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年頭所感

(「金融」99年新年号掲載分)

1999年 1月 7日
日本銀行

 平成11年の新春を迎えるに当たり、わが国の金融経済情勢ならびに今後の政策運営等について、日頃の所感の一端を申し述べ、年頭のご挨拶に代えさせていただきます。

はじめに

 近年のわが国経済の動きを振り返ってみますと、バブル崩壊から多くの年月を経、またその間、各方面において様々な取り組みがなされてきたにもかかわらず、バブルの後遺症は根強く残り、はっきりした回復の展望がなかなか拓けない状態が続いて参りました。とくに、一昨年秋以降は、景気の悪化と金融システムの動揺が相互に強い影響を及ぼす中で、企業・消費者心理が著しく慎重化するといった、極めて厳しい状況が続いています。

 すなわち、一昨年春に、消費税率引き上げなどをきっかけとして景気の停滞が始まりましたが、同年秋には、大手金融機関の経営破綻が表面化し、それに伴う金融システムの動揺が、景気後退を決定付けるものとなりました。最終需要面では、金融機関の融資姿勢慎重化の影響を受けて、企業の設備投資が急速かつ大幅な落ち込みを示したことが、特徴的な動きでした。また、このような景気後退に伴って企業財務が徐々に悪化し、それが金融機関経営にも影響を及ぼすといった現象が生じました。

 これらを踏まえますと、現在のわが国経済は、「金融システムの建て直し」と「景気の回復」の二つを同時かつ早期に達成していかなければならないという、困難な状況に直面していると言えます。この点、昨年10月には、公的資金による資本増強を含む、金融システム建て直しのための新しい法的枠組みが整えられました。また、政府は、4月の総合経済対策に加え、11月には緊急経済対策を策定し、景気回復に向けての断固たる取り組み姿勢を示しました。日本銀行でも、金融面からの景気下支え効果を一層強めるとの観点から、9月に市場金利の低下を促す一段の金融緩和措置を決定したほか、11月には企業金融の円滑化に資することを狙いとして、オペ・貸出面に関する新たな措置を決定しました。

 本年については、これら施策の効果が、相乗的に作用し、金融システムの安定と景気の回復に繋がっていくことが強く期待されるところです。

 以下では、このような基本認識に立って、金融・経済面の幾つかの課題について、簡単に述べさせていただきたいと思います。

金融システムの現状と課題

 金融システム面では、残念ながら、一昨年秋に端を発するわが国金融システムの動揺は完全には収まっておらず、個々の金融機関に対する市場の不信感も依然払拭されていません。先にみましたように、金融システムの動揺が景気の悪化に繋がっている点も踏まえますと、やはり金融システムの建て直しが、早急に達成しなければならない大変重要な課題と思われます。そのためには、まず、不良債権の抜本的な処理と、自己資本の強化によって、金融機関に対する市場の信認を取り戻す必要があります。また、21世紀を目前に控え、効率的で活力ある金融システムに再構築していくことも、避けて通れない課題と言えます。

 昨年10月には、金融再生法、金融機能早期健全化法の成立をはじめとする一連の法整備がなされ、不良債権問題の解決を通じた金融システムの安定化に向けての枠組みが一段と強化されました。具体的には、健全性確保が困難な金融機関については、実体経済に重大な悪影響を及ぼすことなく、円滑に対処できるよう、「特別公的管理」制度などが導入されました。一方、金融機関経営の健全性を早期に回復するため、公的資金による資本増強を行う新たな枠組みが用意され、その投入の基準も明確にされました。さらに、これらの枠組みに対する公的資金の総枠も、それまでの30兆円から60兆円へと大幅に拡充されました。

 今後の課題は、こうした枠組みをいかに的確かつ十分に活用していくかという点です。金融機関が、市場からの信認を確保していくためには、まずは自らが、不良債権の現状やその処理の道筋について、創意工夫を凝らしつつ、しっかりとしたディスクロージャーを実施していかねばなりません。また、不良債権の処理に当たっては、償却・引当て等の会計上の処理だけではなく、可能な部分から流動化を行いバランスシートから切り離すことで、潜在的なロスの確定やキャッシュフローの改善を図ることが、金融機関の本来の融資機能を回復していくうえでも重要です。さらに、不良債権を抜本的に処理する過程で、十分な資本を維持できないような場合には、市場における信認の回復を図るべく、公的資金の活用も含め、思い切った資本増強策を講じることが、必要であると思います。

 もとより、不良債権処理と資本増強のみで金融システムの再生が完了する訳ではありません。各金融機関では、21世紀を展望して経営のあり方を大胆に見直していく必要が益々高まってくるでしょう。金融再編の大きな流れも睨みつつ、不採算部門からの撤退や得意分野への集中的な経営資源の配分といった、より戦略的なリストラクチュアリングの断行が、今まで以上に求められてくると思います。

 翻って、日本銀行の対応についてでありますが、金融システムを巡る環境が極めて厳しい中にあって、「信用秩序の維持」のために「最後の貸し手」として金融システムに対する流動性供給を着実に行って参りました。その中には、破綻金融機関の最終処理までの間におけるつなぎ資金としての日本銀行法第38条に基づく貸出——いわゆる特融——や預金保険機構に対する所要資金の貸付けのほか、市場の流動性が一時的に低下した場合の対応としての市場に対する潤沢な資金供給も含まれています。

 日本銀行としては、金融システムの再生を一刻も早く実現すべく、またその過程で、万一にも国内及び海外の市場に大きな混乱が生じないよう、中央銀行の立場から引続き最大限の努力を傾注していく所存であります。

 この間、決済システムの分野においても、日本銀行は日本銀行当座預金決済のRTGS化と同様、国債決済のRTGS化を西暦2000年末までに実現する方針を決定し、その基本的な要件を固めるなど、市場関係者の方々と協力しながら、日本全体の決済システム安定のために努力を続けております。

国内経済動向と金融政策運営

 次に、国内経済動向についてでありますが、昨年は、設備投資を中心に民間需要が減退したほか、アジア地域の通貨・経済調整を背景に、同地域向け輸出が急減する中で、生産は減少傾向を辿りました。こうした最終需要や生産の動向を受けて、企業収益は大幅に減少し、雇用・所得環境も悪化を続けました。また、物価も、需給ギャップの拡大が続いたことを背景に、全体として下落傾向を辿りました。

 こうした経済情勢のもとで、企業金融を巡る環境が次第に厳しさを増すこととなりました。金融機関の融資姿勢は、実質的な自己資本の目減りや、金融機関自身を取り巻く資金調達環境の厳しさ、さらには企業財務の悪化などの要因が、複雑に絡み合って、総じて慎重化しました。そうした中で、秋口以降は、ロシア金融危機の発生をきっかけとして、世界的に信用リスクに対する警戒感が高まったこともあって、資本市場における金融機関や企業の資金調達がさらに困難化しました。また、これらを受けて、金融機関の貸出姿勢も一段と慎重化したため、企業金融の逼迫感が強まることとなりました。

 以上のような状況に鑑み、日本銀行は、9月9日に、無担保コールレートの誘導目標を0.25%前後に引き下げるといった、一段の金融緩和措置を決定しました。また、11月13日には、CPオペの積極的活用や民間企業債務を担保とした臨時貸出制度の創設など、企業金融の円滑化に資することを狙いとしたオペ・貸出面の新たな措置を講じることを決定しました。こうしたもとで、日本銀行は、潤沢な資金供給を行い、金融市場の安定と景気の下支えに努めてきております。政府でも、4月の総合経済対策に加え、8月には信用保証制度拡充などの貸し渋り対策を決定し、11月には公共投資の追加や個人所得・法人課税減税などを盛り込んだ総事業規模が20兆円を大きく上回る緊急経済対策を策定しました。

 これらの対策や前述の金融システム対策の効果などから、昨年末にかけては、金融・資本市場が一頃に比べやや落ち着きを取り戻したほか、実体経済面でも悪化テンポが和らぐ兆しがみられました。本年の景気につきましては、設備や雇用の大幅な過剰感などを考えますと、民間需要が速やかに回復することは、必ずしも容易ではないかもしれません。しかし、以上のような対策が相乗的に作用することによって、企業・消費者心理の回復に繋がっていけば、わが国経済の将来展望も、徐々に切り拓かれていくものと期待しています。

 日本銀行としましては、引き続き、金融面から景気をしっかりと下支えするよう、最大限の努力をして参る所存です。

むすびに代えて

 以上縷々申し上げて参りましたが、本年は、21世紀を目前に控え、日本経済にとって極めて重要な1年になると思われます。

 欧州では1月から長年の悲願であった通貨の統合が実現するなど、世界は激しく動いています。日本経済も、そうしたダイナミズムのうねりを真正面から受け止めて、自らの構造改革を実現し、新たな発展を目指していくことが必要です。これは、わが国自身のみならず、世界にとっても、重要なことと確信します。この点、金融面でも、金融市場の一層の整備・育成を進めていくことも、待ったなしの課題となります。そのことは、国内のみならず、海外からみても円の使い勝手を良くし、円の国際化にも資するものと考えます。

 こうした状況のもとで、金融機関や企業におかれましては、不良資産の処理などバブル後遺症の克服に一段と注力されるとともに、新しい時代に即した経営戦略の確立に向けて最大限の創意・工夫を発揮され、しっかりと足固めをされることが重要な課題と考えられます。私ども日本銀行としましても、そうした民間の活力が前向きな経済活動につながり、物価安定を伴なう持続的な経済成長と金融システムの再生が実現するよう、中央銀行の立場から全力を傾注して参りたいと存じます。

以上