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総裁記者会見要旨(11月18日)

2005年11月21日
日本銀行

―2005年11月18日(金)
午後3時半から約60分

【問】

 本日の政策決定会合の結果について趣旨をご説明頂きたい。また、本日公表された「金融経済月報・基本的見解」を踏まえた景気見通しを伺いたい。

【答】

 本日の政策決定会合では、現在の当座預金残高目標30~35兆円程度を維持することを決定した。また、「なお書き」についても変更しないこととした。一言で言えばノーチェンジということである。日本銀行としては、消費者物価指数に基づく明確な約束に沿って、金融緩和政策をしっかりと継続していく方針を確認した。

 背景となる経済・物価情勢の判断については、前回の政策決定会合以降それ程日が経っておらず、その間のデータを見てもあまり大きな変化がないことから、日本の景気は引き続き回復を続けており、先行きについても緩やかながら息の長い景気回復が続くという判断に、いささかの修正も加えていない。

 海外の経済情勢と日本経済は引き続き密接な連関をもって動いているが、海外経済は、ハリケーン、原油価格の高騰等の嵐に見舞われた。しかし足許は、原油価格は少し下がっており、ハリケーンの一連の影響も次第に明らかになってきた。嵐が少し過ぎ去り、少し雲が晴れた後の米国経済等を見ると、展望レポートで示した海外経済に関する標準的な見方を、何か修正しなくてはならない状況にはなっていないと思っている。

 もちろん、米国の場合に復興需要によってある程度支えられているとか、消費者信頼感指数が少し下がっているといったかたちで影響が出ているが、こうした動きが、今後経済の中でどのように戻っていくかを注目していかなければいけないと思う。また、米国だけでなく欧州その他世界各国において、原油価格高騰の影響を受けてインフレ心理がどの程度高まっていくかは、引き続き要注意事項である。しかし、コアのインフレ率は少し上がり気味の国もあるが、基本的には引き続き落ち着いて推移している雰囲気である。しかし、インフレ期待がどの程度上がるかは、グローバル経済を見る上で、引き続き注目事項である。

 国内の経済については、先般の7~9月のGDP速報をご覧になってもおわかりの通り、輸出つまり外需と、国内の設備投資や個人消費といった内需の両方が、比較的バランスのとれた姿で、派手さはないが着実に回復しているという状況が裏付けられたと思う。当面そうした比較的バランスのとれた姿で息の長い景気回復が続くのではないかと見ている。

 物価面は、国内企業物価と消費者物価では少し動きが違うものの、共に前回の政策決定会合の判断を修正していない。国内企業物価については、原油価格はこのところ少し下がっているが、一方で非鉄金属等素原材料市況が上がっている。そうした国際商品市況高や円安の影響もあり、企業物価は上昇を続けており、先行きも上昇傾向を辿るという判断である。

 一方、消費者物価指数については、新しい数字も出ておらず、アネクドータルなデータも検証し続けているが、引き続き私どもの判断には変わりはないということである。具体的な動きとしては、年末頃にかけて、ゼロ%ないし若干のプラスに転じると目下のところ予想している。以上が今日のノーチェンジの背景となる判断である。

【問】

 来年度に電力料金の引き下げ、携帯電話の新規参入といった物価に対してマイナスのインパクトを与える動きが報じられている。こうした動きが量的緩和政策の解除に向けて、日銀が提示している「消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になる」という条件に対して、どのような影響を与えるか、あるいは与えないのかについて見解を伺いたい。

【答】

 冒頭にも申し上げた通り、日本銀行は、「消費者物価指数の前年比が安定的にゼロ%以上となるまで」という明確な約束に沿って、量的緩和政策を継続している状況である。

 従って、先行きの金融政策の運営にあたっては、当然のことながら、経済全体の状況をつぶさに正確にフォローしながら判断していくが、物価についても、その時々において利用可能なデータを用いて、しっかりと点検し判断していく。ご質問にあった制度変更などに伴う特殊要因としては、ご指摘の電力料金の他にもいくつもあって、それぞれについては上下両方向の要因が存在している。私どもも、記者の皆さんと同じようにそれぞれについてつぶさに点検し続けているが、現時点ではなお不確定な部分が大きいというのが率直なところである。需給環境の緩やかな改善が続く中で、基調として消費者物価の前年比上昇率は高まっていく方向にあるとの基本的な判断を、そうした制度変更その他特殊要因が揺るがす状況にはなっていないとみている。

 いずれにせよ日本銀行としては、物価指標の動きは当然だが、その背後にある実体経済の動向を引き続き丹念に点検し、物価情勢の判断に誤りなきを期していきたいと思っている。

【問】

 最近、小泉総理を含めて政府・与党から、量的緩和政策の継続を求める発言が出始めている。一部には日銀法を改正するという過激な声も聞かれているが、そういった発言をどう受け止められているのか。また、日銀の量的緩和政策解除に向けた判断に対して影響があるのか伺いたい。

【答】

 既に色々な場面でお答えをしているが、物価安定のもとで持続的な成長を目指すという一番大事な点について、政府・与党と日本銀行との間で認識に相違はないと考えている。現状、消費者物価指数がまだ僅かながらマイナスの領域で推移している状況のもとで、私どもは引き続き量的緩和政策をコミットメントに従って堅持するということであり、現状消費者物価指数がマイナスであることを前提に政府の発言が色々あっても、私どもの基本的な認識と相違はないと思っている。

 繰り返しになるが、日本銀行は、現在極めて緩和的な金融政策の運営を行なっており、先行きについても経済がバランスのとれた持続的な成長を続ける中で、物価上昇圧力の抑制された状況が続いていくと判断されるのであれば、引き続き極めて緩和的な金融環境を維持していけると考えている。

 具体的に申し上げると、当面は消費者物価指数に基づく明確な約束に沿って量的緩和政策を継続していく方針である。本日もそのことを明確に確認したわけである。量的緩和政策は、日本経済がデフレ・スパイラルに陥るリスクが懸念された状況において導入された異例の政策である。そうした異例の政策を、消費者物価指数に基づく約束に従って、条件が満たされるまで続けるということである。日銀当座預金残高を操作目標とする思い切った緩和政策を継続する基準として、この約束を示したのである。

 また、将来のある時点においてこの約束の条件が満たされて短期金利を操作目標とする枠組みに移行したとしても、先程も申し上げたように、景気が回復を続ける中で、物価上昇圧力が高まらないのであれば、引き続き極めて緩和的な金融環境を維持することができると思っている。そうしたことを通じて、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長を確実に実現していくために、金融面からしっかりとサポートしていく。これが日本銀行の基本的な方針であり、この点で政府との間で基本的な見解の相違はない。

【問】

 政府との見解に相違はないということだが、3条件の3つ目──2条件プラスなお書きという判断もあるかと思うが──の総合的な判断については、他の2つの条件と違って解釈の余地があると思うし、そこの部分が政府とのニュアンス的な差になる可能性があるかと思う。その意味で3つ目の条件、いわゆる総合的な判断について、1番目と2番目の条件が満たされる時期が近いのであれば、なおさらより具体的に総裁の考えを伺いたい。

【答】

 私どもは量的緩和政策解除の基準について、国民の皆様にとって一番分かりやすい消費者物価指数、それも生鮮食品を除くコアの消費者物価指数を基準にして、国民の皆様との間で約束している。従って、3つの条件とおっしゃるが、基本的には、消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になったかどうかを皆で確認し合うということであるので、かなり的を絞って皆様が同じものを見ることができる。政府と私どもの間、記者の皆さんと私どもの間、あるいは国民一般の方々と私どもの間では──もちろん同じものを見ても限りなく違う部分があるとは思うが──、いわゆる一般的な総合判断に比べると、的が絞られていて、大きな判断の違いが残る可能性は比較的少ないと思っている。

【問】

 速水総裁の時、2000年8月にゼロ金利政策を解除し、その後ほぼ半年後の2001年3月に方向転換した。この政策変更は外部からは失敗だったとの声もあるが、総裁はこの政策変更をどのように判断しているか。また、次に政策変更される場合、この経験をどのように活かすのか。

【答】

 当時の政策について、それが成功だったか失敗だったかということは私の立場からはコメントしない。ただ、金融政策というのは、その時々に与えられた条件、そして将来にわたって予見し得る諸条件をすべて点検しながら、最も適切と思えるところを、機動的に一番良いタイミングで実施していくということだと思う。2000年の時も、そのような観点からそのような政策がとられたと理解している。

 今回と前回とでは、与えられた条件が全然違うと思うし、予想する将来の姿も違っている。従って、過去の材料を下敷きにしながら私どもが判断するということではなく、現在私どもが直面している材料、そしてこれから予見される材料の中で、最も適切な政策判断をする。そしてタイミングが一番大事である。経済がグローバル化され、市場もグローバルな中で一体として動いているもとでは、政策運営のタイミングにズレがあるとその皺が将来むしろ増幅して残り、かえって悪い結果を呼ぶということもあるので、ライト・タイミングできちんとやっていきたいというのが基本的な考えである。もちろん、将来にわたって予見し得ない様々なショックが起こり得る可能性があるということは、すべての国の中央銀行が十分念頭に置きながら、そういう意味ではある程度リスクをとりながら政策運営をやっていかざるを得ない。予見し得ないことまですべて織り込もうとして、手をこまねいてタイミングを失するわけにはいかない。これは金融政策の一番難しいところだ。予期せざるショックが仮に起こった場合にも、ショックを吸収するだけの粘着性というか、そういったものを備えているかを十分計算に入れながらやっていくということである。

 日本経済については、特に民間部門での過去10年以上にわたった厳しい努力の成果として、ショックに対する脆弱性がかなり消えた。つまり、ショックに対してそれを吸収する力がある程度ついてきている。しかし、それにかまけることなく、私どもは先行きを見極める目をしっかり持って判断していきたいと思っている。

【問】

 金融政策の転換でタイミングが一番大事だとおっしゃったが、かつての金融政策の転換を見ても、国際協調の問題など純粋な物価・経済判断以外の諸要因が、金融政策の転換のタイミングを遅らせたケースが過去の教訓としてあると思う。今後、量的緩和政策の解除について、政府はデフレ脱却というところまで量的緩和政策を続けて欲しいという考えがあると思う。日銀法には政府との意思疎通をはかるべきとの条項もあるが、日銀は政府の財政事情等を政策判断にどれだけ汲み取るのか、あるいはまったく汲み取らないのか、考えを伺いたい。

【答】

 政府と私どもでは責任を負っている範囲がかなり違っている部分がある。もちろん重なっている部分もあれば違っている部分もあるので、細部にわたり何もかも意見の一致をみるかどうかということは別の話であると思う。しかし、先程も申し上げた通り、物価安定を軸に持続的な景気回復、あるいは将来にわたって経済の拡大をはかっていくという基本的な視点において、いささかの相違もなく、将来においても相違はないであろうと思う。

 政府がいかに望ましい経済計画を立てても、あるいは経済見通しをお持ちになっても、物価安定を軸に経済のメカニズムをきちんと活かしていくということでなければ、安定的・持続的な成長につながらない。これはどの国の経済を見ても等しく言えることである。日本銀行としては、そうした点から目を離すことなく、今後出てくる新しい経済・金融面のデータをきちんと分析して、物価安定の確保、持続的成長につながるようなタイミングがいつかを判断していくし、それ以外のことは考慮しないということである。

【問】

 量的緩和政策を続けることの副作用について改めて伺いたい。また、インフレ・ターゲティングについて、今の段階でどのようにお考えか伺いたい。

【答】

 量的緩和政策の枠組みをいつ修正するのか、予断を持って臨んでいるわけではない。従って、なお当面量的緩和政策を堅持するということであるので、量的緩和政策のコスト、ベネフィットについてバランス・シートの計算が終わったわけではない。しかし、ごく大掴みに一般論で言えば、量的緩和政策は、経済を健全に運行していくメカニズムの中で一番大事な金利メカニズムを封殺しながら運営してきている。そのような大きな犠牲を払いながら、デフレ・スパイラルから脱却するためのかなり異例な措置であるという点を忘れずに、私どもが今後することについて、なぜそのような転換が必要かを是非正しく理解して頂きたい。従って、消費者物価指数に基づく約束が満たされたという判断に至った以降も、そのような大きな犠牲を払い続けた場合に、よりダイナミックで健全な息遣いが聞ける経済になるか、ということが問われなければならない。私どもは、皆さんにそれを問いながら、きちんと答えを出していきたいということが一番基本的なところである。

 インフレ・ターゲットについては、少なくとも量的緩和政策を堅持している限りにおいては、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるというものを──これはインフレ・ターゲットとは言わないとは思うが──、重要な通過点という意味で厳格なターゲットとしている。そこから後、私どもがどのようなかたちで金融政策の透明性の枠組みを作っていくかということについては、今のところオープンである。将来重要な課題として検討していきたい。金利政策の領域に入った後の話としては、インフレーション・ターゲティングであれその他の手法であれ、一番重要な点は、金融政策の透明性の確保と機動的な運営が両立するような枠組みでなければならない。

【問】

 量的緩和政策は、金利メカニズムを封殺しながらデフレ・スパイラルから脱却するために行ったかなり異例な措置だとおっしゃったが、ゼロ金利も、あるいはゼロ金利政策も同じように異例な政策とお考えか伺いたい。

【答】

 量的緩和政策が、重い文鎮を置くあるいはコミットメントを置くというようなかたちで金利機能を金縛りにしているという状況に比べると、単純なゼロ金利政策は、イールドカーブの一番期間の短い金利の部分のみを調節の結果としてゼロに抑えるということであるので、金利機能を抑圧するという度合いは随分違うとご理解頂けると思う。

 先程、条件を満たした後も量的緩和政策を続けるとどうなるかというお尋ねがあった際、金利機能が一番ポイントになると申し上げた。消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になる時期について、非常に遠かったのが、少しずつ近づいてきた、あるいはより近づいてきた、ということになると、量的緩和政策の枠組みの中で短期金利がゼロ%であるということの効果が中心となってきているということである。その行きつく姿が、今お尋ねのあった単なるゼロ金利ということだと思う。

 従って、そういう時点になったとしても、量を操作目標とする政策を行い続けると、結果として金融政策運営に関する透明性を低下させることになる。条件を満たした後は金融政策の操作目標は金利になる。たとえ、出発点がゼロ%であっても金利になる。それを1つの起点として、マーケットでは、その他の期間の諸々の金利が決まり、その金利は毎日変動する。生きた経済の鏡になるし、またその金利の変動につれて人々の──企業、家計の──行動が変わるという、よりダイナミックな経済の展開につながる。これは、経済の持続的な回復にむしろ資する姿になるし、構造改革が中断するのではなく、金利機能が活きるほうがここから先の局面においては構造改革も進むというようにお考え頂きたい。

【問】

 物価と成長率の関係について伺いたい。先程、物価の安定を軸として持続的な経済成長というお話があった。日銀は、日銀法に基づいて物価を重視する。一方、政府は、名目成長率2%とかプライマリー・バランスの黒字化など、成長率および財政に重点を置いていると思う。これだけ重要な問題について、日銀と政府はマクロ政策で協調なり連携ということが可能なのか。これだけ優先順位にズレがある中で、日本経済を持続可能な成長に持っていくために、マクロ政策をハーモナイズしていくことが可能なのかどうか、改めて伺いたい。

【答】

 政府と日本銀行が異質なものを目標にしていることはない。政府が仮に名目成長率の見通しを目標の1つの重点項目に置かれるとして──現に、2006年度名目成長率2%という見通しをもっている——、名目成長率2%というのは瞬間的に達成できればいいのかというと、おそらく政府は「ノー」とおっしゃるであろう。やはり、名目成長率2%ということを、なぜ重点項目にするのかといえば、それを軸として、景気がすぐに後退することではない、すぐにインフレになることでもない、安定的に持続性のある経済の回復を国民の皆様にプレゼントするということで、そのような目標が提示されている。日本銀行の役割は、いきなり成長率ということを頭に置くのではなく、物価の安定を軸にして経済の持っているメカニズムが発揮されやすくして、景気回復の持続性を図る。政府のやっていることと、私どもがやっていることは目標が違っているわけではなく、仕事の面でタッチする場所が違うというだけであると思う。明らかに共同作業であり、共通の目標を目指しているという以外ないと思っている。

【問】

 量的緩和政策を解除する上での約束について伺いたい。先程、消費者物価指数(除く生鮮食品)とおっしゃっていたが、一方で政府の中では、生鮮食品とエネルギーを除くというかたちで数字の公表を検討しているようであるが、仮にそうなると、日銀の約束自体が変わる可能性はあるのか。

 もう1点は、政府と日銀が目標が一致しているのであれば、将来、日銀が政府との間で、アコードや政策協定のようなものを結ぶことは可能なのか。

【答】

 先程も申し上げた通り、生鮮食品を除く消費者物価指数すなわち日本のコアの消費者物価指数は、おそらく非常に多くの国民の皆様が経済活動、経済生活をしていく中で、一番わかりやすい指標だと思う。これを共通の基準として約束してきているので、あまり技術的な理由で中身を入れ替えるようなことをして、また国民の皆様に頭の中で整理し直して頂く必要はないのではないかと思う。私どもは従来から約束している基準で最後まで一緒に見させて頂く。もちろん、その場合にも、生鮮食品を除くコアの消費者物価指数がすべてを物語るわけではない。原油価格の影響、その他国際商品市況の影響、それらが国内でどのような跳ね返りをもたらしているか、人々のインフレ心理やデフレ心理にどのような影響をもたらしているか、これから行おうとする行動を前向きに刺激しているのか、足を引っ張ろうとしているのか、といったことを十分頭に置きながら数字を読むということである。数字の読み方の問題であって、数字の中身を入れ替えて自己満足するというようなことを私どもはやらない。

 政策協定とおっしゃっている意味がいまひとつ理解できないが、先程申し上げた通り、物価安定を軸として持続的な成長を図るという基本的なラインで合意ができている。そこに基本的な見解の相違がない以上、政策協定なるものをどんなかたちでやればより追加的に有意であり生産的であるかについては、これまで何も検討していないので即答する能力を持っていない。あまり、その必要性を感じていないということでもある。

【問】

 先程、政府・与党との対話について質問があったが、官房長官はデフレ克服を再三おっしゃっている。目指す目標は日本銀行もデフレの克服であると思うが、消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になることが即デフレ克服であるのかという点で、総裁は以前も、その時点でデフレを克服したとはなかなか言い難いという趣旨の話をされていた。タイミングが大事であるならば、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比が安定的にゼロ%以上を達成した時、政府はデフレ克服と考えていないが、日本銀行はそれを条件にしたわけであるから、量的緩和政策を解除することになる。しかし、依然として政府にデフレ克服が目的であるという声があるとすれば、その溝を埋める説明の仕方はどういうものがあるのか伺いたい。

【答】

 私どもも、消費者物価指数だけでデフレから脱却したかどうかを判断しようとしているわけではない。ただ、仮に消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になったと判断できる状況になったとすれば、以前の状況に比べれば、経済のデフレ的な要素は相当後退しており、消費者物価指数がプラスであり続ける限り、そうしたデフレ的要素はその後も時の経過とともにさらに薄れていく。私どもが言っていることはそういうことである。ただし、直ちにインフレを心配しなければならないという状況に一足飛びにはいかないであろう。量的緩和政策は、あくまでもデフレ・スパイラルに陥って経済が死んでしまうことを捨て身で防ぐための異例な措置であり、これには大変コストがかかっている。金利機能を封殺しているし、多くの消費者の皆さんも、ほとんど一文も預金利息を受け取れないという犠牲を払ってこの政策を支えている。消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になると判断した時点は、そういった異例な政策を通常の政策モードに切り替えるためのひとつの通過点である。それは通過点であっても、いくらかデフレ的雰囲気は残っているかもしれない、あるいはすぐにインフレの心配を目の前にしなくていいかもしれないが、経済は連続線上で変化していくので、私どもは経済実勢に合わせて金利政策のレジームに移っても、そこは経済実態を飛び越えて引き締め政策に一挙に転ずるという、そういう意味でのタカ派では決してない。経済が緩やかなスロープで上昇し、インフレ期待についてもあまり上昇する雰囲気がないのであれば、私どもは余裕を持ってその後の金融政策に対処する、と明言しているのはそうした意味である。むしろ、あまり異例な政策を長くやりすぎて、すべての人が「もうデフレは終わった。明日からインフレが心配だ」というところまで引っ張っていくと、その後の反動は大きく、大変な混乱を起こす。これを避けようということである。

【問】

 今の質問に関連して、消費者物価指数に関わる3つの条件がクリアした時は、デフレを脱却したということではないのか。

【答】

 それは一概に言えないと思う。どういうお考えでお尋ねになったかによるが、デフレという言葉は非常に多義的に使われる。一般物価の下落として使われる方もいれば、資産価格の下落にウエイトを置いて考えておられる方、両方つき混ぜて言っておられる方、さらには経済活動の落ち込み、あるいは部門的落ち込みというところまで含めて様々な意味で用いられている方もいるので、デフレが終わったとか終わらないということを論ずること自体、どれほど意味があるのかどうかということである。それよりは、経済の回復の持続性、そして物価の趨勢がどちらに向かっているかについて、判断をシェアできる人が多くなるのが一番大事なことであると思う。定義論争はデフレの場合に一番危険なことではないかと思う。皆さんが見ておられる側面とか、個々の方々が思っておられる利害の側面が違っていると思うので、デフレ脱却宣言は多分政府においてもできないのではないかと思う。

【問】

 そうすると、量的緩和政策というのはデフレ・スパイラル対策であって、デフレ対策ではないということになるのか。

【答】

 デフレ対策である。それは妙な質問であると思うが、デフレ・スパイラルを免れるように努力するというのがデフレ対策そのものであるし、デフレ・スパイラルに陥るのを防ぐことにある程度成功して、安定的な拡大に戻っていく過程すべてがデフレ脱却のプロセスである。その間、量的緩和政策が効果を発揮し続ける限り、それはデフレ対策と言って良いと思う。

【問】

 短期のマーケットでは量的緩和政策は長引くのではないかということで、資金供給オペに応札が集まりにくくなったり、先物金利が低下したりという動きが最近みられているが、展望レポートにもあったように、量的緩和政策の枠組み変更の可能性は2006年度にかけて高まっていくという認識に、全く変わりはないという理解で良いのか。

【答】

 2006年度にかけて量的緩和政策の枠組み修正の機会が訪れるであろう、その可能性が高まっている、という点について、私どもの判断にいささかの狂いもないし、変更もない。私どもは、前もって大体いつ頃という予断を持って臨んではいないことも、一方で事実である。それは、展望レポートを発表してしばらく経ったが、今でも全く予断は持っていない。そうした意味では、マーケットの方々も、私どもの情勢判断を参考にしながら自らの判断をそれに上乗せして、あるいはその判断を日々修正しながら、市場の中に織り込む作業をしておられると思うので、今後ともその過程は続くと思う。最後は収斂することだと思う。

【問】

 先行きの景気と物価について伺いたい。2003年度、2004年度の実質成長率が2%となったのに続き、2005年度、2006年度もほぼ2%の成長率が予想され、また、足許の完全失業率の水準も相当に低い。持続性のある息の長い景気回復といった場合、目先の経済成長率に対する総裁のイメージを伺いたい。

 また、2年続けて2%成長を遂げているが、日銀は日本の潜在成長率を1%近辺と述べている。すなわち、潜在成長率を1%超える成長を2年続けているので、それなりに需給ギャップは縮小していると思われるにも拘わらず、物価が上昇していない。こうした背景には、生産性の上昇に伴って潜在成長率が上昇している可能性がある。潜在成長率上昇の結果、需給ギャップの縮小が緩やかになる中で、消費者物価指数が0.5%を超えて1%に向けてどんどん上昇するということはなかなか想像し難いのではないか。

【答】

 大変重要な質問である。今後の日本経済の安定的な姿を最終的にどのように認識できるのかということにつながる重要な問題である。とりあえず、この先の当面の見通しも、少なくとも1.5%を上回る成長とみており、民間の予測でも2%に足をかけている。これは潜在成長能力を少し上回っている可能性が非常に高く、需給ギャップがかなり縮んで来て、今後も縮小し続ける。これは少なくとも明確に言えることであると思う。需給面から物価の基調が変わる。

 しかし、もう一つは生産性がどれくらい上昇しつつあるか、従って日本経済の潜在成長能力がどの程度のスピードで上方修正されつつあるのかが大事である。ここのところは、どこの国でも前もって読みとれないところであるが、生産性が上がり、潜在成長能力が少しずつ上方に向いているとすれば、それだけ成長を嵩上げする力が増している。その一方で生産性が上がって潜在成長能力が上がり、潜在成長能力通りの成長が続いていく過程にあっては、需要が増えてもインフレにはなりにくい面があると思われる。需給ギャップが縮まることと、生産性が上がって物価上昇圧力を吸収する余地が広がることの両面から考えていかなければならない。今後はその点について究明努力をしっかりやっていかなければならない。これは日本銀行だけでなく、能力のあるシンクタンクの方々や経済分析家に、少しエネルギーを割いて頂くと私どもとしても大変助かるところである。

 物価について言えば、いろいろな面からファンダメンタルズをきちんと分析していかなければならない。それに加えて、グローバル化の影響、すなわち海外との競争圧力が引き続き日本企業に厳しく向かってくることを上乗せしながら、物価がどの程度上がりにくい経済なのかを注意して見ていかなくてはならない。私どもはそれらすべてを考慮に入れて、量的緩和政策の枠組みを修正した後でも、急にインフレ圧力が高まるとは考えにくく、しばらくは余裕を持った政策運営が出来るのではないかと今のところは想定している。今後、時間の経過とともに、その一番大事なところに分析のメスをさらに詳しく入れていかなければならない。

【問】

 円ドル相場について伺いたい。景気が持続的に回復して消費者物価指数も来年度にかけて多分プラスになり、ファンダメンタルズからみれば失業率も改善し、日経平均株価も上昇していく中にあって、円相場はどんどん下がり、実質レートでみるとかなりの円安水準であると思う。これはファンダメンタルズを反映していると言えるのかどうか伺いたい。

【答】

 為替の動きはすべて百パーセント分析できるとは言えないし、私の立場で足許の為替相場に具体的にコメントすることは適当でないので、現状の為替の動きについて詳しくコメントすることは差し控えさせて頂く。

 しかし、大きく言えば、これは日本の円だけではなくて、世界中すべての通貨相互間の為替の動きをみていると、もちろんファンダメンタルズを反映しているが、それと同時に金利差、あるいは今後の金利の変化の方向、将来の金利格差も織り込みながら動いている。その他に、資本の動きがグローバル化しているもとでのグロス・ベースの資本の動きをみると、国境を越えて入る資本、出る資本のそれぞれで違う狙いを持っていて、出入りの激しい動きになっている。日本の場合でも、株式市場に海外の資本がかなり入ってきている。これは日本経済の将来のファンダメンタルズを買って入ってきているのだと思う。逆に日本からは海外に向かってseek for yieldな(高利回りを追った)投資が出ている。このように、おそらく違った角度の狙いを持って資本が相互に動くようになり、それらが結果として為替相場の動きにも影響しているということだと思う。そのように為替の読み方が非常に複雑になってきていることは事実である。

【問】

 先週の講演で、総裁は消費者物価指数が安定的にプラスになったのを確認できれば、量的緩和政策の解除というプロセスをひとつの通過点として間違いなく越えさせてもらうとおっしゃった。また、誰もがわかる消費者物価指数という指標が安定的にプラスになれば、それは一般的な総合判断で見ても大きな隔たりが生じることはないとおっしゃっていた。これは第1条件と第2条件が満たされれば、ほぼ自動的に第3条件もクリアしたと判断できるとお考えなのか伺いたい。

【答】

 自動的に判断できないと思っている。そこが非常に難しいところである。自動的に判断できるのであれば、かなり予断をもって対処できると思うが、以前にも申し上げている通り、経済を巡るリスク要因は、新しいリスク要因も生じるほか、既に認識しているリスク要因についてもその顕現の仕方が刻々と変わっていく。従って、第1および第2条件で示した数値的な条件が整った場合でも、改めて内外経済の動きが、本当に日本経済の持続的な成長により確信の持てる状況になっているか、また物価の動きも、先行き本当に物価が安定的な基調にあるかについてより確信を持てる状況かどうかは、その時点で更に正確な判断を加える必要があると思う。グローバル経済にしても、今まで私どもが挙げている要因の他に、例えば、鳥インフルエンザのような、新しいリスクが起こってきている。これが本当にリスクなのか、リスクだとしたらどういうマグニチュードのものなのか誰もまだ掴み得ない不確定要因である。鳥インフルエンザが代表選手であるわけではないが、最終的に、様々なリスク要因をその時点できちんと読み直す必要があると思う。

【問】

 先程から量的緩和政策の解除条件を満たすことと、デフレ脱却の判断に関して、いろいろな所見を伺ったが、デフレ脱却の判断と量的緩和政策の解除の条件が満たされることが、直接リンクしないという見解は、政策委員の方々の間でコンセンサスとしてあるのか。さらには、例えば、デフレ脱却を判断するタイミングと量的緩和政策の解除条件が満たされることが、同じ政策決定会合ではなくとも、1、2か月程度の時差をもって認められるとお考えか。あるいは、直接的な関連の判断が難しいことや、経済の回復の度合いによっては、半年から1年程度も時差があり得るのか、見解を伺いたい。

【答】

 これは、答えれば答えるほど危険な質問だと直感した。私は消費者物価指数の判断とデフレ脱却の判断を切り離すなどということを明確に申し上げていない。もしそのように受け取っている方は、メモから消して頂きたい。消費者物価指数が安定的にプラスになるということは、経済のデフレ的色彩は相当薄まってくるという判断と表裏一体になっている。デフレは見る人によって非常に広い概念なので、私どもは国民一般の皆様と一番共有し得る消費者物価指数を、異例な金融政策の解除の基準として持たせて頂いたと言っている。この基準を満たすということは、日本経済がデフレ脱却の方向に着実に進んでいることを示しており、その確信のもとに判断することに間違いない。切り離すというフレーズは、非常に危険なフレーズで私はそういうことを一切言った覚えはないので、メモからこれを是非消して頂きたい。

 そして、先程申し上げた通り、デフレは人によって見方が違うので、全員一致して「ようやくデフレが終わりました」と判断した時には、もうインフレになっているかもしれない。それくらい、この判断が揃わない事項であることを申し上げた。従って、異例な政策は、皆さんと共有し得るある明確な時点に判断を揃えて解除する。しかし、経済全体の脆弱性がどれぐらい払拭されたか、あるいはどれくらいショックに対して強さが備わってきたかという点については、経済は連続的に変化していくので、日本経済があらゆるショックに対して急に強くなるとは私どもは想定していない。従って、私どもは金融政策の面から、余裕をもってできる限り緩和的な対応を引き続き行って、経済の持続的な回復を更に促し、構造改革も金利メカニズムを活用しながらより自然な姿で促進していってもらいたい。これが私どもの基本的な思想である。デフレ脱却判断と消費者物価指数とを切り離して乱暴に量的緩和政策を解除するというようなメモを一切消して頂きたい。

【問】

 一般国民から見た場合、デフレの香りが残っているかもしれない瞬間に、量的緩和政策を解除しますというのが、わかりにくいイメージを与えてしまうのではないかと思うが如何か。

【答】

 皆様方のご協力も頂いているが、非常に多くのアンケートを見ると、国民の方々の将来の物価予測は、刻々と上方修正されている。将来にわたって物価が下落すると予測している方のウエイトは非常に下がってきている。従って今おっしゃったような言い方であると、よほど新しいリスク要因がない限り、 消費者物価指数が安定的にプラスになった段階で、将来デフレに陥るという予測がマジョリティーとなるとは想定しにくい。新しいリスク要因が顕現化した場合は、私どもはその量的緩和政策を解除しないと思う。今のシナリオ通りいった場合に、消費者物価指数が安定的にプラスになった時、人々の先行きの物価観がなおマジョリティーとしてデフレであるということはあり得ないと思う。先程申し上げた通り、デフレという言葉に対して、人々がどういう側面から関心を持っているかによっており、特定の側面で関心を持っておられる方は、いつまで経ってもデフレとおっしゃるかもしれない。そういう人が最後まで残る場合、それを金融政策の判断に取り入れるとかえって間違えると思う。

【問】

 政府がデフレ脱却が最優先であり、これが政府と日銀の共通目標であると言い続ける以上、政策に対するスタンスで政府と日銀のズレは続く危険があるということか。

【答】

 基本的なズレは今もないし、将来にわたってもないのではないかと思う。デフレ脱却が最優先というのは言葉を変えて言えば、構造改革をさらに進めながら経済の足腰をさらに強くしてショックに対してより強い経済にしていくということであり、表現をフォワード・ルッキングに変えればそうなると思う。それは今後とも日本銀行の政策の目標とするところである。だから、基本的には相違にならない。ただ、定義論争であれこれとデフレの定義は何かということになると、それは皆さんが政府と議論をされても多分色々なズレが生じると思う。なぜならば、デフレというのは本来それほど明確な定義があるものではないからである。

【問】

 先程から、量的緩和政策は異例な金融政策だと繰り返されているが、いったん解除した後に予想し得なかったリスクも含めて経済が悪化してしまった、あるいは物価が下がってしまったといった場合に、中央銀行としてどのような手の打ち方があるのか伺いたい。

【答】

 異例な金融政策に帰ることをあらかじめ想定して金融政策はしたくない。それゆえに、私どもは粘り強く消費者物価指数が安定的にプラスになるまで量的緩和政策を続けると、政策運営の手足を縛り、ある意味で国民の皆様にコストを払って頂いている。預金金利が低いという状況が一つの典型であるが、国民の皆様にコストを払って頂きながら異例な金融政策を粘り強く行っているということは、また簡単に量的緩和政策に戻ればいいという気持ちがないがゆえである。ショックが色々及んでくる可能性が全くないとは言えないが、ここまで日本経済において、特に民間部門の構造改革が進み、バランス・シートの健全化が進み、イノベーションが強いという経済を前提とした場合、何か強いショックが来たからといって単純に量的緩和政策に戻らなければならないような弱い経済であろうか。その点を私どもはしっかりと点検した上で量的緩和政策の枠組みの修正に踏み切るということである。

以上