公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 1998年 > マーケットと新しい日本銀行 ――平成10年9月1日・資本市場研究会における日本銀行藤原副総裁講演

マーケットと新しい日本銀行

平成10年9月1日・資本市場研究会における日本銀行藤原副総裁講演

1998年 9月 1日
日本銀行

1.マーケット時代の要請

 さて、本日は、「マーケットと新しい日本銀行」というテーマでお話をさせて頂きたいと思います。とは申しましても、株価や金利といった金融市況のカレントな動きといったことではなく、少し長い目で、日本銀行が、特に新しい日銀法の下でマーケットの時代にどのように対応していこうとしているのか、政策決定過程やオペレーションの透明性の向上、あるいは、市場インフラの整備などといった観点から、お話をさせて頂きたいと考えている次第です。
 (只今触れましたとおり)私自身、ジャーナリスト時代を通じて、いろいろな形で金融マーケットとつきあってきました。特に、米国の特派員時代にニクソン・ショックやフロート制への移行という歴史的な事件に遭遇して以来、世界のマーケットと日本のマーケットの違いといったことにも思いをめぐらせてきたつもりです。
 振り返ってみると、日本のマーケットを開かれたものにしなければならないとか、マーケットの時代にふさわしい改革が必要だとかいうスローガン自体は、ずいぶん昔から唱えられてきました。にもかかわらず、本当に世界のマーケットと肩を並べられるような改革はなかなか進まなかったといわざるをえません。残念ながら、日本が本格的にマーケットの時代への対応を開始するには、バブルの発生とその崩壊、その後の長期にわたる経済の低迷という厳しい試練を待たなければなりませんでした。しかし、こうした苦境のなかで、これまでの日本の経済や金融の仕組みに対する真剣な反省が各方面で共有されるようになっています。この結果、改革に向けた動きは次第に着実なものとなっているように思えます。
 実は、これは、私が新生日本銀行に入って5ヶ月あまりの率直な感想でもあります。本日、「マーケットと新しい日本銀行」というテーマを選んだのも、「マーケットの時代」に対応しようとする日本銀行の努力や考え方をお伝えするのが、皆様方に新しい日本銀行を理解して頂くうえで格好の糸口となると考えたからであります。

マーケットの機能発揮の条件

 さて、これまで、マーケットという言葉をいささか不用意に使ってきましたが、どうも、マーケットとか自由化という言葉は、わが国ではスローガンとして利用され過ぎたためか、やや手垢がついてしまった感じが否めません。マーケットというと、何か錦の御旗のように取り扱われるかと思えば、かたや、「市場の暴力」という言葉に象徴されるように、たいへん扱いにくい、気まぐれなものといった受け止め方がされたりもします。
 こうした扱い方は、どちらも、マーケットにとってはたいへん気の毒であります。現実のマーケットが教科書のように完全ではありえないことは当然です。しかし、マーケットが大きく動いて、その時々には「混乱」とみられるような場合でも、振り返ってみると、そうした変動をもたらした何らかの裏付けがあったことがわかるという場合も多いのです。
 そこで、マーケットの議論をするときには、もう少しブレークダウンして、市場機能が十分発揮されるための条件、いわばマーケットの時代に求められるものを押さえておく必要があります。
 まず重要なことは、市場参加者の情報の開示、ディスクロージャーであります。マーケットとは、本来、いろいろな情報を価格に集約して、そのシグナルで効率的な資源の配分を行う仕組みです。従って、取引を行う  うえで必要な情報がきちんと得られない状態では、本来の市場機能は十分働きません。また、情報の開示は、市場参加者に自己責任原則にもとづく行動を求める前提でもあります。
 次に、市場において情報が有効に利用されていくためには、様々なニーズを持った市場参加者が幅広く存在し、多様な参加者間の取引が円滑に執行されることが必要です。言葉を換えれば、市場に厚みがあるとか、流動性が高いということだと思います。このためには、取引のコストや決済に関するリスクをできるだけ小さくするなど、市場取引のインフラを整備することが大切です。
 本日は、資本市場研究会でのお話ですので、関連する例をひとつ申し上げますと、昨年度の1年間で、金融機関の貸出残高は8兆円を上回る減少となりましたが、これと対照的に、社債──いわゆる普通社債ですが──の発行残高はネットで5兆円近くの増加をみました。この間のCP市場の拡大も併せて考えると、マクロ的に見れば、間接金融の金融仲介力の低下は、かなりの程度、直接金融でカバーされたといえます。
 こうした社債市場の健闘ぶりには、ここ数年来の様々な市場改革が大きく寄与しているように思われます。例えば、適債基準の撤廃といった規制緩和、引受け証券会社の競争促進、社債決済システムの改革などは、社債発行コストを下げたり、市場の流動性を高めるのに貢献しています。また、ディスクロージャーの充実や格付情報の利用促進は、多様な投資家を市場に呼び込む効果を持ちました。これらは、全体として、社債市場の価格形成機能や資金配分機能を高めることになります。ちなみに、最近の社債発行金利のひとつの特徴は、格付ごとの格差が拡大していることです。これは、発行企業にとっては厳しい動きでありますが、反面、こうした信用リスクに応じたプライシングが行われるようになったからこそ、これだけの発行増加が可能になったともいえるわけです。
 このように、マーケット時代に要請されることをまとめれば、「情報の開示と透明性の確保」、「市場インフラの整備」といったことになります。実は、本年4月から施行された新しい日銀法にも、まさにこうしたマーケット時代への対応や透明性の向上ということが、大事な理念として盛り込まれています。そこで、以下では、これらの点を念頭において、金融政策の決定過程や日々のマーケット・オペレーションを例にとって、新たな日本銀行法の下で、私どもがどのような対応を図ろうとしているのか、ご説明したいと思います。

2.金融政策決定過程の透明性向上

金融政策決定の新たなフレームワーク

 まず、只今申し上げた「透明性」の向上という理念にもとづいて、新しい金融政策決定のプロセスが作られました。それが、政策委員会の金融政策決定会合という仕組みです。
 皆さんは、日本銀行の政策委員会は、どのくらいの頻度で開催されているかご存じでしょうか。火曜日、金曜日の週2回ではなかったかとお答えになる方が多いかもしれません。あるいは、新しい金融政策決定会合をフォローしておられる方からは、月2回というお答えになるかもしれません。しかし、実は、どちらも正確ではありません。
 現在の政策委員会は、たいへん頻繁に、平均すれば、週2〜3回、場合によってはそれ以上開催されています。私などは、初めは、あまりの開催頻度の多さに驚いたほどでした。しかし、これは、日本銀行の最高意思決定機関として当然でありまして、執行部から報告を受けたり、決定を下すべき事項は、金融政策だけでなく、信用秩序維持に関する政策、様々な業務運営、内部管理案件など、実に多岐に亘っているのです。
 金融政策決定会合という仕組みの第1のポイントは、このように頻繁に開催されている政策委員会のうち、金融政策の方針を決定する会合を月2回に特定化して、そのスケジュールを事前に公表するというところにあります。この主な狙いは、政策決定のチャンスを定例化することによって、政策変更をめぐる無用な憶測や混乱をできるだけ避けるようにするということです。
 金融政策決定の機会が特定化されていないと、市場参加者やマスコミは、日々の様々な情報、例えば、景気指標の動きや関係者の発言などに、どうしても過敏にならざるをえません。私自身、記者時代には、公定歩合の変更に関する報道合戦については、ずいぶん神経をすりへらした記憶があります。
 もちろん、様々な情報を利用・消化したうえで、それを金利や価格形成という形で集約していくことは、マーケットの本来の機能ですが、この機能を、より安定的に、かつ効率的に発揮させていくうえでは、無用な憶測や混乱を避ける工夫も重要です。それは、金融政策の有効性を高めることにもつながります。金融政策を決定する会議を定例化し、先行きの開催スケジュールを予め発表するという方法は、まさに、こうした意味でマーケット・フレンドリーな仕組みといえるのではないかと思います。

議事要旨の公表

 さて、こうして定例化された金融政策決定会合では、金融・経済情勢の判断やそれにもとづく金融政策運営の方針について、きわめて活発かつ真剣な議論が行われております。そして、この議論の内容は、議事要旨という形で、約1ヶ月後に公表されます。これが、新しい仕組みの第2のポイントです。
 マーケットの時代において金融政策の有効性を確保するためには、中央銀行に対する市場や国民の信認ということが、決定的に重要になります。中央銀行の金融政策は、法律の制定とか行政的な権限で行うものではありません。中央銀行は、日々のオペレーション、つまり債券や手形の売買等を通じて、まず、短期金融市場における資金の需給とそこで形成される短期市場金利に影響を与えます。それが、より長期の市場金利や貸出金利、さらには金融機関行動やマネーサプライに波及していくことを通じて、望ましい金融環境を実現しようとしています。これはいわば遠隔操作でありまして、その間の波及のプロセスを確実なものとするためには、金融政策運営の狙いや考え方について、市場や国民から十分な理解と支持を得ることが必要になります。
 金融政策決定会合の議事要旨の公表は、こうした目的を達成するうえで、大きく貢献するものです。実際、このような狙いが十分達成されるよう、要旨とはいうものの、会合で検討された事項や委員から出された意見を、かなり詳細に、かつ、ていねいに記述するよう努めております。
 例えば、このところ、金融政策運営を巡っては、低金利維持に対する批判ですとか、量的緩和論、あるいは調整インフレ論など、様々な問題提起がなされています。金融政策決定会合では、こうした問題についても検討を行っております。議事要旨をお読み頂ければ、「現状維持」という政策決定に至るまでに、どのようなポイントに着目した議論があったのか、どのような形で多数意見が形成されたのか、明確にご理解頂けるはずです。
 こうした方法は、私の記者時代の経験からしても、まことに大きな変革であります。昔の日本銀行であれば、総裁記者会見で「なぜ現状維持なのか」とたずねても、おそらくは「総合判断」という以上の答えを引っ張り出すことは難しかったでしょう。あるいは、「追加的な利下げの可能性について検討しているか」と聞いても、ノーコメントか「検討していません」という答えしか期待できなかったように思います。これは、無理もありません。かつての環境のもとでは、日銀が金融政策について何か具体的な議論を行っているといっただけで、ニュースになってしまったからです。
 しかし、考えてみると、これは、一種の自縄自縛のような状態ではなかったかと思いますし、日本銀行にとってもマーケットにとっても、決して、望ましいことではありませんでした。議事要旨の公表という方法は、こうした状態を打破し、市場に無用の憶測や思惑を与えず、しかも、中央銀行と外部との建設的な意見交換の環境を整える仕組みということができます。
 かつて、中央銀行の行動規範として、「行動すれども弁明せず」という表現が使われた時代がありました。しかし、マーケットの時代の中央銀行に求められているのは、「行動し、かつ説明する」ということだと思います。新しい日本銀行は、そのために着実に前進し始めているということをご理解頂くとともに、この席をお借りして、是非、議事要旨をお読みください、と宣伝しておきたいと思います。なお、議事要旨は発表と同時にインターネットの私どものホームページに掲載しています。本日は、ご参考までに、先月公表した7月16日開催分の議事要旨をご用意致しましたので、ご覧頂ければ幸いです。

3.マーケット・オペレーションをめぐって

オペレーションの透明性向上

 以上、金融政策決定過程における透明性向上の取組みをご紹介しました。そこで次に、日本銀行のマーケット・オペレーションにおける改革の努力をご説明したいと思います。
 申し上げるまでもなく、マーケット・オペレーションは、市場と日本銀行の具体的な接点であり、金融政策遂行の原点でもあります。日本銀行の金融政策は、マーケットにおける日々の手形や債券の売買を通じて、言い換えれば、日本銀行も市場参加者のひとりとしてマーケットで取引を行うことを通じて、資金の需給や金利形成に影響を与えるものだからです。このため、日本銀行は、オペレーションの透明性や機動性を向上させるために、これまでも、様々な工夫を凝らしてきました。
 例えば、手形や債券の売買に際して、日本銀行がレートを示す指し値方式から、より透明な入札方式に移行するとか、オペレーションの連絡から資金決済までの期間を短縮して機動性を高めるといったことがあげられます。さらに、最近では、オペレーションに関する情報の開示を進めてきており、具体的には、オペレーションの対象先の選定基準の公表を開始したほか、オペレーション結果の公表の充実化を図りました。
 中央銀行にとって、オペレーションの相手先をどう選ぶかということは、なかなかやっかいな課題です。
 短期金融市場で発生する資金の不足や余剰は、現金や財政資金の受け払いによって、毎日、何千億円から何兆円という規模のオーダーにのぼります。日本銀行は、まずは、こうした資金過不足をできるだけならすことによって、金融機関間の資金決済、ひいては、そこに集約されている企業や家計間の資金決済が円滑に行われるように努めています。そのうえで、市場に供給する資金の量を調整することによって、金融政策決定会合で決定された市場金利の誘導方針──現在は「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す」というものですが──そうした方針に沿った短期金利が実現するよう努力しているのです。
 このように、マーケット・オペレーションには、資金供給であれ、資金吸収であれ、きわめて大量の金額を日々迅速かつ効率的に、かつ正確に処理することが要請されます。したがって、事務処理上、どうしても、オペの対象先の数には自ずと制約がかかることになります。しかし、中央銀行のオペ先となるかどうかが、その金融機関の市場における地位に関していろいろな憶測を呼ぶ可能性もありますので、この取り扱いには非常にデリケートな考慮が必要になります。このため、日本銀行は、これまで、具体的なオペ先の選定基準は公表してきませんでしたし、この点は、先進国の中央銀行も同様です。
 しかし、私どもは、「透明性」を重要な理念とする新しい日銀法の施行を機に、この点でも大きな改革を図りました。基本的な発想は、オペ先の選定に際しては、あくまで、オペレーション上の要請という実務的観点に徹すること、また、そうした考え方が外部からみても明確にわかるような仕組みを作って納得が得られるようにすればよい、ということです。政策委員会で議論を重ね、こうした考え方のもとで、明快で客観的な基準を作り、公表することが適当であるという結論に達しました。
 この6月に発表した国債レポ市場におけるオペレーションの対象先の選定方法についてかいつまんで説明しますと以下のようなことです。なお、わが国のレポ市場というのは、正確には「金銭を担保とする債券貸借市場」ということですが、要するに、債券を見合いに資金取引を行う短期金融市場です。この市場は一昨年に創設されてから急成長しており、今や、短期金融市場の中核の一つといってもよい規模に育っています。このため、日本銀行も、昨年11月から、この市場でのオペレーションを開始しています。
 そこで、レポオペ先の選定方法ですが、まず、日本銀行としてオペ対象先に期待する役割を3点明確にしました。第1に、日本銀行によるオペレーションに積極的に参加して頂きたいということ、第2に、正確かつ迅速に事務処理をこなして欲しいということ、第3に、金融政策遂行に役立つ市場の情報や分析を日本銀行に提供して頂きたいということです。
 こうした考え方を理解してもらった先から、オペ対象先の希望を募り、その中から、幾つかの条件に即して対象先を選定させてもらうことにしました。それは、日本銀行と当座預金取引をもっていること、一定の自己資本比率を有していること、さらに、レポ市場における取引高、取引残高、取引先数、あるいはレポ・レートに関する情報の提供などといった、市場におけるプレゼンスを示すと思われる客観的な基準です。これらの基準やウェイトの付け方といったことも詳細に公表しました。こうした形で、レポオペ先を35先に選定させてもらったわけです。
 今後は、レポオペだけではなく、国債の買い切り、あるいは、TBやCPを対象としたオペーレションに関しても、同様の考え方に基づき、対象先の選定作業を行っていく方針です。また、選定基準についても、市場参加者の声に耳を傾けながら、さらに改善の余地があるかどうか、検討していくつもりです。
 一方、オペレーションの結果に関する情報の開示という点については、95年以降、日本銀行が実施したオペーレションの入札総額、落札総額について公表を行っていたわけですが、これをさらに一歩進めて、落札総額の決定基準、いわゆる「足切り」の方法を公表するとともに、併せて、落札レート等の情報についても、開示することとしました。日本銀行は、こうした透明性の向上に関する措置によって、オペレーションに関する市場からの理解や信認が高まるとともに、ひいては、市場取引の効率性や価格メカニズムの機能度が向上することを期待しております。

昨年末以降のオペレーションについて

 さて、ここで、昨年末以降日本銀行が実施してきたマーケット・オペレーションについて触れたいと思います。というのは、この間のオペレーションの運営について、多くの方から、様々なご意見やご質問を頂戴する機会が多いからです。
 振り返ってみますと、昨年の11月以降、大手金融機関の破綻が相次ぐ中で、市場参加者の間に心理的な動揺が生じました。このため、市場金利、特に12月末越えや3月期末越えの長めの市場金利が上昇し、しかも、かなり長い期間にわたって高止まることになりました。ちなみに、それまで0.5%を幾分上回る水準で推移していた3ヶ月物の市場金利は、一時、1.0%を越える水準まで跳ね上がりました。こうした事態を放置しておけば、いずれ、貸出金利など企業の調達コストに跳ねて、金融面から経済活動を一段と下押すリスクが懸念されました。
 このため、日本銀行は、市場に大量の資金を供給し、需給の逼迫を緩和するよう努めたほか、期末越えの資金繰りに関する不安を沈静化させるために、資金の出し方もできるだけ長めのものとしました。また、長めの資金供給手段としては、企業が発行するCPを買い入れるオペ、つまりCPオペを活用して、CP市場の金融仲介機能を維持するよう努めました。
 こうした日本銀行のオペレーションや政府の金融システム安定化策の策定などのご努力の結果、本年2月に入り、ようやく市場金利は明確に低下し、落ち着きを見せ始めたわけです。
 そうはいっても、その後も、市場に底流している信用リスクや流動性リスクに対する懸念は根強いものがあります。実際、この9月末に向けても、市場金利の動向には十分注意していく必要があります。これまで総裁からも折りに触れて申し上げているとおり、私どもとしては、CPオペなど様々な手段を利用しながら市場に十分潤沢な資金を供給して、市場金利の安定を確保していく方針です。
 さて、こうしたオペレーションについて、いくつかのご質問やご意見がよせられています。
 まず第1に、このようなオペレーションにより日本銀行のバランスシートが膨張し、これが円に対する信認を低下させ、例えば円安の原因となったのではないかという疑問です。
 実際、日本銀行のバランスシートの規模は、本年3月末には90兆円と、昨年3月末に比べ約5割方膨らみました。こうしたバランスシートの拡大を眺め、日本銀行が安易な信用の拡張を行っているのではないか、という見方が生じたものと思います。
 しかし、これが誤解であることは、バランスシートの中身をよくみて頂ければすぐに明らかになります。繰り返しになりますが、本年初めにかけて行なったオペレーションでは、まず、信用不安の高まりなどを背景に銀行券や準備預金に対する需要が高まったことに対応して、潤沢な資金供給を行いました。その際、CPオペやレポオペでできるだけ期間の長い資金を供給し、同時に、日本銀行が振り出した手形を市場に売却して、期間の短い余剰資金を吸収するよう努めました。このため、バランスシートの資産サイドではCPなどが増えましたが、負債サイドでは、銀行券や準備預金──いわゆるハイパワード・マネー──が需要以上に増えてしまったというわけではありません。負債サイドでは、資産の増加に見合って、資金吸収手段としての売出手形が増えているのです。
 このように、資金供給と吸収を組み合わせることで、両建てでバランスシートが拡大しましたが、これは、決して円安につながるような安易な信用拡張を意味するものではありません。むしろ、こうしたオペレーションは、金融システムをめぐる不安心理を緩和する効果を果たし、ひいては円に対する信認を下支えすることにもつながったと考えております。
 しかし、このご質問は、日本銀行のオペレーションに関するとても大事なポイントを含んでいます。さきほど、マーケットの時代には、信認ということがたいへん大事な要素になると申し上げました。信認というものは、長い歴史をかけて築き上げられていくものです。そして、歴史を振り返れば、例えば国債の引き受けといった形で中央銀行のバランスシートの膨張がインフレにつながった例が多いことも事実なのです。従って、長い目で見れば、中央銀行としては、自らのバランスシートを膨らませることについては常に慎重な点検が必要であると思います。
 この点、さきほどのオペレーションに関していえば、手形を振り出して負債サイドを膨らませるのでなく、保有している資産、例えばFB(政府短期証券)の売却で余剰資金の吸収ができれば、バランスシートを拡大させることなく所期の目的が達成されたはずです。
 しかし、わが国では、FBの市場が発達していないために、FBオペを大規模に行う環境が整っていません。FBの問題については後ほど触れますが、このように、中央銀行が機動的にオペレーションを行い、その効果を発揮させるためには、それを受け止めてくれるだけの十分な厚みをもった、流動性の高い市場が必要不可欠なのです。
 第2に、政府信用の裏付けがある国債と違って、CPのように企業の発行した負債を中央銀行が買い入れることは、中央銀行資産の劣化につながらないかというご意見です。
 このご意見については、2つコメントさせて頂きたいと思います。まず、歴史的にみると、中央銀行信用は、典型的には商業手形の割引といった形で民間の信用をリファイナンスする形で発達しました。したがって、そもそも、民間部門の信用手段が中央銀行の資産として不適切とはいえないということです。
 さらに、私どもが、CPを買い入れる際には、中央銀行資産としての健全性を確保するために、いくつかの措置を講じています。まず、対象となるCP発行企業の信用力について内部で十分な審査を行ったうえで、買い入れるCPの適格性を判断しています。さらに、CPを買い入れる際には、現先方式、つまり直接CPを買入れる先である金融機関と売り戻し契約を結ぶ方式をとっています。いわば、企業の信用力だけでなく、買入先の金融機関の信用力も付け加えることによって、二重に安全性を補強しているのです。このように、私どもは、オペレーションや担保という形で民間債務を受け入れるにあたっては、それが中央銀行資産としての健全性の劣化につながらないよう、細心の注意を払っています。
 第3に、個別の企業に対して直接資金を供給するのは、中央銀行の本来の役割ではないのではないかというご指摘もあります。
 しかし、私どもがCPオペを活用する際に念頭においているのは、直接、個別の企業に資金を供給するということではなく、むしろ、オペレーションによりCP市場がもつ金融仲介機能を維持・向上させるということです。間接金融の金融仲介機能が低下しているもとでは、こうした直接金融、つまり金融・資本市場の機能強化を通じて企業金融をサポートしていくことが、金融緩和の効果を浸透させていくうえで効果的であると考えている次第です。
 さて、以上述べたように、中央銀行による円滑なオペレーションのためには、よく発達した、十分厚みのある市場が必要ですし、逆に、オペレーションが市場の発達に好影響を与えるという側面もあります。いわば、市場と私どものオペレーションは、相互に影響を与えながら、進歩していくものといえます。
 したがって、中央銀行としても、金融技術の革新や変化にキャッチアップしていくことは、たいへん大事な課題です。この秋には、ABSやABCPの発行促進に向けた環境整備も行われますし、今後、ビッグバンの進展とともに、新しい市場や取引がどんどん開拓されていくことが期待されています。こうした金融取引の変化や多様化に応じて、オペや担保のあり方を不断に見直していくことは、オペレーションの有効性を維持するだけでなく、金融市場の整備や発展にも貢献するものと考えています。

4.市場インフラの整備と日本銀行

日本銀行の役割

 そこで、最後に、金融市場の整備というテーマについて述べることとします。
 金融市場を整備するという場合、その内容はたいへん多岐にわたっています。マーケットを支えている基盤は、関係する法制度だけから成立しているわけではないからです。税制や会計制度、市場参加者間で成立している慣行・ルール、取引所がある場合はそこでの取引方法、資金や債券の受け渡しと決済の方法、市場価格や取引量に関する情報や統計の提供システムなど、実に様々な要素がマーケットのインフラストラクチャーを構成しています。
 こうしたインフラを整備する上で、中央銀行は大きな責務を担っています。中央銀行は実際にマーケットで売買を行う市場参加者であり、本質的にマーケットともっとも密接な関係を持った政策主体です。また、銀行券や中央銀行預金という最終的な資金決済手段の提供者であると同時に、中央銀行預金の電子的な決済システムを運営しています。国債のように債券の「モノ」の部分の決済システムを運営している場合もあります。さらに先程述べたように、中央銀行がどのような資産を保有するのか、あるいは、担保としてどのような資産を受け入れるかといったことも、市場の発達に大きな影響を与えることになります。
 日本銀行は、こうした立場から、これまでも市場参加者と協力しつつ、市場インフラの整備に取り組んで来ました。一例を申し上げれば、近年、日銀ネットという私どもの資金決済システムと国債や社債の決済システムを接続して、資金と債券の受け渡しを同時に行う、いわゆるDVP(デリバリー・バーサス・ペイメント)の仕組みが導入されました。現在では、同様の仕組みを株式やCD・CPなどの短期商品にも広げていくための検討が開始されています。日本銀行としては、引き続き、こうした市場参加者の取り組みをサポートしていく考えです。

円の国際化と金融市場の整備

 ところで、金融市場の整備というテーマは、最近熱心に議論されている円の国際化ということとも密接な関連を持っています。時折、この点に関連して、貿易取引の円建て比率を上げなければならないといった問題提起がされますが、貿易取引には相手側がいるわけで、その相手側が喜んで円を受け取ってくれるような環境を整備することが先決です。そのためには円の使い勝手をよくする必要があります。これは、まさに、円資金を効率的に調達・運用できる場、つまりわが国の金融市場の使い勝手をよくするということにほかなりません。その意味で、円の国際化という問題は、技術的には、その9割方は、国内金融市場問題であるとさえいってよいように思います。
 今、「技術的には」という留保をつけたのは、海外の人々に円を保有してもらうためには、日本の経済や金融システムに対する信認が確固たるものとなっていることが大前提になるからです。この意味でも、まずは、経済と金融システムの立て直しを急がなければなりません。
 さて、円の国際化問題との関係で、最近ようやく、FBの公募入札化と市場育成ということが、現実的な検討課題となっています。
 実は、私は、FB問題については忘れられない思い出があります。これは、別の機会にも申し上げたことがあるのですが、話は、約20年前の森永日銀総裁時代にさかのぼります。当時、私は日銀の記者クラブに在籍してたのですが、その時に、森永総裁がこうおっしゃっていました。「自分は、大蔵省の主計局長時代に、これを日銀に引き受けてもらうことを決めた。しかし、今、日銀総裁として考えてみると、あの時の自分の考えは間違っていた。マーケットを自由化しなければいけないし、そういったBondNoteBillはすべてマーケットで公募して、マーケットで自由に売り買いするようにしないといけない」ということでした。
 さて、20年振りに立場を変えて日銀に戻ってみると、未だにFBの日銀引き受けが続き、30兆円にものぼる、短期市場商品としてもっとも魅力的な資産が日銀に眠っているということには、いささか驚きを禁じえませんでした。
 しかし、独立性と透明性を理念にすえた新日銀法が施行され、円の国際化というテーマが真剣に議論される中で、この問題に関する認識が各方面で深まっています。私どもとしては、関係者の理解を得て、FBの公募入札化と市場創設が早期に実現するよう、引き続き最大限の努力を払っていきたいと考えています。
 また、日本の金融市場をより使い勝手の良いものとするためには、FBも含め長短の国債市場全般について、グローバル・スタンダードにも照らして改善を図っていくべく検討を進めることが大切です。国債市場は、いわば、一国の金融市場のマザー・マーケットというべき位置付けにあります。国債は基本的にリスク・フリーの資産と認識されており、いざというときに売却して流動性を確保できる準備資産として、また、金利体系のベンチマークとして、あるいは、様々な資産のヘッジ手段として、一国の金融市場の中で特別の地位を担っています。欧米各国が、流動性の高い国債市場の整備に熱心に取り組んでいるのもこのためです。わが国でも、金融税制のあり方に関する検討を進めるとともに、会計制度、取引慣行なども含め、国債市場の改善のためにさらに議論が深まっていくことを期待しています。例えば、内外で金融商品の時価会計を拡充する方向で検討がなされていることは、日本銀行としても好ましい動きであると評価しています。
 日本銀行としては、マーケット・オペレーションを通じて金融政策を実行していくという立場から、あるいは、資金や国債の決済システムを運営しているという立場から、こうした金融市場の改善に向けて積極的に貢献していくつもりです。

5.おわりに

 以上、金融政策決定、マーケット・オペレーション、市場整備という3つの視点から、日本銀行とマーケットの関係や日本銀行の取り組みについて述べてまいりました。
 最後に、日本銀行としては、「マーケットの時代」の要請を踏まえ、内部の体制や機構の整備についても対応を図ってきていることをご紹介しておきたいと思います。日本銀行では、独立性と透明性という新法の理念を実行に移すべく、この4月に大規模な本部機構の改革を実施しました。その一環として、旧営業局を大幅に改組し、金融市場局という部署を新設しました。新たに誕生した金融市場局は、日々のオペレーションの実行とともに、日本銀行が受け入れる資産の適格性の審査や与信管理、内外金融・資本市場および金融機関行動の調査分析、金融・資本市場の整備に向けての検討などを担当しています。いわば、日本銀行の中でもマーケットに最も近いセクションとして、マーケットとの新しい関係を構築するための部署を設けたということであります。
 日本銀行としては、このような新しい体制のもとで、従来にもまして、マーケットから学び、マーケットとともに考えていくよう努力していきたいと考えております。皆様方のご理解とご協力をお願いして、私からのお話を終えることとします。
 ご清聴ありがとうございました。

以上