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総裁定例記者会見要旨(12月17日)

1998年12月18日
日本銀行

—— 平成10年12月17日(木)
午後 4時から約 1時間

【問】

先の短観等を踏まえた日銀の景気の現状認識および先行き見通し如何。

【答】

金融経済月報が今朝発表されたので、ご覧頂いたと思うが、そこにも書いてあるとおり、私どもでは、「わが国の経済情勢は、悪化テンポが幾分和らいできている」という判断をしている。

すなわち、公共投資や輸出が増加するもとで、生産の減少テンポは緩やかなものとなってきている。金融面でも、ひところ強まっていた年末の企業金融を巡る不安感というものは、政府や日本銀行による種々の措置で、次第に後退して、年末については殆どもう手当てがみえたと思う。

ただ、実体経済面で民間需要の動向をみると、設備投資が大幅な減少を続けているほか、個人消費も総じてみれば弱含んでいる。また、企業収益が悪化するということであるので、雇用・所得の環境が良くない。企業の資金繰りについても、依然年末は越えても、1つの壁となっている年度末に向けて、やや金利も高くなっているということが起こっている。これらを踏まえると、企業や消費者のマインドは、引続き慎重なものにとどまっているというふうにみざるを得ないと思う。加えて、物価は、需給ギャップの拡大を背景にして軟調が続いている。

これから先行き、政府の総合経済対策に加えて、緊急経済対策が実施に移されているし、税制の改革がかなり需要を起こすような方向で出てきているし、来年度上期にかけて、財政面から経済が下支えされていくというふうにみて良いのではないかと思う。ただ、先程申したように民間需要の動向を踏まえると、民間経済が自律的な回復に向かっていくというのにはまだ時間がかかると思われる。12月短観をみても、先行きについては、まだ慎重な見方が支配的であると思う。

以上のような情勢を踏まえて、日本銀行では、一昨日の金融政策決定会合において、これまでの思い切った金融緩和スタンスを堅持していくと同時に、オペ・貸出面の措置の効果などがこれから出てくると思うので、これらを見極めながら、これまでのスタンスを堅持するということを決定した。また、そうした金融調節方針のもとで、年末から年度末にかけて、引続き潤沢な資金供給に努めて、金融市場の安定に万全を期していく考えである。

【問】

日本債券信用銀行に対する特別公的管理開始は、当局主導の対応という点で大きな方針転換であったと思うが、総裁の所感如何。また、日銀が出資金を出したり、あるいは「奉加帳方式」で民間金融機関が出資したり、3月の公的資金も導入されている。そういった点で、これまでの日銀の対応の在り方について責任を問う声があるのも事実だと思うが、総裁の見解如何。

【答】

まず今度は「当局主導の対応」ではないかという点であるが、日本債券信用銀行に対する特別公的管理の開始決定というのは、金融再生委員会設置までの間の、同委員会の権限を代行する内閣総理大臣がご判断され、ご決定になったということであるので、私どもとしては、ご指摘のような方針転換があったのかどうかということについては、コメントは差し控えたいと思う。

ただ、一般論として言えば、債務超過が明らかであり、かつそれを是正する実現性のある方策を打ち出し得ない金融機関については、先般整備された枠組みに沿って速やかに必要な措置が講じられて然るべきであるというふうに考える。

次に、日銀がなぜあの時出資したかということだが、昨年の4月、5月の段階で新金融安定化基金が設置されて、「わが国金融システムの安定化および内外からの信頼性確保に資すること」ということで、日本銀行による「金融機関の資本基盤の構築等を支援する事業」を行うということが決まっている。

日本銀行から、新金融安定化基金に対して資金の拠出を行った訳であるが、定款等の内容を前提にして、政策委員会の決定を経てあの時出資を決定した訳である。次に、同基金の個々の運用については、日本銀行と個別に協議を行って、その同意を得る仕組みとなっているのだが、同基金からの運用協議に対する日本銀行の回答手続きについては、執行部において、当該運用協議が同基金の目的・事業内容に合致しているかどうかを検討して、検討結果を政策委員会に報告して、その了承を得たというのがその経緯である。

日本債券信用銀行への出資に当っても、このような手続きが採られ、執行部は、基金からの運用協議に際して、同基金の目的・事業内容に合致しているかどうかを検討して、検討結果を政策委員会に報告し、全員異議なく了承されたということである。

3つ目の責任があるのではないかという点については、あの時に日本債券信用銀行が、今日のような公的資金、あるいは特別公的管理といったような破綻を防衛し、破綻に対応していく措置が殆ど何もない時期において、そうした抜本的な手を打たないままで、日本債券信用銀行の経営が行き詰まってしまうとすれば、内外の市場、わが国の金融システム全体に著しい混乱をもたらすことが懸念された訳で、そのために政府の強い要請を踏まえて、信用秩序の維持という日本銀行に課せられた責務を達成するために、ギリギリの選択として新金融安定化基金を活用して、同行への出資を行ったものである。

今回結果として、当該出資が毀損され得る事態となったことについては、私どもとしては、極めて重く受け止めており、かつ残念に思う。日本銀行としては、信用秩序の維持のためのやむを得ざる結果として甘受せざるを得ないと考えている。

また、以上のように日本銀行が新金融安定化基金を活用して同行の資本基盤拡充のための支援を行うことを公表したことが、民間金融機関が同行の要請に応じて出資を決定するに当って、なにがしかの影響を与えた可能性は否定できない。ただ、出資を行うか否かの最終的な決定は民間金融機関が自らの判断で行ったものと理解している。

私も当時の状況を詳しくは知らない訳だが、関係先その他に頼んで民間から2,000億円近い資金が調達されたと──「奉加帳」というのか──それに対して必要な資金が約3,000億円ということであったので、日本銀行から800億円をこちらへ回したということが、当時の記録に残されている。

【問】

総裁は先日の国会で、新日銀法では初めて議会証言を行った訳であるが、日銀が目指す独立性の堅持、あるいはアカウンタビリティーの向上といった観点で、今回の国会証言はどのような意義があったと思うか。

【答】

国会への報告は、ご承知のように日本銀行法に基づいて半期に1回報告書を出して、それについて国会で説明することが求められている。今回の場合は1〜9月ということで、9か月分をレポートとして出し、それを先週の木曜日の夜、参議院の財政・金融委員会で私が要旨を報告するだけで終わった。翌日の衆議院の大蔵委員会において、朝の9時から夜の6時まで約8時間、10人そこそこの与野党の議員から報告書について色々ご質問があり、かなり充実した議論ができたと思っている。

ご存知のように、新日銀法は「独立性」と「透明性」──「インディペンデンシー」と「アカウンタビリティー」と言っているが──という2本の柱がある。このインディペンデンシーについては、政策の決定その他について4月以降私どもが政府の関係各省庁に相談することなく、政策委員会(金融政策決定会合)で討議の末政策を決定して参ったと──そういう意味ではこれまでとかなり違ったインディペンデンシーを確立しつつあるというふうに思う。

もう1つの透明性ということであるが、特にアカウンタビリティーという場合は、やったことに対して申し開きをする、説明ができる──ギブ・アカウントと言っているが──ことが求められる訳である。やったことがどういう狙いでやったのか、これからどういうふうに持っていこうとしているのかということを説明する義務がある訳だが、今回は、初めてであったので色々多少不慣れな面もあったと思う。

しかし、その趣旨からは金融政策決定にかかわる事項をできるだけ網羅的、かつ分かりやすく記述されていたし、それについての説明、討議もかなり実のあるものであったというふうに思っている。今後ともそうした私どもの方からのアカウンタビリティー向上の一環として、政策の決定、そしてそれに関する説明を十分にして参りたいというふうに思っている。多くの方々のご尽力もあり、私としては、率直で充実した議論ができたというふうに思っている。今後もこうした貴重な機会を大事にして参りたいと思っている。

【問】

一部報道では出ているが、安斎前理事の後任理事人事というのは、政策委員会で推薦をすることは決まったのか。

【答】

これは任命は大蔵大臣がすることになっているので、政策委員会での推薦は、議論はしているが、まだ発令にはなっていないので、これ以上のことを申し上げる訳にはいかないと思う。

【問】

先程総裁は、独立性と透明性ということが日銀の2本柱だとおっしゃったが、報道されているというか、内定しているといわれる次の理事は大蔵省出身であるということで、まず1つ独立性ということに問題があると思うし、政策委員会の推薦の結論を発表しないというのは、アカウンタビリティーの点で問題があるのではないか。

【答】

まだ推薦というところまでいっていないので、辞令が出た上でご説明させて頂きたいと思う。アカウンタビリティーというのは、「透明性」と訳されているが、全部透明にして決まってもいないことを全部出してしまえということではないから、決めたことをどのように申し開くか、説明するかということがアカウンタビリティーである。そこのところを間違えないようにして頂きたいと思う。

【問】

関連質問になるが、新しい理事を大蔵省から受け入れる可能性についてどうお考えか。

【答】

それは私どもはこちらで候補者を色々広く探して、検討して、政策委員会に諮るという手順になっているので、日銀の中からに限っている訳でもないし、そこのところは私どもの方で候補者を決めているというふうにお考え頂きたい。外から押し付けられているということはない。それだけは申し上げておく。

【問】

日銀の中にも人材はたくさんいらっしゃると思うが、わざわざ外から受け入れるというのはどういう観点からなのか。

【答】

建前はそういうことであるから、何も日銀の中から選ばなくてもよい訳であるので、決まったところで、決まった理事についてご報告させて頂きたいと思う。もうちょっとお待ち頂きたいと思う。

【問】

年末越えの資金供給の結果、バランスシートが膨らんでいるほか、最近預金保険機構向け貸出が増えているが、これが日債銀への出資のように日銀の財務(の健全性)を損なう惧れはないか。また、これからも預金保険機構には破綻のたびに貸出を行うのか。

【答】

預金保険機構への貸出は、今約7兆5,000億円近くある。かなり増えているが、そのうち3兆7,000億円位が日本長期信用銀行への貸出である。その代わり、特融は一時3兆円以上あったと思うが、今は約6,000億円に減っている。

いずれにしても、中央銀行は「最後の貸し手」、「レンダー・オブ・ラスト・リゾート」——LLRとよく言うが——という機能を果たさなければならない訳である。預金保険機構の方で保険料も取るし、それから民間からの資金調達の道もある訳であるから、いずれそういう形で貸した金が返ってくるということもある訳である。今のところ残高が増えつつあると思うが、これは日本銀行として「レンダー・オブ・ラスト・リゾート」としての機能を果たした結果、こういうふうになっていると考えて頂きたいと思う。

その他に、最近、CPオペによりコマーシャル・ペーパーの残高がかなり増えてきていることも1つの特徴かもしれない。それと、レポ・オペの関係で、少し長期の国債を買ったりして、資産が膨らんでいるというのは事実であるが、方向としては、これからなるべく資産の流動性を確保していきたい。

その流動性という場合、国債についても銀行券発行額とほぼ同じだけの国債を今持っている——50兆円近い——訳であり、このうち20兆円は短期証券——FB、TB——であるが、こういうものが市場ではけていく——日銀だけが引受けるのではなくて、市場価格で市場にいつでも売れる——というシステムに切替えていく——持っている資産を常に市場に売っていくということができるようにしていく——ことがこれからの1つの目標であり、課題である。そのことが、東京に立派な(金融市場を作り)、企業の債務を流動化——債権化、証券化、市場化——して、そういうものの売買が内外の投資家により市場で行われていく。そのうち適当なものを、日銀が適時買って、資金を吸収する場合には、それを売っていくというような方向に持っていく——各国中央銀行は皆そういう方向でやっている——、そういうふうにしていきたいと思っている。そういう方向で少しずつ資産の内容が変わりつつあるのが現状であると思う。

【問】

「流動性」と言うが、預金保険機構向けの貸出は、とても流動性があるとは言えないと思う。今後、公的資金の注入等により預金保険機構向けに出していく金が仮に日銀から出るとすると、長期化する惧れがあると思う。日銀の貸出の原則は短期であると理解しているが、この流動性と長期化の点についての認識如何。

【答】

私は、特融や預金保険機構に資金を貸しているというものを、より流動性のある資産とは思っていない。こういうものは、最初に申し上げた「レンダー・オブ・ラスト・リゾート」、「最後の貸し手」としての日銀の機能の結果出てきたものである。それと同時に、この頃新聞などは「最初の貸し手」などという言葉を使っておられるが、企業の優良負債を証券化して、そういうものを日銀の資産にしていく——中央銀行が買い、ある程度残高を持って、それをいつでも市場に売っていける——というふうにしていくのが、これからの大きな課題だと思っている。

同時に先程の「ラスト・リゾート」としての責任(について)も、他に誰も引受け手がない場合には、日銀が特融を出したり、あるいは預金保険機構への貸付という形になることも仕方のないことではないか。しかし、それについてもなるべく早く(減らし)、残高がいつまでも残っているというふうにはしないように努めていかなければいけないと思っている。

特融についても、ご承知のように、私どもは4つの原則を作っており、(1)システミック・リスクを起こす可能性がある、(2)日銀の他に資金の出し手がない——所謂「ラスト・リゾート」——とみなされる、(3)貸した先にモラル・ハザードを起こさない、(4)日銀の財務の健全性を崩さない、という4つの条件をいつも考えて、これを満たすものでなければ実行しない。

それから、預金保険機構への貸付についても、今のところ非常に残高が膨らんでいる。これもそう簡単に減るものではないかもしれないが、システムとしては、預金保険機構が資金を積立てて返してくる場合もあるし、また日銀以外の民間から、例えば政府が保証する社債を出し、公募し、資金を調達して、日銀からの借入を返すということもできる道が開かれている。そのようなことをなるべくやって頂きながら、残高があまり膨らまないようにして参りたいと思っている。

【問】

「資産の流動性の点で、できるだけ市場に売れる資産を持つことが課題」と言ったが、CPオペなどで非常に格付けが低くて、あまり買い手のつかないような企業のCPを(日銀が)殆ど丸抱えで持っているという話もあるが、この点についての認識如何。

【答】

そういうことはないと思う。市場で適格なものだけを私どもは買っているし、売り戻し条件が付いているから、いつでも売り戻せるということにはなっている訳である。

【問】

今日発表になった月報での短期市場に対する判断として、3月期末を越える市場に対する見方としては、流動性リスクに対する市場の警戒感は引続き根強いというふうに厳しい判断をしている理由如何。

【答】

これは最初に申し上げたように、公共投資などは随分発注が増え、資金も出て人が動き始めていると思うし、例えば電気製品の白物というのは、10年位の耐用年数のもの——8、9年程前に売れたもの——を今ここにきて新しく買い直すと、色々新しい技術が加わって洗濯機や冷蔵庫にしても小さいもの、機能のいい、値段もそんなに高くないものが出来てくるということで、今非常に売れていると聞いている。

そういった明るい要因が出てきていることは確かだが、全体としてみると大きな需給ギャップがある訳で、これ以上設備投資を増やしていくことは考えられない。新しいものを作る、新しい企業を作るといったようなことで設備投資が起こっていくことは大歓迎だが、需給ギャップがこれだけ大きい時に需要が増えていかない限り、設備投資は進んでいかないということがある。それから、何といっても企業収益は今良くない訳なので、そういうことになると、株価なども、なかなか思ったように上がっていかないというようなこともあるだろう。

そういうことを考えると、明るい公共投資の話や緊急経済対策、その他で潤ってくる面もあると思うが、少なくとも需給関係からいうと、まだ需要不足という事態は続いている訳で、物価もまだ下がりつつある。金融についても、不良貸出、不良資産、そういうものは地価や株価が上がっていかない限り、なかなか減っていくという現状ではないので、そういうものが改善の方向に向かっていくことが見えてくると企業家や消費者のコンフィデンスというものが明るくなってくると思うが、今のままで1~3月にそういう変化が起こってくるかどうかということになると、もう少し様子を見てみないと分からないというのが現状ではないかと思う。

「胎動」という言葉を堺屋長官がお使いになっておられるが、「胎動」というのは、──私は母親になったことがないので、よく分からないが──いい言葉だと思うが、果たしてそうなのかどうなのか、私は自信をもって言えない。

【問】

中央銀行の役割についての基本的な認識だが、ラスト・リゾートになるということと財務の健全性を保つということは、二律背反していると思うが、その中で中央銀行としての健全性を保つということをどのように考えているのか。

【答】

だから、ラスト・リゾートがなるべく増えないように景気をもっていかないといけないことは確かだし、そのためには金融システムを早く健全化し、不良資産を早く償却し、その過程でまだ資本投入の資金等を日本銀行から借りてやるということが起こってくるかもしれない。そういうようなことで、当面はまだ増えるかもしれないが、そうであるがゆえに、日本銀行が保有している他の資産をなるべく市場にいつでも売ることのできる流動性のあるものにしていく必要があると思う。国債が50兆円といっても、20兆円のTB、CPを市場に売っていければこれは随分違ってくると思う。その代わりに良質のCPその他が市場に出回って、それを本行が買って残高が増えていくかもしれない。最後の貸し手という、中央銀行としての役割は、これをむげに拒否する訳にはいかないので、うまくやっていかないといけないが、それを果たしつつ、おっしゃるように他の一般資産を流動化していくことが大事なことである。昔は中央銀行と言えば、資産は金と外貨をどれだけもっているかで決まったものだが、今は金を持っていても売れないし、それよりも市場にいつでも売れる優良な資産を持つということが大事な課題だと、そういうものが自由に売買される市場を早く作っていくことが、ビックバンとも繋がって円の国際化とも繋がっていく、今最もアージェントな課題だというふうに思っている。

【問】

ユーロに関して3点お尋ねしたい。1つ目は、ユーロの誕生前に中国や香港の通貨当局者が外貨準備に占めるドルの比率を下げて、ユーロの比率を引き上げる意向を示しているが、日本の外貨準備の中で、ドルの比率を下げてユーロの比率を引き上げる必要性があると考えているか。

2つ目は、ユーロの誕生で円の国際的な地位はどのようなものになっていくと考えているか。

3つ目は、先日、宮澤蔵相が、円とドルとユーロの3局通貨の「管理されたフレキシビリティー」という言葉を使って、通貨管理に前向きな姿勢を示されたが、それについての総裁の考え如何。

【答】

外貨準備としてユーロを持つかという点については、政府がお決めになることだと思うが、一般にユーロが使われていくようになれば、中央銀行としても、ユーロをある程度持たなければならないことになっていくと思う。彼らはユーロを使われるような通貨にしたいという強い希望を持って取組んでいるので、GDPや人口、貿易量から言っても、米国とほとんど変わらないものを持っている訳なので、放っておいても基軸通貨になっていくと思っている。

それと同時に、円は、今まであまり国際通貨になることを積極的にやってこなかったと言えると思う。何と言っても、1,200兆円もの個人の金融資産を持っている国で、しかも1兆ドル近い対外純資産を持っている国は、どこにもない。むしろ米国は1兆ドル近い対外純債務を持っている訳である。そういう意味でも、経済自体は、今は不況にあえいでいるが、経済力自体は、GDP1つとってみても、1人当たり国民所得がトップクラスで3万2~3千ドルあり、決して力のない国ではない。

円は外で持たれることはあったが、使われなかった。つまり使い勝手が悪いということである。それはどういうことかと言うと、市場がない、税金がかかる、ということである。あるいは、円建て決済や資産を持つのに、色々と手数がかかる、手数料をとられるということである。それを一口で言えば、使い勝手の悪さがあったからである。これが使い勝手の良いものに変わっていくならば、——例えば、有価証券取引税がなくなるとか、FBなどの源泉徴収課税が免除になるとか、あるいはマーケットができていつでも売買ができるということになれば——、ロンドン、ニューヨークと同じような条件で短期の運用ができる市場ができる。そういうことが整ってくれば、自ずから円は使われていくと思う。

貿易量がこれだけ多い訳であるし、先程申し上げたような資本の動きもある訳である。ビッグバンを行ったのも、円の国際化を促進していくためだというふうに私は受け取っているが、こういうことが起こっていくことは、間違いないと思う。ただ、やはりそれには、通貨当局も非常に責任感を感じ、そういう方向で市場を作っていく、あるいは安定した通貨にしていくことが一番大事であると思う。

円とドルとユーロとの"managed flexibility"であるが、3つの基軸通貨が仮にできる、——あるいは当面ユーロとドルということができてくるかもしれないが——そういうことが、かつて1回やったことがあり、しばらくもったことがあるが、やはり、何か大きなことが起こると、この"managed flexibility"というのは長続きしない。やはり、今のように、ヘッジ・ファンドのように大きな金が大きく動く時期に、何か事が起こって——かつてのメキシコ、ブラジルの例もそうであったが——非常に大きな単位の金が一方的に動き始めるようなことになると、いくらmanagedといってコントロールしても、それはできない。為替だけではできないことなのであって、むしろその根っこのところをしっかりマネージすることが、それぞれの通貨当局の任務であり、それができて初めてmanaged flexibilityというものもできるかもしれない。

ただ、私は、ボルカー氏もさかんに言っていたが、我慢のできない範囲にきた時に、関係国で静かに話し合って——いわゆる「ネガティブ・ターゲット」と言っているが——これ以上超えてはとてもやっていけないという範囲のところを超えた時に、協力してもう少し反対の方向に動かすということであるのであれば、——そういうものまでmanaged flexibilityというのであれば——賛成するが、なかなかそんな簡単にマネージできるものではないと思う。

考え方としては、こういう時期に、やはり安定させていかなければその通貨は使ってもらえないから、大事なことだと思う。基軸通貨が複数になり、そういうものが安定した関係でいけば、この間のアジアのようなケースを避けていけるであろう。しかも、そういうものをIMF、国際機関がしっかり権限を持ってコントロールしていくということをやっていくことができれば、——そのためにIMFを強化すべきだと宮澤蔵相はおっしゃっているが——その点は同感であると思う。

IMF暫定委員会などと言うが、これは1974年のオイル・ショックの時にどうしてもコントロールできないから、しばらくの委員会を暫定委員会といって作ったが、それが未だに続いている。それは、権限があまりない訳であるから、はっきり権限を与えて、おかしな国には早期警告を出して、「こういうふうにしたらどうか」と、権限を持ってアドバイス・指導したり、場合によっては、立ち直るまで資金をこれだけ貸す、というようなことで、そういうところを助けていくというようなことをやっていけば、これはやはりできることだと思う。国際機関が力を持ってやるべきことではないかというのが、私のかねてからの持論である。

そういうことを念頭に置きながら、ドル、ユーロにフォローして、円も国際化され、もっと国際的に使われていけば、それは自ずからキー・カレンシーになっていく訳であるから、そういうことをできるようにしていきたい。そのために必要なことは、まず円を使い勝手の良い通貨にすることであり、色々な規制を無くし、レベル・イコールにして、マーケットを作ることである。円の優良証券——政府の国債を初め、民間の社債、CPや、場合によってはBAのようなもの——を使った投資というものが、自由にできるようにしていけば、そういうものが自ずからできてくる——円が基軸通貨になっていく——と思っている。

【問】

日本が外貨準備に占めるドルの比率を下げようとすると、米国との摩擦を起こす心配はないか。

【答】

場合によってはそういうことは起こるかもしれないが、しかし通貨が強くなっていけばそういうことが起こるし、そういう意味でもユーロなどが基軸通貨になって、ドルだけでなくて、ユーロが発言権を持ち、それに日本が加わればそれはかなりの力になる。日本は必ずしもアメリカに反対するばかりでなく、おそらくユーロがおかしなことをすれば日本と一緒になってアメリカが文句を言うということもあるだろうし、IMFというのは──他の国際機関でも大体そうであろうが──、そういったチェック機能を持っていくということであり、日本は第2のセカンド・ラージェスト・クォータの国として、それ位の金を随分出している訳であるから、安定した使い勝手の良い通貨にさえできれば、そういう発言権も自ずから増えてくるというふうに私は思っている。

【問】

3月に日債銀への公的資金の投入を決めた「佐々波委員会」は、日銀総裁も——速水総裁ではなかったが——その中のメンバーの1人であったが、銀行の健全性について疑問が出た時に、債務超過の問題はないというようなことを総裁もおっしゃられていたと思うが、その時の判断は問題なかったと思うか。結果的に間違いであったのだが、何故この間違いが起き、それに対する責任はないのか。

【答】

日債銀について、3月末で「佐々波委員会」が審査する時点において、審査基準に適っていたということは、委員会の討議の結果出ている。3月5日から3月10日までの間に、大蔵省・日本銀行の意見や提出書類に基づいて、集中審査が行われている訳である。その時点においては、同行が債務超過であるという情報は、持ち合わせていなかった訳である。

そういう意味では、厳正な審査を経て、委員会で決定したというふうに認識していると思う。

【問】

今のだけではお答えになっていなかったと思う。大蔵省と日銀が厳正な審査のもとに、債務超過ではないという判断を下したとしても、その後そうではないということになることもあり得るということか。日債銀のようなケースは他の銀行にもあり得るということか。

【答】

だからそういうこともあって、「佐々波委員会」は解散になったのではないか。

【問】

つまり「佐々波委員会」は失敗だったということか。

【答】

あの委員会では、そういう事態が起こった時に、決定ができないかもしれないという意味で、変わったのではないか。私もその経緯はよく知らない。そうでなければ、続いていたはずである。

【問】

総裁も「佐々波委員会」のメンバーだったのではないか。

【答】

私も総裁になってから、メンバーになったが、会合は2回あっただけである。その委員会では、そうした議論は一切していない。

以上