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中原審議委員記者会見要旨(10月27日)

2003年10月28日
日本銀行

―平成15年10月27日(月)
午後4時30分から約35分間
於 千葉商工会議所

【問】

千葉県金融経済懇談会の印象を伺いたい。

【答】

千葉県での金融経済懇談会は約3年振りで、前回は平成12年2月だと聞いている。皆様には大変お忙しい中お集まり頂き、貴重なご意見をいろいろと伺った。印象を申し上げると、第一に、千葉県は経済的に大変多様性に富んだ地域だということである。講演でも触れたが、食品産業、農水産業や観光産業がある一方、臨海部の重工長大を中心とした工業地帯、バイオ等の先端産業、流通業といったバラエティに富んでおり、千葉県の抱える問題は日本が抱える問題と共通の部分がある、そういう印象を改めて確認した。第二に、同時にこうした多様性は将来への可能性も大いに秘めているということであって、日本あるいは千葉県が抱えているいろいろな課題に一つずつ明確な方向性を与えることによって、将来の可能性は非常に大きなものがあると思う。第三に、日本銀行の10月の基本的見解では、景気回復への基盤が整いつつあると記述したが、具体的な動きをミクロのベースでみていくと、どうしても跛行性がある。細かく生きた経済の動きを伺うと、非常に業績の良くなった企業がある反面、なかなか厳しい状況が続いている、資金繰りが厳しい、デフレの影響を受けているという分野もあり、なかなか一律には言いにくい面があるという印象を持った。この最後の部分については、経済の二極化とよく言われているが、単に良いところ悪いところという意味よりも、大企業と中小企業、あるいは製造業と非製造業、そういういろいろな意味での二極化が進んでいる。例えば地方経済と都市部経済、あるいは個人のベースでも貧富の差が拡大しており、いわゆる中流階級が二つに分かれる傾向が出てくる、あるいは同じ業界でも勝ち組負け組が出てくる。雇用・労働市場の分野でも似たようなことがあり、雇用のミスマッチというのも一種の二極化だと思う。景気は回復傾向にあると言いながら、やはり現実の話を伺うとそこには跛行性がまだ残っている。今後の政策運営では、その点に十分留意していく必要があると感じた次第である。

【問】

委員は、本年4月中旬の講演で、量的緩和をさらに押し進めるために長期国債の買い切りを思い切って増やすべきだという趣旨の発言をされている。あれから半年が経過し、当座預金残高も積み増しているが、そのうえでまだ同じような見解をお持ちか。

【答】

ご存知のとおり、長期国債の買入れは、量的緩和のレジームの中で一定の当座預金残高目標を達成するために必要であれば、銀行券の発行残高の範囲内で使っていこうというのが現在の考え方である。長期国債の買い増しというのは、更なる景気の悪化が懸念され、その蓋然性が高まり、その中で追加緩和、追加の流動性供給が必要であり、通常の短期のオペ、手形オペで目標とする流動性の供給が難しい場合に、改めて長期国債の買い切りを増やしてでも流動性を供給していこうというプロセスである。したがって、将来の景気の悪化の蓋然性が高まれば、結果として流動性供給のために長期国債の買い切りを増やすことはあり得るという趣旨で申したわけであり、その考え方は一般論としてそのとおりだと思っている。ただ現実として景気は回復の過程にあるわけであり、かつ流動性供給30兆円も通常のオペの手段の中で達成可能であるのだから、直ちに長期国債の買い切りを増やすということは念頭にはない。

【問】

講演テキストの中で「為替の変動が実体経済に悪影響を及ぼす蓋然性が高まる場合、量的緩和政策として採り得る範囲で新たな対応を考えていくつもり」と述べられた部分に関して2点確認したい。第1点は、「悪影響を及ぼす蓋然性」の判断のポイントについてである。講演テキストでは「足許の110円程度を超えてさらに円高が進む場合には、今後の企業の売上・収益計画を下振れさせるリスクがある」とも述べられているが——今日も110円を超えているようだが——、110円を超えた円高が定着するかどうかがひとつの判断のポイントとなるのか。第2点であるが、「量的緩和政策として採り得る範囲で新たな対応」というのは、基本的には当座預金残高目標の引き上げと理解してよいのか。

【答】

110円がひとつの水準として意識されていることは確かであるし、現在の企業の輸出採算点からいって——本年4月の内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」でも製造業の輸出採算為替レートは115円近辺である——、今後110円を大きく割れて円高が進行すれば、今年度下期および来年度の企業収益に影響が出てくる可能性はかなりあると思う。ただ、金融緩和によって先行きの実体経済が悪化する蓋然性に対応するといった意味は、数字的な意味で一対一で対応するものとして申し上げたつもりはない。為替の影響はタイムラグを伴って出てくるものでもあるし、同じ110円、105円といっても、業種により、業界により、また企業によっても、その影響度はさまざまであり、個別の企業の採算の面から現実にどのような影響を受けているかを検証していく必要がある。それと同時に、マクロ経済全体としてどのような影響を受けているかという判断も必要となってくる。現在の水準——本日は108円台のようだが——が定着するかどうか関心はもっているが、110円を超えて108円になったからすぐに金融緩和だということを申し上げているつもりもない。そういう意味で明確ではない部分もあるが、量的緩和という現在の金融緩和のフレームワークの中で、実体経済の状況から追加緩和の必要性が出てくればそれを行うという話である。円高が実体経済にマイナスの影響を与える可能性が非常に高まるといった状況になれば、追加緩和でこれに対応するというのが自然の帰結だと思っている。

第2点のご質問は、その場合に当座預金残高目標の引き上げにより対応するかどうかということであるが、基本的には、実体経済の下方リスクが高まる場合への対応として当座預金残高目標の引き上げを行ってきたのであるから、もちろん、それもひとつの選択肢となると思う。一般的な意味で、量的緩和のフレームワークの中でさらに緩和の色彩を強めるとなれば、他にもいくつか方法、考え方があり、これまで2001年3月から続けてきた量的緩和のいろいろな手法を組み合わせ、あるいは駆使しながらやっていくのが原則だろうと思う。

【問】

(10月10日に公表された) 量的緩和政策継続のコミットメントの明確化において3つの条件が示されたが、委員は今日の講演でインフレ参照値に触れ、持論を展開しておられる。先日のコミットメントの明確化をさらに一歩進めれば、結局インフレ参照値にたどり着くと思われるが、いかがであろうか。10日の会合では、全員一致の結果と伺っているが。

【答】

前回の金融政策決定会合の議論については、議事要旨がまもなく発表されると思うのでそれをご覧頂きたい。前回の議論と離れて言うと、コミットメントの明確化の延長線上に、インフレ参照値があるのではないかということについては、私も同じ考えである。インフレ参照値については、これまでいろいろな場で申し上げているが、金融政策の透明性を高めるという趣旨で日本銀行は「物価安定目標」というものを持つべきだと考えているし、現実に量的緩和の出口においては、これを示さざるを得ない状況になり得るわけである。出口政策を封印すべきだという議論も多いが、日本銀行の今後の金融政策運営のシナリオの中で、当然考えていかねばならない問題だと思う。インフレ参照値を持つことによって、政策および市場の期待、この両方のアンカーになし得ると、私は考えている。

【問】

委員は先程の講演の中で、望ましい物価上昇率について、1~2%、2ないし2.5%、2~3%といくつか数値を挙げられており、こうした望ましい物価上昇率を日本銀行として示すべきとおっしゃったと理解している。一方、先日の総裁記者会見では、コミットメントの明確化の一環として、展望リポートを示して、景気がそれに対して上振れたか、下振れたかによって金融政策を考えると総裁が言われたと思うが、これには賛否両論ある。委員は、望ましい物価上昇率を示して、実際の物価上昇率が上振れたか、下振れたかによって金融政策を考えるというのが、金融政策のあるべき姿という意味でおっしゃったのかと思うが、それは物価上昇率が望ましい水準に達するまで金融緩和を続けるということか。

【答】

まずお詫びしなければならないのは、先程の講演の中で望ましい物価上昇率を2~3%と申し上げたが、望ましいインフレ率は1~2%が妥当な水準ではないかと考えているので、2~3%というのはご訂正願いたい。インフレ目標を主張される方々も大体1~2%の水準にコンセンサスがあるのではないかと思うし、私自身もインフレ参照値を導入するなら1~2%が妥当と考えている。また、コミットメントの明確化の議論の中で、「多数の審議委員が先行きの物価上昇率の見通しを0%以上とみる場合」と明らかにしたわけだが、「0%以上とみる場合」という部分に望ましいと考えられる物価上昇率の下限値を持ってくるべきとの考え方もあり得ると思っている。

ご質問の趣旨は、インフレ参照値を導入した場合、現実の物価上昇率が参照値の上にあるのか下にあるのかといったことだけを条件として新しい政策を考えるのか——細かく言えば、2%を目標値とした場合、1%、1.5%でも金融緩和をとにかく続けるのか——ということかと思う。インフレ参照値はインフレ目標とは異なり、望ましい値を示し、足許の機動性と自由度を保ちながら中長期的に望ましい物価上昇率に到達しようとするものと考えており、目標を定めて機械的に運営していくものではない。先頃行われたセントルイス連銀のセミナーでも、インフレ目標値の導入に反対する人達は、目標を示すことによって金融政策の自由度、弾力性、機動性が失われることを批判していたようであった。私自身はそうしたものを失うような形で金融政策が運営されるべきではないと考えており、だからこそインフレ目標ではなくインフレ参照値の導入を主張している。もちろん望ましい物価上昇率を示すことによって、金融政策の基本的な方向性についてはそれと整合的に行うべきであるが、足許の状況変化や先行き見通しの変化に応じて一定の裁量性や自由度は中央銀行として維持すべきだろうと考えている。

【問】

10月10日の決定会合の公表資料をみると、景気回復を確かなものにするために緩和したとのことであるが、量的緩和が実体経済を刺激したという明確な証左がない中で、さらに2兆円の当座預金残高目標の引き上げを行ったのは、金利上昇期待を未然に防ぐために行ったものか。

【答】

市場の一部には、日本銀行が長期金利上昇を懸念して当座預金残高の目標を30兆円から32兆円に引き上げたとの見方があるようだが、私は今回の政策は当座預金残高の目標額を引き上げたというよりも、目標額の枠を広げたものと考えている。景気が下方シフトするリスクを防いだり、実体景気が悪くなったための追加緩和ではなく、景気回復の過程で日本銀行の金融緩和スタンスに対する市場の疑念と、そうした疑念により市場が揺れ動くことを防ぐためのものである。すなわち、こうした疑念に対して日本銀行の金融緩和のスタンスを示していくには、私ども審議委員や正副総裁の記者会見等の機会もあるが、重要な手段としてオペを通じて示していくということがある。その意味で、日本銀行の金融緩和スタンスをより強く印象付けるためには、30兆円の枠ではオペの運営が難しくなっており、今後、機動的・弾力的にオペを行い市場と対話するための余裕を残しておくために、当座預金の残高目標を2兆円引き上げたものと理解している。

「なお書き」で対処すればよいとの意見もあるが、——個人的には「なお書き」をもっと弾力的に運用してもよいと思うが——「なお書き」は、期末の流動性タイト化、同時多発テロ発生時や大銀行のシステムトラブルによる流動性不安といったように突発的なマイナスショックに対処するためのもので、市場の「揺らぎ」に対処するために「なお書き」を用いるのは如何なものかとの意見もあり、「なお書き」ではなく、今般、2兆円の枠引き上げを実施したものとご理解頂きたい。

【問】

インフレ参照値の導入を議論することにより、量的緩和からの出口戦略とみられて、長期金利が変動するリスクについてどう考えるか。

【答】

インフレ参照値導入が「出口論」と結び付けられる可能性はあるが、インフレ参照値は金融政策のフレームワークのひとつとして、どういう状況においても、議論はなされるべきものと考えている。私自身2001年11月頃のインタビューでインフレ参照値に触れてから、インフレ参照値導入についてずっと言い続けている。出口論に繋がらないように注意は払うべきではあるが、景気回復の持続性やデフレ解消の目途によって長期金利は自然と上昇する。インフレ参照値を議論すると長期金利が上昇するのではないかとの理由でこれを封印しようとするのは適切ではない。また、出口論も封印すべきとの意見もあるが、市場はそれほど愚かではない。日本銀行がどのような議論をしようとも、実体経済の回復が鮮明になれば、市場自身が、日本銀行がどのように行動するかを予測し準備するものである。市場の方が早く行動するのはいつの時代も同じことである。日本銀行の中で出口論が正式に議論されたことはないが、出口論を封印すれば市場が落ち着くというものではない。

【問】

インフレ参照値について、望ましい物価上昇率を示すのだから、政策もそれと整合的であるべきとおっしゃった。他方で、現在は景気回復局面にあるので、一段の緩和や長期国債の購入はしないともおっしゃったが、望ましい物価上昇率の水準を達成するためには、一段と緩和を行うべきとの議論もあるのではないか。

【答】

これについては、量的緩和がデフレ解消に繋がるかどうかという基本問題に対する回答を得たうえでなければ正確に回答できない。2001年3月以降の金融緩和の過程で、潤沢な資金を市場に供給することによって金融システムの安定を図るという目的は達成され、中長期金利を低位に安定させた。しかし、マネタリーベースを増やすことによってマネーサプライを増加させ、実体経済に前向きな力を与えることができたかという点については、その効果は極めて不確実と言わざるを得ない。

望ましい物価上昇率を示したからには、量的緩和のレジームの中で、何がなんでもそれを達成するまで緩和を進めるというのは適当ではない。望ましい物価上昇率を達成するために緩和を続けるというのは理論上は一貫しているが、生きた経済を相手にしていく場合には、現実的な効果や、過度に緩和した場合の副作用、いわゆる出口における難易度などもあわせて、総体的に考えていくべきものである。また、基本的にデフレ解消はカネを出すだけでは解決できない。需要をつくりだすことや、金融仲介機能を高めることが重要である。望ましい物価上昇率を示すことが、機械的に緩和を進めることにはならないと考えている。

以上