ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 1998年 > 宮城、岩手、山形県金融経済懇談会(12月10日)における藤原副総裁挨拶要旨

宮城、岩手、山形県金融経済懇談会(12月10日)における藤原副総裁挨拶要旨

平成10年12月10日、於日本銀行仙台支店会議室

1998年12月16日
日本銀行

1.はじめに

 日本銀行副総裁の藤原です。新しい日銀法に基づき、日本銀行も独立性と透明性を発揮して国民のための金融政策を展開しようということになりました。この一環として正・副総裁、および政策委員会審議委員ができるだけ頻度を高く全国を巡って、皆様に日本銀行の施策の趣旨をご説明申し上げ、且つ各界の意見をじっくりとお聞きして、それを政策に反映させることになりました。私もその役割分担の一端を担うわけですが、その初めてのセッションが偶然にも地元仙台で行われるということで非常に嬉しく、且つ懐かしい気持ちです。かといってここでリラックスして放談するわけにもいきませんので、組織の人間の一人として少し肩を張ってまずはお話させて頂きます。

 本日は、浅野知事を始め、東北経済界を代表する皆様方とお話しできる機会が得られたことを、誠に光栄に存じます。また、平素、私どもの仙台支店が色々のご高配を賜っておりますことを、この場を借りて、厚くお礼申し上げます。特に、先月24日に完了した、徳陽シティ銀行の営業譲渡に関しては、受皿金融機関や地元自治体そのほかの関係各位のご尽力に改めて敬意を表したいと思います。

 ご存知の方もいるかとは思いますが、私は仙台に生まれ、途中満州で過ごした一時期を除き、高校を卒業するまでここ「杜の都」に住み、そこで育ちました。大学を出、通信社に就職してからはなかなかゆっくり帰省する機会にも恵まれませんでしたが、今でも必要がある時は実家に帰っています。もっとも、東北地方との縁は、折りにふれて続いてまいりました。半ば冗談になりますが、通信社に入ってから特派員として暮らしたカナダのオタワとワシントンDCはともに北米大陸のいわば東北地方であり、旧満州もいまや東北地方です。私の体内にある東北人としてのDNAのなせる技でしょうか。

 さて、前置きはこれ位に致しまして、本日は、最初に私から、金融政策運営や金融システム面での課題についてお話しした後、皆様方から当地の実情に即したお話や忌憚のないご意見を伺いたいと存じます。

2.金融経済情勢と金融政策運営

 まず、最近の金融経済情勢ですが、速水総裁も記者会見の席等で度々申し上げていますように、残念ながら、国内経済は依然悪化を続けていると私どもでは判断しております。最終需要面では、総合経済対策に基づく公共投資の発注がかなり進捗してきたものの、設備投資は大幅に落ち込み、個人消費も再び弱さが目立つようになってきました。また雇用・所得環境も、一段と厳しさを増しており、物価も軟化基調が持続しています。これらを全体としてみると、日本経済における、生産・所得・支出を巡る循環は、引き続きマイナス方向に働いているものと考えざるを得ません。

 このような実体経済の動きに加えて、もう一つ注目されるのが、企業金融を巡る厳しい情勢です。

 民間金融機関の融資姿勢は、(1)実質的な自己資本の目減りや、(2)銀行自身を取り巻く資金調達環境の厳しさ、(3)企業業績自体の悪化、などの要因が複雑に絡み合って、昨年末以来、一段と慎重なものとなってきました。そうしたなかで、本年秋口から11月半ばにかけては、邦銀は、外貨手当てに一段と懸念を強め、国内外で年末越えの融資にたいへん慎重な姿勢を示しました。

 幸い、この点は、その後邦銀の外貨調達が大幅に進捗したことから、状況は改善してきております。海外市場も、米国Fedの3回にわたる利下げを受けて、一時の信用収縮懸念が後退してきました。通貨統合に参加する11カ国の欧州の中央銀行も政策金利の協調利下げを発表したところです。ただ、日本の金融機関を巡る内外の環境は依然厳しく、年末から年度末を控えて、民間銀行の融資姿勢が基本的に慎重なものであることには、引き続き変わりがありません。

 一方、資本市場調達面では、これまで、CP(コマーシャル・ペーパー)や社債の発行が拡大し、銀行借入の落ち込みをある程度カバーしてきました。 しかし、企業の信用リスクに対する市場の警戒感は根強く、格付けが低めの企業の社債・CP発行は難しい情勢が依然続いています。

 このような状況のもとで、中堅・中小企業や一部大企業は、厳しい資金調達環境に直面してきました。もし、こうした状態が今後も長く続くようであれば、企業は、資金繰りに対する不安感から、設備投資などの前向きの企業活動を一層抑制しかねません。

 このような実体経済、金融両面の情勢を踏まえて、日本銀行では、これまで様々な対応を図ってきました。さる9月には、金融市場の調節方針を一段と緩和し、コールレートの誘導目標を従前の公定歩合をやや下回る水準から0.25%前後まで引き下げるとともに、市場に対して潤沢な資金供給を続けてきました。

 さらに、先月13日の政策委員会・金融政策決定会合では、企業金融の円滑化にも配慮して、オペ・貸出面での新たな措置を決定しました。これをやや具体的に敷衍すると、第1に、CPオペを年末に向けて、さらに積極的に活用することとし、買入れ対象となるCPの期間を、従来の「3ヶ月以内」から「1年以内」に拡大しました。第2に、企業金融を支援するための臨時貸出制度を創設しました。これは、年末にかけて貸出を増加させた金融機関に対して、増加額の最大50%までを日本銀行の貸出によりリファイナンスする仕組みを設けることによって、銀行の企業向け貸出を資金繰り面から支援しようとするものです。これは日本銀行仙台支店でも受け付けています。第3に、民間企業の債務である社債や証書貸付債権を金融調節のなかで一層活用していく趣旨から、これらを根担保とする手形のオペレーションを導入する方向で、検討を進めることとしました。

 私どもとしては、わが国金融システムに対する信認の基礎となる「日本銀行の資産の健全性維持」という大原則を堅持しながら、企業金融面に最大限の配慮を行ってきたつもりです。

 政府も、信用保証の大幅拡充など、すでに様々な対策を講じてきておられます。また、公的資本の投入をはじめとして、金融システム面からの抜本的な対応の枠組みも整いつつあります。私どもとしては、これらの措置が相互に良い影響を及ぼしあいながら、企業金融の緩和に大きな効果を発揮することを強く期待しております。

 また、実体経済面では、4月に決定された政府の総合経済対策の効果が今後現われるにつれて、景気の悪化テンポは次第に和らいでくるものと見込んでおります。さらに、今般、政府によって、大型の緊急経済対策が改めて取りまとめられました。今回の政府の対策が早期に実施に移されることを期待するとともに、私どもとしても、景気ができる限り早く回復軌道に復帰するよう、金融政策面からも、年末から年度末にかけて引き続き潤沢な資金の供給を行い、金融市場の安定と景気の下支えに貢献していく考えであります。

3.金融システム面の動向

 次に、金融システム面の動きについて触れたいと思います。先程申し上げたように徳陽シティ銀行の営業譲渡をお蔭様で無事完了しまして、東北地方では具体的な金融システムの問題はなくなっていますが、日本全体として、私どもが神経を使ってきた問題の一つは、日本長期信用銀行への対応でした。本件については、国会でも長い期間をかけて審議が行われ、最終的には、特別公的管理—一時的な国有化—により処理されることとなりました。

 今後、最終的な処理に向けて、どういう対応を進めていくかという課題は残されていますが、日本長期信用銀行の問題は一つの大きな区切りがつけられたことになります。

 しかし、わが国の金融システムにとって、不良債権問題は依然大きな課題です。そして、わが国金融機関を取り巻く内外の環境が引続き厳しい中で、残念ながら、わが国金融機関に対する市場の不信感は、依然払拭されていません。

 これは、わが国の金融機関が、今後必要となる不良資産の処理や有価証券の含み損を考慮すれば、実質的には多くの先が資本不足の状態にある、とみられているということです。

 従って、現在重要なことは、金融機関自らが極力早期に、市場の評価を取り戻すための対応を図っていくことであると思います。このためには、第1に、不良資産の状況やその処理の道筋を、市場の納得が得られるよう創意工夫を凝らしつつ、ディスクローズしていくこと、第2に、そのうえで不良債権をバランス・シートから切り離すこと、第3に、必要な資本が不足しているのであれば、思い切って資本増強を図っていくことの3点が是非とも必要であろうと考えています。

 このうち、ディスクロージャーについては、一部の金融機関が、自主的に自己査定結果を開示したり、金融再生法による新たな基準に基づいた資産内容を先取りして開示する動きがみられたところであり、私どもとしても、積極的に評価しているところです。

 また、不良債権の処理については、償却や引当といった会計上の処理だけではなく、不良債権をバランス・シートから切離し、潜在的なロスの確定とキャッシュ・フローの改善を図ることが重要なことです。この点は、金融機関として、本来の融資機能を回復していくうえでも重要です。そのために必要な資本が不足しているのであれば、公的資金も活用しつつ、市場における信認の回復に必要なだけの思い切った資本増強策を講じることが、有力な選択肢の1つであると思います。

 なお、公的資金と言いましても、税金を直接投入するものではなく、資本投入された公的資金は、株式等を処分することにより、いずれ返ってくることが予定されているものです。この点、誤解のないよう一言付け加えさせて頂きます。

 次に、今後の金融機関経営という面からは、独自の経営戦略に基づいて、不採算部門の切り捨てや比較優位分野への集中的な経営資源の配分を含めた、前向きのリストラを断行することが強く求められます。こうした過程において、金融機関の統合・再編の動きが今後加速していくことが考えられます。ただ、ここで重要なことは、当然のことながら、そうした提携が真に経営効率の改善に資するものであり、同時に市場にも受け入れられるものでなくてはならないという点です。この点につき私は、先般イタリアのフィレンツェで行われた日本・EUジャーナリスト会議の場で講演する機会に恵まれ、「オーバーバンキングが問題であるとすれば、それは収益率や経営効率の面で、見劣りがするということである。つまり、金融機関の整理・再編が進んでも、当然のことながら、それが経営効率改善に結びつかない限り、市場の評価は得られないと考えるべきであろう。」と申し上げたところです。

 以上、公的資本投入に関連した私どもの考えを中心に述べてきましたが、金融システム不安のこれ以上の増殖に歯止めをかけ、内外金融市場の動揺を抑えるため、今こそ関係者が総力を挙げて、問題の抜本的解決にあたらねばならない局面を迎えていると思います。

4.おわりに

 以上、鏤々申し述べましたが、日本経済の新たな発展を描いていくためには、第1に、「景気の回復」、第2に「金融システムの建て直し」、さらには、敷衍すると「経済の構造改革」を推進していくことが、不可欠の課題と考えます。日本銀行としても、これらの課題の実現に向けて、中央銀行の立場から引き続き最大限の努力を払っていく考えでありますので、皆様方からのご支援、ご協力を引き続き賜りますよう、お願い申し上げます。

 私からの話は以上です。ご清聴に感謝します。

以上


(参考)

金融経済懇談会出席者一覧

浅野 史郎
宮城県知事
齋川 慶一郎
宮城県商工会議所連合会会長
手島 典男
仙台経済同友会代表幹事
松村 富廣
みやぎ工業会会長
奥田 和男
宮城県建設業協会会長
大山 健太郎
アイリスオーヤマ代表取締役社長
佐藤 光
岩手県経営者協会会長
岩手県商工会議所連合会会長
河野 逸平
岩手経済同友会代表幹事
金山 亜希雄
岩手県工業クラブ会長理事
鈴木 傳四郎
山形県商工会議所連合会会長
鈴木 俊幸
日東ベスト代表取締役会長
勝股 康行
宮城県銀行協会会長
斎藤 育夫
岩手県銀行協会会長
丹羽 厚悦
山形県銀行協会会長
日下 睦男
仙台銀行頭取

(以上15名)