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水野審議委員記者会見要旨(6月2日)

2005年6月3日
日本銀行

―2005年6月2日(木)
 福島県金融経済懇談会終了後、午後2時から約30分間
 場所:ホテル辰巳屋(福島県福島市)

【問】

 福島県金融経済懇談会に出席されて、福島県の金融経済についてどのような感想を持ったか。

【答】

 日本銀行の審議委員になって半年経ち、初めての金融経済懇談会であったが、本日の懇談会では基本的に福島の生の声を大いにインプットさせてもらった。そこでの感想を申し上げると、まず、非常に率直な意見を頂いたことに感謝している。今回、地元の情報をこういうかたちで聞かせて頂いたし、日頃から日本銀行福島支店が調査しているものを併せて、金融政策に反映させていきたいと思う。

 また、中央と地方の対立との構図であるとか、経済格差であるとか言われるが、中央経済、福島県経済と一括りにして比較するのは適切ではないという印象を持った。今回訪問した地元の元気な企業の方々から話を聞くと、福島県の中で閉じた話ではなく、ボーダレス、すなわち、全国や世界と取引することを念頭に置いている。そういう意味では、個別にみると、元気な人はもう動き出している。

 ただ、県内の著名な温泉街も視察したが、好調なところとそうでないところのコントラストが非常にはっきりしていて、町の様子が大きく変化することを実感した。この格差を金融政策でダイレクトに解決することは無理だが、こうした事実を実感できたことは有意義であった。

【問】

 福島県では、建設業の全産業に占めるウェイトが高いが、公共事業がピーク時の半分以下という状況になっている。そこで財政規律と景気浮揚の関係についてお聞きしたい。

【答】

 懇談会の席上でも、県内の公共工事がピーク比半減しており、建設関連業界の方々が厳しい経営に直面されている現状や、財政再建が歳出削減といった中央の発想で行われている問題について話を伺った。歳出構造の見直しが十分に行われる必要はあると思うが、今後も更なる歳出削減が続き、公共投資に影響があることも想定しておくべきである。こうした状況で、大切なことは、地方から適切なニーズを引き出して、「やる気のある人々」、あるいは「可能性のあるプロジェクト」をきちんと見極めるきめ細かい対応である。個人的には、もう少し地方自治体に主体的な行動をとってもらうかたちが求められているのかな、との印象を持った。

【問】

 審議委員は、「コアCPIインフレ率は、早ければ10月以降、遅くとも来年1月以降、小幅のプラスに転じる」とのメインシナリオに続き、「特殊要因や消費者物価の基準年次改定を考慮せず、かつ、景気回復のメカニズムが途絶えないならば、2006年度を通じてコアCPIインフレ率はゼロを超えて推移する公算が高い」と言われている。また、「メインシナリオ」に沿って動くならば、量的緩和政策の枠組みから金利を中心とする枠組みに変更できる」と主張されている。その主張を前提とすると、量的緩和の解除は、早ければ年末前後ぐらいに訪れてもおかしくないとも読めなくはない。審議委員は、「当座預金残高目標を引き下げる場合、ボードメンバーの間で、ある程度のスケジュール感を持って臨む必要がある」と言われているが、審議委員ご自身のスケジュール感をお聞かせ願いたい。

【答】

 私自身の意見を申し上げると、量的緩和解除の3条件の1つ目については、プラスの数字になるのは早くて年末、遅くとも1~3月にはそうなっているのではないかと思う。しかし、残りの条件については、同じ数字であっても、ボードメンバー各人のその時の景気判断によって、答えが違ってくると思う。本日申し上げたかったことは、景気の先行きの見通し如何によって、同じ消費者物価の数字を見ても、政策転換のタイミングが異なるということである。

 5月の政策決定会合で決めた「なお書き」の修正については、30~35兆円の当座預金残高目標を守る、ということに尽きる。そのときに当座預金残高を割るようなことがあった場合には、適宜現場が対応するように政策委員会からディレクティブを出したというかたちなので、まだ政策変更ということではない。

 本日は、大きく分けて2つのことをお話したが、1つは、まず当座預金残高を引き下げるタイミングについて3段階あると思っているということである。それに関連して、私個人のスケジュール感を申し上げると、景気とリンクさせるというよりも資金需要の減退に伴った受身の対応として、まず当座預金残高目標を下げていくことを想定している。景気や消費者物価指数と絡めて当座預金残高目標を下げていくことは、結局、日銀のバランスシートを縮小する動きであるため、緩やかに進めないと債券市場をかく乱するのではないかと考えている。

 ソフトランディングを考えた場合には、展望レポートで、せっかく2年間にわたって景気見通しを出しているので、今回の見通しに自信があるならば、必ずしも景気が磐石であるとボードメンバー全員が思えるタイミングでなくても、当座預金残高目標を引き下げていくことで良いのではないかと思っている。

 一方、量的緩和解除の定義プロセスについては、必ずしも今まで明確に外に示してきてなかったと思う。結局、量的緩和の解除のプロセスについて、ボードの中で明確なコンセンサスはないが、個人的には3つのプロセスがあるだろうと思っている。

 まず、当座預金残高を引き下げるプロセスがあって、次に量的緩和政策の枠組みの中であるが、おそらくゼロ金利政策に近い状況にして、もう少し短期市場金融マーケットが成り立つような状況をみるプロセスがあって、最後に、景気を確認しながらオーバーナイト金利を上げていく、もし景気がそのような情勢でなければ、政策対応をしていくなどのプロセスを想定している。この3段階のプロセスのようなものについて、日本銀行として、まだ対外的に打ち出していないので、ボードメンバーそれぞれ考えはあると思うが、そろそろ意見を集約して対外的に出していいのではないかと思う。

 この点は、先日、中原委員も金融経済懇談会で指摘されており、私も賛同している。おそらく、展望レポート等でそういうことが言えるチャンスがくるのではないかと期待している。

【問】

 コアCPIの見通しがメインシナリオどおりになれば、量的緩和の解除のタイミングはいつになると考えるか。

【答】

 解除の定義が、ゼロ金利かプラス金利か区別しない前提で話すと、私自身は、当座預金残高目標を段階的に引き下げるのは、今にも始めていいと考えている。なぜならば、景気に直接リンクさせずに、それから資金需要の減退といったものはすでに観察されているからである。当座預金残高目標を引き下げることが景気に悪影響を与えるわけではなく、むしろ量的緩和政策の副作用に対するひとつの目配りが必要であれば、市場金利を封殺していることへ配慮できるのではないかと考えている。

 そういう意味では、遅くとも夏場ぐらいからは目標を下げていく方がいいのではないかと考えている。また、景気の踊り場からの脱却はどこかで言えるのではないかと期待しているが、景気の上方修正は何回もできないと考えているので、当座預金残高の引き下げの理由付けを景気とリンクさせないほうがいいのではないかと思っている。資金需要の減退が、金融システムの安定とともにより明らかになっていくので、オペのロールオーバーをしないで淡々と落として、15~20兆円まで引き下げたところで様子をみるということを考えている。コアCPIと全然関係ないところでやっていいと考えているので、そこは段階的に既に始めてもいい頃にきているのではないかと考えている。

 短期マーケットが安定するまでには、3つのプロセスがあると申し上げたが、それぞれのプロセスには3~6か月程度は要すると思っている。最初の当座預金残高目標を引き下げていくプロセスは、多分半年ぐらいかかると思う。それから、短期マーケットの正常化を待つプロセスは、早くて3か月、できれば半年ぐらいの時間をとったほうがいいのかなと思う。

 その後、政策金利を景気の状況に合わせてあるべきところに上げていくということになるが、今から1年後には、金利を中心の目標にもっていってもいいのではないかと考えている。そうでなければ、2006年度に徐々に量的緩和解除の可能性が高まっていくということにならないと思う。

【問】

 債券市場へのかく乱を防ぐためにも当座預金残高の引き下げは早期に始めて、そのペースは緩やかにするとの認識かと思うが、5月の金融政策決定会合で、日銀が当座預金残高の引き下げに踏み込まず、「なお書き」対応にとどめた背景として、巷間言われている話として、政府サイドに当座預金残高を引き下げると長期金利を引き上げるといった懸念があったと伝えられている。一般論として、当座預金残高目標の引き下げに踏み込んでも、長期金利の上昇のきっかけになる可能性はなかったとお考えか。

【答】

 5月の債券相場は堅調だと思っていた。この5・6月は、時間が経てば経つほど、債券相場は金利が下がって価格が上がってきている。不謹慎な言い方かもしれないが、マーケット、財務省、日本銀行の中でのゲームをやっていると考えると、日本銀行はゲームに勝つためには、債券市場を崩さなければよい。そうすれば、本日挨拶でも触れたように、結果責任を果たせるのではないかと考えている。

 債券相場を崩すと、財政再建にもマイナスになるし、景気を後退させることになる。先般、金融調節方針の「なお書き」を修正したが、それに対して、債券相場は非常に冷淡な反応を示したと私自身は評価している。個人的には、当座預金残高目標自体を引き下げていくタイミングが近づいているのだと思うが、次のステップを踏みやすくなってきているのではないかと思う。そういう事実をどんどん積み上げていくと、いろいろな関係者の理解を得やすくなっていくと思う。今のマーケットは、当座預金残高目標を引き下げるための環境という意味では居心地がいいと考えている。

【問】

 量的緩和政策を解除する3段階のプロセスのうち、3段階目にコール金利をゼロ近傍から中立的水準に近づけるプロセスでは、量的緩和効果の2番目の要素である「時間軸効果」は何らかのかたちで残すほうがいいのか。今のようなリジットなかたちで残すことはないとは思うが、FRBのように慎重なペースでやるとか、何らかの時間軸的な効果は残したほうが良いとお考えか。

【答】

 一長一短があると思う。当座預金残高目標を現在の30~35兆円から例えば15~20兆円まで引き下げていった場合、コール市場の雰囲気がかなり変わっていくと思う。理論的にはオーバーナイト金利はゼロ金利となるはずであるが、ターム物金利に引きずられるかたちでオーバーナイト金利自体も上がってくる可能性はあると思う。

 時間軸効果を出すことには直接つながらないが、ロンバート金利の位置付けをもう少し明確にしてあげることによって、これを使うことに対する抵抗感を薄めてあげることが最初に必要かなと感じている。

 「金融政策のノーマライゼイション」のために、短期のイールドカーブを立たせることをやっていくとすれば、時間軸効果は、今回はむしろ段階的に消していく作業をしていくということだと思う。マーケットが乱高下したときには、当座預金残高目標にせっかく幅をもたせているわけなので、その幅を使いながら、あるときは緩めに使いながら調整していくというかたちのほうがマーケットに落ち着きどころを探ってもらう作業をするうえでも良いかな、と思っている。

【問】

 当座預金残高目標の引き下げ、あるいは一時的な目標割れの容認について、これを技術的対応というよりも金融政策の正常化に向けた一歩、としているが、一方、福井総裁や他のメンバーの中には、まさに技術的であると強調されている方もいらっしゃる。政策委員会内で意見が違う点についてお考えをお聞きしたい。

【答】

 私自身は、食い違いではなくて、量的緩和政策が微妙な時期にきているということに尽きると思う。政策の転換が起こったとはまだ思っていないが、政策がある意味では変化を遂げるときというのは、当然そのタイミングや変化すること自体について、ある程度多様な意見が出てくるものだと思う。総裁は、政策委員会のメンバーで、その哲学とか考え方に幅があったほうが結果的にいいアイデアが出るし、少数意見を大事にしたいと常々言っている。今回の件についても、ある程度幅をもった意見があるということだと思う。

 その中で、今回私の立場は、かなり明確にしたつもりであるが、意見の相違自体があることは今回のような微妙な時期にはむしろ自然であると考えており、それは意見対立という感じのものではない。

【問】

 長期金利について、ここにきて世界的に金利が低下している傾向があるが、先の懇談会でも審議委員は日本の場合、実態経済を正確に反映していないのではないかとおっしゃっている。具体的に長期金利は景気実態と比べて、低すぎるとお考えなのか。

【答】

 日本銀行の景気判断は「踊り場」的な状況であるため、私自身は長期金利がどんどん下がってくるということには多少の違和感を持って見ているというのが正直な気持ちである。いわゆる相場用語で言う「踏み上げ相場」が世界的に広がるとか、信用力が高いものにお金が流れるとか、長期のデュレーションのマッチングが遅れている年金基金とか生保にとって長期債のニーズが世界的に広がっているとか、こういうものが複雑に絡み合っているので、経済実態と比べるとどうも違ってくるのではないかな、と思う。

 それから、今年の債券相場は、世界的に非常に静かであり、アメリカが典型だと思うが、短期金利を上げると長期金利が下がってくる。これは政策が間違っているケースか、マーケットが先行きの景気後退を織り込んでいるケースだが、私は、今回はどちらでもないのではないかと考えている。従って、マーケットの動向を見ながら政策を考えるというのは、今はやらないほうがいいと見ている。

【問】

 まさに今日は資金不足の日に当たり、即日オペは打たれていないので当座預金残高目標を下回る可能性が高いと思うが、それに対するご意見や感想があればお聞かせ願いたい。また、仮に目標割れを起こした場合、ボードメンバーの間で意見に幅があるとの話があったが、その幅の度合いが狭まっていくようなことがあるのか。むしろ狭めるためにオペを打たなかったということがあるのか。

【答】

  1.  1つ目の質問については、最終的な本日の当座預金残高はまだ確定していないので、仮定の話には答えたくないが、基本的に、「なお書き」を修正しているので、現場には政策委員会の前回の金融政策決定会合の決定に基づいて、市場実勢を勘案して判断するようにと言ってある。そういう意味では、現場は適切に対応していると思っている。出張中のため、詳細な話は聞いていないが、今回の件は、そうだと思う。

  2.  2つ目の質問については、ディレクティブというものは、執行部に対して政策委員会が指示を出すものだから、現場から政策委員会に対してメッセージを出すことはない。政策委員会の中の意見の幅が縮まるかどうかというのは、まさに景気の見通し次第だと思う。この意見の幅には景気見通しの違いが少なからず影響を与えているのではないかというのが、私のオブザベーションである。景気が踊り場から脱却できるようになると、当座預金残高目標の引き下げに対しても、ボードメンバーの中である程度意見が変わってくる可能性があるのではないかと思う。

 ただ、債券相場にとってあまりやさしいタイミングではない。すなわち、景気が良くなって踊り場から脱却すると言っても、市場参加者の中には、「景気は微妙な状況でベクトルが上か下か横這いかよく分からない」、「日銀は上と言っているが、信じられない」と言っている方もいると思う。しかし、日本銀行の言っていることがサプライズと受け止められているならば、5、6月の反応は違ったはずである。私はあまり景気とリンクさせないほうが良いと思っており、債券市場の反応が冷淡になっているときにやったほうが良いと思う。マーケット出身の審議委員としての私のセンスではそう考える。

【問】

 量的緩和の解除のプロセスまでに、それぞれ3~6か月を要するということだが、もしそれぞれが3~6か月で済めば、当座預金残高目標を下げて落ちつくまで3か月、そしてそこから短期市場が正常化するまで3か月ということになる。早ければ1年後に政策金利を変えても良いのではと言われていたが、最短でいけばもっと早く来年明けからそれほど遅くない時期に解除が可能ではないかとも読めるが。

【答】

 3~6か月と幅をもったのは、資金需要の減退のペースが読めないことと、マーケットがどのようなペースで、特にターム取引が成立できるようになるかが読めないこと、があるためである。

 正直言って年末あるいは来年を超えてすぐというのはちょっと難しいのではないかと思っている。短期のイールドカーブがスティープ化し、その中で取引が成立して金先マーケットでも短期金利の読みに対していろんな見方を戦わしていく、そういう状況ができたらマーケットは正常化したということだと思う。

【問】

 量的緩和の枠組みを変更した後の金融政策運営について、ボードの中でも議論したほうが良いとのくだりがあるが、例えばインフレターゲットを導入したほうが良いと言っている方もいるが、これについて、具体的にどういったことを想定してお話になったのかお聞かせ頂きたい。

【答】

 私が考えているのは、中立的な短期金利という水準をある程度市場との対話との中でイメージをさせながら段階的に短期金利を誘導していくということである。

 短期金利を上げていくことが正当化できるような経済環境なのかどうかということ、あるいは短期金融市場が正常化しているかどうかということの判断が、まずボードでシェアされる必要がある。さらに言えば、中立的な短期金利の水準について、何をもって中立的とするかというのは非常に意見が割れるところである。潜在成長率が1%、望ましいインフレ率が1~2%という議論を考えると、インフレターゲットを提唱している方々の話は、実は中立的な短期金利の水準を議論するときに使えると思っている。中立的な短期金利の水準については、私はインフレターゲット論者の方々と見方をシェアできるのではないかと思っている。

 これは具体的に日本銀行がインフレターゲットを将来採用するかどうかではなくて、中立的な短期金利の水準というものが望ましいインフレ率、潜在的な成長率をベースに考えられていくのではないかと考えている。

 一方、インフレターゲットを導入することのメリットはあまりないと思っている。ボードメンバーに入ってから特に感じるが、量的緩和の枠組みをとってから、政策の自由度が非常に少ない状況にあると思う。インフレターゲットを入れた国というのはかつてインフレを経験した国、かつ中央銀行が自主的にインフレターゲットを入れたいと思う国、それとインフレ率をコントロールすることのできる政策ツールをもった国である。

 日本銀行はどれにも当てはまらない。まだCPIデフレの状況であるし、政策のツールとして使えるものはほとんどないので、インフレターゲットを導入するタイミングは私の任期中にはないのかなと思う。

以上