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総裁記者会見要旨(8月10日)

2004年8月11日
日本銀行

―平成16年8月10日(火)
午後3時30分から約30分

【問】

 本日の金融政策決定会合の結果について総裁の所見を伺いたい。また、本日公表された「金融経済月報・基本的見解」を踏まえた景気見通しについて考えをお聞かせ頂きたい。

【答】

 最初に私から2点ご報告したいと思う。1点目は、今、お尋ねの本日の金融政策決定会合の結果についてであるが、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。消費者物価に基づく明確な約束に沿って、これからも量的緩和政策をしっかり継続していく方針を確認した。

 2点目にご報告することは、本日の金融政策決定会合とは直接関係はないが、かねてより進めてきた、新しい日本銀行券1万円券、5千円券および千円券の3つの券種の改刷の実施準備がかなり整ってきたので、新券の製造・備蓄の進捗状況や市中の現金取扱機器による対応がどれくらい進んでいるかも点検し、新券の発行期日を本年11月1日とすることに決定した。

 日本銀行券については偽造券の発見が引き続き増加している状況にあるが、これから出る新しい日本銀行券は、最新の偽造防止技術を搭載したものである。国民の皆様方に安心して使って頂けるよう、広く円滑にこの新しい銀行券が行き渡るよう、これからも11月1日の実施を目指して万全の準備を進めて参りたい。

 なお、前回も申し上げたが、新券の発行後も、現在の銀行券は、引き続き完全に有効である。新券と同じ効力を持って使用できるものである。この点についても、国民の皆様方のご理解をきちんと得たいと思っているところである。

 (ここで新券の見本券を掲げて)何回かパンフレットでご覧になっているかと思うが、これが新しい銀行券──まだ見本と押してあるが──そのものである。デザインが一新されているだけでなく、偽造防止技術が相当綿密に施されている。できうれば完全に偽造防止したいという願いを込めた銀行券である。ひとつよろしくお願いしたい。

 最初のご報告に戻るが、金融政策決定会合で現在の政策スタンスを堅持するという方針を決めた背景であるが、金融経済月報の基本的見解で既にお示しした通り、日本銀行としては、当面の経済情勢、あるいは物価情勢等について、基本的な判断を今回は変えていないということである。

 端的に申し上げて、日本の景気は回復を続けている。海外経済が拡大を続けるもとで、日本の輸出が堅調に増加し、設備投資や生産も増加を続けている。また、家計部門では、生産活動などからの好影響が雇用面にも及んでおり、個人消費もやや強めの動きを続けているという判断である。

 同時に、先行きについても、景気は回復の動きを続け、前向きの循環も明確化していくとみられる。輸出や設備投資を中心に最終需要の回復が続き、生産も引き続き増加していく可能性が高い。また、企業の人件費抑制姿勢そのものは維持されているが、そうした中でも、生産活動や企業収益から雇用者所得への好影響の波及は次第に明確化していくと考えられる。

 物価面についても、判断は基本的に変えていない。国内企業物価は、内外の商品市況高や需給環境の改善を反映して上昇しており、先行きについても、原油高の影響もあって、当面上昇を続けるとみられる。ただ、国内企業物価の上昇の影響は、川下段階にいくにしたがって企業部門の生産性上昇や人件費抑制によってかなりの程度吸収されている状況が続いている。

 このため、消費者物価指数──特に私どもの金融政策と深く関係を持たせている生鮮食品を除くベースの消費者物価指数──の前年比変化率の動きは小幅のマイナスとなっている。先行きについても、基調的には小幅のマイナスで推移すると予想される。こうした状況であるが、昨今の原油価格の動向、そしてその内外経済への影響については、十分留意してかからねばならないと考えている。そうした判断のもとで、基本的な金融政策スタンスは変えない、現在の量的緩和の枠組みのもとで緩和を堅持するという結論を持った次第である。

【問】

 UFJグループと三菱東京FGの経営統合の計画を巡っては、東京地裁が住友信託銀行の訴えを認めて統合の交渉を禁止する仮処分命令を出す中で、三井住友銀行がUFJグループに経営統合の申し入れを行うなど、様々な動きが出ている。こうした動きを受けて金融システム面へどのような影響があるのか、また総裁がどのような評価をされているのかについて所見を伺いたい。

【答】

 ご指摘のような個々の動きについては、私どももよく承知している。大きく捉えると、日本の金融機関全体として、不良債権問題の処理を相当進めてきたとは言え、さらにこれを加速させながら、将来の前向きな事業展開に向けて新しいビジネス・モデルの構築を模索し、あるいは具体的に新しいモデル構築への動きを進めようという、大きな流れの中の動きであると思っている。

 とりわけ来年の春からは、ペイオフの全面解禁を控えていることもあるので、金融機関としては、次第に前向きな姿勢で新しい事業の再構築をしていくという視点とそれに向けた努力を強化しているということではないかと思う。

 ご質問の個別金融機関の動きそのものについては、あくまで金融機関の経営内容の問題であり、金融機関と金融機関との間の交渉事であるので、私どもとしてそこに見解を差し挟むという立場にはない。誠に申し訳ないが、それについては具体的なコメントはできない。

【問】

 先程UFJの件について、個別行についてコメントを差し挟むことはできないという所見を伺った。ただ、2つのメガバンクが1つのメガバンクを巡って争奪戦をしているということで、海外メディアでも非常に大きく取り上げられている。この状況に関しての率直な感想を伺いたい。

【答】

 やはりそれだけ日本の経済社会も、透明な姿で、新しいコーポレートあるいはコーポレート・ガバナンスの構築のプロセスが進む時代になったという点では、私は前向きに受け止めている。そうした中で、個別の交渉がどういった方向であるべきか、ということは申し上げられない。

【問】

 郵政民営化について政府案が出たが、これについて感想、所見を伺いたい。

【答】

 先般、経済財政諮問会議で郵政民営化の基本プログラムの骨子が取りまとめられ、発表された。私も経済財政諮問会議のメンバーであり、これに関与している。また、私が関与していることと関係なく日本銀行の立場からみても、これは非常に重要な関心事項である。

 郵政民営化の中でも、特に金融および保険の部分についての民営化は、日本経済の中のお金の流れを大きく変える要素が入っている。つまり、市場メカニズムを活かした効率的な資源配分の実現の道に通ずる改革である。これから日本経済をよりダイナミックなものとして仕立て直していく過程において、この市場メカニズムを活かした効率的な資源配分というものは不可欠な要素であり、大げさに言えば、これからの日本経済の将来に関わる非常に大きな問題であると理解している。

 そうした意味では、郵政民営化の中で、特に金融と保険の部分については、金融システムの健全性確保や、健全な競争とイノベーションの促進といった視点を十分踏まえて、改革案がさらに練られていくことが大事であると思っている。

 私自身も、これまで経済財政諮問会議でいくつか重要な視点を指摘してきたつもりである。今申し上げたような問題意識から、少なくとも3つのことをしっかりと主張してきたつもりである。1つ目は、民間金融機関とのイコール・フッティングの確立である。これは政府保証の完全廃止を含むものである。2つ目には、十分なリスク管理体制を整えた上での、新しい郵貯・簡保事業の収益性の確保である。民営化と言う以上は、当然収益性を確保し得るような新しいビジネス・モデルや経営体制というものを確立しなければならない。3つ目には、先程金融と保険について申し上げたが、もともと郵便事業という中核の事業があるし、それ以外にもネットワークを活かした新しいビジネス展開の可能性についても議論が始まっている。このように、金融以外のビジネスの展開との関係からみると、郵貯・簡保事業とその他のビジネスとの間でのリスク遮断が明確になされること、これが非常に重要な点である。

 いずれにしても、郵貯・簡保の民営化後の新しい姿としては、それぞれ銀行法、保険業法の定める業務を行うとの考え方が軸となるわけで、通常の民間金融機関や民間保険会社になるという意味では、平等・公正な競争の世界に入ってもらいたい。先週示された「民営化基本方針の骨子」にも基本的にはこの考え方が盛り込まれている。

 まだこれから具体的に練り上げていくし、2007年4月に予定されている民営化までに、そう長くはないが準備期間としてまだ時間が残っている。今後とも、私どもは中央銀行としての立場から、今申し上げたような、日本経済の将来のダイナミズムの構築にきちんと結びついていくような新しい郵政の姿というものを常に念頭に置きながら、できる限り大きな貢献を果たしていきたいと考えている。

【問】

 昨年10月に、量的緩和政策継続のコミットメント明確化ということで3つの条件を言われていたかと思うが、そのことに関して伺いたい。1番目と2番目の条件というのはCPIの数字で言われているということで、はっきりされているかと思うが、3番目の条件は、1番目と2番目の条件を満たしても金融経済情勢に鑑みて政策の継続が必要な場合には政策の変更を行わないということかと思う。3番目の条件で言われている金融経済情勢といった場合、様々な要因が含まれてくるため明確化することは難しいと思うのだが、そうした要因の中で、金融システムの安定の度合いとか、不良債権処理の具合とか、インターバンク市場の機能の回復とか、そのようなものについての考え方をできれば伺いたい。

【答】

 おっしゃるとおり1番目、2番目の条件については生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比変化率について、1番目の条件はその時点において安定的にゼロ%以上、2番目の条件は将来の見通しがゼロ%以上ということであるので、ある意味で数字的に非常に明確で把握しやすい条件である。3番目は、何か特定の事柄を予め念頭においているとか、それに対して我々として内々何か基準を持っているとか、そういう性格のものではない。

 経済・物価情勢、これは内外の情勢と言ったほうが良いと思うが、そういう常に動く背景のもとに、1番目および2番目の数字の姿を置いた場合、つまり同じ現実のCPIの動き、同じ数字の将来のCPIの見通しというものも、内外経済というバックグラウンドを差し替えてみると全然違って見えることがないかということである。つまり、お芝居をご覧になって、同じ舞台衣装、同じメイクアップの俳優がいる場合でも、背景・舞台装置が違うと、全然違ったストーリーに見えるものである。次に喜劇を演ずる役者なのか悲劇を演ずる役者なのか、そこのところは随分違った姿になるわけである。従って、我々は同じ数字を見る場合にも、その時点およびその時点以降想定される内外経済情勢というものを一応バックに置いてみて、本当にこの足許の物価の動き、将来の我々の予想、これがどういう雰囲気のものなのかということをしっかり確認したい。非常に抽象的なものの言い方だが、そういうことになると思う。経済が生き物である以上そうした点検作業は欠かせないことであり、これは、ただ数字面だけで金融政策を変更しうるというふうにはどなたもお考えにならないのと全く同じことである。

【問】

今月から、地下の大金庫が一般公開されているが、かなり反響が大きく、見学希望者が多いと聞いている。これに関する総裁の感想、見解を伺いたい。

【答】

 日本銀行のことを一人でも多くの方々に、より具体的に知って頂きたい。金融経済という難しい話だけでなく、日本銀行は皆さんの生活に非常に身近な仕事もたくさんしている。そうした現場の一端も機会があればご覧頂いて、日本銀行の普通の姿を理解して頂き、これまでご説明している金融経済の難しい話も、少しはわかり易く理解して頂けるところにつなげていきたい、こういう意図である。

 金庫というのは、私たち日本銀行で長年仕事をしている者からすると、非常に慣れていて、別にそう特殊なものだという意識もないまま実は暮らしているが、公開して実際にご覧頂いた方々の感想は、我々が事前に思っていた以上に強い印象を受けておられるように思っている。そういう意味では、見学コースの一環として金庫の公開を入れたことは、我々としては非常に良かったと思っている。今のところ──これは皆様方の報道にもお助け頂いているのだろうと思うが──、最初の反応が非常に好評ということで、見学コースへの申込みが殺到している状況で、少しさばききれないような状況であると担当のほうで言っている。一定の長い所要時間をとる定番の見学コースだけでなく、金庫を中心に短時間で見学できるようなメニューもできないかを検討しており、いわば「金庫集中型」の見学も用意できるのではないかと思っている。日本銀行を身近に感じて頂けるプログラムを今後ともいろいろと考えながらやっていきたいと思っている。これはそうした取組みの一端だと思って頂きたい。

【問】

 先週末に発表された米国の雇用統計が市場の予想を大きく下回り、米国の株価に影響を与え、さらには日本の株価にも下押し圧力を加えている。原油高などを受けた米国のこうした市場の動きや雇用・物価の動き、あるいは今後の金融政策が、日本の経済や金融政策にどのような影響を与えるかをお聞かせ頂きたい。

 もう1点は、いつも出口政策について伺うと、「あまりにも時期尚早だ」と一蹴されるのだが、最近の都内での講演の質疑応答で、総裁は「量を減らすということと金利を引き上げていくという2つの側面を合体して考える」という発言をされて、市場でも非常に話題になった。市場のほうからも、もっと具体的に話を聞きたいという声も上がっているので、もう少しわかり易い言葉で講演の時のご指摘をご説明頂きたい。

【答】

 1番目のご質問は、米国経済を中心に世界経済全体の流れをどのように理解するかというお尋ねだと思う。ご承知の通り、米国で金利の引き上げが始まり、中国においても経済の調整努力がある程度進んでいるという状況である。おそらく、世界経済の見通しということを考える場合に、景気の回復・拡大および物価情勢と、金利水準ないし金融緩和との相関関係から言って、後者をどの程度調整すれば経済がどの程度定常状態──という言葉が良いかどうかわからないが──に収斂していくか、この関係だけを持って皆が経済を観測できれば、そういう材料を持ち寄り、分析し、議論をし、見通しをつき合わせることができると思う。

 基本にそういうストーリーがあって、その上にいくつか複雑な要因が絡んできている。原油価格がおそらく市場の予想よりも少し高止まりないしはさらに高騰し、短期間で原油価格の高騰が収まるのかどうか少し不透明になっている。原油価格の変動は経済にかなり複雑な影響を及ぼし、物価に対しても複雑な影響を及ぼすので、政策調整と経済の先行きとを擦り合わせるという基本シナリオの上に、もう1つ、原油価格という通常でも理解の難しい要素が絡んできているということだと思う。

 それに加えて、米国の場合は、景気の回復と雇用の回復との間にギャップが生じて、雇用だけがなかなか回復しない、ミッシング・リンクと言われる状況がある。今年の前半のある時期には、「どうやらミッシング・リンクは解消した」と人々は一旦安心したが、最近2か月ぐらいの数字をみると、「いや待て、ミッシング・リンクはまだ完全には解消していなかったのかもしれない」というもう1つ複雑な要素が加わっている。従って、この答えを見出していくのに方程式が少し複雑になって、先行きの経済の見通しについて、マーケット自身も消化しなければならない材料が増えている──マーケットは決して混乱しているわけではないが──というのが現状ではないかと思う。しかし、景気回復ないし世界経済拡大のモメンタムは、特に企業周りで、生産、企業収益を通してまだ好循環が基本的に維持されているし、雇用を通じた家計部門への還元ルートが完全に遮断されたという判断になっているわけではない。新しいグローバル経済の姿の中で、景気の回復に伴う雇用の回復あるいは雇用者所得への還元はラグを伴うものになったが、完全に切断されているわけではない。こうした動きの点検作業を今後より綿密に行うことが必要になったということではないかと思う。

 原油については、世界経済の回復ないし拡大テンポの速さ、強さというものを需要の面で基本的に反映している。一方、原油の供給能力について、本当に限界に逢着しているのかどうかは必ずしも明確でないと思う。テロのリスクやロシアの要因などいろいろな要素が絡んで、そこのところは少し不透明要因ということで市場の中では理解されていると思う。つまり、強い需要と、正確には測定できない供給能力の限界とを突合した部分では、不確定要因を引きずりながら、市場が引き続き判断に苦労しているところがあると思う。私どもが本日お示しした日本銀行の基本的見解の中で、海外経済の回復について、基本的にリズムの乱れがあるというような判断はお示ししていない。ただし、今後の動きを注意深く見ていくということになっているのは、そういう意味合いである。

 2番目のご質問についてだが、この前、私が金融システムについて講演をしたときにお尋ねがあったので、米国との比較で、一言言葉を付け加えさせて頂いたわけである。米国の連銀の場合には、今は低い金利をこれから経済と見合った正常な金利にもっていく、そういうステップを踏み始めたということだが、日本の場合は、エグジット(出口)と言ってもまだその時期はあくまで見えていないという前提だ。しかし、仮にそういう時点に来た場合にも、米国との違いというのは、単に金利水準の調整ということだけではなくて、量的緩和という領域にかなり深入りをしているので、非常に過大に供給している流動性をどう吸収するかという部分と金利の問題とを、頭の中で常にこの両側面を考えながら、連銀に比べるとより難しい工夫をしながらやっていく必要がありそうだ、という極めて当然のことを申し上げたつもりである。「合体して」という言葉に引っかかったという人もおられるが、もともと金利と量とを分離して考えるのがおかしい。今はゼロ金利になっているから量だけを考えていて良いわけだが、将来のことを考えた場合、金利と量を分解して考えるということは論理的におかしいのではないかと思う。

以上