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春審議委員記者会見要旨(11月25日)

2004年11月26日
日本銀行

―2004年11月25日(木)
熊本県金融経済懇談会終了後
午後2時から約30分間

【問】

本日の金融経済懇談会において、熊本県の経済情勢について、どのような意見交換をされたのかお伺いしたい。

【答】

本日は、熊本県から金澤副知事、熊本市から三嶋副市長、また、経済団体・金融機関のトップの方々、合計14名の方に出席頂き、金融経済懇談会を開催した。私からは、最近の金融経済情勢や日本銀行の金融政策について40分ほどお話した後、ご出席の皆様から県内経済の状況等についてお話を伺い、意見交換し、全体で約2時間の会合となった。

まず、副知事からは、県として重点的に取り組んでいる4つの施策についてお話を伺った。1点目は、科学技術振興指針に基づく産業振興策であり、特に、熊本セミコンダクタフォレスト構想の推進状況についてのお話を伺った。2点目は、企業立地施策について、補助金上限額拡大等の要件緩和への取組みについてのお話を伺った。元々当県は、企業立地に際して、(1)半導体関連産業が集積していること、(2)アジアに近い九州の中央に位置していること、(3)良質な水資源に恵まれていること、(4)技術力の高い人材が豊富であること、の4つの点で優位性を有している中、今回の補助金上限額拡大等の要件緩和を活用して、更に企業立地を推進していきたいとのことであった。3点目としては、中小企業の支援強化を企図して、中小企業向け制度融資「熊本ファイト資金」を設立したこと、また、4点目としては、産業再生機構の第1号支援案件である九州産業交通の再生が順調に進んでおり、県としても側面支援をしているとのお話を伺った。

次に副市長からは、3つの施策についてお話があった。まず、1点目は、中小企業サポートプラザについてであり、特に中心市街地の賑わい造りを支援する制度を推進していきたいとのお話を伺った。2点目は、熊本大学医学部との提携によるインキュベーションの推進について、また、3点目は、熊本城の築城400周年を控えた復元工事の推進について伺った。なお、この中で政府が進める三位一体改革については、地方負担の増加や地方の裁量幅が狭まる惧れがないかとの懸念を表明しておられた。

また、経済界の方々からは、当県の経済情勢について、全体として緩やかな回復を続けており、雇用や企業収益において、明るい材料が見られているとの認識を伺った。ただし、足許では、これまで好調であった半導体産業が若干供給過剰の状況にあるとの懸念が示されたほか、公共投資削減により建設業が厳しい状況に置かれていること、また、郊外型大型商業施設の進出による小売業への影響について懸念する声が聞かれるとともに、複数の方々からは、景気回復が肌身に感じるまでには至っていないとの見解を伺った。

こうした中で、今後、熊本県の活性化のためには、熊本の比較優位性の確立が課題との見方が示され、そのためには、「自立」、「連携」、「変革」を3つのテーマとして掲げ、企業が努力していくことが重要とのお話を伺った。また、郊外型商業施設進出に伴う中心市街地の空洞化対策については、海外におけるイタリアやフランス、そして国内でも青森市や佐世保市の事例を参考にしながら、鋭意検討していきたいとの考えが示された。いずれにせよ、当地経済の活性化のためには、「民」が努力したうえで、「金融」や「行政」、「大学」との連携を深めることが重要との認識で臨んでいるようである。

また、金融機関の方々からは、リレーションシップバンキングの観点から、企業再生や無担保ローン、あるいは、ビジネスマッチング等に注力しているとのお話があり、こうした取組みを通じて、最近では、貸出先企業の債務者区分のランクアップも見られるようになってきたとの状況を伺った。

本日の金融経済懇談会を含めて、昨日来、幾つかの当地企業の方々と意見交換をしたが、総じて言えば、各社それぞれが相当の企業努力をすることによって、厳しい状況にありながらも、十分な成果を挙げている先が目立ったところである。今回の訪問で得たこうした話をこれからの日本銀行での活動に役立たせたいと考えている。

【問】

金融経済懇談会での意見交換を通じて、熊本と中央の経済較差を感じられたのか、それとも、熊本は比較的元気があると捉えたのか、どちらの認識を強く持たれたのかお聞かせ願いたい。

【答】

金融経済懇談会の席上でも述べたが、中央と地方では、双方とも景気が回復基調にあるという点では同じであるが、大企業が多い中央と、相対的に公共投資への依存度が高い地方との較差は依然残されている。

こうした状況は熊本でも同様で、構造的な問題を抱えている建設業や小売業は非常に苦労しているようだ。もっとも、副知事の発言にもあったように、当地は、企業立地に適した土地柄で、特に半導体産業の集積が進んでおり、全国の半導体製造の約1割のシェアを占めるなど、他の地域に比べると優位性を確保しているとみている。ただし、大企業の工場立地や県外資本の大規模商業施設、コールセンターの進出は、一定の地域活性化には繋がると考えているが、最も重要なのは、地場企業が元気になることである。本当の意味で地方が元気になるために、地場企業は、マーケットリサーチに注力したうえ、ある程度絞った顧客に対して、それに相応しい商品・サービスを提供していく、さらに経営改革を続けて、コストを下げ、品質を上げ、そして発展していくことが必要と考えている。無論、これらは容易なことではないと理解しているが、昨日来、意見交換した当地の企業経営者は、このような企業努力への取組みにより、成果を上げているとの話も伺っている。こうした方々は、どちらかと言えば、勝ち組企業の経営者という面もあろうが、当地でも、苦しい中で頑張っている企業が見られるとともに、これら企業はそれぞれに成功の条件を確立しているとの印象を持った次第である。

【問】

日本経済の現状はデフレ下にあると認識しているが、コアCPIは足許横這いで、先行きについても、米価の下落もあって小幅のマイナスに止まる見込みである。GDPデフレーターについては、今般の算出方式の見直しによって、2003年度のデフレーターの前年比は-2.4%から-1.2%に縮小することが示されており、算出方式の見直しだけで1%もの振れが生じている。物価指標が元々そういう振れの大きい指標であるとすれば、足許小幅に止まっている消費者物価の下落は、果たして現在の日本経済に対してどの程度の悪影響を与えており、今後の日本経済にどのような悪影響を与え得るとお考えか。また、日本銀行では、コアCPIが安定的にプラスになるまで量的緩和を続ける方針にあるが、消費者物価の小幅の下落が経済に及ぼす悪影響に対して、量的緩和がどのような良い影響を与えていると考えているのか伺いたい。

2点目の質問として、春委員は、金融経済懇談会の挨拶要旨の中で、量的緩和を解除するための判断基準の1つとして地価の動向を挙げているが、どこまで地価が上がれば量的緩和を解除できる材料となるのか、その判断基準を教えて欲しい。また、全国的にみると地方を中心に地価が下がっている中で、量的緩和政策を今後も維持すると、地価に対してどのような良い影響を与え得るとお考えか。

【答】

GDPデフレーターの算出方法の見直しを実施したところで、名目成長率は変わらないし、かつ経済の実態は変わらないが、これによって、GDPデフレーターのマイナス幅が小さくなれば、結果として実質GDPの伸び率も縮小する。これまでは、デフレーターのマイナス幅がかなり大きい一方、消費者物価は小幅マイナスに止まるなど、両者の指標にギャップが存在していたが、今回の見直しによって両者のギャップは縮小するわけで、適切な変更であったと思っている。

こうした中で、消費者物価の下落率は、依然として小幅マイナスが続いている。展望レポートでお示しした政策委員の消費者物価の見通しは、2005年度に漸く僅かながらプラスに転じるとの見方が多い状況だが、これをもって2005年度中にデフレ克服が見込まれるということには必ずしもならないと考えている。従って、私としては、デフレ克服は2006年度あるいはそれ以降になるという可能性も視野に入れて、現在の量的緩和政策を続けていかなければならないのではないかと考えている。また、量的緩和政策の効果については、これまで3年以上続けてきた同政策によって、景気の下支えや金融システムの安定に役立ってきたと考えており、現在でもそうした状況に変わりはないと考えている。特に景気が徐々に回復し、企業業績も回復してきている現状では、金融調節によって潤沢に資金を提供することで、今の金融緩和政策の効果がより出てくる可能性があると思っており、量的緩和政策を堅持することが適切であると考えている。

量的緩和の解除のタイミングと地価との関係であるが、これまで申し上げているように、解除のタイミングは、基本的にコアCPIの水準とその上昇スピードおよび持続性の見通しにかかっているが、その際に配慮が必要な点の1つに地価を挙げている。かつてバブルの時代には、一般物価がさほど上がらない中、地価を始めとする資産価格が上昇し、その結果として、バブルが生じ、その後崩壊するという状況に陥った経緯があるので、やはり地価、あるいは地価を含めた資産価格の状況にも配慮しなければならないと考えている。

こうした中、現在の地価の状況については、全体としては、恐らく-5%ぐらいの下落率が続いているが、これまで拡大を続けてきた下落率はここへきて縮小する動きに変わってきている。しかしながら、不動産アナリスト等の意見を聞くと、地価が底を打つのは、2006年あるいは2007年になるとの見方もあり、現時点で地価動向に注意しなければならない状況にあるとは判断していない。1つの配慮すべき要素として挨拶要旨の中で挙げた次第である。

【問】

先ほどの1点目の質問について再度確認したい。物価の小幅なマイナスが経済に与える悪影響はどのようなものか、そして、現在の量的緩和政策は、そうした悪影響に対して、どのような効果を与えていると考えているのか。

【答】

物価の下落は、生活者にとっては、ある意味歓迎すべきことかもしれない。一方、企業にとっては、収益の圧迫要因として考えられるが、現実には、企業収益は順調に回復しており、物価の下落が直接的に悪影響を与えているわけではない。

現在の物価下落は、企業の人件費抑制姿勢の継続や生産性の向上によるところも大きく、こうした企業行動の結果として、物価がプラスの状況にならないという面もあると思う。

日本経済が本格的に回復していくということは、企業収益から雇用、雇用から所得へ波及することによって、消費の持続性を増すということ、あるいは、中央から地方への波及が進むということであって、物価の下落が続く中ではまだそれは本格的に進んでいる状況ではないと思う。従って、今後も今の量的緩和政策を堅持し、景気を下支えしていくことが必要と考えている。

【問】

本日の午前中も円高が進み、市場では当局の介入への思惑も出ているが、これについてどのように考えているのか。また、円高の進行が企業収益の圧迫を通じて景気に悪影響を及ぼすことも懸念されるが、こうした点についての考えをお伺いしたい。

【答】

通貨というのは、長い目でみると、国の経済を反映して動くものだと思う。展望レポートの中で、景気見通しの上振れ、下振れ要因として為替市場の動向を挙げているが、現在の円高が急激にかつ一段と進行することになると、輸出企業の採算悪化を通じて、景気にマイナスの影響を与える可能性があることから、注意して見ていく必要がある。なお、今の状況は、円高というよりも、全面的なドル安の様相を呈しているが、これは、米国の経済は堅調ながら、経常収支や財政の赤字が中々解消できないのではないかとの懸念が背景にあると理解している。こうした中、ブッシュ大統領は強いドル政策を取ると発言しており、今後、適切な政策が取られ、相応の成果が出てくると期待している。

【問】

先程、企業収益の拡大が、雇用・所得の改善を通じた消費の本格的な回復にはまだ繋がっていないと説明されたが、他方で、これだけ金利が低い状況下では、家計の金利所得は僅かな水準に止っていると思われる。こうした状況を踏まえたうえで、現在の量的緩和政策が消費の持続性を増すことにどの程度貢献していると考えているのか。

また、円高がさらに急激に進むと景気にマイナスの影響を及ぼすと説明されたが、今後、このようなリスクが顕在化した場合、再び量的緩和政策の拡大に踏み切る可能性があるのか。

【答】

低金利を維持することが消費にとってプラスなのかマイナスなのかといった点については、確かに金利生活者にとっては低金利が消費活動にマイナス効果となろう。ただ、長期金利を含めた低金利は、企業収益にはプラスの影響があり、それが結果的に雇用から所得、消費への波及メカニズムを働かせていくという面を見れば、経済全般においてはプラスではないかと思う。むしろ、こうした効果に着目をして、量的緩和政策を堅持していきたいと考えている。

2点目の質問について申し上げておきたいのは、量的緩和と為替の水準とは直接の関係はなく、円高の阻止と量的緩和を結び付けて考えることはできないということである。ただ、量的緩和を進めることが、結果として為替動向に影響を与えるということは有り得ると理解している。

【問】

確認するが、現在の円高がさらに急激に進み、景気にマイナスの影響を及ぼすリスクが高まった場合は、景気を下支えするために、量的緩和のさらなる拡大に踏み切ることも有り得ると考えているのか。

【答】

円高を是正するということではなく、現在の景気の回復基調がさらに減速していくというような事態が生じた場合に、現状の量的緩和政策を維持することの是非について議論することは有り得ると思う。ただ、現時点では、景気は回復基調にあり、かつ現在の為替水準が経済に及ぼす影響については必ずしも明らかではない。従って、今の段階で、これからさらに円高が進み、景気が悪くなった場合を想定して、どのような金融調節に踏み切るのかを申し上げることは時期尚早だと思う。

以上