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総裁記者会見要旨 (3月10日)

2000年 3月13日
日本銀行

―平成12年 3月10日(金)
午後 5時から約35分

【問】

本日、日銀が発表した金融経済月報の中で、景気全般について持ち直しに転じているとの表現を使っているが、一方で来週13日公表予定の実質GDPは、2期連続のマイナスとの見方が大変濃厚となっている。改めて日銀としての景気の現状判断と、それを踏まえた金融政策の運営スタンスを伺いたい。また、1月17日に開かれた金融政策決定会合の議事要旨を見ると、一部の委員からゼロ金利からの脱却が本年の政策課題であるという発言があった。総裁はこの点についてどうお考えか。

【答】

本日発表した金融経済月報での景気の基本認識は、一言で言えば、「景気は、このところ、持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は改善を続けている。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりした動きは、依然みられていない。」ということである。最終需要面をみると、住宅投資と公共投資が緩やかに減少している。個人消費も回復感にまだ乏しい状態だと思う。一方、これまで減少傾向にあった設備投資が、下げ止まったとみられ、輸出は増加傾向を辿っている。こういう需要動向のもとで、生産は増加を続けている。これを受けて、企業収益や業況感の改善が明確になってきた。雇用者数の減少にも歯止めがかかりつつある。この辺は民間需要を巡る環境が改善してきたと言えると思う。

昨年10~12月期のGDPについては、まだ公表されていないので、私の立場からあれこれ申し上げることは差し控えたい。ただ、今申し上げたように、経済の循環メカニズムという観点から言えば、昨年の終わり頃から最近に至るまで、明るい材料がみられている。景気回復への道筋はしっかりと確保されていると判断している。

一方で、目下のところ、こうした環境の改善が、積極的な企業活動の広がりにつながっているかというと、そこまでは確信を持てない。このために、先行き設備投資や個人消費といった民間需要が自律的回復に向かっていくかどうかということを、もう少し慎重に見極めるべき段階にあるのではないかと思う。

物価の方は、概ね横這いに推移しており、今申し上げた経済の先行きの展望を踏まえると、需要の弱さに由来する潜在的な物価(低下)圧力については、引き続き留意していく必要があると思っている。

一昨日の金融政策決定会合では、こういった情勢判断のもとで、ゼロ金利政策を維持することを多数決で決めた次第である。

それからもう一つの、ゼロ金利政策からの脱却が、今年の政策課題だという1月17日の金融政策決定会合の議事要旨の言葉が、かなり新聞でリファーされているようだが、日本銀行ではかねてから「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、ゼロ金利政策を続ける」という考え方を明らかにしている。

こうした情勢になったかどうかについては、毎回の金融政策決定会合において、その時々の景気や物価の動向について十分に検討を尽くした上で、判断していくことになると思う。

「日本経済ができるだけ早くそうした情勢になってほしい」とか、「デフレ懸念との戦いに勝利したい」というようなことを私も講演などで申し上げた。誰しもこれは共通して感じていることではないかと思う。ただ、私としては、このゼロ金利政策の解除時期について、特定の時期を念頭に置いているということはない。

【問】

日銀はこれまで、「所要準備を1兆円ほど上回る大量の資金を供給している」という説明で、いわゆる量的緩和を求める声に反論してきた。ところが、このほど「積み上」の発表を取り止めるということで、マーケットが判断材料の一つとしてきた「潤沢に資金を供給する」という目安が失われるという声が一部に出ている。今後、日銀のスタンスとして、「十分に資金を供給している」という判断の目安は、どこに求めていったらよいのか。

【答】

目安というのは、皆さんにとっては目安にしておられたのだと思うが、日本銀行の金融市場調節方針は、毎回の金融政策決定会合で決めて、日々の調節は、あくまでその方針に沿って行われるものであるというふうに思っている。

現在の調節方針は、豊富で弾力的な資金供給を行って、オーバーナイト金利をできるだけ低めに推移するように促す、というのが決定会合で決めた執行部への指示である。日本銀行が、所要準備額を大幅に上回る資金供給を行ってきているのも、この調節方針を実現するための政策であって、「積み上幅」自体に何らかの政策的メッセージが含まれている、あるいは含まれていたというわけではない。

従って、「日銀の市場調節スタンスを、何をみて判断すればよいのか」というご質問にお答えするのには、やはり「金融政策決定会合の決定をみて頂きたい」ということでお答えするしかないと思っている。

【問】

日銀は、調整インフレ的なインフレ・ターゲットについては、断固反対との立場をとっているが、アカウンタビリティ向上のためのインフレ目標の設定については、検討に値すると表現している。日銀では、今後どのように具体的な検討を進めていくのか。

【答】

一昨日の決定会合において、「物価の安定」について、日本銀行として総括的に検討を深めていくということになったので、少し詳しく説明したい。

新日銀法に規定されているとおり、金融政策の目的は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」ということである。ただ、この「物価の安定」とは何か、どういう状態を考えるのか、ということは、そもそも、たいへん難しい問題である。また、最近の日本では、技術革新や流通革命——製造コストが下がり、販売コストが下がっていく、合理化の効果が出て、生産性やリストラの効果が出て、だんだんコストが下がって値段が下がっていくというような下がり方もある。そういうもので物価が下がるというのは、むしろ消費者にとっては、プラスになることだと思う。こういうものも十分頭に置いて物価の動きを判断していかないといけない。ただ「物価の安定」という意味が、特定の数値が変わらなければ良いということだけではない。インフレ・ターゲティングという言葉がこのところ非常に賑わしくなってきたが、本来、「物価の安定」に対する強い決意を示し、金融政策の透明性を高めるための枠組みとしてこういうものがある。国民にとって望ましい物価の状態を、特定の指標の特定の数値で表わすことが適当かどうか、という問題をはっきりさせなければいけないと思うし、下手をするとインフレ・ターゲティングというものが調整インフレと同じになってしまう危険がある。こういうことで、「物価の安定とは何か」ということの認識をきちんと整理することが必要であると、先般来の会合で議論してきたわけで、そういうことを討議したうえで、金融政策の透明性を向上させるにはどうすればよいか、という観点から検討すべきではないかということで、決定会合でも意見が一致しているところである。

そういう問題については、昨年来、決定会合においても活発な議論が行われてきたが、今回の決定会合でほぼ論点は出揃ったと思っている。そこで、これまでの議論を踏まえ、金融政策の透明性向上という観点から、日本銀行として、「物価の安定」の考え方について総括的に検討を深めていこうではないか、ということになった。具体的な検討課題としては、とりあえず、次のような4つの論点を考えている。

  1. (1)「物価の安定」の基本的な考え方
  2. (2)物価の計測(物価指数)を巡る諸問題
  3. (3)最近のわが国の物価動向
  4. (4)「物価の安定」の数値化を巡る諸問題

目標、見通しを数字で示すといった問題を含めて、こういう問題をどういうふうに考えて決めていくべきか、こういう課題について、まず、執行部で検討を行い、その検討結果を踏まえて政策委員会で議論を進めていこうではないかということを合意した。最終的には、日本銀行として、「物価の安定」に関する考えについて、何らかのかたちで、総括的なとりまとめを行いたいと思っている。また、執行部からいろいろな検討の段階で作成された資料なども、可能であれば個別に公表していくことも考えたいと思っている。

私としては、そういう作業と討議を、できれば夏場までには、とりまとめができるよう努力したいと考えている。かなり、複雑かつ多岐に亘る問題なので、検討状況を見ながら弾力的に考えていきたい。

新日銀法の施行から、ちょうど2年が経過するわけで、その間の経験を踏まえ、ここで、金融政策の目的である「物価の安定」について改めて検討を深めることは、たいへん意義のあることと考えている。日本銀行としては、今後とも、こうした検討などを通じて、金融政策の透明性の一段の向上に努力していく方針である。

【問】

「物価は今のところ横ばいで推移しているが、今後の低下圧力については留意しなくてはいけない」とのことであるが、一方で原油価格は随分上がってきている。この影響について、どのように見ているのか。

【答】

原油価格が上がって、物価に影響を与えてくることは自然の成り行きではないかと思うが、今のところ日本では、原油価格の上昇が為替円高化もあるし、メーカーその他の合理化等で吸収されて、あまりはっきりしたかたちで物価に響いてきているような影響は今のところまだ出ていないと言ってもいいぐらいであると思う。これが、これからどのように変わっていくのか、あるいはどういう展開になっていくのか、もちろん十分注意して参りたいと思うが、今までのところはそんなに大きく物価に響いているということではないと思っている。

【問】

本日の金融経済月報における物価の判断の中で「需要の弱さに由来する」という表現が加わったが、これは先程の総裁の発言のように、例えば競争の激化とか、それに伴う企業努力による物価下落が、一見するとデフレ傾向のように見えても、それが需要が弱いことに伴うものでなければ、例えば物価がややマイナス気味でも、ゼロ金利が解除される可能性があるとも受け止められるが、如何か。

【答】

従来のように、単に需給ギャップというか、供給超過で物価が下がっていくというデフレ的な現象だけでなく、むしろ構造改革とか流通革命とかいったようなことで生産性が上がり、物価が下がっていくという要素も、随分ここにきて見えてきているのではないかと思う。そういうことが、企業収益の増加にもなるし、新しい競争力のある技術が加わって、生産性が伸び、雇用も増え、あまり物価が上がらないで生産、所得が増えていくという形になるのが最も望ましい。アメリカがかつてずっとそういう道をここまで歩んできたと思うが、我々としてもそういう傾向が見え始めていることは注目すべきことだし、喜ぶべきことだと思う。それと、先程の従来からのデフレ傾向──供給超過、需要不足ということ──で物価が下がっていくという、この種の下がり方と、最初に申し上げたような下がり方とは、はっきり見分けていかないといけないし、そういうものをどう評価していくかということを、これから「物価の安定」ということを討議する際の課題として、議論していきたいと思っている。

【問】

これまで、長期国債の買い切りオペを継続して、最近になって短期国債の買い切りオペも始めているわけだが、残された中期ゾーンというか、その辺のゾーンで買い切りオペをする予定があるのかどうか。その場合、月4,000億円の枠を超えてオペを行う予定があるのか、お聞きしたい。

【答】

毎月4,000億円の長期国債の買い切りオペというのは、ずっと続けてやっているわけで、それに買い入れの対象をもっと増やしていくのかというご質問ではないかと思うが、今までのところは、まだそうしたことはやっていない。10年物を中心に、毎月2,000億円で2回の買い切りオペをやっている。

市場には、すでに2年物、4年物、6年物が出回り始めて、もうかなり流通しているわけである。おそらく2年物、4年物でも20兆円を超えているし、6年物でも20兆円を超えているわけで、その需給がうまくミートしているかどうかといったようなことは、これからよく見ていかなければいけないと思うけれども、今のところ、従来の中長期国債の買い切りオペのやり方を変えていくということはやっていない。

【問】

総裁ご自身のお考えで、物価の安定策を探るにあたっての何らかの数値的なものが必要だと現時点でお考えか。

【答】

私は、これは金融政策の透明性をはっきり市場に知らせ、皆さんに分かって頂くという意味で、何かそういうものがあっても良いのではないかという気がしているが、それがインフレ・ターゲティングというようなことで、物価が上がってもいいのだ、上がることが必要なのだというように捉えていくとすれば、我々としては全く反対である。そういうふうに調整インフレと一緒になってしまうことになると、これはやはり困ると思う。

私もよく申し上げているのだが、日本は1,330兆円の家計の金融資産があるわけである。そのうち400兆ぐらいは住宅資金を借りたりしているが、ネットで900兆ぐらいは、個人というか家計が金融資産を持っているわけで、そのうち700兆以上が預貯金となっている。その金利が安いというので、特に年金生活者の方々には非常にご迷惑をお掛けしているし、「どうしてくれるんだ」という声も耳にするわけである。しかし、ゼロ金利政策で潤沢に資金を出して、それが市場に流れて企業にも行くし、債券市場、国債市場、あるいは株式市場に回って、株価の上昇とか国債金利の安定とかいったことが実現していると言える。

ただ、それが行き過ぎて、さきほど言ったようなことで、物価が上がり出すといったことは、そういう国民の(金融資産の)元本の減価に繋がるわけである。1,330兆と言った方が良いか900兆と言った方が良いか、その元本が目減りしたら、これは大変なことになる。それが、インフレの心配ということだと思う。皆さんもケインズをお読みになってご存知だと思うけれども、第1次大戦後の1919年にケインズが書いた『平和の経済的帰結』という本のなかに「インフレ」という章があって、その中で「社会を根底から覆す、ひっくり返すのに最も手っ取り早い確実な方法は、通貨を堕落させる、すなわちインフレを起こすことだ」と、そういう表現がある。これは私も学生の頃に習ったのだが、このことがやはり中央銀行として一番心配だし、もしそういったことが起こったら、これは、日本の社会は景気が良くなるどころではなくて、やはり社会不安が起こってくるわけである。そういうことが、インフレの一番心配しなくてはならないところなのである。それ(インフレ)をコントロールできるのか。「通貨の堕落」という言葉をケインズは使っているが、「カネを出してくれ」ということでずるずると資金を供給した結果、調整が効かなくなった時は、借入れをしている人達はそれで債務が返済しやすくなるわけだから、非常に便利。ただ債権者にとっては、さきほど言ったように預金などが減価していく。債権者は非常に不安を持つわけで、そちらの方を一番心配しなくてはいけない。借り手が強い時には、そういうものが強い世論になって出てくるというのが恐いわけで、私どもはそういうことは絶対に起こらないようにしたいと思う。そういうことも含めて「物価の安定」ということを考え、且つ、私どもの考えていること、やろうとしていることをどうやって市場や世間に知らせることが出来るか、ということを少し詰めて考えてみようということが、さきほどご説明申し上げたことである。

【問】

物価の上昇について強い懸念を持っていることはよく分かるのだが、最近の政治サイドのインフレ・ターゲティングを導入しようという考え方の背景には、資産デフレに対する何らかの措置が必要だという考え方もあると思う。仮に、このインフレ・ターゲティング論というものを排除したとしても、今後ゼロ金利を解除するに際しては相当強い抵抗が出てくると思う。この結果、ゼロ金利の解除時期が遅れて、その副作用が非常に大きくなる懸念もあるのではないかと思うのだが、この辺りはどのように見ているか。

【答】

ゼロ金利が異常なものであるというのは今までも何回も申してきたが、ゼロ金利をやめるのは、確信を持ってデフレ懸念の払拭が展望できた時に、私どもは政策を執ろうと思っている。

いま申し上げられるのは、そうした従来から繰り返し申し上げていることだけであるが、周囲の環境が整っている時には当然のことであるから、それがそんなに大きな影響を市場に与えることはないと思っている。

そのために、やはり透明性というか、どういうことを考えているのか、あるいはゼロ金利というものは今は必要だけれども、どこまで行ったらもうそれを解除して良いのかといったことを、「物価の安定」というかたちで考えていくべきだと思っている。

【問】

これまでの日銀の考え方では、物価が安定していても成長がマイナスでは困るという判断のもとに「総合判断」という考え方をとっていたと思うが、今後、インフレ目標について何らかの数値なりを設定するということになると、成長であるとか、それ以外の日銀の金融政策の目標についてはどうなると考えているか。

【答】

インフレ目標を設定しようとは、まだ決めていない。物価の安定を実現したい、維持していきたいということは、決定会合でも大体合意していると思うが、インフレ目標を決定しようということは──そういう意見もあるかもしれないけれども──決定しているわけでも何でもない。そこは、間違えないで頂きたいと思う。

以上