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須田審議委員記者会見要旨(5月29日)

平成14年5月29日・長野県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2002年5月30日
日本銀行

―平成14年5月29日(水) 
午後1時30分から約30分間
於 ホテルブエナビスタ 

【問】

本日の金融経済懇談会において懇談会メンバーとどのようなやりとりがあったのか。また、それを踏まえて、長野県経済についてどのような見方をされているのか。

【答】

長野県経済については電気機械等、いわゆるIT関連産業のウエイトが高いことから、一昨年来のIT不況の影響を大きく受けており、各方面でご苦労されている旨を伺った。しかしながら、改めて申し上げるまでもなく、当県の製造業は戦前の製糸業からスタートし、その後、信州人特有の粘り強さや進取の気性を発揮され、自ら持つ技術を活かしながら将来の成長分野に上手くシフトし、ここまで発展してこられた。同じように、現在も新しい分野に果敢に挑戦されておられると感じた。今後も、こうした姿勢を堅持していけば、長野県経済が安定的な成長軌道を辿ることは十分可能だと思っている。

今日は皆様から興味深い話を色々と伺ったが、その中から幾つかをご紹介すると、「成長分野において創業し易い環境整備が重要である」、「私募債をより活用し易くして欲しい」等のご意見は印象的だった。また一方、自分でも今まであまり気が付かなかった視点であるが、「中には廃業せざるを得ない企業があるのも事実であって、そうした先が低いコストで円滑に退出し易い環境の整備も必要である」とのご指摘も印象に残った。

また、当地の金融機関については、これまでこうした産業界を金融面から強力にバックアップして、当県経済の発展に大きく貢献してこられたと思う。今後とも当地金融界が健全な経営を維持し、産業界をサポートしていかれることが、当県経済の更なる発展に向けて極めて重要だと思う。

【問】

以前、須田審議委員は、「物価下落を止められるのは円安しかない」といった考え方を述べていたが、現段階でも円安容認姿勢は変わらないか。

【答】

為替レート自体についての具体的なコメントは差し控えさせて頂く。基本的には市場に任せればいいと言うのが私の考え方で、円安になればそのまま受け入れればいいと考えている。

【問】

しかし、アジア圏からは、「円安があまり進むと脅威になる」といった声もある。為替レートはどのくらいまで市場に任せれば良いとお考えか。

【答】

為替レートを市場に任せるからには、基本的には、いくらまでという考えもない。私は、先程の金融経済懇談会でもそのように話したが、今、例えば人々に「1ドルいくらがファンダメンタルレートですか」と聞いても、誰も明確には答え切れないと思う。皆さんも分からないのではないかと思うし、私も勿論分からない。しかし、「やはりファンダメンタルズに対して今の為替レートが誰からみてもおかしいのではないか」、あるいは「為替レートがオーバーシュートしているのではないか」と多くの人々が思うことがある。その時には政府が介入したりすることもある。しかし、アジアの国々も、人々が思っているファンダメンタルレートから実感として乖離していない限り、マーケットで決まっていることに対して強く批判することはないだろう。基本的に、彼らは、政府が何か円安誘導しているのではないか、あるいはするのではないか、というところでクレームを言っている。このため、マーケットに任せておけば為替レートはそのまま受け入れられると思う。そして、本当に行き過ぎだと思ったら介入すればよい。行き過ぎた時の介入政策は効果があると思っている。

【問】

現在、当座預金残高目標は10~15兆円になっている。挨拶要旨の中で、日本経済は循環的な景気回復局面ということになっているが、これから回復して行く過程の中で、量的緩和を決定した昨年3月以前の状態に戻れば、例えば当座預金残高をこれから段階的に引き下げて行く可能性はあるか。

【答】

今後の金融政策に関しては、発言を差し控えさせて頂きたい。現在、消費者物価が対前年比で安定的にゼロ以上になるまで現在の調節の枠組みを維持するという考えの下で、今の金融政策をとっている訳である。現状、インフレ率がマイナスであるから、政策運営の枠組みは変わらない、ということだけ申し上げておく。

【問】

当座預金残高目標が10~15兆円ということは、資金を十分に出していることだと理解できるが、十分に出しているという意味では、当座預金のターゲットが5兆円から始まったことを考えれば、8兆や9兆でも多いと言える。また、現実の調節をみると、10~15兆円のレンジがありながらも15兆円程度に何となく落ち着いているように感ずるので、もしかしたら13兆円や14兆円に何か意味があるのではないかと取る人間もいると思う。このように当預残高では日銀のメッセージ性が市場に伝わり難いと思うが、どうか。

【答】

ご指摘の趣旨は、「金利に戻したらどうか」ということか。

現在、当座預金は需要に合わせて、あるいは需要以上に溢れるほど目一杯に出しており、当座預金を供給しているといったメッセージは十分に伝わると思っている。こうした供給に対する需要は、——つい最近は、大手行のシステム障害が起因となった動きもあったが——その時々で、どういう理由によって資金需要が出てくるかということは予め分からないこともある。したがって、需要の変化に対して、間髪入れず、すぐ対応できるという姿勢を堅持し、金融システムの安定性を維持することが一番重要だと思っている。したがって、量をきちっと決めてしまうよりは、「来たら、すぐきちっと応える」というような姿勢でいることが、すごく重要であると思っている。その結果として、10~15兆円というレンジを設定した訳で、そのメッセージは伝わっているのではないかと思っている。

【問】

景気は、回復局面に入りつつあるように見受けられるということだが、エコノミスト等によると、今回の景気回復局面は、かなり脆弱なものになる可能性があるとしている。また、議事要旨などを拝見していると、財務省あたりの出席者からは、一段の金融緩和について要望があるような印象を受ける。今後、一段の緩和の可能性如何。

【答】

今後の金融政策についてのコメントは控えさせて頂きたい。ただ、一言申し上げると、デフレスパイラルに陥るようなことは是非とも避けたいと考えている。現在、金融システムの安定性について心配なことがある訳ではなく、現状を維持していけば大丈夫と思っている。もっとも、先行きについて、デフレスパイラルに陥るのではないかという差し迫ったような状況が絶対に起こらないと断言できる訳でもない。したがって、今後、何ができるのか、ということについては常に考えているし、決定会合の中でも議論している。

【問】

金融機関の不良債権処理問題と、地域経済の持続的発展とのバランスの取り方についての考え方如何。

【答】

不良債権処理が加速すると、特に地方経済に皺寄せが来るのではないかとの話があるが、銀行が不良債権処理を加速すると、過剰債務——今日もそういう話をしたが——の状態にある企業が、そのままの状態で存続することは難しくなる。また、信用力が相対的に低い企業が、資金を調達することも困難となる可能性がある。しかし、その一方で、次第に金融仲介機能が回復してくれば、収益力を有する企業は、より容易に資金を獲得し、より早く成長していくことが期待される。こうした効果というのは、別に大都市だけではなく、地方にも同様に働く筋合いにあると思っている。実際に、地方の有力金融機関の破綻や、不振によって大きな影響を受けている地域が見られている一方、地方都市に本拠地を置きながら急成長を遂げて、国内や海外の市場で重要な地位を占めるに至った企業も少なくないように思う。

【問】

長野県では、田中知事のもとで、公共事業の見直しが進んでいるが、景気回復に向けて、公共事業の見直しはどのような方向で進めるべきだとお考えか。

【答】

公共事業が全て駄目だとは考えていない。その事業の効果について順序をつけて、必要なものと要らないものを、分けていかなくてはいけないと思っている。公共事業は何に役立つかというと、一つは効率性である。民間の経済活動にとってプラスになっていくような方向であって、日本全体にとっての経済の効率性を高めるものであることが必要である。もう一つは、我々の生活し易さの満足度、そういったものを増すうえでは、どういう効果があるのかということがとても重要である。こうした経済の視点と、国民あるいは生活者の視点からみて、これは重要だと思う観点から順番を付け、整理していって頂きたい。効率的でないもの、あまり国民経済にとって効用というか、Welfareという意味であまり役立ちそうにないものは、見直していって頂きたいと思っている。こうした観点からいうと、景気対策というよりも、もう少し構造対策としての公共投資という視点が重要であると思っている。

【問】

最近の議事要旨を拝見すると、インフレターゲットの話があったりなかったりと、議論されている時もあればされていない時もあるが、例えば武富前委員に伺うと、「あんな不健全な議論が出てくること自体だめだ」という話をされるほか、速水総裁も会見の席上、「インフレターゲットをやったところはない」というように断定的に否定されている。一方で、中原眞委員は、実際にインフレターゲットを模索しているかどうかは分からないが、「参照値を検討してみてはどうか」と話されているようである。須田審議委員自身のインフレターゲットに関する考え方をお聞きしたい。

【答】

インフレターゲットは、すごくノーマルな状態であったら、政策をアカウンタブルにするための一つの方法であると思っている。だから、ノーマルな状態においてこれを採用すべきかどうかということは検討に値するものであり、私も常に頭の中で考えている。もっとも、実施するからには実現できないと意味がない。現在のような状態でそういう議論が出てくると、「これまでの手段では不十分なのであれば何でもやれ」ということに結びいていく可能性がある。本来は、インフレターゲットをそんな格好で取り上げたくなく、健全な一つの枠組みとして取り上げたいと考えている。しかしながら、現在の状態は十分な手段がある訳ではないため、インフレターゲットを導入しても、何をどのようにやれば良いのか、という問題点がある。だからといって、目標だけ出して何もやらなければ、そんなものは意味がない。「出してみて、もしだめだったら引っ込めれば良いではないか」という声もあるようだが、私は、そんなことは中央銀行のやることではないと思っている。導入するに当っては、きちんと責任を持って採用すべきであると考えている。そのためにも、そのシナリオが見えてこないとだめである。今はそういう状況ではなく、考え続けているという状況である。

【問】

もう一度当座預金残高の話に戻るが、現在ディレクティブの中では、10~15兆円を目指し、その中でもレンジの上限を目指して調節されていると思う。日銀では、3か月連続で景気認識を上方修正しているが、このレンジの中で15兆円を外れて10兆円に近づけていくということが、可能な経済環境になっていると思っているか。

【答】

当座預金残高については、例えば先の金融機関のシステム障害、あるいは3月末を越えたら需要が減るのではないか、といった懸念もあったが、意外と15兆円を維持出来ているというのが実感である。その理由は色々あると思うが、一つは、ここまで金利が低くなって短期金融市場が機能し難くなって、結局、日本銀行がその代わりをせざるを得なくなっている。今まで短期金融市場にあった取引が日本銀行に来ているのかも知れない。それから、やはり皆さんがまだ何かと不安を抱き、「残高を積んでおきたい」と思っているのかも知れない。最近でも、外銀が結構積んでいるという話もある。そういったことを含めて色々なことを注意深く見ている。しかしながら、この先当座預金に対する需要がどう動くかということは、よく分からない。ただ、今は15兆円を維持出来ているし、維持できるように頑張っている。

【問】

只今説明があった当座預金残高の話であるが、「今は景気の良し悪しに応じて残高を増減させるという状況ではなく、需要に応じていつでも対応出来るようにしておくというのが実態である」というように聞こえるが、そうすると、当座預金残高は金融政策の緩和度を示す度合いとしては、あまり意味がないと考えてよいか。

【答】

金融緩和の度合いというものを何で測るかというのは少し難しい問題である。本日、懇談会の中で申し上げたように、私としては、マネーサプライ——あるいは、当座預金残高と言っても良いが、——と金融緩和の度合いの対応関係について、今は1対1の関係を見出し難いと思っている。そういう意味では、残高が少し減ったとか増えたとかということを捉えて、「日銀は引き締めたのではないか、あるいは緩和を強めたのではないか」というかたちでは、是非とも捉えないで頂きたいと思っている。実際には、市場の実感というのを市場調節の担当から常に聞いている。今、市場がどういう風に引き締まっているか、だからこのようにしました、という点を常に確認しながら、残高をウォッチしている。緩和度合いという意味では、私はずっと変わらないと思っている。万が一、システム不安が高まりそうなことがあれば、もっと必死でやることもあるかもしれないが、現在の金融経済情勢の下では、緩和度合いは同じもとで、需要がその時々で変化していると捉えている。

【問】

今の質問の追加だが、金融政策の緩和度合いは何で測れば良いのか。

【答】

現在の状態だと、ディレクティブが10~15兆円ということであるから、10~15兆円ということでもって一つの緩和の度合いとみて頂ければ良いが、15兆円か、14兆円か、13兆円か、というように、ピンポイントで緩和の度合いを測って頂きたくないということである。

【問】

先程、景気対策よりも、もう少し構造対策に寄った公共事業を実行して欲しいとの話があったが、具体的にはどういったものを考えているのか。

【答】

公的部門の役割という論点については、基本的に、本日の懇談会挨拶要旨(「構造改革と金融政策:変化の胎動と期待」)の15~16ページのところに書いたとおりである。若干敷衍すると、社会的セーフティネットの再構築というところはすごく重要で、結果的に景気にも関わってくると思うが、将来への介護の不安とか、先行き年金制度がどうなるか、健康保険がどうなるかというような不安があるというところは是非ともなくす必要がある。あるいは雇用についても、一度仕事を失っても、その後生活に困るということがないというような状況にしたい。先行きに対する見通しをきちんと持てるような社会的セーフティネットは、是非作って頂きたいと思っている。

以上