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総裁記者会見要旨(7月27日)

2005年7月28日
日本銀行

―2005年7月27日(水)
午後3時半から約50分

【問】

 本日の金融政策決定会合の結果について、趣旨を説明頂きたい。

【答】

 本日も情勢をつぶさに点検した。前回の金融政策決定会合以降、多くの経済指標が公表されているわけではないが、個別の情報を刻々と把握している限り、日本経済全体としてじわじわと良い方向に動いているという印象を持っている。公表された指標等は、日本の景気が踊り場脱却に向けて着実に回復を続けていることを裏付けるものであったというのが、本日の金融政策決定会合で共有された判断である。

 海外経済も引き続き拡大しているという判断であり、米国では潜在成長率前後の着実な成長が続いている。この点は、先般のFRBの議会報告書を見ても明確に記されている。中国も、輸入の伸び悩みを伴いながら、中国にとっての内需、外需ともに力強い拡大を続けており、引き続き高い成長を記録している。

 日本経済については、雇用面の改善や賃金の下げ止まりから、雇用者所得が緩やかに増加しており、夏のボーナスも——まだ確定計数は出ていないが——前年比増加となる見込みにあり、そのもとで個人消費は底堅く推移している。このように、内需、外需が比較的バランスのとれたかたちで景気回復が確認されつつある状況である。物価情勢の判断は前回と変わっていない。

 こうした判断のもと、本日の金融政策決定会合では、現在の当座預金残高目標を維持することを決定した。また、「なお書き」についても変更しないこととした。日本銀行としては、消費者物価指数に基づく明確な約束に沿って、今後とも金融緩和政策をしっかりと継続していく方針である。

【問】

 先日中国が人民元の改革を発表した。一時、ドル−円でみると円高方向に振れたが、本日は112円台まで円が値下がりしている。今回の人民元の改革は、中長期的にみて日本経済及び世界経済にどのような影響を及ぼすのか、見解を伺いたい。

【答】

 ご指摘の通り、中国は7月21日より、実質的なドル・ペッグ制を離れ、管理変動相場制度に移行した。今後、人民元については、複数の通貨のバスケットを参照しながら、外国為替市場の需給を反映させて変動することとなった。

 中国は、これまで目覚しい成長を続ける一方で、様々な分野で市場メカニズムを一層活かした経済システムを構築するという方向での取り組みを続けてきた。今回の措置も、そうした取り組みの一環として位置付けられるものであり、そのように見れば今回の措置の趣旨がより理解しやすくなるだろうと思う。そういう意味でこれを高く評価したいと思っている。

 今回の措置が、日本経済及び世界経済全般にどのような影響を与えるかについては、この新しい制度のもとで、この先、為替相場がどのように変動するかということを良くフォローしながら、その影響についても判断していかなければならないと思う。今後の運用に依存する面がかなりあり、現段階ではその影響を幅広く推測し尽くすということは難しいと思う。とりあえず為替市場、債券市場等は、中国の措置が発表された直後に多少の反応はあったが、当面の影響を比較的短期間に消化して、やや長期的な視点で今後の推移を判断していこうという姿勢にあるように感じている。

 申し上げるまでもなく一般論的に言えば、人民元相場が米ドルに対して完全固定ということではなく、ファンダメンタルズを反映してより柔軟に変動する方向になったことは、長い目でみて中国経済のよりバランスのとれた持続的な成長に資することは間違いないと思う。当然、そうした動きは、日本経済及び世界経済全体との関係においても、より調和のとれた経済関係が築かれていくということであり、方向性として好ましいことであると考えている。

 先程も申し上げた通り、基本的にはそうした認識のもとで、今後の人民元相場の実際の動きや日本経済及び世界経済全体に及ぼす影響について、正確にとらえていきたいと思っている。

【問】

 当面の金融調節方針は現状維持ということだが、7月末から8月初旬にかけて当座預金残高目標の下限割れの可能性が高いという指摘がある。総裁は5月20日の時点で、「当座預金残高目標の下限割れが起きても短期間に回復する、あくまでテンポラリーである」とおっしゃったが、その見通し通り「なお書き」部分の適用が起きる場合を念頭に置いて、テンポラリーであるということの許容範囲について──厳密におっしゃることはできないと思うが──、考えがあれば伺いたい。

【答】

 資金需給は毎日市場の中で大きく変動するので、金融機関の流動性需要の実勢を、その波の中できちんと判断していくことは難しいが、大掴みに言えば、5月の措置以降も、金融機関の流動性に対する需要は、さらにじりじりと後退しつつあるという印象を持って市場を眺めている。それを前提にした当面の市場の動きは、7月末から8月初めにかけて、国債発行や税揚げなど財政資金の動きに伴う大幅な資金不足が見込まれており、オペレーションで今からそれを読み込みながら対応しているが、当座預金残高が30~35兆円程度という目標値を多少下回る可能性があることは否定できないと思っている。ただ、繰り返し申し上げているが、資金需給には非常に波がある。私どものオペレーションに対する金融機関の応札状況も、日によってかなり変化があるので、今後の金融市場の状況次第であり、現時点で目標値を下回ることになりそうだと明確に言うことはできない。しかし、その可能性があるということは事実だ。

 金融市場調節に当たっては、現在の当座預金残高目標のもとで、市場機能への影響にも十分配慮しながら、最大限の資金供給努力を行っていくことが基本スタンスである。そして、仮に当座預金残高目標をいくらか下回ることがあった場合には、その後できるだけ早く目標値に戻るようにさらに調節努力をしていく。そうした中で、結果的に一時的な下限割れでおさめることが可能ではないかと思っている。

【問】

 本日の金融政策決定会合の結果発表で、「賛成多数」から「賛成7反対2」と明示される方式に変更されたが、この狙いを伺いたい。また、今後反対者の名前をこの段階で公表する考えはないのか伺いたい。

【答】

 狙いという程のことはない。毎回この場でお尋ねがありお答えしているので、むしろ予めお知らせしたほうが良いという程度のことである。

 少数意見の方の名前をその都度申し上げることは、今度とも差し控えたほうが良いと思っている。差し控える理由は、以前から申し上げている通り、政策委員会は、意見を持ち寄って単純に多数決で決めるという性格のものではなく、議論を通じ新しい結論を生み出していくという、創造的なプロセスである。従って、多数意見、少数意見のいずれも、この先々の討論や結論の中に良い結果を生み出していくためのひとつのプロセスということである。いちいち名前を出して少数意見として貼り付けてしまうことは、将来に向かって害があるという基本的な思想を持っている。従って、反対の方の名前を出すことは適当でないと思っている。

【問】

 消費者物価指数の見通しについて伺いたい。前回の記者会見時に、「今年末から来年初にかけて消費者物価指数の前年比変化率がプラスに転じる可能性が少し見えてきた」と総裁はおっしゃった。本日の金融政策決定会合では、消費者物価指数の見通しについて、どのような議論があったか。また、前回の記者会見時の発言から察して、前回の金融政策決定会合で何人かの委員からも同様に、早ければ今年末にもプラスになる可能性があるというコメントがあったとの印象を受けたが、今回はどうであったのか伺いたい。

【答】

 金融政策決定会合の議論の中身については、ご承知の通り議事要旨で確認して頂きたい。どのような議論があったかは、この場で具体的にいちいち申し上げるわけにはいかない。

 物価に関しての私どもの判断は、先程も申し上げた通り、前回から変わっていない。人によっては、あるいはそれぞれ持っているデータによって、予測のニュアンスに幅があることは当然である。しかし全体として、前回以降、物価についての判断を私どもは変えていない。

 あえて言えば、今年末から来年初めにかけて、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比がプラスの領域に入っていく可能性が少し見えている。そういうことまでは言えると思うが、あくまで幅を持ってこれをとらえる必要がある。

【問】

 景気と物価の関係について伺いたい。7月13日の記者会見では、内需をみると、4月の展望レポートと比べて設備投資と個人消費が強く、一方、外需は4月に予想されていたよりも弱めだとおっしゃっていた。また最近のデータを見ると、需給ギャップの縮小に弾みがかかる状況ではないと思うが、そのような中で、景気回復が内需主導か外需主導かによって物価への影響が違うのかどうか──内需主導による景気回復のほうがより物価への影響度が高いのか──伺いたい。

【答】

 前回以降、新しい経済指標が多くは発表されていないと申し上げたが、新しく発表された数少ない経済指標の中では、輸出入に関する統計がある。輸出の動向を見ると、全世界向けの輸出として全体をとらえた場合には、輸出の伸びに少し回復の兆しが出ており、これは良い指標と見ている。やや仔細に見ると、中国向け輸出はあまり好ましくない状況であるが、全体としてみると、少し良い感じが出てきている。一方、内需を見ると、設備投資は前回以降新しい数字が出ていないが、夏のボーナスを中心に家計の面に経済の良い影響が均霑(きんてん)してくるという印象もあり、足許の動きにも少し良い感じが強まってきているとみられる。従って、地味だが内需と外需の両方のバランスが比較的良い、地道な回復というシナリオが、新しいデータで少しずつ補強されつつある。

 物価との関係は、あくまで内需・外需両方の牽引力を合わせてどれくらいの強さの景気回復になるか、残っている需給ギャップをどれくらい縮めていくかという点について、合せ技で判断できることだと思う。また、先程申し上げた通り、賃金等を通じて家計に良い影響が均霑してくることは、景気の面で明らかにプラスであるほか、物価の面ではユニット・レーバー・コスト(単位当たり労働コスト)をじわじわと引き上げていく可能性がある。内需の動き、外需の動き、そして企業のコスト面への跳ね返り等をすべて点検することで、持続的な景気回復の方向性の更なる確認と、デフレ脱却の方向での物価の動きに関する更なる確認が、並行的に進むと理解している。

【問】

 下限割れの期間や幅について、現在の「なお書き」の範囲を超えたと判断された場合、どのように対応するお考えか。市場機能を封殺しないという方針との兼ね合いでどのようにお考えか伺いたい。

【答】

 まず、下限割れになることが確実であるかどうかわからないし、ましてや何日間下限割れが続くか予測することは難しいと思う。そこは実際その時になってみないとわからない。「なお書き」による一時的な下限割れについて、日数の概念を固定的に置いていない。なるべく早く元に戻るという感覚であり、仮にはみ出した場合でも、元に戻れば「なお書き」の範囲内という理解は十分可能だと思う。今のところ、その漠たる予測として、仮に下限を割ることになり、1日でその下限割れが終わらないという場合であっても、「なお書き」では読めないような、すなわちテンポラリーな下限割れと言えないような幅を持って起きるというような予測は今は持っていない。

【問】

 先程、持続的な景気回復の確認とデフレ脱却の段取りを踏んでいるかの確認が並行的に進むという話があったが、景気が踊り場のままであっても消費者物価指数が安定的にプラスになってしまう状態が仮にあったとすれば、その時に踊り場を脱却して持続的な回復を確認するという作業が、まさにデフレ脱却の確認と並行的に進められなくなり、今の金融政策の出口を判断することが難しくなるとお考えか伺いたい。

【答】

 ご質問が複雑なので答え方が少し複雑になってしまうが、お許し頂きたい。まず、私どもの情勢判断では、日本経済は踊り場的な局面から脱却しつつあるという判断である。いつまでも脱却しないというような前提でのものの考え方はしていないということである。しかし、それをお伝えした上で、踊り場を脱却したらすぐにも量的緩和の枠組みの修正に着手し得るかということについて、そこから先は、一層、厳密な判断がいる。一言でいうと二度とデフレに戻らないという判断が必要である。消費者物価指数の前年比変化率が、足許ゼロ%以上の動きを示すようになり、先行きもプラスで動くだろうという予測が持てるようになり、それが後戻りしないということであるから、地味であっても着実に回復し続けるという景気回復の持続性の判断、少なくともそのぐらいの判断が揃わないと枠組み修正には着手しないということになっている。従って、踊り場脱却云々ということと金融政策の基本スタンスの修正ということは、一応切り離して考えて頂きたい。踊り場脱却については、私どもはほとんど間違いないと思っている。それですぐ皆さんに右から左に走って頂く気は全くないので、わらじを脱いで待って頂きたいと思う。

【問】

 量的緩和の枠組み修正という意味を確認したい。量的緩和の枠組み修正の中には、量的緩和の解除はもちろん入ると思うが、現在の当座預金残高目標を積極的に切り込んで減額していくということも、この枠組み修正に含まれると考えて良いか伺いたい。

【答】

 量的緩和の枠組みについては、繰り返して申し上げている通り2つある。1つは、所要準備額を大幅に上回る流動性を供給すること。これは、30~35兆円程度というような具体的な数値とは切り離した概念である。もう1つは、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるまで続けるということである。この2つに修正を加える以前の段階は、枠組み修正とは言わない。

 私が時々申し上げている、積極的に目標値を切り下げるとは、市場条件の変化に則して私どもが受身で何か調整する必要があるかどうかという問題と切り離して、目標値を積極的に切り込んでいくことがあるかどうか、ということを言っている。積極的に切り込んでいくというのは、枠組みの修正に着手したということになっていくだろうと思う。それ以前の段階で──5月に「なお書き」を修正したのもそうであるが──、市場の条件が変わったことに対して受身で現実的な対応をするというのは、基本的なスタンスの修正ではない。別の言い方をすれば、量的緩和の枠組みの修正ではないと明確に言える。そこはセパレートして考えて頂きたい。そういう意味で、市場条件の変化に受身で対応し、現実的な対応をすることについては、5月に「なお書き」修正を行って、あの時点において積み残しがないと申し上げた。その後、札割れ現象が続き、金融機関の流動性需要が弱い状況が続いている。こうした状況を踏まえ、少数意見としては、「なお書き」修正に加えて、受身の姿勢による当座預金残高目標の削減が必要なのではないかという意見がある。しかし、このところについて、金融政策決定会合のこれまでの討議の結論は全くオープンである。つまり、多数意見は今のところなお慎重である、と理解して頂ければ良いと思う。

【問】

 これまで量的緩和の当座預金残高目標の引き上げの場合、3兆円や5兆円といった幅で引き上げてきたと思うが、逆に、例えば3兆円や5兆円の幅で引き下げるのは、これはいわば積極的な修正ということに当たるのか。

【答】

 下げ幅によって決まるものではないと思う。その時、どのような意図でそのような調整をしたかということは明確に説明しなくてはならない。私どもの言葉による説明以前に、客観情勢から見ても明確におわかり頂けるだろうと思うが、重ねて明確な説明をしなくてはならないと思う。しかし、今、そのことを予定しているわけでは全くない。

【問】

 郵政民営化法案の国会審議が佳境に入ってきているが、これに対する意見があれば伺いたい。また、談合問題が今話題となっていて、日本企業では、なかなか談合がなくならないのではないかという意見もあるが、これについても意見があれば伺いたい。

【答】

 郵政民営化法案の国会審議中のため、現段階で私から特段コメントはない。今国会にかかっている法案は、経済財政諮問会議で確認した基本方針に概ね沿った法案である。そういう意味では、私自身、経済財政諮問会議の一員という立場から申し上げれば、その法案が国会を通過して、今後の大きな課題である公的部門のリストラの最初の出発点が築かれていくということは望ましいと思う。これは、経済財政諮問会議で基本方針を打ち出したメンバーの一員として申し上げた。

 談合が日本経済あるいは社会の体質であるか否かについては、私はそこまで日本の経済・社会の本質を十分掘り下げて勉強していないのでよくわからない。しかし、私自身が今まで経験してきたところで申し上げれば、日本の経済・社会は、自ら変革を遂げていける能力を秘めているという良い面をとらえれば、談合というかなり癒着性のある取引の仕組みをいつまでも引きずっていく、そういう情けない社会ではないと信じている。

【問】

 郵政民営化法案の審議そのものはともかくとして、これが通らなければ衆議院の解散という話もちらほら出ており、そうなれば政治的空白が生じることになる。仮定の話で申しわけないが、その場合、日本経済にどの程度影響があるとお考えか。

【答】

 国会の審議が非常に重要な局面に入っているので、あまり軽々なコメントをすべきではないと思っている。これから先、経済が本当に持続的な回復のパスを掴もうとしている、あるいはデフレ脱却の非常に重要な局面に入ってきているという状況のもとでは、望ましくは、政治的混乱なしに次の局面に進むことである。経済社会で仕事をしておられる方は等しく、あるいは多かれ少なかれ、そのように感じておられると思う。しかし、政治のプロセスは、当面の短期的な景気を越えて、将来の私どもの社会を築いていくための真剣な議論の場であるので、そのプロセスにおいてどのような動きが出てくるか、それは予測の限りではないし、私の立場からどうあるべきかというような軽々しいコメントを申し上げられない。将来の良い社会を築くための真剣な討議の結果がどう出るかを、あまり軽々に私の立場から予測すべきでないと思っている。いずれにしても、政治的にどのような波紋を伴うプロセスが出てこようと、将来の日本経済と社会のより良い姿のイメージが、少しでも多くの国民の目に映ってくるように、そういうプロセスを是非見せて欲しいということだけは言える。

【問】

 先程、景気の踊り場脱却について間違いないというような発言があったと思うが、それは前回の記者会見の段階の脱却しつつあるという判断からさらに確信を持たれているのか、あるいは前回から変わっていないのか伺いたい。

【答】

 先程、明確に申し上げた。基本的な判断は前回と変わっていない。なぜならば、新しいデータが少数しか出ていないからということに尽きる。ただし、その他の個別の情報を──私どももそうであるが、皆さんも毎日のように収集しておられると思うが──見る限り、踊り場的な局面から脱却しつつあるという私どもの判断を、後ろ向きに修正しなければならないという材料は出ていない。むしろ、じわじわと経済が良くなってきているという印象を抱けるデータがあるという感じを持っている。せいぜいその程度の話で、記者の皆さんの用語で「情勢判断をさらに前進させた」という程の根拠はない。

【問】

 量的緩和政策の枠組みの修正を行う場合には、再びデフレに戻らないというような厳密な判断が必要となってくるとおっしゃったが、今後、いわゆる3条件に関して、消費者物価指数がどういう動きをした際にどのように判断できるのか、また、以前「のりしろ」的な考え方についての議論もあったと思うが、デフレに後戻りしないというのは具体的にどういう状況をもって判断するのか、見解を伺いたい。

【答】

 今後、もう少し具体的材料をもって議論できる状況になれば、皆様にも具体的な説明ができると考えている。今から、仮定の材料をあれこれと並べて議論することや、「のりしろ」がどれだけかといった議論は空疎であると考えている。

【問】

 今回の人民元改革が日本経済及び世界経済に与える影響について、今後の中国当局の運用に依存する面があり、今後の市場動向を注意深く見ていきたいとおっしゃっていたが、ここ数日間の取引を見る中で何か分析できることがあれば伺いたい。

【答】

 市場の動きから分析できる材料はまだ多くない。市場自体も相場のレベルを一旦戻し、今後の展開について咀嚼しているような様子見の姿勢が窺えることからもわかる通り、今回の措置によって、日本経済、中国経済、世界経済の構図が急に塗り替えられるという部分はまだ見えていないと思う。今回の措置からは、中国経済と世界経済との接点において、より調和のとりやすい経済の方向を目指すという中国当局のメッセージが強く出ている。市場経済ないし実体経済の面で今後いかなる変化が現れてくるにしても、人々はそれを基軸に考えていくことになる。つまり、これまでのように人民元とドルとの関係が固定されていることを前提に様々な変化を理解する場合とは、今後の理解の仕方が相当変わってくると考えている。

【問】

 人民元がより柔軟に変動する方向になったことは非常に好ましいとおっしゃったが、この数日の取引を見る限り、対ドルでほとんど動いていない。見方によっては、実質的なドル・ペッグ制で2%切り上がっただけだという見方もできるかと思う。総裁は今後どのような運用を中国当局に期待されているのか伺いたい。

【答】

 為替相場がすべてを決することはない、とかねがね申し上げている。しかしながら、為替相場以外の種々の取引規制、例えば資本移動規制、金融取引に関する規制、あるいは物価に関する統制が徐々に緩和されていく方向に変化した場合、為替が固定している状況と、為替もフレキシビリティを持った状況とでは、経済全体に対するインパクトは相当変わってくるであろう。少し目を見開いてみれば、今後の経済に対する多くの人の目は変わってくる。従って、経済全体の調和のとれた姿は時の経過と共により明確に見えるようになってくるであろうと期待している。人民元だけに注目してものを言う時代は終わり、という非常に明確な変化があったと思う。

【問】

 総裁は就任以降、2回の訪中、北京事務所の開設など、中国との関係強化に努めてこられた。そうした中で、今回の人民元の改革については、市場では非常に意外感を持って受け止めた人も多かったと思うが、総裁ないし日本銀行にとっては、その手法ないし時期について想定の範囲内であったと受け止めたのか、または意外な内容だったと受け止めたのかを伺いたい。

【答】

 前もって中国当局がどのような措置をとるだろうと予測をしていたわけではないので、私どもの予測対比で今回の措置が意外であったかどうかはコメントしづらい。中国の場合には、世界経済とのクロスボーダーの接点における調和と、国内において広がりつつある所得不均衡の是正といった国内調和の問題と、2つの大きな尺度を同時に満たすように制度を変更するという難しさを抱えている。すべての面でより市場メカニズムを活用する方向で努力を重ねてきていることは、従来からも確認済みである。為替相場についても、それだけがすべてではなく、全体の規制緩和や価格統制の緩和といった大きなチェーンの一環として考えていくべきであるといった点は、私自身も申し上げてきたことであり、中国当局の考え方にも基本的に一致していたと思う。政策判断においては、単に理論を先行させて物事を決断するということではなく、経済の実態に合わせた現実的な判断が入ってくるものだが、今回の中国の決定は、中国経済において、様々な新しい均衡を求める課題、外国との関係そのいずれの点からみても現実的な選択であり、私どもとしては、違和感のある決定ではなかったと考えている。

【問】

 一部報道によれば、今回の中国の人民元改革の動きは、アメリカの通貨当局に対しては1週間前に通告があったと報じられているが、その真偽はさておき、日本の通貨当局ないし日本銀行に対して事前にそういった通告はあったのか。

【答】

 通貨当局相互の信義に関わる問題であるのでコメントできない。

【問】

 人民元切り上げという歴史的な節目を迎え、日米欧の通貨当局間で今後何らかの連携、対応をすべきと考えているか。

【答】

 中国人民銀行が今回の措置を発表した後、あまり時間をおかずにG7で共同声明を出した。短い声明ではあったが、中国当局のとった政策措置は正しい方向に沿っている旨の歓迎のメッセージを出した。中国に対抗してG7で新しい措置を何かしなければいけないという動機は、現時点では全く存在しないと思う。むしろ、中国を含むエマージング諸国経済と先進国経済とのより良き調和のために、より前向きの議論を今後どういうかたちで持てるか、と考えるのが建設的であろう。

【問】

 先週末、首都圏地区で強い地震が発生した。かねてより日銀は、業務継続について、テロ、自然災害も含め万全を期すと言っていたが、地震発生当日どのような対応をとったのか。また、今後、自然災害及びテロ、有事も含めて、さらなる手立てを検討しているか伺いたい。

【答】

 数日前の地震は休日に起こったが、日本銀行および民間金融機関は、翌日以降の業務遂行に支障がないかどうかを直ちに点検し、問題がないことを確認した。数日前の地震を離れても、自然災害、あるいはテロの脅威に常に備えなければならない。日本銀行は、様々な複数のシナリオを想定しながら、必要な人員の体制、システム面での対応等、相当程度整備してきているつもりである。実際の訓練も重ねてきている。しかし、これで十分ということは、事柄の性格上言えないことである。昨日も政府の中央防災会議が開催されたが、国を挙げて、こういった緊急対応の体制について、中枢機関をはじめそれと関連する部門も含めて、重ね重ね用意を周到にし、実際に用意が整っているか点検を繰り返していくという確認ができている。日本銀行も、今後5年間の中期経営戦略において、災害時の業務継続体制の強化を一つの重要な項目として打ち出しており、いかなる非常事態が起こった場合でも、業務を中断することがないように、万全の体制を目指してさらに検討を重ねていくことにしている。現時点では、通常予想される災害等で、金融ビジネスに大きな支障が生ずる心配はないところまで達していると思っているが、さらに検討を重ねていく所存である。日本は、地震、風水害、様々な自然災害を繰り返し経験しているので、そういう意味では経験に基づく知識の集積と、実際の備えの蓄積が相当程度備わった国である。万全とはなかなか言えないが、相当程度備えはできていると考えている。

【問】

 郵政民営化の審議について、政治の混乱なく次のステップに進んでいくことが望ましいとおっしゃったが、郵政の民営化だけではなく、財政の再建、あるいは社会保障の改革などいろいろな課題が山積している。市場、特に海外勢は、そういった改革が遅れると日本の資産の売り材料としてとらえると言われている。その点を絡めて、もう一度詳しく見解を伺いたい。

【答】

 市場の方々が短期的な商売をどうなさるか、私は興味はない。日本で現実に生活して、将来の世代のためにより良い生活レベルを築く条件を備えていく、そのために努力しているという立場から言えば、ここ10年以上にわたる日本の努力は、民間部門のリストラを優先して行ってきた。そして、国民の間では、公的部門のリストラがこれからの大きな課題だと共通した認識を有していると思われるので、この認識さえしっかり維持すれば、公的部門のリストラのかなりの部分は、政治的なプロセスを経て、着実に実行されていくと思われる。皆のそうした意識が強く維持され、今後の日本の民主政治のレベルを上げていく方向で認識の一致があれば、短期的に多少遅れるあるいは前進するということに関係なく、最終ゴールは着実に達成されていく。このメカニズムを皆で築いていけるかどうかの非常に重要な分かれ目が今始まっている、と私は思っている。

 経済面からはデフレ脱却、または持続性ある回復と言っているが、もっと大きく社会全般から言えば、これから政治の意思決定プロセスを将来につなげ、皆が確認できる方向で築き上げていくことによって、公的部門のリストラをきちんと成し遂げていく。そうでなければ、民間部門と公的部門が表裏一体となった競争力の強い日本の経済社会はできない。今そういう意味で重要な局面にあり、今回の郵政民営化法案の審議というのは、その最初の出発点、試金石である。これがうまくいくかいかないか、これは一つの大きなリトマス試験紙である。どのような結果が出ようとも、その経験を踏まえて、この先の日本の政治の仕組みを皆でさらに真剣に考えるというプロセスに入っていくべきである。中央銀行総裁として、あまり政治に関して物事を言ってはいけないので、これ以上は申し上げない。

【問】

 当座預金残高目標をなるべく市場機能に配慮しながら維持していくとのことだが、できる選択肢としては、10か月の手形のオペを、2か月ほど期間を延ばして1年にすべきという声も聞く。一方で、議事要旨にもみられるように、市場機能を考えると手形の長期化はすべきでない、という意見もあると思われる。この点に関して総裁の見解を伺いたい。

【答】

 市場機能の回復の芽を摘みかねないくらいにオペレーションは極限までやってきている、という表現につきると思っている。

以上