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最近の金融経済情勢について——中央銀行の役割とバランスシート

98年12月22日きさらぎ会における日本銀行総裁講演

1998年12月22日
日本銀行

 本日は、きさらぎ会にお招きいただき、皆様方にお話しする機会が得られましたことを、たいへん光栄に存じます。

 はじめに最近の金融経済情勢について簡単にお話ししたあと、本日の講演テーマである「中央銀行の役割とバランスシート」について、私どもの考えを述べることとしたいと思います。

1.日本経済の現状と金融政策運営について

金融経済情勢の現状

 まず、日本経済の現状ですが、依然厳しい状態にあることには変わりがありません。しかし、ここへきて、景気の悪化テンポは、公共投資や輸出の増加を背景に、幾分和らいできています。生産の減少テンポも、在庫調整がある程度進捗したことから、緩やかなものとなってきました。金融面でも、一時強まった年末の企業金融を巡る不安感は、政府による信用保証制度の拡充や日本銀行によるオペ・貸出面での措置の効果などもあって、次第に後退しております。

 このように、日本経済には、いくつかの明るい材料が出てきています。しかし、これが、経済のマイナスの循環から脱却していく兆しと言えるのか、あるいは単なる小康状態にとどまり、この先まだまだ厳しい状況が待ち受けているのかは、現時点では、なお不確実といわざるを得ません。先週発表した12月短観をみても、先行きについては、まだ慎重な見方が支配的であったように思います。

 先行きの景気回復の鍵は、財政面からの下支えが働いている間に、民間経済の体温が高まるかどうかということになります。しかし、企業収益や雇用・所得環境は悪化が続いており、設備投資や個人消費の先行きには、依然、予断を許さぬものがあります。物価も、需給ギャップの拡大を背景に、軟調が続いています。こうしたことを踏まえると、今後、緊急経済対策の実施などをきっかけに、企業や家計のコンフィデンスが期待どおりに前向きのものとなっていくかどうかについて、慎重に見極めていく必要があるように考えます。

 金融面でも、明年3月期末を越える市場金利が高止まりの気配を示すなど、信用リスクや流動性リスクに対する市場の警戒感には依然根強いものがあります。

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、日本銀行としては、これまでの思いきった金融緩和スタンスを堅持しながら、引き続き景気の下支えと金融市場の安定に全力を尽くしていく考えです。

日本銀行のバランスシート

 ところで、昨年秋の一部金融機関の経営破綻以来、金融システム不安の強まりが、実体経済活動に対して強い制約要因として働いてきました。日本銀行は、そうした事態を踏まえて、本年9月における一段の金融緩和やそのもとでの潤沢な資金供給の継続など、金融政策面から様々な措置を講じてまいりました。

 金融調節面では、このほか、第一に、期末や年末越えの市場金利の高止まりに対処するため、長めの資金供給を大量に行ってきました。この結果、日本銀行のバランスシートは、前年に比べて4割程度の拡大を示しました。また、第二に、企業金融の円滑化にも配慮して、CPオペを増加させるとともに、本年11月には、企業金融支援のための臨時貸出制度の導入など、オペ・貸出面から幾つかの新しい措置を講じることとしました。このため、日本銀行のバランスシート上では、民間企業債務を見合いとする資産のウェイトが高まる傾向が続いています。さらに、第三に、金融システムの安定に努める過程で、昨年来、特融が増加し、最近では、これが預金保険機構向け貸出に振り替わってきております。

 このように、日本銀行のバランスシートの姿は、この一年、大きく変化してきました。こうした変化は、景気の低迷と金融システム不安の強まりに対して、日本銀行が努力を重ねてきた結果というべきものであります。しかし、その一方で、「日本銀行の財務の健全性が損なわれているのではないか」といった、疑問や批判を頂戴することも少なくありません。そこで以下では、こうした日本銀行のバランスシートの変化を踏まえて、中央銀行の役割や信用供与のあり方について、やや詳しく述べてみたいと思います。

2.日本銀行の信用供与のあり方

中央銀行の使命とバランスシート

 それでは、なぜ日本銀行のバランスシートの健全性が問題になるのか、ということを説明する前提として、中央銀行の使命とは何かということからお話ししたいと思います。

 日本銀行の使命は、わが国の中央銀行として「銀行券を発行し、通貨を通貨として機能させることを通じて、日本経済の健全な発展に貢献すること」と要約できます。「通貨が通貨として機能すること」というのは抽象的すぎるかもしれません。もう少し具体的に言えば、第一に、通貨の価値が安定したものであり、第二に、通貨が流通する枠組みが適切に維持されていることが必要だ、ということです。しばしば中央銀行の役割として「物価の安定」と「信用秩序の維持」の二つが挙げられるのは、まさにこのことを言い換えたものです。

 ところで日本銀行は、このような使命を、ちょうど民間銀行が行っているような銀行業務を日々行うことによって達成しようとしている組織である、ということができます。例えば、インフレであるとか、あるいは逆にデフレのような状況にあるときは、世の中に出回っている「お金」の量や各種「金利」に影響を及ぼして、インフレでもデフレでもない状態—つまり物価の安定を維持しようとします。その場合、直接的には金融市場の金利をコントロールすることで目的を達成しようとするわけですが、そのために必要な資金の供給・吸収は、金融資産を売買すること—マーケット・オペレーションと呼ばれていますが—を基本に実現しています。信用秩序維持の面でも同様です。ある銀行の破綻などによって金融システムが揺らぐ懸念があるときには、果断に資金を投入してシステムの動揺を最小限にとどめるべく努めていくことになりますが、その場合の手段も日銀貸出が中心となります。

 このため日銀の行動は、民間銀行と同じように、日銀の資産や負債—つまりバランスシートの変化として明確に現れることになります。例えば、最近のように、日銀が思い切った金融緩和でデフレ的な状況を回避しようとすれば、金融資産の購入増加によって資金の供給を増やそうとしますから、日銀のバランスシートは自ずと拡大します。

 問題は、こうした中央銀行を人々が信頼して、利子がつかない銀行券をはじめ通貨全体を受け入れるかどうかです。これは、中央銀行が信頼に足る行動をしているか、将来もそうした行動を続けていけるかどうかにかかっています。そして、この点を見極める手がかりとして、内外から日銀のバランスシートに深い関心が寄せられているのは、以上申し上げた中央銀行の特性からみて至極当然のことと言えましょう。

 日銀のバランスシートについては、様々な角度からの論点があり得ますが、中央銀行に対する信認という観点からは、「日銀が銀行券の発行の見合いで保有している金融資産に問題はないか」という点が非常に重要です。この問いかけの意味するところは、具体的には、(1)中央銀行として第三者の介入を招くことなく、独立して揺るぎのない行動を維持していくために、資産の健全性が確保され、財務面の基盤が充実しているか—つまり自己資本を十分保持しているか、あるいは、(2)日銀が、必要なときに機動的に資金を投入したり吸収できるように、十分流動的な資産構成になっているか、ということと理解することができます。

 このような中央銀行のバランスシートに対する関心は、海外でも高いように窺われます。単にバランスシートが急速に拡大しただけで日銀資産の劣化を懸念する向きもあります。これは、バランスシートが急速に拡大すると、その背後に、処分にコストのかかる不良資産が増えている事例が多いことからくる連想かもしれません。最近の日銀のバランスシート拡大は、技術的な理由を別にすれば、主に思い切った緩和策の結果であることは、冒頭に述べた通りです。しかし、中央銀行の資産劣化の疑念が高まるだけで、中央銀行に対する信認—ひいては一国経済に対する信認に陰りがでて、例えば民間銀行や企業が海外で資金調達を行う場合に無用なプレミアムを支払わねばならないとなると、これは見過ごすことのできない大きな問題です。日銀資産のあり方については、我々自身も常に十分点検しながら行動していく必要がある、と考えている理由がここにあります。日本銀行の意思決定機関である政策委員会では、日銀の使命達成のために行なう各種の施策が、バランスシートの変化を通じて日銀に対する信認を崩すことがないかどうか、常に明示的に議論しながら決定してきているのです。

日本銀行資産のあり方──3つの要件

 そこで次に、日本銀行がどのような考え方に基づいて保有資産を選択しているか—言い換えれば中央銀行のポートフォリオ選択の要件は何か、についてお話ししたいと思います。3つの要件があります。

 第一の要件は、資産の健全性確保です。日銀が保有する資産や担保は信用力のあるものでなければならない、というものです。

 そのために、日銀は幾つかの工夫を凝らしています。まず、日本銀行が資金を供給する場合には、金融機関に対する貸出であれば信用力の高い金融資産を担保にとります。また、オペであれば国債買切りオペを除き、金融機関等から現先・レポ方式で金融資産を買い入れることとしています。つまり、日本銀行の信用供与は、直接の信用供与先である金融機関等と、国や企業等の二重の信用によって守られているという訳です。このような工夫は海外の中央銀行でも一般に行われているところであり、これを日銀内部では複名性の原則と称しています。

 また、貸出の担保やオペの対象となる金融資産のうち、民間企業などが発行するものについては、日本銀行自らが一定の基準に従って審査を行ったうえで適格性を判断しています。適格性の判断は少なくとも年1回見直すこととしており、一旦適格とされた企業債務であっても経営状態が悪化すれば日本銀行の担保やオペ対象としては利用出来ないことになります。

 もちろん、これだけで十分とはいえません。複名性の原則によりデフォルトに遭遇する確率を減らしたつもりでも、取引相手である銀行の支援によって企業の信用度が補完されている場合には、その企業の債務を担保として確保しても必ずしも安全とはいえません。また保有資産や担保が、ある特定業種の企業債務に偏っているのも好ましくありません。保有資産や担保にリスクの連関や集中が起こっていないか、—すなわち、個別の資産のみならず、日銀資産全体の健全性が確保されているかどうか、というチェックも大事なことです。

 第二に、資源配分の中立性です。日本銀行が特定の種類の金融資産を集中的に保有すると、市場の価格形成に影響を与えたり、市場の資源配分に歪みをもたらす可能性があります。これは日本銀行の置かれている立場からすると、できるだけ避けるべきことであると考えています。日本銀行による資金の供給は、金融政策運営のためであれば、マクロの市場金利に働きかけることが基本となります。また、信用秩序維持のための資金供給であれば、あくまでも金融システム全体の動揺回避—つまりシステミックリスクの顕現回避が、その目的です。

 第三に、資産の流動性確保です。日銀の資産は流動性が高い資産—つまり、必要なときには、いつでも、また無理のないコストで処分ができる資産でなければならないということです。日本銀行は、常に機動的に行動することが求められます。金融政策面でいえば、変化の激しい金融市場において金利をコントロールするためには、瞬時に金融資産の取得、処分を行い、資金の供給、吸収を図ることが必要です。この点は、信用秩序維持のために資金供給を行う場合も同様です。資産の流動性を確保していくことは、日銀が財務の健全性を維持しつつ、その時々の政策課題に対して機動的に対応するためには、生命線とも言うべき重要な要件だと思います。

 以上が、日銀の保有資産や担保のあり方を吟味する際の原則ですが、そうした原則を踏まえつつ、その時々の政策課題の達成を後押しする効果を期待して、オペや担保のあり方をいろいろ工夫していくことになります。例えば、新しいオペを始めることによって金融市場の整備育成に間接的に貢献する、といったような工夫がこれに当たります。また、先の11月13日に決定した「最近の企業金融を踏まえたオペ・貸出面の措置」も、同様の考え方に基づくものです。今回の措置に、オペや貸出の手法を工夫することで、企業金融の円滑化にも貢献しうる、という狙いが込められていることは、対外的に公表した通りです。

3.いくつかの批判・疑問に答えて

 このような原則論を踏まえて次に、日本銀行のバランスシートに関連した、いくつかの批判・疑問にお答えしながら、日銀の考え方をさらに具体的に申し上げていくこととしたいと思います。

国債か民間債務か

 まず「中央銀行の資産は、安全資産である国債が中心であるべきではないか。民間債務を保有すると資産が劣化する。むしろもっと国債を買い入れるべきである」という疑問からお答えしたいと思います。

 最初に強調したい点は、日本銀行はすでにかなり多くの国債を買い入れ、保有しているという事実です。本年11月末の国債保有残高は、政府短期証券も含め約52兆円に達しています。これにレポ・オペで日本銀行が借り入れている国債約5兆円を合わせると、日銀資産の全体の約3分の2を占めるほどです。しかし、これは世界の中央銀行の中では決して一般的なことではありません。国債の保有比率が日銀以上に高いのは、米国が挙げられる程度です。欧州大陸の中央銀行は、手形や債務証書など、むしろ民間企業向け信用を利用して資金を供給しているため、国債の保有比率はさほど高くありません。明年1月に統一的な金融政策を開始する欧州中央銀行も、国債のほか民間債務を適格資産として幅広く認めています。

 もともと中央銀行は、英蘭銀行が商業銀行から発展してきたという歴史を有しているほか、その業務は、商業銀行の割り引いた手形を再割引するという手法によって、資金を供給してきたという伝統があります。従って民間債務のリスクを適切に管理しながら、資金供給手段として活用することは—必ずしも常に容易なこととは言えませんが—中央銀行にとっては、既に実践してきている技術の一つであるのです。日本銀行自身も国債の大量発行以前には、専ら手形を中心に民間債務を活用して資金を供給してきた歴史がありました。

 いずれにしても、中央銀行の資産の選択に当たって大事なことは、国債か民間債務かの選択ではなく、それぞれの金融市場の取引において、その資源配分に歪みをもたらさないこと、であろうと思われます。こうした原則の下で、例えば新しい市場の整備育成など、その時々の政策課題の達成のために必要であると判断されれば、今後も、日銀のオペや担保として健全な民間債務を選んで一層活用していく方針です。

日銀の取引相手の問題

 また「中央銀行はまず銀行部門に働きかけ、間接的に経済のコントロールを行うべきではないか。企業部門への直接的な働きかけは、中央銀行の恣意的な行動や非効率企業の延命にもつながりかねず、好ましくない」というご批判もありました。

 これは中央銀行として誰を相手に取引をすべきか、銀行だけに限るべきか、銀行以外とも取引すべきかという原理的な問題です。

 ここで取り上げたご意見は、日本銀行がこのところCPオペを拡大させるなど、民間債務の一層の活用を図っていることから、企業との関係の行き過ぎを懸念してのものですが、若干の誤解もあるようです。実のところ、CPオペは民間企業債務であるCPを日銀が買い入れるものではありますが、買入先は銀行などの金融機関であり、オペの相手方という点では従来と変わりはありません。買い入れる個別CPについても、日銀が適格なものと認めるものの中から金融機関が選択して持ち込むものであり、日銀がCPの銘柄をあらかじめ指定して受け入れるわけではありません。また、民間企業向け信用をリファイナンスする形で銀行に資金を供給するという意味では、例えば、手形を担保として銀行に貸出を実行するのと全く同じことなのです。

 とはいえ、オペなどの日銀取引の相手方を銀行部門以外にも拡大すべきかどうかは、検討に値する問題です。例えば、海外の例をみると、欧州中央銀行はオペの相手方を銀行に限るようです。しかし、米国では連銀のオペの相手方は、プライマリー・ディーラーと呼ばれる、連銀に口座を保有していない証券会社等によって占められています。また取引相手の問題を吟味する際には、インターバンク取引か、オープンマーケット取引かという切り口があります。仮に銀行を相手にすべきだとの議論であれば、インターバンク取引が中心となります。しかし、現在の世界の潮流はそうではなく、オープンマーケットを中央銀行の取引の場とするのが主流となっています。一方、日本銀行はどうかといえば、銀行に限らず、証券会社、短資会社等にも口座を開設し、その中から一定の条件を満たしている先を取引の相手方として選定しています。

 結局のところ、以上のようなことを考え併せると、中央銀行のオペレーションの相手先の問題は、金融構造の変化などを見据えながら、政策効果の浸透の早さや確実性、あるいは取引相手の信用力—カウンターパーティ・リスクの程度—などを吟味して、銀行部門に限ることなく選定していく、というのが合理的なように思われます。もちろんその際には、取引の場である短期の金融市場が質・量ともに充実していることが重要です。この点に関していえば、今後FB発行の公募入札化により、遠からず本格的な短期国債市場が誕生します。こうしたオープンな市場での取引が拡大し、金融サービスの担い手が多様化してくれば、日銀のオペの相手方についても見直しを図っていくものと考えています。

社債、株式等についての考え方

 一方、「日本経済は危機的な状況にあるので、日銀も社債や株式を積極的に買い入れるべきである。株式の買い支えは過去にもやったではないか。リスクが心配であるなら政府保証をつければよいではないか」という主張もされています。

 ここでは、「中央銀行は流動性を創出することはできるが、資本は創出できない」ということを強調したいと思います。つまり中央銀行として民間のリスクを肩代わりすることには、もともと大きな限界があるのです。また、このようなリスクの肩代わりで日銀資産が劣化すれば、本来の使命達成のための信認すら失いかねません。この点は、信用リスクや価格変動リスクの大きい株式については、新日銀法上も買い入れができないことになっていることでお分かりいただけると思います。従って株式を買い入れたり、それと同様のリスクを負うような資金拠出は行えない、というのが日銀の判断です。また同様の理由で、社債についても、買い切りの形で償還日まで保有するということであれば、適当とは言えないと考えています。

 仮に日銀の資産保有に際して政府保証がついたとしても、別な観点からの検討が必要となります。それは、日銀資産の長期固定化の問題です。例えばこのところ、預金保険機構向け日銀貸出が急増しています。政府保証がついているからといって、これが長期に亘って日銀資産として固定化されると、金融調節などの面で機動的な機能発揮に支障を来すことになります。また、これを放置してバランスシートを拡大させておけば、資産劣化の疑念が高まります。いずれにしても、日本の信認は低下し、日本の銀行や企業の海外での資金調達は無用なコスト高を強いられることになりかねません。

 わが国金融システムの現状を考えると、預金保険機構の業務の円滑な実施に必要な資金を短期的に供給することに躊躇するつもりはありません。しかし、その後は預金保険機構自身が、速やかに政府保証付きの債券発行や民間借入れに切り替えていくことなどにより、資金調達の安定化を図るべきでありましょう。日銀としては、今後も金融調節の面や「最後の貸し手」機能の発揮の面で機動性を確保していくつもりですが、そのためにも預金保険機構に対する多額の貸出を長期に亘って固定化するような事態は、是非とも回避していく必要がある、と考えています。

4.日本経済と金融システムの建て直しのために

 以上、本日は日本銀行のバランスシートを中心に据えてお話をして参りました。いよいよ本年も旬日を残すのみとなりましたので、最後に、来年に向けての日本経済の課題と日本銀行の決意を申し上げて、締めくくりとしたいと思います。

 冒頭に申し上げたような日本経済の現状からすれば、来年の課題も、まずは日本経済と金融システムの建て直しを図ること、ということになりましょう。従って日本銀行の役割も、(1)当面は現在の思い切った金融緩和を維持して、日本経済の建て直しをサポートすること、(2)金融システムの安定を確保するために必要な流動性を供給していくことの二点であり、この努力は惜しまないつもりです。

 しかし日本経済が直面している問題の本質は、流動性の不足というよりは、(1)資本—つまりキャピタルの不足と、(2)リスクを取ろうとする前向きの経済活力の減退であると思われます。従って、この解決のためには—これまでも申し述べてきたので詳しくは繰り返しませんが、要約すれば—第一に、金融機関が資本の増強を図り、資金供給機能を回復させること、第二に、直接金融の分野でも、投資家のリスクテイクが容易となるような基盤整備を一層急ぐこと、そして第三に、その前提として家計や企業の将来に対するコンフィデンスの回復を図ること、が是非とも必要です。

 通貨の世界では、明年1月から欧州統一通貨—ユーロが実現します。言い換えれば、巨大な経済圏をそれぞれ背後に有する「ドル」と「ユーロ」そして「円」の「三大通貨体制」が事実上形成されることになります。先に述べたわが国にとっての課題を解決していくことは、このような三大通貨の一翼を担う「円」が、国際的にみて使い勝手の良い、より信頼される通貨になること—これを私は、円の integrity を高め「尊敬される円」になること、と言っていますが—に他なりません。このことは、わが国自身が世界の資本や新たな経営のノウハウをより活用しながら、日本経済のさらなる発展を図っていくうえでも極めて重要なことだと思います。

 日本経済と金融システムの建て直しを確かなものとすること、そして、このことを通じて「信頼される円」の礎を築くこと、これらが来年の日本経済の大きな課題であります。日本銀行も金融政策や信用秩序維持政策の両面で、これらの解決のために環境を整備しつつ、その努力をサポートしていきたい、と考えております。

 ご清聴ありがとうございました。

以上