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総裁記者会見(1月20日)要旨

2006年1月23日
日本銀行

―2006年1月20日(金)
午後3時半から約55分

【問】

本日の政策決定会合の結果について、また本日公表された昨年10月の展望レポートの中間評価について、それぞれご説明頂きたい。

【答】

本日の決定会合では、現在の当座預金残高目標(30~35兆円程度)を維持することを決定した。また、「なお書き」についても変更しないこととした。 

本日は、昨年10月の展望レポートで示した経済・物価見通しの中間評価を同時に行った。すなわち、わが国の景気は、内外需がともに着実な増加を続ける中で、昨年10月の展望レポートで示した経済・物価の見通しに比べて幾分上振れて推移すると予想される、国内企業物価は、国際商品市況高や昨年後半の円安を背景に、見通しに比べて幾分上振れるものと見込まれる、消費者物価については、概ね見通しに沿って推移すると予想される、との中間評価を行った。

若干敷衍すると、景気は、着実に回復を続けているという認識である。すなわち、輸出は増加を続けており、輸出に比べてテンポが少し遅れていた生産も、最近増加の動きが明確になってきている。また、企業収益が引き続き高水準で推移するもとで、設備投資は増加を続けている。雇用者所得も、雇用と賃金の改善を反映して緩やかな増加を続けており、そのもとで個人消費は底堅く推移している。このように、「踊り場」脱却から数か月を経て、国内経済は生産・所得・支出の好循環が再びはっきりしてきていると判断している。さらに付け加えると、先週の私どもの支店長会議においても、地域毎の差はかなり残しているが、景気はすべての地域で改善の方向が出ており、回復に地域的な広がりがみられていることも、もう一つの確認事項である。

先行きについても、景気は緩やかながらも息の長い回復が続くとみている。ご承知の通り、海外の環境も引き続き良好である。米国経済は、クリスマス商戦がまずまずの仕上がりになったと伝えられているほか、雇用の増加も続いており、引き続き、潜在成長率並みの拡大基調が維持されるとみられる。中国経済についても、高成長が続くもとで、在庫抑制などの調整圧力は弱まっている。こうした海外の良好な環境を反映して輸出が伸びるというだけではなく、国内民間需要も、企業の過剰債務などの構造的な調整圧力が概ね払拭されたもとで、高水準の企業収益や雇用者所得の緩やかな増加を背景として、引き続き増加していく可能性が高いと判断できる。

従って、物価の基調も次第にしっかりしてきている。国内企業物価が上昇を続けるだけでなく、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は11月に+0.1%となった。この先は、基調的にもプラスになっていくと予想している。

【問】

消費者物価指数が基調的にはプラスになっていくという発言があったが、11月分がプラスになったことで量的緩和政策の解除の時期が迫っているとの見方が広がってきている。改めて、量的緩和政策解除にあたって、展望レポートでも指摘されてきたような政策の透明性の向上、あるいは期待の安定化のあり方について伺いたい。

【答】

消費者物価指数(除く生鮮食品)が11月にプラスになったが、これから先、経済・物価情勢を十分点検しながら、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比が安定的にゼロ%以上となったと言えるかどうかを、かねてからお示ししている基準に沿って、冷静かつ適切に判断していく重要な局面に入っている。従って、いつ頃、量的緩和政策の枠組み修正ができるかについて、予断を持って臨んでいないことは前回までと変わっていない。現時点において言えることは、現在の枠組みを変更する可能性は2006年度にかけて高まっていく、とかねがね申し上げている通りであり、この点についての見方は少しも変わっていない。

私どもは枠組み変更の時期について予断を持って臨んでおらず、これからが冷静に判断していく重要な局面だと申し上げたが、枠組み変更後の短期金利の水準や時間的経路についても、言うまでもなく、今後の金融経済情勢や金融市場の状況次第、すなわち全くオープンであり、この点についても何ら予断は持っていない。現時点で申し上げられるのは、10月の展望レポートでも記述した通り、概念的整理に留まっている。枠組み変更後のプロセスは、極めて低い短期金利の水準を経て、次第に経済・物価情勢に見合った金利水準に調整していくという順序を辿るということである。かつ、経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって物価の上昇圧力が抑制された状況が続くと判断されるのであれば、枠組みの変更やその後のプロセスは、余裕をもって対応を進められる可能性が高いということである。

量的緩和政策の導入およびその後の過程については、先例のない異例のプロセスを辿ってきたが、枠組み変更のプロセスも、そういう意味ではその延長線上で先例のないものである。それだけに、金融市場において経済・物価情勢に応じた価格形成が円滑に行われ続けていくように配慮していくことが重要である。予断を持って臨むことなく、金融経済情勢について、今後とも刻々と新しい材料を咀嚼しながら的確に見極め、適切な金融政策運営を行い、物価の安定と経済の持続的な成長を図っていく。良い方向で波の少ない経済となるように運営していくことが第一に重要なことである。同時に金融経済情勢に関する判断や金融政策運営に関する基本的な考え方を、繰り返し丁寧に説明していかなければならないと思っている。日本銀行としては、これまでも展望レポートなどを通じて、こうした課題に積極的に取り組んできたつもりであるが、引き続き、どういうメッセージを発していくか、そしてコミュニケーションの仕方、透明性を向上していくための運営方法について、さらに検討を重ね、できる限りしっかりした内容を固めて、皆様にお示ししていきたいと思う。

【問】

景気回復の確かさが増す中、物価上昇の確かさも増していると思う。経済のミクロ面でも、派遣社員の時給が上がっていたり、春闘で企業が賃上げを予想しており、こうした動きは物価の上昇圧力かと思う。直ちに日本だけインフレ率が上昇することは考えづらいが、一方で最近の不動産価格の上昇、企業の不動産投資の増加等も言われている。金融政策運営で、将来の最大損失の最小化が重要と言われるが、その観点から先行きのデフレとインフレのリスクに関してお伺いしたい。

【答】

両方のリスクが次第に交錯して出て来る可能性があるので、私どもは十分その材料を嗅ぎ分けながら冷静に判断していかなければならない。物価の基調が弱い状況から安定した状況に移っていく、すなわちデフレからの脱却の方向と考えれば、経済の基底のところで需給がいかにタイト化していくか、雇用者所得・賃金の上昇と生産性の上昇との対比で、ユニット・レーバー・コスト(単位当り労働コスト)の推移が物価押し上げの方向にどのように変わっていくか、これらが、デフレ脱却のプロセスという意味において物価を判断していく上で、一番重要なことである。

その一方において、人々の先行きの物価観は、既に現実の物価指数の動きを先取りしながら変わって来ているのはご承知の通りである。先般の「生活意識に関するアンケート調査」でも、先行きの物価は上昇するという人々のウエイトがかなり上がってきている。2001年暮れや2002年の初め頃だと、先行きの物価が上がるという人のウエイトは大まかに言えば2割程度だったが、今は約5割、見方によっては5割を少し超えるところまで変わってきている。つまり、人々の先行きの物価観がプラスの方向に変わってきているということは、同じ名目金利水準、今で言えば超短期の金利がゼロと前提とした場合に、人々の先行き物価観が上方に振れれば振れるほど、実質金利は下がる方向になる。従って、デフレ脱却の最終局面ではあるが、実質金利が下がる方向になると、先行きの物価情勢やインフレ心理、人によっては将来のバブルのリスクという心配事も──まだ出ているとは思わないが──、出始める可能性がある。

物価指数がまだ少しマイナスである、あるいは少しプラスになったばかりであると、非常に視野を狭くして見るのではなく、もう少し経済全体の動き、人々の先行きの物価観、それらの中から出てくる色々な方向への変化をすべて把握した上で、正しい情勢判断をしなければならない。局面はそのように変わってきていると理解している。

【問】

先程、政策についてどのようなメッセージを発していくか、内容を固めてお示ししたいとの話であったが、これは量的緩和政策の解除にあたってそのようなものを示していくことなのか。それとも、それとは関係なく普段の努力として示すという考えなのか。

【答】

グローバル化の展開が激しい中では、様々な情報が、人々の期待を必ずしも安定化させず不安定化させる方向に作用するリスクが高まっているため、私どもの金融政策についても理解が乱れるリスクがあると思う。従って、私どもとしては、金融政策の正しい理解のために、金融政策の将来の方向性についてもあまり予測の幅に大きな広がりがないように、期待の安定化にお役に立てるようなメッセージを伴いながら金融政策を実施していくほうが、今の時代には適当だというのが基本的な考えである。

従って、「今後のあらゆる場面で」というのが私の答えになると思う。しかし、金融政策はあくまでも連続線上で行っていくと申し上げているが、枠組みの変更の時とか、連続線上であってもアクションとしては節目があるので、節目節目においてコミュニケーション上追加的なメッセージが必要であれば、きちんと出していかなければならない。私どもはその重要性は常時意識している。そして、展望レポートでは、半年に1回、その時はアクションがあろうとなかろうと先行きの展望を出す機会に、今おっしゃったような意味でのメッセージをできる限り出していくことになると思っている。

【問】

ライブドアに当局の家宅捜査が入り、それに伴い株式市場が混乱をきたしている。また、株式市場のインフラである証券取引所の取引システム自体もキャパシティの問題が出てくる等色々な問題が起きているが、これらが今後の景気に対してどのように影響するのかもしくはしないのか、考えを伺いたい。

【答】

ライブドアの問題は、当局によって捜査が行われている段階であるので、私から具体的なコメントはできない。

日本の株式市場について言えば、誰も予想していなかった事柄が突然起こったので、市場参加者は一様に驚かれたということであると思う。折しも、昨年末頃から今年初にかけて、特に新興市場、あるいは信用取引において少しスピード感が高まっていた状況であったので、市場参加者が驚くと同時に調整的な動きが入ったということだと思う。

しかし、株式市場は、基本的には経済の先行き、個々の企業の先行きの業績評価を中心に相場形成がなされていく性格のものである。現在のところ、日本企業の先行きの業況予測は良い方向にあり、今申し上げた通り、慎重な日本銀行でさえシナリオを若干上方修正するぐらいなので、経済全体としてのファンダメンタルズは比較的しっかりしている。市場参加者が今少し落ち着きを取り戻して再び冷静な市場取引に取り組んで頂ければ、相場の基調的な動きについて今のところ特段大きな心配はないと思っている。

一方、東京証券取引所の問題については、短期的な問題もさることながら、大きく市場環境が変わってきているということだと思う。経済そのものが、過去のように慢性的な停滞状態から次第にダイナミックなものに変わっていくという大きな局面変化だけでなく、市場構造そのものが変わってきているということだと思う。例えば海外投資家の参入の広がり、インターネット取引の急拡大、投資信託への資金の流れが太くなっているなど、市場を取り巻く環境が大きく変化してきている。日本経済が新しいダイナミックスを備えた方向に変わっていくことと不可分なものとして、そのような市場環境の変化が出てきている。資源再配分機能の重要な一翼を担い、新しい経済のダイナミックスを実現していく過程において、東京証券取引所は、重要な役割を果たしていくことになるので、システム、取引ルールを含めた様々なインフラの面で、今申し上げたような大きな変化にしっかり対応できるような方向に、さらに体制整備を進めて頂く必要があるのではないかと考えている。

昨年来、システム・トラブル、誤発注の問題、売買停止など、様々なアクシデントが出てきており、個々のアクシデントについてはそれぞれ固有の事情もあろうが、大きくとらえれば、経済が変わり、市場環境が大きく変わり、これに必要なインフラ整備にまだ課題が残っているというサインを、市場が出しているということではないかと思う。

将来希望の持てる方向に動いているので、必要なコストを払ってきちんとインフラ整備をしていくことについて、後ろ向きな仕事ではなく、フォーワード・ルッキングなものの考え方で対処できる性格のものだと思っている。

【問】

先日、経済財政諮問会議で名目成長率と長期金利の関係の議論があった。会議では総裁の発言が議事要旨に載っていたが、改めて考えを伺いたい。また、こうした名目成長率と長期金利の議論は、金融政策運営上に何らかのかたちで影響してくるものなのか。

【答】

政府の「改革と展望」が、数字の見通しも含めて本日閣議決定され、発表されたかと思う。それを経済財政諮問会議で議論した時にお尋ねのような議論が若干あった。私は、「改革と展望」に示された経済の姿を今後毎年確実に実現させていくためには、そのプロセスについて、何も「政府が」、「日銀が」ということではなく、国民の皆様を含めて、より深い理解を共有しながら努力していく必要があると思っている。

いくつかのポイントを申し上げると、「改革と展望」の中では、日本経済の実質成長率を着実に上げていく姿となっている。総人口が既に昨年から減り始め、今後20年あるいはそれ以上にわたって減り続けるという、非常に強い逆風が吹く中、実質経済成長率を着実に上げていく。バブル崩壊後の過去のリストラの過程で、日本経済の実質潜在成長能力は、一旦非常に低いところに落ちたわけである。現時点において、一般に認識されている通り、米国の潜在成長能力は実質ベースで3.5%程度、ユーロ圏経済については2%程度と言われている。日本経済については、1.5%を下回るところまで一旦落ちた。「改革と展望」に示された数字、特に実質経済成長率を毎年確実に実現していこうと思えば、まず、1.5%を下回るところまで落ちた潜在成長能力を1.5%以上、あるいはできる限り2%に近づけていくという、実力の向上努力が毎年必要とされていくことだと思う。その時に大事なことは、企業が長期的に安心して投資ができる環境、また、家計部門が、先行きの経済の不確実性を時の経過と共により強く感じるのではなく、先行きに対する確信を時の経過と共に強めていけるような経済環境を用意していくことである。

わかりやすく述べると、潜在成長能力を高めながら、その高めた潜在成長能力が現実の実質成長率として表に出てくるように、しかも景気の波をなるべく小さくして、企業がさらに先の投資を行いやすい環境をいつも実現していくことが大事だと思う。そのためには、物価の安定を常に欠かすわけにはいかない。潜在成長率が徐々に高まり、実質の成長率が徐々に高まり、しかも小さな景気の波が実現し、物価の安定がそれらの前提になっているのであれば、必然的に長期金利の安定が伴ってくる。それが、企業や家計の経済活動における前向きの行動を一層引き出すことになる。

それだけでなく、これからの非常に重い課題である財政再建についても、基本はやはり潜在成長能力というものが根本において上昇していなければお話にならず、かつ景気が大きなストップ・アンド・ゴーを経験することなく安定的に拡大していくことが、財政再建に最大のベネフィットをもたらすことになると思う。このような考え方を、「政府が」、「日銀が」というような狭い枠組みでなく、国民の皆様により広く共有して頂く必要があるのではないか。従って、日本銀行の役割は、物価安定を軸に景気の振幅をなるべく小さくし、安定的な成長に資するような金融環境を提供し続けることにある。これが日本銀行の本来の役割であるし、金融政策に最も期待されるところである。このことを国民の皆様が思って頂ければ、政府と日本銀行の対立の構図とか、しょっちゅう意見調整しないと上手くいかないのではないか、というような心配は基本的に必要なくなる。それが最も望ましいのではないか。

【問】

解除後に向けてインフレ参照値などの議論が一部でなされているが、それについての見解を伺いたい。

【答】

以前にもお答えしたが、この点については、この先の金融政策の透明性向上のための枠組みを、どのように構築していくかという幅広い議論の中で位置付けながら考えていけば良いと思っている。繰り返し申し上げると、異例な金融政策を実施することによって日本経済がデフレ・スパイラルのリスクに陥るのを身を呈して防ぐという局面から、先行きはより正常な金融政策の枠組みに移っていき、民間のよりダイナミックな動きを引き出して日本経済の実力を底上げしながら、振幅の小さい景気拡大過程を築き上げたいということである。この先、金融政策にとってもっとも重要なことは、情勢判断に即応できる、つまり機動性の高い金融政策であり、何か特定のことに縛りを受けている──ストレート・ジャケット(拘束服)を着たような──金融政策は必ず害が出るということである。従って、金融政策運営の透明性とフレキシビリティーの両立というポイントは欠かせないと思う。

物価に関して特定の参照値という形で何かを示すことが、今後の日本経済情勢とか日本経済を巡って人々が抱いている期待との関係で本当に良い手法なのかどうか、よく検討しなくてはならない。議論としては極めて単純にターゲットだとか参照値だとか出ているが、過去のパターンをそのまま引用したような議論が多く、私どもとしては多少閉口している。実は、透明性の議論の幅は非常に広い。皆さんも心にゆとりを持って、どんなものが出てくるのかというぐらいで楽しみに待っていて頂きたい。

【問】

本日公表の月報でも銀行貸出の増加幅が拡大しているという記述がある。その中で不動産向け融資も増加してきているが、これに対して日銀としてどのように見ているのか。また、昨年末、一部の報道で日銀として監視を強化していくとの報道があったが、そのようなことを考えているのか伺いたい。

【答】

金融機関の貸出動向や企業、家計部門の資金需要の動向を見ると、経済の回復歩調が次第に着実なものになり、バランスのとれたものになっていくにつれて、資金需要の出方についても、住宅関連の資金需要に限られた一頃の局面よりは少しずつ幅が出てきているような気がする。企業のCPや社債の発行の状況をみると、不動産関連を離れたビジネスに直結する資金需要も、まだ弱いが徐々に出始めており、資金需要に広がりが出てきている感じがある。

それでも現状はなお、住宅関連あるいは不動産関連の資金需要が、家計および企業部門両方から強いということも事実である。東京都心部等一部の土地を中心に、土地の値上がりとの関連で資金需要が出ているという傾向も否定できないと思うし、土地から期待し得る先行きの収益についての評価が楽観的になり過ぎていないかどうか、将来のバリューを現在価値に引き直す時のレートが甘くなり過ぎていないか等、様々に心配する声もちらほら聞こえるようになってきていることは事実である。しかしながら、私どもは日本経済全体、全国各地の動きまで総合しながら判断しているが、今のところ経済全体として不健全な軌道に踏み込むリスクを感じさせるという所まではいっていないと思っている。

先程も申し上げた通り、これから本当に物価がデフレ的と言われた状況から安定化局面に入り、それと交錯しながら経済が着実に上昇するにつれ実質金利が下がるという局面に入っていくと、様々な交錯した現象が出てくる。ここをしっかり読み分けていくことが重要な局面に入っていると思う。

【問】

格差社会と言われる中で所得格差が広がっているかどうか、月例経済報告でも議論になっていたようだが、実際に所得格差が広がっているとすると、以前にも言及されていたかと思うが、バブル崩壊後にゼロ金利を続けることにより、利子所得が減り所得移転が行われ、その結果利子所得者の所得がかなり減り、企業部門に所得が移転している状況が実際にあった。その観点で、今後金融政策を見ていく場合、配当所得が増える一方、利子所得が相変わらずゼロ近辺となっているが、こうした所得の不均衡という問題をどうとらえるか、また金融政策を所得分配政策にリンクさせることが良いのかどうか、見解を伺いたい。

【答】

経済的なバック・グラウンドとして、戦後の高度成長時代と違い、これからのダイナミックな経済展開は、高度成長期のように自動的に所得の平等化を保証する方向に動くというよりは、所得不平等になるということかどうか分からないが、正に成果主義と言うか、成果に見合った配分という色彩が、戦後の完全平等化と言われた社会に比べると違った姿で出てくるであろうということは容易に想像できるし、既にそれは始まってきていると思う。

しかし、今おっしゃったように所得の配分をどう調整するかという所得分配政策的な考え方は、金融政策の中には今後とも入らない。私は今まで時々この場でも、預金金利について、もしかしたら不当なディストーション(歪み)があるかもしれないということを申し上げた。繰り返し申し上げているが、量的緩和政策という金利機能を歪める政策を異例の措置としてとってきている。つまり、正常に形成されるイールド・カーブに対して、オーバーナイト金利だけでなくもう少し期間の長いイールドの部分についてまで、量の圧迫あるいはコミットメントの圧迫によって押し下げており、このことは、もしそれがなかりせば形成されるであろうイールド・カーブよりも押し下げているかもしれない。少なくとも、こういった部分は量的緩和政策の枠組み修正後はなくなる。金利水準をどこにセットするかという問題は別にして、どの水準にセットされていようと、イールド・カーブはマーケットの中で資源配分がより適正に行われるよう形成される。従ってその意味では、賃金、配当、利子所得というものは、マーケット・メカニズムのふるいにかけられバランスのとれた姿がいつも実現していくであろう。またそれにより、企業が収益を上げた場合にいくつかの正常なルートで個人部門への所得還元がきちんと行われ、個人消費が喚起され、また企業にとって次の投資機会が見えてくるという好循環を呼ぶ。

日本銀行の金融政策は、あくまでも市場機能を通じて経済の循環メカニズムを正しく作動させることに主眼がある。それ以上に、各部門毎の所得配分が社会のあり方から見て適当かどうか、別の角度からの判断があり得るが、これは正に所得分配政策であり、国の政策である。民主主義のプロセスの中で、どういう所得の再配分を市場メカニズム以外で政策的に施していく必要があるかは、別の問題として正当に議論されていかなければならないと思う。市場を通ずる経済運営と、それを外から調整するメカニズムは峻別して考えていかなければならないと思っている。

【問】

本日公表された金融経済月報で景気の現状について「着実に回復を続けている。先行きについても着実に回復を続ける」と上方修正された。物価についても基調は次第にしっかりしてきており、量的緩和政策解除の決定についても冷静かつ適切に判断する重要な局面に入ったとおっしゃった。量的緩和政策を変更するタイミングについて、青信号が徐々に灯りつつあるように窺えるが、最終的な決断のためにはあと何が必要とお考えか。

【答】

何か具体的な材料を待っているということではない。やはり消費者物価指数(除く生鮮食品)を軸に、景気の着実な回復が続く中で、物価の基調そのものが悪い方向に逆戻りするリスクが更にどれくらい後退するかを、きちんと判断しなければならないと思う。あらゆる指標を見てこの先の情勢判断の中で、自然に抽出されてくる物価判断としか言いようがない。今のような比較的順調な経済・物価情勢の推移が今後とも実現していくならば、おそらくベーシックな判断は着実に前進していくだろうと思う。今の時点でも1か月前よりも、いくらか前進していることは間違いない。しかし、特定の指標をみて急に青信号になったとか、色分けすることはなかなか難しい。

【問】

日銀として、ここにきて不動産融資の監視強化をするということは特にないということで良いか。

【答】

実際のところ、私どもの考査では、取引先金融機関の経営実態を把握するため、様々な業務に伴うリスクの管理状況等を検証している。その中で、融資についても、信用リスクの実情や管理状況等をつぶさに検証しているということも事実であり、幅広いチェックを通じて、もし管理体制等の面で問題ありということであれば、個々の金融機関に対して改善を要請している。これは私どもの通常のアクションである。

しかしながら、一部報道にみられたように、ここにきて考査で特に不動産融資に対する監視にフォーカス(焦点)を当てて強化しようという方針を決めたことはない。執行部においても、独自にそういう方針をプラクティスとしてとろうとしているということもない。不動産融資に限らず、広く与信行為全般についてのリスク管理状況をつぶさに把握し続ける。不動産融資についても、当然その中に含まれているということである。

【問】

金融市場と経済情勢についてお尋ねしたい。企業収益の好調さ、持続的な景気回復の確かさ、物価上昇への展望を織り込んで株式市場は堅調であろう。一方、長期金利は、経済指標が確実に回復し、景気もデフレ克服に向かっているにもかかわらず、需給や海外要因あるいは先行き直ちにインフレ懸念が強まることがないので、急騰しないとの声も聞かれる。一般論でも結構だが、金融市場の最近の動きについて総裁はどのように分析しているか伺いたい。

【答】

難しい質問である。年初早々国際会議に出席したが、世界の中央銀行では、実体経済としての世界経済は、様々なリスクを吸収しながら好ましい方向に着実に前進しており、それを取り巻く金融環境も、引き続きインフレ懸念は抑制されながら、経済の着実な拡大を支援するのに十分緩和的な環境を維持し続けることに成功してきているとみている。しかしながら、原油価格の上昇などの悪影響を吸収し続ける中にあって、先行きの心配を必要な範囲内で十分刈り取るという認識から、世界の金利のサイクルは緩やかに変化してきている。米国の金融政策が先頭になって、かなり中立金利に近いところまで修正してきているし、ECBも1回利上げに踏み切っている。日本銀行はどうするのかという話になってきているが、この3つの中央銀行に限らず、その他の中央銀行まで含めて考えても、金利のサイクルは極めて微妙にゆっくりと変わりつつある。

しかし、その中でも長期金利は非常に落ち着いていて、むしろイールド・カーブはよりフラット化する方向になっている。イールド・カーブのフラット化について、市場が先行きのリセッションを明確に予測していると読み取る人は非常に少ない。むしろ、キャッシュ・フローが増えても、必要な投資はするが余計な投資はしない、あるいはバリューとリスクを十分読み切った投資しかしないという企業の設備投資態度が、景気が大きな振幅を呼ばないで長続きする可能性を匂わせているとか、インフレ心理の抑制と裏腹になっているとか、様々な要素がそこに絡んでいるのではないかという議論が行なわれており、明確にそこのところは読み取れていない。

BOEのキング総裁が、最近の講演の中で、答えはよくわからないということだが、世界的な貯蓄超過が背景にあり、また一方では、引き続き緩和的な金融環境が世界的に維持されている、言うなれば、流動性過剰気味の状況があるとしている。どちらの方にウエイトがあるかを判断するのはなかなか難しく、両方が少しずつ影響しているのではないか、という話をされている。これに代表されるように、今のイールド・カーブの形成のされ方は世界的にまだ十分解明されていないところがある。しかし、実際、実体経済そのものが様々なリスクを吸収しながら安定的に前進しており、先行きの見通しについて非常に多くの人が確信を持っている状況で、今のイールド・カーブの形成のされ方について、どこかに大きな落とし穴があるというよりは、何がしかコンシステント(整合的)なところがあるのではないかという推測を交えながら注意深くみているという状況である。

【問】

ライブドアの強制捜査以降、拝金主義ということについて、色々な方々が発言されている。不動産や株で危うい取引が出始めているが、そうしたお金を稼ぐことをひたすら追求するマネーゲームや拝金主義と言われている動きについて、総裁の所感を伺いたい。

【答】

モノとお金、サービスとお金、これは表裏一体となって動いて世の中の新しい価値を築いていくので、その中でどういうお金の動きをとらえて拝金主義と言うか、なかなか難しい。むしろ、お金の動きが将来の新しい価値を生み出す、あるいはその過程で生ずる様々なリスクを市場で形成される価格が的確に映し出していくというように、バリューの実現とリスクの評価が表裏一体でダイナミックに進む過程がより広がっていくことが一番大事だと、先ずは考えるべきであろう。ただ、もし、その過程に乱れが生じると将来実現されるべきバリューと無関係にお金だけのバリューを一時的にエンジョイしようという動きが介在しかねない。そして、このようにマーケットがグローバル化し、マーケットがネットワークによって瞬間風速を早めながら動くというような時代になると、おっしゃるようなリスクも高まってくる。

従って、先程申し上げた通り、広い意味での市場のインフラをきちんと整備しながら、市場の中では、将来人々が実現しようとしている価値の把握とリスクの評価がきちんと行なわれ、それ以外の取引が行なわれようとした場合は、市場がむしろこれに拒否反応を示す仕組みをきちんと作っていかなければならない。市場のキャパシティの問題だけではなく、取引ルールも含めたインフラの整備や会計基準が市場取引の規律を高めるように常に見直され、市場参加者が自分の取引内容や帳簿を示して透明性を図るだけではなく、結果として市場の仕組みそのものが自然と人々の取引活動の透明化を促すという方向に常に新しく見直されていくことが非常に大事である。新興市場にしても、信用取引にしても、あるいは通常の株式取引にしても、ルールの見直しはこれで終わりということはなく、むしろ、今後は絶えず加速度的に見直していくという作業がきちんと伴わなければならない。そうでなければ、時々、隙間をついておっしゃるような取引が出てくるリスクが大きくなると思う。

以上