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総裁・副総裁就任記者会見要旨 ( 3月20日)

2003年 3月24日
日本銀行

―平成15年3月20日(木)
午後5時から約75分

―出席者 福井俊彦 総裁
武藤敏郎 副総裁
岩田一政 副総裁

【問】

まず、総裁・両副総裁に簡単に抱負を伺いたい。

【福井総裁】

今朝、小泉首相から総裁の辞令を拝命した。5年間という大変長い期間であるが、全力を挙げて日本経済の将来のために努力をしたいと思っている。

初めに申し上げなければならないのは、私の場合、5年前、日本銀行の不祥事件の責任をとって、退任させて頂いた。その責任の重さを今も引き続き感じ続けている。このことは、小泉首相にも再三申し上げた。首相からは、「その反省を踏まえてしっかり仕事をして欲しい」というお答えであった。そのお言葉をしっかり胸に刻んで努力をしていきたい。

奇しくも、今日、イラクでの戦争が始まった。私ども3人は、一段と緊張感を強めている。何よりも危機対応について私が思っている一番肝心なことは、当局が慌てないということである。冷静に情報を収集し、分析し、本当に必要な対策を抽出する。抽出できれば、タイムリーに実施していく。これに尽きると思う。早速、本日は、マーケットに対する流動性の供給を増やした。日本銀行の中に、対策本部を設け、私自身が本部長としてその任に当たっていくことになった。戦争が早く終わることを期待しているが、戦争が続いている間、あるいは、戦争が終わっても、その後に続く影響というものをしっかり把握しながら、的確なる対応をしたい。これがナンバーワンである。

それから、そもそも、日本経済そのものは引き続き脆弱な基盤の上に立っている。政府におかれては、デフレ対応が引き続き最重要、かつ、最も真剣な課題になっている。その所以は、やはり、経済の大きなパラダイムシフトが世界的にも起こっているということだと思う。日本において、特にそれが大きな課題になっている。その大きな転換の過程を如何にスムーズに乗り切るか、この難題に引き続き我々は苦闘している。

日本銀行としては、この面で、国民の皆様の期待に応えられるように、引き続き、知恵を出してまいりたい。「知恵を出してまいりたい」という意味は、日本銀行の最も有力な武器である金利機能が使えない状況に至っているということであるので、日本銀行の総力を挙げて知恵を絞り出し、それによって適切な対処をしていきたいということだ。

それから、もう一つだけ申し上げると、日本銀行の仕事は、日本銀行単独ではできない。金融資本市場というものを舞台にして、その上で、金融機関とともにプレーをすることによって、初めて目指した成果が出るということである。ところが、日本の場合には、金融市場、資本市場について、21世紀において望まれる姿、展望はあるが、その方向への歩みが十分加速されていない。マーケットの整備が非常に重要な課題であると同時に、その上のプレーヤーが非常に傷んでいる、非常に士気も低いということがある。我々が一緒にプレーするプレーヤーの士気が低く、力も衰えているということは、政策効果を著しく削ぐリスクがある。

これから私どもは、金融機関との対話ということを重視し、マーケットにより全面的に出てきてもらって、リスクをとってもらう。そうでなければ、日本銀行の仕事も成り立たないと考えている。その辺の努力をしたい。

【武藤副総裁】

本日、副総裁に任命された。ちょうど、任命の日とイラク攻撃の開始という日が、偶然ではあるが重なって、総裁からお話があった通り、危機管理等々の面からも大変責任の重い、身の引き締まる思いをしている。

私は、この1月まで、政府の側に身を置いて、金融政策について発言をしてきた。新日銀法が施行された直後の金融政策決定会合に、大臣の代理として何度も出席したこともある。そういうことで、日本銀行との因縁が多少あるわけであるが、私はこの大変厳しい状況の中で、量的緩和というものを、少し前の基準で見れば、これはもう相当大胆な量的緩和をしていると言っても過言ではないと思っている。その他、従来の金融政策の常識から見れば、異例のこともいろいろやっているのも事実である。

ただ、わが国経済がデフレから脱却するという目処が未だ立っていないというのも、事実である。この辺りが一体どういうことなのか、どういう工夫をすれば、更に有効な金融政策となるのかということについて、真剣に検討して、できるものから実施していくという姿勢で臨みたいと思っている。

先に申し上げたようなことで、新日銀法制定の企画に当たっても、当時、大蔵省の立場で、若干参加していたので、日本銀行の独立性ということに対する理解は、人後に落ちないつもりである。これだけ日本銀行に対して期待が寄せられているということも、また極めて異例なことだと思う。それだけに、試練の時でもあるわけだが、同時に、日本銀行の行動について国民の理解を得るということが、今ほど重要なときはないだろうと思う。

そういう意味で、国民との対話、具体的に言えば、それこそ国民から選ばれた方々──内閣におられる政治家であったり、国会におられる政治家であったりするわけだが──に、きちんと連絡を取っていくということが大事だと思う。もちろん、これは日本銀行の独立性ということが大前提であるが、その上で、この努力をして、そして国民の支持を得るということが、真の日本銀行の独立性の確立に至るのではないかと、私なりに考えている。そういう意味で、何がしかの貢献というか、私なりの努力をしていきたいと思っている。

福井総裁を補佐して、全力投球したいと思っているので、よろしくお願い申し上げる。

【岩田副総裁】

本日、私も武藤副総裁と同様、副総裁の任を拝命した。

私は、福井総裁の下で、国会の所信表明でも少し申し上げたが、双頭の竜──デフレと不良債権問題──を退治することによって、景気の力強い回復と物価の安定を実現するために、全力を注ぎたいと思っている。

今、武藤副総裁からもお話があったが、私は中央銀行が果たすべき役割ということについて考えてみると、独立性が与えられているということは、実は、権限を与えられているということであり、従って、同時にそれは説明責任を果たすべきだということと裏腹なのだろうと思う。「独立性」という言葉と、「説明責任」という言葉と、「透明性」という3つの言葉は、民主主義社会における中央銀行制度にとっての三位一体の概念、考え方ではないかと思っている。

同様のことが公共部門、経済財政諮問会議の場でも議論が本格化しようとしているが、ニュー・パブリック・マネージメントという考え方がある。私は、行財政改革をこれまで何年間か日本でやってきたが、その最もコアとなる考え方がどこにあるかというと、国民が顧客であるという考え方である。その国民に対してサービスを最も効率的に提供する、そのためにはどのような予算制度の仕組みでなければならないか、あるいは、財政制度の仕組みでなければならないか、ということが重要なわけである。従って、私の理解では、その顧客である国民に対して、具体的な目標が何なのかということを、やはりはっきり提示するということが大事で、それを提示することによって初めて、どこまでその目標が達成されているのかということが明らかになると思っている。

同時に、評価というものは──いろいろな評価の制度が作られているが──、最終的な目標が明確でないと、その基準が定まらない。その評価を定めるためにも、具体的な目標というものをやはり掲げることが大事だと思っている。

しかも、その目標を最少の費用で達成する、あるいは、最も効率的なやり方で達成するということは、金融政策で言うと、どのような政策手段を用いたら、一番有効に物価の安定ということが実現できるかということである。そういう具体的な目標を立てることによって、言わば、「独立性」と「説明責任」と「透明性」という三位一体の役割を、十分に果たすことができるのではないかと思っている。

私自身、これでも役所に15年か16年いたので、組織として行動するということはどういうことなのかは良くわかっている。ただ、そういう枠の中でできる限り、中央銀行としてどのような政策を行おうとしているのか、何故、このような政策が有効なのか、そのメリットやデメリットを、国民の皆さんに良くわかるようなかたちで、透明性をもって説明するということに特に努力をしたいと思っている。

【問】

福井総裁に伺いたい。先程も触れられたが、本日、米英軍とイラクの開戦があり、経済、金融あるいは市場動向に与える影響が懸念されている状況である。先程もおっしゃったように、本日はいわゆる追加的な資金供給という対応をされたわけだが、こういったかたちの、いわゆる現行のディレクティブの「なお書き」を活用した資金供給を当面続けていくつもりなのか、あるいは状況次第で緊急の金融政策決定会合を開くなどして、新たな政策対応も視野に入れていくのか、その辺を伺いたい。

【福井総裁】

主要国の経済に比べ、日本の経済の基盤が相対的により脆弱であり、従って、ショックに弱いということは、十分念頭に置いてこの事態に対処しなければいけない。これが大前提である。

同時に、事に臨むにあたって、特に戦争というショック要因に対応するにあたっては、慌てることが一番いけない。その次に、予断をもって臨むことも適切ではないと思っている。従って、情報をしっかり集め、正しく分析し、本当に必要な対応をうまく抽出するために、対策本部をわざわざ設けたということである。

取りあえず流動性を供給した。ショックはまず第一に、当然マーケットに及んでくる可能性がある。ショックが及んできた時に、マーケットがそれを十分に吸収できず、不安感を増幅させると、危機対応としての最初のつまずきになるおそれがある。そういった意味で、いわば先手を打って流動性を供給しているということである。

現状のマーケットは──海外も国内も──、今のところ、冷静という言葉が適切かどうかわからないが、比較的冷静である。それはおそらく、私の推察であるが、米国の意図したとおり、イラクとの戦いは短期決戦でスムーズに終わるという前提で、マーケットは今のところ動いているのではないか。これは私の推察である。もし、そういった推察ないし期待のもとにマーケットが取りあえず落ち着いているとすれば、それが裏切られるような要素が出てきた場合のマーケットの反応は、逆の方向に出てくるリスクも大きいということであるので、この先の動きを良く注意しながらやっていきたい。

今のところ、次にどういう手、あるいは臨時政策委員会ということについては、予断を持って臨んでいないということである。

【問】

福井総裁に伺いたい。先般の衆議院財務金融委員会での参考人質疑の中で、今後の金融政策に触れた部分において、日銀が購入する資産としてETF等を含め幅広く検討していきたいといった趣旨の発言があった。特に政府・与党の間でETFの購入について関心が強いので、その辺りについて改めて福井総裁の見解を伺いたい。

また日本銀行がその新たなステップを採る際には、日本銀行の資本面の脆弱さというか、資本面での対応も必要になってくるといった発言もあった。私が解釈するに、そういった措置をとる際には、政府がそれなりの引当を認めるよう求めるといった趣旨であるのかと思ったが、そういった対応をとる時の政府に対する注文なども含めて、もう一度見解を伺いたい。

【福井総裁】

私にとって重要なポイントをついたご質問である。というのは、金融政策の効果をこれからもっと高めていかなければならない。その場合に、冒頭で申し上げたとおり、金利機能が今のところ封じ込められており、中央銀行にとっては両手が縛られているような闘いを強いられている状況である。流動性をより多く供給することによって、マネーサプライ増加につなげる、あるいは実体経済に対して良い影響を与えていくということであるから、それは日本銀行が流動性を供給したその後の伝達径路が、十分磨かれていないと目的を達成できない。お金は供給したけれど、金融部門の中で空回りする事態になる。これまでのところ、そういった状況がかなり現出しており、いわゆる「流動性の罠」にはまったような状況が続いているということである。

従って、デリバリー・チャネルというか、お金を末端にきちんと届けるという「出前持ち」のような仕事は、大変地味に見えるが、そこを愚直にやっていきたい。そのためには、銀行貸出のルート、あるいは銀行貸出のルートを通じない場合には、債券市場その他のマーケットの機能の活用を通じて、お金が広く伝播することを考えていかなければならない。従って、視野を広げて、中央銀行が使えるいろいろな道具立てというものを見出していくことができるかどうか、こういったことを申し上げたわけである。ETFだけを念頭に置いたわけではない。むしろ、銀行の貸出市場回りの新しいインスツルメントについては、流動化というかたちでオープン・マーケットにもつながる新しいインスツルメントも開発されていくことになるので、そういったところも丹念に点検しながらピックアップしていきたい。

いずれにしても、クレジット・リスクといった点では、国債を対象とする場合よりは多かれ少なかれ、日本銀行がテイクアップする資産のリスク度は高いということであるので、日本銀行の持っている自己資本はそんなに分厚くないわけだから、資本のアロケーションということは十分考えながらやっていかなければいけない。納付金という話もあったが、具体的な対応を考える場合には、そこまで踏み込んで検討する必要があるかもしれないと思っている。

【問】

副総裁お二人にお聞きしたい。先般、衆議院財務金融委員会の質疑の中で、福井総裁は「デフレは貨幣的な現象であると単純には言えない」との見解を明らかにされた。しかし、従来、政府側──財務省も内閣府も──から聞こえてくる声は、「デフレとは貨幣的現象であり、第一義的には中央銀行が対応すべきものだ」という趣旨のものが多かったように記憶している。武藤副総裁、岩田副総裁は、「デフレは貨幣的な現象である」という命題が正しいかどうかについて、どのようにお考えか。

【武藤副総裁】

私は、デフレの要因は複合的であるということを言ってきたつもりである。金融的要因というものがあるのは事実だと思っているが、同時に、大きく言ってしまえば、バブル崩壊後の景気低迷による需要の停滞もあるし、過剰供給力、更にはコスト効率化の圧力、安価な輸入品の流入などの供給サイドの要因もあると思う。

従って、デフレ克服のためには、金融サイドのことも必要であり、日本銀行の役割も非常に重要であるとは思うが、同時に、その他の政策も力を合わせてやっていかないと、本当の意味でのデフレ脱却はなかなかうまくいかないのではないかと、私は考えてきた。

【岩田副総裁】

私がいつもどう考えているかというと、クヌート・ヴィクセルというスウェーデンの経済学者がいるが、彼の考え方が今でも通用すると思っている。どういう理論かと言うと、インフレとかデフレというのは、自然利子率と市場利子率のどちらが大きいかということで決まる。

ヴィクセルの理論がどうして出てきたかと言うと、いわば古典的な貨幣数量説の世界、英国で言えば1800年代に、金本位制度の下で、ある意味ではかなり単純化された貨幣数量説が成立するような世界があった。そこでは、金の供給量が増えても、7〜8年の間は物価があまり上がらず、英国は1870〜95年の25年間──キンドルバーガーは大不況と呼んでいるが──、日本と同じように毎年1%ぐらいのデフレがあった。デフレの基本的な要因は金の供給不足であったが、金供給が増えても物価はすぐには上がらなかった。そこでいろいろな理論が生まれ、ヴィクセルの理論もそうだし、ケインズが貨幣数量説から自説の流動性選好の理論へ移っていったのも、歴史的な経験を踏まえたものであったと思う。

いずれにせよ、今の日本のデフレというものは、自然利子率が低過ぎるのである。つまり、実物資産あるいは資本に対する収益率が低過ぎるのである。上場会社を取り上げて一株当たりの収益率をみると、98年以降平均するとゼロに近い。これに対して、市場の利子率、実質の利子率というものは、私は金融政策である程度操作し得るものだと思う。ただし、今は名目金利が殆どゼロに近づいてきているので、残されている径路は、人々の期待デフレ率を如何にしてゼロに持っていくかということで、金融政策でできることはそういうことだと思う。

ただ、金融政策だけで自然利子率の方が市場の実質利子率よりも高くなるような世界になるかといえば、これは相対関係であるため、あまりに自然利子率が低いとやはり直らないということになる。金融政策ができることは、長期の実質利子率をできるだけ低くしてやるという環境整備をすることだ。自然利子率の方は、まさにイノベーションというか、経済を活発化させることによって実物資本に対する収益率を高めていく。土地についても同じで、土地の効率的な活用を通じて収益率を高めていく。これは金融政策ではできないことであり、規制緩和、財政政策、大胆な税制改革などによって自然利子率を高くしていく。この両方が合わさって、私は初めてデフレというものを克服できると思っている。

【問】

総裁にお尋ねするが、購入資産の拡大に関連して、中央銀行として、こうした資産の価格に積極的に関与する必要はあると思うか。

【福井総裁】

日本銀行法で規定されている買入れ対象資産というのは非常に限定されている。簡単に言うと、あまりリスク資産はとらないということだ。逆に言えば、資産価格に対して日本銀行が直接関与するということは、日本銀行法は前提としていないし、期待していないということだと思う。

日本銀行が、金利機能を十分活用できない領域にあって、流動性の供給を基本のパイプラインにして政策効果を及ぼしていく場合に、デリバリー・チャネルの一環として、人々が例えば債券への投資、金融資産へ多角的に投資していく時に、どういうインセンティブを持ちうるかということがある。皆様方ご存知のポートフォリオ・リバランシング、どういう投資の組み立て方をしていくかという時に、いろいろなインセンティブを感じながらやっていくのだろうが、中央銀行の買入れ対象資産を少し例外的に広くしていくことが、それにとって有効であるかどうか、非常に難しい判断である。

個々のリスク資産の価格に直接介入して、価格をつり上げるということを意図して政策手段を広げるということは考えられないと思う。

【問】

先程、総裁が冒頭におっしゃられた3点目の金融システムの強化に絡むところだが、総裁のお話の中で、「プレイヤーの士気が低い」として、「市中の金融機関とともにプレイをすることで目指す効果が出る」というふうに言われたが、総裁が外から日本銀行を見てこられて、この5年間、どうして金融システムの改革が進まなかったのか。政府の問題ももちろんあると思うが──私は昨日の速水前総裁の会見の時も申し上げたのだが──、国民の多くは残念ながら金融機関に対して非常に不満を持っていることは事実であり、金融村の村長と言われる日本銀行に関しても必ずしも十分信頼が厚いとは思えない。この5年間、何が問題であったのか、また、これを変えるためには何が必要なのか、所見をお聞きしたい。

【福井総裁】

これは大変根深い問題だと思う。一番基本のところは過去の高度成長時代、あるいはその余韻を残していた時代の銀行貸出──これは企業に対する貸出が主なパイプであった──、そうした企業に対する貸出が必要運転資金の貸出という範囲をかなり大きく超えて、設備投資の資金を出していったということだと思う。設備投資に対するファイナンスというのは、その投資対象資産がキャッシュフローを生まない限り償還可能性の乏しいカネである。必要運転資金の範囲内の貸出は、ぎりぎり商売が回転していれば自動決済性が相当程度担保されている貸出ということになるが、設備投資に対する資金というものは、キャッシュフローをもし生まなければ、たちまち償還不能になるカネだ。そういう意味ではリスク度の高い融資である。

非常にリスクの度合いの高い資本主義経済の中であれば、通常これは投資家が直接リスクを取ってファイナンスをするカネである。ところが、過去の日本の高度成長期、あるいはその余韻を引きずっていた時期というのは、比較的リスク度の低い経済であったのではないか。右肩上がり経済が続き、その中での個々の企業活動が当初は非常にリスクを取っているようであっても、結果的にリスクの少ない投資が続けられていて、従って必ずしも資本市場を通じなくても銀行貸出を通じてファイナンスが行われ、秘められているリスクが顕現化しないで済んでいたのではないかと思う。

ところが、大きな局面変化が起こり、従来のような右肩上がりの経済が止まり、ここから先は本当に付加価値を創出するというところに焦点を絞りながらの事業活動でなければ、投資が過剰なものとして残る経済に変わってきた。折り返し地点は80年代後半以降、プラザ合意辺りがちょうど境目だったのではないかと思う。プラザ合意以降も過去の惰性が働いているから、金融機関は相当、企業に対して設備投資資金の貸出を続けた。振り返ってみるとリスクが顕現化した。言ってみれば、銀行貸出を通じて実質的には資本投下をしてきたということではないかと思う。

従ってその後の時点で、ある断面図を取ってみると、償還不能の資金がたくさん出ている。償還不能の資金については、銀行は通常、償還不能ということは許されないわけで──なぜなら預金をバックにした貸出であるから──、飽くなき回収ということが伴うべきだが、資本投下のカネというものは、資本家であれば即、これは自分でリスクを取るカネであり、平たく言えばギブアップをするカネである。金融機関で昨今、債務免除ということが比較的広範に行われている。あの部分は安全と思って行ったが、実はリスク度の高い資本投下の部分であったのではないかと私は思う。

それだけ金融機関のバランス・シートの傷み方が大きいから、不良債権問題の処理と言っても、企業の負っている負担が金融機関のバランス・シートに全部シフトしてきている。金融機関が、言ってみればそう簡単には処理できないくらいの重い荷物を背負ったということが客観的事実だと思う。しかしそれにもかかわらず、やはり金融機関自身が思い切ったリストラをできるだけの条件と経営上のノウハウを、高度経済成長時代に培わないできていたということではないかと思う。

それからいろいろ不幸な出来事が重なって、金融機関に対してはかなり世の中からバッシングが加えられている。合理的に責任を追及するということは当然のことだが、おそらく金融機関の側から見ると合理的以上にバッシングを受けているというメンタリティを持ったのではないか。ここのところは判定はなかなか難しいのだが、私は民間の世界にいて産業界の方とも金融機関の方とも話して、公平に見るところ、そういう心理状態に置かれているような気がする。これらを一気に折り返して元気の良いプレイヤーとしてマーケットに引っ張り出すということはなかなか難しいのだが、皆様方ご承知のとおり、日本のメガバンクは最近公的資金を受け入れないで、民間の市場で様々なかたちでかなり多額の資本調達を行った。資本調達を行ったということは、資本を提供した人がいる──普通の投資家もいるが、多くの企業も要請されてお金を出している──ということだ。そのお金を出している人たちの心の内というのも、私は民間にいたから良く知っている。これは、銀行とのお付き合い上、やむを得ず出しているということは表面的なことで、心で思っていることは、投資をするのだから金融機関はきちんとこれで収益を上げてもらわなくては困るということだ。これは資本の論理として当然のことである。ロスの穴埋めにだけ使われるのではなく、資本として投入した以上は、これできちんと金融機関も収益を上げて欲しいということで出している。金融機関としては、投資家ないし出資者が心の中で主張していることをしっかりと感じ取っているに違いない。金融機関としては、今は資本のコレクト、集めることに必死になられていると思うが、資本が集まったこの先は本当に収益性モデルの追求ということに血眼になるべき段階にあるのではないか。そういう観点から日本銀行は語りかける、と、こういうふうなロジックで考えているわけである。

【問】

日銀の買い入れ対象資産として、外貨建資産についてはどのようにお考えか、それぞれご意見をお聞きしたい。

【武藤副総裁】

それでは私の方から最初にお答えさせて頂くが、まず基本的に現在の金融政策の手段というものを幅広く、いろいろな可能性を検討していきたいというのが基本的な私の立場であるが、同時に外貨建資産ということになると為替にどのような影響を及ぼすかということについても考えていかなければならない。あらゆる手段について、その作用と副作用というものを十分考えに入れていかなくてはならないものだと思う。

そういうあらゆる可能性を考えていきたいと思うが、とりあえずは、そのような考え方を持っている。

【岩田副総裁】

外貨建の資産と言う場合、例えば米国債ということが念頭におありになるのだと思うが、私は外国の債券というものは──ETFなどは今の日銀法の法律の中では予定されていないものだが──、むしろそれを排除しているものではない──もともと法律が排除している種類の資産ではない──、と理解している。

金融政策というものは、伝統的な手段と非伝統的な手段というように分けられていて、普通は外債というものは非伝統的だということになっているのだが、私の概念的な整理で言うと、むしろ伝統的な範囲に入ると思っている。というのは、私の定義による伝統的な金融政策というものは、経済全体の中の債務──デット──の構成をどうやって変えるかというのが伝統的な金融政策だというふうに理解しているからだ。つまり、経済全体のデット(債務)には、もちろん国債──短期物、長期物あるけれども──があり、日本銀行の債務というものは日銀券というかマネタリーベースの部分であって、国債とどこが違うかと言えば償還する必要がない、金利も付かない、そういう債務なわけである。だから政府と日本銀行のバランス・シートを仮に理論上統合して考えれば、言わばマネタリーベースから始まって長期の国債までいろいろな種類の債権が存在している。その債権の構成をいろいろ変えるというのが伝統的な金融政策だと考える。

外債というものは、経済に存在している債務であるから──これは海外部門の債務ということになるけれども──、そういう構成を変えるのはある意味では伝統的な範囲のことだと思う。それから、現実に今、日本銀行のバランス・シートをみると、確か4兆円強、外貨建の資産を持っている。そう考えれば、むしろ私の範疇からすれば伝統的な分類なのだが、ただ、先程武藤副総裁からお話があったように、為替レートに影響がかなり出る資産でもあるわけで、そこはやはり為替政策については財務省が所管しておられるということもあるので、そこの関係をどのように考えていくのかという問題があるのだろうと理解している。

【福井総裁】

外貨建資産の購入と、それ以外のバラエティがある資産の購入とを比べて、どちらに優位性を置いているかと言えば、オペレーションの手段の多様化という点から言って、特に外貨建資産を優先的に考えるというポジションを今のところ私は取っていない。排除してもいないが、特にそれに特化しては考えてもいない。なぜならば円建資産を買っても、必ず緩和方向にオペレーションすれば、資産価格の変化を通じて為替相場に対しては円安の方向に出る。外貨資産を買うほうがその効果がより強く出るといった、程度の差の問題ということなので、あまりそこのところはウエイトの差を大きくは置いていない。

もし、為替相場ということをより強く意識するのであれば、政府において行われる平衡操作があるわけなので、そちらのほうにより大きなウエイトを置くべきではないか。為替相場に対する直接の影響をオペレーションの方で強く期待するとすれば、政府のオペレーションと日本銀行のオペレーションとの役割分担が不明確になるリスクがある。そこは明確にしなければならないと思っている。

【問】

衆議院財務金融委員会において、「デフレを克服するために、政府と企業と日銀とは三位一体でやるべきだ」とおっしゃったと思うが、政府に対して今総裁ご自身は、どのようなことを希望しているのか。例えば、一部では財政などの議論が高まっているが、総裁の意見を伺いたい。

【福井総裁】

三位一体と申し上げたのは、デフレの問題は単なる貨幣的現象ではないということで、武藤副総裁が複合的な要因とおっしゃったが、私もそう思っている。様々な要因が絡み合っていると。古い経済モデルから新しい経済モデルへシフトしなければいけないし、その役割を実際に担っているのは民間企業であり、民間金融機関である。自分たちが自分たちのビジネスモデルを変換するということが基本なのであるが、それをサポートするような政府の政策、そして中央銀行の金融政策、これが合わさって三位一体の効果を出していく必要がある、というようなことを申し上げたわけである。

従って企業の、あるいは金融機関のビジネスモデルの変換という意味は、すでに貼り付けている資源をより新しい方向に貼り付けなおす、資源をシフトさせることによって経済の新陳代謝を活発にするということである。

そういう意味で、政府の役割というのは、伝統的なケインジアン的な景気刺激政策、つまり政府の支出の量をより多くするか、より少なくするかというふうな概念のその前に、政府は徴税権をもって国民からリソースを吸い上げ、そのリソースを国会の議決、つまり意思決定をもって再配分をしているということである。だから、財政の本来の機能というのは、まさしく資源の再配分機能にあるわけで、今のように古いモデルから新しいモデルへのシフト、つまり資源のシフトということが、構造改革とも、その点ではデフレからの脱却とも、表裏一体となった面がある。従って私は、財政政策は資源の再配分機能という原点に立ち返ったところにもっと力点を置いて欲しい、というふうに考えているわけである。そういうことをこれからも政府にはお願いしていきたい。

今議論されている新年度予算には、その考え方が、以前のものに比べると、相当入っている。それについては、おそらく武藤副総裁が財務省におられた頃にも念頭に置いて努力されたことだろうと思うけれども、やはりこれは政治的プロセスとしては、かなり力仕事がいるわけで、その力仕事を今後とももっと強くやってもらいたいというところが基本である。

【問】

両副総裁に伺いたい。武藤副総裁は先日まで財務省次官であったということもあり、副総裁に就任されて、だいぶ政府・与党の主張というものが前面に出てくるのではないかといった見方がある。国債買い入れをもう少しするべきではないかという意見も含めて、ご出身の財務省の方も主張されていたわけだが、そういった見方や、または、もっと日本銀行は国債管理政策の中にコミットすべきかどうかについてどうお考えか。

それと岩田副総裁は先程組織の中で行動することをご存知だということをおっしゃっていたが、それは例えば執行部として、意見を一本化する場合に、例えば持論のインフレ目標策というものを曲げることもあり得るということか。

【武藤副総裁】

今ご質問にあったような、理解の仕方がいろいろあるということは、私も伺っているけれども、日本銀行の独立性というか、そういう意思決定の仕組みというものは、新日銀法によっても明確に決められているわけである。金融政策決定会合では、9人の委員によって平等に投票を行って決めるということであるので、執行部の一人がどういう経歴であるからとか、そういうことによっては何の影響もないということであろうと思う。

ただ、私なりに理解するのは、やはり先程少し申し上げたとおり、日本銀行の独立性というものが、独善的なものであっては、結局、真の意味での独立性が保てない。やはり理解を得る──国民の理解を得る、政治の理解を得る、マスコミの理解を得る──ということが大事だというふうに思うので、そういう点について、何らかの貢献をするということが、期待されているということであれば、私はそれなりに理解できるわけである。

国債管理政策については、もちろん日銀が国債をオペレーションとしてどうするかということは、重要な検討課題であるわけだが、さらに広い意味での国債管理政策ということになると、これは財務省の守備範囲ということもあるので、私どもは、そこは対話が必要だとは思うけれども、それぞれ役割・権限を分担してやっていくべきだというふうに思う。

【岩田副総裁】

私の考え方というか、まさに今日から私は中央銀行の執行部のメンバーとして活動するわけであり、過去私がどういう仕事をしたとか、内閣府にいたこともあるとか、そういうことに囚われて、その利害のために働くというようなことは毛頭考えていない。

それから、私自身、これは私の信条に近いのだが、大学にいても、あるいは内閣府にいても、あるいは日銀にいても、私が正しいと思うこと──もしかするとバイアスがあるかもしれないけれども、デフレについての理解の仕方であるとか、日銀は今何をすべきかということ──については、内閣府にいたからそういうふうに考えたということではなく、多分私が大学にいたままだったとしても、同じことを考えたと思う。大学にいたときと同じように処方も考えたのではないかと思う。

その意味では、どこに私が所属しようが、私自身が正しいと思う考え方というか、理論のモデルが、現実を一番うまく説明できるのかというような観点からこれまで物事を整理してきたし、内閣府にいるときも、そういうことで仕事をしてきたので、特に政府・与党のためにインフレ・ターゲティングをやれと言ってるようなつもりは全くない。

というのが最初であり、二つ目は、具体的に私が、例えば物価安定数値目標というものを考えたらどうかというふうにご提案申し上げたのは、民主主義社会のもとで、中央銀行制度というものはどういう役割を果たすべきなのかということが一番の根幹であり、しかも物価の安定というものが中央銀行の最終目的であるということは間違いないので、そういうことを果たす上では極めて有用な考え方・手法であるし、多くの国が採用している、むしろ極めて正統的な手段だと思っている。

ただそういう私の個人的な信念、あるいは考え方を、他の皆さんに全部強制するということは当然できないわけである。まさに民主主義というのはそういうものであると思うけれども、民主的な討論、議論を積み重ねるということが一番大事なことで、私はそういう討論を、まさにこれから金融政策決定会合の場だけではなくて、審議委員の方お一人お一人とよく詰めて議論をしていきたい。ケインズが昔、persuasion(説得)についてのエッセイを書いたことがあるが、どういうことが一番良い政策手段なのか、あるいは手法なのかというようなことについては、お互いに説得し合うというプロセスが一番大事なのだというふうに思っている。

それを具体的なかたちでどう表すかということが、まさにこれからの私自身にとっての課題だというふうに思っている。

【問】

福井総裁に伺いたいが、日銀で金融政策に長く携わってこられ、80年代から90年代のバブルの生成と崩壊にも大きく関与されたと思う。古い話になるが、今の経済の不況の原因であるバブルの生成と崩壊における金融政策の役割とその責任について、現在の総裁の考えを少し伺いたい。

【福井総裁】

80年代の後半を振り返ってみると——その時は金融緩和政策が継続されていたが——、日本銀行の金融政策がバブルの形成に加担していたということは事実だというふうに思う。その80年代の後半がまさに問題であって、今から振り返ってみると、大きな経済のパラダイムシフトが起こっていたと明確に確認できる。

当時は、経済のグローバル化や情報通信革命の進展が経済のパラダイムシフトを引き起こしており——日本経済の成熟あるいは人口動態の変化は既に始まっていた——、経済の構造転換を図ることこそ最優先だというところまで、全体の認識が高まっていなかったと思う。事前的には分からなかったいうところが問題で——むしろ事前的には、高度成長が頂点に達し、さらにその延長線で日本の産業の競争力は相対的に強くなり過ぎたという感覚になっていたため——、黒字が累積し過ぎたことで貿易摩擦が起こり、円高が過度に進んだことから、焦点がそちらに当てられていった。

当時も、構造転換が必要だという認識が全くなかったわけではなく、ご記憶にあると思うが、当時も市場開放、規制緩和といったことが相当叫ばれていた。しかし、貿易摩擦や円高への対応に追われ、そのための手段として介入が許されずに——協調介入といったところまでコンセンサスが得られずに——内需拡大に走る中で、内需拡大の意思形成が構造転換の声を完全に打ち消しながら、その一環として金融緩和政策が行われていた。そういう意味では、金融政策がバブルの形成に加担したということは事実だと思う。

バブルは、その後米国において、少しかたちは違うがITバブルとして発生した。グリーンスパン議長も、日本を完全にお手本にしたものの、振り返ってみてバブルは前もって予見できなかったと明確に言っておられるとおり、バブルを予見することはなかなか難しい。エクスキューズとして申し上げているのではなくて、やはりこうした大きなパラダイムシフトの時期における中央銀行の役割について、改めてどこに焦点を当てれば教訓を引き出すことができるのかということが大事であると思う。おそらく資産価格の変動——資産価格そのものを金融政策のターゲットにしないとしても——を重要なシグナル、指標としていかなければいけないという教訓を引き出せるのだろう。

それから、90年代のバブル崩壊過程の金融政策について振り返ってみると、金融政策は最後までソフトランディングを目指してベストを尽くしたというふうに思う。しかし、バブルはあくまでバブルで、一旦崩れ始めると完全に崩れるところまでいく。バブルの崩壊を途中で止めるということはなかなか難しいという教訓が残っているというふうに思う。やはり、バブルに適切に対応するためには、資産価格の異様な動きというものを重要な指標として、事前に経済の調整を行なうのがベストウェイではないかと思っている。

【問】

武藤副総裁に日銀の国債引き受けについて質問をさせて頂きたい。今、国債の消化に不安を持つような状況ではないと思うが、このままでは財政赤字はこれから増えるし、将来財政支出がさらに必要になるかもしれないと思う。もし国債消化に深刻な不安が生じた場合には、日銀の国債引き受けという手段は政策の選択肢から排除できるのかどうか——こういうことを中央銀行は考えてはいけないのか——という点について伺いたい。

【武藤副総裁】

国債の日本銀行による直接引き受けということについては、戦前の議論やこれまでの勉強の中で学んだことはあるが——以前は市場が未整備で国債の消化は難しかったという決定的な事情があるが——、まさに現状においてそういうことが特に必要というふうには考えていない。これは財政法の改正ということもあるため、こうしたことが特に現時点で最も必要な政策だというふうには思っていない。

【問】

2問お伺いしたい。まず、デフレ脱却のための需要創出にはやはり財政出動が必要との議論があるが、この点について総裁、武藤副総裁にぜひお伺いしたい。金利がゼロにもかかわらず、企業はなかなかお金を借りようとせず、借金返済に回すなど民間部門でバランスシート調整が非常に強い。こうした状況の中で、総裁がおっしゃったように、企業のサイドで新しい付加価値創造の芽が出てきて、それに対する投資行動が出るというのが非常に理想的であるが、現実問題としては、むしろ財政サイドからの需要創出も一つのポイントかなと思う。具体的にそういった財政出動の問題についてどういうふうにお考えか。武藤副総裁も、金融政策だけでなく、内閣や政府に積極的に議論を出していくようなお考えもあるようなので、財政出動の問題についてお伺いしたい。

また、岩田副総裁がインフレ・ターゲットについて持論としてお考えを持っておられる中で、これから審議委員の方々と金融政策決定会合で議論される。もちろん予断を持ってやられることはないであろうが、仮にデフレ脱却のために、インフレ・ターゲットが必要であるとのお考えがあるのであれば、例えば4月7、8日の金融政策決定会合で議論され、これを提案する可能性はあるのか。なお、それに対して、総裁は議長として、提案があればそれを皆さんに諮られるのか。

【福井総裁】

財政出動のお話であるが、これは需給ギャップが大きいが故にそこのところをある程度補填しないと──あるいは相当程度補填しないと──、金融面からの対応だけではデフレ脱却の糸口が掴めないのではないかと、こういうふうにご質問を受け取らせて頂くということでよろしいか。その場合、私は2つの面からのアプローチが重要だと思う。需給ギャップが大きい──GDPの4、5%、25兆円とか民間シンクタンクなどの計算がいろいろある──が、これから金融と産業の再生の一体化処理、産業再生機構というものもできて、高木さんという非常に有能なターンアラウンド・マネジャーが就任されたということが私は心強いと思っている。

やはり、問題企業のリパッケージと言うか、これからも生かしていける部分、生かしていけない部分、そこをきちんと切り分けて生かしていける部分を再生していくというこの機能は、デスクワークとしてはじき出した需給ギャップのうち、本当にもう陳腐化した設備、これからはもう使えない設備、早く償却すべき設備とをきれいに整理していくものである。これから付加価値を生み出していける部分というものをきちんと振り分けて、その生かしていける部分についてなお需給ギャップがどれだけあるかというような作業が自然に行なわれるような状況にもっていくべきだと私は思う。全部を動かない状態のままにして、本当はイノベーションの進展と見合って考えるともう陳腐化して再稼動不能な、キャッシュフローを生む可能性がないものまで需給ギャップだと言っているのはやはりおかしいと思うので、産業と金融の一体的処理のプロセスをもっと進める──これからうんと進める──ということが大事である。それから残る需給ギャップに対しては、財政資金を単純に追加するということではなくて、財政資金の使い方を工夫して──資金を有効に利用するということは、これからの国民経済にとって民間だけの課題ではなくて、国民から強権を持って取り出していく政府にとっても非常に重要な役割であるので──、お金を有効に使って欲しいと思う。この2つの面からのアプローチがやはり前面に出るのではないか。量的な追加というのは、その第3段階目の話として考えるべきである。量的な追加を第1面に出すべきではないと思う。

【武藤副総裁】

私は日本銀行の副総裁という立場で、財政政策の具体的なことについて、特に政府に対して何か注文をつけるというような考え方はとっていない。もちろん、財政政策については、担当する財務省──あるいは財務省だけではなく関連するところ──が考えて頂くことであると、まず私は自分の立場を位置づけておきたいと思う。

ただ、その上で、あえて財政についての個人的な考え方ということであれば、需給ギャップを財政で埋めるという限りにおいて、それは財政出動すれば、必ずその時点では、効果があるというのは、これは一応間違いのないところだと思う。ただ、一体それが経済の自律的回復にいかなる意味合いを持つのかということを考え、さらに財政の置かれた現状の両方を考えた場合には、先程総裁も少し触れられたが、今ある財政の中身についてむしろ総点検が必要なのではないかと思う。いろいろ財政について非効率なところがあるということが言われているが、そういう観点についての十分な掘り下げがないままに量を増やしていくということについては、かなりの方々がむしろ慎重な状態になっているのではないか。要するに、財政状態に対する理解もかなり進んでいるのではないかと思っている。

【岩田副総裁】

インフレ・ターゲットのことについてであるが、記者の皆さんにいろいろ心配して頂いて、大変ありがたく思っている。私自身が、例えば4月に具体的に物価安定数値目標ということでやるべきだという提案をするかどうかということについては、まさにこれから皆さんとデモクラティックなディスコース(民主的な論議)を積み重ねていきたいと思っている。もちろん私はそういう目標を持ったほうが良いし、はっきり掲げたほうが説明責任も透明性も高まると思っている。少しでもそちらに近付くようなステップを踏む──例えば4月の7、8日でもそちらのほうに近付くような方向で何か考える──ということであれば、私はもちろん全面賛成である。すぐに最終目標のところに一辺に到達できるというふうには必ずしも思っていない。これはちょうど政治の決定プロセス全てにおいて私は同じだと思うし、議会における議論も全く同じだと思っている。これは問題の性質によっていろいろあり、すぐさま合意ができる場合もあるし、合意が非常に形成しにくい場合もある。どういうところまでだったら合意できるのかということを探り当てるのも、デモクラティックなディスコースの考え方だというふうに私は理解している。

【福井総裁】

今朝、政策委員会の議長を選出するための政策委員会というものが開かれ、私が互選されて議長に就任した。議長としては、申し上げた通り、政策委員会の議論をクリエイティブなものにしていきたい。私が特定の議論を議題として取り上げないとか、抑圧するといったような非民主的な態度をとるつもりは全くない。むしろ既存のメンバーが6人いらっしゃって、ボードとしては新しいメンバーが3人──たまたま執行部3人であるが──入るということで、合議体の姿が3票変わるということは、一つの大きな転換点である。従って、合議体を通ずる結論の出し方、新しい価値の発見をしていくというプロセスも練り上げていきたいというふうに思っている。

以上