、国の債務は国民の資産でもある訳で、次世代の負担をあまり強調しない方が良いのではないかとの意見も聞かれた。さらに、減税に当っては、消費者に実感をもって受け取められるようにするため、戻し減税のほか、金券・商品券の交付などの工夫も必要ではないかとの意見もみられた。
観光面では、業績は悪化しており、女性客が中心となっているが、観光業の業績は悪化しており、設備投資も冷え込んでいるとの報告があった。今後は観光業をスペイン、イタリアのように一つの産業として位置づけたうえで、当面の対応策および将来展望を明確にすべきとの意見を頂いた。
金融面については、銀行の自己資本比率向上が非常に重要な課題とされているが、地方経済を支える使命を持つ地方の金融機関と、首都圏、近畿圏等を中心とする大手銀行とを同じように扱うことは疑問との意見があった。また、年末にかけての中小企業の資金調達面での不安が当面の大きな問題であり、日銀としてもオペの実施、預金準備率の引き下げなどにより、できるだけ資金供給の円滑化に努めてもらいたいとの要望があったほか、中小企業に対する融資円滑化のため信用保証協会の保証活用に期待しているとの話もあった。
この間、金利水準については、年金受給者等に配慮し、当該層に対する店頭表示金利の金利上乗せサービスの限度額を 100万円から 300万円まで引き上げられないかとの意見が出された。その一方で、金利政策は福祉政策とは別であるので、雇用・所得悪化の中で金利の引下げは正しい政策であるとの意見も述べられた。こうした議論に関連して、金利を動かせば、景気や家計にどのような影響が出るか計量的にシミュレーションを行い、それを提示したうえで政策決定するようなステップを踏めば、国民の理解がより深まるのではないかとの意見も頂戴した。
なお、日銀、政府への意見として、不良債権処理を進め一段落させてからビッグ・バンに踏み切るべきではなかったのか、といった意見があった。
以上のほか、日銀は独立性を手に入れたのだから、政府や立法府に対する日銀の考え方、判断というものをもっと強く打ち出していくべきとの意見が複数の方から出された。また、先月石川県美川(みかわ)町において、日銀金沢支店長が一般の県民と意見交換する趣旨で、「日銀ときめきスクール」を開催したが、こうした試みは、金融経済についての一般の人々の理解を深めるうえでも有意義であるとの評価を頂いた。
【問】
金融経済懇談会における各経済団体の代表者の方々からの声を聞かれて、北陸の金融・経済をどのように受け止めたか。
【答】
当地来訪前の印象としては、「金融機関の融資の状況、自己資本比率等を見る限り、金融システムは、首都圏や阪神地区などと比べてさほど悪い状態にはない」ということであった。
当地を来訪し、地元経済界の方々に直接お話を伺った中での印象としては、繊維、機械、観光など、当地の経済の柱となる産業が、個人消費の低迷、アジア向け輸出の減退などからかなり厳しい状況にある、ということである。今回の不況は、従来景気下支えに寄与した個人消費が落込んでいるという意味で「成熟経済型の不況」である。こうした事態に対応するには、アジア諸国の工業化が進む中で、わが国の消費パターンの変化に応じた新しい産業分野を開拓していくことが今後の北陸にとって重要であると思われた。
【問】
為替相場は昨日のニューヨーク市場で一時118円台となるなど急ピッチで円高が進んでいるが、その点についての審議委員の見方如何。
【答】
私の個人的な見解を申し上げると、円レートの急騰には円高とドル安の両側面があると考えられる。まず、円高要因としては、早期健全化法案が自民党から提出され、今国会中に成立する可能性が高くなったことなど、これまで溜りに溜まっていた不安感がここに来て漸く払拭される糸口がつかめたということである。一方、ドル安要因をみると、やはりアメリカ経済自身が不安定な状態になっているし、LTCMに端を発した信用不安、信用収縮的な動きも出ている。こうした中で、恐らく今までのドル高・円安の過程でドルのポジションを積み上げてきたヘッジファンド等の投資家が、ドルを売って円を買う動きが出てきたり、また、ポジションを手仕舞う動きの中で、金利の安い円で借りたものを返す動きも出てこよう。いずれにしても昨日から今日までの円高のスピードは、わが国の実体経済の動きからすれば、あまりにも早すぎる。こうした動きが続くとは思われないが、もしこうした動きが続けば、景気下押し要因となる可能性がある。金融機関の自己資本比率への影響についても、外貨建資産は円高で減少の方向になるが、在外資産はこのところ圧縮されてきていることもあり、円高が株安を伴って自己資本を小さくすれば必ずしも比率の改善につながるとは限らない。
【問】
9月9日の金融緩和措置発表について、その決定に至る経緯如何。
【答】
金融政策決定会合の出席者は、会合終了後から議事要旨が対外的に公表される約1か月間、同会合での情報を一切漏らしてはならないことになっているので、本席で回答できない点をご理解頂きたい。10月16日には、9月9日の金融政策決定会合の議事要旨が公表されるのでご覧頂きたい。
【問】
速水総裁のG7後の記者会見での邦銀の自己資本についての発言が国内外においてかなり波紋をよんでいるが、この点について審議委員の見解如何。
【答】
総裁は、「誤解に基づく報道がなされており、極めて遺憾だ」と言っていた。総裁発言の趣旨は次のようなことと思われる。すなわち、都銀、長信、信託(信託勘定の一部を含む)の主要19行の貸出は、本年6月末時点で372兆円となっている。これに対し、19行の3月末時点における新たな償却財源として使用可能な資本勘定--資本勘定は資本金、資本準備金、利益準備金、任意積立金、未処分利益金の合計で自己資本比率規制上のtier1よりさらに狭い概念である--が15兆円あり、これが総貸出の4%に当たる。
こうした中で、不良債権処理を進めている金融機関については、最近の景気動向を勘案すると、今後資産内容が悪化し、新たな処理を要する可能性も否定できない。こうした処理に伴うバッファーは、今後の業務純益を除けば、先程の15兆円の資本勘定に限られており、処理の過程で、自己資本比率が低下するほか、信用仲介能力が一段と低下するおそれもある。
バブル崩壊後、株価や地価が下落し、貸出残高はそれほど落ちていない中で、不況の長期化により不良債権が増加、保有株式の含み損が拡大し、個々の銀行の経営の善し悪しはあるにせよ、金融業界全体としてやはり資本不足、過少資本の問題を解決しなければ、不良債権処理を一段と進めて市場の信認を確保することはできない、事は急を要する、総裁はかねてからこのような強い持論というか懸念を持っている。このため、抜本的な不良債権処理を行い、なおかつ破綻しないでやって行けるような銀行には、思い切って大きな公的資金の注入を行うことが必要である、総裁はそういうことを念頭において話されたと思われるが、それがBISの自己資本比率と結びついて誤解されたのではないか。
【問】
9月9日の金融緩和の効果如何。
【答】
金融緩和を行わなかった場合との比較についてのシミュレーションを通じて、金融緩和の効果がどの程度あったかを数量的に測ることが出来ればよいが、実際には非常に難しい。ただ、当時、信用不安が強まっていた中で、短期プライムレートをはじめ市場金利が低下し、長期プライムレートも近く低下が見込まれるように、金利水準は順調に下がっている。金利の引き下げがなかった場合に比べて、より景気の落ち込みを少なくする、景気を下支えする力が増えたとみていいのではないか。残念ながら、その後の動きをみると、国債と民間の金融債の利回り格差や、よく言われるジャパンプレミアムは解消されていない。金融界全体に信用リスクに対する警戒感が非常に強まっている中で、金融緩和措置は信用リスク・プレミアムの解消には繋っていないとの印象を持っている。
【問】
金融政策でもう一段の緩和はあるか。
【答】
更なる緩和が考えられるかについては、政策委員の意見でも、人により若干ニュアンスに差がある。私は、テクニカルに言えば、公定歩合や預金準備率といった9月9日に触れなかった要素というものを動かすことは可能と考えている。しかし公定歩合の水準変更が直接的に適用される分野は小さくなっており、また、預金準備率を下げて例えば1兆円の金融機関預金を日銀当座預金から解放しても、これだけ金利が下がっている中では、金融機関にとってどれだけメリットがあるかどうかはよく分からない。金融機関の中には、リスクの多いところに貸すよりも、日銀の当座預金に預けていた方が安心という気配さえある。金融緩和は金利のレベルとしては、やれるだけのことは精一杯やっており、限界に近いところまできているのではないかと思っている。
金融緩和に対する批判として、日銀の流動性供給が、金融機関までは届いても、そこから先の健全な企業に資金が流れ難くなっているとの声が聞かれる。そこで、金融調節面で、信用リスク不安を緩和するようなオペのやり方とか、日銀が担保として認める範囲をどこまで緩和できるかなど、民間企業金融により直接的に緩和効果を及ぼす方法がないかどうかについては勉強してみる余地が残っているように思う。
金融の世界は、立法(金融制度)、行政(同制度の運用)、日銀(マーケットとの取引を通ずる金融調節など)の3者が役割分担する形で動いており、金融が危機的というか、難しい状態になると、この3つの領域がある程度重なり合って連携しないとうまく回らない面が出てくる。ただ中央銀行として出来ることには自ずから限界があり、末端までの流動性供給を日本銀行の力でやろうとしても民間のリスクをどこまで取れるかは、中央銀行の信認を損なわない範囲内ということを考えざるを得ない。信用リスクへの警戒感が高まる中で中央銀行の行い得る範囲内で、より流動性が行きわたるような金融政策のやり方の工夫がないものか、検討課題だと思っている。
【問】
金融経済懇談会において、中小企業の資金調達の円滑化、消費者の先行き不安の解消との要望が出されたとのことであるが、そうした要望にはどのように答えたのか。
【答】
中小企業の資金調達の円滑化については、年末にかけて流動性の供給にできる限り努力する旨お答えした。また、消費者の先行き不安については、「金融経済月報」等における日銀の経済情勢の判断が暗すぎるのはよくないとの指摘もあるが、実態を客観的に表現するのが任務であると回答した。
【問】
北陸経済において、消費分野で需給のミスマッチが生じているので、新しい産業分野を開拓していく必要があるとのお話があったが、具体的にはどのようなイメージを持っているか。
【答】
やや抽象的ではあるが、家計において必要最低限のものが整ってきている中で、消費の中身も高度化されていることから、新しいニーズに応えていくとか、隙間(ニッチ)を見つけ出していくことが可能ではないか。また、日本の技術力にアジア諸国が追いついてくること--そのこと自体は望ましいが--があるので、その一歩先を行く分野なり高品質化を目指すことがポイントではないかと思う。
【問】
先月の金融緩和の景気の下支え効果は、北陸の経済界にどのように現われているか。
【答】
北陸経済に限定した効果についてお答えするのは難しいので、全国ベースの話で申し上げると、9月9日以降に出てきた経済指標をみる限りは、今のところよくなっている指標はあまりない。ただ、ここへきて金融システム再生、早期健全化のスキームが見えてきており、2次補正予算、減税などの実施時期を前倒しで行うなどの動きが出ている。これは株価が13千円台を割ったこと、G7のステートメントにおける日本経済への言及等が影響していると思う。金融緩和の効果が、このように急テンポで打出されている各種政策対応と相俟って、これから現われてくることを期待している。
以上
(参考)
石川県金融経済懇談会出席者
- 石川県副知事
- 杉本 勇壽
- 北陸財務局長
- 山田 孝夫
- 金沢商工会議所 会頭
- 宮 太郎(大和会長)
- 金沢経済同友会 代表幹事
- 飛田 秀一(北國新聞社社長)
- 石川県経営者協会 副会長
- 寺田 外喜男(津田駒工業社長)
- 石川県中小企業団体中央会 会長
- 安田 隆明
- 石川県商工会連合会 会長
- 市村 昭治(村昭繊維興業社長)
- 北陸経済調査会 理事長
- 八田 恒平(金沢ニューグランドホテル会長)
- 金沢法人会女性部会 会長
- 神谷 ますみ(やちや酒造会長)
- 石川県繊維協会 会長
- 丹後 清(丹後商事会長)
- 石川県ニット工業組合 理事長
- 遠藤 幸四郎(金沢合繊社長)
- 石川県鉄工機電協会 会長
- 澁谷 弘利(澁谷工業社長)
- 石川県建設業協会 会長
- 眞柄 敏郎(眞柄建設社長)
- 北陸観光協会 会長
- 上口 昌徳(かよう亭社長)
- 石川県銀行協会 会長
- 高木 茂(石川銀行頭取)
- 石川県信用金庫協会 会長
- 湯澤 重(金沢信用金庫理事会長)
- 北國銀行 頭取
- 米谷 半平
(以上17名)