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田谷審議委員記者会見要旨(9月28日)

平成12年9月28日・熊本県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2000年9月29日
日本銀行

―平成12年9月28日(木)
午後2時から約30分間
於 日本銀行熊本支店

【問】

熊本県金融経済懇談会の中でどのような意見が出されたかということと、当地の経済について感じた印象をお聞かせ願いたい。

【答】

金融経済懇談会における意見としては、第1に、ゼロ金利政策の解除について色々なご意見を頂戴した。まず、「金利が10年振りに引き上げられたと言うけれども、これは金利正常化のワンステップではないか」という意見があった。また、「ゼロ金利政策の解除は緩和の程度の微調整であるという説明を聞いたが、その通りではないか」との意見もあった。ただ、「次回の金融政策決定というのは、今回以上に難しくなるのではないか」という意見もあった。このほか、「そもそもゼロ金利は健全ではなく、借り手の企業サイドのみならず、資金の出し手、すなわち預金者側のモラルハザードのようなものも一部出て来つつあった可能性もある」とか、「金利を0.25%からゼロ%にした段階で、設備投資や住宅投資に対する影響が大きくはなかったので、今回ゼロ金利政策を解除した後も影響はあまり考えなくて良いのではないか」というご意見もあった。最後に、「やはり金融政策の変更というのは一部の企業のためではなく、国民経済的観点から行われるものであるので、今回のゼロ金利政策解除の決定というのは妥当ではなかったか」というご意見もあった。私からこのように申し上げると、ゼロ金利政策解除を評価するご意見ばかりを紹介しているのではないかとお考えになるかも知れないが、実際、こうしたご意見が聞かれた。

第2は、九州・熊本経済について、色々とご説明を受けた。まず、九州経済全体をみれば、全国平均を下回る状態にあるということである。その理由の第1は、第一次産業のウェイトが比較的大きく、このところの異常気象に影響されたのではないかということである。特に九州南部の場合には、第1次産業のウエイトが高いので、そういうことが顕著であるということであった。第2は、公共投資について、確かにレベルは高いのだけれども伸び率が低下しているということである。第3は、失業率、求人倍率が全国平均よりも悪い──失業率が高くて求人倍率が低い──ということである。特に熊本辺りはそういう傾向があると聞いた。特に、高卒者の求人が求職者の半分程度しかないという問題もあるという指摘もあった。次に、九州では、IC関連等の中央から進出してきている出先企業はかなり良い状態である一方、地場企業はこうした出先企業との連携に努力しているが、まだその初期段階にあり、好調であると言い切れないとのご意見もあった。また、九州あるいは熊本の企業の中には、地域の経済環境そのものも大事であるが、グローバル化の影響を受けて、それ以上に海外のマーケットの状況に影響されてきているという話があった。さらに、消費、特に小売の段階の話がいくつか出された。小売業の売上げの下落率は小さくなってきており、またリストラによって収益が改善してきているというのも全国の傾向と軌を一にしているとのことである。しかし、統計上そうしたことが分かりにくいとの意見があった。全国の消費をみても、既存のデータだけでは消費の実態がなかなか捉え切れないという事実がある。そうしたことは、この地域にも現れているということである。最後に、特別保証制度が平成12年度には終わる予定となっているが、出来ればこれは段階的に調整していって欲しいというご意見もあった。

当地経済についての私の印象を申し上げると、現在の日本経済は、設備投資を先導役に、個人消費がやっと回復に向いつつある、あるいは回復する展望が開けつつあるという状況だと思うが、九州・熊本経済も全体として同じような状況ではないかと思った。また、全国の公共投資の動きをみると、90年代に入ってから95年度まで、かなり経済支援策によってレベルが高くなった後、96年度から4年間、名目ベースでは下がってきている訳であるが、この地域においても、そうした影響が出てきていると思った。

【問】

8月11日のゼロ金利政策の解除を受けて、僅かながら市場金利が上昇しているということであるが、こうした動きは中小企業の資金繰りには影響を与えるとお考えか。

【答】

確かに、ゼロ金利政策の解除に伴い、短期プライムレートや長期プライムレートが若干上昇したことは事実である。例えば、短期プライムレートは、1.375%から1.5%へ0.125%ポイント、長期プライムの場合、2.15%から2.4%へ大体0.25%ポイント上昇した。そして、スプレッド貸付のベースとなるTIBOR、スワップレートも0.1%前後上昇した。

ただ、いろいろなヒアリング情報等をみると、金融機関の貸出態度がここに来て厳しくなったということはあまり聞かれていない。この点は、来週10月3日に発表になる短観の結果もみて確認すべきことと思うが、金融機関の貸出態度がここに来て厳しくなっているということは必ずしも聞こえて来ないので、現在までのところ、そうした懸念というものはそう大きなものではないという気がする。

【問】

公共事業見直しの動きが広がっており、熊本の中小建設業者への影響が出てくるものと思うが、こうした点についてどのようなお考えをお持ちか。

【答】

全体のピクチャーとしては、96年度あたりから名目ベースでの公共投資は下がってきているという事実があると思う。現在、今年度の補正予算が議論されている訳であるが、これは来年前半に相当大幅に公共投資が落ち込む惧れがあるということに対処する動きだと思う。そういう意味で、経済回復基盤が必ずしも非常に強いものではないという状況下では、やはりある程度の補正は必要なものではないかと思う。

ただ、全体としては、そういうことであるが、例えば、現在、森政権の下で「重点4分野」といわれる情報、環境、少子高齢化、都市基盤整備という分野への重点配分ということもこれから行われるだろうし、やはり全体の中での動きに対応して企業の方々も努力されるということが必要ではないかと思う。

【問】

今後の一層の景気伸長のためには、牽引役となっているIT産業の更なる伸びと、設備投資に比べて改善が遅れている個人消費の回復がポイントであると考えるが、これらについての見通しは如何。

【答】

設備投資については、その回復の持続性および広がりというのは、時を経るに従って、より明確になってきていると思う。確かに、IT産業が牽引役になっていることも事実であるが、回復過程が続くに従って、徐々に広がりを見せ始めているという認識を持っている。

個人消費については、確かに回復が遅れていることは事実である。雇用・所得情勢の回復がかなり緩慢だということがその背景にあるが、これも時間の問題であると思う。雇用面での悪化は既にほぼ止まり、所得面での改善は、緩やかではあるが既に始まっていると思う。従って、その結果として、個人消費が緩やかに回復する展望が開けつつあるというのが現状だろうと思う。

【問】

金融経済懇談会の挨拶の中で「日本銀行としては中長期的に若干プラスの物価指数変化率を目標にすべきであるということになるかもしれない。同時に、個人的には、物価動向等についての考え方を具体的に数字等で表現できないかという方向で考えている」とおっしゃったと思う。これは、具体的には、インフレーション・ターゲティングということになるのか、それとも物価見通しということになるのか。物価見通しとなった場合、その対象はCPI、もしくはWPIということになるのか。

【答】

金融経済懇談会の挨拶でも申し上げたとおり、その点については、現在、政策委員会として検討中である。

【問】

田谷審議委員のお考えで結構であるので、お答え頂きたい。

【答】

私の考えとしては、中長期的に金融政策が目指すべきインフレ率、物価の変化率というのは、若干のプラスであるかもしれないと思う。ただ、それをすぐに具体的な数字で挙げて、追求することが現在出来るかというと、必ずしもそうではないのではないかと思う。その理由は、第1に、現在の金融政策の自由度というものが、かなり限られているということがある。第2に、足許の物価状況からして、中長期的とはいっても、そうした目標を掲げた場合、手段を選ばずに短期的にもそれを実現するような圧力が生ずる可能性がある。従って、ご質問の趣旨がインフレーション・ターゲティングを現時点で採用すべきかどうかということであれば、現在のところ私は否定的である。

しかし、金融政策を決定する私どもの経済または物価に対する見方をもう少し具体的に、例えば数字で表せないのかという要請もある。それに対して、私は、懇談会の挨拶の中でも申し上げたように、個人的には前向きに考えたい。その場合、対象となる指標は、消費者物価であるかもしれないし、消費者物価とその他の物価指数であるかもしれない。その点については、現在議論をしている段階であるので、はっきりしたことを申し上げるのは差し控えたい。

【問】

懇談会の挨拶では、印象としては日本の景気に関して、個人消費を中心に強気であるとの印象を受けたが、ゼロ金利解除が、異常な政策からの脱出、もしくは「超超低金利政策」から「超低金利政策」に戻すというように位置付けられるのならば、審議委員の景気判断からみて、追加利上げの日もそう遠くないのではないかという気もする。あるいは、もし、もう少し見極める必要があるというのならば、再び利上げするのはどういう経済情勢になったときか。こうした点についてお考えをお聞かせ頂きたい。

【答】

私どもは、そうした点についての考え方を明らかにするために、物価の安定に関する考え方についての報告書を来月公表することを目指している。そうした報告書や金融政策決定会合の議事要旨等をご覧になって、総合的にご判断頂きたいと思う。

総裁も発言しているし、私もそう思うが、日本銀行は、現在のところ、超低金利の状態を続けることによって景気を支援する、ということを言っており、そのスタンスがいつ変わるか、どういう条件で変わるかということは今申し上げたような点を総合的に判断して頂きたい。

【問】

期末直前に、株価が16,000円割れと再び下落し、戻りが鈍いとの指摘がなされている。この株価下落が企業収益や今後の景気回復にどのような影響を与えるか、また、米国の株価の下落等についてお考えがあればお聞かせ頂きたい。

【答】

ご承知のように、今月、あるいは先月末から株価は調整してきたが、これは、やはり米国株が調整を始めたということがかなり大きな要因だと思う。それは、先週末の「インテル・ショック」といわれるように、IT関連の将来の業績に対する懸念というものが若干表面化し、その影響を日本の株価も受けている訳である。こうした株価の下落が、どういう影響を企業収益ないし経済に与えるかについては、——中間期決算対策のためにかなり株が売られたという事実があるが——こうした目的のために株が売られる中で、株価水準が下がれば、それだけ収益が改善しない訳であるので、その意味では若干影響は出るだろう。しかし、中間決算期末が過ぎつつあるので、その観点からの影響はそれほど大きくないと思われる。

また、消費者コンフィデンスの指数の動きというのは、一面でやはり株価と連動している面があると思う。従って、その点は若干懸念を持って、今後の動きをみていきたい。ただ、消費に関しては、先程申し上げたように、基本的には、雇用と所得環境によるということであるので、その点では、私はそれほど悲観はしていない。このところの株価の動きにより、消費者コンフィデンスがそう大きく低下して、それによって個人消費が下がるというようなことまでは考えていない。

【問】

ゼロ金利解除後に市場で一時期追加利上げを巡るような思惑が出たが、そのとき市場で言われていたのは、1つは、本日審議委員がおっしゃったように、自由度がまだないのではないかということ、もう1つは、微調整というが、0.25%なのか、0.5%でも微調整ではないのかということであった。これについては、どのようにお考えか。

また、これは確認であるが、インフレ・ターゲット論について、基本的な考え方として、審議委員としては、まだ時期尚早──中長期的にはあり得る話であるが時期尚早──というお考え方でよいか。

【答】

2番目のご質問に対する答えは、その通りである。

やはり、中長期的に考えると魅力的な政策フレームワークであると思うが、現実問題として、それを現在採用して、金融政策がスムーズに、しかも経済に余分な混乱を起こさずに行えるかというと、その点にはちょっと疑問があるということである。

【問】

それと関連して、もし先程前向きに考えたいとおっしゃっていた見通しのようなものを出すと、それが一人歩きして、それがターゲットというように受け取られかねないと思うが、それについては如何か。

【答】

「目標」と「見通し」というものは自ずと違う訳であり、──これはまだ決まった訳では無いが──仮に日本銀行あるいは政策委員会が、例えば物価見通しというものを出した場合、それが一部には「目標」ではないかというふうに受け取られる可能性はあるとのご指摘はもっともである。しかし、そうした場合、私どもの立場としては、おそらくあくまでも「目標」と「見通し」は違うものであると、言い続けることになると思う。

最初のご質問は──少し分かりにくかったが──要するに、微調整というのであれば、もう1回0.25%上げても微調整ではないかということか。

【問】

自由度ということを言われるが、日銀としてはもっと上げたいのか、自由を早く勝ち得たいのか。

【答】

現在の経済金融情勢の下で追加利上げを議論出来る状況かということであれば、私は否定的である。

【問】

長期金利の動向についてお伺いしたい。長期金利は景気が回復してくるとすれば当然上がってくるし、また、来年の財投債の問題とか、あるいは国債の格付の問題などによっても上がる可能性は非常に高いと思う。他方で日本は非常に借金を抱えているので、永田町あるいは霞ヶ関あたりから随分圧力もかかるのではないかと思うが、審議委員の長期金利に対する見通しと、日本銀行としてこれに対してどのように対処していくのか、その辺の基本的な考え方についてお伺いしたい。

【答】

見通しは立場上申し上げにくいし、自信がある訳でもないので申し上げられない。長期金利について基本的な見方を言えということであれば、長期金利というものは、中央銀行として、コントロール出来るとも、すべきとも思わない。ただ、どんな状況下でもそうかと言われれば、100%そうであると言い切る自信はない。基本的にはそのように思っている。

確かに、金利上昇要因としては、景気、財政の状態、あるいは国債の格付に関わる問題がある。しかし、その一方で、資金需要の状態、景況感の振れ、その他の要因がある。従って、長期金利が上がると断定出来るかどうかについては、自信はない。

【問】

懇談会の挨拶の中で、昨日IC関連産業を視察されたと伺っているが、その具体的な名前と、「『テクノリサーチパーク』では、特色のある中小企業が育っている」とあるが、それは具体的にどこのことであるか。

【答】

「三菱電機」の工場を視察させて頂いた。それから「アドバンストディスプレイ」にも行かせて頂いた。また、「同仁化学研究所」も視察させて頂いた。そこで「テクノリサーチパーク」についても、ご説明、コメントを頂いた。

【問】

感想はどうか。

【答】

私は、実はこうした工場を視察したことがなかった。例えば、よくIT関連の設備投資について何百億、何千億といった話が出る。私はなかなか具体的なイメージが湧かなかったが、その点について、具体的にこの機械がいくらで、この設備がいくらで、このフロアー全体としていくら位かかるというご説明を受けて、イメージを持つことが出来た。また、アジア諸国、特に韓国、台湾との関係とか、専門家の方に色々お話をお聞きして、かなり具体的なイメージを持つことが出来た。

【問】

そうした具体的なイメージを持っての感想は如何。今の景気について頼もしく思われたか。

【答】

やはり、日本がコンペティティブ・エッジ(競争の優位性)を持つ部分はまだかなりあるが、アジア諸国との距離はかなり詰まっているという印象も持った。従って、相当速く走らないと追いつかれてしまう。分野によっては既にそういう状態になっている分野もあるということである。また、そのインプリケーションというか、その意味というものも、もう少し自分でも考えてみたいと思っているが、例えば「だからもっと積極的に設備投資をするだろう」とか、反対に「一部コンペティティブ・エッジを短期間に失うという見通しを持った場合は、かえって抑制するだろう」とか、その辺のインプリケーションを──自分なりに結論が出ていないので──、もう少し考えてみたいと思う。

【問】

「同仁化学研究所」についてはどうか。

【答】

大変ユニークな会社で、いろいろな分野で特色のある競争力を持っておられる会社だと思う。社長とお話して、立ち入ったこともお聞きしたが、色々とストレートなお答えを頂いた。こうした会社の経営にはどのような課題があるのかということも、随分具体的にお教え頂いた。

【問】

金融経済懇談会の挨拶の中で省略された部分──「テーラー・ルール」についての言及の部分──が、本日、東京で随分話題になっていたようである。この部分を敢えて省略された理由が何か特にあるのか。

【答】

実は懇談会の挨拶の中で、お配りしたテキストの3ヶ所を省略した。挨拶時間は40分であると支店長に言い渡されたので、40分に納めようとした。それでは何故この部分を落としたのかと言うと、この部分はかなり技術的なことを含んでいるからである。潜在成長率という言葉が出てきたり、GDPギャップという言葉が出てきたり、懇談会に参加された方の中には、あまりこうしたターミノロジーにファミリアでない方もいらっしゃると思ったので、結論だけと言うか、こういうこともペーパーには書きましたということを申し上げ、また「お時間があればお読みください」と申し上げた。他意はない。

【問】

もう一度確認したいが、ご自身の意見としては、物価の「目標」と「見通し」のどちらを支持されているのか。

【答】

物価の見通しといったものを具体的に示した方が良いのではないかとの考え方があるが、それには前向きに考えたいとは申し上げた。

以上