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総裁記者会見要旨(3月7日)

2003年3月10日
日本銀行

日本銀行から

図表 [PDF 8KB]


―平成15年3月7日(金)
午後3時から約65分

【問】

昨日3月の金融経済月報が公表され、そのなかで日銀の景気に対する見方等に触れていたが、本日も株価の下落が進んでおり、その背景にはイラク情勢の緊迫感などもあるとみられる。いわゆる「地政学的リスク」に対する深刻な受け止め方も広まる中で、改めて日銀の景気に対する認識を伺いたい。

【答】

今晩安保理事会があることもあって、株価が下がっており、米国でも日本でも株価の動向が心配ではある。

ただ、景気については、昨日公表の金融経済月報をお読みになったと思うが、「先行き不透明感が強い中で、横這いの動きを続けている」として、基本的な判断を据え置いた。

これは、純輸出がほぼ横這いで推移し、設備投資や個人消費などにも回復の動きがみられない中で、生産が横這い圏内の動きを続けていることを踏まえたものである。

先行きについては、海外経済の緩やかな回復を前提とすれば、いずれ輸出や生産の増加を通じて、前向きの循環が働き始める姿が一応展望される。

ただ、海外経済を巡っては、イラク情勢の影響など不透明感が強い。国内でも、民間需要が回復力を欠く中で、株価が低調に推移しているほか、不良債権処理も加速される方向といった要因がある。

こうしたことから、景気の先行きについては、金融資本市場の動向を含め、引き続き注意深く見守っていきたいと思う。

【問】

金融政策について伺いたい。3月の金融政策決定会合では、4月から発足する日本郵政公社がもつ日銀当座預金の分を上乗せした、新たな当座預金の目標を4月から実施することを決めた以外、基本的には政策は現状維持となった。今おっしゃったようなイラク情勢等を背景にした海外経済の不透明感が広まる中で、今後の金融政策運営についてはどのような考えで臨むのか。

【答】

一昨日の金融政策決定会合では、景気判断を据え置いたことを踏まえ、金融市場調節方針を「現状維持」とした。

金融市場では、日本銀行が、早めかつ潤沢に年度末越えの資金供給を行ってきた効果もあって、極めて緩和的な状況が維持されている。

しかし、イラク情勢など、予期し難い不確実要因を抱えているほか、銀行株をはじめ、株価が低調に推移している。このため、年度末に向けて、必要があれば一層潤沢な資金供給を行って、金融市場の安定確保に万全を期していく方針である。

なお、4月から日本郵政公社が当座預金取引先となり、日本銀行との契約に基づいて、一定額以上の当座預金を保有することとなる。この所要預け金は1兆5千億円程度と見込まれるため、4月以降の当座預金残高目標は、機械的に2兆円を上乗せした「17~22兆円程度」とすることとした。

【問】

金融システムのことについてお聞きしたい。本日の株価をみると、東証株価指数が約19年ぶりに800ポイントを割り込むなどの動きが出る中で、3月期末に向けた金融システムの動きについても改めて懸念が出る可能性もある。いわゆる3月危機説というのは一時期は後退した感じもあったが、年度末に向けた金融システムの動きについて、最近の株安の動向なども踏まえて総裁のお考えをお聞かせ頂きたい。

【答】

日本の金融システムについて、一番大切なことは不良債権問題であり、これが主因になり厳しい状況が続いているという点で、現在も変わりはないと思う。

ただ、昨年来、不良債権の経済価値の適切な把握とそれに基づく処理の加速、産業・金融が──貸す方と借りる方の両サイドが──一体となった対応をして、問題を解決していくことの重要性などが改めて認識されてきて、現在関係者が力を結集して取り組んでいることは、着実な前進と考えている。こういった努力が、今後も、着実に実を結んでいくことを期待している。

日本銀行としても、今後とも政府と連携しつつ、中央銀行の立場から不良債権問題の克服に向けて努力していく考えである。

【問】

最近の大手銀行の増資の動きについてお聞きしたい。こうした動きについては銀行の自助努力によるものとして前向きに評価する声もある一方、増資による配当負担が高まることなどを根拠に、市場には厳しい見方もあり、銀行株が下がったりもしているわけだが、こうした市場サイドの厳しい見方等について、総裁はどのようにお考えか。

【答】

金融システムについては、不良債権問題を主たる背景として、引き続き厳しい状況にあることは今申し上げたが、こうした状況の下で、大手行の方では、不良債権処理の加速と同時に、資本面での備えを強化していこうと、増資の計画を立ててそれに取り組み始めている。

こうした自助努力については、前回も申し上げたが、私どもとしても率直に評価したいと思う。4行で2兆円、5行で2兆1千億円といったような数字が出ているけれども、こういうことが実現していけばかなり銀行の自己資本にはプラスになっていくことだと思う。

今後、わが国の金融機関が、市場からの信認の向上を図っていくためにどうしても必要なことは、やはり収益力を改善していくことだと思う。経営努力をいろいろ積み重ねて収益を増やしていくということが必要であると思う。

日本銀行としても、こうした金融機関の経営努力が、できるだけ早期に実を結ぶように期待している。

【問】

総裁の任期も迫ってきたが、この5年間を振り返ると──先般の講演では「苦しい5年間だった」と言われたと思うが──、量的緩和政策や銀行保有株式の買い取りといった、従来の中央銀行の常識からすると未踏の領域に踏み込まれた5年間だったかと思う。そういった5年間を振り返って、どういったご感想をお持ちか。

【答】

再来週に、最後の記者会見があるようなので、その時に自分の気持ちも含めて大局的に言わせて頂くが、今日のところは、より具体的な自分の考えや、今まで起こったことを申し上げるので、お聞き頂きたい。

私は98年3月に就任した。その時点で、すでに公定歩合は0.5%であり──95年から0.5%になっていた──、短期市場金利──無担保コールレート──は、それを幾分下回る水準であった。オーソドックスな緩和余地は、その時点ですでに、それほど残されていなかったと思う。日本経済は、世界的なIT投資拡大等を背景にして持ち直した時期を除くと、金融システム不安や様々な構造調整圧力が働く下で、総じて停滞色の強い動きを続けた。その下で物価も、緩やかな下落傾向が続いたとみている。

こうした情勢を踏まえて、日本銀行は、僅かに残った金利引き下げ余地をぎりぎりまで活用するとともに、短期金利以外の金融緩和の波及ルートも模索して、量的緩和政策の採用に踏み切り、潤沢な資金供給を続けてきたつもりである。内外の中央銀行の歴史に例のない金融緩和によって、金融システムが脆弱性を抱え続ける中でも、金融機関の流動性懸念を払拭して、金融市場の安定と、金利の低位安定を実現してきた。このことでは、企業金融や景気の下支えの面で、大きく貢献できたと自負している。

現在の金融緩和が、一段と強力な効果を発揮するために大切なことは、規制・税制改革等を通じて、民間需要を活性化させていくことだと思う。もう一つは、やはり不良債権問題を早期に解決し、信用仲介機能の回復を図ることが是非とも必要だと思う。私自身、それらの点を経済財政諮問会議等の場でも訴えてきたし、そうした方向で取り組みが進められつつあるように思う。

いずれにしても、私の在任期間中に、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰するには至らなかったことは残念である。幸い、底割れというか、デフレ・スパイラルといったかたちで景気が悪くなるといったようなことはなかった。こうしたことを起こさないように、私は最大限配慮してやってきたつもりである。一方で、日本経済は、様々な課題を乗り越えて、持続的成長を実現していくだけの潜在力は十分もっていると思う。先般も3つの図表──為替レートと経常収支の黒字額、対外債権超過額──でお示ししたかと思うが、そういったポテンシャルズ、潜在力があるわけだから、これを活かしていくべきだ。日本銀行の金融政策は、これまでもそのための重要な基盤を提供してきたと思うし、今後もそうであり続けることを期待したい。

2000年のゼロ金利政策の解除についてであるが、あの年はちょうどITバブルで、株もその関連銘柄は非常に値が上がり、2000年の初めから秋にかけては、GDPでみた成長率、生産、そして売上高経常利益率、株価のいずれもが上昇していった。こういう状況の中で、私どもはゼロ金利をもう少し早く解除して、金利機能を働かせようと願っていたが、政治日程として沖縄サミットがあったり、大きな破綻企業が出てきたりといったこともあって、結局、8月にゼロ金利を解除した。その後、12月になって、IT関連産業が、どちらかというと在庫超過になり、オーバー・サプライになっていることが少しずつわかってきた。それで、1月初にFRBが金利を下げ、日本も含め、主要国がそれに倣って利下げしていった。その少し前から、アジア諸国の輸出もIT関連を中心に減っていたから「何かおかしい」という感じはしていたわけだが、IT産業というのは、新しく興った産業であるし、その製品は、概して小さい上に、新品と中古品の区別がなかなかできないということもあって、どの程度の在庫過剰なのか、生産過剰なのかがなかなか掴めない──この点はニューヨーク連銀のマクドノー総裁などが翌年になってから私どもに話してくれたことだが──という状況であった。日本の企業も、後になってよく聞いてみると、そういうことを言っていた。

そういう経緯で、2000年8月に金利を0.25%に引き上げた私どもも、2001年2月には0.15%と再び下げに転じ、3月にはこれ以上下げても意味がないということで、量的緩和という新しい戦略を使って豊富な流動性の供給を始めたわけである。ゼロ金利解除について、間違っていたのではないかとおっしゃる方がおられるが、米国におけるIT製品の在庫状況が掴めていなかったのは、世界共通のことであって、したがって、私どももそこまで過剰生産、過剰在庫になっているということは、掴みきれていなかった面があることは確かである。

このように、米国に直ちに追随して、私どもも金利を下げ、それだけでは足りないので、量的緩和に切り替え、それがここまで2年間続いているわけである。その間、国債や手形などの買い入れを行って──先般も、日本銀行の資産・負債に関する図表を見て頂いたが、毎年10兆円程度資産が膨らむぐらいに──資金を供給したが、それがなかなか民間の銀行貸出、あるいは民間需要を引き出すというところまではつながらなかったという状況が、今まで続いてきたのではないかと思う。民間の需要を掘り起こしていくためには、先程も申し上げたように、資金を出すと同時に、規制の緩和・撤廃や効果的な税制の改革、あるいは現在議論が進んでいる特区構想の実現とか、いろいろ政治的・社会的な新しい手が打たれなければならない。そうしたことが漸く少しずつ動き始めているというのが現状なのであろう。

銀行も、信用仲介機能を回復しようとして努力するとともに、自己資本の増強を通じて信認を高めようとしているので、このままうまく行けば、少しずつ民間の需要が伸び、小泉総理の言われる「改革なくして成長なし」ということが実現していくのではないかと思っている。

5年を経てみて一番残念なことは──お配りした資料にも示されているが──、私が着任早々から言ってきた「日本の金融の流れを間接金融から直接金融に移していきたい」ということについて──銀行を巡る諸問題などが次々と起こり、錯綜したこともあって──、大きな流れとして道筋を付けていくまでの余裕がなかったということだろうか。むしろこれからの課題として残っていることは甚だ残念である。

この資料のうち、緑色の部分がよく1,400兆円と呼ばれる──直近の2002年9月末現在では1,394兆円だが──個人の金融資産残高である。1,428兆円がピークで、やはり株などが値を下げてきているので、少し減っているが、いずれにしても赤線で示されているように、対名目GDP比では2.8倍程度と、非常に高い水準にある。ただ、その中身について、米国と日本とを比較すると、下のグラフでおわかりのとおり、柿色で示された現預金の部分が日本では55.0%と断然多い。これは5年前とそう変わっていない。米国の場合、現預金は13.4%であり、これがいわば間接金融の部分である。それから青い部分は保険・年金で、3割前後と米国も日本も同じくらいの比率である。黄色い部分が債券・投資信託・株式で、米国が53.8%、日本は僅かに12.0%である。上の白い部分はその他で、日本で4.1%、米国は3.0%である。要するに、日本では、家計が直接、市場に出て行って、多少のリスクはあるが収益性も高い投資をするということを手控え、銀行に資金をそのまま置いておくということが続いてきたのではないかと思う。

これからは、やはりもう少し債券、特に社債などがもっと出てくることが望ましいし、確かにリスクは伴うが、株式や投資信託ももう少し増えていってよいと思う。と同時に、私の仲間で、年金生活をしている多くの人は、銀行を通じて対外投資をやっている。そのほうが利回りが良いからであるが、しかしそれには為替リスクが伴う──もちろん信用リスクもあるわけだが──。だから、円建で対外投資できるような手段──例えばユーロ円やサムライ債とか──が日本で整備されて、家計も含め、そうしたものにどんどん投資ができるならば、為替リスクは海外の借り手が負担し、日本の投資家は為替リスクから逃れられる。こうしたかたちでの個人の投資ということがもっともっと増えていってよいのではないかと思う。

それと、今朝の(日経)新聞にも白川理事が寄稿しているが、企業金融の円滑化が大切である。今、私どもでは、ABS(資産担保証券)とかABCP(資産担保コマーシャル・ペーパー)など、民間企業、とりわけ中小企業などが受け取っている手形などをまとめて市場で証券化し──その場合は大企業だけでなく、中小企業もSPC(特別目的会社)といった機構を作って、それを通じて手形を証券化し──、それを一般の人や投資家などが、まとまった資金で運用するといった市場がもう少し早く、大きく育っていくことが望ましいと考えている。特にここへきて、これからの課題はそういった点にあると強く感じている。

これくらいのことが、去るに当たってやり残した残念な課題で、これからの人たちに是非これを一つ完成していってもらいたいと思っている。

もう一つだけ強調しておきたいことがある。この間の私の講演を聞いて、「ゼロ金利解除は見誤りだった」とお書きになった新聞がある──私はそうは言っていない──ので、この点はもう一度繰り返して言わせて頂きたい。金融政策については、景況感も良かったし、いろいろな数字を見ても改善傾向にあったので、2000年8月に──少し遅れたかもしれないが──ゼロ金利の解除を行った。それは間違ってはいなかった。あるいは、もう少し早くやったほうが良かったかとも思うが、先にも述べたとおり、沖縄サミットの開催や大企業の破綻といった、政治的、あるいは社会的な種々の理由があってそれはできなかった。また、2000年8月にゼロ金利を解除した後、翌年2月にはすぐに再び金利を下げたではないか、あるいは3月には量的緩和を始めたじゃないかとおっしゃる方もおられるが、これは先程から申し上げているように、米国のITバブルが潰れたという新しい状況の中で、それに迅速に対応して金利を下げ、さらにそれでも足りないので量的緩和に切り替えていったということである。あの時に見通しを間違えたというようには思っていない。金融政策というものは、むしろそのように変わっていく世界市場の変化にスピーディに反応して手を打っていくことが正しいのであって、そのことは見誤ったということではない。

もう一度繰り返させて頂く。ゼロ金利政策の解除は、現在でも、当時の経済情勢を踏まえると、妥当な判断であったと考えているし、その後に採った措置も、間違っていなかったと思っている。

【問】

イラク情勢の世界経済に対する影響について一点伺いたい。今日は株価も下がっているし、年度末を控えて不確実な要因もあると言われたが、それ以上にイラク情勢は米国をはじめとする世界経済への影響が大きいと思う。戦況の長期化あるいは短期化にもよるが、経済面でイラク情勢はどのくらいのインパクトがあると考えているか。

【答】

どのようなかたちで地政学的リスクが現われてくるのか、この段階では予想し難いが、いずれにしても、こうした地政学的リスクが顕在化してくる場合には、金融資本市場に何らかの動揺がみられるであろうと考えている。すでに、株価はかなり下がってきているし、原油価格の高騰——今日は37ドルと、少し止まったような感じもするが——もまだ続くかもしれない。

海外経済への悪影響がどのように出てくるかということもさることながら、日本経済にもその影響が及ぶ可能性は否定できないように思う。ただ、具体的な影響の度合いなどについては——リスクがどのように顕在化してくるかによって異なるので——、一概に申し上げるのは難しい。

日本銀行としては、こうした点も含めて経済金融情勢について注意深くみていきたいと思っている。

一昨年の9月11日、米国で同時多発テロが起こった時も、直ちに資金の供給を2兆円増やしているし、ドルが下落したときにはドル買い介入も行っている。今回はどういうかたちでこうした影響が出てくるのか、今の状況では何とも申し上げられない。ただ、なるべく速やかに対応したいとは思っている。「なお書き」を、ご承知のようなかたちで金融政策決定会合で決めているので、何かリスクが生じてきて早く手を打ったほうがよいという場合には、「なお書き」対応も含めて、速やかに手を打ちたいと思っている。

いずれにしても、今何を準備すべきかと言われても何とも言えない。今は、情勢を見守っている段階と言わざるを得ない。

【問】

先程、過去5年を振り返ってのお話を伺った際、総裁は2000年8月の利上げが少し遅れたとおっしゃった。タイミング的に利上げのタイミングが遅れたということであるが、利下げのタイミングで、この5年間、もう少し早く利下げしておけばよかったとか、あるいは、量的緩和をもう少し早めにやっておけばよかったとかいったことはないか。

【答】

その点はむしろ、私ども──資金を出す方──が常に先行し、先にボールを投げさせて頂いたと思っている。やはり、先程から申し上げているように、民間需要が起こってこなければ、デフレは解消しない。小泉首相がいつも言われている「改革なくして成長なし」と、「成長なくしてデフレ克服なし」は、私が常に言っていることである。

私ども──資金を出す方──から──以前にも、日銀資産の過去5年間の数字でご覧頂いたように──、かなり早め早めに流動性の供給をしてきたつもりである。しかし、それが民間需要につながっていかなかったということは残念なことであるし、私どもが思ったほどには次々と構造改革の手が打たれていかなかったという面があったことも確かだと思う。構造改革というものは、政治的、社会的に、やはりかなり時間がかかるものだということを知らされた感じがする。

しかし、郵政公社ができたり、あるいは道路公団の議論が行われたり、構造改革が動き始めているのは確かだと思う。民間の企業でも随分、転廃・合併の動きが盛んにみられている。先行き競争力が維持できないと思ったところは、大きなところと組んだり、仕事を変えたりしているわけで、こうした動きがもう少し時間が経って、需要の伸びにつながってくれれば良いがと思っている。

そこへ今の地政学的リスクの問題のように──その一方で、不良債権問題への対応に時間がかかっている中で──、何が起こるかわからないことが待ち構えているということは、非常に残念なことであるが、これが世の中というものではないかと思う。

【問】

量的緩和策を続けて、国債の保有高も非常に大きくなっている。そのリスクについては、総裁も最近度々指摘されているが、今後バトンタッチされる次の総裁──固有名詞は申し上げませんが──は、今の金融政策の枠組みを続けていくのが良いのかどうかということを含めて、今後の金融政策の枠組みのあり方について、どのようにお考えか。

【答】

総裁、副総裁については、国会の同意をまだ得ていないので、ここで公に言うわけにはいかない。まだ、任命されたわけではない。

ご質問の点については、はっきり決まった上で、19日にでもお答えしたいと思う。

【問】

報道によると、中国の全人代(全国人民代表大会)がデフレ脱却を狙って物価上昇率の目標を1%に設定したようである。これまで日銀がインフレ目標を設定しない理由の一つには、インフレ目標を掲げる国はインフレ抑制を狙っているということがあったと思うので、このロジックに一つの亀裂が入ったように思う。総裁は、中国のこの政策をどうご覧になっているか。今後日本でインフレ目標を導入することは、やはり「無謀な賭け」であるとお考えか。

【答】

どういう段階で1%に決まったのか分からないので、批判したり意見を言ったりするのは控えさせて頂きたいと思う。中国もやはりデフレで困っていたことは確かだと思う。ただ、どういうかたちで1%に決めたのか、あるいはこれから決めるのか、その辺も良く分からない。

日本の場合は、インフレ・ターゲットは採っていないが、ここへきて、物価の下がり方は前年比マイナス0.8%と少し緩くなってきている。一頃、前年比はマイナス1%前後だったので、少し緩くなってきていることは確かだと思う。これをゼロ%以上で安定するまで量的緩和を続けていくということを宣言しているわけである。私は3月19日に退任するが、その後どういうふうにこうした動きをつなげていくか、新しいメンバーの課題の一つだと考えている。

【問】

本日株価が8,100円台となっているが、金融システム不安が起きるという懸念はおもちではないのか。一方、増資というかたちで各金融機関は努力しているわけであるが、それが却ってあだになるかたちで株価が低迷している。その点について総裁はどうお考えか。

【答】

株価が下がっているのは、収益とか景気の状況とかをみて、ここで思いきって株を買うという元気が出ない雰囲気の中で、米国株価に追随しているというのが実状ではないかと思う。米国の場合は、イラク情勢の緊迫化を背景にして軟調が続いているわけであるから、これは良く良くみていかなければならないと思う。

日本では、金融機関がいろいろなかたちで増資を発表している──公募の発表は一番最後だったが──。公募すれば株が増えるから、そうすると分配される配当が減るというのは、これは自然の流れである。株式が増えて株価が下がるということは、利益の方が大幅に増えない限り、考えられることである。それから、取引先などに増資に応じてもらう銀行のケース、これも自己資本が増えていくという点では非常に結構なことであると思うし、自己資本の不安感というものもなくなっていくはずである。普通株と優先株では、優先株の方を先に配当するから、優先株を発行すると、普通株の保有者は配当が減るということで、買い増しを手控えるとか、あるいは売りに出るということが起こっているのかもしれない。こうした動きが出るのも当面は自然かもしれない。しかし、全体として自己資本が増えるということは、それだけ内外市場の信認が高まるというふうに考えるべきであろうと思う。銀行株が先に下がった背景としてはそういうことがあると思う。

ただ、ご承知のように、私どもは、銀行の保有株を随分買っているわけである。昨年11月末から始めて、銀行もこれで非常に助かっているし、私どもが買い入れている株式──これは一定の条件を付けて銘柄を選んでいるが──の発行会社も喜んでいる。日本銀行が5年間保有しているので、株価が下がらないから、発行企業が喜んでいるのである。銀行保有株の買い取りは、株価が下がっていくことを防いでいる面もあると思うし、銀行も発行企業もこれで非常に助かっていると思っている。しかし、銀行保有株の買い取りはもともと株価を維持するためのものではなくて、銀行の自己資本が保有株の値下がりによって圧縮されていくことを防ぐために、あるいは、銀行の持っている株式を減らすために行っているわけである。銀行はなるべく早い機会に保有株式を減らし、できればゼロにしていくのが良いと私は考えている。今はまだ増資が始まったばかりの段階で、このまま銀行株価がずるずる下がっていくのかどうかについては、良くわからない。むしろ資本が増えるわけであるから、経営は安定していくというふうに考えるのが筋ではないかというように思う。

【問】

来年度予算の成立の目処がほぼついたことを受けて、与党内部で早くも来年度の補正予算を編成すべきとの議論が出てきているが、この点についてどのように考えておられるか。

【答】

予算編成については、財政当局と国会が適切に判断して決めてくれることだと思うので、私の立場では、今この時点で何とも申し上げられない。引き続き適切な財政運営をお願いしたいという抽象的な言い方しかできないので、お許し願いたい。

【問】

為替市場では、年明け後、アナウンスなしの、覆面介入──隠密介入と言われることもあるが──が行われてきた。今後、例えばイラク情勢等で何かあった場合には、やはり覆面介入的な方法で行うのが良いのか、あるいは明確にアナウンスして市場にアピールするのが良いのか、如何お考えか。

【答】

私は為替を随分長くやってきたので、もう一回まとめて言わせて頂く。為替政策は、政府・財務省の所管であるから、私は通貨を扱う中央銀行の立場として、為替の一般論として言わせて頂きたいと思う。

為替相場というのは、結局、その国の経済力に対する市場の見方を映すものであり、経済のファンダメンタルズに沿って安定的に推移していくことが望ましいことは申すまでもない。また、為替相場を人為的に誘導するということは、まず為替の相手国、ドルとかユーロとか必ず相手があるのだから、円だけでものが決められるものではない。それから、第三国、すなわち日本や米国と多額の貿易を行っているアジアの諸国に大きな影響を与えることもあり、広範な国際的合意なしには不可能だと思う。

為替市場は24時間どこかで開かれており、一日1兆ドルを大きく上回る取引が行われている。市場が大きいだけに、相当な介入をやらない限り、多少相場を動かしてもまたすぐ戻されていしまい、水準を変えていくということは難しいと思う。相場がファンダメンタルズから大きく乖離して、各国の協調行動を伴うといった場合でない限り、効果は限られてくると思う。相場は、基本的には、市場に委ねるべきものだと申し上げたい。

この問題に関連して、私自身、いつも二つのことを言っている。一つは、欧州諸国と比較して、日本は、自国通貨である円建の取引が少ない。長い間、日本の銀行はドル建の取引が多い下で、為替の取扱で非常に儲けてきたということは間違いない事実である。円で取引したいと言ってもなるべくドルにしようとする。私も商社にいたから、そのことは十分知っている。円建にしたからといって、為替相場が変われば、いずれは損得が出てくるわけだが、自動車の輸出において円建取引が非常に多い大手企業などは、あまり直接的に一喜一憂することはないのだと思う。貿易の決済をもっと円でやるべきだということが一つ目である。

もう一つは、先程少し申し上げたが、国内にある膨大な民間貯蓄──1,400兆円近くある──の保有者が円建で対外投資できるようにするということだ。私の友人たちでも、ドルで運用して金利は高くなったが、為替リスクで損した人が随分いる。それを円で投資できれば、すなわちユーロ円とか、サムライ債などを国内の市場で円で買えれば、債務者のほうがリスクを負う──円を自国通貨に交換して使うため、そこで為替リスクが生じる──わけで、国内の投資家は為替リスクから逃れられるはずだ。そういう市場を東京に作れば、もっと外へ向かって投資が出ていくのだと思うが、そうした市場がまだない。そうした市場を早く作っていかなければならない。この点については、円の国際化に関する委員会もできて、その問題についての議論はかなり進んでいると思う。こうして初めて日本市場の国際化も本格化していくわけだから、それを是非進めていく必要があると思うし、日本円というものが「使い勝手の良い通貨」と言われるようになるわけで、私は、是非そういうふうに持っていって頂きたいと考えている。

IMF協定──皆さんあまりご覧になったことはないかもしれないが──の4条には、こういうことが書いてある。

「国際収支の効果的な調整を妨げるため又は他の加盟国に対し不公正な競争上の優位を得るために為替相場又は国際通貨制度を操作することを回避すること。」

私ども日本は4条国だが、4条国の義務としてこういうことがはっきり書いてある。国際収支を良くするため、あるいは輸出を伸ばすために、為替相場を自分で勝手に動かしてはいけないのであり、市場に任せるべきものであると、IMF協定にはっきり書いてある。これをあまりおっしゃる方はいないが、IMFの基本である。なぜ固定相場が維持できなかったのかということを踏まえた上で、こういう協定を作ったのだから、巨額の介入は黙ってやれるものではないし、やるべきではない。IMF協定に反するものだと思う。

【問】

誤解を招かないために聞くが、黙って巨額の介入をすべきでないというのは、覆面介入はあまりやるべきでないということか。

【答】

この協定をどういうふうに解釈するかだが、私は、黙ってというか、特定の相場水準を決めてやったりするようなことになると、これは固定相場を勝手に作ったようなことになるので、4条国としては認められないのではないかと思う。

これは一般論であり、実際にお決めになるのは政府・財務省である。私は、一般論として、中央銀行の立場で、通貨というものを考えてそのように申し上げている。私が申し上げていることは、経済同友会代表幹事をやっていた10何年も前から言っているのと同じことだ。日々の相場の変化が大き過ぎると、確かに貿易の障害になるので、介入は、スムージングのためのオペレーションであれば──かつてはleaning against the windと言っていたが、風が吹いてくるのに対して逆らってもたれかかるくらいの介入であれば──、認めてもらえると思う。大きく水準を変えたり、相場を一方的に動かしていくことは、私は、IMF協定の4条に反するのではないかという感じをもっている。それから、円のインテグリティというか、風格を保つためにも、あまり介入はしないほうが良いというのが私の意見だ。このことは、どこの中央銀行も同じであると思う。

以上