ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 2003年 > 植田審議委員記者会見要旨(11月13日)

植田審議委員記者会見要旨(11月13日)

2003年11月14日
日本銀行

―平成15年11月13日(木)
岡山県金融経済懇談会終了後
午後1時30分から約30分間
於 岡山国際ホテル

【問】

午前中の地元経済団体の代表者の方々との金融経済懇談会では、どのような意見や要望が出たのか。また、それに対して植田審議委員はどのような印象を持たれたか。

【答】

極めて多様な観点から興味深い貴重なご意見を沢山頂いた。最初に、岡山県経済団体連絡協議会の稲葉座長から、岡山の歴史について簡単なレクチャーを頂いた。岡山県は昔から一次産品を中心に非常に豊かな地域であり、第二次大戦後、それだけではということで、製造業を中心に生産性を高めていくという考え方の下に、水島工業地帯が造られた。それが、現在、中国の台頭に合わせて、同工業地帯あるいは県全体の産業構造をもう一度再構築していく段階に入ってきているという話を頂いて、全体の感じが非常にはっきりした。その上で、いろいろな方々から極めて興味深い話を頂いたが、それは纏めると、よく言われることだが、経済の二極化──例えば、中央と地方、大企業と中小企業──で、こういう格差は未だに厳然として存在しており、弱いところは未だなかなか厳しい。ただ、その中でも、いろいろ大、中小を問わず、良い動きがかなり出てきているという話を頂いた。その良い動きの背景を、私なりに整理すると、経済全体が少し回復基調にあることが理由の一つかと思われる。また、もう一つは、様々な伝統の力もあるかとは思うが、第二次産業のシェアが他の地域よりも高く、最近の上昇波、つまり、輸出にかなり助けられているという動きに乗り易かったという面もあるのかと思う。少し具体的に申し上げれば、月並みではあるが、輸出が伸びる中で、当地で関連の産業、例えば自動車、鉄鋼、その周辺の分野に良い動きが広がっているとか、あるいは、中国が強くなっていることから、中国向けコンテナ船の受注が非常に伸びているといった話もあった。非製造業の話としては、岡山という地域の地理的な特徴を活かして、物流のハブになるような動きが出てきているといった話も非常に興味深く伺った。一方、二極化の弱い部分についても、いろいろな話なり、注文なりを頂いたが、そういうところにもっと目を向けて欲しい、あるいは、そうした分野向けの政策を打って欲しいという話があった。ただ、単純に一律保護する、あるいは弱いところは一緒になって組合的なものを造ってやっていくという動きについては、これがある意味でグローバリゼーションの流れの中で、場合によっては足枷になるという興味深い話も伺った。金融面については、ペイオフの全面解禁等をもう少し慎重に進めて欲しいというご注文を頂いた。大体こんなところである。

【問】

二、三質問させて頂く。先ず、講演の中で、GDPデフレーターの下方バイアスが民間の一部調査機関では1%位あるとの試算を基に、それが正しいとすれば、GDPギャップにも1%程度の上方バイアスがかかるという計算で、GDPギャップ自体はあまり縮まらないため、物価を持ち上げる力も限られるという話をされた。植田審議委員ご自身はGDPデフレーターの下方バイアスを、例に出された1%というふうにご覧になっているのか、あるいは少し違うお考えをお持ちなのか。これは、展望レポートのCPI、GDP予測との整合性という意味でも非常に重要なので、そこを先ずお聞きしたい。これが仮に1%であれば、おっしゃるように、GDP自体の見通しも上方バイアスがあるので、1%台半ばということになるのだろうが、これが仮に0.5%位しかないという見通しになると、随分話が違ってくるのではないか。政策委員の大勢見通しからは外れたが、来年度のCPI前年比が0.5%のプラスという見通しを出した委員がいるわけだが、恐らくこの委員あたりは、0.5%位しか下方バイアスがないのではないかという試算を基に、来年度は+0.5%というCPI見通しを出したのではないかと推測できるが、植田審議委員ご自身はどの位のバイアスがあると考えておられるのか。特に、9月初めのインタビューで、植田審議委員は+2.5%の成長が2年続いて、漸くCPI前年比がゼロ%を上回るというふうにおっしゃっているわけで、このバイアスの見方次第ではCPI前年比が来年度プラスの見通しになってもおかしくないと言えると思うので、そこをどのようにお考えか。

もう1点は、10月10日の金融政策決定会合で時間軸の明確化がなされ、CPI前年比についても数か月間均してゼロ%を上回ることと、大勢の見方がプラスになることの二つの点と、総合判断ということが加わった。前者のところで、数か月間均して──正確には覚えていないが──ゼロ%を超えるという表現があって、それは恐らく今までのゼロ%以上というふうに、ゼロを含んでいたものからは、ゼロより高いというニュアンスが暗黙の了解として込められているのではないかと考えて良いかと思う。講演の中で、植田審議委員は数か月位平均して、はっきりとゼロ%を上回るというふうに、「はっきりと」という言葉を加えておられる。「はっきりと」というのは、0.5%位だと言えるのかどうか。あるいは、1%位ないと直ぐにゼロ%になるので、0.5%位では足りないとお考えなのか。この「はっきりと」というのがどの辺りにあるのか。それと関連して、CPI前年比は以前、調統局の個人名レポートで、1%弱の上方バイアスがあるとの指摘があったが、最近ではパソコン等が入っているので、それよりは小さいのではないかと思うが、この点についても、現在、どの位の上方バイアスがあるとご覧になっているのか。

【答】

沢山ご質問を頂いたが、先ず、GDPのバイアスのところだが、民間のレポートで1%前後というのが存在することを引用させて頂いたわけであるが、それは当たらずと言えども遠からずというふうに思っている。ただし、厳密な計算がそう簡単にできない話であるし、計算の方法次第ではかなりの幅がある値であるので、1%前後と言っても、1%をかなり下回る値を出してくる人もいるだろうし、そこそこ上回るという結果が得られる場合もあるだろう。実質GDPおよびGDPデフレーターにはバイアスがあるわけだが、GDPギャップに大きなバイアスを生じさせるということでは必ずしもない。実質GDPのバイアスが、現実の実質GDP成長率と潜在成長率にも──厳密には少し違うが──それぞれ同じ位ずつ乗ってくるので、引き算した、あるいは割り算したギャップの値はこのバイアスによってそれ程影響は受けないということである。従って、私がそこそこ成長してもギャップが縮まっていかないという時は、バイアスの問題でそう申し上げているわけではなく、潜在成長率を現実の成長率が上回る程度が──バイアスをどう見るかにせよ──あまり大きくないということである。

+0.5%の物価見通しを出した人がいるということは事実であるが、その方がどういう判断でこの数字を出してきたかというのは、私は知る由がない。私なりに考えると、何らかの理由でGDPギャップが縮まる方向の推計をされたか、あるいは同じようなGDPギャップの動きであっても、インフレ率にそれが及ぼす影響を非常に大きく見積もっておられるということかと思う。後者のところは、ここ数年あるいは10年位のデータから推察されるギャップとインフレ率の関係を当てはめると、そう大きなものにはならないというのが普通の意見かと思う。

それから、9月初めに私が某新聞のインタビューで+2.5%成長くらいが数年──2年とか──続けば、デフレからは脱却するかもしれないというようなことを述べたことがあるが、この時は、そこそこ大きいGDPデフレーターのバイアス、およびそれの実質GDP成長率への影響ということを──申し訳ないが──やや過小評価していた段階なので、バイアスをもう一度見直してみたら、かなり大きいというふうになった現在では、+2.5%では、デフレ脱却には非常に足りないというふうに申し上げたいと思う。

10月10日のコミットメント強化の関連で、はっきりと上回るというのは、ゼロ以上なのか、ゼロを超えるのか、という微妙な差異についてのご質問だったと思うが、我々はそれぞれの表現の間の違いを敏感に、細かく区別して使い分けているということではない。大まかに足許をみた場合の基調的な動き──やや矛盾した表現だが──がプラスになってくるところをチェックしようということである。

最後に、CPIのバイアスであるが、以前、おっしゃるように1%位はあるという推計結果があった。ただ、2000年から2001年にかけてのCPIの見直しによって、ある程度改善されていると思うので、昔の推計値よりはバイアスはかなり縮まっていると思う。ただ、それがどの辺りかという点については、私は今のところ残念ながら良い答えを持ち合わせていない。

【問】

今日の講演ではないが、10月25日の講演の中で、日銀、政府、財務省との協議の必要性とその難しさということを言われていたかと思うが、日銀券のGDPに対する比率が平時に比べて2倍あり、先行き日銀券の伸びが低下してくれば、日銀の保有する国債の限度にも影響してくると思う。講演の中でも言われていた将来的にベースマネーを引き下げる必要性があっても、それが現段階ではどれくらいか推測することは難しい。そのような中で、日銀は今まで流動性不安、信用不安の面に関して量の拡大をしてきた。この間の10月10日のものに関しては、流動性不安がない中で、景気回復を確かなものにするというものだったと思う。そこで、植田審議委員からみて、今後、安易に量の拡大だとか、買い切りの拡大をすることには慎重にも慎重を期すべきであるということを言われているのかということと、10月10日に植田審議委員が反対されたかどうかは、議事要旨を見なければ分からないが、現段階で植田審議委員が話せる範囲での10月10日の決定事項に関する評価と目的を伺いたい。

【答】

三つ四つご質問があったかと思うが、私なりに解釈させて頂いた上でお答えするが、おっしゃるように日銀券を名目GDPで割った比率、あるいはベースマネーを名目GDPで割った比率は、過去の平均の2倍くらいのところに現在あるかと思う。これが、将来何らかのかたちで平時に戻っていけば、恐らく下がってくると思う。ただ、そういうふうになるのは、本当にデフレから脱却して、金利が上がり始めて、ベースマネーから他の資産に資金が移動するような時点であり、非常に先のことだと思う。従って、今からその時のことについて物凄く心配してどうのこうの言うことではないし、その時どれ位この比率が下がるかということも非常に予見し難い。ただ、そういうような漠然とした問題があるという意識は持って政策運営を進めたいと思っている。それに関連して、これからさらに当座預金等を増やしていけばいくほど、名目GDPに対する比率は上がり、将来下がるとすれば、下がる幅は大きくなるわけで、それに伴なう問題も将来出てくるかもしれないわけだが、ご指摘頂いた論文でも少し触れたように、だからと言って、そこそこの当座預金目標の引き上げが今後できないといった切羽詰まった状況にきているわけではないと思っている。

10月10日の措置に関連してであるが、一般論として、景気が少し良い方向にいっている時に、追加緩和措置を現在の日本経済の状況の下で打ってはいけないのかという問題があると思うが、打ってはいけないとは必ずしも言えないと思う。というのは、我々が目指しているのは、勿論、景気も良くしたいわけだが、それを通じた物価の安定ということである。例えば、まさに我々が発表した物価の見通しによれば、来年度でもマイナスであり、緩やかであるとはいえ、デフレが続く見通しである。従って、その点を重視して、それを少しでも上に持ち上げるために、何か打てる手があれば考えていくという姿勢はあって良いのではないかと思う。

10月10日の具体的な措置についてコメントせよ、というご質問だったかと思うが、透明化あるいはコミットメント強化については、意味するところは明確かと思う。それから、当預目標を27兆円から32兆円にレンジを拡大したという措置があるが、これは我々の位置付けとしては追加金融緩和ではない。実際、その後の当座預金の推移を見て頂くと、30兆円前後で推移しており、その前と殆ど変っていないわけである。従って、当座預金の平均の水準をパーマネントに引き上げるという意味での金融緩和措置ではない。ただし、複数の政策委員が言っているように、27兆円から32兆円に当座預金の目標のレンジを拡大したことによって、場合によっては、機動的にオペを打つことができるかもしれない。その機動的にオペを打てるという方向への変化が、経済を場合によっては支えるというところにメリットがあるかなということだったかと思う。ただし、その点に関し──議事要旨が出ていないので、分かったような分からないような話になるが──本当にそのようなメリットがあると考える人達と、本当はそうではないのではないか、あるいは何をやっているのか良く分からないという人達とに意見が分かれたということかと思う。

【問】

デフレの解釈で質問したい。デフレについては、一般物価と資産デフレの区別が必要であり、我々の実感としても、資産価格のデフレの方が、経済への影響が大きいという感じを強く持っている。仮に、今後景気がそこそこ順調で、一般物価のデフレがかなり和らいだとしても、資産価格、特に土地の動きが──二極化してはいるが──全体として未だ下げが大きい局面においては、その動き自体が金融政策に影響を与えざるを得ないと考えられる。これについて、植田審議委員としては、今後の資産価格、特に土地の動きについて、金融政策運営との関係でどういう判断をされているのか。

【答】

一般論でしか答えられないが、金融政策は地価を含めて資産価格を直接ターゲットにして運営することはない。しかし、資産価格は、経済の動きを映す鏡であるとともに、資産価格が経済に様々な影響を与えるので、そういう面をきちんと理解したうえで、金融政策を決定していきたい。特に地価で言えば、地価の動きは金融システムの健全性に直接、間接の影響があるほか、これらを含めて総需要にもかなり影響があると認識している。

【問】

先程、岡山の経済の弱いところというお話があったが、弱いとはどういうところか。また、グローバリゼーションにとって足枷になるというのはどういうことか。

【答】

どれ位詳しくご紹介して良いかという問題はあるが、岡山が他の地域と比べて弱いという意味ではなく、中小企業同士が協力していこうという中小企業の育成型団地のような動き、あるいは、連帯で債務保証して全体を底上げしていこうとする動きがある。これが、経済のグローバル化の中で、そういう枠組みの中に入っている中小企業が、場合によって世界に出て行きたいという時に、そう簡単に出て行けないというマイナスの面、足を引っ張る面もあるかもしれないという話を伺った。

【問】

企業の視察や経済界の方々との懇談の中で持った岡山経済の印象はどうか。

【答】

最初に申し上げたこととやや重なるが、一つは、伝統的に極めて豊かな土地だと思った。それは気候・風土と大きく関係している。それから、製造業のウエイトが他の地域よりも高く、現在、製造業を中心に経済全体でも良い動きが起っている中で、他の地域以上にそのウエイトが高いということで、プラスの効果が大きいのではないかという気がした。さらに、製造業のプラスの中の一部は、単に現在の良い動きに乗っているだけということだけではなくて、昔からの伝統的な技術の蓄積があり、これが今の良い動きと重なって非常に強い動きとなっている面もあると思われる。

【問】

為替について、今年に入ってからの円高進行で財務省はかなりの介入をやってきた。一方で、日銀は当預の積み上げをやってきたが、市場の一部では、これが介入を担保したのではないかとの見方があるが、どのように考えているか。また、政府保有外債の日銀への売却という話が出ているが、日銀内部でも資金調達の多様化を考えている人もいれば、日銀法違反であり財務省所管の為替政策であるから反対との人もいるが如何か。

【答】

前者については、今年はある程度の介入が行われている。また、日銀は当預目標を引き上げている。ただ、日本銀行としては、当座預金目標の引き上げは、為替介入を非不胎化するという目的ではない。為替レートの動きも含めて、あるいは、他の変数も含めて、金融政策を決定しており、為替にだけ反応しているわけではない。外為特会からドルを何らかのかたちで日本銀行が買うかどうかという話がマスコミ等で触れられているが、正式な要請が財務省からきているわけでもなく、これは要請がきた時点で考えることにしたい。

【問】

現時点で、いつ頃デフレから脱却できると考えているのか。また、植田審議委員は政策委員会で最長老だが、就任から6年位経ってどのような印象を持っているか。

【答】

デフレがいつ止まりそうなのかということに関しては、正直言って良く分からない。2004年度までを見通した場合に、未だ緩やかなデフレが続くというのが我々の見通しであり、2005年度以降、早い時期にデフレが解消して欲しいと思っているが、この辺りまでに解消するであろうという確固とした見通しを今持っているわけではない。ただ、数字上は2003年度と比べて2004年度のデフレ率が拡大するという姿を出しているが、現在の一時的なデフレ率引き下げ要因を除いた基調的な動きでみると、デフレ率は今年から来年にかけてやや弱まると見ている。

二番目のご質問については、この5~6年を振り返ると、やはり厳しいところを通ってきたなという印象だ。ただ、金融政策としては、様々な工夫をして、精一杯、経済の動きを下支えしてきたと認識している。その中で、下支えをしているうちに、経済の力をマイナスの方向に引っ張っていた構造問題の一部については、改善の動きが出てきたと思っている。ただ、まだまだ先はあると思っている。

以上