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篠塚審議委員記者会見要旨(7月12日)

 平成11年7月12日・福井県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

1999年7月14日
日本銀行

―平成11年7月12日(月)
午後1時30分から約30分
於:ユアーズホテルフクイ

【問】

本日の福井県金融経済懇談会の模様如何。

【答】

最初に感想を総括すれば、地元産業の業況や、企業が抱えている雇用問題等について、各界代表者の生の声を直接聞くことができ、とても勉強になった。例えば、構造改革についても、色々な方向性があるということを改めて勉強させていただいた。懇談会の内容としては、日本銀行への注文というよりは、私の冒頭挨拶を受けて、地元産業界が実際に抱える諸問題を議論した。その中で、特に興味深かった点について、いくつかご紹介させていただく。

  1. まず、第1は、福井県の景況感について。日本全体としては、「下げ止まり感が見られるけども、先行きの確たる回復の基調は見られない」状況であるが、当地についても、こちらに来る前に目を通した統計等からは、こうした全国の動きと然程違わないように思っていた。しかし、懇談会参加者の皆様のお話から受けた感触では、若干であるが、全国的なマクロ統計よりも下げ止まり感というか、先行きに対する明るさを感じた。
  2. 第2に、眼鏡業界や繊維業界が、トップの座に安住することなく、新しいチャレンジをしながら、構造改革に取り組んでいることが印象的であった。
  3. 第3に、雇用問題についてのお話が多く聞かれたことである。現在、企業は、新たな展望を見出すため、リストラが避けられない状況にある。リストラというのは、本来、事業の再構築であるから、ただ単純に雇用などを切れば済むということではなく、新しい分野を起こすために、古いところを切るのである。私からは、この結果として解放された設備、技術、人材といった経営資源を新しい分野に移していくことが重要であると申し上げ、この点について色々と議論した。
  4. 最後に、現在の低金利についての意見も示された。一部の方から、「現在の低金利で、特に高齢で無業の方々の家計は非常に苦しくなっている。他方、ローンを抱えている家計にとっては、低金利は非常に助かっているという面もある。それらを踏まえて、然るべき時期が来たならば、日本銀行は速やかに超低金利政策を変えてほしい」という意見があった。これは、私自身の意見と概ね一致しており、印象に残った。

【問】

先程、福井は全国よりも景気が下げ止まっており、先行きの明るさを感じたとおっしゃったが、これはどういったことからか。

【答】

当地の主要産業は繊維と眼鏡であるが、当地の繊維業界では、新しく高付加価値を生み出す分野と、最先端の技術をお持ちであることもあって、「どんどん下がって行くといった状況というよりも少し明るい感じを得られるようになりつつある」というような声が聞かれた。眼鏡についても、市場がグローバル化している中で、「従来と同じやり方をしていては駄目で、チタンなどの新しい素材を用いながら、中国等との競合を避ける分野に活路を見出している」といった声が聞かれた。現状はなお苦しいが、この様な新たな分野への取組みもあって、全国平均よりも明るいような感触を受けた。

【問】

6月11日に政府が70万人の雇用を創出する経済対策を発表し、先週にはそれを裏付ける5,200億円の補正予算が決定したが、政府の雇用対策は、これからの企業のリストラによる下押し圧力を吸収できるものになるとお考えか。

【答】

政府の緊急雇用対策はまだ案の段階なので、新聞報道などに即して感想だけ述べる。まず、今般の対策は、雇用機会の創出を最大の柱としている点を評価したい。また、規制緩和などによる新しい事業の創出や、成長分野における雇用創出などが盛り込まれているので、この点も評価したい。私自身は、これまでの労働経済の研究を通じて、雇用の流動化を円滑に進めるための条件として、まず環境整備が必要であると思ってきた。そういう意味から、今般の緊急雇用対策は、その足がかりになるのではないかと思っており、雇用環境が望ましい方向に進むことを期待している。

【問】

篠塚審議委員は、本日の懇談会で、「現在のゼロ金利政策は様々な副作用を伴っていて、これが長期化すればするほど、この副作用が大きくなる」という主旨のご発言をしている。また、景気について好ましい兆候が見られ始めてきているようだとおっしゃられている。いつ頃になったらゼロ金利政策から転換できるとお考えか。

【答】

いつ頃かといったご質問には答えることはできない。私自身が決定会合でどうしてゼロ金利政策に反対意見を述べたのかについて改めて説明すると、その時に自分自身が様々なデータを集めて状況が少し変わったなと思い、このタイミングを外すとなかなかゼロ金利政策を解除ができないのではないか、そうすると副作用の方が大変な状況になってくるのではないかと思ったからである。しかし、これはあくまでも私自身の意見である。ご承知のように決定会合では9人のメンバーによる多数決で政策運営方針が決定される。この結果として、ゼロ金利を維持しようというのが現在の日本銀行がとっているスタンスである。

【問】

ゼロ金利の副作用とはどういうものか、詳しくお聞きしたい。また、ゼロ金利に伴うモラルハザードについても、もう少し踏み込んでお聞きしたい。

【答】

私が、ゼロ金利の副作用だけを持ち上げて反対したと思われては困るが、基本的には、デフレ懸念が払拭される展望をどうみるかという点で、私の方が他の委員よりも良い方向と思われる材料を多くみて、副作用とのバランスを考えながら、解除の方向を提案した次第である。

私自身が副作用として考えていることは、まず第1に、長期間に亘る低金利によって、高齢者——特に就業していない高齢者——が貯蓄を取り崩して消費に充てるという行動がみられることである。第2に、市場参加者の間にモラルハザードをもたらす惧れがあること。最近は「何でもあり」というか、企業等の間に「苦しい時はどんなことでも日銀がやってくれるのではないか」という期待が強まっているように思える。2000年問題への対応にしても、本来ならば、各企業、各金融機関がそれぞれ独自に2000年問題に対処しなければならないのだが、それもやはり、いつかは日本銀行がやってくれるのではないかというような声が時々聞こえて来る。また、金利というものは、お金を貸す人と借りる人がいて、これには本来対価がつくものであるが、金利がゼロになってしまい、さらにこれがずっと続くのではないかという見方が広がると、そういった見方に基づいて企業側も金融機関も行動を起こすので、企業としての倫理感が薄れていくように思う。モラルハザードという言葉は、そういう意味で使った。第3に、金融緩和の行き過ぎに伴って今起きていること、すなわち、短期金融市場における価格・金利のプライスメカニズムが弱まった結果——例えばオーバーナイト物だと0.03%で金利がほとんど動かなくなってきた——、資金の運用側は運用先が無くなり国債に集中している。これも異常なことで、本来ならばここで様々なリスクをとったりするべきではないかと思う。最後に、何故こんな超低金利政策をとったかということを振り返ってみると、過剰な設備等を抱える企業に対して何等かの形で痛み止めを行う必要があるということであった訳だが、それが却って構造調整を先送りするような誘因にもなりかねないと考えている次第である。ただ、最初に申しあげたように、副作用があるという理由だけからゼロ金利政策に反対したのではなく、幾つかの指標にデフレ懸念を払拭するような明るい展望がみられるのではないかなと思って反対した次第である。

【問】

最近2か月(5月、6月)、卸売物価が安定して推移しているが、その点についてどうお考えか。また、これはデフレ懸念を見直す兆候と言えるのか。

【答】

物価といっても、卸売物価でみるのか消費者物価でみるのか、また、物価の統計を前年比でみるのか、前月比でみるのか、いろいろ難しい問題がある。それはさておき、一般に卸売物価も消費者物価もどんどん突っ込んで下がっていくというようなことはなく、下げ止まったというふうに言えるのではないか。その背景としては、海外要因として、原油価格がOPECの協調減産を背景に上昇しているほか、その他の国際商品市況も、こうした原油価格からの波及もあって、全般的に下げ止まり感が出てきていることが挙げられる。また、国内要因についても、このところ生産調整の効果がみられる。国内の企業は必死になって在庫調整を実施しており、過剰設備の廃棄も進みつつある。この結果、全ての業種でという訳ではないが、鉄など素材産業を中心に値戻しが起きている。

ただし、物価動向だけをみてデフレ懸念が払拭できるかどうかを決定することはできない。私ども政策運営にあたる立場としては、物価指標だけではなく、実体経済の動き全体をみて、デフレ懸念がなくなったかどうかを総合的に判断している次第である。

【問】

最近、地域金融機関の再編の動きを促すような政府の意向が聞かれるが、今日の懇談会の場で出席者からそれに対する懸念あるいは要望等があったか。

【答】

直接、自己資本比率の8%がきついとか、再編が厳しいとかといった具体的な意見は聞かれなかった。ある出席者から、「最近の地域金融の変動はドラスチックすぎる。灰色の債権を保有している金融機関について、どうやって地域の中で助けていくかというのも地域の問題である」という意見があったが、それ以上の突っ込んだ話は無かった。

【問】

1~3月GDPや短観の発表の後、コールレートの誘導水準に対する委員の考え方は変わったか。また、総裁が国債の流通性を高めるため、日銀が積極的に関っていくというようなことをおっしゃっていたが、それに対する委員の考え如何。

【答】

私が決定会合でコールレート(オーバーナイト物)を0.25%に引上げるという案——すなわち、ゼロ金利政策の解除——を出したのは5月18日の決定会合であり、GDP統計が発表されたのは6月10日である。私はGDPの数字が出る前から様々な統計をみて、明るいところが出てきたのではないかと思っていた。従って、GDP統計が発表されたことによって、私自身の考え方が変わることはない。

次に、国債の問題については、総裁のご発言にもあったように、国債の流通というのは大事なテーマである。日本は、品揃え(償還期間)の面等で海外と比べ見劣りする。国債の流動性は長期金利に跳ね返る。また、日本銀行は国債に関する事務や国債のオペもやっている訳である。国債を保有し易くし、海外からももっと買ってもらえるようにする上で、流動性を高めて行くことが重要であると認識している。

【問】

委員は民間需要の自律的な回復につき引き続き注視していきたいと述べられたが、その見通し如何。

【答】

先行きの見通しについてはなかなか言えないところであるが、設備投資と消費——両方でGDPの8割を占めている——が実体経済の中で一番遅れている。これらが上向かないかぎりはわが国経済の自律的回復はない。現在は、政策絡みの公共投資と住宅投資で支えられているが、それが息切れした時のことを考えると、やはり、投資と消費が頑張るしか無い訳である。消費と投資に限らず、経済というものは期待で動くものである。投資をみても、マインドが縮こまってしまえば出てこないが、先行きに明るい期待があれば、投資してみようかなということにもなるものである。消費も同様に、今日買うか明日買うかということも結局は先行きに期待を持てるかどうかである。このように基本は企業と家計のコンフィデンスであるが、そういうものが湧き出てくるような芽が今あるかどうかということに掛かってくる。私自身は統計などを見ながら、そういう萌芽——大きいものではないが——がみられつつあるのではないかとみている。例えば、これは株価に端的に出ている。株価を過度に重視すると恐ろしいことになるが、しかし、どうみても昨年の秋口から株価が少しずつジグザグしながら上向き始めた。これは何故かと考えると、昨年の秋というのは、金融システム不安に対する、金融再生法や金融機能早期健全化法が成立し、また、11月には緊急経済対策も打ち出された。そして、今年3月には公的資金が大手行に対し実際に資本投入された。その頃からジャパンプレミアムが縮小し、海外投資家が日本の株を買うようになった。期待は裏切られることと表裏一体であるからそれだけに全部乗っかることは危険だが、そういうようなところに期待の芽が出てきているように思う。株を持っていない家計でも——現在、株は家計貯蓄残高の中の5%程度しかないが——、自分や周りの人達の会社の株価が上がっていると、先行き少しずつ良い方向にいくのではないかといった気分、信頼といったものが生まれてくる。このようなことからも、今、足許は少しずつ明るくなりつつあると思っている次第である。

【問】

卸売物価についての確認だが、物価は下げ止った、底についたと言えるのか。

【答】

底についたかどうかは、まだはっきりとは言えない。ただ、先程は、製造業の素材業種の一部では、設備廃棄や企業のリストラの動きなどが進み、その結果として価格交渉力が高まっているところが出てきていると申し上げた次第である。しかし、これを以って先行きも物価面で全く懸念がなくなったと断言することはできないと思う。

以上