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総裁定例記者会見要旨 (8月17日)

1999年 8月18日
日本銀行

―平成11年 8月17日(火)
午後 3時から約35分

【問】

ゼロ金利政策が実施に移されてから半年が経過し、副作用について色々議論が出ているようだが、この半年間の評価如何。それを踏まえて、景気の現状認識と当面の金融政策運営方針についても、あわせて伺いたい。

【答】

ゼロ金利政策の評価については、色々新聞にも書いて頂いているが、政策委員会でも色々と議論が行われている。政策委員会での大勢の考えをあらためて整理すると、次のようなことになるかと思う。

まず金融資本市場では、ゼロ金利政策によって、オーバーナイト資金の確保に対する懸念が払拭されたほか、総じてみれば、長期金利は安定し、株価は堅調に推移するなど、基本的には好ましい方向に動いている。こうした金融環境の改善は、政府による各種の施策とあいまって、企業金融の円滑化や企業・家計のコンフィデンスの改善といったかたちで、実体経済の方にもプラスに働いていると思う。このように、ゼロ金利政策というのは、景気の下げ止まりには大きく寄与しているのではないかと考えている。今後も、その効果がさらに浸透していくことが期待されている。

良いことばかりかと言うと、皆さまもご指摘になっているように「副作用」というものが4つ挙げられると思う。1つは家計の利子所得が減って家計から企業へ移ることになるのだと思うが、そういう分配面での問題が大きくなっているのではないか、それとともに各種財団基金等の利子運用で活動している諸機関──私自身もかつてこういうところの責任者をやっていたことがあるが──そうした財団法人、社団法人の社会的な活動にかなり大きな影響を与えているということがあろうかと思う。2つ目は、リストラなどが、資金が出てくることにより先延ばしされて、構造調整を遅らせていくのではないかという心配、3つ目は市場参加者の間にいわゆる安心感というかモラルハザードが発生しているのではないだろうかという心配、それから最後の4つ目はコール市場残高というものが減少してきているが、それによって市場機能が低下していくのではないか、といった「副作用」が懸念されている訳である。

ただ、こうした懸念されている「副作用」についても、それを取り出して単独に議論することは適当でないと思う。例えば、低金利というのは、家計の利子収入の減少をもたらしている一方で、経済活動全般の下支えを通じて、家計の雇用所得にもプラスの方向に働いているはずである。また、構造調整という問題についても、経済全体が構造調整を進めていく際の痛みを幾分でも和らげ、前向きの経済活動を支援するという効果も期待できると思う。さらに健全なリスクテイクという活動の積極化は、経済の回復のために必要な条件である訳で、このように、ゼロ金利政策によって発生している様々な現象というのは、経済の状態全体との関連で評価していくべきではないかと考えている。そういう訳で、「副作用」といってもそれ程今心配するような状況ではない。

景気の現状認識についてであるが、「足許の景気は下げ止まっており、企業の業況感は一頃に比べて幾分改善をみている。しかし、民間需要の自律的な回復というのは、はっきりとした動きでは、まだみられていない」という判断を政策決定会合ではしている。

この辺のことは、本日発表の8月の金融経済月報をご覧いただければと思うが、良い面では確かに公共投資や住宅投資が経済活動を下支えしているし、輸出も持ち直しているように思う。こうした需要動向や在庫調整の進捗を背景にして、生産が下げ止まっている。むしろ上がり傾向になっているというのは、注目すべきだと思う。しかし、設備投資自体は引き続き減少傾向にあると言わざるをえないし、個人消費も回復感に乏しい状態にある訳で、この辺の所はもう少し今後の動きを見ていきたい。そういう意味で、現時点では、民間需要の速やかな自律回復を依然として期待しにくい状況にあると判断せざるをえない訳である。

物価の面については、大体横這いになってきているが、もう少し物価に対する潜在的な低下圧力は残っているように思われるので、もうしばらく物価の動向は見ていかなければならないと思っている。

このようなことから判断して、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の政策運営を続けていく」という考え方をとって、当面の金融市場調節方針について現状維持を続けるということを決めた次第である。

【問】

卸売物価などをみると、物価にやや下げ止まりの兆しが見られるのではないか。足許と先行きの物価動向についてもう少し詳しく伺いたい。

【答】

国内卸売物価は、このところ石油製品などが上昇しているということ、──これはこのまま続いていくのか分からないが──もう1つは在庫調整の進捗などを受けて、足許は横這いということになっているのではないかと思う。消費者物価の方も、ほぼ前年並みの水準ということで、従来よりは安定してきたことは確かであるけれども、もう少し様子を見る必要があると思う。

(物価の先行きについては、)民間需要の自律的回復というものが期待出来るかどうか、需給ギャップの明確な縮小は見込めるかどうかということを見ていく必要があると思う。一方で、賃金が軟化していく傾向が続いていることもあるから、物価に対する潜在的な低下圧力は、まだ引き続き残っていると考えられる次第である。

金融政策の目的は、当面とか、短期のものではなく、やはり中長期的にみた物価の安定ということが必要ではないかと思う。したがって、政策運営に当たっては、足許の物価動向だけではなく、物価やそれに関連する景気情勢全般について、先行きどうなっていくかという判断が重要ではないかと思う。日本銀行は、まさにそういう先行きの潜在的な物価低下圧力を念頭に置いて、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢には、まだ至っていないと判断している次第である。

【問】

企業の想定為替レートが6月短観時点よりもかなり円高に振れており、経済活動へのマイナス影響等が懸念されているが、これについての見解如何。また、為替政策で日米の当局間に認識のずれがあるのではないかといった報道が一部にあるが、望ましい為替レートについて日米間、国際間でどのような議論がなされているのか。

【答】

具体的な為替相場については、やはり私はコメントすることは差し控えさせて頂きたい。一般論として申し上げれば、わが国経済に関する為替相場への影響については注意深く見ていきたい。今日辺りは、かなり円が独歩高のような感じになってきているが、もう少し様子を見ていく必要があると思う。

望ましい為替相場について、日米当局に認識のずれがあるのではないかとのお尋ねであるが、為替相場は経済のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが望ましいと、こういった認識は両国で共有されていると思う。

円高になると、国内景気に対しては確かに輸出が伸び悩むとか色々問題が出てくるかもしれないが、為替について一言、一般的なことを言わせて頂くと、戦後半世紀を経て日本経済の力がこれだけ大きくなってきている。また、自国通貨、すなわち円がこれだけ強くなってきている以上、少なくとも企業の側、貿易に携わる民間の企業におかれては、為替相場というものが今変動為替相場制で、──他の国で起こったこと、自国で起こったこと、何がいつ起こるか分からない──非常に変動し易いものであり、その都度、スムージングなオペレーション、介入をすることはできるかもしれないが、いちいち水準に対して当局が何かをするということではなく、やはり為替相場に変動されないような経営体質、あるいは経営方法を考えていくべき時ではないかと思う。これは努力を要することで、私自身も以前からこのことを強調してきている訳である。非常に努力が要ることであることは間違いないと思うが、それには自国通貨の決済というものをもっと増やしていく努力を民間でもしていく必要があると思う。と言うのは、輸出における自国通貨の使用率を見てみると、日本は98年で36%、それに対してドイツは自国通貨を75%(95年)使っている。対米輸出で見ると、日本は16%、ドイツの場合は62%(89年)である。こういう一例を見ても、日本の円というものがもう少し貿易に使われていくことによって、為替相場の今日、明日の動きで収益が変わっていくといった状況は克服されるのではないか。価格の変化というようなことはいずれは起こるものであろうが、為替というものは変動相場の市場の下で、しかもグローバルなマーケットになっている訳であるから、それを何とかして経営で克服できるように努力していく時期ではないかということを私自身は強く感じている。お答えになっていないかもしれないが、感想を言わせて頂いた。

【問】

ペイオフの解禁を控えて新しい破綻処理方法のひとつとしてP&A方式等が注目されているが、ペイオフ解禁後のP&Aを含めたセーフティ・ネットのあり方について、総裁の考えを改めて伺いたい。

【答】

ペイオフ解禁後もセーフティ・ネットを作るべきだということを、かねてより、今年の初めからこの場でも言わせて頂いているし、国会でも言わせて頂いている。2001年4月以降どうやって社会的・経済的コストの少ない、かつ早期に問題を解決できる制度を作っていけるかということが課題だと思っている。

この点、ご指摘のとおり、米国ではPurchase and Assumption──P&A方式──というのがかなり広く使われて、これが破綻金融機関の資産と負債の一部を週末中に受皿金融機関に移転させるという、曲芸のようなことで処理されている。このように迅速な処理方式においても、預金者に相応の負担が発生することは避けられないが、営業日ベ−スでは業務を止めないで、預金の払戻し停止に伴う混乱を回避していくということができる訳であるから、破綻金融機関のフランチャイズ・バリュー(企業価値)の毀損を最小限に止めていくというメリットがあると思う。

もちろん、日本との法制や実務の違いがあるから、米国方式がそのまま日本に導入できる訳ではないが、こうした米国のP&A方式などを研究しながら、法制面、実務面での工夫を重ねて、迅速な破綻処理の方法を何とか具体化していく必要があるのではないかと考えている。

いずれにしても、このような破綻処理方策も含めて、新しい預金保険制度のあり方については、現在、金融審議会等の場において、先般公表された「中間整理」──これは検討すべき論点の整理だけであるが──に基づいて、具体的な検討がこれから進められていくのではないかと考えている。日本銀行としても、以上申し述べてきたような観点を踏まえて、積極的にこの議論に参画していきたいと考えている。

【問】

銀行の貸出態度について伺いたい。最近発表になった7月の貸出・資金吸収動向をみても、都銀の貸出が前年比マイナス8.6%、都銀を含めた5業態全体でもマイナス6.1%という数字で、過去最大の減少幅となっている。金融機関、特に都銀などは公的資金の注入を受けてかなり手許資金が厚く、かつ短期市場からもかなり潤沢に資金が取れるというような状況にも拘らず、なぜ貸出が伸びないのか。勿論、資金需要の低迷ということもあるのかもしれないが、金融機関の在りようとしても色々問題を投げ掛ける点があるのではないかということを、総裁ご自身がどのように考えているのか。

また、それに関連して流動性の罠というか、リクイディティ・トラップについてもどのようにお考えか。

【答】

民間銀行の貸出というのは、確かに償却要因等を調整したベースでみても、ここへきて前年比のマイナス幅がむしろ拡大してきているということはご指摘の通りである。

まず、金融機関の融資姿勢についてみると、これは流動性とか自己資本面からの制約が緩和されてきているので、基本的には慎重な姿勢を維持しながらも、融資先の信用力などを見極めながら、徐々に融資を回復させようという姿勢にあると思う。

しかし、企業の資金需要をみると、設備投資などの実体経済活動に伴う資金需要というのは、引き続き低迷している。さらに最近では、資金繰り懸念の後退を背景に、これまで積み上げてきた手許資金を取り崩して返済する動きとか、景気の下げ止まりを機にバランスシートの圧縮をさらに進めようという動きも目立ってきているように思う。こうした民間資金需要の減退が、貸出低迷の原因になっていると考えていいのではないかと思う。

このように、最近の貸出不振の背景には、企業活動がまだ十分活発になっていないという面と、これとは逆に、金融経済環境が好転しているために、かえって企業にとって資金需要を圧縮する余地が生まれている、という両方の要因があることに留意する必要があると思う。

この関連で、アメリカも、約10年前に、ディレギュレーションを5年くらいかけて構造改革が行われて、91年からずっとGDPが上がり始めている。ところが、アメリカの場合、91年が底でぐっと上がってきているが、雇用者数などはむしろ91年、92年とそんなに良くなっておらず、93年くらいになってようやく上向いてきている。それから銀行借入、──貸出であるが──これは91年、92年、93年とほぼ横這いで推移して、94年くらいからずっと上がってきている。むしろこの間注目されるのは、91年から株式による資金調達というのがずっと上がってきている点である。だから、ジョブレス・リカバリーという言葉がある通り、91年、92年、93年というのは、景気は良くなったが、それで雇用や貸出が増えてはいないということを、アメリカの歩んだ道がはっきり示している訳である。要するに、推測するところ、ITとかシリコンバレーなどがよく例に引かれるが、大きな企業からスピンアウトした有能な技術者や高度な知識や経験を持っている人たちが、新しい需要とミートしたインフォメーション・テクノロジー産業とかバイオとか、そういうものを仲間と一緒に小さい企業を作って、伸びてきたというのがアメリカのここ10年の成長の過程だと思う。日本でもそういうことが起こりつつあるのかどうかということ(であるが)、政府でも産業競争力について色々な手を打とうとしており、そういう動きが起こりつつあるということも耳にする。例えば中小企業だが、本当に力のある、知識、技術を持った人たちが数名で集まって、新しい今のITとかバイオとかいうことを──製造業に限らずサービス産業もそうであろうが、──とにかく企業を作ってやっていこうというような動きが都内でも特定の部門で動き出しているようであるし、全国的にみても、特に大学が非常にそういう動きを示しているようである──公立、私立を問わずであるが。(大学では)単に研究しているという訳ではなく、前向きにこういう新しい需要にミートした勉強をして、企業と結びつくような形で、相当活発に動き出しているという話を聞くが、そういうものがアメリカのような形で伸びていくのかどうかというのが、ニュービジネスであり、言ってみればベンチャービジネスかもしれない。しかし、そういうものが出来てこないと、今までの産業構造だけで伸びていくという訳にはいかないはずである。日本はこれだけ賃金が高くなっている訳であるし。そういうものの資金はどこが出しているのかというのはよく分からないが、仲間が出していたり、あるいは企業が出していたり、財界の物の分かった人たちが資金を出していたりというような話を耳にする。こういうものが全般的に広がっているということではないが、こういうものが動き始めているというのは、私は明るい動きだというふうに思っている。アメリカのケースが、同じようなことで貸出が伸びていないというふうに言えるかどうかは分からないが、アメリカの場合でもそういうことが起こっていたというのは事実だと思う。

【問】

政治日程からみて「秋に臨時国会が招集され、また二次補正が」という議論が沸き起こっているが、総裁ご自身、経済の現状・先行きを考えて、二次補正の必要性についていかがお考えか。

【答】

それは、財政支出がどれくらい拡大を要するのか、ちょっと、なんとも申し上げられない。いくら必要だとか、どうしてもこれが必要だとか言えない立場にあるが、日本はやはり財政の負担が非常に大きいということだけは、やはり各国に比べて非常に高くなっているということだけは明らかなことで、98年度で(国債残高は)311兆円、500兆のGDPに対して63%ぐらいである。これに国の新しい財政赤字が更に加わってくるわけで、(99年度の国債残高は)350兆というようなことが言われているが、地方財政を入れるとむしろ(政府部門の負債残高は)500兆を越えて(対GDP比率で)108%といったような数字が出ている訳である。これはやはり公的な債務としては非常に高いし、この場合の財政赤字というのはGDPに対して99年で7.8%という数字が出ているが、これはご承知のようにEUなどは今2%台に下がってきている訳であるから、相当高いということは言えようかと思う。第一次補正5,000億というのは剰余金でなんとかなった訳であるが、第二次補正がどういうふうな、どれ位のスケールとなって、財源をどうするのかということは、私どもとしても非常に関心の深いところである。それぐらいのお答えしか、今の段階では出来ない。

【問】

今、総裁は「財源」とおっしゃったが、それはやはり国債が増発となる、それに伴って長期金利が需給関係から悪化しかねない、それに伴って更に日銀に対して何らかの国債引き受け面での要求が来る、そういったお考えからの発言か。

【答】

国債の引き受けとか買い切りオペということについては、これまでも何回か申し上げたつもりであるが、全く考え方は変わっていない。

中央銀行が一旦国債の引き受けを始めてしまうと、財政支出の拡大と通貨の増発ということに歯止めがいよいよ掛からなくなっていって、将来悪性のインフレを招く恐れが生じる。そうなると、日本銀行はもとより日本全体の政策運営や、円という通貨に対する内外の信認も—─国債に対する信認ももちろんのことであるが—─、失われていってしまう。そういうことは我が国を含む主要国の歴史が(教えるところであり)、高橋財政のときも、戦中・戦後のあのインフレを呼んだのは、やはり日銀引き受け、日銀から金が出ていったということであるし、新規に国債を引き受けるという考えはこれまでと同様、全く持っていない。

買い切りオペにしても、大量の発行を消化するためだとか、長期金利が上がらないようにするためだとか、そういう目的で増やし始めてしまうと結局はきりがなくなって、引き受けと同じ問題を引き起こしてしまうというふうに心配している。したがって、中央銀行は国債の円滑な消化とか価格の支持を目的としたオペというのは行うべきではないと考えている。

金融面で日本銀行ができることは、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、ゼロ金利政策のもとで潤沢な流動性の供給を続けていくということである。実際に、こういう金融政策運営のもとで、流動性に関する安心感が金融資本市場に浸透していると思う。また、民間の資金需要は引き続き弱い訳であるから、民間部門全体では大幅な貯蓄超過がまだ続いている訳である。

補正予算とかそれに伴う国債増発については、具体的なコメントは申し上げる訳にはいかないが、今申したような金融市場の環境を考えると、国債の需給悪化懸念という要因だけで長期金利がどんどん上がっていくような事態は考えにくいのではないか、市場の吸収力はかなりあるというふうに思う。

以上