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長野県金融経済懇談会における篠塚審議委員挨拶要旨

2000年 2月 4日
日本銀行

目次

1.はじめに

 日本銀行審議委員の篠塚英子です。この度は、長野県の各界を代表する皆様方と親しく懇談させて頂く機会を賜り、誠にありがとうございます。また、日頃、私どもの松本支店および長野事務所が種々のご高配を賜っております。重ねて、お礼申し上げます。

 現在、日本銀行は、「独立性と透明性」を基本理念とする新しい法律の下で、政策・業務を運営しています。特に、政策・業務運営の考え方を国民の皆様方に十分に説明することは非常に重要な責務です。このためには、日本銀行に身を置く一人一人が、政策や業務に関して高い見識を持つとともに、行動半径を広げ、相互理解を深めなければなりません。本日も、このような気持ちで参りました。

 本日は、最初に、私から、金融政策運営について、日本銀行ならびに私の考え方をご説明した後、わが国の構造改革の問題について、私の問題意識を申し上げたいと存じます。

2.ゼロ金利政策について

ゼロ金利政策とは何か

 日本銀行では、短期金融市場における資金需給の調節を通じて金融政策を運営していますが、昨年2月から、金融調節の直接の対象となるオーバーナイト金利を事実上ゼロ%としています。いわゆる、ゼロ金利政策です。これを別の角度からみますと、日本銀行は、短期金融市場に対し、必要があれば、際限なく資金を供給する方針であることを意味します。実際に、私どもでは、短期金融市場に余剰資金が滞留し続けるほど、大量の資金を供給しています。

 日本銀行では、金融政策運営を決定する会合において、次回会合までの——半月後あるいは1ヶ月後——金融市場調節方針を決定しています。一方、市場参加者は、決済までの期間が3ヶ月や6ヶ月といった資金取引を行っていますが、その際に、次回会合以降、決済日までの期間について、オーバーナイト金利がどのように推移するかを予測しなければなりません。したがって、将来の金利見通しが不確実なケースでは、3ヶ月物や6ヶ月物といったターム物金利が現在のオーバーナイト金利よりもかなり高い水準で決まる可能性があります。

 そこで、日本銀行では、ゼロ金利政策の効果を十分に浸透させるため、次回会合以降の期間をも念頭において、ゼロ金利政策を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」継続するという方針を明らかにしてきました。こうした政策運営の効果が浸透したことから、現在、短期金融市場の金利は、3ヶ月物から6ヶ月物まで、ゼロ%に近い水準で推移しています。

 振り返りますと、ゼロ金利政策に踏み切った約1年前には、実体経済と金融資本市場との間でマイナスの相互作用が極端に強まっていました。当時、金融資本市場の参加者は、実体経済活動の低迷を眺め、金融システムについての不安感を強めていました。このように、金融資本市場において、日本経済が危機的な状況に陥るのではないかという非常に悲観的な見方が広がりますと、企業の投資や家計の消費等の実体経済活動が過度に抑制されるという悪循環に陥る惧れがあります。

 ゼロ金利政策は、市場参加者が市場の流動性の不足から資金繰りが滞るのではないかという懸念を払拭することを通じて、実体経済と金融資本市場との間のマイナスの連鎖に歯止めをかける効果を発揮しました。他方では、98年秋に施行された金融機能早期健全化法等によって金融システム安定化のための枠組みが整備され、ゼロ金利政策が実施された1ヶ月後の昨年3月には、実際に公的資本が大手銀行に注入されました。さらに、実体経済活動を支えるために、財政支出が積極化されました。これらの目一杯の政策が相乗的に効果を発揮したことから、金融資本市場は、この約1年の間にかなり安定性を取り戻しています。

「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」とは何か

 最近、わが国の金融経済情勢をみますと、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じています。この間、企業収益の回復が続いていることから、民間需要を巡る環境は改善しつつあります。しかし、日本銀行では、現在、「景気は、持ち直しに転じているものの、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない」と判断し、ゼロ金利政策を継続している次第です。

 こうした中で、このところ、日本銀行がゼロ金利政策をいつまで続けるか、そして、ゼロ金利政策を解除する条件と一般に理解されている、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」とは何か、が改めて注目されています。

 そこで、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」とは何かということですが、「民間需要を中心とする自律的な景気回復がある程度の確率で見通せる状態」にかなり近いものと考えられます。すなわち、一般に、「デフレーション」とは、「物価下落が企業収益、賃金の下落を通じて経済活動の収縮を招き、それがさらなる物価下落をもたらす状態」と考えられます。したがって、現在ではなく先行きの物価に関するリスクを見極めるためには、物価の動きの背後にある経済のモメンタムが重要な判断ポイントになります。

 なお、「デフレ懸念」という言葉から、一部には物価指標だけを注目する見方もあるようですが、一口に物価下落と言いましても、それが、技術革新や、経営の効率化等を反映したものであって、生産量が増加し、経済活動にプラスのモメンタムが働いているような物価下落の場合には、「デフレ懸念が強い状態」とは言えないと思います。

ゼロ金利政策に関する個人的見解

 一方、私自身は、政策委員会の中で少数意見ですが、ゼロ金利政策を解除し、昨年2月12日以前の金融政策運営に戻すことが適当であると考えています。

 その理由を2点に絞って申し上げます。第1に、私は、既にデフレ懸念の払拭が展望できるような情勢に至っていると判断しています。やや敷衍しますと、私は、民間需要の自律的回復について、特に設備投資の回復がきっかけになるとみています。現時点では、設備投資がどの時点で明確な増加に転じるかは見通し難いですが、昨年秋頃から、設備投資が増加に転じるための環境は着実に整ってきていると思います。

 まず設備投資の前提となる企業収益をみますと、人件費や債務残高の削減等によって、収益が出易い体質に変わりつつあります。日本の企業の資本収益率は90年代に急速に低下しましたが、その主因の一つとして、労働分配率の大幅な上昇が挙げられます。従来から、日本の労働市場については、労働需給の変化に対して、賃金、人員とも調整が相対的に小さいと指摘されてきました。特に90年代は、経済成長率が低下する一方、年功賃金体系の下で平均年齢が上昇したことや、時短が推進されたことなどを背景に、時間当たり賃金が高止まり、その結果、労働分配率は大きく上昇しました。しかし、最近、年功序列的な賃金体系の見直しやパートタイム比率の上昇等を背景に、労働分配率が低下しつつあります。

 また、昨年春頃に多く聞かれた意見ですが、企業が人件費等のコスト削減に取り組みますと、雇用者所得が減少し、個人消費にしわが寄り、延いては企業収益が期待するほど回復しないという見方がありました。しかし実際には、企業のコスト削減が相応に進捗する中で、個人消費は、金融システム不安の後退や株価の持ち直し等を背景に消費者心理が改善したこと等から、横這い圏内で推移してきました。

 したがって、企業では、先行きに売上げが伸びるという期待を持つことができれば、設備投資を増やすことは可能になりつつあります。こうした中で、短観等の各種アンケート調査をみますと、企業の景況感は総じて改善しています。

 さらに、現在、多くの企業がリストラに取り組んでいますが、リストラの目的は、資本収益率を持続的に高めるようにビジネス・モデルを変革することです。そのためには、コストを削減する減量経営だけでは不十分であり、事業を再構築すること——すなわち、将来の中核となる事業分野に経営資源を集中的に投入してこれを強化すること——が不可欠です。このように考えますと、これまで設備投資がかなり抑制されてきたことや、また、最近、情報通信を始め、環境、バイオテクノロジー等の先端分野における技術革新が目覚しいこと等から、設備投資が増加に転じる臨界点は近付いているように思います。

 なお、一方では、キャッシュ・フローが増加しても、それが主に債務の返済に充てられ、設備投資の増加には繋がらないという見方もあります。しかし、過剰債務の調整状況をみますと、業種間、あるいは同じ業種でも企業間で大きなバラツキがあります。したがって、私は、債務負担が比較的軽い業種・企業や、技術革新のテンポが速い分野が主導するかたちで設備投資が回復するとみています。

 また、企業が依然として賃金抑制姿勢を続けると思われますが、家計収入の源泉である企業収益が好転していることから、個人消費が、所得面およびマインド面から、大きく崩れるリスクは後退していると考えています。

 その一方で、私は、ゼロ金利政策の副作用が次第に強まっていると思います。これが、私がゼロ金利政策を解除することが適当であると考える第2の理由です。副作用としては、(1)家計部門へのしわ寄せを中心に所得分配を歪めること、(2)構造調整の痛み止め効果が行き過ぎ、却って構造調整を先送りするインセンティブを高める方向に作用していること、(3)市場参加者のリスク意識が希薄になること、(4)生命保険、年金等、資金運用機関の資金運用を困難にさせること、などが挙げられると思います。

 わが国では、80年代後半にバブルが発生・拡大する中で、収益性・生産性の低いプロジェクトが山積みされました。私は、この背景について、金融政策運営にも大きな責任があったと思いますが、それだけが原因ではなく、企業や金融機関の資本コストに対する意識が希薄であったことが大きく影響したとみています。こうした反省に立ち、現在求められている構造調整を促進するためには、経済主体が資本コストに対する意識を高めなければならないと考えています。確かに、実体経済と金融資本市場との間でマイナスの相互作用が極端に強まり、日本経済の先行きについて非常に悲観的な見方が広がるような「異常事態」では、こうしたマイナスの連鎖を食い止めるために、ゼロ金利政策のような緊急的な措置が必要であると思います。しかし、資本主義経済において、いつまでも緊急的な措置を続ける中で、構造調整を推進するインセンティブが高まるとは思えません。

 改めて言うまでもなく、ゼロ金利政策について、副作用だけを取り上げて評価することは適当ではありません。しかし、副作用は時間が経過するほど高まる一方、景気情勢については、再びデフレ・スパイラルの瀬戸際のような状態に戻るというリスクが後退し、むしろ民間需要の自律的な回復を展望できるようになりつつあるとみています。私は、こうした状況の変化を総合的に判断し、現在、ゼロ金利政策という極めて異例な政策を打ち切るタイミングであると考えています。

 次に、ゼロ金利政策の解除ということについて、私が特に重要であると考えていることを2点ほど申し上げます。

 第1に、私は、ゼロ金利政策の解除が適当であるとは判断していますが、金融政策スタンスを一気に引き締め方向に転換するべきであるとまでは考えていません。昨年2月以前の0.25%というオーバーナイト金利は極めて低いことには変わりがなく、引き続き景気情勢を配慮する金融緩和政策であると思います。

 第2に、ゼロ金利政策を解除する場合には、金融資本市場に与えるショックをできるだけ小さくしなければなりません。例えば、長期金利は、将来の短期金利の予想——すなわち、先行きの実体経済に関する予想とこうした経済情勢に対応する金融政策の予想——を反映するため、金融政策運営に関する不確実性が高まる場合には、長期金利が短期間に過度に上昇するリスクがあります。株価や為替についての影響も同様です。したがって、日本銀行は、ゼロ金利政策を解除する場合、政策運営の考え方をこれまで以上に分かり易く説明する必要があります。

3.日本経済の構造改革

 90年代は、誠に残念なことですが、日本経済にとって、「失われた10年」であると言われています。このように、日本経済が長期にわたって低迷した背景としては、バブル経済の後遺症だけではなく、情報通信技術の進歩、アジア経済を中心とする市場経済の拡大、人口の少子化・高齢化などの構造的な変化にうまく対応できなかったこと等が指摘されています。

 言い換えますと、現在、日本経済は、成長する余地がなくなったのではなく、成長のフロンティアが従来の延長線上にはないということであると思います。したがって、日本経済の課題は、経済主体の意思決定の環境に関する制度の改革です。構造改革の問題は非常に多岐にわたりますが、ここでは、いわゆる情報通信革命の問題と、雇用の問題を取り上げたいと思います。この2つの観点から長野県の情勢をみますと、現在、生産が全国を上回って増加していますが、その背景として、情報通信関連産業の集積度が高いことが挙げられます。また雇用については、有効求人倍率が全国でトップクラスの水準で推移しており、元気づけられます。後ほど、皆様方から、こうした当地の情勢に即したお話も頂戴できれば幸いです。

(1)情報通信革命

 情報通信技術の進歩の経済的な影響については、まず、情報通信関連機器・部品等のハードウエアおよび関連する情報サービスに対する需要の増加が挙げられます。こうした直接的な効果に加えて、既存の諸機能のリストラクチャリングを推進する効果が期待できます。

 一般に、ある機能が、経済環境や技術的基盤と全く無関係に、特定の組織にとっての固有の機能であり続けることは困難であると思います。日本では、長年、企業グループ単位の取引構造が維持されてきました。しかし、一般に、ネットワークには、参加者が増加するほど利用者の利便が向上する傾向があります。情報通信技術が進歩しますと、最近数年間の米国のように、従来の枠を越えた取引が急拡大する可能性があります。日本経済が新しい成長のフロンティアに立つためには、経済構造というマクロ・レベルにおいても、また企業、政府等の組織のあり方というミクロ・レベルにおいても、諸機能の分解と統合を進め、労働と資本の生産性を高めなければなりません。

 このようなビジネス・モデルの変革を通じて、国際的にみて生産性が低いと指摘される産業が生産性を高めることを期待できます。特に非製造業については、規制が多く、価格競争が抑制されてきたため、従来から生産性・効率性が低いと指摘されています。今日、製造業にとってもサービス業など非製造業からの中間投入が益々重要になっていることから、非製造業の非効率性は、製造業の国際競争力にも響いています。しかし、企業間あるいは消費者向け等の電子商取引が拡大しますと、生産者と最終需要者が直接取引することになり、経済システムの効率性が全体として高まることを期待できます。

 もっとも、情報通信技術の進歩は、日本経済が新しい成長のフロンティアに立つための必要条件に過ぎません。情報通信技術がいかに進歩しても、それを活かすのは私ども一人一人です。情報通信技術の進歩が、「情報通信革命」といわれるように、産業革命に匹敵する経済効果を発揮するためには、私たちの意識改革はもとより、規制緩和、税制改革、さらに、次にお話する雇用政策の転換など、思い切った構造改革が不可欠です。

(2)雇用の問題

 最近の雇用情勢をみますと、悪化に歯止めが掛かりつつあることを示唆する指標がみられますが、依然として厳しい状態が続いています。わが国は、こうした過剰雇用という循環的な問題とともに、構造的には、少子化・高齢化の進行という問題に直面しています。本日は、主に構造的な問題を取り上げたいと思います。なお、私は、一昨年4月に審議委員に就任するまで、お茶の水女子大学で労働経済を研究していました。そうした経緯から、現在でも、労働省の中央職業安定審議会の委員を務めていますが、本日は、個人の立場で日頃考えていることをお話し申し上げます。

雇用の不足

 雇用の不足については、2つの側面があります。第1に、少子化・高齢化の影響です。国立社会保障・人口問題研究所が、96年時点の出生率(1.43、但し、97年には1.39へとさらに低下)と平均寿命がずっと続くという極端な仮定を置いて試算したところ、日本の人口は、現在約12,500万人ですが、2100年頃には約4,900万人、2500年頃には約30万人、3500年頃には約1人となるそうです。同時に、高齢化も進みます。労働省では、55歳以上の高齢層の労働力人口に占める比率について、1998年の23.1%から、2010年には29%に達するという見通しを示しています。

 第2に、仕事の内容に関する需給のミスマッチという問題があります。例えば、欧州諸国では、マクロ・ベースでは高い失業率に悩む一方、個々の企業では、情報処理技術者等の熟練労働者から、サービス業における比較的単純な労働に従事する者まで、人手不足に直面していると聞いています。日本についても、例えば、情報通信関連や、医療・介護関連などの分野等で、求人を充足できない可能性があります。

働き方の多様化

 先行き労働力人口が減少すること、また、こうした状況の下で労働力の需給にミスマッチがあること等を踏まえますと、私は、高い勤労意欲を持った女性や高齢者が積極的に労働市場に参加すること──いわゆる労働力率の引き上げ──が重要な課題であると考えます。

 従来、日本では、「男性は仕事、女性は家庭」とか、「男性は基幹労働、女性は補助労働」といった極めて単純な役割分担がありました。しかし、現在、経済・雇用構造の変化や個人の価値観の多様化等を反映して、労働者は、性別・年齢に拘らず、フルタイム労働だけではなく、パートタイム労働、派遣労働、在宅就労等の多様な選択肢から、自分のライフスタイルに合う働き方を選択できる環境を求めています。

 例えば、パートタイム労働についてみますと、最近、雇用者に占めるパートタイム労働の比率は、98年の16.3%から、直近99年10~12月期は19.8%へと、上昇しています。こうした変化について、例えば、本来はフルタイム労働を希望する者がパートタイム労働を余儀なくされているとか、世帯主の所得減少を補うために専業主婦が止む無く働きに出ている等、最近の雇用・所得環境の厳しさを示すものであるという見方があります。

 私は、こうした指摘を否定はしませんが、働き方が次第に多様化しつつあることを前向きに評価するべきであると思います。最近、労働市場の構造改革に成功した事例として、オランダが注目されています。この改革の大きな柱の一つは、パートタイム労働の促進を始めとする労働市場の柔軟化です。現在、オランダでは、パートタイム労働者の割合が約3割を占めており、一般的な家計の収入は、フルタイム労働とパートタイム労働を組み合わせたダブルインカム型となっています。このようなスタイルについては、景気変動等に対する抵抗力が高まること、仕事と家庭生活を両立できること、あるいは、夫婦が交互に専門的な教育を受けて生産性を高めることができること等、様々なメリットがあると指摘されています。

 他方、高齢者についても、フルタイム労働の継続か否かという二者択一ではなく、パートタイム労働や在宅就労など、働き方の選択肢が広がれば、勤労意欲がある高齢者が労働市場に参加し続けることが可能になります。長野県は、全国有数の長寿地域でありながら、老人1人当たりの医療費が全国で最も低いと伺いました。この背景として、高齢者の就業率が全国トップ・クラスということが端的に示すとおり、高齢者が生き甲斐を持って社会に参加し続けている環境が好ましい影響を及ぼしていると思います。皆様方のこうした取り組みは、来るべき高齢化社会を先取りしたものとして、非常に意義深いと感じています。

 老若男女を問わず働き方が多様化する社会になるということは、企業側にとっても、事業環境の変化に対して柔軟に対応することができるほか、知識、技術、経験を積んだ即戦力となる労働者を適材適所に採用できるなど、メリットが大きいと思います。

能力開発の重要性

 このように働き方が多様化することに伴い、長期雇用に対する労使双方のこだわりは次第に薄れるように思います。こうした中で、企業のコアの競争力を維持するための中核的な業務——技術・ノウハウを蓄積しこれを引き継いでいくこと——については引き続き長期雇用スタイルが維持されると思いますが、全体的には労働市場の流動性が高まる可能性があります。

 このため、企業、労働者双方の自発性がより発揮し易いような雇用環境を早急に構築しなければなりません。例えば、転職することが不利にならないように、税制、社会保障等の制度を見直すことなどが重要な課題となります。また、個々の人間が、職業訓練・能力開発を通じて、自分の生産性を高めることを支援することが重要です。経済構造が大きく変わる中では、従来以上に新たな教育を受けることが重要となるでしょう。例えば、個別企業に固有な技能・ノウハウを蓄積してきた中高年層の中では、最先端のコンピュータやネットワークの知識を習得するために、新たに専門教育を受けたいという希望が強まるかも知れません。こうした個人の意欲を活かすためには、各々のライフプランの中で自主的に能力開発に取り組める制度を整備する必要があります。

 なお、能力開発の問題に関連して、現在、雇用保険制度の見直しが進められています。その一環として、失業給付については、雇用のセーフティ・ネットとしての役割を維持するとともに、新たな雇用機会に就くために必要な職業能力の向上を促進するような弾力的な制度へと変更することが検討されています。また、失業を回避すること等を目的とした雇用保険三事業では、これまで企業に対して雇用を維持する側面が中心で、そのために様々な助成金が企業に支給されてきました。しかし、今後は、労働者一人一人が職業生活の全期間を通じて自主的に能力の開発に取り組むことを支援して行かなければらならないと考えています。

4.おわりに

 私からの話はひとまず以上とさせて頂きます。本日は、折角の機会ですので、どうか忌憚のないご意見を賜りたいと存じます。宜しくお願いします。

以上