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総裁記者会見要旨(2月5日)

2004年2月6日
日本銀行

―平成16年2月5日(木)
午後3時半から約55分

【問】

先程発表された金融経済月報(基本的見解)に基づいて、現時点での景気認識を伺いたい。

【答】

既に発表した通り、次回の決定会合までの金融政策運営のスタンスは、ノーチェンジ(現状維持)である。前回決めた当座預金残高の目標値に従って、機動的、弾力的に政策運営を行っていくということである。金融調節関連では、国債現先オペへの金銭担保の導入、物価連動国債の適格担保化を決定した。これは金融調節を機動的に行うための道具立てをさらに充実するという趣旨である。

今お尋ねの経済金融情勢に対する見方は──基本的見解の文章をお読み頂けたかと思うが──、前回決定会合からあまり時間も経っておらず、追加的なデータはあまりないと思うので、判断の基本的な枠組みは変わっていない。景気は引き続き緩やかに回復を続けており、今後もそのように動くであろうということである。個々の指標で見ると、輸出・生産が、少なくとも年末くらいまではかなり目立って増加している。雇用の面でも、有効求人倍率とか失業率で見る限り、比較的良い数字が出ている感じがある。また金融面でも、金融市場局が行っているローン・サーベイでみると、企業サイドでわずかに資金需要が出てきていると窺える節があるし、その他の調査では、逆に金融機関サイドでも融資姿勢がさらに積極化している。年が明けてまだ日が短いので、1~3月にこれを引き伸ばしてみると当面の基調判断もより正確にできるのではないかと思っている。今まで出たデータからみて、10~12月については、おそらくGDP統計についても比較的高めの数字が出ると思うが、経済というものは、予想よりも高めの動きが出た場合は、その後に若干の調整をしていくことがあるので、今申し上げたとおり、10~12月、1~3月と引き伸ばして、実際によく確認しながら、これからも適切な対応をしていきたい。物価については、生鮮食料品を除くコアの消費者物価指数でみると極めて微細な一進一退の動きで、結局ゼロ%でここ数か月横這っている。その限りでは分水嶺を歩いているということで、良い傾向にターン(転換)して欲しいが、これも今後の推移を少し見ないと軌道がよくわからない面が残っている。

【問】

1月20日の追加緩和について、景気回復を確かなものにするという趣旨で政策変更をされたということであるが、量的緩和がもたらす景気浮揚効果は限定的ではないかという指摘もある。量的緩和の景気浮揚効果について、日銀の見解を改めて伺いたい。

【答】

日本銀行の金融政策に対する姿勢は、量的緩和に踏み切って以降、極めて一貫した姿勢を貫き通している。現状においても、その点はいささかも変わりない。昨年以降、我々は一貫して緩和を続けていくという意味のことを具体的に約束するために、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるように、それをいくつかの条件に明確化しながらご説明している。この姿勢は最後まで貫く。情勢に応じ、必要な追加措置を講じて、補強しながらやっていくという姿勢は、微動だにしていないし、今後もしない。

ただ、こうした政策をとりまく経済、金融の局面は、当然のことながら刻々と変わっていく。普通の経済状況であれば、局面変化に応じて金融政策のスタンスは微妙に修正されていくのが普通の姿である。今のように景気が少しでも良い方向に向かえば、それに沿って日本銀行も金融政策の緩和スタンスを微妙に修正していくのが普通の姿であるが、我々は普通の姿をとらないということを繰り返し明確に言っている。局面変化があっても、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまでは、頑固に今の姿勢を続ける。経済をデフレ状況から脱却させる過程では、金融政策スタンスと局面の変化との相関関係が普通の状況とは違うということを、まず明確に申し上げなくてはいけない。デフレ脱却の過程では、政策スタンスは変わらないが局面は変わるという、ある意味で過去に例のない組み合わせが生じるということである。

量的緩和の効果は、民間部門の経済主体、特に企業がリストラを有効に進め、新しい価値創造に適した企業体制を整えるということに全力を注ぐことが大前提ということだ。こうした動きを最大限サポートできるような金融環境をきちんと維持していき、そのことによって金融緩和効果が持つ潜在的な力をフルに発揮できる。

量的緩和を始めた2001年3月以降、かなり長い期間が過ぎたが、少なくとも昨年夏頃までは、経済の下押し圧力がかなり強い状況が続いた。しかし、その後、経済全体としてみれば少し良い方向に向かっている。1つの大きな局面変化があったわけだが、民間部門、特に企業のリストラ努力や新しいビジネスモデルへの到達努力が一貫して続けられ、金融政策も量的緩和の枠組みを維持してその効果を最大限発揮していくという、両面の一貫したマッチングがなければいけない。局面の変化があっても、企業行動をフルに金融面からサポートしていくことにより効果を出していくとともに、短期および比較的長期の金利を極力低いところで安定させ、先行きについても、低位安定が確保されるであろうという企業の期待にきちんと応えていく。金融市場は、外部から様々なショックがきても、そのショックを早く吸収しうるような状況をいつも整えていて、企業がそうした努力をしていくときに余計な不安感に苛まれるということがないようにしていく。企業や金融機関などの民間部門の経済主体が努力をしていく際に、我々が金融環境の面から余計な邪魔が入らないようにすることによって、民間の経済主体の努力をフルに発揮して頂くという効果の出し方である。これまでも、経済がデフレ・スパイラルに陥ってもおかしくないくらい厳しい状況になった時に、何とかそこに至らないように下支えしてきた。経済に下向きのプレッシャーが強い場合には、「下支え」という表現でその効果を表すが、経済が少し前向きに動きだした場合には、日本語として「下支え」という言葉は適さない。言ってみれば、「バックアップしていく」とか、「後押ししていく」という表現になろうが、実体的な効果は何ら変わるものではないと考えている。

【問】

明日からG7が開催される。今回のG7に臨むに当たって、総裁の抱負や現時点でのお考えを伺いたい。

【答】

今回のG7で3回目の出席であり、それほど数多く経験しているわけではないので、G7について前もってフルに解説申し上げるほどの力はない。前々回の会合は昨年4月だったが、イラク戦争が起こった直後であったので、いろいろな不確定要因に対して政策当局が備えをきちんと怠らずにやっていこうという気構えでそろっていたと思う。昨年の秋のG7以降は、世界経済全体として少し良い方向への動きが明らかになってきた——不透明要因が消えるにつれ、そうした方向が逆に良く見えてきた——中で、その良い傾向を持続可能なものにしっかりとしていこうということで、気合いをそろえる方向になってきていると思う。持続可能性を妨げる要因は何かということを、きちんと点検しなければいけないし、もし妨げる要因があるとすれば、各国の経済政策当局が自分の成し得ることを最大限に施していくことで、良い成果を上げていこうという方向になってきている。

おそらく今回もその延長線上で議論が行われると思っている。既に前回のG7の頃から世界経済全体が良い方向に動いているとしても、グローバル経済全体の中の不均衡の問題があり、不均衡が拡大し続けると持続可能性に疑問が生じる要因になりかねないという問題点がある。為替市場の動きについても、そうした問題についてある意味でウォーニング(警告)を発している面があるのではないかということだ。世界経済全体の動きを大きくとらえながら、正しく問題を把握し——一朝一夕に解決できる問題は少ないであろうが——、おそらく時間をかけて、各国政策当局がそれぞれの政策責任の範囲内で良い政策を編み出し、実行していくことの確認が、基本的な作業になると思う。

【問】

金融庁による大手行への特別検査が今日から順次始まるが、銀行界に対する見方についてお伺いしたい。具体的には、大手行の不良債権処理の進捗状況についての総裁の現状認識と、大口債務者問題の解決に向けた進捗状況──特別検査で銀行が抱える大口債務者の問題が改めてクローズアップされるかもしれないが──について伺いたい。

【答】

日本の金融システム全般としては、引き続きまだ課題を数多く残していることは疑いない。しかし、そうは言っても、ここ1年から1年半近くの間に、金融システムの健全化の方向に向かって、かなり前進がみられた。このままで行けば、今後ある程度加速して前進していくのではないかと期待できる状況になっていると思う。

特に、大手行についてはこうしたことが言える。あくまで大手行全体としてではあるが、不良債権比率という点からみても、このところかなり急速に下がってきており、来年4%台にもっていこうという政府のプログラムの線上にだんだん乗ってきたという感じがしている。

努力を怠ればまた脱線すると思うが、今申し上げた通り、この線上で努力が加速されていけば、間違いなくこの目標は達成されることになるのではないか、と思えるところまできていると思う。

もちろん、個別銀行毎にそれぞれ異なった問題を抱えている──大きな取引先について問題を抱えているところ、あるいは小口の取引先でより多く問題を抱えているところなど、銀行によって区々である──が、既に問題処理の基本的な枠組みは、それぞれの銀行の中である意味でビルト・インされてきている。未だに方法がわからないというところはもう存在しておらず、十分自信を持って問題を処理されていくのではないかと思う。

金融庁の今回の検査については、金融庁と個別の金融機関との関係であるので、私どもからコメントすることはできないし、コメントするだけの材料も持っていない。

【問】

日本政府はかなり円高に対して危機感を持っており、かなりの額を介入しているが、これに対して、ユーロ圏からは、煽りを食らってユーロ高になっているとして、批判の声もあると聞いている。現在続けられている為替介入について、総裁のお考えを伺いたい。

【答】

介入そのものは、全面的に政府の責任ある判断でやっておられるので、介入についてのコメントは差し控える。

主要国のグローバルな構図という点から言うと、「円高」と捉えるよりは、やはり今のところは「やや傾向的なドル安」があって、その反面としてユーロ高や円高のプレッシャーがかかっているということだと思う。

端的に言えば、為替市場は、米国経済が双子の赤字を抱えていて、それが拡大傾向にあるという点を映し出しているということになると思う。しかし、米国経済については、現在のところは、大方の予想よりは強めに景気回復しているし、米国の個々の企業に対するマーケットの信認も非常に高い状況になってきている。

世界経済全体としては、アジアも高成長していることもあり、原油は高止まり、一次産品、国際商品市況はいずれもかなりのスピードで高騰している。

米国経済をみると回復のスピードが速いし、原油高、国際商品市況高、さらにドル安ということから、普通の経済状況であれば、ある段階からインフレ懸念が起こるとか、市場金利が高い方向に反応するといった動きが出てきて、ある意味では、為替市場についても、ドル安に対して逆の方向のメカニズムが働いてもおかしくない状況だと思う。今のところは、グローバル経済の枠組みの中で、まだ供給過剰の要因が地球上の経済の中には多くて、直ちにそのメカニズムが作動しない状況になっているのだと思う。

従って、為替相場は、ドル安が進む間はユーロ、あるいは円に対するプレッシャーというかたちで、欧州経済ないし日本経済に対しては、それだけ負担が余計にかかる。これは政治的なプレッシャーではなくて、経済分析の観点から言えば、そのような立場になる。

日本としては、日本の経済がそれを乗り越えて前進していくことが非常に大事であり、特に、デフレから脱却しなければならないという大きな課題を抱えながらの日本経済の前進であるので、我々も思い切った金融緩和というかたちで、サポートしているということである。

政府の為替市場への介入についての適否は、私は判断を避けるが、金融政策のスタンスとの矛盾がないかということであれば、矛盾がない方向で行われていると思う。

欧州では、おそらく、同じように政策的な負担を感じているのではないかと思うが、日本と違って欧州はデフレという状況にはなっていない。ECBが示している物価安定の数値定義──ターゲットではなく、参照値というのか──に比べて、物価上昇率は下がってきているが、まだわずかな距離を残している状況であり、そこを睨みながらの政策スタンスになっているのだろうと思っている。

世界経済全体としての政策のフレームワークは、それぞれの国が国内要因だけではなく、グローバルなフレームワークの中の政策的位置付けということをきちんと認識しながら行われていると思う。

【問】

景気について伺いたい。マクロの数字を見ると、生産・輸出・収益等も堅調であり、緩やかな回復が続いているが、一方、中小企業や非製造業をみると、構造調整の遅れや回復の遅れによって、ギャップがあるかと思う。循環的な景気回復だけでは、中小企業や非製造業の問題というのは、なかなか解決することが難しいかと思う。そのような点も含めて、総裁はどうみているか。また、10月の標準シナリオでは「緩やかな景気回復が継続する」とあり、CPIベースでみると、今年度も来年度もマイナスとなっているが、10月の標準シナリオよりも良いシナリオとなるイメージがあれば伺いたい。

【答】

まず1点目の、非製造業、特に中小企業に、今、大企業製造業にみられるような良い動きが──同様とまではいかなくても──同じパターンで拡がっていくということが大事ではないかというお尋ねは、その通りだとお答えできると思う。やはり日本経済の回復が持続可能性というものを強く身に付けていくためには、景気回復の裾野が拡がっていき、生産・所得・支出という好循環が単線的ではなくて、拡がりを持って展開していくということが非常に重要だと思う。

大企業と中小企業の間には、循環的に見ても多少タイムラグがあるとは思うが、同時に、大企業の業況回復というのは、単に循環的な波に乗っているというだけではなくて、やはりリストラ努力と新しいイノベーションによる付加価値創造の力を付け加えながら、世界的な好循環の上に乗っかるという姿になっている。

中小企業についても、多かれ少なかれタイムラグがあって、遅れてきたバスに乗るというだけではなく、中小企業は中小企業なりに自ら工夫を凝らして新しい創意で好循環のバスに乗るという備えが必要であると思う。そのことについては、日本の中小企業の経営者も相当ご理解が進んでいる。中小企業にとっては、地域全体の経済が停滞しているという環境に恵まれない難しさなど、いろいろなハンディキャップは確かにある。しかし、新しい経営のあり方、スタイル、方法というものを発見した企業については、順次、次の道を見出しつつあるところも非常に多いという感じがする。

中小企業金融公庫などの調査物をみても、緩やかに業況は好転してきているようであるし、業況が良くなっていく可能性がある企業に対しては、金融機関は目ざとくそれを見出して、新しいお金を出すことも始まっている。

中小企業の世界でも既にキャッシュ・フローという言葉は、外国の言葉ではもうなくなっていて、自分たちのビジネスについて、将来の収益性を数字の上で予測し、それに対してどの程度リスクがあるかという感覚の掴み方も、かなり広範囲に始まっている。

そうでなければ、金融機関のほうで提供し始めている無担保・無保証ローンなど、企業のほうの条件変化なしに、闇雲に伸びるわけがないと思う。また、そういう条件が整っていけば、金融機関のほうでも新しい審査能力が身に付いてくる。担保ということを頭の中に真っ先に思い浮かべるというよりは、キャッシュ・フローをどう読むか、企業自身の見方と、自分達の見方とは一体どう違うのか──リスクの評価についても同じであるが──、その辺のすり合わせがもう健全に始まっているということもあるので、一概に悲観する必要はないと思う。そういう大きな背景がある中で、これからの課題が多いこともあり、我々はこれからもしっかり踏ん張って緩和を続けると申し上げている。

次に、第2点目については、標準シナリオで、政策委員の多数のメンバーが、先行きのCPIの見通しが、基調は良くなっているけれども、計数でみれば小幅の下落が続くだろうという予測をしている。今後、経済が好転していく中で、この標準シナリオそのもの──特に物価に関する見通し──が上方修正されていくということは、我々の金融緩和のフレームワークを修正していく場合に必要な要件の1つである。それは、今後の経済情勢の展開次第であり、我々としては、早く上方修正できるような時期が来て欲しいと願っているし、そのようになるために、今後も最大限政策努力をしていきたいと思う。今のところ、いつ頃、そのような上方修正が出来るかどうか、まだ率直に言ってわからない状況である。

【問】

量的緩和政策は為替相場に何らかの影響を与えると思うか。

【答】

政府による為替市場への介入のような直接の効果はないと思う。金融緩和は、一般に自国通貨に対しては、自国通貨高よりは自国通貨安の方向に作用する。それは間接的なルートを通じてそうなるということが言えると思うが、あくまで間接効果であって直接効果ではない。むしろ金融緩和政策というものは、為替市場からの影響も含め、経済の回復に対して負担をかける要因がある時に、経済自身がそれに持ちこたえて、当初の線に沿って——あるいはそれ以上に——回復力をつけていくことをサポートするためにやる——ある意味で間接的な効果を強く出していきたいという——趣旨のものである。

【問】

前回のG7での「柔軟性」という言葉を受けて、その後に円高が進んだが、こうした状況を踏まえて、今回のG7での為替の議論にどのように臨まれるのか。また、どういった展開になるのか、総裁のお考えを伺いたい。

【答】

実際に会議に臨まないとわからないが、前回も為替相場の議論にばかり話が集中したということではない。たしかドバイでの記者会見の時にも申し上げたが、不均衡の是正という点からいくと、やはり各国それぞれに構造改革を要する問題があり、それに対する長期的に粘り強い努力が必要だということの確認のほうにむしろウエイトがあった。経済、社会の仕組みについて柔軟性がある状況とそうでない状況とでは、この不均衡の是正の問題の解決速度も違ってくる。フレキシビリティ(柔軟性)という言葉は、経済、社会の仕組み全般に適用する言葉であるが、為替相場についてもそうした広い意味の柔軟性の中の重要な位置付けを占めるという理解で、あそこに言葉が入った。今回、コミュニケについてどういう議論が行われるかは、様々な実体的な議論を行った後でないとわからないので、その点についてはコメントできない。

【問】

先程、総裁から景気の局面の変化と金融政策の関係という話があった。また、これまでデフレと金融政策との関係にも度々ご発言されてきたと思うが、景気の局面の変化とデフレの関係についてどのように認識されているのか。換言すれば、現在の景気の変化は、デフレの解消にどのような力を及ぼしているのか、あるいは直接の力は及ぼしていないのか。

【答】

景気の回復は、明らかに存在する需給ギャップを縮小していく力を持つから、デフレを解消していく力はあると思う。しかし、景気回復とデフレ解消の間の時間的距離がなお残っているということを同時に申し上げている。時間的距離が残っている間は、景気そのものが上昇を続けても、金融政策のスタンスは変わらない。そこが普通の経済情勢を前提とした金融政策の場合と基本的に違う。

つまり、消費者物価という一つの指数に連動して、我々はコミットメントを行っているわけなので、良いか悪いかは別にして、その目標が達成されるまでは金融政策のスタンスは変わらないということを申し上げている。

【問】

5年前の1999年2月、日銀はいわゆる「ゼロ金利政策」の導入に踏み切ったが、翌年解除し、2001年3月に量的緩和政策へ変更するなど、いろいろ曲折があった。今振り返ってみて、5年前の判断について、総裁はどう評価されているのか伺いたい。

【答】

あの時は、今のように消費者物価指数といった数字の上での明確なコミットメントではなかったのではないかと思う。ゼロ金利政策については、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」現在の金融緩和政策を続けていくという表現でのコミットメントを当時の日本銀行はしていた。そういう中にあって、2000年の景気回復——景気回復はデフレを解消する方向に力が働くし、現在も働いているわけであるが——の強さをみて、おそらく総合判断として——数字の上でのコミットメントではなかったので——デフレ懸念払拭の可能性という判断に当時は至ったのではないかと思う。

【問】

総裁は、消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になるまで今の量的緩和を続けるということを、絶対の約束だと何度も強調されている。他方、量的緩和を拡大する時には、金融調節上、必要な場合には長期国債の買入れ——現在は月1兆2,000億円ペースで行っているが——を増やすという枠組みになっている。長期国債買入れの上限として、日銀券の発行残高以内に抑えるという約束を設けているが、量的緩和が長期化した場合——あるいは一段と量的緩和を拡大しなければならない局面になった時——には、長期国債の買入れを月1兆2,000億円から引き上げることも今後ありうると思う。また、日銀券の発行残高の伸び率は低下しており、いずれ長期国債の買入れ額がこの上限に突き当たる可能性があるかと思う。その時に、日銀が自ら決めたこの約束は、もう一つの約束——消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になるまで量的緩和を続けるという「絶対の約束」——と比べて、どれくらいの重みがあるのか。

【答】

国債の買切りオペについて、私が着任して以来一度も増やしていない。増やす必要がなかったし、増やさないことによって国債に対する信認を確保するということに非常に役に立っていると思う。この考え方は今後とも崩したくないと思っている。

【問】

円高が企業部門に与える影響には多少時間のラグがあると言われているが、現在の円高が、特に中小企業に明るい動きが広がるかどうか重要だといわれている状況下、企業家のセンチメントに対する影響も含めて、国内経済に与える影響はどの程度であると認識しているのか。

【答】

なかなか円高の影響だけをシングル・アウト(抽出)して、この程度の影響であるというふうに申し上げるのは難しいが、幸いに、これまでの円高進行の下でも企業収益は改善を続けている。通貨が強くなるということは、本質的には良いことなのであるが、短期的にみて経済にかく乱的な影響がないかどうかについては慎重にみていきたいと思っている。「1円の円高になればどうなるか」といった機械的な計算ではなくて、人々の——特に企業経営者の——心理への影響ということまで含めて考えないと分からない。企業行動に与える影響が大事なわけで、そこは注意深くみていきたいと思っている。

【問】

先般、内閣府の情報公開審査会が日銀の情報開示について1つの答申を出した。その中で、「現在、金融政策決定会合の議事録は10年後に公表するというルールができているが、このルールについてあまり一律に適用することなく、もう少し柔軟に判断することが望ましい」という注文がつけられた。政府の1機関の答申の中の文言であるから、相応の重みを持つものと理解しているが、こういった注文に対して、10年ルールというものを今後どのように運用していくのか、総裁のお考えをお伺いしたい。

【答】

私どもは、この前の答申は、「『議事録公開は10年後』というルールそのものを基本的に見直せ」というものであったとは理解していない。個々に情報の開示請求があった時に、10年のルールだからといって、それだけの理由で機械的にはねつけるということではなくて、開示の理由、開示できない理由というものをその都度もっとも適切に判断して対応するように、という審査会の強いご示唆だったと我々は理解しており、その答申のご趣旨は尊重していきたいと思っている。

【問】

前回の会見で、総裁は3兆円の当座預金残高目標の引き上げがデフレ対策として効果があるとおっしゃっていたと思うが、30兆円を超える局面で当座預金残高を上積みすることが、どのような波及径路でデフレ対策につながっていくのかお伺いしたい。また、昨年10月に発表された「量的緩和政策継続のコミットメントの明確化」については、量的緩和の出口政策との関係──いつまで量的緩和を継続するのかという観点──から語られていると考えているが、これに加えて、目標残高をどのような場合にどの程度引き上げるのか──今回上積みした3兆円がどのような意味も持っているのか分からないとの声も多かったので──、その辺の透明化という観点からは何かお考えにはなっていないのか伺いたい。

【答】

量的緩和の効果については、本日も既に1回詳しく申し上げた。要するに、民間部門の経済主体──特に企業──がリストラ努力を継続し、新しい付加価値創造への体制をきちんと整える努力が前提だと申し上げた。そういう努力をする企業に対して、それが最も行われやすい金融環境を提供し続け、結果として、企業行動が前進し、デフレ脱却への出口に近づくということである。我々ができることは、短期とより長期の金利を低位に安定させることであり、それが将来にわたっても相当程度確保されると企業に安心感を持って頂く──金融市場に様々なショックが及んだ時も、企業として努力をしている途中でかく乱的要因に遭遇することがない、という条件を提供する──ということである。そのことだけで景気が良くなるということは、私は一度も申し上げたことがない。そういう企業の努力を後押しするというかたちで初めて本当に効果が出ると申し上げているわけである。

当座預金残高目標引き上げ分の3兆円という額についての機械的な計算根拠はない。市場の中で余分な流動性を持って頂くというかたちで、企業にとっては居心地の良い金融環境であっても、金融市場の参加者からみると、余分な流動性をどうマネージするかという難しい問題をお願いすることになるので、そこのところはもっと広く言えば、私が度々申し上げているように市場の機能を犠牲にしながら政策効果を上げていくという面がある。狙いとするところの効果が発現する一方で、犠牲にしなければいけないコストというものとの兼ね合いを常に測りながらでなければ決められないということである。従って、3兆円か2兆円か1兆円か、あるいは5兆円かというような機械的な算定ルールがあるわけではない。そういう意味では、企業にとっては良いかもしれないが、市場関係者のほうからすると流動性を余分に供給されるということは、ある意味で大変迷惑な面があるわけである。従って、どういうルールで積み増すのか知りたいという気持ちは痛いほどわかるが、機械的にルールを設定するということ自体が大変無理なことだと思っている。

【問】

ドル安とG7の関係でお伺いしたい。先程のご発言にあったように、総裁は、今のドル安というのは反転してもおかしくないような経済環境にあるかもしれないといったイメージをお持ちなのか。一方、市場においてはさらなるドル安・円高が進むと見ている方も依然としていると思うが、こうした見方についてどう感じていらっしゃるか。また、それを踏まえて、明日以降、G7にどのような姿勢で臨まれるのかお伺いしたい。

【答】

為替相場というのは円とドルとか、ドルとユーロとか、特定の2つの国の間の名目的な相場ということで為替市場を映し出すわけである。為替相場の調整機能というのは、ご承知の通り、それぞれの国が持っている貿易相手国全体に対して、すべての通貨を取り込みながら、そして将来のそれぞれの国の物価の予想変動率というものも織り込みながら、いわゆる実質実効為替レートのレベルでどれほど均衡点に近づいているかということが非常に重要だと思う。しかし、この均衡点を明確に「ここだ」というふうにクリアー・カットに数字の上で浮かび上がらせるということは誰もできない大変難しい問題である。市場というのは、本当は常にその均衡点を探り当てよう、という鋭い嗅覚を働かせながら動いている面があることも事実だと思う。

特に米国の経常収支の赤字の調整という関係から言えば、もし実質実効為替レートが均衡点にある程度近づいているとすれば、それはごく緩やかに、最初は目に見えないかたちで、米国の貿易赤字の拡大が止まる──あるいは少し縮小する──ということから始まる。ごく最近の米国の経常赤字の状況を見ていて、確かな動きとしてまだ言えないと思うが、少し赤字の拡大の状況が変わってきていると観測する方もいらっしゃらないわけではない。そのように為替相場の動きには自ら均衡点に近づきたいという動機を秘めながら動いている面もある。もちろん、時として、いわゆるボラティリティというか、極めて不規則な動きを拡大する局面もあって、皆目くらましにあってしまうわけであるが、冷静に考えると結局のところ、市場はある均衡点を求めて動いているということも事実である。おそらく、そうした面については、相場の動きだけ見ていてはわからないので、経常収支の中身の分析等について、それぞれの国がどういう持ち寄り方をするかということにもなると思う。従って、G7の議論は非常に幅広い議論が行われる。なかなか為替相場そのものの議論に到達しないぐらい、いろいろな角度からの議論が行われ、今回もそうなるだろうと思っている。

【問】

為替介入については政府の責任であるということは事実であるが、一方で、日銀も介入に関与されていること、為替介入の影響はマクロ政策にもいろいろ出てくることから、介入の是非について改めて総裁にお聞きしたい。

個人的には、今財務省がやっている介入は異常ではないかと思う。介入に伴って出てくるいろいろな副次的な問題──円売りドル買いを行ない、その結果として大量の米国債を購入することで、今度は保有している米国債がドル安で為替評価損を被るリスクが非常に高くなっていることなど──は、無視できないものである。また、介入資金の調達のためにFB残高がだんだんに増加していくことが、外為特会の枠組みだからということで許されるのかという問題もある。仮に、今後ドル安がトレンドとして続く場合の為替評価損のリスクについて、総裁はどう思われるか。

次に、総裁はこれまで政策の問題について、アカウンタビリティーの重要性を常に言われてきたが、財務省の為替介入の政策についても、「知らせるべからず」というような姿勢ではなくて、もう少し政策検証ができるような──「この為替水準で何故介入したか」など──議論の場を持つことも大事ではないかと思う。その辺について、総裁ご自身はどう思われるか。

最後に、本年1月にも7兆円近い巨額の介入資金がつぎ込まれながら、結果としては1ドル105円の水準で止まったままである。仮にドル安の状況が続き、1ドル100円の水準に近づいていって、介入額が8兆、10兆とだんだん膨れ上がった場合でも、「ここまで介入したら、為替の動きに対して歯止めが利く」と果たして言えるのかどうか、議論が分かれるところだと思う。そもそも、現在の状況はむしろドル安が問題なのであり、米国にもっと意見を言うべきだと思うのだが、総裁のご見解を改めて伺いたい。

【答】

責任分担は非常に明確にしておかなければいけないということを、まず申し上げなければならない。介入に伴う為替リスクの大きさや、国内や米国の金融市場にどういう影響が波及するのかということについて、我々が認知している一方で、もし政府が認知しておられないとすれば、我々は十分情報を差し上げなければいけないし、現に差し上げている。全ての情報を得た上でどう判断するかというのは、政府の責任だと思う。私は非常に合理主義者であり、私の責任については100%責任を負うが、政府の責任事項については、その点については政府の責任だということを明確にしながら、我々の持っている情報で政府が持っていないものは全部差し上げる。こういう役割分担を明確にやっていくつもりである。

透明性の問題については、日本銀行の場合には政策委員会の意思決定プロセスについて最大限透明化を図る努力をしている。しかし、特に為替介入は、市場に対して常に完全に透明であるのが本当に良いのかどうかという大変難しい問題を抱えている。外国の政策当局が介入する場合にも、それは大きな悩みになっていることでもあるので、為替介入操作についての透明性確保は、もっと研究の余地が多く残っているような気がする。政府が直ちに日本銀行と同じレベルで透明性を確保すれば良いという単純な結論を出しにくい面があるのではないかと思っているが、私自身もまだ考えの及ばないところがたくさん残っている。

以上