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総裁記者会見要旨(6月15日)

2005年 6月16日
日本銀行

―2005年6月15日(水)
午後3時半から約50分

【問】

 本日の金融政策決定会合の結果について、総裁より趣旨を説明頂きたい。また、本日公表された「金融経済月報・基本的見解」を踏まえた景気・物価見通しを伺いたい。

【答】

 本日の金融政策決定会合では、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。また、前回の金融政策決定会合で修正を加えた「なお書き」についても、変更しないこととした。日本銀行としては、消費者物価指数に基づく明確な約束に沿って、今後とも金融緩和政策をしっかりと継続していく方針である。

 経済・物価情勢の判断については、わが国の景気は、IT関連分野における調整の動きを伴いつつも、基調としては回復を続けている。これは、前回申し上げた判断と同じである。すなわち、輸出は少し伸び悩んでいるが、IT関連分野の在庫調整が進捗している状況のもとで、国内の生産は緩やかに増加している。需要面からみると、設備投資は高水準の企業収益を背景として増加している。また、家計においては、雇用面の改善や賃金の下げ止まりから雇用者所得は緩やかながら増加している。そのもとで個人消費は、各種販売統計をご覧になると明確であるが、1~3月に増加した後4月も強めの動きを続けており、総じて底堅く推移している。

 先行きについても前回申し上げた判断と変わっていない。IT関連分野の調整の影響が弱まるにつれて、年央以降、回復の動きが次第に明確になり、緩やかながらも息の長い回復が続くとみている。

 もちろん、IT関連需要や原油価格の動向と、その内外経済に与える影響については、引き続きリスク・ファクターとして留意する必要がある。

 物価面の判断もほとんど変えていない。国内企業物価は、原油価格の上昇などから大幅に上昇している。先行きについては、当面上昇を続ける可能性が高いとしても、そのテンポは鈍化していくのではないかとみている。

 消費者物価指数の前年比変化率は、規制緩和等に伴う電気・電話料金引き下げの影響がなお尾を引いているため、小幅のマイナスとなっており、先行きも小幅のマイナスで推移すると予想している。

【問】

 最近、長期金利の世界的な低下が顕著である。その理由については良くわからないという部分もあるが、総裁としては、どのような背景があるとみているか。また、これが今後の金融市場および金融政策運営にどのような影響を持つのかという点について伺いたい。

【答】

 日本を含め長期金利はかなり低い水準で、安定した動きを示していると受け止めている。金利が低い背景とか落ち着いている背景を明確に突き止めることは難しいが、例えば経済のグローバル化の進展の中で、中国などのエマージング諸国の市場経済化に伴う供給能力の大幅な拡大という事実があると思う。こうした供給能力の大幅な拡大によって、グローバル経済全体として物価上昇圧力が抑制されがちになる傾向があるということは、明確に言えるのではないかと思う。

 さらに言えば、先進国においてはおしなべて高齢化社会の進展がみられるということで、年金基金などがデュレーションのマッチングのために長期債購入を増加させていることも事実である。また、一般に、世界的な低金利を背景として、投資家の間には少しでも高い運用利回りを追求しようという"seek for yield"の動きが強まっていることも、事実として指摘することが可能であると思う。

 それに加えて一部には、先行きの景気減速——これは世界経済全体としての話であるが——を示唆するものではないかとの見方もあるようであるが、その辺になると、市場参加者の見方は必ずしも一様でない。いずれにしても、現在の長期金利の動きは、世界的にみても国内的にみても、すべての要因を分析しつくして、きれいに並べ直してみることはなかなか難しい複雑な要因が絡み合っていると言えるのではないかと思う。

 ただ毎回申し上げているが、長期金利はやや長い目でみれば、将来の経済や物価に対する人々の見方を反映して決まるものであり、その基本的な性格は変わっていないと思っている。従って、長期金利の水準や今後の動きの中に、将来の経済・物価情勢を判断する上で重要な要素が必ず含まれているという目で、この動きをフォローし続けていくことが大切であると思っている。長期金利は、企業や個人の活動や金融機関のバランスシートを通じて、経済活動全体に影響を与えるものであるので、非常に大事な指標である。特に世界的には、米国の長期金利の動向——米国の連銀が短期の政策金利を累次引き上げているにもかかわらず、長期金利は非常に低いところで安定して動いている——は、将来の動き、つまりその反動的な動き如何によっては、エマージング諸国を含めた世界の金融資本市場にも大きな影響を及ぼし得る可能性があるという目からも、世界の人々が注目している。私どもとしても、米国の長期金利の動きについては——もちろん国内の長期金利が第一であるが、それとの連関で見ても——、今後も注目していきたいと思っている。

【問】

 前回の金融政策決定会合以降、6月2・3日にいわゆる「なお書き」を適用したと見られる当座預金残高目標の下限割れという事態があった。これに関して、総裁は直前に何らかの場で「現場の判断である」とおっしゃったが、その判断についてどのように評価されているか。

 また一部には、年度末にあったようなオペをすれば、下限割れは回避できたのではないかという指摘もあるが、総裁がこの間繰り返し話されている「市場機能の封殺」というものとの兼ね合いで、どのような市場機能を封殺しないために、そのような下限割れの容認というかたちになったのか伺いたい。

【答】

 前回の金融政策決定会合で、下限割れを容認するいわゆる「なお書き」の追加を行った。趣旨については繰り返し申し上げるまでもないと思うが、金融システム不安の後退を背景として、金融機関の流動性需要が減少し、資金余剰感が強まっているという情勢を踏まえて、金融機関の資金需要が極めて弱いと判断される場合に、当座預金残高目標が一時的に目標値を下回ることがあり得るということである。これがそのまま、政策委員会から金融市場調節部署に対するディレクティブとして示された。

 前回の金融政策決定会合以降、今日までの金融市場局における具体的な市場調節振りを見ていると、政策委員会が示したディレクティブ通りの調節が行われてきていると思う。かなり期間の長いオペレーションを多用しながら、基本的にはターゲット達成のための資金供給を相当な努力を払いながら続けてきた。しかし、おっしゃった通り、6月2・3日の2日間について言えば、調節部署の市場の中における感触として、極端に無理な調節をするということと、市場機能を過度に封殺するということとの矛盾のひとつの場面に遭遇したということである。その結果として下限割れを容認したということであるので、文字通り、ディレクティブ通りの調節が行われてきたと理解している。実際、市場のほうでも、そうした調節と呼吸を上手く合わせたかたちで市場地合いが円滑に形成されてきていると思っている。市場と日本銀行の調節とのコミュニケーションは、円滑に進んできていると理解している。

【問】

 賛成多数であったとのことであるが、何対何であったのか。また、今話があった下限割れについて、今回の金融政策決定会合で、政策委員の中でかなり議論があったのかどうか伺いたい。

【答】

 票数については7対2であった。

 下限割れについての詳しい議論は、議事要旨が公表された段階で点検して頂ければと思うが、大方の意見は、今申し上げた通り、市場のほうの理解、そして私どもの調節に対する市場の反応、いずれも事前に私どもが「かくあるべし」と思ったラインに沿って動いているということであった。私どものアクションに対して市場が不規則な動きをもって反応を示したという形跡は、全く認められないという点は意見が一致しているところである。

【問】

 6月2・3日の当座預金残高が29兆円台になったことについて伺いたい。5月31日に金融市場局が通知した手形買入全店オペでは、1兆円の供給枠に対して3兆618億円の応募があり、超過的な資金需要がさらに2兆円あったはずである。つまり、6月2・3日に即日オペをやらなくても、前日にオペをやれば不足を埋められたはずである。今、市場からはなんなく受け入れられたとの話しであったが、私の聞くところによると反論もかなりあった。市場の地合いを見ながらオペをやるというのは十分わかるが、5月31日の全店オペ時の2兆円の「落選した資金需要」をなぜ6月2・3日につぎ込まなかったのか。

 また、「なお書き」で、「資金需要が極めて弱いと判断される場合には」とあり、英語でも「it is judged」となっているが、この判断は誰がするのか。金融市場に普段関わりがある人であれば、以心伝心で何となくわかるかもしれないが、世間一般の人が読んでも、全然わからないと思うが如何か。

【答】

 最終的な判断は、現実に市場の中にあって、市場と直面しながら市場の感触というものを全面に受け止めながら調節にあたっている調節責任者に委ねられている。政策委員会と執行部との関係というのは、一挙手一投足についてすべて指示するということではなく、オペレーションについてある幅をもってディレクティブを与え、その範囲内では相互の厚い信頼関係をもって仕事をしているということであり、それ以上のものではない。

 資金不足の状況、あるいは資金需要の強さ弱さの判断は、今おっしゃったような局部だけを捉えて判断するということではなく、連日のオペを通じ、普段よりも倍以上のオペを積み重ねながら、市場の資金需要の強さ弱さを秤量し続けてきた結果としての「はみだし」ということである。単に机の上で数量的にいくらの過不足かをはじいて、それだけで判断できるということであれば、市場調節者は何ら腕を磨く必要はないということになってしまう。日々のオペの積み重ねの中で、本当にこれ以上無理なオペをやれば市場機能を過度に封殺してしまわないかどうか、そういうぎりぎりの判断をしてきていると理解されるべきであると思う。

 当然、市場参加者は、それぞれ固有の読みあるいは戦略をもって市場の中で対処しておられるわけで、読みが当たる方、当たらない方いろいろいらっしゃると思う。従って、市場の声としてはいろいろあるのは当然のことだと思う。そうでなければ市場は死んでいるということになる。そうしたいろいろな声がある中で、結果として市場金利について不規則な動きがない、市場の地合いについて不自然な形成のされ方になっていないということが、最終的な市場の答えであると私どもは思っている。

【問】

 金融システムの関係だが、平時に移行したということで、7月には信用機構局と考査局が統合する。金融システムは全体としては非常に安定した状況にあるように思う。その一方で、個別の金融機関を見ると、先般もみちのく銀行による考査契約違反——考査契約違反としての公表は日本長期信用銀行以来2回目ということだが——が明らかになるなど、個別金融機関のコーポレート・ガバナンスという点では、まだ預金者の信認を十分確保し得るような体制になっていない状況のところもあろうかと思う。7月に新しい体制になるということも含めて、日本銀行のプルーデンス政策の今後のあり方についての見解と、金融機関経営の今後のあり方についての見解を伺いたい。

【答】

 金融システム全体として、あるいは個々の金融機関を取り上げて見た場合にも、物事の生成・発展のプロセスがこれで終わりという場面はあり得ないわけで、今後ともいろいろなかたちで生成・発展を遂げていく。望ましい方向に行く金融機関、望ましい方向になかなか行かない金融機関、望ましい方向に行っているつもりが実はそこからそれていく金融機関など、いろいろなケースが出てくると思うが、金融システム全体としての方向性を捉えた場合には、健全化に向かって、更に言えば、より新しいダイナミックスを身に付ける方向で、着実に進展しつつあるというのが今の判断である。

 もちろん個々の金融機関で見れば、まだ健全性の面で多くの課題を残している金融機関、あるいはガバナンスの面での課題を残している金融機関が存在するということは否めないと思う。私どもは機構改革をして、今後は金融機関の高度化支援というところにウエイトを移すということを申し上げているが、あくまでウエイトを移すということである。個々の金融機関への対応という点では、まだ健全性確立のために努力の余地が大きく残っている金融機関に対しては、そこにかなり力点をおいて私どもは対処していかなければならない。しかし、課題を克服しつつある金融機関については、より大きく前進して頂かないと、これからの日本経済の持続的な成長を金融面からサポートする役割を果たして頂けないことになるので、前向きの努力を私どもがサポートしていくということである。今までのようにすべての金融機関に対してただ健全性回復という側面からのみサポートしてきたことと比べると、かなり幅を持って、バラエティを持って対応していく局面に入っていくということだと思う。

【問】

 前回修正した「なお書き」の部分を、今回そのまま残したという判断は、次回の金融政策決定会合までに、6月2・3日のような事態が想定されるということか伺いたい。

 それから、先程、反対票が2票あったということであるが、どういった方向での意見であったのか伺いたい。

【答】

 2票の少数意見は、目標数値をなにがしか引き下げるべきだという方向の意見である。

 それから「なお書き」を残したことについては、金融機関の流動性需要の減少、金融市場における資金余剰感といった状況が現在も続いているというのが私どもの判断である。実際、ここ数日をとっても短期資金の供給オペにおいて札割れが引続き起こっていることからみても、大きく捉えると、市場の地合いとして資金余剰感が強まっておりかつ強まる方向だということである。

 こうした大きな背景を捉えて、今回「なお書き」を残したということである。次回の金融政策決定会合までの個々の日を捉えて、具体的に資金需要の予測を立てて、いつ割れそうであるか、割れそうでないか、そういう判断を政策委員会で行っているわけではない。大きなバックグラウンドで判断して、あとは現実の市場の中で思い切ったオペをやりながら、最終的には、執行部の判断によって対処する。それが一番現実的であり、日本銀行としては、市場に対して最先端の部署が直接あたっていくという金融政策の本来の運営の姿にマッチすると考えている。

【問】

 金融政策のフレームワークと金融市場の関係について伺いたい。総裁はかねてより、所要準備額を大幅に上回る資金供給を、消費者物価指数の条件を満たすまでは続けるとおっしゃっている。日本銀行としては政策のフレームワークを明らかにして、市場が自ら物価や景気をみながら判断して、自由に動く仕組みを市場に提供しているということだと思う。最近の物価動向をみると、2月、3月、4月と少しずつであるがマイナス幅が縮小したり、株価も底堅い動きとなっている。一方、長期金利をみると米国の影響を受けているようにみえる。日本銀行が市場に提供している仕組みと最近の市場の動きの背景について総裁はどのように見ているのか伺いたい。

【答】

 市場金利そのものは、最終的には経済の先行きの実勢、物価の先行きの実勢というものを市場がどう判断するかということによって決まってくる。これはほぼ間違いないと思うし、現在においてもそうである。そうしたメカニズムに狂いが生じ始めているとは判断していない。ただ、市場がどういう材料をどのように理解して、具体的にどういう判断を持っているのかというところまではなかなか解明しきれない。金利は、市場そのものが自ら動きながら探り当てようとしていくダイナミックな動きの中で形成されていくものであるから、そこまではわからないが、大きな方向性としてはそういうことだと思う。

 また、長期金利が米国金利の影響を受けているとおっしゃったが、今はグローバル化の中で、各国の経済は、それぞれ隔壁を設けて孤立している状態というよりは、隔壁を低くしてインテグレーションが進んでいる状況にある。従って、各国の金利の動きについても、方向性、レベルともに、シンクロナイズする傾向が強まっている。グローバル化の進展の中で、金利は相互に影響し合っているというのが一番正確な言い方ではないかと思っている。

 日本の金利についても、国内経済の先行きの観測とグローバル経済全体の先行きの観測、そして内外の市場関係者すべての観測が重なり合うようにして形成されていると思う。日本銀行が打ち出している量的緩和政策継続のコミットメントおよびその前提となる日本銀行自身の経済・物価に対する見方と、市場関係者の見方との擦り合わせが常に行われながら、最終的に金利に影響が及んでいるのであろうと考えている。

【問】

 日本銀行のバランスシート問題について伺いたい。先日発表された決算で日銀の資産規模は、6年連続で拡大を続け、過去最高を更新したということだが、これは量的緩和政策によって積極的なオペや長期国債買入を行った結果だと思う。先日の水野審議委員の講演では、量的緩和政策の副作用の一つとして日銀のバランスシート肥大化の弊害を挙げているが、改めてGDPの3分の1に達している日銀のバランスシートの規模──諸外国と比較しても極めて突出した状態だが──についてどう見ているのか伺いたい。

【答】

 日本銀行のバランスシートが肥大化するということ自体は、量的緩和政策をとる以上必然的な現象だと思う。従って、そのこと自体が問題というよりも、量的緩和政策をとり続けることによって、市場の中にディストーション(歪み)が生じ過ぎないかということが論点の一つである。また、日本銀行のバランスシートについて関心をお持ちであるとすれば、例えば、日本銀行のバランスシートが、期間の長い資産が多くなり硬直化し過ぎていないか、将来の金融調節のフレキシビリティに対して懸念を持たせる材料を累積していないか、といった点が重要だと思う。バランスシートが大きくなる過程で、資産の中身を見た場合に、極めて期間の短い資産で積み上げられている場合と、期間の長い資産で積み上げられていく場合とでは、そのリスク度に対する判断は随分変わってくると思う。最近までのところを見ると、日本銀行はかなり期間の長いオペを多用しながら流動性供給目標を達成してきており、その結果、日本銀行の資産の平均的な期間は長くなってきている。市場の機能を封殺し過ぎていないかということと、日本銀行のバランスシートの資産面での期間の長期化ということは裏腹の関係にあり、どちら側から見ても、同じ判断に結びつくような状況が出てきているということは確かで、私どもは強い関心を持って見ている。

【問】

 2人の審議委員から残高目標引き下げの方向の意見が出たということだが、この意見について、現時点で引き下げた場合、実体経済の回復の足を引っ張るような状況になる、あるいは、金融政策のスタンスについて外部に誤解を与えかねないという観点で退けられたのかという点を伺いたい。

 また、人民元改革について、先日のサミット財務相会合で、谷垣財務大臣は、「果断な対応を求める」と発言し、これまでの自主的な中国当局の判断を待つという姿勢から、一歩米国寄りに踏み込んだのではないかと見られている。改めて現時点での人民元改革に対する総裁の見解を伺いたい。

【答】

 前者について、今、減額してはどうかと真正面から取り上げて結論を出したという感じではない。むしろ今の量的緩和の基本的な枠組みを継続することを前提にしながら市場の中の変化というものと照らし合せてみて過度に市場機能を封殺し過ぎないかという点に議論の焦点を絞って、本日のような結論を出している。少数意見の方々は、さらに一歩踏み込んだ措置をとっても景気に影響がないのではないのか、市場の理解を得ることも可能ではないかという立場からの立論であったと思うが、多数意見は、今の段階でそこまで踏み込んで政策措置に変化を加える必要はまだないだろう、という判断である。

 人民元改革については、谷垣財務大臣が報道されているような姿勢の変化を示されたかどうかは、承知していない。財務大臣からもそういう話は受け承っていない。この問題は、中国として、単に人民元の問題だけでなく、経済運営全体の方式について、価格統制を含めた諸規制の緩和、金融システムの機能強化、人民元の弾力化──為替相場制度にフレキシビリティをより与えるということ──、これら全体の平仄を合わせながら国内の経済社会のバランスを上手く取っていけるか、グローバル経済との調和をより良く図ることができるかという問題である。中国の場合には、国内のバランスの問題とクロスボーダーのバランスの問題という2つの大きな尺度を常に擦り合わせながら、検討が進められていくのではないかと思っている。中国の政策当局者自身の最終的な判断に期待をするという従来の線に、財務大臣も多分変わりはないと思う。国際経済社会全体としては、中国経済のプレゼンスがますます大きくなる中で、中国当局の責任ある判断がなるべく早く出ることを期待して待っているということだが、特段ここにきて、財務大臣が態度を変えられたという話は承っていない。

【問】

 本日の金融政策決定会合の決定について少数意見と多数意見の説明があり、多数意見として政策変更に踏み込むような状況ではまだないとおっしゃったが、これは先程から強調されている過度に市場機能を封殺する度合いが今後一段と強まった場合には、量的緩和の枠組みを維持しながらも、当座預金残高目標を減額するということがあり得ると理解してよいのかどうか。また、今後仮に減額する場合、デメリットがあるとしたらそれは何か伺いたい。

【答】

 前回についてもそうだが、今の時点で、本日の決定そのものについて、結論を出してなお何か積み残しているとか、この先何か予定しておかなければいけないといった余韻を残した結論ではなかったと思う。もちろん満場一致での結論ではないが、それでも全体の結論の中に、何か後々に余韻を残しながら結論を出したという感じはない。そういう意味では全くオープンであって、今後の情勢の中で一から判断していけばいいと、そこは非常に割り切っている。

 客観情勢があまり大きな変化をしない中で資金需要が徐々に後退していることは事実だが、今後経済が踊り場から脱却していく過程で、あるいは世界経済もさらに様々な変化をする中で、イールド・カーブがどのように変化するかは誰にもわからない。従って、資金需要の出方そのものについて、今から予測をたててもあまり意味がない。一定のインターバルで金融政策決定会合が開かれるので、少なくともその短いインターバルの間で新しい情報を十分集めながら、一から判断していったほうがいい。量的緩和のフレームワークをしっかり堅持するという決意との関係では、あまり予断を持って臨まないほうがいい、と多くの委員は思っておられると思う。私自身は強くそのように思っている。

【問】

 今までの記者会見でも何度か使われている「市場機能を過度に封殺する」ということについて、もう少し具体的にどういうことを言っておられるのか、説明頂きたい。

【答】

 長い期間にわたって、日本銀行は大量の資金供給を市場に行ってきており、その結果として、日本銀行のオペレーションへの民間金融機関の依存度が、実体的にも心理的にも高まっている。また、市場での価格形成も、日本銀行のオペレーションに左右される度合いが強まっている。本来、市場においては、市場参加者が自らの金利感あるいは資金ポジションの動向等を考えながら資金の取引を行う。これが市場本来の機能であるが、そこが必ずしも十分には働きにくいという状況になっている。

 もともと量的緩和を進める以上、そういうことになりかねない、あるいは、現になるだろうし多少はなっても仕方がないと、ある割り切りを持ってやってきていることは事実である。その程度があまりにも行き過ぎないかどうかという極めて難しい判断である。ある数字で示すということはできない世界である。実際の市場の中で、市場関係者の主体的な動きがどれくらい弱まっているか、あるいは逆に甦りつつあるのかということは、現実にオペレーションの舞台の主役として市場の中に入っていけば、非常に明確に感じることであるが、一歩離れて数字だけで判断しようとするとなかなか難しい話だということをご理解頂きたい。

【問】

 「クールビズ」を日本銀行が取り入れてちょうど1週間になるが、1週間の執務での感想、またこの2日間の金融政策決定会合での各委員の服装がどうだったのか伺いたい。

【答】

 日本銀行は服装の統一をした覚えはない。まず最初にそれをお断りする。室温を高くする。あとは各自、自由な服装をして下さいということである。

 自由な服装にした結果、あまり行儀の悪い格好になっては困るが、必然的にネクタイをはずす人は増えるであろうし、あるいはシャツについても開襟にしようなどいろいろなことが起こってくる。各人が暑さに耐え得る個人差というものがあるし、服装をラフにする場合には、ラフにする仕方については好みも入ってくるわけであり、そのあたりは自由である。ドレスコードはない。室温は上げる。あまり行儀の悪い服装でない限り自由であるとしており、今のところ自然体で進んでいる。

 政策委員会のメンバーも、それぞれ自分の判断でやっている。決して揃っているわけではない。1人ひとりをとらえてみても今日は全くの開襟シャツかと思えば、いきなりネクタイをしてくる場合もあり、1人ひとりについても時間帯によってばらばらである。一定の時間帯に会議のようなかたちで集まった場合にも、横並びでみると全くばらばらというのが現状である。「ドレスコードなし」という原則の下では極めて自然体だと思っている。

 私自身は、記者会見がどのくらい時間がかかるかわからないので、少し長くなった場合に備えてネクタイをはずしてきたし、政策委員会も今日は結構時間がかかるので、ネクタイをはずしてやっていたが、そうでないときは、結構ネクタイをしている。

【問】

 反対の意見が2票あったというが、反対の提案があったという認識で良いのか。詳細なことは議事要旨を見るということかもしれないが、差し支えなければ、どのような提案があったのか伺いたい。

【答】

 大変申し訳ないが、そこは、やはり議事要旨をご覧頂きたい。

【問】

 反対提案であったかどうかの点については伺えないか。

【答】

 それも議事要旨でご覧頂きたい。

【問】

 先程、当座預金残高目標の下限割れの話の中で、市場からは不規則な反応がなかったという話をされていた。そうした反応がなかったことは良いのだが、そうだとすると、今まで維持してきた30兆円という数字の意味合いというのは、以前と今とでは違ってきているということなのか。29兆数千億円でも市場がそういう反応であるということは、30兆円という金額にどのような意味があるのか、意味が変わってきているとお考えなのか、ということについて伺いたい。

【答】

 消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上となるまで所要準備を大幅に上回る流動性を供給するという意味は、流動性を大量に供給することによって短期を中心に金利を低めに抑えるとともに、金融システムにおいても資金繰り面での安心感を恒常的に与え続け、そしてコミットメントによって時間軸効果を働かせて金利の安定を一層補強する、というメカニズムは一切変わっていない。

【問】

 下限を割っても市場が反応しないということになると、所要準備より多ければ何兆円でも良いのではないかという話になりかねないと思うのだが、そういうことにはならないのか。

【答】

 意味のない流動性の供給をしてきた覚えはない。実際に金融システムに不安がある時には瞬間蒸発的に日本銀行の供給した流動性が消えるという状況であった。今はその状況が変わってきているということは繰り返し申し上げてきたところである。そういうふうに市場の状況が変われば同じ大きさの金額であってもメリットとデメリットの相関関係は微妙に変わってくるということは正直に申し上げているが、基本的な流動性供給の機能、コミットメントの効果、これは変わらないということである。

【問】

 金融システム不安への効果という点においては、量的緩和の効果が非常にあったということは市場の中でも異論がないと思うが、デフレへの効果やマネーサプライに良い影響を与える効果など、当初、量的緩和を実施する時に言われていた効果について、果たして今もあるのかどうかということについてはどのようにお考えか。

【答】

 日本のデフレ・リスクというのは、バブル崩壊後の実体経済の動きの中で金融システム不安を大きく抱えながらそのリスクを皆が等しく感じていたということなので、流動性の供給が金融システム不安を抑え、そして金利を低く抑えるということが実体経済と金融システム両面からデフレ・スパイラルを防いだという効果は、学問的ないろいろな理論的効果を離れても、すべての実務家——実際に経済の動きに携わっておられる方々——が理解しておられることだと思っている。

 そして現在も、企業はさらに前進していくためにリストラの延長線上の努力を重ね、そして新しいビジネスモデルを築くという構造変化の負担というものを伴いながら前進しようとしている。また、金融機関も不良債権問題はかなり峠を越えて完結に近づいてきているといっても、これから新しい金融サービスを提供していくためのモデル・チェンジに相当なコストをかけながらやっていかなければならないという段階になっている。

 すべての民間部門の構造変化を完全にやり遂げていかなければ真の意味で持続可能な景気回復パスに乗らない、デフレから完全脱却したと誰もが認定できるような状況にならない。そういう残りの過程がまだしっかり続いているわけであるので、この点に対して量的緩和の効果をしっかりと裏打ちとしてあてがっていきたいというのが私どもの姿勢である。従って、ペイオフ全面解禁が終わったから金融システムの問題について量的緩和の必要がなくなったというのは、極めて皮相的な見方だと言わせて頂く。

【問】

 景気について伺いたい。金融経済月報にもあったが、輸出は足許少し伸び悩んでいる、生産は4~6月は少し停滞気味になるだろうという見方が多い中で、企業の収益が雇用や賃金に波及して消費が底堅さを増しているという状況については、企業から家計へのメカニズムという部分が少しクローズ・アップされてきたような感触を受ける。そう考えると、5年前に「ダム論」というのがあり、その時は結局ITバブルの崩壊によって、そこで唱えられていた家計への波及メカニズムというバトン・タッチは行われなかったのだが、足許と5年前の類似点および相違点について総裁の見解を伺いたい。

【答】

 IT調整については、5年前の大きなハイテク・バブル崩壊後の調整と比べ調整の深度が違うという点は明確に言えると思う。現に、足許のIT調整は順調に進捗中だということにそれが表れていると思う。家計のほうについても、これも企業のリストラの進展度合いが5年前と現在とでは大きく違っているわけで、短観などでも人手不足感という世界に一歩足を踏み入れつつあるところまでリストラが進んでいる。雇用の増加、そして雇用者所得の増加、いずれも今回のほうがより確実性をもって、しっかりした土台の上にそれが実現してきているということが言えると思う。従って、両面からの景気回復への軌道の築かれ方というのは、5年前に比べてはるかに安定したものだということが言えると思う。

 最近の動向について輸出とか生産とかいう面からの捉え方をすれば、中国経済の調整の影響として、中国自身の輸入が少し減少しており、そのため日本からみると輸出の伸びが少し鈍いという動きが出ている。一方で、家計においては、雇用の増加そして雇用者所得の増加という面で、私どもの事前の予想よりも少し良い動きが出始めているということであるので、それらを突き合わせてみると経済の基調的な回復振りというのは、私どもの情勢判断とズレなく進んでいるという感じである。

【問】

 そうすると言葉使いは別にして、今回は腰の据わった「本当のダム論」というものが唱えられるということか。

【答】

 決して派手な回復になるということは一度も申し上げたことはないのであるが、地味であるかもしれないが着実で息の長い回復になる可能性は次第に強まってきている、ということだと思う。

以上