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総裁記者会見要旨(6月15日)

2004年6月16日
日本銀行

―平成16年6月15日(火)
午後3時半から約40分

【問】

今日の政策決定会合の結果について、要旨を直接総裁から伺いたい。あわせて、景気の現状について、今日の「金融経済月報・基本的見解」の総括判断も上方修正されているようなので、その経緯も踏まえて景気認識について伺いたい。

【答】

今日の決定会合の結論について、あまりたくさんお話することはない。1つは、現在の30~35兆円程度という当座預金残高目標を維持することを決定した。それに絡んで、引き続き消費者物価指数に基づく明確なコミットメントに沿って、今の量的緩和政策を堅持し、しっかり継続していくという方針を改めて強く確認したということである。

背景となる経済・物価情勢は、既に基本的見解についてご披露していると思うが、日本の景気は回復を続けているということである。あえて言えば、その前向きの好循環を少しずつ強めながらそこそこのペースで回復を続けているということであり、前向きの好循環という意味では、生産活動、企業収益、設備投資と、その好影響が雇用の面にも少しずつ及んできていると認識したということである。つまり、雇用という面で、好循環の影響が家計部門にも少しずつ及びつつあるという判断である。

先行きについても、景気は回復を続けるということである。今申し上げた前向きの循環がさらに明確化していくとみているわけであり、海外経済が高めの成長を続けている下で、輸出や設備投資を中心として、最終需要の回復が続き、生産も引き続き増加していく可能性が高いということである。今申し上げた家計部門への好影響という点では、企業の人件費抑制姿勢は維持されているが、そうした中でも、生産活動や企業収益からの雇用者所得への好影響の波及も次第に明確化していくと考えている。循環という意味では、非製造業の投資の出遅れ感は残っているが、こうした点についてはよく確認していかなければならないと考えている。

一方、物価面をみると、内外の商品市況高あるいは需給の改善を反映して、国内企業物価は上昇している。原油高の影響もあり、この先も国内企業物価は当面上昇を続けるとみられるが、この上昇は、現在までのところ川上ないし川中段階が中心で、川下段階については、企業部門の生産性の向上などによってかなり吸収されており、その波及は限定的に止まっている状況だと認識している。従って、消費者物価指数、とりわけ金融政策で重視している生鮮食品を除くコア消費者物価指数については、基調的に小幅なマイナスで推移するという予想は変えていないという状況である。原油価格の影響等もあるので、今後の動きは丹念に点検していかなければならないと思っているが、消費者物価については、展望レポートの見通しのラインに沿って動いているという基本的な認識に変わりない。

【問】

長期金利がじわじわ上がってきており、昨日は1.85%台とほぼ4年振りくらいの水準までつけている。こうした動向について、ポジティブ・サインという見方がある反面、最近は政府筋からは行き過ぎた上昇への警戒感や牽制する発言も出ているが、長期金利の動向と現在の水準について、総裁の認識を伺いたい。

【答】

長期金利に限らず、金融為替市場の市況の動きについては、丹念にフォローしているつもりである。また、市場の声にも冷静に耳を傾けているつもりである。市場の声として我々の耳に静かに聞こえてくるのは、今お尋ねの長期金利について言えば、世界経済がよりバランスのとれたかたちでより高めの成長を続けている、また、世界的にディスインフレーションの傾向にも少し変化が窺われつつある。その中で、日本の景気も回復してきている、そういうことが大きな背景だろうという声が聞こえてきている。長期金利というのは、何回もお話ししているが、長い目でみると将来の経済や物価に対する人々の見方を反映して変動していくものであり、市場の静かなる声もそれと同じ見方をしているということだろうと思う。もちろん、同時に市場の中では、いろいろ思惑めいた話、そうした雰囲気もあるようだが、これはかねてから申し上げているとおり、市場は短期的には様々な思惑によって動く一面も有しているということだろうと思う。

私どもは、現在の市場の動きについては、先程申し上げた内外の経済の動きを反映して、為替市場、株式市場、債券市場、それぞれの市場が相互に牽制機能を働かせながら、均衡点を模索している段階と思っている。もちろん、市場は思惑によって大きく振れるリスクを常に抱えているので、日本銀行としては、金融政策の効果を円滑に浸透していく立場から、そうした動きを含め、注意深く見ていかなければいけないと思っている段階である。

【問】

インフレ参照値について、先日の衆議院の委員会で、「検討対象に入ってくる」というような趣旨の発言があったかと思うが、一歩踏み込んだ発言との受け止め方も一部にある。その発言の真意──現時点でのインフレ参照値に対する考え方──について、改めて伺いたい。

【答】

一歩踏み込んだ発言をしたという受け止め方をなされたということであれば、それは私の真意ではない。インフレ参照値、インフレ・ターゲット、こういったものを目先の課題として検討対象に挙げるという発言をした覚えはない。

当面は、消費者物価指数の前年比変化率が、安定的にゼロ%以上となるまで、今の政策姿勢を堅持するということを申し上げた。これが達成された後、その先の金融政策の運営については、金融政策の透明性向上という観点を十分織り込みながら、新しい方式を考えていかなくてはならない。

そのような大きな枠組みを考えるときに、いろいろな道具立てを考えていかねばならない。その1つの項目として、頭からこういったものを検討対象から外すという意味ではないという趣旨のことを申し上げたつもりである。ここに特化して、これが大きな検討対象の課題だということを申し上げたつもりは一度もない。

【問】

先程、「市場は短期的には振れることがある」とおっしゃったが、端的に伺うが、今の水準はやや振れている水準なのか。金利先物市場で昨日──今日は多少買い戻されたようだが──、来年3月限の先物金利の水準が0.3%近くまで上昇し、単純に考えると、来年3月での量的緩和政策解除という思惑を市場が持っているような市況になっていた。これも「やや振れている」とお考えか、長期金利と併せて、ご意見を伺いたい。

【答】

市場全体を眺めていると、私どもが特徴的に捉えているのは、繰り返しになるが、為替市場、株式市場、そして債券市場が相互に牽制機能を働かせながら、均衡点を懸命に模索している動きだ。そういう意味では、非常に正常な市場の動きと捉えられると思う。

また、債券市場だけをみても、皆様方のご記憶に一番新しいのは、昨年の夏から秋の動きだと思うが、その時点と比べてみると、例えば、スワップ・スプレッドの開きがそれほど大きくないし、ボラティリティーが非常に高まっているという状況ではないと思う。先程私は「市場の静かな声」と言ったが、その「静かな声」が私どもの耳に聞き取れないほど掻き乱されているわけではないというのが市場の雰囲気であり、昨年の夏から秋にかけてよりはずっと落ち着いている。この2つのことが申し上げられると思う。

しかし、昨日までのここ数日の動き──今日は債券が買い戻されているが──については、足取りが少し速くないかというと、少し速いかなという印象は受ける。もっとも、それは市場の日々の動きで、1日、2日の動きを捉えてコメントすべき性格のものではなかろうと思う。

いずれにしても、これからデフレ脱却の目的を果たしていくために、金融政策の効果を浸透させていく非常に重要な過程にある。私どもの量的緩和政策は、景気が上向き過程に入り、かつ上向きの動きを続ければ続けるほど、この量的緩和の景気刺激効果が強まっていく。この強まっていく効果をしっかり発現させて行かねばならない重要な過程に入っている。

従って、市場の動きがこれに対して攪乱的な影響を持つかどうか、あるいは、思惑がこれを乱すか、ということについては、非常に注意深くみていかなくてはならない。

繰り返し申し上げるが、今の緩和スタンスを続けるという我々の姿勢はいささかも揺るぎがない。この点について、思惑の入る余地はないと断言申し上げたい。

【問】

先程の質問にもあったが、長期金利の現在の水準について、政府筋のほうから日銀でいろいろと金融政策対応をやってくれるのではないかと催促するような声が出ているが、特に長期金利に対して日銀の対応を求める声に関してはどうお考えか。

【答】

政府による経済の状況、先行き見通し、あるいは物価情勢に対する判断は、私どもと基本的に相違はない。つまり情勢判断が一致しているということであるし、市場の動きに対しても政府は非常に冷静に見ていると認識しており、格別私どもとの間に認識の不一致はないと思っている。疑問であればお確かめ頂きたい。

【問】

今の質問に関連するが、長期金利の上昇等に対しての金融政策の対応策というのはあるのか。

【答】

私どもは、現在の緩和姿勢というものを貫き通すことによってデフレ脱却を果たしたい。そのために、情勢判断——経済や物価の見通しについての情勢判断——を的確にお伝えすることによって、市場と我々との間で認識の不一致が及ばないようにしたい。

市場で思惑が強まるケースというのは、私どものスタンスに対して疑いが起こる場合と、経済・物価情勢に対して認識の不一致がある場合の2つである。私どものスタンスは揺るぎがないということは断固申し上げられるし、認識の不一致がないように常時、我々も経済情勢判断を正確に研ぎ澄ましていかなければならないと思っている。マーケットの方もそこは思惑を先行させることなく、きちんとデータを見て頂きたいと思っている。

【問】

中国の金融政策について、引き続き引き締め方向ではないかという観測が強いと思う。中国の今後の金融政策が日本経済にどのような影響を与えるのか、日本経済の回復の腰折れを招くような懸念はないのか。

【答】

お尋ねにはなかったが、海外経済の安定的な拡大基調がしっかり続くかどうかは、日本経済の今後を占う上でも非常に重要なファクターである。米国経済については、今までミッシング・リンクといわれていた雇用の問題が、かなりタイムラグを伴ったけれども、相当キャッチ・アップしてきている。今は、米国経済については、物価上昇率がどれぐらいまで高まってきているのかというほうに焦点が移ってきている。本日、米国で新しい物価指数が出るが、こうしたことを踏まえて、米国の物価状況如何ということがこれから正確に測定される。グリーンスパン議長は米国の金融政策をat measured pace(慎重なペース)で調整していくとおっしゃっているが、そのmeasured pacemeasurement がこれから始まるというところだ。そこがきちんとmeasureされれば、米国経済のバランスのとれた回復が担保される可能性が強いと思う。

お尋ねの中国については、中国経済の過熱という言葉が当たるかどうかわからないが、特に投資熱の過度の高まりという点について、中国の政策当局は非常に早い段階から問題意識を持ち、流動性の吸収や融資に対する直接的な行政指導の強化など、様々なかたちでそのコントロールに乗り出してきていた。最近——特に4月以降——出てきた中国の経済指標を見ると、生産、投資、銀行貸出のどれにしても、少し抑制効果が出てきているような感じがある。そうであれば、中国経済についても円滑な調整への方向性が出始めたのかという気がするが、もう少し様子を見ないとわからない。円滑な調整が進んで、中国経済が大きく波打つことなく拡大ペースを維持するということが大事な点だと見ている。

【問】

今月は米国で利上げ観測が広まっているし、先週も英国の中銀が利上げをした。世界的な緩和局面からの転換が起き始めているのではないかという見方が強まっているが、そうした流れの中で日本の金融市場に与える影響をどのように見るか。

【答】

何回か申し上げたと思うが、市場はグローバル化のもとで、かなり一体化が進んでいるという状況である。従って、世界経済全体として拡大シナリオが定着し、物価についても大きな方向性が少しずつ変わり、金融政策についても少しずつ方向転換を遂げる中央銀行が出てくるという状況があれば、市場はその影響をその都度吸収し消化していく。時々、不規則な動きを市場が演出するということは当然あると思うのだが、そうした過程も経ながら、やはり市場はインパクトを吸収していくものだと思う。

日本銀行の場合には、目先、政策の方向転換を予測していない、予見していないということである。当面は、世界経済全体のそうした流れの変化の中で、各中央銀行がとるであろう政策を市場が如何に消化していくか、市場自身がテストを受けながら消化能力を強めていく。我々がいつか、皆様方の言葉を借りれば、エグジット(出口)に近づく、あるいはエグジットのポイントを通過して以後も、私どもは極めて不連続なことはしたくない。経済が連続的に変化するものである以上、我々も連続的に新しい局面に入っていきたいと思っている。その我々の狙いと、前もって相当テストを受けて練れた市場の上で、我々が新しい政策展開をしていくことができれば、我々としてもより望ましい政策効果を上げていきうるのではないかと、一応そのように想定している。

【問】

先程、量的緩和というものは、景気が上向く過程に入り、そういう状況で続ければ続けるほど刺激効果があるとおっしゃった。今既にそういう過程に入っているというご認識だと思うが、逆に、量的緩和を長く続け過ぎることで、先々、望ましい物価を超えて物価が上昇したり、あるいはそれを抑えようとして急激な引き締めを行い、景気の大きな変動を引き起こすリスクはないのか。

もう1点は、市場では──あるいは一部の思惑かもしれないが──、今年度後半から来年度前半にかけて量的緩和が解除されるのではないかという見方も出ていると思う。いろいろな思惑が出てくる背景として、日銀は安定的にCPIがゼロ%以上になるまで量的緩和を続けるという定義自体がよくわからない──例えば「安定的に」というのが、ゼロ%を少し上回るのか、あるいはその少しというのが0.5%なのか1%なのか、どこまで行けば安定的にゼロ%を上回るのかといったことがよくわからない──ことがあると思う。また、日銀が想定している物価の安定、望ましい物価上昇率というのはどこら辺にあるのか、それもよくわからない。その結果として、いろいろな思惑が錯綜して、市場にいろいろな思惑が出てきて変動を大きくする可能性もあると思う。日銀が思う望ましい物価上昇率というのがどこら辺にあるのか、また、「CPIが安定的にゼロ%を上回る」ということとどのように関係するのかという点について、どのようにお考えか。

【答】

金融政策は、特定の経済指標をターゲットにして、そこにあまりに機械的に結びつけると、機動性を損なうという意味でリスクを伴うということは一般論としてある。そのリスクを我々は最大限考慮しながらも、コミットメントを明確化することによって量的緩和の効果というものをより大きくしたい。このメリット、デメリットを十分計算した上で、CPIの前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまでというターゲットを設定したわけである。この点について、CPIが安定的にゼロ%になるまでの間に、今の金融政策のフレームワークの修正に時間がかかり過ぎるリスクというものはごく僅か含んでいるであろうと、厳密に議論すればおっしゃる通りだ。しかし、我々は今なお、将来デフレに再び戻らない経済にするために、量的緩和の効果をさらに浸透させていくメリットのほうが、ゼロに近づくまでの時間的距離がなお長いということのデメリットに比べて大きいと判断している。

そして、先程も申し上げた通り、景気回復過程に入れば、量的緩和の効果がより強まるということは、我々のメリット・デメリット論のリスクの度合いというものを減殺させる効果も持っていると思う。市場でいろいろな思惑が出るのは、1つには、世界的に物価の方向性が徐々に変わってきており、国ごとにみれば政策の方向性の転換を行う、あるいはそれを具体的に検討する中央銀行が出てきている中で、それと比べて日本銀行はまだじっとしているという開きが存在するということがあると思う。また、世界および日本経済に共通の現象として、景気が良くなっても、昔に比べれば物価に波及する時間的距離や度合いが共に違ってきている。このため、その間の距離感を市場が円滑には消化し得ずに、昔の感覚でみればどうしても従来の常識が働いて思惑が働くという部分があると思っている。我々は、消費者物価指数が安定的にゼロ%という明確なターゲットを示している。将来のより均衡のとれた姿については、早く示すとか、それを今の段階で示していないとか、あるいは将来示すであろうかなど、それは将来に対する疑問として、我々はしっかりと受け止めていることを何度もお答えしているわけで、この点が当面の思惑の種になっているとは私どもは理解していない。

【問】

2点伺いたい。1点目は景気と物価のことだが、昨年度、米国もそれなりの経済成長をしたにも拘わらず物価がなかなか上がらなかった。生産性の上昇ということもあるかと思うが、ここにきて米国も、景気回復が物価のほうに反映してきて物価が上昇基調である。日本の場合には、米国と比べると景気回復が素直に物価には反映し難いという認識をお持ちなのか。

2点目は設備投資についてである。今年度に関しては設備投資、生産、輸出に関しては心配はないかと思うが、米国と中国の経済成長に持続性があるとは考え難い。米国と中国の減速によって、日本の製造業の設備投資が今年度下期または来年度にかけて若干減速する、あるいは設備投資の循環から判断して若干減速するような見通しもあるかと思うが、その中での非製造業の設備投資の回復の力強さなどを含めて、先行きの設備投資について伺いたい。

【答】

日本経済も米国経済も景気の回復に比べて物価の面での変化、その感度が過去の経済に比べて鈍くなっているとか、あるいは物価変動が起こり始めるまでのタイムラグが大きくなっているという点では共通である。しかし、日本のほうがスタートラインの需給ギャップが大きい。従って、スタートラインの物価水準が低い。つまりデフレから回復を狙っているということであるので、その差が米国と日本の差ということは明確に言えると思う。日本においても需給ギャップがこの先さらに着実に縮まっていくということが、デフレ脱却の一番基本的なメカニズムだと理解している。従って、景気を長続きさせなければならないということだと思う。今のスタンスで緩和効果をさらにしっかり浸透させたいと言っているのはそういう意味である。

もう1つ、海外環境——米国、中国の景気回復ないし景気拡大がこの先も持続性を持って続くということ——が非常に大事ではないかということはご指摘の通りで、我々もそのように思っている。米国の金融引き締めは景気の腰を折るためにやるものではない。グリーンスパン議長自身が景気の持続性を保証するために、at measured paceというか、非常に慎重に金利水準の調整をしたいと言っておられるのはそういう趣旨なので、我々としては、米国がもし金利引き上げに着手するのであれば景気の持続性というものを保証する結果を必ず生むような、そういう素晴らしい金融政策を是非展開して欲しいと思っている。

中国のほうも景気の調整手段は米国と違っているようであるが、狙うところは景気の腰折れというのは絶対に起こしたくないということで、当局者はそのことを強く意識しながら今調整をしている。この点は明確である。結果として調整が行き過ぎるリスクが有るか無いかという点は分からない。しかし、中国の当局者の意識は、景気の腰折れを起こさないように——今のまま放っておいて、景気が過熱して急激に景気が折り返してくるということを避けるために——必要な調整をしているという意識なので、その目的の通り効果をさらに上げて欲しいと願っている。米国、中国ともに景気の持続性ということが目標になっているということを重ねて申し上げたいと思う。

【問】

原油高と円高の修正ということで、企業物価については日銀が展望レポートで想定した見通しをかなり大きく上回ってきている。仮に今後、川下段階にも原油高などの影響が出た場合、一部では、これはコスト・プッシュ要因であり、企業収益、あるいは消費者にとってもメリットはないとの見方から、CPIが安定的にゼロを上回るという判断においても原油高による物価上昇というのは勘案するべきでない──つまりそうした物価上昇は量的緩和を解除するには十分条件にはならないのではないか──との見方もある。こうした見方についてのお考えを伺いたい。

【答】

企業物価指数は、これから今年度が終わってみて、最終的にどうなるかわからないが、今の足許の動きは確かに少し上振れ気味に動いている。世界的な景気の回復、商品市況の上昇、それに原油高の影響が上乗せされているということだろうと理解している。しかし、その企業物価自身も中身をブレイク・ダウンしてみると、川上の動きが川中にかなり波及しているということであるが、川下段階への波及は生産性の上昇によってかなり吸収されて限定的に止まっている、という構図に分解することができる。

消費者物価指数は、景気回復に伴う需給要因の改善ということが一番基本的な要素だとみている。逆にコスト・プッシュ要因という意味では企業物価の段階でみられる変化が消費者物価段階にどのように及ぶかということであるが、これは目下のところ限定的な影響に止まっているし、止まり続けるだろう。ただ、原油については、一般の商品市況の浸透よりはストレートに川下段階、あるいは消費者物価段階にも及んでくる公算が強いと思っている。従って、もうしばらくすると、日本の消費者物価指数にも原油高の影響は及んでくるであろうとみている。

原油高の影響が及んできて消費者物価指数の数字が少し変わった場合、これをどう読むかということはなかなか難しい問題を孕んでいると思う。米の値段が上がったから来年下がるだろうとか、医療費が上がったのは一過性のものだといった、特殊要因としての扱いは原油高については適当でないと思う。原油高の場合は、特に1970年代の石油ショックの時と比べて、今回は世界景気の拡大──つまり世界的な需要の増加──ということが大きな背景になったものであるという側面が強い。もちろん地政学的リスクに絡んで、いつ何時供給ショックが起こるかわからないという要素もある──そこは不確定要因である──が、経済的にみていくと、今回は世界需要の回復を大きな背景とする原油高という要素も非常に強い。この面からみていくと、原油高というのは景気が良いことの反映であり、従ってそれは素直に物価高であると理解しなければならない面と、逆に原油高はコスト・アップを通じて企業収益を押し下げる、あるいは所得の海外移転を伴うということがあって景気にとってはマイナスの面があり、両刃の刃というところがある。そこのところをじっくり分析しないと、単に表面的な消費者物価の変化率が原油高が浸透してきて変わったといって、単純な理解でこれを処理するわけにいけない。我々は経済全体に与える影響というものを少し深掘りしながら、それを分析していきたいと思っている。

【問】

日銀の決算では32年振りの経常赤字で、自己資本比率は引き続き8%を下回り、その数値も低下している。総裁は、量的緩和政策にいささかも揺るぎがないということをおっしゃっているが、一方で日銀のバランスシートにこういうかたちで副作用が反映されている。副作用はこれだけではないと思うが、この点に絞って、総裁のお考えを伺いたい。

【答】

平成15年度決算を既に発表済みであるが、日本銀行の経常利益は少し赤字であった。長期国債関係損益も損超幅を拡大した。外国為替のほうも円高に伴う外国為替関係損益の損超幅を拡大し、いろいろな要素はあるが大きくはこの2つから222億円の赤字になった。しかし、当期剰余金は555億円の黒字であるし、引当金勘定を含めた日本銀行の自己資本の水準は5兆1千億円ということで、バランスシート全体としてみると財務の健全性が損なわれたというようにはなっていないと思う。

債券にしても、外国為替にしても、我々のポートフォリオで抱えている限りは、これの将来リスク、特にマーケットリスクというものを常に計算に入れながらバランスシートをどう構成していくかということを考え続けているし、最終的な備えとして自己資本の充実ということも念頭に置きながら運営している。確かにデフレ脱却の過程で我々のバランスシートに通常では考えられないくらい大きな負担がかかっている。我々はあえて負担を抱えながら政策対応をしている面があるので、厳しいということは否めないと思うが、最終的に日本銀行のバランスシートが毀損されて財務の健全性が損なわれることがないように今後とも十分注意してやっていきたいと思っている。

以上