このページの本文へ移動

総裁記者会見要旨 2021年7月16日(金)
午後3時半から約60分

2021年7月19日
日本銀行

(問)今回の決定内容について、展望レポートの内容を含めて説明してください。

(答)本日の決定会合では、長短金利操作、いわゆるイールドカーブ・コントロールのもとでの金融市場調節方針について、現状維持とすることを賛成多数で決定しました。長期国債以外の資産の買入れ方針に関しても、現状維持ということを全員一致で決定しました。また、本日の決定会合では、6月の会合で導入を決定した「気候変動対応を支援するための資金供給」について、その骨子素案を全員一致で決定しました。対象となる投融資に関する具体的な判断は金融機関に委ねつつ、一定の開示を求めることで、規律付けを図る仕組みとしました。資金供給にあたっての各種条件、例えば、金利や貸付期間等についても決定しました。なお、本日、決定会合後に通常会合を開催し、「気候変動に関する日本銀行の取り組み方針」を決定・公表しました。中央銀行の立場から、その使命に沿って気候変動に関する取り組みを進めるため、金融政策、金融システム、調査研究、国際金融、業務運営等から成る包括的な方針を取りまとめました。

本日の決定会合では、展望レポートを決定・公表しましたので、これに沿って、経済・物価の現状と先行きについての見方を説明致します。

わが国の景気の現状については、「内外における新型コロナウイルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、基調としては持ち直している」と判断しました。やや詳しく申し上げますと、海外経済は、国・地域毎にばらつきを伴いつつ、総じてみれば回復しています。そうしたもとで、輸出や鉱工業生産は着実な増加を続けています。また、企業収益や業況感は全体として改善しています。設備投資は、一部業種に弱さがみられるものの、持ち直しています。雇用・所得環境をみると、感染症の影響から、弱い動きが続いています。個人消費は、飲食・宿泊等のサービス消費における下押し圧力が強く、足踏み状態となっています。金融環境については、企業の資金繰りに厳しさがみられるものの、全体として緩和した状態にあります。先行きについては、当面の経済活動の水準は、対面型サービス部門を中心に、新型コロナウイルス感染症の拡大前に比べ低めで推移するものの、ワクチン接種の進捗などに伴い感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、外需の増加や緩和的な金融環境、政府の経済対策の効果にも支えられて、回復していくとみられます。その後、感染症の影響が収束していけば、所得から支出への前向きの循環メカニズムが強まるもとで、わが国経済は更に成長を続けると予想されます。

次に、物価ですが、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比をみると、感染症や携帯電話通信料の引き下げの影響がみられる一方、エネルギー価格は上昇しており、足許では0%程度となっています。また、予想物価上昇率は、横ばい圏内で推移しています。先行きについては、消費者物価の前年比は、目先、0%程度で推移すると予想されます。その後、経済の改善が続くもとで、当面のエネルギー価格上昇の影響に加え、携帯電話通信料の引き下げの影響剥落などもあって、消費者物価の前年比は、徐々に上昇率を高めていくと予想されます。予想物価上昇率も、再び高まっていくとみています。

前回の見通しと比べると、成長率については、新型コロナウイルス感染症の影響から2021年度は幾分下振れていますが、2022年度は幾分上振れています。物価については、エネルギー価格の上振れなどから2021年度が上振れています。ただし、こうした先行きの見通しは、感染症の帰趨やそれが内外経済に与える影響によって変わり得るため、不透明感が強いと考えています。今回の見通しでは、感染症の影響が収束するまでの間、企業や家計の中長期的な成長期待が大きく低下せず、金融システムの安定性が維持されるもとで金融仲介機能が円滑に発揮されると考えていますが、これらの点には大きな不確実性があります。そのうえで、リスクバランスは、経済の見通しについては、感染症の影響を中心に、当面は下振れリスクの方が大きいですが、見通し期間の中盤以降は、リスクは概ね上下にバランスするとみています。物価の見通しについては、下振れリスクの方が大きいとみています。

日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続します。マネタリーベースについては、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続します。また、引き続き、「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」、国債買入れやドルオペなどによる円貨および外貨の上限を設けない潤沢な供給、それぞれ約12兆円および約1,800億円の年間増加ペースの上限のもとでのETFおよびJ-REITの買入れにより、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めていきます。そのうえで、当面、新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じます。政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しています。

(問)東京で4度目の緊急事態宣言、それから、オリンピックの無観客開催ということになりました。こうしたことが経済・物価に与える影響について、どうみていらっしゃるでしょうか。

それから、気候変動対応投融資に関する新たな資金供給の仕組み、骨子素案ですが、対象となる投融資が実際に温室効果ガスの排出削減などにつながるのかどうか、日銀としてどうやって判断していくのか。更に、想定される仕組みでの想定される資金供給の規模感についてどのようにお考えかをお聞かせください。

(答)ご指摘の通り、東京で4回目の緊急事態宣言が発出されるなど、感染症の影響によって、公衆衛生上の措置が続いています。また、オリンピックの大方の会場での無観客開催についても、人流の抑制が意識されています。当面の経済活動の水準は、やはり、対面型サービス部門を中心に、感染症の拡大前に比べて低めで推移すると考えています。もっとも、先ほど申し上げたように、世界経済の回復を背景に、輸出や生産は着実な増加を続けていますし、企業収益は全体として改善しており、設備投資は持ち直しています。こうした中、先行きのわが国経済は、基本的には、ワクチン接種の進捗などに伴い感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、回復していくと予想しています。もとより、こうした中心的な見通しについては、感染症の影響を中心に、不確実性が強いということです。日本銀行としては、引き続き、わが国の経済動向をしっかりと注視していきたいと考えています。

気候変動対応を支援するための資金供給に関して、今回、制度の骨子素案を決定して公表しましたが、その対象先は、気候変動対応に資するための取り組みについて一定の開示をしている金融機関ということです。開示については、国際的なルールができており、そうしたものに沿った開示が考えられると思います。いずれにせよ、一定の開示を行っている金融機関を対象として、気候変動対応に資するための取り組みの一環として実施する投融資をバックファイナンスするということです。対象となる投融資に関する具体的な判断は金融機関に委ねるわけですが、一定の開示を求めることで規律付けを図るという仕組みにしているわけです。開示の中身については、今後、金融機関との対話を通じて更に検討していく予定ですが、やはり、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく開示が最も有力な候補ではないかと思います。資金供給の対象となる投融資は、わが国の気候変動対応に資するものということで、類型としては、グリーンローンあるいはボンド、サステナビリティ・リンク・ローンあるいはボンドのうち気候変動に紐づいているもの、更に、トランジション・ファイナンスも対象とすることを考えています。この場合の効果は、今後、十分検証していかなければならないと思いますが、この点については各国あるいはわが国の政府、それから各国の中央銀行も、様々な分析・研究の努力をしています。そうしたところとの意見交換なども通じ、具体的にどのような効果が出てくるかということを検証していく必要があろうと思います。なお、規模につきましては、金融機関と対話をして更に具体的な仕組みを決定し、それに沿って金融機関がどれほどの規模のものを出してくるかによりますので、今の時点でこのくらいの規模ということは申し上げられません。既に色々な形でわが国の金融機関も気候変動対応の大まかな投融資計画を公表しており、そうしたものをみると、かなりの規模になっていると思いますが、今後、具体的に細部を決めて、それに沿って金融機関がどのような対応をしてくるかは、今後の話であると考えています。

(問)先ほどの気候変動対応に関連する質問ですが、今回、対象先が共通担保オペの全店貸付ということで、一定の開示を行えば、多分地方銀行であるとか、信用金庫であるとか、証券会社も対象になるように思っています。この条件の詳細は、先ほど今後詰めるとおっしゃいましたが、条件次第では、事実上、大手銀行しか対象にならないといいますか、なかなか地方銀行になると条件のハードルが若干大手に比べて高いところがあるような気がしています。脱炭素社会を実現するという意味では、とりわけ地方にいっぱい中小企業がありますし、それを支えている地銀であるとか信金の取り組みは不可欠だと思いますが、その辺り、総裁はどのようにお考えになられているのかをお聞かせください。

(答)確かに、現状、大手行は、具体的な気候変動対応の投融資計画や今後十年程度の計画等を示していますし、また、TCFDの開示にも積極的です。他方で、地域金融機関の中には、まだ全ての先が大手行のようにそうした計画を示したり、TCFDの開示に積極的になっているということでもないわけです。ただ、地域金融機関の中にもかなりの数の銀行が、関心を示すだけでなく、TCFDの開示にも前向きに取り組んでおられるようです。年内にこのバックファイナンスを開始したいと思っていますが、それまでに、大手行だけでなく地域金融機関等からも具体的な要望を寄せて頂けるのではないかと期待しています。この仕組みは年内に開始しますが、骨子素案にも書かれているように、2030年度までというかなり長期にわたり実施する計画です。政府も、2050年にCO2排出ネットゼロ、2030年度までに約半減という目標を設定して具体的な取り組みを進めておられます。地域金融機関も含めて、幅広い金融機関が関心を持って参加して頂けるのではないかと期待しています。

(問)今回のこの気候変動に対する日銀の取り組み方針、これによって日本で企業の気候変動への取り組みというのがどうなっていくというのが望ましいと考えていらっしゃるのか教えてください。

そしてもう一点、今回骨子案を作るにあたって、一番注意した点といいますか、気を付けなければならないと考えたポイントは何なのか、教えてください。

(答)既に各企業で色々な取り組みを発表したり、業界毎に様々なことが行われているわけですけれども、何と申しましても、各企業にとっては、かなりの長期間、ハードウエア、ソフトウエアの相当な投資が必要だろうと思います。日本銀行がこうしたことを始めることを通じて、金融機関だけでなく企業自体がCO2排出の削減に向かって具体的な計画を作成され、更にそれに沿って必要な投資、人材確保など色々なことがあるわけですので、こうしたことが一つの梃子になって、金融機関のみならず企業にそうした対応が拡がっていくことを期待しています。もちろん気候変動対応自体は、政府・国会の責任において計画策定や色々な規制あるいは補助といったものが行われていくわけですけれども、日本銀行としても、こうしたことを通じて、金融機関のみならず企業においても、CO2排出削減にはかなり長期的に相当大規模な投資や人材確保が必要になるということで、そうした計画を作るという方向に加速されると良いと思っています。

骨子素案については、今回政策委員会で相当議論をしました。前回の時もかなり議論して、骨子を決めよう、こういう制度を作ろうということは合意されたのですが、今回は具体的に制度の骨子を議論しました。そこで非常に重要な点は、各国の中央銀行も同じですが、中央銀行としてどこまでこの問題に対応すべきなのか、できるかということです。中央銀行はどこでも物価の安定と金融システムの安定が二大マンデートになっているわけです。そうした中で気候変動という問題が長期かつ大幅に経済・金融システムに影響を与えるということは分かっているわけですが、それがどのような形で影響を与え、それに対応して、政府や議会がされることとは別に中央銀行としてできること、それはどういうものか、ということは、かなり議論が行われたと思います。そうした中で、骨子素案にあるような仕組みは、先ほど来申し上げているように、一義的には金融機関が気候変動対応の投融資の中身、対象を決めるわけですが、そこに一定の開示やその他のルールを課して、気候変動への対応として効果が出るものにしなければなりません。先ほどのマンデートの関係と、その一方で効果が出るようなものにしなければならないということ、更にはそのためのインセンティブとしてどういったものをつけるかということは議論になりました。一番基本的な議論は、中央銀行としてどこまですべきかということ、あるいはどこまでやれるかということ、それから具体的に金融機関に判断を委ねつつ、開示その他で規律付けをするということ、要するに基本的な内容について議論になったということで、これは他の中央銀行も基本的に同じだと思います。

(問)今の質問にちょっと絡みますが、各国中央銀行が今、ある種競うように気候変動対応について対策を打ち出してきていると思います。これは、歴史的な観点からみて、中銀の役割であったり、守備範囲みたいなものが変わってきた、あるいは拡がってきたと考えるべきなのか、総裁の考え方を教えてください。

また、新たな資金供給制度について、グリーンか否かの線引きについて伺います。今回、この開示をしてもらうことで規律付けをするということなのですが、それで十分グリーンウォッシュみたいなものを防げるかどうかという議論があると思います。いずれこれは公的機関であったり国際的な議論の中で、一種の目線といいますか、グリーンか否かの基準みたいなものが、やはりどこかで作られるべきなのかどうか、そういった今後のあり方も含めて教えてください。

(答)今申し上げたように、現代の先進国の中央銀行のマンデートといいますか役割は、物価の安定と金融システムの安定に集中していますが、ご案内の通り、先進国においても、かつての中央銀行はそのような役割ではありませんでした。それから新興国の中央銀行などをみますと、幅広く色々な役割を担っているところもあるようです。ただ、現時点で、物価の安定と金融システムの安定という基本的なマンデートを何か大きく修正するというような議論は、先進国の中央銀行の中ではないと思います。例えば、英国は政府から一定の指示を受けていますけれども、BOEの基本的なマンデートである物価の安定や金融システムの安定を超えて、あるいはそれを犠牲にしてでもやれということでは全然ありません。先ほど申し上げたように、過去はもっと違っていましたし、将来また変わるということはあり得るとは思いますが、今の時点で、先進国の中央銀行の中でそうした議論になっているということはないと思います。

グリーンかどうかということは、ご承知のように、タクソノミーの議論があるわけですが、ご案内の通り国際的にまだ全然合意ができていません。一番進んでいるといいますか、ある意味で急進的なEUにおいても、グリーンかブラウンかという二元論に基づく議論あるいはその中身についてまだ合意ができていないわけであり、いずれかの時点で国際的なタクソノミーの合意というものができる可能性を否定しませんが、当面そうしたものが国際的に合意されるという感じはありません。そういう合意が国際的にできれば、それに対応できると思いますが、そういうものができるまでずっと待っているというのは、他の中央銀行と同じく、日本銀行としても、適切でないと思いますので、今回のような仕組みを作って、状況の変化に応じてフレキシブルに対応できるようにしたということです。グリーンウォッシュの議論は、確かに欧州の一部でありますが、今回の私どもの仕組みがそうした批判を招くようなものにはならないと考えています。

(問)気候変動対応で具体的に二点お伺いします。一点目が、先ほどの付利のことなのですが、今回、「貸出促進付利制度」において、カテゴリー3のゼロ%を適用ということで、金融機関からはプラス付利を要望する声もあったと思うのですが、なぜ今回付利をゼロ%ということにしたのか、今後状況によってはカテゴリーが変わって、よりインセンティブが高いものにこの資金供給制度がなり得るのかどうか、ということです。

もう一点は、投融資の対象につきまして、海外向けをどうするかということにつきまして、総裁はどのようにお考えなのか教えてください。

(答)付利については、現状、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペは、感染症といった大きなショックに対して早急に対応する、企業等の資金繰りを早急に支援する必要から、プラスの付利金利を適用して、高めのインセンティブを付与しています。一方で、成長基盤強化支援資金供給や貸出増加支援資金供給、それから被災地支援オペなどについては、「貸出促進付利制度」上は付利金利はゼロ%としたうえで、利用残高の2倍の金額をマクロ加算残高に加えることにしています。後者と全く同じ形でインセンティブを付すことが適切だと考えたわけです。もちろん、将来カテゴリーを変更する可能性はないかと言われたら、あり得ると思いますが、現時点で、このゼロ%の付利そして利用残高の2倍のマクロ加算残高は十分なインセンティブになっていると考えています。

それから、海外向けのことについては、もちろん気候変動の問題自体はグローバルな課題ですが、それに対応して各国がそれぞれの国で努力することになっており、わが国政府の様々な政策も、各国政府の政策も、そして海外の中央銀行で今検討されている気候変動対応の政策についても、基本的にそれぞれの国の気候変動対策を促進するというものです。例えばグリーンボンドを買うことを考えている中央銀行も、基本的に自国のグリーンボンドを買うということであり、そうした面では、金融政策として気候変動を考える場合には、やはり、自国の気候変動対応を支援していくということだと思います。なかなか難しいのは、海外への投資みたいなものであっても、それがわが国の気候変動対策になる、CO2削減につながる、といったもので、これらを排除する必要もないように思いますが、基本的には国内での投融資に対する銀行のファイナンスをバックファイナンスするということだとご理解頂きたいと思います。

(問)今、言及がありましたグリーンボンドについてですが、今回、気候変動の取り組み方針の中で、国際金融協力の枠組みの中で、特にアジアのグリーンボンドについての投資拡充ということに言及されております。一方で、先月の会見等でも金融政策としての、まさに国内のグリーンボンドに関してはまだ慎重な見方を示していらっしゃったかと思うのですが、ここの考え方の整理について、ご見解をお伺いできればと思います。

(答)各国中銀との協力という面では、例えばEMEAPでグリーンボンド購入を拡大しようということがありますので、日本銀行としてもそうしたことに協力していくということです。それから、日本銀行が保有する外貨資産の中で、外貨建てのグリーン国債も買うことになると思います。そうした意味で、資産の運用としてそういうことがあるのは当然ですが、他方で、金融政策として行う場合に、何がグリーンかグリーンでないかを日本銀行として決めて投融資することは、現時点では適切でないだろうと考えています。むしろ、投融資を行う金融機関の判断に委ね、間接的に、開示などを通じて規律付けをすることで、ある程度フレキシブルにしておくことで、国際的に様々なタクソノミーの基準がはっきりと合意されてくれば、それに従った形にもできるし、グリーンボンドを優先的に買い入れることもできるかもしれません。今のところは、今回の仕組みが妥当なところではないかと思っています。

(問)二点お願いします。一点目は、ちょっと話が変わってしまうのですが、資源価格の上昇が依然続いていまして、基本的には世界経済の好調な需要を反映した動きと思うのですけれども、リーマンショックの前の資源価格の高騰も中小企業の収益を直撃して、日本経済を冷やす、景気を冷やす要因になったと思います。今回もコロナというショックに企業が直面している中で、今後、企業収益に、こうした資源価格上昇によるコスト高がどれくらい大きな日本経済の下押し要因になり得るのか、その辺りのご認識を教えてください。

二点目は、今回、EMEAPを通じたグリーンボンドへの投資を拡充するというのは、アジアの債券市場の育成にも貢献するということだと思うのですが、気候変動は欧米先進国中心に議論が進む中で、アジアは排出量が非常に多い国も多い、かつ脱炭素へ資源投入できる経済余力がない途上国も多いと思います。アジアの脱炭素、気候変動への取り組みの課題、こうした厳しい規制や投資の額が非常に大きく伴う気候変動への対応をどう考えていけばいいのか、お願いします。

(答)まず、現在の国際商品市況の上昇は、基本的にグローバルな需要が急激に増加して、一方で物流などの供給体制の回復が追い付いていないことが原因だと思います。需要・供給双方が影響していますが、供給面の制約は、急速な経済活動の再開に伴う摩擦的なものであると思います。基本的に世界経済の回復に起因する面が強いと思いますので、こうしたもとで、企業収益は、交易条件の悪化が下押しに作用する部分があるものの、内外需要の回復を背景として改善が続くと考えていますので、わが国経済全体にとっては、輸出の増加その他のプラスの効果が、交易条件の悪化によるコスト上昇のマイナスの影響を上回って、全体としてはプラスに働くとみています。ただ、国際商品市況の上昇による影響が業種や企業規模によってばらつきがある点には注意が必要だと思いますので、そうした点も含めて、よくみていきたいと思います。

それから、アジア全体の問題ですが、ご指摘の通り、何といっても人口が巨大なわけです。世界で最も人口の多い国4か国のうち3か国はアジアにあり、中国、インドがそれぞれ13億人とも14億人とも言われており、インドネシアが2億7,000万人ぐらいでしょうか。それからもう一つの人口の多い国は米国で約3億人ですが、人口が多く経済が発展しつつあるということで、CO2の排出や気候変動の問題は大きな課題です。更には、気候変動による災害などの影響も非常に大きく受けやすいということで、二重の意味で、アジアにとって気候変動への対応が非常に重要な課題であり、それを何としても成し遂げないといけないということです。他方で、欧米先進国に比べると、まだ所得水準は何分の一というところですし、そうしたもとで気候変動対応の投資を莫大にするのもなかなか大変だということはあると思います。ただ、良い点は、アジア諸国は経済成長していますので、そうした投資をする力もあるということです。他方で、人口密度が高くて、河川や海岸沿いにたくさんの方が住んでおられて、海面水位の上昇や豪雨その他の気候変動の様々な影響を受けやすいこともあるわけです。アジア諸国が成長力の余力を使ってこうしたものに対応していくことは、既に新興国、途上国とも考えておられると思いますし、グリーンボンド市場はそういうことのサポートにもなり得ると思います。私は昔アジア開発銀行の総裁をしていまして、アジア開発銀行もグリーンボンドを出しましたが、幸い非常に多くの応募があり、通常のアジア開発銀行の発行するボンドよりもずっと高い価格で、つまり安いコストで調達できたということがありますので、グリーンボンド市場がアジアで成長していけば、気候変動対応の投資をより促進することができるとは思います。ただ、アジア開発銀行のときも、何がグリーンボンドになるかを詳細に分析してやらなければならないということはありました。

(問)気候変動の資金供給ですが、日本銀行の使命との関連をどう理解すればいいのでしょうか。中長期的に経済・物価・金融情勢に大きい影響を与え得るからという理解なのでしょうが、そういうことでいうと、例えば格差問題とか感染症あるいはデジタルトランスフォーメーション(DX)とか、そういう色々な問題が中長期的どころか短期的にも、日本経済の、経済そのものあるいは物価、金融に大きな影響を与え得るわけです。なぜここで気候変動を切り出して日本銀行の政策の領域を拡げなければいけないのか、なぜ気候変動を特別扱いしなければいけないのかというところの考え方を教えてください。

(答)中央銀行の色々な会議でも、例えば格差についてよく議論をされています。BISが報告書を出していますが、要するに、金融政策で景気を維持したり、あるいは景気を刺激したりする結果として雇用が拡大し、賃金が上昇し、金融政策はむしろ、全体として格差を是正する方向に働いていると。もちろん、金融緩和の過程で株とか資産価格が上昇して、それが富裕層に偏っているのではないかという議論もありますが、そういうことを勘案しても、金融政策は通常の意味で、格差の拡大の原因にはなっていない、むしろ格差を縮小することになっています。ただ、格差自体の問題、その縮小という点になると、これは政府の社会保障とか税制の課題ということで直接的に対応することが正しいと言われています。DXの問題も、基本的にそうしたことだと思います。気候変動の場合も、あくまでもやはり規制とか補助金とか、あるいは公共部門でのインフラの投資とか、研究開発、そういうものは政府が基本的に行うものであるということは、皆分かっているわけです。ただ、先ほど来議論になっているように、各国の中央銀行もそうですが、企業が気候変動のための投資を行う際に、それをよりやりやすくすることによって、気候変動によるマクロ経済の不安定な状況や、そうした問題のリスクを下げることができるということで、マンデートに含まれていると同時に、金融政策としてできる範囲があるということだと思います。マンデートに含まれているかどうかということと、そういうことが金融政策、中央銀行としてできるか、効果を持ち得るかということも重要な判断だと思います。いずれにせよ、格差の問題やDX等についても、もちろん中央銀行の色々な会議で様々な議論をされていますし、そういう意味では、中央銀行が非常に関心を持っていることは事実ですが、それを進めるための政策を金融政策で行うということには、今のところなっていないということだと思います。

(問)中銀のマンデートとか、守備範囲の議論に関連するのですが、今、時代の要請に応じてだと思うのですが、日銀として対応を求められる業務が増える一方で、既に取り組んでいる業務も結構専門性がかなり深まっていたりとかすると思います。そのような中で、日銀として、人の問題ですね、人的余力を十分持ち合わせているのかという点を伺いたいと思います。

(答)この点は、日本銀行だけでなく、各国の中央銀行、更には、あまり他人のことを申し上げるのも何ですが、IMFやBISなども気候変動の問題に対する研究者やリサーチャーをどのくらい持っているか、あるいはそういうものをどこまでやっていけるかということについては色々な議論があります。仄聞したところによると、IMFでは、気候変動問題に対応するためにリサーチャー、研究者を強化しないといけないという議論と、いや、何でもかんでもIMFでやるわけにもいかないので、他の国際機関などと協力してやったらどうかなど、色々な議論が出ているそうです。確かに、人的余力といいますか、分析能力については、十分考えないといけないと思います。ただ、二つ申し上げられるのは、一つは、ある意味で日本銀行は日本最大のマクロエコノミストの集団でもあり、色々な方面の専門家も揃っています。更に、内部だけでなくて、学界や経済界の人たちとも様々な意見交換をしています。もう一つは、他の中央銀行との交流とか、あるいはIMFやBIS、OECDといった国際機関との協力ということもあります。万全で大丈夫です、と言うつもりはありませんが、やはり相当な能力はあるし、それをフルに使ってこの問題に引き続き十分な対応をしていきたいと思います。

(問)全然違う話で恐縮ですが、日本国債の買入れについて、6月末に示した方針で、7月以降の買入れ額を減らすというふうに発表していたかと思います。加えて、四半期毎の公表にするということで、変更もしていたと思いますが、これの狙い、あるいは背景にある考え方と、マーケットへの影響をどういうふうに考えているか、もう一つ、今後も減らしていく方向なのかというところも併せて教えて頂ければと思います。

(答)7月以降の長期国債の買入れ予定額の公表頻度を月次から3か月毎に変更しましたが、その前に、そもそも3月の金融政策決定会合で、市場機能の維持と金利コントロールの適切なバランスを取る観点から、長期金利の変動幅は上下に±0.25%程度であることを明確化しました。そして、国債買入れの実務的な対応として、4月以降、毎月、買入れ予定額をレンジではなくて特定の金額で示すとしたうえで、当月中は原則として買入れ額を見直さない扱いにしました。更に、7月以降、3か月毎に買入れ額を示すことにしたわけです。これも市場機能の一段の発揮を促すことを企図したものであり、長期金利については、あくまでも内外の経済・物価情勢などに応じて、明確化された範囲内で変動するということを想定しています。もちろん日本銀行が意図的に長期金利の変動を拡大させるわけではありません。あくまでも、先ほど申し上げた明確な変動幅の中で、内外経済・物価情勢などに応じて変動する、いわば市場機能が十分発揮できるようにしたということです。従って、その中での微調整ですので、国債の買入れ額を今後減らしていくといったことはありません。今回の決定会合の「当面の金融政策運営について」でも、長期金利について、「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う」としており、この点には全く変化はありません。

(問)気候変動への資金供給についてお伺いします。先ほど来の総裁のお話を伺っていますと、中銀のマンデートを拡げるものではない、あるいは感染症とか格差をテーマにしたような資金供給というのは、今、日銀がやる出番がないのでやらないというふうに聞こえました。ただ、今回の気候変動の資金供給をやる理由として挙げられているものに当てはめますと、感染症であろうと格差問題であろうと、あるいは女性活躍、人口減少問題、どれをとっても将来にわたって広範な影響を及ぼし得るグローバルな課題であり、社会経済を構成している各主体に積極的な取り組みが求められるテーマだと思います。つまり、今回の理屈でいいますと、あらゆるテーマで日銀が資金供給できてしまう。これは、日銀、小さな一歩かもしれませんが、日銀が政策金融に踏み出す大きな一歩になるのではないでしょうか。

(答)全くそのように考えていません。ちなみに、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ等、感染症の状況に応じて、金融政策としてまさに必要なものをやっているわけです。従って、気候変動の問題につきましても、中央銀行のマンデートの範囲内で中央銀行としてできることをやるということであり、この点は他の中央銀行と全く同じです。

(問)今回、日銀は、金融政策として気候変動対応を支援するという方向に踏み出したということは、これが長い目でみて物価の安定に貢献するというご判断があるかと思います。そういった長い目でみて物価安定を目指すというスタンスは、従来の黒田総裁のもとでの日銀は、できるだけ早期に2%物価目標を達成するという理念でやってこられて、その後色々困難があって難しい状況にはあっても、様々な手段を駆使してその努力を続けてこられたと思います。そういったこれまでの姿勢と若干、長い目でみて、この制度、2030年度まで10年間くらいかけてそういう効果を出すという、従来とちょっと違うような印象を受けるのですけども、この気候変動対応を金融政策としてやるというこの方針と、従来の2%物価目標の運用のあり方との関係、その辺りをちょっとご説明頂けますでしょうか。

(答)気候変動問題というもの自体が非常に長期の課題であり、それに対する対応も、企業、金融機関も含めて相当大規模で長期間にわたるということです。しかし、そういうことが長い目でみて経済構造や金融システム、更には経済成長や物価等に影響を及ぼすということはその通りであり、その面から日本銀行としてマンデートの範囲内でできることをやるということです。他方、2%の「物価安定の目標」はできるだけ早期に実現すべく金融政策を運営するという点に変わりはありません。従って、今回の公表文でも、大規模な金融緩和を粘り強く続けるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じるということも申し上げており、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するという考えで金融政策に取り組んでいること自体は変わりません。気候変動問題に対応することが金融政策でどこまでできるかということについては、先ほど来申し上げているマンデートの範囲内でできることをやるわけですが、それによる気候変動に対応する効果や、経済・物価、更には金融システム等に与える影響というのはあくまでも中・長期的なものであるということは、これもまた各国の中央銀行もよく理解しています。気候変動対応、例えばグリーンボンドを買うことによって、すぐに中央銀行の経済や物価に対する影響が変わってくるということではないと思います。ただ、中央銀行のマンデートの中でできることをやろうということについては、特に欧州の中央銀行は殆どそちらに向かっています。他方、米国の中央銀行はまだ慎重に検討しているということだと思います。

以上