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次の世紀に向けて ----新生日銀の対応状況

平成11年7月29日 経済倶楽部における日本銀行藤原作弥副総裁講演

1999年 7月29日
日本銀行

1. はじめに

 本日は、経済倶楽部にお招きいただき、各界でご活躍されておられる皆様に、私どもが考えていることをお話する機会を得ることができ、まことに光栄に存じます。

 私は、昨年の3月20日に日本銀行の副総裁を拝命いたしました。それまでは、こうした講演の場などでは、ジャーナリストのひとりとして取材する側におりました。それが、本日、尊敬する先輩である高柳理事長にご紹介いただいたうえで、いわば、攻守ところを代えて、皆様にお話をさせていただくこととなり、身の引き締まる思いがいたします。また、世の中の変化の激しさのなかに自分自身も巻き込まれていることを、強く感じている次第です。

 本日は、「次の世紀に向けて──新生日銀の対応状況」と題しまして、激しい時代の変化のなかで、二十一世紀に向け、我々日本銀行が取り組んでいること、考えていることを、皆様に率直にお伝えし、ジャーナリスト出身のセントラルバンカーとして感じている責務を、多少なりとも果たさせていただきたいと思います。

 具体的には、次の3つのテーマを取り上げます。

 第一は、新生日銀の「新生」たるゆえんであります。日本銀行では、その根拠法である「日本銀行法」が約半世紀振りに抜本的に改正され、昨年4月から施行されました。新しい日本銀行法は、改めて申すまでもなく、新しい時代の要請に沿うよう日本銀行を変えるために改正されたわけですが、では何がどう変わったのか。これが3つのテーマのうちの第一です。

 第二は、コンピューターの2000年問題と、この問題に対する日本銀行の取り組みです。次の世紀に向かう日程のなかで、コンピューターの2000年問題は、世界各国で、またさまざまな業界において、大きなハードルと捉えられています。本席では、わが国の資金決済システム、あるいは金融そのものが直面しているコンピューターの2000年問題について、日本銀行がどのように取り組んでいるか、取り組もうとしているかを紹介いたします。

 第三のテーマとしては、金融システムのセーフティネットの問題を取り上げたいと思います。現在、2001年3月末までの時限措置として、包括的なセーフティネットを構築しています。この期限が到来する2001年4月以降のセーフティネットのあり方──いわば「2001年問題」──について、私どもが日頃考えていることなどについて、お話したいと思います。

2. 新日銀法施行後の日本銀行の変化

 まず、本日の第一のテーマである、「新生日銀の『新生』たるゆえん」について、お話しいたします。

 私は、昭和37年に報道界に身を投じて以来、約36年間、ほぼ一貫して金融経済関係の報道に携わってまいりました。こうしたなかで、平成8年の秋には、金融制度調査会に設けられた日本銀行法改正小委員会の委員として、日本銀行法の改正にも関与させていただきました。こうした経緯もありまして、昨年3月、はからずも日本銀行の副総裁を拝命した次第ですが、昨年春以降の日本銀行の変革は、私がこれまでずっとみてまいった日本銀行の歴史のなかでも、特筆に値するものと考えています。

 「新しくなったこと」を、具体的に、あえて3つ挙げるとすると、それは、

  1. (1)まず、新しい政策委員会のスタートとともに、政策決定プロセスが大きく生まれ変わったこと、
  2. (2)次に、情報開示面で、議事要旨や半期報告等、飛躍的な進展を実現したこと、
  3. (3)第三に、内部管理面も含め、新しい時代に適合するための自己改革を加速させていること、

の3点になると思います。

政策決定プロセスの革新

 最初に、新しい政策委員会を得た後の「政策決定プロセスの革新」についてですが、新しい日銀法の下では、総裁、副総裁、審議委員の合計9名からなる政策委員会が、名実ともに最高意思決定機関となっています。

 日銀法改正前は、政策委員会とは別に、総裁、副総裁、理事からなる役員集会──「円卓」<まるたく>という通称で呼ばれていました──があり、政策委員会の役割が見えにくかったうえ、この役員集会で、事実上金融政策が決定されてきたとの批判がありました。

 これに対し、今の政策委員会は、非常に活発な議論が行なわれる場となっています。特に、金融政策運営を決定する「金融政策決定会合」は、──原則として毎月2回の頻度で定例会合が開かれるのですが、──文字どおり「談論風発」の場です。私は当初2~3時間程度で終わるのではないかと思っていましたが、最も長かった会合は、昼食を挟んで約9時間かかりました。今年に入ってからも、6~7時間にわたることが殆どで、活発な議論が行なわれています。

 一部の報道には、「執行部の意見が政策決定会合の決定を左右している」とか「執行部のシナリオがあらかじめ用意されている」とかいった憶測もみられます。しかし、これは完全な誤解です。会合では、総裁も副総裁も、9名のメンバーのうちのひとりひとりに過ぎず、各々は、景気情勢や金融政策判断について、席上でどのような主張をするかをあらかじめ十分に準備したうえで、その会合に臨んでいます。そして、先程も申し述べましたように、長い時間をかけて、徹底的に議論するわけです。

 政策委員会について、もうひとつ重要なことは、それが単独の意思決定機関であり、かつ、執行部と明確に分離されたことです。この「意思決定と執行の分離」は、法改正前の日本銀行にはもちろん、従来の日本の大手企業にも、あまりみられませんでした。最近、日本の企業で「執行役員制」の導入が増えてきていますが、「意思決定と執行の分離」の意味では、日本銀行はその最も早い例のひとつといえるでしょう。

 昨年春に新しい政策委員会が発足したことによって、「意思決定と執行」の責任の所在が明確化し、日本銀行という組織に、良い意味での緊張感がもたらされた、と思っております。

情報開示・透明性の向上

 「新しくなったこと」の二番目は、情報開示面で飛躍的な進展を実現したことです。具体的には、日本銀行の政策・業務運営の内容や考え方を、わかりやすく国民や市場に説明していくことを心掛けている、という点です。

 日本銀行における情報開示の改善努力は、例えば、森永総裁が「開かれた日銀」を標榜されたように、これまでも継続的に続けられてきました。しかしながら、外部から「もっと情報の開示を」との声があったことも事実です。私自身、日本銀行を取材していた時代に、そうした主張を繰り返していました。

 その後、日本銀行法が改正され、「独立性と透明性」が新しい日本銀行の基本理念となり、「アカウンタビリティ」すなわち、外部に対する説明の責任が、重視されるようになりました。しかしながら、私どもがこの「アカウンタビリティ」を重視しているのは、単に「責任として与えられたから」というわけではありません。日本銀行が、政策・業務運営を行なう際には、何よりも国民から「信認」されていることが大切です。また、「日銀に仕事を任せておけば大丈夫だ」と受け止められることが、政策・業務運営の「独立性」を確保していくうえでの大前提でもあります。だからこそ、日本銀行は、みずからの仕事の内容を、国民にきちんと説明し、「透明性」を高めていく必要があるわけです。

 昨年以降、金融政策決定会合の議事要旨の公表や、半年に1回の金融政策運営に関する報告書の国会提出、さらに日本銀行の業務運営・財務状況を説明した業務概況書の公表などが始まっています。なかでも、金融政策決定会合の約1か月後に公表される議事要旨については、欧米諸国の中央銀行の例と比較した場合にも、はるかに詳細で、論点も明確になっている記録であると評価されています。

 また、総裁記者会見が毎月行なわれるほか、総裁の国会答弁は新法施行後の1年間で106回に達しました。さらに、「質問を受けて答える」のではなく「積極的に考え方を説明する」講演も、総裁だけでなく、副総裁や審議委員も含めて、頻繁に行なわれています。いわゆるボードメンバーによる講演は、最近3か月間で14回、今月7月1ヶ月だけで、この席を含め、6回にも上ります。

 日本銀行がインターネット上に開設しているホームページも、広く使われています。ここには、政策決定会合の議事要旨、各種講演の記録、様々な論文、短観などの統計調査結果などが、豊富に掲載されており、幅広く活用されています。新日本銀行法施行後の1年間の、インターネット・ホームページへのアクセス件数は、約780万件、1日平均2万件以上、前年比でみると2.3倍と目立った増加を示しています。

 もちろん、情報の開示は、回数や頻度のみによって評価されるべきものではなく、結果としての情報の伝わり方、理解のされ方、といった質的な面でも評価されるべきものと考えます。そうした意味で、私どもは新法施行後の外部との情報の受発信をよりよいものとするよう、引き続き努力を重ねていく考えであります。

 政策運営の透明性向上に関して、もう一点、私どもでは、最近いわば「対話型の政策づくり」を心掛けている点も付け加えさせていただきたいと思います。例えば、日銀当座預金決済の方法に関する改善、あるいは、統計の作成などについて、ある程度の案を作った段階で、広く「パブリックコメント」を求め、いただいた意見を咀嚼したうえで、新しい政策を打出していく、といったプロセスを、一昨年の末以降、活用しています。こうした「パブリックコメント」の募集は、いわば「対話型」の政策立案手法として、最近、政府においても積極的に検討されている、新しいアプローチであります。

自己改革の加速

 「新しくなったこと」の三番目は、内部管理面も含め、新しい時代に適合するための自己改革を加速させていることです。

 日本銀行は、昨年春に人事制度の抜本的な改正を行なったほか、行内の組織の改編、服務に関する準則・給与等の支給の基準の公表、福利厚生施設の全廃方針の決定、支店長の居住する社宅の売却や規模の縮小といった保有資産の見直しなど、次々と改革を進めています。また、銀行の外の経営コンサルタントも導入して、効率的な組織運営への方策を模索する作業も進行中です。

 こうしたいわば「内部管理」的な事項は、従来の発想の下では、「公表対象」ではなかったと思います。しかしながら、先程も申し上げましたとおり、日本銀行の活動についての理解と支援を得ていくためには、積極的な情報開示が必要と考えており、「公表できるものは、極力公表していく」ということに努めております。

 昨年の春以降を振り返りますと、日本銀行の内部管理関係について、多くのご批判やご意見を頂戴したところです。我々自身、反省すべきところは反省し、見直すべきところは見直していくために、内部の作業を続けてきています。

 ただ、この点で、これまでの日本銀行の内部の改革について、仮にも「他銀行等のリストラに追随するため」とか、「批判報道があったから」、といった捉え方があるとすれば、それは違います。外部から厳しい批判を受け、それを真摯に受け止めてきたのは事実ですが、同時に、日本銀行が最近加速させている内部改革の多くが、自発的なものであることも事実です。この点は、私自身が日銀の外から内部に入って、強く印象づけられた点であり、皆様方にも、ぜひご理解いただきたく、あえてお話する次第です。

 例えば、昨年の4月に、組織の改編を行ない、あわせて意思決定の迅速化や、業務遂行の効率化を企図したラインの短縮化を行ないました。また、同時に、総合職の年功給を廃し、担当職務と能力・業績のみで給与を決める新しい体系を導入しました。これらの制度改正自体、日銀法改正が具体的に議論される前から、行内で「二十一世紀に通用する中央銀行の組織、人事制度を」という意識の下で、日本銀行の内部で、自発的に検討・準備されてきたものです。

 先日、佐渡で朱鷺が生まれたときに、「そっ啄の機」という言葉が言われました。禅家の「碧巌録へきがんろく」という書物に出てくる言葉です。その意味は、「親鳥が殻の外からコンコンと「生まれてこい」と叩くのと、殻の中のヒナが「ボク、生まれたいよ」と内側からトントンと叩くのと、一緒になってパカッと卵が割れる」。日銀の改革も、そういうものであったと思います。

3. コンピューター2000年問題と日本銀行

コンピューター2000年問題とは

 さて、次に、本日の二番目のテーマである「コンピューター西暦2000年問題」への対応についてお話したいと思います。

 皆様ご承知のとおり、この問題は、コンピューター・システムが本来4桁の西暦を下2桁で認識しているため、2000年1月1日以降、年数を表す下2桁が「00」となり、これによって誤ったデータの処理やその他のシステム上の混乱が発生する問題です。皆様の組織でも急ピッチで対応作業が進められていることと思います。

 2000年問題は、言うまでもなくコンピューターを利用するあらゆる産業にかかわる問題ですが、金融業でも、今では殆どの業務がコンピューター・システムによって処理されていると言っても過言ではありません。

 金融機関は、様々な決済システムに参加していますが、そこでは、人々の日常生活や経済活動にかかわるあらゆる資金の決済が行なわれています。このため、万が一問題が発生した場合には、資金決済ができなくなって、それが複数の金融機関を巻き込んだ混乱へと発展するリスクが存在します。

 この点をもう少し具体的に申し上げますと、例えば、ある金融機関が2000年問題への対応に失敗すると、支払期日などの取引データの管理や金利計算、さらには経理処理が適切に実行できず、預金や貸出、決済などの通常サービスを正常に行なえなくなります。これらの金融機関は、相互の債権・債務関係によってきわめて密接につながっているため、ある金融機関でこうした混乱が生じた場合には、予定されていた資金の支払ができなくなり、その支払不能が決済システムを通じて他に連鎖的に波及してしまうリスクがあります。言い換えると、日本銀行が金融システムの安定を確保していくうえで、日頃最も留意している「システミック・リスクの顕現化」という事態が、2000年問題を原因として発生しないとも限りません。

 加えて、2000年問題には、このような大きな問題に発展する危険性がある以上、市場参加者の見方次第では、市場における金利の形成や流動性の状態などに、さまざまな影響が出てくる可能性もあります。

日本銀行のこれまでの取り組み

 このように、コンピューター2000年問題には、金融システムの安定や金融政策の運営にもかかわってくる要素が数多くあるため、日本銀行では最重要案件のひとつとして、鋭意取り組んでまいりました。

 日本銀行が行なってきた取り組みをもう少し具体的に申し上げますと、大きく2つに分けることができると思います。ひとつは、日本銀行自身のコンピューター・システムや設備・機器を2000年問題にきちんと対応できるようにすることです。日本銀行もその業務を行なうため様々な形でコンピューターに依存しています。とりわけ、金融機関同士の最終的な資金決済や国債決済の業務を行なうため、「日銀ネット」というコンピューター・ネットワークを自ら運営しており、これがわが国決済システムの基盤を成しておりますので、特にその2000年問題への対応には細心の注意を払ってまいりました。日銀ネットについては、早くから必要な改善やテストを重ね、本年1月から既に2000年以降も正常に稼働するよう改善したシステムを稼働させております。

 日本銀行が行なってきたもうひとつの取り組みは、金融機関や民間決済システムの対応を後押しすることです。個別金融機関の対応については、各金融機関が自らの経営上の重要問題として位置づけ、自己責任でその対応を行なっていくのが基本ではありますが、日本銀行では、実地考査等を通じてその対応状況について話を聞き、必要に応じ改善の方策につき助言を行なっています。特に、昨年10月からは、大手行を中心に幅広い先を対象に、2000年問題に焦点を絞ったいわゆる「ターゲット考査」を実施してまいりました。それによりますと、各金融機関とも、「過去約1年間に各種の対応を急ピッチで進めてきており、なお改善の余地は残されているが、年末までに対応終了が困難と見込まれる重大な問題を抱えた先は見当たらない」と評価しておりまして、去る5月に、その旨を公表しました。

 一方、決済システム面では、日本銀行は全銀システムなど、各種民間決済システムの運営者と共同して、いわゆる「インダストリーワイド・テスト」を企画・実施してまいりました。これは、日銀ネットと各種決済システムの間で、2000年の日付のついたデータが正常にやりとりされることを確認するため、一斉にシステムを動かして行なう大規模なテストです。昨年12月、本年2月、5月、6月の4回にわたって行なったこうしたテストでは、いずれにおいても2000年の日付がついたデータが正常に処理されており、参加した決済システムや金融機関の対応が順調に進んでいることを確認しています。

 ところで、システムのメンテナンスやテストをしっかりと行なうことによって、2000年問題の発生リスクを小さくしていくことができるわけですが、あわせて、万が一問題が発生した際の「危機管理計画」──英語で言うところの「コンティンジェンシー・プラン」を策定することも不可欠な対策です。

 日本銀行では、昨年11月に「コンティンジェンシー・プラン策定上の留意点」と題する指針を公表して、各金融機関の参考にしていただくとともに、本年6月末までに同プランを策定することが望ましい、との目安を示しました。さらに、本年5月にターゲット考査の結果を踏まえて発表した「自己点検ポイント」のなかでも、コンティンジェンシー・プラン策定にあたり特に留意すべき事項や参考となる事例を数多く紹介し、金融界の対応を促してまいりました。

 また、日本銀行自身も自らのコンティンジェンシー・プランの策定とその充実を着実に進めており、本年4月にはその概要を公表したほか、今月13日には、4月以降の重点事項の検討結果を公表しています。

 日本銀行のコンティンジェンシー・プランは、各部署の緊急時対応策や銀行内外との情報連絡体制のほか、模擬訓練や年末年始の点検・テスト計画など幅広い項目を含んでいますが、その策定にあたっては、2000年問題で万が一相当困難な状況が生じても、可能な限り中央銀行としての責務を果たせるような体制を確保していくことを基本としています。例えば、日銀ネットで行なっている事務については、万が一日銀ネットが正常に動かなくなった場合、書面を用いた手作業に移行してでも可能な限り事務を継続していく方針を盛り込んでいます。

 さらに、日本銀行のコンティンジェンシー・プランでは、金融システムや金融市場の安定性確保の面にも留意しています。例えば、2000年問題に関連する金融機関の資金繰り等の流動性対応については、市場関係者自身の努力が不可欠ですが、日本銀行としても、市場の状況を注意深く見守りつつ、必要に応じ、適切な対応を図っていく所存です。また、日本銀行では、日頃から相当の規模で銀行券需要が増大する事態も念頭において銀行券を備蓄しておりますが、本年末においては40兆円程度の備蓄を有する見通しであり、2000年問題を契機に万が一銀行券需要が増大しても十分対応可能であると考えています。

 このようなお話をしておりますと、「日本銀行はかなりの確率で問題が発生することを予想しているのではないか」との印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、決してそういうことではありません。わが国の金融界の対応は、先程申し上げましたように基本的に順調に進んでいます。当初は海外から遅れを指摘するような見方もありましたが、最近では対応の進捗が認識され、海外からも「先進国のなかでも最も対応が進んでいる方である」と評価されるに至っています。ただ、2000年問題は、自らが100%万全の備えをしていたとしても、例えば、取引先のシステムがダウンして予定していた資金が入金されなくなり、資金繰りに問題が生じてしまうといった具合に第三者の混乱・影響を受けやすいことが特徴です。したがって、「備えあれば憂いなし」の状態でこの年末年始を迎えることが重要であり、その意味で、コンティンジェンシー・プランは2000年問題への対応を仕上げる対策として不可欠である、ということになるわけです。

関係者の情報開示の重要性

 さて、システムの改善、テスト、コンティンジェンシー・プランの策定といった直接的な対策に加え、日本銀行が2000年問題対応にあたって、もうひとつ心掛けてきたことがあります。それは、「適時適切な情報開示」ということです。

 2000年問題については、情報不足により誤った認識や風評が生じ、場合によっては市場や社会的心理の動揺が起こるリスクが指摘されています。例えば、ある金融機関が実際は対応を万全に行なっていたとしても、その対応に関する適時適切な情報開示を怠ると、取引先や市場によって「その金融機関の2000年問題への対応は進んでいないのではないか」と誤解されてしまう可能性があります。最悪の場合、これにより顧客や取引先が2000年問題に関して相対的に安全であると考えられる他の金融機関へ逃げていき、当該金融機関が取引や流動性の確保といった面で何らかの困難に直面してしまう事態も起こりかねません。また、こうしたリスクは、何も個別の金融機関や金融界に限ったものではなく、各業界、さらにはわが国全体というレベルでも存在するものといえましょう。

 したがって、2000年問題への対応を進めていくうえで、適切な情報発信をできる限り積極的に行なって、これによって市場関係者や国民一般のコンフィデンスを高めていくことが非常に重要となります。もちろん、情報の開示にあたっては、不安を煽らない表現や情報発信のタイミングなど留意する点はありますが、適時適切な情報開示は円滑な2000年への移行を支える基礎条件のひとつと考えられます。

 日本銀行でも、このような観点から、2000年問題への対応に関して積極的な情報開示を行なってまいりました。例えば、先程申し上げた本年4月の日本銀行の公表は、主要な中央銀行としてコンティンジェンシー・プランを包括的に開示した初めてのケースでした。また、日本銀行のホームぺージにアクセスして2000年問題のコーナーを開いてご覧いただきたいと思いますが、日本銀行では金融界の対応状況に関するレポート、金融機関向けの各種指針、インダストリーワイド・テストの内容や結果など、2000年問題に関し相当な量の資料を公開しています。さらに日本語だけの情報発信では、海外では単に「英語の情報がない」ということを理由に誤った認識が生じるリスクもありますので、ほとんどの資料について、英語版も用意しております。先程、「日本銀行が新しくなった」ことのひとつとして、「情報開示面における飛躍的進展」を挙げましたが、日本銀行が行なってきた2000年問題に関するこうした対応も、まさに思い切った情報開示を行なってきた典型的な例といえるわけです。

今後の課題

 2000年問題への対応について、今後年末までに重要と思われることを、2点述べておきたいと思います。

 まず第一は、言うまでもなく、残された時間で必要な作業をしっかりと行なうということであります。特にコンティンジェンシー・プランについては、年末にかけてそれをより充実させ、模擬訓練も行なってプランの有効性や問題点を調べてみることが肝要です。なお、日本銀行では、本年5月に、先程もご紹介した「自己点検ポイント」を公表しましたが、この資料は、年末までの対応をチェックするうえで金融機関のみならず、それ以外の組織にとっても有益な情報が含まれているかと思いますので、広くご活用ください。

 第二に、「情報」に関連した対策に一層留意して取り組んでいく必要があります。2000年問題に関する各分野の取り組みは進んでいますが、それにも拘わらず、年末が近づくにつれ、社会的な不安が高まってくる可能性があります。こうしたなかで、センセーショナルな報道をきっかけに市場の混乱やパニック的な行動が発生するリスクも否定できません。そうしたリスクを小さくするためには、先程も述べましたように、適切な情報開示を行なって、安心感を高めていく必要があります。そのためにも、顧客や関係者に対する情報開示の体制や広報面での戦略を今一度チェックしていくことが有益であると考えられます。

 もうひとつ「情報」に関連した対策として、問題が発生した際に備えて関係者との情報連絡体制をしっかりと構築していくことも重要です。そのためには、まず各組織で緊急時の連絡窓口や関係者のコンタクトリストを作成していくことが不可欠です。日本銀行では、9月から行内に「インフォメーション・センター」を組成して全行的な情報連絡体制を整備する予定であり、これに向け、国内外の関係者との間でコンタクトリストの第1版を作成したいと考えています。

4. 2001年以降のセーフティネット

 ここで、最後に、本日の三番目のテーマである、2001年4月以降の預金保険制度のあり方、つまり新聞等で「2001年問題」あるいは「ペイオフ解禁問題」と呼ばれている問題について、お話したいと思います。この問題は、関係者の議論が始まってからなお日が浅く、日本銀行としてもまだ固まった考え方を持っているわけではありませんが、現段階で取敢えず留意している点などを、ご紹介したいと思います。

最近数年間の金融システム問題と対応

 金融機関が破綻した場合でも金融システム全体の安定が損なわれないようにするための措置、いわゆるセーフティネットについてみると、現在わが国においては、これ以上ないくらいに万全な措置が講じられているといえます。まずは、そうしたセーフティネットがどのように構築されてきたかを簡単に振り返ってみたいと思います。

 わが国の預金保険制度は1971年に創設されました。制度発足当初は、破綻金融機関の預金について100万円までの保険金を支払う、いわゆるペイオフのみの制度に止まっていました。保険金の限度額は1974年に300万円に増額された後、1986年には、1,000万円に引き上げられました。この86年には、合併や営業譲渡などによって破綻金融機関を処理するため、預金保険機構が資金援助を行なう制度も導入されました。その後、いわゆるバブル経済の崩壊によってわが国の金融システム全体が不安定になるなかで、1994年12月の東京協和・安全の2つの信用組合を始めとして、中小金融機関の破綻が相次いで表面化するようになりました。こうした事態に対処すべく、1996年6月には、2001年3月末までの時限措置として、預金を含めたすべての債務について全額保護を可能とするための、特別資金援助の制度が設けられました。しかし、1997年11月には再び、山一証券、北海道拓殖銀行といった大型破綻が相次ぎ、海外市場でジャパン・プレミアムが急騰するなど、日本の金融システムは深刻な危機に直面しました。このような事態の一層の深刻化を受けて、政府は、昨年2月には、破綻処理および資本増強のために、交付国債や政府保証により30兆円の財政的な手当を行ないました。その後、昨年10月には、金融再生法と早期健全化法が制定され、2001年3月までの時限的な措置として、特別公的管理あるいは金融整理管財人による管理などの破綻処理の枠組みや、金融機関に対する公的資本増強の枠組みが抜本的に整備されました。そして、預金その他の債務を全額保護するための財源と合わせ、政府保証の増額により財政的な手当も総額60兆円に倍増されました。こうした枠組みの下で、昨年末までに、日本長期信用銀行および日本債券信用銀行が特別公的管理の下に置かれ、そして、本年3月には大手銀行を中心に総額約7.5兆円の公的資本増強が行なわれたことは、ご記憶に新しいことと思います。

現在の体系体制の評価と見直しの必要性

 こうした立法府や当局の一連の思い切った対応に加え、もちろん各民間金融機関の努力もあって、金融システムに対する不安感もようやく薄らいできているように思います。その意味で、今行なっている措置は、わが国金融システム全体の安定を維持する観点からは、必要かつ止むを得ないものといえましょう。ただ、こうした特例措置、中でも破綻した金融機関の預金を含めすべての債務を全額保護するという措置は、金融システム安定のための効果は大きい反面、納税者の負担を含め、きわめて大きなコストを要していることも事実です。また、金融機関が破綻してもすべての債務が返済されるため、どの銀行と取引しても同じということになり、預金者や市場による金融機関に対するチェック機能が働かないという、いわゆるモラルハザードの問題も伴っています。本来、こうした自己責任、市場のチェックという考え方は、現在進められている日本版ビッグバンの基本精神でもあります。その意味でも、すべての債務を全額保護するという措置をいつまでも続けることには問題があると考えざるを得ません。

ペイオフ解禁延期論についての考え方

 特例措置等の期限である2001年3月を控え、「ペイオフ解禁」の是非に関する議論が注目を集めています。ただ、「ペイオフ解禁」の延期を主張する議論においても、現状のような無制限での保護措置を未来永劫続けるべきであるという考え方ではないように窺われます。つまり、金融システム全体が著しく不安定な状況のなかでは、思い切った保護措置が必要であり、2001年3月迄には現状のような保護措置を解除できる程、金融システムに対する信認は回復できないのではないか、ということです。この点は、新しいセーフティネットの枠組みも含め、最終的には国民の判断に委ねられるべき事柄ではありますが、私どもとしてはまず、現在整備された枠組みを活用して残された1年半余りの間にわが国金融システムに対する信認を可能な限り回復するよう、最大限努力していくことが何よりも重要だと考えているところです。また、そうした努力を実効あらしめるためには、「安易に現在の特例措置の延長を視野に入れることは適当ではない」と思います。

 あわせて、現在の特例措置を廃止した後のセーフティネットの設計作業もきわめて重要な課題です。これについては、大蔵省の金融審議会において検討が行なわれており、今月6日に中間的な論点・意見の整理が公表されました。この中間的整理のなかでは、結論めいたことは示しておらず、今後具体的に検討すべき論点と、それぞれについての賛否両面からの様々な意見がリストアップされています。そこで示されている論点は多岐にわたっており、容易には結論づけにくいものも数多く含まれています。新しいセーフティネットとしてどのようなものを設計していくかという問題はすべての預金者、つまり広く国民全体に影響のある話ですから、幅広い議論を踏まえつつ、できるだけ早期にその概要を示していくことが重要であろうと考えています。

新しい破綻処理の枠組みについての考え方

 新しいセーフティネットに関する検討は、以上のとおり、まさにこれから本番に入っていくということになりますが、この段階でも皆さんにぜひ理解していただきたいことが幾つかあります。

 まず第一に、「ペイオフ解禁」と言っても、これは、現在のような金融機関のすべての債務を保護するという特例措置を廃止するということであり、いわゆる「狭い意味でのペイオフ」──すなわち、破綻した金融機関の業務を停止し、債権・債務関係をすべて文字どおり清算したうえで、当該金融機関を消滅させる──という措置を例外なく適用することではないということです。欧米主要国の事例をみても、こうした狭い意味でのペイオフは、経済的、社会的なコストがきわめて高い処理方法ということで、むしろ、例外的なケースでしか発動されていないようです。つまり、処理の中心は、他の健全行にその営業の一部または全部を引継ぐ、いわゆる営業譲渡によっており、その過程で預金者を含む債権者が応分の負担をするということです。

 そうした意味では、「ペイオフ解禁」という言葉の意味を明確にし、この言葉のみが一人歩きして、国民の皆さんに必要以上の心配をかけないようにしておく必要があります。すなわち、現実には「ペイオフ解禁」といっても、「破綻した金融機関は、すべて保険金だけを支払って、跡形もなく清算します」と言っているわけではありません。正確には、特例措置を廃止することによって、「これまでのように破綻金融機関に生じたすべての損失を国や預金保険機構が負担するのではなく、預金者や一般債権者にも応分の負担をしてもらいます」ということです。

 第二に明確にしておきたいことは、2001年4月以降、ペイオフにしても、営業譲渡による処理にしても、預金者1人につき1,000万円までは保護されるということが強調されていますが、だからといって、預金のうち1,000万円を超える部分は全く戻ってこないというわけではない、という点です。この点は「1,000万円以上は保護されない」という言い方が、かなり誤解を生んでいるように思われます。実際には、破綻した金融機関を清算していくなかで、1,000万円を超える部分についても、一般の企業倒産の場合と同様、資産の回収率に応じた配当が支払われます。また、保険金の支払と同時に、1,000万円を超える部分の預金についても、見込み清算配当率で買取ることによって、清算手続きが完了するまで待つことなく、比較的早めに実質的な払戻しができるような仕組みもあります。例えば、清算配当率が仮に8割と見込まれれば、1,000万円以上の部分についてもその8割が、仮に9割の見込みなら9割が、比較的早い段階で預金者に実質的に払戻されることになります。もちろん、今例に挙げた清算配当率は、全くの例示に過ぎず、実際には個々のケース次第であることは言うまでもありません。

 第三に、預金が全額は戻ってこないということは、それ自体が預金者にとっての負担になるわけですが、破綻処理から生じる問題はそれだけに止まりません。すなわち、預金者に一部負担をお願いするという前提の下で金融機関が破綻すると、これまでの預金保険制度の仕組みの下では、実務上、一定期間、預金の受払いを含めて業務を停止せざるを得ない、という問題があります。これは、制度上、預金保険は、口座単位でなく預金者単位で保険金を支払うことになっているため、個人や企業が破綻金融機関に複数の預金口座を持っている場合、そうした預金口座を「名寄せ」して、個々の預金者の預金総額、そして保険金の額を確定する必要があるためです。今の制度ではその作業にかなりの日時が必要となります。また、現行制度の下では、預金や一般債権を破綻金融機関の資産内容に応じてカットしようとすると、債権者の同意など、どうしても時間のかかる手続きを避けることができません。そうした仕組みの下では、大急ぎで保険金や清算配当の前払い金を支払うよう努力しても、なおかなりの日時がかかります。そうなると、当該金融機関の預金者は、保険金や見込み清算配当の前払いを受け取るまでの間、自分の預金を引出せなくなるほか、借り手も新たに取引金融機関を探さなければならなくなります。最悪の場合、個人の生活資金の確保に問題が生じるとか、中小企業の場合には、日々の決済が行なえず、資金繰りに行き詰まる先も出ないとは限りません。

 したがって、今後のセーフティネットを検討する際の最も重要な問題のひとつは、処理の迅速性を如何に確保することができるか、という点にあるのではないかと思います。

 また、先程、海外の事例でも触れましたが、破綻した金融機関を文字どおり消滅させるのではなく、一部の営業譲渡等を行なうことによって、例えば、その地域などで、必要な金融機能を維持できるような処理の方法を活用できるようにしておくことも必要と思われます。具体的には、破綻した金融機関の預金や正常な貸出を他の健全な金融機関に速やかに移転する方式──この速やかにという点が重要ですが──このような方式を導入しておくことが必要ではないかということです。

 このことは言葉で言えば簡単ではありますが、実際にそのような方法を導入するためには、法律や実務の面で幾つかの困難な問題を解決する必要があります。先程申し上げた金融審議会でも、この点が大きな検討テーマになっています。

 この点で、米国の預金保険公社が行なっているP&A、これはpurchase and assumption、日本語では「資産買取りおよび負債継承」といった意味ですが、この方式が参考になるかもしれないと考えています。米国では、このP&A方式によって、例えば破綻金融機関を金曜日の業務終了後に閉鎖し、週末中に名寄せや債権カットを行なったうえで、受皿金融機関に資産と負債の一部を移転させるといったことが行なわれています。こうした迅速な処理を行なうためには、いろいろな形での事前準備や法律的な枠組みの見直しが必要になりますが、仮にこのような方式が日本でも実現できれば、営業日ベースでは業務を止める必要がないというメリットがあります。

 もちろん、破綻処理の方式をすべて米国式にしなければならないということではありません。また、わが国との法制や実務の違い等から、米国方式がそのままわが国に導入できるわけでもありません。しかし、わが国でも、米国などの方法も研究しながら、法制面、実務面での工夫を重ね、迅速な金融機関の破綻処理の方法を、何とか具体化していく必要があるのではないかと思っています。

 以上、セーフティネットのあり方に関連して、いろいろと申し上げてきましたが、実は一番重要なことは、金融機関の破綻を未然に防止すること、また不幸にして金融機関が破綻に立ち至った場合でも、そのロスが大きくならないうちに、早期に処理を行なうことです。つまり、金融機関の健全経営が確保され、預金保険の発動が必要ない状態にすること、ないしは預金保険の負担が大きくなる前に対応することが、強く望まれるわけです。こうした早めの対応によって、金融システム安定維持のために過大なコストがかからないようにしていくことが肝心です。

 私どもとしては、そうした点にも十分配慮しながら、今後のセーフティネットの在り方を検討する作業に大いに貢献していきたいと思っています。

5. おわりに

 以上、「次の世紀に向けて──新生日銀の対応状況」という題の下で、3つのテーマについて、申し述べてまいりました。新しい世紀に向けての改革や準備作業は、それが政策関連事項であれ、政策を支える組織の内部事項であれ、決して容易なものではありません。現在は、色々な意味で旧体制が新しい時代に向けて、変わろうとしている、あるいは変わらなければならない時期だと思います。そうした世紀末の変革期のなかで、日本銀行は、全行を挙げて、次の世紀への準備作業に取り組んでいます。日本銀行は、前進を続けている──このことをご理解いただきますよう皆様にお願いしつつ、本日の話を終えたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

以上