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植田審議委員記者会見要旨(4月24日)

奈良県金融経済懇談会終了後の記者会見要旨

2003年4月25日
日本銀行

―平成15年4月24日(木)
午後1時30分から約30分間
於 奈良ホテル

【問】

本日の金融経済懇談会ではどのようなことが話題になったのか。

【答】

懇談会前半の基調説明では、マクロの経済全体の話——すなわち、デフレとか、資産デフレとかの話——をした訳であるが、そういう話にも思った以上に関心を持って頂き、その関連で色々なご意見、ご質問等を頂いたということが一つかと思う。

それから、色々な特徴を持った地場の中小企業の経営者、あるいは、そうした企業を見ていらっしゃる立場の方々から、企業経営や地元経済の現状についての、色々なご説明、政策への若干のご要望等を頂いた。

また、日本銀行の政策についても、思いがけない観点からご注文を頂いた。例えば、製品のマーケティングが大事であるという話から、日本銀行は金融政策の「マーケティング」が必ずしも十分ではないのではないかというご批判を頂いたりした。

さらに、私共が普段東京にいると分からないような、地域の活性化の努力等についても、色々なお話、ご苦労を聞かせて頂いた。大体、以上のようなところである。

【問】

奈良にお越しになられた印象はどうか。

【答】

私は昔、奈良ではないが関西に住んでいて、何回かこちらへ来たことがある。今回の訪問は十数年振りだと思うが、懐かしかったというのが一点である。

また、あいにくの雨であったが、大阪の方から車で来て奈良に入ると、雨の中でも緑が綺麗だったというのがもう一つの印象であり、非常に駆け足の訪問となったのが残念である。

さらに付け加えると、先程、武藤大阪支店長から、「奈良県は日本銀行の支店あるいは事務所のない、日本でも数少ない県の一つである」との紹介があった。日本銀行の支店・事務所は割と大きな都会あるいは大都市の近辺の県にはないケースが多いということであり、これは正に、大阪との関係でみた奈良県の性格を象徴しているように思う。また、奈良は、大阪のベッドタウン的な性格がある一方で、歴史的に重要な地であり、公共工事をするにしても文化財を破壊しないようにしないといけないというような、そうした組み合わせが非常に特徴的であると思った次第である。

【問】

奈良県の経済の状況についてはどのように考えておられるか。

【答】

全体としては、県内での生産は、必ずしもそれほど好調ではない一方で、ものすごく悪いということでもないように思う。また、県民の所得という意味では、例えば大阪での県外所得が高いというようなこともあって、生産対比で少し上を走っているかなということが一点である。

それから、先程の懇談会で色々ご説明頂いた中では、特色ある中小企業——木材関係、素麺、靴下など——が伝統を活かしつつ頑張っていらっしゃる姿を興味深く拝聴した。

さらに、そういう方々を含めて複数の方々が中小企業、特に中小企業金融の問題に触れられた。私共は、金融の問題を非常に関心を持ってみている訳だが、そうした中で借り手をみると、設備投資資金は自力で簡単に賄える、あるいは外から簡単に借りられるという企業が一つの核としてある一方で、借入れのニーズは非常に高いけれども誰も貸したくないという企業もある。問題は、そのいわば中間にある企業——すなわち、経済状況がもう少し良ければきちんとビジネスを継続できるような企業——が、マクロの経済状況あるいは金融機関の自己資本の問題等で必ずしも十分に資金調達ができず、それが経済の低迷の一つの原因になっているのではないかという点である。私共はそうした問題意識を持っている訳であるが、そのような企業が本当にあるかどうか、あるいは、より具体的にどのような点で困っているのかという辺りについて色々ご意見を頂き、そういう企業があるという認識は少なくとも間違いではないという印象を持った次第である。この点に関しては、日本銀行が検討中と発表している売掛債権あるいは貸付債権を裏付資産とする証券の買入れについても、複数の方からご意見を頂いた。

【問】

審議委員の基調説明は、今の日本の問題にとっては、一般物価のデフレより資産価格のデフレの方が非常に大きな原因になっているという主旨だったと思う。それに関して、配布されたテキストの中にある「負の金融的アクセラレーターの理論」——この部分は基調説明では省かれたと思うが——の個所で、この理論によれば、「経済も資産価格もアンダーシュートした可能性がある」という記述は、具体的にはどういう意味か噛み砕いてご説明頂きたい。

また、「ある段階以降は資産価格を政策的に支持することも正当化されうるかもしれない」という記述については、日銀としても、今後、資産価格の支持政策を行う可能性があるということなのか。特に、一般物価のデフレよりも、資産価格のデフレの方が影響が大きく、後者については世界大恐慌と同じ位のインパクトがあるという現状認識からすれば、そういう政策をとるべき段階に既に至っているという解釈もできるかと思うが、その点についてもご意見を伺いたい。

【答】

アクセラレーターについては、非常に大まかに言うと、資産価格のデフレが起こる、あるいは資産価格ではなくて1930年代のように一般物価のデフレが非常に進むというようなことが、金融システムの不安定化という問題に繋がり、それによって金融仲介コストが上昇する、あるいは本来資金を借りられるはずの借り手が借りられなくなるという現象が起こり、それが実体経済にもマイナスの影響を及ぼしていくという話である。基調説明においては、この10年間、特に資産価格デフレを起点としてそういうメカニズムが作用していた可能性がかなりあるということについて申し上げた訳である。

今引用された部分は基調説明では触れなかった訳であるが、改めて説明をさせて頂くと、金融の問題が実体経済に悪影響を及ぼし、それが再び資産価格に悪影響を及ぼすという可能性がなきにしもあらずということであり、そうすると、金融セクターの問題と資産価格デフレの問題が相互にマイナスの影響を及ぼしあって悪い方向に進む可能性があるかもしれないということを言っている訳である。

次に、そういう可能性を睨んだ場合に、中央銀行等が資産価格の支持政策を行うのかどうかという点について、私共の立場を簡単にお答えするとすれば、そういう政策を行った場合のメリットとデメリットの双方を色々なキーポイントで比較した上で、現時点ではデメリットの方に重きを置いて、実行しないという決断をしているということである。

【問】

資産価格が下がっていること自体が問題なのか。また、そうであるとすれば、資産価格が下がらない、または上げるような政策をとるべきということになるかと思うが、資産価格が上昇することによって実体経済がもっとよく回ると考えているのか。この点、株にせよ土地にせよ、恣意的に資産価格を上げたとしても、企業収益や投資した土地からのリターンが上がらない状況では、それは一時的に止まり、根本的な解決にはならないと思うが、この点についてはどうお考えか。

【答】

先程の基調説明の中でも申し上げたように、資産価格の下落と関連して色々な問題が起こっているということははっきりしている一方、資産価格の下落についても何の理由もなく生じてきた訳ではない。つまり、過去10年位の長いトレンドをみると、一つは、バブルが発生しそれが崩壊してきたこと、もう一つは大まかに言って日本の企業部門の収益率が長期低迷を続けているということ、という2つの大きな背景——その2つは相互に関連している——がある。

問題は、資産価格が下がることが、先程の言葉で言えば「負の金融的アクセラレーター」を作動させ、あるいは金融システムの問題に繋がり、それが更なる悪影響を経済に及ぼしてきた、その分が経済に対する追加的な負担として加わってしまったということかと思う。従って、その負のアクセラレーターが働くところ──つまり金融システムの体力、金融仲介能力が落ちているところ──を補完してやるのが正しい対応であろう。私共は、昨年の暮れから株の買取りを行っているが、これはマクロ金融政策としての株式買い支えというのではなく、銀行から株を買入れることによって銀行部門の資産価格デフレに対する弱さを幾ばくかでも取り除いてやるという方向での政策として実施してきている訳である。

さらに一歩進めて、日本銀行あるいは政府が、無理矢理にでも株式を大量に買って人工的な株価上昇を作り出す場合はどうかという点については、一般論としてコメントすると、いくつかの疑問ないしマイナス点があると思う。すなわち、第1に、市場が本来持っている価格発見機能——良い企業と悪い企業を識別する、あるいは、将来の経済状態が良くなるという予想を現在の資産価格に反映させていく能力——を大きく削いでしまうというマイナス面がある。第2 に、人工的につり上げた株価に設備投資等が反応するかどうかに疑問が残る。つまり、収益が将来増加するという期待によって株価が上がっているのであれば、それに伴って設備投資も増えると考えるのが普通であるが、人工的に株価をつり上げた場合にも本当に設備投資がついてくるのかどうか。ついて来なければ、株価つり上げ策は失敗に終るか、あるいは無制限に買い続けるというところに追い込まれる訳である。さらに、日本銀行自身が行う場合を考えると、今持っている自己資本でどれくらい買えるのかということも考えなければならないし、買入れ額を増やしていくのであれば、株価下落に伴う損失が本当に発生した時には、政府と調整しながらどのように対応するのかという極めて難しい問題も含んでいる。

【問】

日銀の自己資本の制約については、福井総裁もかねがね強調されている。しかし、日銀の自己資本は、例えばFRBと比較すれば低いかもしれないが、ECBと比較すればかなり高い。また、日銀については、ある程度最後まで保有し続けることを前提とした資産構成であることを考えると、時価評価ではなくて簿価のままでも良いのではないかという議論もある。さらに、保有国債についても、民間銀行よりもかなり厳しく引当てて価格下落リスクに備えている。こうした点を踏まえれば、日銀の自己資本というのはもっと低くても良いのではという考え方もあると思われるが、日銀の自己資本がどれほどの制約になるのかについて、お考えを伺いたい。

【答】

日銀の自己資本あるいはバランスシートの健全性のみを突出させて考えた上で、政策オプションの中からどれを選ぶかを決めるというのは、中央銀行の政策のあり方として正しくないと思う。他方で、こうした点を全く無視して良いかというと、必ずしもそうではない。例えば、日本銀行の現在の自己資本は約5兆円であるが、そのうちある程度の部分は、既に特定の政策手段に伴うリスクへの対応という位置付けとなっているし、それを除いた部分を用いてどれ位のリスクを取っていくことができるかと言えば、自ずと限りがあるということだと思う。だからといって、現在ある自己資本で取れるリスクを越えて何かをやることが絶対にできないかというと、それは必ずしもそうではないと思うが、そうした場合、悪い方にリスクが顕現化してしまうと、場合によっては日本銀行に対する資本再注入という話にもなる。ご承知のように、旧日銀法では日銀へのこうした資本再注入が自動的に行われることが決められていたが、現行法の下で日銀の独立性が高まった後はそうではない。日本銀行はそういうことにならないようにディシプリンをもって政策運営を行いなさいという趣旨であると思うし、仮にそういった事態に至ってしまったら、財政当局との厳しい交渉を経て、場合によっては資本再注入をしてもらうということだと思う。そういった事態に陥った場合に、適切な金融政策運営ができるかどうかという極めて難しい問題まで考えた上で、政策オプションの選択に当たっていくということが必要なのだと思う。

【問】

インフレ参照値については、政策の透明性が高まるという議論もあるが、どのようなお考えを持っているか。

また、本日の懇談会で、「日銀が金融政策を運営する上で『マーケティング』が十分ではないとの批判があった」ということだが、具体的にどういう内容か。さらに、資産担保証券の買取りについても複数の意見があったとのことだが、これとも関係があるのか。

【答】

最初のご質問については、インフレ参照値が具体的に何を指すのか人によって意味するところが違うように思うので、やや注意深く話をしたい。ここでは、近い将来に到達する水準というのではなく、「長期的に到達を目指す、望ましいインフレ率の水準ないし範囲」がインフレ参照値であるとする。例えば、「0~2%」とか「1~3%」という形式になろうかと思うが、それがあることが望ましいかどうかというご質問である。現在、日本銀行は、そういうものとは別に、取り敢えずクリアすべきハードルとしてインフレ率ほぼ0%という目安をかなりはっきり掲げている。その上で、0%をクリアした後その先どこにいくか、0~2%の間くらいを目指すのか、1~3%の範囲を目指すのか、ということがポイントとなろう。

第1の論点として、これらの例では2つの目標レンジのそれぞれの中心値は1%と2%であるが、0%をクリアした後にこれらのいずれを目指すのかが明らかになっていないことが、現在、政策の不透明さや不確実性を非常に高めていて、経済活動に支障を与えているかどうかと言われれば、私にはそうは思えない。また、インフレーション・ターゲティングと関連する論点であるが、0%をクリアした後、1%や2%へ向かってスムーズに経済を運営していく政策手段を同時に考えられるのであれば、参照値というものの採用の現実性も高まるということかと思う。

更に関連する論点を申し上げれば、仮にインフレ率が上がってデフレが縮小し、現在のCPIの対前年比が-0.7%から-0.2%とか0%といった辺りに来たとすると、日本銀行としては、その先どういう方針で金利を誘導していくのか——仮に緩やかに引締めを行うにしても、どれくらいのスピードで行うのか——ということを決める必要がある。その際には、インフレ率が最終的に1%位に辿り着くのが居心地の良い水準なのか、2%が望ましいのかということが非常に重要になってくる。このため、参照値に示されるインフレ率のレンジは、ゼロ近辺にインフレ率が来た後の——引締めというと言い過ぎかと思うが——現在の極端な量的緩和を解除していくペースを決めるものとして有用になるし、必ず必要になると思っている。

第2のご質問は、「日本銀行の『マーケティング』に改善の余地あり」という話を私が紹介したことについて、具体的にはどういうやり取りだったかということかと思う。それは、「ここをこう改善せよ」というご指摘を受けたということではなく、情報サービス局が実施したアンケート調査の中で、例えば、「日本銀行が最近あるいは昔から実施している政策・業務の例としてこういうものがあるが、知っているか」との問いに対し、知っているとの回答率が低かったということが懇談会の出席者から指摘され、私もその通りであるとお答えしたということである。

資産担保証券あるいはABCP等についてのやり取りはどういうものであったかという第3のご質問については、例えば、中小企業関係の売掛債権について証券化する、それを場合によっては日本銀行が一部買入れるというようなことについて、歓迎する方向でのご意見も一部出たし、他方、そんなことは民間の金融システムでできるので、中央銀行は——具体的に何をとはおっしゃらなかったが——、もう少し違うことをしたらどうかというご意見も頂いた。私からは、それを間違いないように見極めてから、やるべきことがあるなら、私共はそれを決めるとお答えした。

【問】

先程、資産価格の支持政策と日本銀行の自己資本比率との関連について話があったが、最近、与党からETF等を買ったらどうかというような声が出ていることを考える際にも、論点は同じということで良いのか。また、金融仲介機能の回復に関して、公的資金の予防的注入ということも一部で話が出ているが、どのように考えているか。

【答】

先程、資産価格の支持政策に関連して申し上げたことは、株ないしETF購入に関する色々なご意見を考える際にも、同様にあてはまるように思う。

金融システムへの公的資金注入については、考えるべき大事なポイントの1つとは思うが、現在の金融システムの問題がそれだけで解決する訳ではないと思っている。つまり、それをやると同時に考えなければならないこともあるように思う。

【問】

株価がこのところ不安定な情勢であるが、年度末とか9月末と比較すると、現状の不安定な株価が金融システムにもたらす影響というか、心配の度合いはそれほど大きくないということで良いか。銀行にしてみれば、市場から資金調達ができるか預金の流出がなければ、生存することができるし、流動性がこれだけジャブジャブしている状況下で、先般の日銀短観にも現れていたように、企業金融には逼迫感があまりない。しかしながら、流動性があって金融システム上の不安が顕現化していないことと、(金融システムに対する)危機感が小さくなっていることとは別の問題であるように思うが、この点についての認識を伺いたい。

【答】

私共も、昨年度末にかけて企業金融が厳しくなっていくというリスクについて非常に心配し、注意深くみていた訳である。しかし、色々なことが重なり——例えば、増資ができたとか、銀行が持っている株のポジションをある程度下げてきたといった要因があって——、昨年度末は企業金融にそれほど厳しい引き締まり感なく通過できたというように思っている。ただ、だからといって、金融システムの問題が根っこから改善しつつあるという認識にないことは、おっしゃる通りである。

以上