ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 2001年 > 須田審議委員記者会見要旨(11月5日)平成13年11月5日・埼玉県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

須田審議委員記者会見要旨(11月5日)

平成13年11月5日・埼玉県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2001年11月6日
日本銀行

―平成13年11月5日(月)
午後5時10分から約30分間
於 パレスホテル大宮

【問】

本日の金融経済懇談会出席者の方々と話をされて、埼玉県の経済動向についてどのように感じたか。

【答】

埼玉県という非常に大きな地域経済を本日の懇談会での感想だけで総括することは適当でないと思う。直接の答にならないかもしれないが、最近、私は、不良債権問題を含む構造調整の問題について、東京の感覚やマーケットの感覚と、現在収益力や生産性が相対的に低い地域経済の現場感覚──例えば支店長会議で各地の支店長と話をする時にそれを感じるが──とのずれが広がっているのではないかと感じている。マーケットでは、「不良債権はできるだけ早く徹底的に処理を進めるべきである」という主張が広く聞かれる。その考えが誤っているとは思わない。しかし一方で、不良債権の問題は、処理をただ急げばよいというほど単純なものではない。要は、日本経済の生産性を持続的に上昇させることが課題である。そのためには地域経済の足腰をしっかりすることが不可欠であると思う。「雇用の流動化が重要である」と指摘することは簡単だが、地域経済において、ヒト、モノ、カネが生産性の高い事業にシフトすることは決して容易ではないと感じている。

本日は埼玉県の経済界を代表する方々に県内各地から出席頂いた訳であるが、埼玉県の経済は、東京の経済の影響の大きい地域と、それ以外の地域に大別されているように感じた。もしかすると本日承ったことは日本経済全体にも通じるのではないか、という直感的な感想を持った。

【問】

委員は中央銀行研究会のメンバーとして日銀法改正議論に携わられ、本年4月に日銀に入られたが、最近の自民党内のインフレ・ターゲティングや日銀法改正を巡る議論についてどのような感想を持っておられるか。

【答】

本件に限らず、国会における様々な言動について、個人的な見解といえども意見や感想を申し上げる立場ではないので、差し控えたい。そこで、私自身は、お話しのように中央銀行研究会で日銀法改正議論に携わったこともあり、また、この4月から審議委員として日本銀行に入った訳だが、この半年間どのようなことを感じたかを申し上げたい。

未だに多くの方から「毎日出勤しているのか」と尋ねられる。当然、毎日出勤しているし、朝は9時頃に出勤し、夜は9時過ぎまで銀行で執務していることもある。そこで一体何をしているかというと、政策委員会は金融政策だけを決めている訳ではなく、全員がフルタイムの役員であるということを除けば米国企業の役員会(Board)に近い存在だと思う。世の中には「政策委員会とは金融政策決定会合のことである」と勘違いして月に1、2回しか開催されていないと誤解している方が少なくない。だから、「毎日出勤しているのか」といった質問が出てくる。

政策委員会の月報をご覧頂くとわかるが、政策委員会は金融政策決定会合のほかに、通常毎週2回開催されており、そこではプルーデンス関係、業務・組織運営、内部管理、人事制度や人員配置、保有資産の見直しといった非常に多岐に亘る案件を討議し、重要方針を決定している。金融政策決定会合もその他の政策委員会も、自分の責任で賛否を判断するので、しっかり理解しておくことが必要であり、事前の準備も非常に大変である。

金融政策決定会合の前は、各種統計を確認し、自分としてどのような論点を取り上げようかと考え発言の準備を行うので、徹夜に近い日々が続く。その他の案件についても、自分で責任を持って判断できるだけの準備をして臨んでいる。執行部に対しては常に緊張関係を持って対応している。そのため非常に忙しく、24時間365日働いているという感じである。私は主婦で子供もいるが、最近は学者の時ほど家事ができないという状況である。しかし、同じ政策委員会のメンバーの中で、対外的な仕事も抱えている総裁、副総裁の執行部3人の忙しさは私などの比ではない。とりわけ総裁の忙しさとその責任の重さは日本銀行に入る前には思ってもいなかったほど大変なものである。

中央銀行研究会では、当時、「政策委員会のメンバーを何人にしようか」という議論を行い、「日本銀行内部の者が過半数を占めるべきではない」ということだけを決めた。その後、定足数の問題も勘案して執行部3人、審議委員6人と決められた経緯がある。私自身、それを聞いたときは、予想よりも外部出身の審議委員が多いと感じた。

もう一つ、日本銀行の一員になって初めて分かったのは、学者のときは金融政策は方針を決めればそのまますぐに実行できると思っていたが、それは大間違いであるという点である。日本銀行は銀行なのでやはり業務を通じて金融政策を行ったり、決済システムの安定を確保している。例えば、オペ入札におけるレート刻み幅を0.01%から0.001%にすると決定しても、システム面での対応が済まなければいくら私どもが決めても直ちには実施できない訳で、政策を決定する人がどれだけ業務をきちんと理解しているかということは、非常に重要であると感じている。

365日忙しいと申し上げたが、金融政策だけでなく日銀がどのように業務を遂行しているか、日銀がどのような問題を抱えているかということを全て勉強しなくてはならないと考えており、学者の頃に比べて忙しい生活をしている。私自身、色々なことを知りたいと思っているので、沢山のことを学び、これからも頑張っていきたいと思う。

【問】

景気認識について改めて伺いたい。日銀は先日公表した物価展望レポートで今後2年間は事実上マイナス成長が続くという見通しを出したが、日本経済がデフレ・スパイラルに陥りつつあるのではないか、との見方がある。委員はどのようにお考えか。

【答】

私自身は、物価展望レポートに書いてある標準シナリオを想定している。デフレ・スパイラルという言葉は様々な意味で使われるが、私は、日本の経済が急速に屈折していくことをデフレ・スパイラルと定義している。その鍵は金融システムにあると思うが、私は、現在、金融システムが大きく不安定化するような状況にはないと思うので、デフレ・スパイラルに陥るとは考えていない。

物価展望レポートについては、標準シナリオに対してリスクをどう考えていくかが重要だと考えている。レポートでは、いろいろなリスクについて政策委員が重要な問題だと認識を共有しているものが書いてある。そこに私なりの肉付けをすると、次のとおりである。

まず、リスクの中にITセクターの調整があるが、私自身は調整がもっと深まるリスクが大きいとは考えていない。半導体に関しては、結構良いニュースもみられるようになっていることもあるし、積極的な生産・在庫の調整によって在庫水準そのものは減少しているということもあり、これ以上大きく下振れするとは考えていない。

次に、米国テロ事件の影響については、非常に不確実性が大きい問題である。例えば、(1)米国で財政支出を拡大すれば長期金利はどうなるか、(2)保険コストが上昇したり、これまでやってきたジャスト・イン・タイム方式を見直して在庫を増やさざるを得ないことで、生産性が低下して収益が圧迫されるのではないかなど、多くの不確実性がある。また、やむを得ないことではあるが、テロ資金対策が強化されると、それまで自由に動いていた資本が国際間で動きにくくなるという面がある。それらを考えると、果たして米国テロ事件の影響を一過性のものと捉えてよいかどうかは、予断を許さないと思っている。

また、世界的な同時不況のもとで、保護主義的な動きが台頭するようなことがあると国際貿易取引がさらにシュリンクしてしまうのではないか、という点ももう一つのリスクであると捉えている。

これが私なりのリスクに対する肉付けであるが、今、デフレ・スパイラルの状況にあるとは思わないし、基本的には、物価展望レポートで示したとおりである。

【問】

懇談会冒頭の挨拶の中で、日本の機関投資家が為替リスクをヘッジしたうえで、外債投資を積極化させているといった話があったが、東京の株式市場、為替市場は、テロの影響から正常な状態に戻ったということなのか。

【答】

今、日本の金利が非常に低くなって、取引すればかえって損をするという状況になってしまっている。こうした中で、日本銀行は、現在の緩和政策を「消費者物価の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで続ける」と約束していることから、マーケットは、「こういう状態がずっと続くだろう」と予想するようになっている。機関投資家にしてみれば、円で運用していても収益が上がらない。では、どこで収益を上げるかといったら、まずは米国債ということになる。ただし、為替リスクを取るのは恐い。短期金利と長期金利の差、つまり、米国の短期金利が下がっている一方で、長期金利は相対的に高いので、金利収入と、もっと金利が下がるかもしれないというキャピタルゲインを求めて投資をしているということである。これは、テロとは直接関係ない。もちろん、金利自体がテロの影響を受けているといえばそうかもしれないが、機関投資家などが米国債などの外債投資を積極化させてきているということ自体は、あまりにも円の金利が低いので、収益を上げるためにはこのままではいられないということで、リスクを取り始めたのではないかと思う。

【問】

あまりにも金利が低いというのは日銀の金融政策の結果だと思うが、そのためにリスクを取って米国債に投資し、その結果、一段の円安にはなっていないとしても円高になるのを止めているとするならば、今の量的緩和というのは、それなりの効果を発揮し始めているとみてよいのか。あるいは、もっと量的緩和を進めれば、こういう動きが強まるかもしれないと期待することができるのか。

【答】

この動き自体は、外−外というか、為替をヘッジしているので、為替レートには影響を与えていない。そういう意味では為替の問題とは直接関係ない。

【問】

それは、量的緩和を進めてもこういう動きを加速しないということか。

【答】

今の状況でこれだけ金利が下がっていて、機関投資家が動くのであり、これ以上金利としては下がりようがないのであるから、今の状況で海外に出たい人は出ていっていると考えている。

【問】

それは、追加的な量的緩和の必要はないし、追加的に量を拡大しても新しい効果を生むとは考えていない、ということか。

【答】

「追加的な緩和」というが、どういうことを想定して質問しているのか、よく分からないが。

【問】

本年3月に金融政策の枠組みが変わって誘導目標が金利から量になり、8月に誘導目標を引き上げ、9月にも再度変更したが、もうこれ以上量を増やしても効果はないということなのか。

【答】

現在、青天井というか、需要があればいくらでも出すという状況なので、この点からいうと、「追加的な緩和」と言われても少し分かりづらいところがある。金利はこれ以上下がらないだろう、量も欲しいだけ出している、という状況の中で、その先というのは何があるのか、と疑問に思う。今の状況で、これ以上量を増やす、という意味が私には分からない。前のようにターゲットが決まっていればそれを増やすということもあるが、今は既に沢山の量を、金融機関の需要に見合うだけ出している。

【問】

懇談会で地元の企業経営者から企業倒産の話が出たと思うが、具体的にどのような話が出たのか。それに対して委員の方から処方箋のようなものを示したのか。

【答】

懇談会は忌憚のなく意見を交換する場であり、具体的な発言内容についてお話しするのは差し控えたい。

【問】

「これ以上の金融緩和を行うことの意味が分からない」というのは、3月19日に導入した金融緩和政策の枠組みではこれ以上の処方箋はなく、打ち止め感が出ているということか。

【答】

今までやってきた伝統的な金融緩和の方法は、かなりやり尽くしたと思っている。

【問】

挨拶の中で財政に注文をつけたり、先ほども、不良債権処理もただ積極的に進めればいいという訳ではない、といった趣旨のことをおっしゃったが、今後、財政や不良債権処理との関連で、非伝統的な方法としての金融政策を検討する余地はあるのか。

【答】

我々としては、これ以上打つ手がない、という姿勢で金融政策を遂行している訳ではない。金融システムの安定のためにはやるべきことはやるし、金融政策としても何ができるかは、きちんと考えていく。

金融政策について色々な話が出ていることは承知しているが、通貨に対する信認を常に念頭に置いている。通貨への信認はマーケットの判断による面が大きい。どこまでやればマーケットの信認を失うか、ここまでは日銀がやっても大丈夫と思ってもマーケットの受け止め方次第であり、それと離れて独自に明確な基準を持てる訳ではない。私は、マーケットからの信認を失うことなど絶対ない、といったオプティミスティックな考えではない。

日本銀行が実施する政策が財政政策に近くなると、例えば政府の減税をファイナンスするようなことをすれば、現在時点と将来時点の所得分配であるし、現時点で日本銀行が何かを買ってそれが毀損したとなると、現在時点の所得分配の問題である。

もう一つの論点としては、マーケットの機能の問題がある。個人的には短期金融市場の効率性が落ちているのではないだろうか、との認識を強めている。日本銀行が色々な資産を購入し、それぞれの市場でビッグプレイヤーになると、マーケットの効率性はどうなるのだろうか。民間の市場は育つのだろうか。「円の国際化を進めて市場を厚みのあるものにしよう」と議論しているその裏で、日銀がどんどん買うとなれば、効率的な価格形成が行なわれるのであろうか。こういうことも考えながら、今の経済状況を前にして、如何に問題点や副作用がない方策で、中長期的な経済の健全な発展に資することは何か、ということを常に考えている。

もっとも、伝統的な金融政策の先行きがないとしても、今の金融政策でも継続する中で次第に効果が出てくる。構造改革や規制緩和が進み、また、政府が中長期的に年金や医療の問題できちんと道筋を示して、人々の不安が解消されるようになれば、リスクを取るようになる。そうなれば、これまでの金融緩和の効果も出てくる。そのための貢献もできることはやりたい。

金融政策として、通貨に対する信認を脅かさない、副作用のない方策はどのようなものかを常に考えていくし、今も考えている。

【問】

挨拶の中で「自然な円安の流れができるようであれば、これを受け入れるべきである」とある。米国のテロでドルへの投資も積極的になれないと思われるが、「自然な円安」とはどのようなことを想定しているのか。

【答】

為替は、基本的には人々の期待で動く。マーケットに聞くしかない。ただ、米国テロ事件で人々がリスクを取らなくなって、資金が流れにくくなっているとすると、経常収支がドミネイトすることになり、円高になりうる要素はある。

しかし、通常、為替レートは資本移動によって決まる面が大きいと考えられる。そこで、マーケットの人々の話を聞くと、経済成長率の格差に着目している人が多い。すなわち、米国経済が予想よりも堅調と思えばドルに資金が流れ込み、逆に日本経済の落ち込みが予想よりも小さいと思えば、円に資金が流れ込む。このため、為替レートはどのように動くかは分からないが、仮に様々な要因の結果として自然に円安が進むのであれば、それを受け入れていけばいい、と思う。

【問】

日米の成長率格差や日本の構造改革等によって、結果として円安が進むのが望ましい、と考えていると理解してよいか。

【答】

どこの国でも貿易財の価格は上がりにくくなっている。さらに、日本では、サービス部門を中心に構造調整が進行しているので、サービス価格も下がっている。貿易財の価格が上がらずに、サービス価格が下がれば、一般物価は下がるしかない。そこで、物価下落を止められるのは円安しかない、という意味で、「自然に円安になればそれを受け入れれば良い」と申し上げた次第である。

以上