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春審議委員記者会見要旨(5月8日)

2003年5月9日
日本銀行

―平成15年5月8日(木)
岩手県における金融経済懇談会終了後
午後2時から約30分間

【問】

審議委員の盛岡に対する印象をお聞かせいただきたい。

【答】

実は私は50年以上も前になるが、小学校の低学年の頃、父の仕事の関係で盛岡に1年半ほど住んでいた。古い昔のことであまり記憶が残っていないが、中津川、岩山、石割桜などは覚えており、大変懐かしく感じた次第である。また、私は昨年4月まで東京電力に勤務していたが、その間に、地域開発の勉強ということで盛岡にお邪魔して、盛岡グランドホテルにおいて、安比高原の開発等について、色々勉強をさせていただいたこともあった。

今回、10数年振りに盛岡を訪れた訳であるが、昨日は午後から、小岩井農牧を訪ねた。曇ってはいたが、まだ桜もかなり残っていたほか、連翹とか、雪柳とか新緑の大変美しい時期に盛岡を久しぶりに訪問することができ、大変喜んでいる。

【問】

今日の金融経済懇談会で地元の方々からの意見を受けた感想等についてお聞きしたい。

【答】

  1. 本日は、岩手県の高橋副知事をはじめ、経済団体や金融機関のトップの方々など、13名の方々にご出席いただいて、午前中2時間ほど懇談をさせていただいた。まず、私の方から日本経済の現状認識あるいは金融政策等についてご説明・ご報告を申し上げた後、色々なご意見・ご要望等をいただいた。大変貴重なご意見・ご要望をお聞きすることができたので、今後の活動に是非活かしていきたいと思っている。若干、雑駁かもしれないが、要約をさせていただきたい。

    まず、私もある程度は予期していたことではあるが、全国ベースで考えている以上に、地元の皆様の現状認識には厳しいものがあり、その中で前向きな努力を続けておられるという状況ではないかと思った。また、同じ岩手県の中でも、都市部とその他の地域、あるいは、大企業と中小企業の間では、やはりそれなりに厳しさの違いがある。さらに、当地にとって非常に重要な、中小企業の経営者の方々のリスクを取る姿勢が若干弱まっている感じになっているのは心配だ、というようなご意見もあった。これも岩手県の特色かと思うが、建設業のシェアが大きいということもあって、公共工事の減少による影響が大きく、その中で雇用を守りたいがなかなか難しい、といった意見もあった。

  2. 2番目に、中央に対してということで、ご意見をいただいた点が幾つかあった。まず、中央での危機意識は地元での危機意識と比べるとやや乏しいのではないか、もっと地域の実態を良く認識して欲しいというもの。財政による景気対策、あるいは株価対策等もそうだが、若干小手先というか、当面の対応策的な感じがみられるので、もっと一貫性をもった政策を採って欲しいといったご要望があった。

  3. 3番目に、日銀あるいは金融政策に対してご意見があった。お一人ではあるが、インフレターゲットに賛成だ、ともかくデフレ克服に向けた姿勢をもっと明確に示して欲しいというご意見があった。その一方で、金融政策というのは通貨に対する信認を守るという重要な役割がある、PKO的な施策は採るべきではない、といったご意見もあった。

別なご意見としては、異常な低金利が長期間に亘って続いており、特に、資金を運用する立場の機関に対して影響は大きいが、こういうことも無視すべきではないといったご意見もあった。

このほか、中小企業金融の円滑化について一層努力して欲しいとか、リレーションシップ・バンキングのアクション・プログラムの考え方には同意できるが、実態として中小企業金融に支障が出ないように、また、金融機関の自主性を尊重した運営を是非望みたい、といったご意見があった。

要約して申し上げると、以上のようなご意見・ご要望を承ったと認識した。冒頭にも申し上げたが、是非、今後の活動に活かしていきたいと考えている。

【問】

金融経済懇談会の冒頭挨拶の中で、春委員はデフレ克服のためには、消費活動、企業活動、そして株式市場の活性化が不可欠だと発言していたかと思う。株価が低迷する中で株価対策というのは1つの焦点になっており、一部与党の方から日銀に対する要望が出ている。具体的には、物価安定のための数値目標の導入のほか、長期国債買い切りオペの増額、ETFや外債を買い取り対象資産に加えること、銀行保有株の買い取り枠を拡大することや銀行株を買い取り対象とすること、といった要望が出ている訳であるが、こうした要望に対するお考えをお聞かせいただきたい。

【答】

  1. 3点ご質問をいただいたかと思うが、私なりの考えを申し上げたいと思う。まず、物価安定のための数値目標の導入の問題についてであるが、こういった目標を設定することによってインフレ期待を生じさせることができれば、それによって消費あるいは投資を活性化させることができ、デフレ克服に繋がっていく可能性があるということは否定できないと思う。また、単にそういった目標を設定するだけではなくて、目標を達成するための有効な手段を提示することができれば、インフレ期待を生じさせる可能性は一層高くなると思う。

    これまで私が、インフレターゲットについて必ずしも賛成してこなかったのは──現在は、物価安定目標値あるいは参照値といったものなど色々なインフレターゲットの議論が幅広くある訳だが──、 これまでは極端なインフレターゲット論として、目標レンジと目標達成時期を設定して、その目標が達成されるまでは、いわば無制限に日銀がリスク資産も含めた金融資産を買い取り続けるべきだという議論をかなりの方がしていた。こうした中で、仮に、日銀がそういうことをするというような受け止め方をされると、日銀の財務の健全性とか、通貨の信認への懸念がマーケットに生じて、むしろ、物価が上昇するより先に金利が高騰してしまうのではないか、そういう可能性の方が大きいのではないか、ということからだ。

    先程申し上げたように、いわゆる極端なインフレターゲット論と明確に区別できて、しかも、達成のために有効な手段を示すことができる、この2つの条件が満たされれば、何らかのかたちで目標を設定するということは、むしろ望ましいことではないかと思っている。こういったスタンスで今後も議論あるいは検討を続けていきたいと思う。

  2. 次に第2点のご質問は、今後、量的緩和をさらに進める場合の手段として、長期国債の買い増し、外債、ETFを買い取り対象に加えるべきだという議論があるが、それについてどう考えるかということであったかと思う。従来は、量的緩和を進める場合に、オペの担保を拡大するとか、長期国債の買い取り増というかたちで進めてきた。今後、対象を拡大する場合には──これはかねてから申し上げていることであるが──3つの条件がある。1つ目は波及メカニズム強化への有効性、2つ目は、市場の価格形成メカニズムやいわゆる市場の健全な発展への影響、3つ目は、日銀の財務の健全性への影響 、こういったことをポイントに、検討すべきだと考えている。

    先程言われた3つのもの——長期国債の買い増し、ETFや外債を買い取り対象に加えること——については、それぞれ検討課題あるいはメリットがあると思うが、強いて順位をつければ、私はまず、長期国債の買い取りを──現在、若干長期国債のマーケットは加熱気味ではないかという懸念もあるが──日銀の設定した上限、すなわち、銀行券の発行残高の上限まで行うことではないかと思う。その後、上限自体をどうしていくかという問題が出てくるかと思うが、これについては、私はできれば今の上限を維持したいと考えている。

    2番目は外債ではないかと考えているが、これは、政府の為替介入政策との関係をどう整理するかという問題がある。政府との調整ができて、外債についても日銀の自主的な金融調節手段としての売買が可能であれば、国債の次に考えてもいいものではないかと思う。

    3番目がETFということになるが、これは、個別性のない資産であるという意味で、個別株を保有することよりは適切な対象かとは思うが、やはり、リスクのある資産であることとか、市場規模が小さい中で市場のメカニズムを歪めてしまう惧れがあるのではないか、といったような懸念がある。現在、私としては——今後、対象を拡大する場合には——この順番で認識しているところである。

    一般論ではあるが、2点申し上げると、日銀のような中央銀行が資産のマーケットに介入して大量の売買を行うことで、市場のメカニズムを歪めてしまうという可能性がある訳であるが、そういうことはできるだけ避けたいというのが私の考え方である。また2点目として、マーケットの状況等から、一定の限界を超えるリスクを日銀が引き受けることとなった場合、国との責任の分担について明確な整理が必要ではないかと考えている。これが2点目のご質問に対する答えである。

  3. 3点目のご質問については、与党のプロジェクトチームの「当面の緊急経済対策」の中で、銀行株についても対象にしたらどうか──今、日銀が銀行保有株式の買い取りを進めているが、インサイダーであるとか、利益相反の問題があるために、銀行株を除外している訳であるが──ということが検討されていると報じられている。特に、今の株価下落の中で、メガバンク株の下落が大きかった訳であるが、今回のプロジェクトチームのご提案は、聞くところによると、「日銀は銀行保有株式の買い取りを、信託銀行に信託のかたちで行っている。従って、インサイダーとか利益相反という問題はないのではないか」というご認識でのご提案と理解している。

私は、法律の専門家ではないが、かつて日銀が、銀行保有株式の買い取りの中で銀行株を除外するということを決めた時に、そういった法律的な問題があるといった専門家の説明を受けて、それで納得して今の仕組みに賛成したという経緯がある。プロジェクトチームのご提案では、それなりの詰めをなさった結果であろうと思うので、私としても、もう一度法律の専門家に確かめてみたいと考えている。

【問】

最後のお答えのところで、インサイダー問題等について法律をもう一度確かめてみたい、というご発言であったが、これは、法的な問題がクリアされれば、銀行株の買い取りを前向きに検討することもあり得るというご判断だということなのか。

【答】

昨年11月に銀行保有株式の買い取りを始めた時に、そういった問題があるので買い取り対象から銀行株を除外するということを決めた訳であるが、そういった問題が仮になければ、また、改めて考える余地があるということだと思う。当時、私なりに、その時の専門家の説明を──私は専門家ではないが──それなりに納得して賛成したということである。ただ、新しく何か私どもが気が付かない点を与党のプロジェクトチームがご検討されたということであれば、日銀で検討した専門家の検討内容を私は信頼するという立場の上で、もう一度チェックしてみたい、ということである。

【問】

只今の点に関連して、私自身は、与党の言っている「信託銀行に任せているのだから、インサイダー取引に該当しないのではないか」という点についてそれなりの理屈があると感じている。その上で、「改めて専門家の話を聞いて検討したい」という春審議委員の話もよく分かる。専門家の話を聞いて検討する時に、現在の3兆円という枠をさらに拡大することも、今後検討する対象となり得るのか、それとも、既にある3兆円の枠内で銀行株を買うことに限られるのか、その点を明確にして頂きたい。

【答】

銀行株を買い入れ対象に入れるかどうかという問題と、3兆円の買い取り枠を拡大するのかという問題は、区別して考えるべきだと思う。現在の買い取り枠3兆円という金額は、これで銀行の持っているTier1部分を超える株式の相当部分を吸収できるということ、また、日銀の自己資本に与える毀損、インパクトのレベルからみて妥当だということで決めたものである。勿論、3兆円が絶対的な金額ではないが──銀行株式を買い入れるかどうかという判断は、「その場合において3兆円の中で吸収できるかどうか」という問題もあるが──、私自身は、「できるのではないか」と認識している。

【問】

東北全体の経済情勢が冷え込んでいる中で、特に岩手県は悪い状態が続いていると思う。こうした状況を打開するためには、何が鍵になると感じられたか。

【答】

金融経済懇談会の中で、出席者の方々から色々なご発言をいただいたが、県では、増田知事がマニフェストに基づいた雇用の拡大のための色々な対策を講じておられる。また、岩手大学を中心に、技術開発あるいは起業プロジェクトが進められている。こうした中で、地域の中小企業が新しいビジネスモデルを模索する、新しい事業を進める、技術開発が行われる、それにしっかり金融がついていき岩手県の経済が元気になっていく、こういうようなことが皆様の努力で実現していって欲しいと思っている。

【問】

先程、「リスク資産を購入する場合には、メリット、デメリットがある。その上で、順序を敢えてつければ、まず、国債の上限までの買い入れ増額、次に政府と調整ができれば外債、最後にETFがあるが、市場を歪める懸念が強い」と言われた。こういった中で、1番目の国債買い入れについては、上限まではあまり余裕がない。また、3番目のETFについても、おっしゃる通り市場を歪める可能性が高い。とすると、政府と調整ができるのであれば、外債という可能性にどちらかと言うと重心を置かれているように聞こえた。その上で、インフレターゲットについて、「極端な議論と明確に区別ができて、有効な手立てがあるのであれば、何らかの目標を設定することが望ましい」と述べられた。この点について、先程の外債と絡めてもう一度お伺いしたい。特に、政府と調整ができるのであれば、外債というのはかなり有効な手立てとなるのか、という点に一番重点をおいてお伺いしたい。

【答】

一概にはお答えしにくいご質問である。外債であれば、法律上は問題のない買い入れ対象資産であるし非常にマーケットも大きいことから、ある意味では適切な資産であろうと思う。ただ、政府の為替介入政策との関係があり、そこの整理は非常に重要だと思う。「一段と突っ込んだ回答をするように」というご質問かと思うが、外債というのは、1つの選択肢であると思っている、ということに止めたい。

【問】

その点に関してもう1点お伺いしたい。だとすると、金融政策決定会合その他で、政府の代表者と顔を合わせていると思うが、政府の代表者と正式に調整を行う、あるいは、突っ込んだ議論を行うというご意向は持たれているか。

【答】

ある段階でそういった議論は、当然必要になると思う。ただ、これがすぐに必要かどうかというと、何とも言えないと思う。

【問】

前回の金融政策決定会合において、当座預金の残高目標を22~27兆円に引き上げた訳であるが、これに伴い、マネタリーベースの残高、および前年比の伸び率は当然上がってくると思う。

ただ、理論上は、当座預金残高を増やしても、マネタリーベースの伸びが減速したり、場合によっては前年割れになるような事態もあり得ると思う。日銀が約束しているのは、あくまで当座預金残高であるが、これに付随するマネタリーベースの残高について、どのようにお考えか。仮にマネタリーベースの残高が前年比マイナスとなった場合、好ましくないと考えているのか。

【答】

当座預金残高を増やしても、銀行券の増加状況によっては、マネタリーベースの残高は変わってくる、それはその通りだと思う。場合によっては、銀行券の発行が減少すれば、マネタリーベースの残高は減っていくということは理論的にはあり得る訳である。ただ、私自身、マネタリーベースの増加率が問題なのか、増えた結果としてのマネタリーベースの量が問題なのか、という点があるかと思う。私は、ある程度まで、マネタリーベースの供給が量的に十分に行われていれば、あとはどれだけ「回転速度が上がるかどうか」ということが問題になると思う。「回転速度」が上がらないままで、ただ、伸び率だけを維持していくということよりも、 十分な残高が得られた段階では、むしろその残高をどうやって回転させるか、別の言葉でいえば、波及メカニズムの強化ということになるのではないかと思う。マネタリーベースの増加率を例えば前年比2桁のままで維持する、といったことについては、それほどこだわらなくてもいいのではないかと思う。

【問】

インフレターゲットについて、 先程、「極端な議論と明確に区別し、有効な手立てがあればかえって望ましいのではないか」と言われたが、もう少し具体的に教えて頂きたい。

【答】

実際の例を想定して、「こういう場合にはこう」ということはなかなか申し上げにくい。今日のところは、先程申し上げた2つの条件という程度で止めさせていただきたいと思う。

以上