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徳島県金融経済懇談会における三木審議委員講演

――最近の金融経済情勢――

1999年10月29日
日本銀行


[目次]

1.はじめに
  (アカウンタビリティーの重要性)
  (ベンチャー精神旺盛な徳島の風土)

2.これまでの景気の足取りと景気低迷の基本的背景
  (日本経済の足取りと政策対応)
  (足許の経済情勢)
  (構造調整のマグニチュード)
  (神話崩壊と構造調整)

3.景気の現状と当面の見通し
  (設備投資)
  (個人消費)
  (公共投資)
  (住宅投資)
  (輸出)
  (生産)
  (物価)

4.金融市場の動向と当面の留意点
  (金融・資本市場の現状)
  (マーケットにおける当面の不安材料)

5.現状の金融政策とその考え方
  (金融市場のフレームワーク)
  (金融政策の狙い)
  (元栓の仕組みとその現状)
  (量的な緩和が十分であることを示すシグナル)
  (ゼロ金利政策の付随的効果)
  (元栓と蛇口の関係)
  (信用創造のメカニズム)
  (蛇口の現状)

6.おわりに
  (金融緩和効果の更なる浸透を目指して)
  (ゼロ金利政策の評価)



1.はじめに

○ ただ今、ご紹介を頂戴いたしました日本銀行政策委員会審議委員を務めております三木でございます。平素は、私どもの高松支店および徳島事務所が種々ご高配を賜っておりますことを、この場を借りてお礼申し上げます。

(アカウンタビリティーの重要性)

○ 昨年4月に新日銀法が施行され、日本銀行は「独立性」と「透明性」という二つの基本理念を軸に新しく生まれ変わりました。また、金融政策と経営の基本方針については、すべて最高意思決定機関である政策委員会で決定されるようになりました。政策委員会のメンバーは、総裁、副総裁、審議委員の計9人で構成され、一人一票の議決権を持っています。このボードメンバーの大切な仕事の一つが、金融政策を世間に十分説明して理解を求めること――いわゆるアカウンタビリティーです。そこで、ボードメンバーの各々ができるだけ頻繁に全国各地を訪問し、本日のような懇談会を通じて地元金融経済界のご意見や考え方を率直にお聞きする一方、私どもから金融経済情勢と金融政策の現状をご説明してご理解を賜わることとしています。こうした地道な活動の集積が、冒頭申し上げた日銀法の理念である「透明性」につながり、ひいては「独立性」を担保していくものだと思っています。

(ベンチャー精神旺盛な徳島の風土)

○ 今回訪問させて頂きました、ここ徳島の地は、文化面では伝統ある「阿波踊り」で全国的に有名ですが、産業面では"旺盛なベンチャー精神"に富んだ企業を輩出している県として知られています。こうしたベンチャー精神が徳島に根付いているのは、一つには、古くは江戸時代、阿波特産の染料"藍"を全国的に有名にした"藍商人"のチャレンジ精神が今なお受け継がれているからだとうかがいましたが、産・学・官が三位一体となって、明日の経済を支えるベンチャー育成のために積極的に取組まれるなど、地域全体にベンチャーを育てるインフラ基盤が着々と整備されてきたことも大きな支えになっているのではないかと思います。本日は"起業家精神"溢れるここ徳島の、産業界・金融界を代表する皆様方と親しく懇談させて頂く機会を得て、うれしく思っております。

○ さて、先ほどのご紹介にもありましたように、私は、新日本製鐵で43年間にわたり鉄鋼ビジネスにたずさわった後、昨年4月1日の新日銀法施行と共に、日本銀行政策委員会審議委員に任命されました。これまで約1年半の間、産業界で培った経験を生かしながら、日本経済の早期回復を実現するために、金融政策の意思決定の場に参加して参りました。本日は、最近の金融経済情勢や金融政策運営に対する考え方について、金融政策を行っている現場にいる者の立場からお話させて頂き、現状の金融政策についてご理解を頂ければと思います。


2.これまでの景気の足取りと景気低迷の基本的背景

(日本経済の足取りと政策対応)

○ 金融経済情勢の現状をご説明する前に、これまでの日本経済の足取りを極めて簡単に振り返っておきます。現在の景気低迷のそもそもの始まりは、今から2年半前の97年春の実質可処分所得の減少(消費税率引上げ、特別減税廃止、医療費負担増加)を背景にした個人消費落込みでした。さらに97年夏の東南アジア経済混乱で、わが国経済の雲行きが一段と怪しくなりました。需要減少が生産減少を招き、これが所得減少につながり、さらに一段の需要減少を招くという、実体経済における負の循環の始まりです。経済悪化に拍車をかけたのが、大型金融機関――山一證券、北海道拓殖銀行等――の倒産です。銀行が、不良債権増大を抑止するため、"貸渋り"に走り始めました。この結果、戦後例のない"物価下落"と"信用収縮"の同時併発型の景気悪化になりました。GDP統計としては97年第IV四半期から98年一杯まで戦後初の5期連続のマイナス成長という惨澹たる状況に陥りました。

○ この間、政策としては、(1)過去最大規模の財政政策、(2)金融システム立直しのための公的資金投入(60兆円枠)、(3)恒久減税、(4)過去例をみない超金融緩和策等、様々な政策対応が打たれました。この結果、今年前半に入って漸く景気に下げ止まり感が出始め、底這い状態に入りました。

(足許の経済情勢)

○ 足許の実体経済は、一言で言えば、需要項目別、業種別、地域別、企業別、いずれの切り口をみても、明と暗が入り交じる二極分化、まだら模様の状況です。この結果、全体としてなお底這いから抜け切れていない状態です。夏場から秋にかけて、明の部分、暗の部分のいずれにおいても、少しずつ良い部分が増えてきた手応えが出始めたのですが、今は小休止、踊り場にいる状態になってまいりました。景気は、大枠として捉えれば、「底這い」から「底打ち」に向かう道のりを、時間をかけながら進んでいる――こう表現できるかと思います。それだけに、景気の現状を判断するには、マクロ統計だけでは難しく、ミクロレベルの情報を丹念に積み重ねていくことが必要かと思っています。

(構造調整のマグニチュード)

○ ところで、これまで過去最大規模の財政政策が打たれ、金融政策でも極限の緩和状態を作ってきているにもかかわらず、なかなか回復感が出ないのが今次不況の特徴です。戦後約50年の中で、日本経済は11回の景気後退を経験していますが、 今回ほど回復感が出にくいのはこれまで記憶にありません。そこでまず、この背景から考えてみたいと思います。

○ 最大の要因は、いわゆる"構造調整"というマイナス効果がこれまでにないインパクトで経済の足を引っ張り、これが折角の財政・金融政策のプラス効果と"綱引き状態"になってしまっているからだと思います。過去、わが国は原油価格上昇、輸出環境の悪化、円高が起こるたびに、"構造調整"と呼ばれる厳しい逆風を被ってきました。しかし、過去の"構造調整"の多くは、貿易財として国際競争力にさらされる製造業中心であり、その意味で経済全体へのマグニチュードは相対的に小さなものでした。これに対し、今の"構造調整"は、そのダメージが非製造業も含めた企業部門全体に広がりをみせているほか、家計部門、公共部門、金融部門など経済を構成する他のあらゆるセクターにまで、広範にかつ奥深く及んでいます。経済全体へ与えるマグニチュードが過去に比べかなり大きなものになっている所以です。

(神話崩壊と構造調整)

○ わが国経済が、こうした広範でかつ奥深い"構造調整"を余儀なくされた主因は、経済のグローバル化に伴う国際競争力の低下等を背景に、戦後のわが国経済を支えてきた「右肩上がり経済」「土地・株価の上昇神話」が崩壊したことです。これを起点に「含み益依存型経営」「完全雇用」という既製概念も崩れ、結果的に企業も家計も厳しい市場原理を直視して、経済活動を身の丈に応じたサイズに修正せざるを得なくなりました。企業の経営理念は「量より収益」、「資本効率を目指した経営」というグローバル・スタンダードに塗り替えられました。

○ バブル崩壊以降、わが国経済には大規模な財政政策がカンフル剤のように何度となく打たれたため、経済に浮揚感が出ては人々の危機感が後退し、何となく「右肩上がり神話」が燻り続けました。この結果、企業部門では「実勢の需要レベルに合わせて、自らの身の丈をダウンサイジングする」という基本動作が遅れました。また、金融部門では「不良債権を放置することが如何に危険か」というリスク感覚が鈍ってしまいました。実物・金融両部門におけるバランスシート調整の先送りです。今回の不況では、この先送りの"ツケ"が一挙に"構造調整"として出る形となりました。実物部門では雇用、設備、債務という3つの過剰問題の解消であり、金融部門では不良債権の処理を柱とする金融システムの立直しです。

○ わが国経済は、"景気回復"と"不良債権処理・金融システム立直し"という二大命題解決のために、財政・金融政策のほか、構造調整に向けての行政による環境整備、企業の自助努力という三者の合わせ技で取組んできている状況にあるといえます。


3.景気の現状と当面の見通し

(設備投資)

○ 構造調整の逆風が吹く中で、現下の経済情勢及び当面の見通しをやや詳しくみます。まず、経済のメイン・エンジンである設備投資は引続き不振を続けています。

○ その背景はいずれも構造調整に根ざすものです。(1)過大な設備ストックを廃棄していくプロセスにあること、(2)過剰債務圧縮のため、余剰キャッシュフローは債務返済に優先され、新規設備に回らないこと、(3)株主重視姿勢が強まる中で安易な規模拡大指向は後退し、効率経営が経営の最重要課題になりつつあること、(4)含み益が喪失し企業経営者がリスクテイクに弱気になっていること、(5)国際的な会計基準(連結会計、年金債務のオンバランス化、時価主義等)の導入で企業会計の透明性が高まり、経営失敗がバランスシートに即座に反映されること等が指摘できます。

○ 先行きは、企業収益の改善が期待されるため、設備投資の減速テンポが緩やかになっていくことが見込まれますが、設備投資はなかなか出てこないものと思われます。

(個人消費)

○ もう一つのメインエンジンである個人消費についても、構造変化を起こし、"選別消費"の傾向が強まっており、全体としては回復感に乏しい状態が続いています。金融システム不安による個人のコンフィデンスは改善されましたが、所得減少に加え、次のような構造調整要因を背景に、消費マインドは全般的に落込んでいます。すなわち、(1)企業の過剰雇用削減、いわゆるリストラが道半ばであるため、個人の雇用不安、生涯所得の低下不安につながっていること、(2)わが国財政赤字が過去最大規模に膨らむ中で、国民の老後に対する不安感――年金・社会保障不安――を背景に、貯蓄指向が高まっていること、(3)地価下落・株価下落による逆資産効果が生じているほか、住宅ローンを抱える個人は企業同様バランスシート調整を余儀なくされているものと思われること、等が考えられます。

○ 先行きについては、構造調整の逆風が強まりこそすれ弱まることは考えにくく、個人消費はなかなか出てこないものと思われます。

(公共投資)

○ こうしたメイン・エンジンの不振を穴埋めしているのが公共投資、住宅投資、輸出の3項目です。公共投資の「発注」動向を公共工事請負金額でみますと、確かに前年比ベースでは今年初めに多量の工事が集中し、その後はやや落込み状態が続いていますが、実際の「実体経済へのプラス効果の出方」をみるために鉱工業生産統計の公共投資関連財の出荷状況をみますと、事務工期の遅れや工事進捗に時間がかかることもあって、今なお高水準が続いており、着実に経済の下支え役として機能しています。

○ 先行きについては、年内一杯はプラス効果の持続が期待できると思われますが、新たな追加対策が打たれない場合には、年明け以降は公共投資の玉切れが見込まれ、景気の下支え効果も徐々に減衰していくものと予想されます。

○ 財政政策については、11月までに補正予算を固め、12月までに平成12年度予算を固めるという段取りで、実質15ヶ月予算が考えられている模様ですが、民需の弱さを考えますと、引続き財政による下支えは必要かと思われます。

(住宅投資)

○ 住宅投資については、金利低下効果、政策減税の効果に支えられ、現状は前年比プラスを確保、レベル的には年率125〜130万戸のレベルにまで回復してきています

○ もっとも先行きについては頭打ちが濃厚です。政策減税のタイムリミット――来年12月末までの入居が条件――が残すところ1年強しかありません。工事期間を考えますと、本年末にかけて住宅着工に息切れ感が出始めるものと思われます。住宅は景気を支える数少ない需要項目だけに、当該措置は延長されることが望まれます。

(輸出)

○ アジアをはじめとする海外景気に支えられ、輸出は引続き増加を続けています。

○ 先行きは、欧州景気の回復も加わり、企業生産にプラス効果が継続するものと思われます。

(生産)

○ 企業の生産は、結果的に、基本的には輸出と公共という外生需要で支えられながら、やや上向いてきている状況です。業種別にみますと、電気機械、輸送機械、化学、鉄鋼のように明るさが出てきている業種と、金属、精密機械、繊維、紙・パルプのように不振を続けている業種とが混在しており、"まだら模様"の状況です。

○ こうした経済状況だけに、政策対応として、まずは景気梃子入れのための二次補正予算の策定、住宅減税等の政策減税継続が必要かと思います。大手銀行への公的資金投入で、金融システム不安対策も順調に進展し、企業や個人のマインドもかなり改善していますが、個人の消費マインド立直しのためには、雇用不安、老後不安を解消するための制度的基盤の確立がなお残された課題です。一方、民間部門では需要喚起のための新商品、新技術、新事業の開拓努力という自助努力が不可欠と言えましょう。後は、超金融緩和政策との合わせ技による、時間をかけながらの景気回復しか道がないかと思われます。

○ 従って、当面は民間需要の自律的回復は依然としてなかなか期待できない状況が続くものと思われます。

(物価)

○ この間、物価動向をみますと、卸売物価、消費者物価とも今のところ横這いで落着いています。物価下落には、生産性の向上、新技術導入、新商品等を背景にした"良い物価下落"と、需給バランスの崩れによる"悪い物価下落"とがあり、この2年間、日本経済は悪い物価下落に苛まれてきました。悪い物価下落は、最近漸く下落傾向に歯止めがかかっていますが、脆弱な需要環境を踏まえれば、先行きはなお下落リスクが残っていると思っています。また、消費者物価については、内外価格差が残存しており、今後、流通段階の合理化等を通じてなお下げ余地が残っているものと思われます。


4.金融市場の動向と当面の留意点

(金融・資本市場の現状)

○ 次にこうした実体経済活動の成長を支えていくために、金融が十分に機能しているかという点についてみてみます。結論から申せば、金融は、まだ完全ではないにしても、実体経済を回していく上で、必要なカネを十分に供給しており、金融が原因で経済の足を引っ張ったり、経済成長を大きく阻害するような事態にはなっていないと思います。

○  まず銀行を通じる資金仲介の状況をみますと、銀行の貸出スタンスは、今年3月末の公的資金投入前後から、大きく変わり始めました。貸渋りは影を潜め始め、貸出に随分前向きになり始めました。最近では、貸出増加のため企業向け貸出スプレッドを甘目に設定する動きさえみられ、銀行は"スプレッド"より"量"を確保することを優先する戦略――いわば値引きによる売上げ増加――に出ています。

○ この間、社債、CP等、資本市場を通じる資金仲介ルートも概ね順便です。投資家が低金利で資金運用難におかれていることから、多少信用リスクがあっても利回りの割高なものを求めるスタンスが強く、格付の高い先は勿論のこと、低い先でも円滑に発行できる地合いが続いています。

○ ただ、市場をミクロレベルで目を凝らしますと、金融資本市場が万全に機能しているかとまでは言いきれない事例がみられるのは事実です。すなわち、今申し上げた説明は、経営健全先、比較的経営不安の少ない企業については十分当てはまる話ではありますが、成長性、将来性はあるが信用力がまだ伴っていない企業向けへの金融については資金がうまく流れていない惧れがあります。銀行としては、公的資金投入を受けて資本が一旦充実したとはいえ、経営健全化に向けてなおも努力している段階にあるため、どうしてもリスクテイクに前向きになれていないのがその背景です。従って、今の「金融」の機能度を厳密に評価すれば"若干のまだら模様"と表現したほうが正確かもしれません。「銀行の資金仲介機能が正常化する方向に向かっている」とは言えても、「完全に正常化した」とまでは言えない段階かと思われます。

○ 問題は、中小・零細企業レベルでは、資本市場を通じる資金仲介ルートが事実上使えないだけに、銀行ルートを通じる資金逼迫の影響が経営の足を引っ張りかねないという点です。特に、中小企業・零細企業はわが国経済を支える足腰だけに、抑制的な銀行行動が経済成長を生み出す"潜在的な芽"を摘み取っているリスクには十分注視しておく必要ががあると思われます。

(マーケットにおける当面の不安材料)

○ 金融資本市場における当面の不安材料として、3つほど申し上げたいと思います。第一は円高懸念です。わが国の産業界の体力を考えると、110円前後までの為替レートであれば、マイナス・インパクトも許容範囲であり、また日本の産業界もそれに耐えていくべきものと思われます。日本企業が、国際競争力コストを確保していくための構造調整努力の成果として、為替が円高トレンドになるのは自然の流れと言えるからです。しかし、ファンダメンタルズから大きくかけ離れた、"更なる"(レベルの問題)、"急激な"(スピードの問題)「円高」は問題です。効果が限られているとはいえ、まずは市場介入で対応することに大きな意味があるかと思われます。特に、輸出は数少ない景気下支え役であり、ここから更なる円高傾向が続くと、企業生産・企業収益に及ぼす影響は小さくなく、景気の足を引っ張ることになりかねません。為替レートは金融政策を考える上での重要なファクターの一つであることは言うまでもなく、こういう要因を踏まえた上で、豊富な資金を弾力的に供給し、ゼロ金利政策の浸透で対応していきたいと思っています。

○ 第二は、長期金利上昇懸念です。長期金利は、景気回復、大型補正予算等による需給悪化懸念、資金運用部の国債売却懸念(背景は郵貯の大量償還問題)等を嫌気して、今後、長期金利に上昇圧力がかかりかねないというのが一部の市場の見方かと思います。マーケットは往々にして行き過ぎ(オーバーシュート)がつきものです。特に、今は株式、為替マーケットでは既に景気回復を先取りしていこうとする地合いが強まっている中で、債券市場にもこうした見方が波及してくる惧れなしとしない点が懸念されます。勿論、日本経済のファンダメンタルズ改善を漸次織り込んでいく"良い長期金利上昇"は当然の動きでありますが、市場の思惑に基づき過度に景気回復を織り込んで長期金利上昇に拍車がかかりますと、景気の足を引っ張ることになりかねません。日本銀行としては、ゼロ金利政策が長期金利の過度な上昇を抑えるアンカー役として機能することを期待しつつ、豊富な資金を弾力的に供給する場を広げることで対応していきたいと思っています。

○ 第三は、コンピューター2000年問題への事前の予防的対応として、年末にかけて短期金融市場で資金確保の動きが強まり、金利に上昇圧力がかかったり、企業の資金繰り不安感が高まるという不測の事態が起こらないとも限りません。これについては、日本銀行では、年末越えの長めの資金供給を豊富に行うというマクロ面での対応に加え、万が一、個別の金融機関に資金繰りの問題が生じた場合には、日銀貸出で適時・適切に対応する方針です。


5.現状の金融政策とその考え方

(金融市場のフレームワーク)

○ 現状の金融政策を説明する前に、金融市場の全体像を水道に擬えながら、簡単に整理しておきたいと思います。金 融市場というのは、二段階構造の流れが出来ています。一つは、日銀から民間銀行への資金の流れを作る市場で、水道でいう「元栓」に当たります。もう一つは、民間銀行から企業・家計部門への資金の流れを作る市場であり、水道で言う「蛇口」に当たります。元栓の水量は、日銀からの資金供給オペレーションの多寡で決まります。取引に適用される金利――水道料金に当たりますが――これは短期市場金利と呼ばれるもので、日銀の金融調節の影響が及びやすい金利です。一方、蛇口の水量は、民間銀行の貸出の多寡で決まります。取引に適用される金利は短期市場金利や長期金利をベースに、個別企業の信用リスクに応じて一定の利鞘を乗せる形で決められています。日銀の金融調節の影響が間接的に及んでいると言えましょう。

(金融政策の狙い)

○ さて、今、金融政策に期待されていることを、一言で言えば、「経済の早期回復を目的に、カネを使ってもらえるように実体経済に必要な資金を隅々まで行き渡らせること」です。カネを使ってもらうということは、"物・サービスの購入"か"金融資産の購入"のいずれかにつながります。そもそも生産された物・サービスの価格の中には付加価値が含まれますが、付加価値は労働と資本に支払われる対価であり、家計と企業に帰属する所得と言えます。従って、この財が購入され、カネが支払われて現実に所得増加につながります。これが、まさに経済成長であり、GDPの増加です。一方、カネが金融資産の購入にまわれば、GDPには直接寄与しませんが資産価格上昇につながり、資産効果という経済へのプラス効果が期待できます。

○ そこで、金融政策に求められることは、「民間銀行の蛇口から実体経済に必要な資金が出ていくように、日銀が元栓をフルに開き、かつ金利(価格)も極めて低位に据置くこと」かと思います。そのために、現在、私どもがとっている金融政策が「ゼロ金利政策」というものです。「金利(価格)」と「量」を表裏一体のものと捉えながら、カネの流れが潤沢に流れるような金融環境を作ることが大切かと思います。

(元栓の仕組みとその現状)

○ それでは、元栓の仕組みと現状がどのようになっているかを具体的にご説明します。ゼロ金利政策とは、要すれば、日本銀行が民間金融機関から短期金融資産をどんどん買い上げるオペレーションを行い、民間金融機関の手元にジャブジャブの資金を保有してもらおうという政策です。銀行が日銀に預けることを義務付けられている準備預金はおおよそ4兆円弱ですが、これを毎日1兆円も上回るジャブジャブの資金供給を行っています。この結果、銀行間の資金貸借が行われるコール市場で形成されるオーバーナイト金利は常にほぼゼロ近辺に張り付きました。物の世界と同様、金融市場でも資金の供給量が増えれば金利が下がります。しかも、その金利が常にゼロ近辺で取引されるということはそれだけ十分な「量」が出回っていることを意味します。量と金利が裏表の関係といわれる所以です。

(量的な緩和が十分であることを示すシグナル)

○ また、市場では「量はもう十分」ということを示すシグナルも確認することが出来ます。第一は、銀行間の資金仲介を行う短資会社が、銀行から余剰資金として放出された資金を抱え込み、資金の取り手を見つけ出せないままその日の業務を終えるという現象が毎日続いています。その量は、日銀が供給する余剰資金1兆円の約7〜8割程度にものぼっています。第二は、ここ数ヶ月、日銀が資金供給を呼びかけても、銀行側が「もうこれ以上はいらない」と言わんばかりに、それに応じてくれないケース――資金供給オペレーションの札割れ現象――さえ目立ち始めている点です。

(ゼロ金利政策の付随的効果)

○ ゼロ金利政策は、オーバーナイト金利だけでなく、それより長めの金利に対してもアンカー効果が働いており、世の中全般の金利押し下げに効果を発揮しています。日本銀行は基本的に最も期間の短い金利であるオーバーナイト金利に対してしか大きなコントロール力は持ち得ません。市場金利というものは、短期から中・長期に至るまで、時間軸に合わせて色々な刻みの金利が成立しております。当然に長めの金利になればなるほど、将来に関する市場参加者の思惑が入り込んで金利形成が行われますので、日銀のコントロール力は減衰していきます。しかし、私どもでは現行のゼロ金利政策を「今だけ」に限定するものではなく、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」という解除のための条件を付け、現行政策の継続を市場に宣言しています。この結果、市場の中には現に「かなり長期間にわたり、金利が低位安定する」という期待が形成されており、より長めの金利にドミノ倒し的に――勿論、長めの金利になればなるほど、人々の低金利持続の期待も減衰していくため、アンカー効果も薄れますが――金利低下効果が波及する形になっています。10年物長期金利も2%以下で落着いているのは、このアンカー効果が効いているものとみられます。その意味で、オーバーナイト金利を起点にして、かなり長い金利にまで効果が及んでいると評価できるものと言えます。

(元栓と蛇口の関係)

○ 次は、「元栓」と「蛇口」の関係についてです。水道では、「元栓」と「蛇口」は一本の管でストレートに直結していて、元栓を開けば蛇口から同量の水が出てきますが、金融では元栓と蛇口は両者直結の関係になっておりません。元栓を少ししか開かなくとも、蛇口からそれをはるかに上回る水量が出て行くこともあれば、逆に元栓をいくら開いても、蛇口から殆ど水が出ていかないこともあります。現実の残高をみますと、日銀が元栓を通じて流している資金量は概ね60兆円前後――これはベースマネーと呼ばれ、内訳は当座預金で約5兆円弱、残りは銀行券です。これに対し民間金融機関が蛇口を通じて企業、家計に出している貸出額は約650兆円程度で、元栓・蛇口の両者が直結関係にないことがご確認頂けるかと思います。

(信用創造のメカニズム)

○ それでは、「元栓」とは直結関係にない「蛇口」がどういう仕組みになっているかを説明します。一言で言えば「信用創造」という仕組みです。そもそも、銀行の機能とは、「預金をかき集め、それを企業に貸出す。いわば銀行は右から左にカネを流す」という資金仲介機能だけではありません。銀行は、インターバンク市場で流動性を調達できる限り、これを調達して、貸出用の資金に充当し、企業にその資金を使わせることが出来ます。企業がそのカネを取引に使いますと、その相手方が最終的にどこかの銀行に預金として持ち込みますので、マクロ的にはマネーが増えることとなります。この一連のプロセスが信用創造です。企業が発行した有価証券を銀行が購入するケースも同じようなマネー創出効果を持ちます。企業はこの生み出されたカネを使いながら経済活動を行います。経済全体が信用創造活動に支えられながら回っていると言っても過言ではありません。

○ この信用創造が、貸出とともにマネーサプライが増加していくメカニズムそのもであります。経済が大きくなるためには、それに合わせて、経済全体に出回るおカネの量も増えていかなければなりません。そのために、おカネを創っていくのが銀行の信用創造活動と言えます。

○ さて、こうした信用創造活動が円滑に行い得るために、ゼロ金利政策は非常に重要な二つの役割を演じます。第一が流動性効果です。先程申しましたように、信用創造を行うためには、インターバンク市場での流動性調達――コール取引――が前提になるわけで、このコール取引が円滑に行い得ないと信用創造活動は行い得ません。現に、一昨年秋の金融システム不安が高まった時期には、銀行の信用リスク不安――銀行が破綻すればコール市場で貸したカネが債務不履行になるのではないか、あるいは自分が他の銀行からカネを借りられないのではないかという不安――が台頭し、銀行間のコール市場がうまく機能しなくなる事態に陥りました。この結果、"貸渋り"という信用創造のストップ現象、あるいは貸出回収――"貸し剥がし"とも呼ばれるようですが――という信用収縮(信用創造の逆現象)が起こりました。日銀のゼロ金利政策は銀行の手元流動性をジャブジャブにする政策であり、こうした流動性不安を完全に除去できるわけです。ゼロ金利政策の第二の重要な役割は、コスト効果です。コスト効果とは、銀行間の市場調達金利が限りなくゼロに近付くことで、企業に貸出す場合の利鞘の拡大効果につながり、それが信用創造を行うインセンティブが高められるわけです。

(蛇口の現状)

○ それでは、実際に「蛇口」の現状がどうなっているのかをご説明します。結論から申しますと、日銀が元栓を十分開放する政策を継続し、流動性効果とコスト効果をフルに効かせる態勢をとっているにもかかわらず、蛇口から水の出方が鈍い状況が続いています。例えば、民間金融機関が蛇口から出た9月の貸出平均残高の前年比伸び率を全国銀行ベースで置き直すと、▲1.6%となっています。

○ このように蛇口の水の出が鈍いのは、蛇口の締め具合を左右する、蛇口固有の要因があるからです。第一が、銀行の自己資本問題です。銀行には自己資本比率という縛りがかかっている以上、いくらでも無尽蔵に信用創造を行い、リスク資産である貸出を増やしていけるわけがありません。銀行は取引先の信用リスクを勘案し、自らの体力とを比較衡量したうえで貸出を行いますので、自ずとブレーキがかかる仕組みとなっているわけです。

○ 勿論、今年3月末の大手行に対する公的資金投入効果やゼロ金利政策もあって、銀行界全体として信用リスクの伴う貸出業務を前向きに行い得る体力を回復しつつありますし、むしろ最近はスプレッドを下げてでも貸し増そうとしている銀行もみられます。しかし、先程も申しましたように、いずれの銀行も経営健全化に向けて経営努力しているプロセスにあるだけに、完全に前向きなリスクテイクができる状態とは言いきれないというのが実情かと思います。今後、時間をかけながら収益基盤を強化していく中で徐々に解決していくしかない問題と言えましょう。

○ 蛇口の出が悪い原因の第二は、企業・家計に資金需要自体がないということです。確かに金融緩和が行われれば、企業や家計はより低い金利でより豊富な資金を銀行から借りられますので、通常は資金需要が高まります。しかし、実体経済が活発化しない中で、企業は設備投資や増加運転資金のための資金需要がなかなか高まらないのが実情です。

○ むしろ、最近では、財務スリム化の観点から過剰債務を圧縮する動きのために、貸出が返済される動きさえみられます。企業は、収益として稼いだ余分なキャッシュフローは手元流動性に積上げず、銀行借入金の返済に充当するわけです。これは、銀行からみれば預金と貸出の同時消滅、いわば信用創造の逆の現象ともいえる"信用収縮"が起こっているといえます。

○ なお、最近、貸出が統計的に前年比マイナスが続き、金融緩和効果が出ていないかのように錯覚されることがありますが、これは金融緩和のプラス効果もあって企業収益が回復しているからこそ、貸出を返すことが出来ているということです。


6.おわりに

(金融緩和効果の更なる浸透を目指して)

○ 日銀、銀行、企業という金融の流れの現状を踏まえて、今後、金融政策運営にとって重要なことは、金融緩和効果の更なる浸透です。基本的には、(1)オペ参加者数の拡大、(2)オペ手段の多様化、(3)担保の拡大が重要な軸足と考えています。まず10月13日の政策委員会では、短期国債のアウトライトオペ、レポオペの対象国債の拡大という資金供給オペレーション手段の導入を決定しました。また、一昨日の政策委員会では、私どもが資金供給する際の担保の中に、これまでの国内債、決済確実な商業手形に加え、資産担保証券や、2000年問題対応のために米国債をも含めることと致しました。これにより、景気動向は勿論のこと、長期金利、為替動向をも踏まえながら、金融緩和効果の更なる浸透を狙い、さらに豊富な資金を弾力的に供給できる態勢を整備したと言えます。水道方式で言えば、日銀がより豊富な水を弾力的かつ機動的に流せるように"元栓の口径"をさらに一回り大きくする拡張工事を施したといえます。

(ゼロ金利政策の評価)

○ 最後に、ゼロ金利政策に対する私なりの評価を申し上げます。基本的に、ゼロ金利は経済を安定的に成長させていく上で異常な金利水準であり、わが国経済におけるデフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になった場合には速やかに解除すべき政策であると思っています。現に副作用とも言える現象が生じつつあります。利子収入に頼る家計に多大なる犠牲を強いる形になっており、所得分配上の歪みが生じています。また、資金運用難の中で、低格付の社債やCPが低めの金利設定でも躊躇なく買われている姿は信用リスクに対する警戒感が希薄化している証左です。

○ しかし、こうした問題と副作用を認識しつつも、あえてここまで踏み込んだ対応を行っているのは、ゼロ金利政策が、まず経済の基盤を支える企業部門の金利負担を緩和させて企業収益を支え、結果的に家計部門の所得環境を改善させることにより経済全体が回復に向けての基礎体力をつけうることが可能になるからです。また、ゼロ金利政策は、金融面でも資金循環を円滑に行わせるための意味のある方策と考えられますし、実体経済やマーケットにおけるコンフィデンス回復にも寄与する面も見逃せない要因です。こうした政策により経済にフォローの風を与えつつ、財政で経済を下支えしているうちに湿った民需に火がつき、一日でも早く経済が自力で回り出すことが望まれます。どうか現状の金融政策の考え方にご理解を頂ければと思う次第です。

○ 最後はやや専門的な話になりましたが、長時間にわたり、ご清聴どうも有り難うございました。


以  上

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