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名古屋での経済界との懇談会(12月1日)における総裁挨拶要旨

1998年12月3日
日本銀行

金融経済情勢と金融政策運営

 最近の金融経済情勢ですが、残念ながら、国内経済は依然悪化を続けていると、私どもは判断しています。最終需要面では、総合経済対策に基づく公共投資の発注がかなり進捗してきましたが、設備投資は大幅に落ち込んでいるほか、個人消費も再び弱さが目立ち始めているように思います。この間、生産は極めて低い水準に止まっており、企業収益も悪化傾向を続けています。また雇用・所得環境も、一段と厳しさを増してきています。物価も軟化基調が持続しています。これらを全体としてみると、日本経済における生産・所得・支出を巡る循環は、引続きマイナス方向に働いていると考えられます。

 このような実体経済の動きに加えて、もう一つ注目されるのが、企業金融を巡る厳しい情勢ではないかと思います。

 民間金融機関の融資姿勢は、(1)実質的な自己資本の目減りや、(2)銀行自身を取り巻く資金調達環境の厳しさ、(3)企業業績の悪化、などの要因が複雑に絡み合って、昨年末以来、一段と慎重なものとなってきました。そうした中で、本年秋口から11月半ばにかけて、世界的な「安全資産への資金シフト(flight to quality)」の動きもあって、邦銀は、外貨手当てに一段と懸念を強め、国内外で年末越えの融資に大変慎重な姿勢を示しました。幸い、この点は、その後邦銀の外貨調達が大幅に進捗したことから、状況は改善してきています。海外市場でも、米国連銀はこのところ3回に亘って金利を引下げていますし、一時の信用収縮懸念がやや後退したように見受けられます。株価も、米国、欧州、さらにはアジアで、大きく反発しています。ただ、日本の金融機関を巡る内外の環境は依然厳しく、年末から年度末を控えて、民間銀行の融資姿勢が基本的に慎重なものであることには、引続き変わりがないように思われます。

 一方、資本市場調達面では、これまで、CP(コマーシャル・ペーパー)や社債の発行が拡大し、銀行借入の落ち込みをある程度カバーしてきました。しかし、企業の信用リスクに対する市場の警戒感はなかなか根強いものがあって、格付けが低めの企業の、社債・CPの発行は難しい情勢が続いています。

 このような状況の下で、中堅・中小企業や一部の大企業は、厳しい資金調達環境に直面してきました。もし、こうした状態が今後も長く続くようであれば、企業は、資金繰りに対する不安感から、設備投資などの前向きの企業活動を一層抑制しかねません。

 このような実体経済、金融両面の情勢を踏まえて、日本銀行では、これまで様々な対応を図ってきました。さる9月には、金融市場の調節方針を一段と緩和し、無担保翌日物コールレートの誘導目標を0.25%前後にまで引下げるという措置をとり、市場に対して、年末に向けた潤沢な資金供給を続けてきました。

 さらに、11月13日の政策委員会・金融政策決定会合では、企業金融の円滑化にも配慮して、オペ・貸出面での新たな措置を決定しました。

 これをやや具体的に敷衍すると、第1に、CPオペを年末に向けてさらに積極的に活用するために、買入れ対象となるCPの期間を、従来の「3ヶ月以内」から「1年以内」に拡大しました。第2に、企業金融を支援するための臨時貸出制度を創設しました。これは、年末にかけて貸出を増加させた金融機関に対して、増加額の最大50%までを日本銀行の貸出によりリファイナンスする仕組みを設けるというものです。これにより、銀行の企業向け貸出の資金繰りが少しでも緩和されるよう支援しようとするものです。第3に、民間企業の債務である社債や証書貸付債権を金融調節の中で一層活用していく趣旨から、これらを根担保に、その範囲内でこちらからその都度、期間と金額を定めて、金融機関に手形買入の入札をオファーする方式を導入することとしました。来年になって詳細を決めて、3月末の期末をこれで乗り切るように考えています。

 こうした対応を図るうえで、私どもとしては、わが国金融システムに対する信認の基礎となる「日本銀行の資産の健全性維持」という大原則を堅持しなければならないと思っています。企業金融面には最大限の配慮を行っていくつもりですが、基本的には、今、48兆円ぐらいある銀行券に見合う資産については、内外からみて資産価値の信頼できるものである必要があります。そのことを踏まえながら、年末、年度末の資金の不足を補い、企業金融を順便化し、さらに(民間企業債務の)市場を作り、その市場から優良な企業債務を日本銀行の(資産の)中にも取り入れていくということを考えている訳です。もちろん、民間銀行の慎重な融資姿勢の背後に様々な要因があることを踏まえると、これだけで企業金融の問題が一挙に解決するものではないことは、私どもも承知しています。一方において、銀行の再生という意味で、収益性とか、健全性とかというものを強調し、過少資本を是正し、不良貸出を償却し、健全でかつ収益性の高い銀行にしてもらわなければならないということをお願いしながら、他方で、中小企業あるいは資金調達に苦労している地方の企業その他に対し、貸し渋りが起らないようにしてもらわなければなりません。この二つのことは二律背反のところがありますし、これらを調整していくことは非常に難しい問題だと思いますが、日本の経済構造を改革していくためには、金融機関の再生と同時に、やはり、地方の中小企業その他についても、これから新しい収益性のある、期待の持てる仕事を始めていくようなことも必要で、そういう点を引っ張っていくのが金融機関の一つの役割でもあろうかと考えます。このほかに、政府も、信用保証の大幅拡充など、既に様々な対策を講じてきています。また、公的資本の投入をはじめとして、金融システム面からの抜本的な対応の枠組みも整いつつあるように思います。私どもとしては、これらの措置が相互に良い影響を及ぼし合いながら、企業金融の緩和に大きな効果を発揮することを強く期待している次第です。

 実際、一頃に比べると、企業金融を巡る不安感は、このところ幾分落ち着きつつあるように思われます。今後ともその動向を十分注意深くみていきたいと思います。

 また、実体経済面では、4月に決定された政府の総合経済対策の効果が今後現われるにつれて、景気の悪化テンポは次第に和らいでくるものと見込んでいます。さらに、今般、政府によって、大型の緊急経済対策が取りまとめられました。今回の政府の対策が早期に実施に移されることを期待するとともに、私どもとしても、景気ができる限り早く回復軌道に復帰するよう、金融政策面からも、年末から年度末にかけて引続き潤沢な資金の供給を行い、金融市場の安定と景気の下支えに貢献していく考えです。

金融システム面の動向

 次に、金融システム面の動きについて触れたいと思います。この面で、私どもが神経を使ってきた問題の一つは、日本長期信用銀行への対応でした。同行は、内外で幅広い取引を行っている大銀行であるだけに、破綻した場合の金融市場や実体経済に対する影響は極めて深刻なものとなることが懸念されていました。本件については、国会でも長い期間をかけて審議が行われ、最終的には、特別公的管理—— 一時的な国有化 ——により処理されることとなった訳です。しかしながら、この間、資産の劣化が進み、金融監督庁は本年9月末時点で、有価証券の含み損も勘案すれば、同行は債務超過であるとの判断を示しました。私どもとしては、内外金融市場への影響を最小限に食い止めるため、政府とも協力して、特別公的管理銀行に対しては預金保険機構による貸付や特例資金援助が行われるため、全ての債務が履行されること、したがってデフォルトは起こさない、という点を内外の市場関係者や海外中央銀行等に対して繰り返し説明を行いました。幸い、日本長期信用銀行を巡る市場取引は、今までのところ混乱なく行われています。今後、最終的な処理に向けてどういう対応を進めていくかという問題は残されていますが、日本長期信用銀行の問題は一つの大きな区切りがつけられたことになろうかと思います。新しい人事も決まり、私どもと一緒にこの仕事をしてきた安斎理事が——最も経緯を知っている人でありますが——頭取になって、興銀、長銀から副頭取に出てもらい、今新しい方向を色々議論をしながら進めていってくれているものと思います。これが一つの良い前例になることを期待しています。

 わが国の金融システムにとって、不良債権問題は依然大きな課題です。この点は、今般公表された都銀・長信銀・信託の10年度上期決算において、不良債権処理額が、拓銀、長銀を除くベースで計約2兆4千億円と引続き高水準となっていることにも表れています。不良債権問題に対する抜本的な対応を図るため、主要行のうち、多くの先が上期決算発表において、金融機能早期健全化法に基づき、公的資本の注入を希望する旨表明しており、現在のところ、その総額は都銀・長信銀・信託計で5~6兆円となっていることは、ご承知のとおりです。

 わが国金融機関を取り巻く内外の環境が引続き大変厳しい中で、残念ながら、わが国金融機関に対する市場の不信感は、依然払拭されていません。

 これは、わが国の金融機関が、今後必要となる不良債権の処理や有価証券の含み損を考慮すれば、実質的には多くの先が資本不足の状態にある、とみられているということです。

 したがって、重要なことは、金融機関自らが極力早期に、市場の評価を取り戻すための対応を図っていくことです。このための方策としては、次の3点が不可欠であると思います。第1に、不良資産の状況やその処理の道筋を、市場の納得が得られるよう創意工夫を凝らしつつ、ディスクローズしていくこと、第2に、思い切ったリストラを行うこと、第3に、金融の再編の大きな、世界的な流れの中で、将来の経営の方向性を、この際明確に打ち出すこと、が必要ではないかと思います。

 このうち、ディスクロージャーについては、一部の金融機関が自主的に自己査定結果を開示したり、金融再生法による新たな基準に基づいた資産内容を先取りして開示する動きがみられたところであり、私どもとしても、こういう動きは積極的に評価していきたいと思います。

 次に、不良債権の処理については、償却や引当といった会計上の処理だけではなく、不良債権自体をバランス・シートから切離し、潜在的なロスを早く確定し処理していくと同時に、キャッシュ・フローの改善を図ることが重要です。この点は、金融機関として本来の融資機能を回復していくうえでも重要なことだと思います。このために必要な資本が不足しているのであれば、公的資金も活用しつつ、市場における信認の回復に必要なだけの思い切った資本増強策を講じることが有力な選択肢の一つです。

 次に、今後の金融機関経営について触れたいと思います。これからは、独自の経営戦略に基づいて、不採算部門の切り捨てや比較優位分野への集中的な経営資源の配分を含めた、前向きのリストラを断行することが強く求められていると思います。こうした過程において、金融機関の統合・再編の動きが世界的に非常な勢いで起っています。ただ、ここで重要なことは、そうした提携が真に経営効率の改善に資するものであって、同時に市場にも受け入れられるものでなくてはならないという点です。

 以上、公的資本投入に関連した私どもの考えを中心に述べてきましたが、金融システム不安のこれ以上の増殖に歯止めをかけ、内外金融市場の動揺を抑えるため、今こそ関係者が総力を挙げて、問題の抜本的解決に当らねばならない局面を迎えていると思います。

おわりに

 以上、鏤々申し述べましたが、日本経済の新たな発展を描いていくためには、「景気の回復」、「金融システムの建て直し」、さらには、「経済の構造改革」が、不可欠の課題と考えます。日本銀行としても、これらの課題の実現に向けて、中央銀行の立場から引続き最大限の努力を払っていく考えですので、皆様方からのご支援、ご協力を引続き賜るよう、お願い申し上げる次第です。

 私からの話は以上です。ご清聴に感謝します。

以上