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田谷審議委員記者会見要旨(7月1日)

2004年7月2日
日本銀行

―平成16年7月1日(木)
釧路市における金融経済懇談会終了後
午後2時から約35分間

【問】

先程行われた金融経済懇談会の中で、参加者からどのような質問がなされたのか。また、今、全国では景気回復の流れにあると言われるが、道東の経済状況はどんな感じなのかという辺りをお伺いしたい。

【答】

  1. 先程の懇談会で出た話題を4つに纏めてお話しする。第1点は、北海道あるいは道東の経済はやはり厳しいという話が異口同音に出た。中央と地方の格差や企業間格差というものがなかなか縮小していないし、ある面では却って拡大しているのではないかということ、そうした中で伝統的企業と言われるかなり長い歴史を持った企業が倒産しているという現実があることなどについて伺った。

  2. 第2点として、今朝、短観が発表になった訳だが、短観のやり方について、対象企業の見直しが不断に行われているのかというご質問があった。例えば、優良企業ばかり入っているのではないかとか、新興企業がなかなか入っていない面があるのではないかというご指摘もあったが、私からは、やはり経済統計の本来的に持っている1つの弱みというものはそういうところに確かにあるので、そのために5年に1度は大々的に見直しているし、定期的にも見直しているというお話をした。

  3. 3点目に金融政策に関連してご発言があり、金融政策というものが中央に偏重していないかというご指摘、あるいはマーケットに偏重していないかというご指摘があった。その関連で、地方の実態にもう少し目を向けて頂きたいというご要望もあった。

  4. 最後に4点目として、将来を考えると不安な要因があるということが幾つか話題に出たので、3つほど申し上げる。1つは財政赤字がかなり拡大しており、国の債務残高が700兆円を超える状態になってまだ増加に歯止めがかかっていないということがあるが、これに対する懸念なり不安なりということが異口同音に聞かれた。2つ目は、長期金利がここのところ上がっていて、その企業収益に対する影響ということについて、不安を口にされる方がおられた。最後に、原油価格について、サウジアラビアの不安定性や、中国、インドといったエマージング諸国の需要拡大によってなかなか原油価格が下がってこないのではないか、もしそうであれば経済の先行きを考える上で困ったものだというお話があった。

道東の経済状況に関するご質問へのお答えだが、道東経済は全国平均に比べて少し回復が遅れていることに関連して、かなりいろいろなポイントが指摘された。第1点は、この地域は財政依存度が高いということ、特に公共投資に対する依存度が高いということ。第2点は、製造業比率が低いという点、特に輸出型製造業のウェイトが低いという問題が指摘された。一方で、農業はわりと好調だとの話があったが、それに比べて建設は大変厳しい状態が続いているということであった。そのほかに、消費の弱さになかなか歯止めがかからない、あるいは上昇の兆しがみられず、特に小型の小売店の業況が非常に厳しいという話があった。また、この地域でも若干ながら雇用の改善ということがみられ始めているが、それはパート中心であるということであった。こうした点を全体としてみると、農業の好調を除くとなかなか厳しいという話であった。

【問】

本日公表された日銀短観に関して見解をお聞かせ頂きたい。

【答】

5点ある。第1点は、設備投資、特に製造業──なかでも大企業製造業──の設備投資計画が強いと思う。第2点は、業況判断D.I.や利益見通しなど多くの指標で、バブル期以降の最高水準となるものが目立っている。第3点は、大企業製造業対その他、あるいは製造業対非製造業、大企業対中小企業といった間で格差が縮まっていないということが読み取れる。その理由としては、大企業製造業の改善がかなり大きかったためにこういう現象が起こったのであり、中小企業にしても非製造業にしても、それなりに改善はしてきていると思う。第4点は、設備判断D.I.とか雇用判断D.I.の改善がみられている。これの意味するところは、需給ギャップがそれなりに縮小してきていることが確認されたということだと思う。第5点は、企業金融が全般的に改善してきているということが確認された。

【問】

現在の景気回復は輸出の拡大に裏打ちされた面が大きいというご見解かと思うが、道東のように輸出に依存する割合が小さい地域は、どのようなきっかけで景気回復に結びついていくとお考えか。

【答】

確かに、大企業製造業主導で輸出が伸び、生産、企業収益、設備投資、そして雇用回りの改善まで繋がってきた。製造業、特に輸出型製造業のウェイトが小さいということが、なかなかこの地域の景況感の改善に結びつかない主因だと思う。振返ってみると、バブル崩壊以降、3回の景気回復局面があった訳だが、この3回とも共通しているのは、輸出に引っ張られて景気回復が始まったという点だ。しかし、今後ともこういうパターンでしか景気が回復しないのかというと、必ずしもそうではないのではないかと思う。例えば、構造問題というもののウェイトが段々小さくなってきているから、将来、内需主導型の回復ということも見通せるようなこともあり得るのではないかと思う。今は、確かにタイムラグがかなり長くて、厳しい局面が続いているが、この景気回復局面が続けば、この地域にも好影響が及んでくるだろうと思う。

また、それ以外にも景気を牽引する芽というものはいろいろな所にあると思う。そういうものを企業の方々が見つけて、それに対応し、努力をされるということが、地域の活性化、景況感の改善に結びついていくのではないかと思う。

【問】

  1. 2点伺いたい。講演の中で、国内経済の今後の動向について、前半は順調な展開、後半は拡大ペースが緩やかになるというような予想をされているが、その辺りにつき改めてご見解と理由を伺いたい。

  2. 次に、インフレ参照値について、現在のデフレ脱却に向けた動きの中ではデメリットが大きいというようなご発言もあったが、その辺りをもう少しご説明頂きたい。

【答】

  1. 第1点目の景気が今年度後半どうなるかということだが、多分1年前、あるいは半年前、もっと極端に言えば3か月前に、現在のような景気の状態になると予想した人はかなり少ないのではないかと思う。現在の景気の局面展開というのはかなり早いと思う。その1つの理由として、昨年末あるいは今年の初めにかけて輸出が相当な勢いで伸びたということが挙げられる。その結果として、本日の短観でもはっきりした数字の改善がみられた。しかし、もう少し先をみると、米国の経済状況は、金融政策が超緩和的な状況から、段々そうでない中立的な状況に戻っていくと言われており、その分だけ景気拡大ペースは緩やかになるかもしれない。加えて、減税効果の剥落ということも段々出てくるかもしれない。中国についても、政策当局が意図するように、2桁の成長率から7%前後の成長率に戻っていくというシナリオが最もあり得ると思っている。米国も中国も巡航速度での経済成長に向かっていくということを想定すれば、今までのような輸出の伸び、その結果としての生産、収益の伸びというものはなかなか期待できない状況になってくるだろうと思う。従って、瞬間スピードで言えば、今年度前半よりも後半は若干下がるかなと思っている。

  2. 第2点目については、経済がある程度正常化して金融政策の発動余地というものもそれなりに出てきた段階では、インフレ参照値といったようなものを持つことは1つの選択だと思っている。ただ、現在、政策発動余地がかなり限られている局面で、しかも、デフレ脱却を現在見通せない状況のもとで、インフレ参照値を持つことがマーケットの安定化要因になるとは必ずしも考えられない、というのが私の立場だ。

【問】

  1. 米国の金融政策について、「超緩和から中立的な状況に戻ると言われている」と委員ご自身述べられているが、この「中立的な状況」ということに関連してお聞きしたい。第1に、この中立的な状況、水準とは何かということについてご説明頂きたい。

  2. 第2に、米国において「中立的な状況」というものがあるのであれば、当然、日本にも中立的な状況があると思うが、今現在における日本の中立的な金利水準というものはどの程度とお考えなのか伺いたい。

  3. 第3に、量的緩和が解除されるためには3つの条件があって、3条件を満たすような時には景気がそれなりに強い状況にあるのだろうと思うが、量的緩和が解除されるような状況における中立的な金利水準というものはどの程度とお考えかなのか伺いたい。

【答】

  1. まず、最後のご質問の「日本のデフレ脱却時における中立的な政策金利水準がいくらか」という点については、まだ私には確たる具体的な答えは残念ながらない。

  2. 第2点目についても、米国のFFレートが中立的な水準に戻っていくと広くマーケットで信じられていることはご承知のとおりで、一部の連銀理事のコメントだとか、エコノミストのコメントだとかがいろいろある。また、マーケットでは、例えば金先レートから判断すればFFレートは今年2%、あるいは2%を少し上回る程度の上昇、来年についても同じ程度の上昇を織り込む動きがある。しかし、これが2%台なのか、3%台なのか、あるいは4%台なのかということについては、これからマーケットがその都度、様々な経済・金融情勢を考慮しながら判断していくものであり、確たる答えは今誰にも言えないだろうと思う。

  3. また、「何が中立的か」という最初のご質問についてだが、現在、米国は4%台の実質経済成長率を遂げ、物価変化率も消費者物価指数でみて──あるいはコア消費者物価指数の動きでみて──2%ないしは2%弱の動きをしており、これを以ってFRBは景気刺激的な超低金利は必要なくなったと判断している。従って、「景気を刺激する必要性がないレート」ということなのではないかと思う。

【問】

米国では「中立的な水準」ということについて様々な見方があるということをご紹介されたが、日本においてもいろいろな見方があると思う。日本ではどのような見方があるのかということと、委員ご自身がどのようにお考えかということをもう少し詳しくお聞きしたい。

【答】

経済がある程度正常化した後は、その時に考えられる基調的なインフレ率と整合的なレートが中立的な水準ということになるのではないか。しかし、現在は、今私の申し上げたような経済状況に立ち至るまでの展望は持てていないので、それに向けて量的緩和を堅持していくというスタンスをご説明している。

【問】

経済が正常かどうかに拘らず、足許の「中立的な金利水準」というものがあると思うが、その点についてどのようにお考えか。

【答】

いろいろな計算方式がある──例えば、テーラー・ルールによって求められる金利も1つの考え方であろうし、テーラー・ルールを計算する際にもいろいろな計算方法がある──と思うが、こうした様々な方法によってそれぞれが計算して求めるものではないかと思う。私がある特定の計算方式に基づいて、この程度ではないかと言うことは、あまり適切ではないと思う。

【問】

インフレ参照値を現時点で導入した場合、政策の自由度を過度に奪うことになるという趣旨の発言が講演の中であったかと思う。これの意味するところが、今導入しても意味がないということであるならば、わりと理解しやすいと思うが、自由度を奪うということは、量的緩和の継続あるいは出口の中でどういう事態を想定しておっしゃっているのか、改めて伺いたい。

【答】

インフレ参照値の下限をβ、上限をγとすると、そのβなりγなりということが、金融政策を変更するトリガー(引き金)となる物価変化率αという数字とかなり混同される──例えば、αとβというのがかなり混同されて理解される──危険性があると思う。要するに足許の物価変化率がx%で、参照値の下限がβであったとすると、xがβに近づくに従って、マーケットはかなり不安定化するおそれもあると思う。しかも、その時の資産市場の状況や景気の局面などがわからない状態でそういう数字だけを言うということは、かなりその後の金融政策についてのマーケットの考え方の幅を大きくするのではないかと思う。例えば、αにしろβにしろある数字を言い、その間に景気の回復が持続し、資産市場にもかなり変化の兆しが見られるような状況になったとする。この時に、マーケットというものが、それだけ長くゼロ金利が継続するということを想定した場合、一旦、金融政策のスタンスが変わった後は、相当大幅な変更があると予想しかねない──大きな金利の引き上げが必要になるということを想定しかねない──と思う。ある数字を言うことによって、そうした数字に近づくに従ってマーケットが大きく不安定化するおそれもあると私が想定しているのはこういう事態だ。

【問】

先程、道東の景気に関して、輸出産業がない地域ではそれ以外に牽引の芽をみつけてはどうか、という話があったが、もう少し具体的に──他地域の例など──お聞かせ頂きたい。

【答】

私はまだ当地に2日しかいないので何とも申し上げようがないが、例えば、消費が全体としては弱いということがよく言われるものの、現実問題としては1990年代後半から名目の消費というものはほぼ一定で推移している。なかなかこれを説明する理由は見つけ難いと思うが、要するに所得対比でかなり消費は強い状態が続いている訳で、つまりは勝ち組の企業もかなりある訳だ。1つの例を言えば、例えば観光客をどう誘致したらよいかいうことで成功されている地域もあるので、こういうことを1つの柱にして地域活性化あるいは景気の回復は牽引できるだろうと思う。具体的に何をしたらよいかということはなかなか申し上げ難いが、一般論としてそういうことを考えている。

【問】

米国の金利引上げについて、日本経済への影響をどう捉えるか。また、米国で今後もう一段の利上げの可能性があるかどうかについても伺いたい。

【答】

後者のご質問から先にお答えすると、一般的にも昨日のFFレートの引上げは超低金利是正の始まりであると捉えられているし、私も基本的にそう捉えている。

前者については、FFレートが上がることによって──もしかしてこれからも継続的に上がっていくことによって──、これまでに構築された様々な投資ポジションが巻き戻されていくと思うが、その過程において様々な影響が日本にも及んでくると思う。ただ、今日の懇談会の話でも申し上げたが、全体としては、債券市場、株式市場、エマージング債の市場、あるいはハイイールド債の市場などでも比較的落ち着いた動きが現在まで続いており、そうした面からの影響はそう大きなものではないのではないかと期待を持って考えている。また、米国の金融政策の変更によって実体経済の動きが影響されてくる面があるので、輸出等を経由して日本の景気にも影響を与えてくるということはあるが、一言で言えば今のところその影響はかなり限定的であると思う。昨日の米国の長期金利はむしろ下がっているし、こうした政策の織込みをマーケットに促していくようなFRBのやり方というものはそれなりに成功してきているのだと思う。敢えて付け加えさせて頂くと、ある意味で日本と米国の中央銀行の置かれている立場というのは似ているところがあると思う。超低金利という状況が続いており、米国は相当先行してその状況をいわゆる中立的なスタンスに戻そうという過程を始められたのだと思うが、マーケットとのコミュニケーションをどう図っていくかということを含めて、これからも相当注意を持って見ていきたいと思う。

【問】

先程のインフレ参照値の話について1点確認したい。参照値の数字の設定は、政策変更のトリガーとなる数字と混同されるおそれがあるというご認識をお持ちと考えてよいか。あるいは、インフレ目標値と混同されるおそれがあるために望ましくないというようなご認識か。

【答】

金融政策スタンスを変更するトリガーとなるような現実の物価変化率と参照値の下限値がある意味で混同される可能性があるのではないか、ということを申し上げた。

【問】

本日の短観で相当強い数字が出たため──相場では事前に短観を織込んだ動きがあったとは思うが──、長期金利がどちらかと言うと不安定な動きをしているが、短観の数字が長期金利に影響を与える可能性をどうご覧になっているか。

また、短観では、企業は先行きについてどちらかというと引続き楽観的だと思うが、業況判断D.I.の先行きの予想は少し数字が低めだと思う。この点についてはどうご覧になっているか。

【答】

  1. 第1点目については、長期金利は最近少し高めに推移しているが、基本的にはやはり景況感の改善だとか、経済・物価動向についての見方の改善が背景にあるのだと思う。また、米国の長期金利に連動する面──短期的にはディカップル(非連動)するようにみえることがあるが、やや長い目でみると連動する面──もあると思う。長期金利について不安定な動きとおっしゃったが、確かに5月半ばから6月の初めにかけて、かなり動きが急だなという印象を持ったこともあり、時にはレートは短期間で振れるケースがある。そういうことに対してどう考えるかということだが、レートの動きそのもの、あるいはその動きが経済に与える影響を含めて注意深く見ていくと言うしかないと思う。

  2. 第2点目については、先行きの数字が若干下がっているが、私は基本的にはあまり気にしていない。横這い圏内の動きが続くと皆さんが見ておられるのだろうと思う。

【問】

雇用については、失業率などが改善しているが、中身をみると若年層の問題であるとか、正規雇用は然程伸びてないとか、そういう構造的な要因があろうかと思う。かなり不安定な雇用の拡大というか、伸びという感じがするが如何お考えか。

【答】

企業収益の改善が雇用にまで及んでいるというのが我々の基本的な認識だが、雇用構造が変わっているということはご指摘のとおりだと思う。パートが増えたり、一時雇用が増えたり、ということによってなかなか賃金が伸びない。だから、少しぐらい雇用者数が増えても、雇用者所得がなかなか伸びていかないという状況である。

こうしたことの背景にあるのは、やはり企業の根強い労働コスト抑制姿勢だろうと思う。こうした姿勢が根強いのは、国際的な競争の激化によって、その姿勢を短期的には変えられないというのが経営の基本にあるのだと思う。今後、景気の回復が長期化していけば、労働市場全体に雇用、賃金の回復というものがじわじわと出てくると思う。しかし、現時点では、ご指摘の通り、全般的に雇用市場が回復していると断言するには逡巡する面がある。

以上