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三木審議委員記者会見要旨(10月29日)

平成11年10月29日(金)・徳島県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

1999年11月1日
日本銀行

──午後2時から40分程度
於ホテルクレメント徳島「清風の間」

【三木】

先程まで、徳島県金融経済懇談会の場で、当地の金融経済界の方々とお話しさせて頂いていたが、そこで感じた印象を2つ申し上げたい。

まず、第1点は、当地は古くは藍商人からの伝統であるといった点も含めベンチャー精神が旺盛な土地であるということである。昨日は、そういう中で大企業に育ってこられた先にお邪魔しお話を伺ったほか、本日の懇談会でもベンチャー企業を代表される方からお話を頂いた。日本経済がこれから産業構造の大転換を迎える中で、3つの過剰に対する構造調整が必要となる訳であるが、とりわけ雇用については、受け皿となり得る新規事業はベンチャー企業から始まると言える。そういう意味で、これからの構造調整に向けて、とくにベンチャー企業を育成するような環境・土壌作りに向けて、行政には大きな役割を果してもらう必要がある。例えば、研究開発に対するお金の支援などを考えていかなくてはならない。あるいは、国の主導による産・学・官一体となった環境作りの施策が重要と思われる。この点は、先の経済対策にも織込まれ、今回の新しい経済対策にも柱として相当入ってくると思われるが、当地のベンチャーに対する今の動き方は活力のあるもので、そういう取組みに関し徳島は強いと感じ、心強く思った次第である。さらに大事なのは、ベンチャー企業の方のお話の中で、産・学・官に加え、「金」、すなわち、金融機関の資金面のバックアップも大きいとのお話も承ったが、「産・学・官・金」とはなるほど意味のある言葉だと感じたところである。

もう1つは、当地の金融経済界の参加者からのお話が意外と暗かったという点である。本日の私の講演の中で、日本経済は明暗入り交じったまだら模様の状態にあり、2極分化が存在するということを申し上げた。2極分化という意味は、業種の中でも良いところと悪いところがはっきり出ていること、また、エリア、地域によってもかなりの差が生じているということである。大都市部で言えば、首都圏などでは明るい数字が出てきているが、大阪を中心とした関西はまだ非常に悪い。地方を比較しても、北海道は公共工事の増加からかつてないくらい潤っている反面、お金の落ちない地方は必ずしもそうではない、という2極分化が存在し、今のところは均してみると底這い、という判断になる。ただし、少しずつ明と暗が入り交じりつつも、明の良い要素が積み上がって来ているので、底這いから底打ちに向かって動きつつあると申し上げたところであるが、まだ、底を打って、ぐっと上がってきたとの確認はできていない。

そういうエリアの2極分化が存在する中で、当地の金融経済界を担う皆さん方の話は意外に暗いとの印象を受けた。当地において、明の極にある企業が存在する一方、そうではない中小企業の皆さん──県の経済を大きく支えている方たち──との間での2極分化が鮮明に出過ぎている面があるのかもしれないが、中小企業の方々の声は(景気は)まだまだというもので、この地方はどちらか言えば、全体としては暗に属する部類かと思われた次第である。私としては、(本日の懇談会に)参加された中小企業の方々の中小企業対策へ寄せる期待は大きく、また、そうした中小企業の中からベンチャー企業が育っていくという点を勘案すれば、金融の面でもっと中小企業対策に目を向けていくべきではないか、との思いを強くしたところである。

【問】

10月の日本銀行の支店長会議で、地方の企業の方々から、今回の一連の金融政策決定について、どういう意図があってやっているのか、どのような効果が出ているのかわからない、といった声が相次いだ、という報告があったと聞いているが、そうした話は本日の懇談会の中では、なかったか。

【三木】

本日の懇談会の冒頭での講演で説明させて頂いた結果、非常によくお分り頂けたのではないか、という印象で、今の質問に関しては、むしろ、良く理解できたとのお話を頂き、私どもとしては若干安心したという感じである。この1か月、日本銀行は世間からの批判を受けた訳であるが、これは全く日本銀行のアカウンタビリティが欠けていた由縁であると感じている。しかも前向きなアカウンテビリティが欠けていたということだ。日本全体が——財政はあれだけお金を出し、金融はゼロ金利まで落とし、民間は自助努力で——それぞれ回復に向けて頑張り、みんなが国際競争力を取り戻そうとしている中で、あれもダメ、これもダメといった否定だけではなく、前向きなアカウンタビリティが非常に必要で、それが欠けていた、と思ったところである。この点では、各委員や理事が本日のような場を借りて、各地を回り、お話をさせて頂くことで、本当の現場の理解が得られるのかな、と感じた次第である。

金融政策を判断するうえで大事なことは、経済指標は全部後追いであるという点を認識することにある。現在の時代は、コンピュータ技術が発達し、(経済指標を)後追いする中から相当先行きに対するシミュレーションができるが、それは100%正しい訳ではなく、何%は合わなくなり、たまに大事なところでミスをする。ノーベル賞経済学者を2人も揃えたアメリカの大規模ヘッジファンドが手を挙げているのがよい例である。われわれが金融政策を運営するうえでは、先をみて行うことが重要で、その意味ではマクロの経済指標に加え、ミクロの実体経済が業種・エリアを含めてどうなっているのか、地に着いた形で情報を吸い上げて金融政策に反映させて行くことが非常に大事なのではないか、と感じている。

【問】

2つ質問したい。1つは、今日の講演の中で、為替レートに対し、110円前後までは許容範囲にあると言っておられたが、そうであれば現在の為替レートはさらに円高方向にある訳で、これに対してはどのように考え、どのように対応するのか、について伺いたい。また、2点目は、長期金利の上昇についても触れられていたが、日銀による国債の引受けについての、日銀もしくは審議委員の考え方を聞きたい。

【三木】

第1点目の為替レートに関して申上げたい。今回の新日銀法における金融政策の目標は「物価の安定を通じて経済の持続的成長を図る」ということである。その際、物価の安定とは何んぞやと言えば、対内価値の安定と対外価値の安定と2つある訳である。そして、対内価値の安定に関しては、独立性を前提とした日本銀行の仕事ながら、対外価値の安定は大蔵省の仕事となり、本行は大蔵省の代理として為替の売り買いをしていることになる。ただし、対内価値の安定は、対外価値の安定を抜きに考えられない訳で、当然金融政策の大きな要因であることは間違いない。従って、新しい日銀法では、金融政策の目標を、対内価値の安定ではなく、物価の安定としている訳である。日本経済の実力を考えた場合、今回は130円から急ピッチで現在の水準まで上がってきた訳であるが、大方の製造業では110円前後の水準であれば、国際競争力コストということで、これまでにやってきたリストラの効果を反映できるレベルと言える。事実、先の短観の平均的な想定為替レートも113円であったと思うし、ミクロベースでの産業界の声もいろいろあるだろうが大体105円から115円の間に収まっていると思う。従って、110円前後までは許容範囲、つまり大きなマイナス・インパクトは出ていないのではないか、日本の製造業は強く耐えられるのではないか、と感じている次第である。ただ、「前後」ということはプラス・マイナスがあることであり、ズバリと言うことではないが、事実関係としても、現状の段階で直ちに企業収益が赤字に転落するとかといった産業界からの声は出ていない。

問題は、これから先、ファンダメンタルズを反映しないかたちで急激に上がっていった場合大変である、ということである。今の日本経済は、公共工事と輸出など外生需要によりやっと支えられ、景気が漸くよくなりつつある状態にあり、そのうえで民需を引出していこうとしている段階にある。そうした中で、さらなる急激な円高というのは景気の足を引っ張ることになるだけであり、これには政策対応が欠かせないと思っている。今回、日本銀行が決めたゼロ金利のより浸透を図るといった判断は、金融政策を考えるうえでこの為替の問題が大きな要因となっており、さらにもう1つの要因として出てきている長期金利の上昇の懸念——あくまで懸念だが——に対応したものと言える。こうした点を踏まえ、日本銀行は先見性をもって、ゼロ金利のより浸透を図るため、豊富で潤沢な資金供給を、しかも弾力的に行うことを決め、さらに、もっとお金を取っていってもらおう、ユーザーニーズを満足してもらおうと、オペ手段の拡充を考えた訳である。しかし、それでもなお、さらに急激な円高になったらどうするか。これは、個人的な見解としては、為替介入しかない、と考えている。協調介入か単独介入かといった議論もあるが、短期的には効果がある訳で、大蔵省の政策と整合性をとりつつ、本行としてこの問題に対処して行くことが必要だと思う。

また、長期金利の上昇懸念の問題については、いま折角、底這いから底打ちに向かっているところで、かつ短期金融市場も安定したかたちとなり、銀行の信用創造機能も今までのような貸し渋りがなくなり正常化している中で、為替相場とともに大きな問題であると思う。このため、長期金利の上昇懸念についても、金融政策の判断要因の1つとして考えていかなければならないと考えている。そういうことも含めて、ゼロ金利のさらなる浸透とオペ手段の拡充を考えた訳であるが、さらなる浸透を図る必要があれば、オペのマーケットを広げるとか、さらなるオペ手段や担保の拡充を考えなければならないかもしれない。

今の質問の中で国債の話が少し出たが、長期国債の直接引受けは財政法第5条で禁止されており、これは論外だ、と思うので、国債の買い切りオペはどうだ、という趣旨だと理解してお答えする。長期金利の上昇懸念ということを考えた場合——金利は時間軸に沿ってオーバーナイトから始まり、ターム物、中期、長期まである訳であるが——私どもとしては最もコントロールし易いオーバーナイトをゼロに持っていき、これをアンカー役に使って、ターム物、あるいは長期のものに少しずつ波及していくことを狙っている訳である。事実そうした効果から(長期金利は)2%以内にとどまっている。

ただ、長期金利の上昇は景気の足を引っ張るのは間違いない訳であるので、そこの時間軸のところにオペをぶつけたらどうだ、という考えに基づき、世上、長国買い切りオペが選択肢のひとつではないか、という声が出てきていると認識している。この点に対しわれわれは、長国の買い切りオペに関し、銀行券の増発の範囲内というかたちでの縛り——長期固定資産になってしまう訳であるので——をかけながら、月4千億円をコンスタントに行っている訳であり、現在の段階では、正式見解として買い切りオペの増額は考えられない、と何回も言ってきている。ただ、世間で(買い切りオペの増額が)選択肢の1つではないか、との声があることは全くよく承知している、という話である。問題は、そういう中でもし仮にこれから二次補正——これは絶対に必要で、政府に是非組んでもらわないといけない訳だが——を契機にして、長期金利の上昇というようなかたちが出てきた場合である。この際、良い長期金利と悪い長期金利の上昇がある訳であり、景気の回復というかたちになってくれば、当然、長いものの金利になるに従って、そうした期待が入ってくる訳で、われわれのコントロールする力は段々落ちてくる。景気が良くなったことを反映した良い金利上昇であれば、それは当然のことであるが、それ以上にオーバーシュートするような、思惑を中心に金利が上がってくるという事態は、絶対避けなければならないと思う。そういう意味で金融政策を決定する1つの要因として大事だと思う。それでは、そうした場合どうするかと言えば、それの対応としてゼロ金利政策の浸透をさせて行く考えである。では、浸透させるのは何だ、といえば、オペによる資金供給というかたちで行うしかない訳である。今もう既に、これだけジャブジャブに資金供給し、1兆円を上回る余剰を作っている訳である。それでもより浸透を図ろうとなれば、マーケットをもっと広げられないか、あるいはオペの手段を広げられないか、どういった手段があるか、さらにはみんなが持って来れるように担保を広げられないか——ただ、これについては日本銀行の財務の健全性を念頭に置きつつということになるが——という、いろいろな点を良く検討しなくてはならない、ということだと思う。だから、そういう意味で世上よく言われている選択肢の1つとして買い切りオペがあるではないか、という点についてもよく検討しなければならない、と思っている。ただ、そういう長期金利が云々、という状態にきている訳ではないし、本行の意見というより、あくまで個人的見解である。

【問】

先程、為替政策に関し、大蔵省の政策と整合性をとりつつ、という話があったが、その意味は大蔵省が介入すれば、日本銀行としては、例えば積み上幅を増やすといった対応をするということなのか、大蔵省の政策と整合的、といった点をより具体的に説明頂きたい。

【三木】

為替の介入については、大蔵省が為替政策をどうされるのか、といった問題になる。これに対して、先程言ったことは、われわれが代理人と言えども、(為替相場の変動が経済に与える影響が)金融政策の判断のひとつの要素であるため、大蔵省に対してもそういう判断がむしろ必要であるとか、そういう局面だとして、大蔵省をバックアップしながら政策の齟齬がないようにしなければならない、という意味で、「大蔵省の政策と整合性をとりつつ」といった表現を使った次第である。それから、オペの積み上に関しては、為替介入と別の問題であり、切り離して考えて頂きたい。オペの積み上は、あくまで流動性需給を念頭においてどうするかと考えて、積み上を作る、といった短期での調節手段である。

【問】

為替介入の非不胎化の議論があるが、これは考えていない、と理解して良いのか。

【三木】

(為替介入資金も)金融調節の全体の中に入ってくるということで、それを含めた流動性需給を踏まえて調節を行っていると理解して頂きたい。

以上