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金融システムの安定と今後の課題 —— 資本基盤の一層の強化を ——

2000年 7月14日・金融財政事情研究会 創立50周年シンポジウムにおける日本銀行総裁挨拶要旨

2000年 7月14日
日本銀行

 日本銀行の速水でございます。本日は、金融財政事情研究会創立50周年シンポジウムにお招き頂きありがとうございます。

 さて、お話を始めさせて頂く前に、ひとつお断りを申し上げます。ご承知のとおり、一昨年4月から新日銀法の下で、私ども日本銀行は新たなルールに基づいて政策運営や組織運営を行っております。そうしたルールのひとつとして、政策決定会合のメンバーである正副総裁及び審議委員は、原則として、政策決定会合の前後の時期は金利変更や市場調節等の金融政策マターについて発言しない申し合わせとなっております。これは、そうした発言によって、市場関係者の皆さんに無用の憶測や混乱を招くことのないよう配慮したものであり、私どもでは「ブラックアウトルール」と呼んでおります。本日は、来週月曜日の政策決定会合を控え、その「ブラックアウト」の時期に当っておりますので、金融政策マターに関する発言及び質疑応答は差し控えさせて頂きますので、よろしくご了承のほどお願い申し上げます。

 私自身若い頃から、金融財政事情研究会の出版物や研究会などにより、ずいぶんと刺激を受けた記憶があります。また、私事ではありますが、もう二十数年前の1977年には、私自身の編著である「国際収支」(IMF方式の国際収支統計の解説を中心として、当時の外国局有志で共同執筆)を金融財政事情研究会から出版させて頂いたこともあります。

 さて、金融財政事情研究会が創立50周年とのことでございますが、日本の経済も過去50年を振り返ってみますと、朝鮮戦争の始まる前後、私は大阪支店にいて繊維産業の復興から特需景気への移行を窓口で経験しました。こうして、戦後の混乱期からの復興、輸出主導の高度経済成長、国際化、石油ショック、プラザ合意と円高、バブルの生成と崩壊、そして今回の長期不況など実に様々な事態を経験してまいりました。

 特に過去10年につきましては、「失われた10年」などとも言われているようですが、経済成長率が年平均1%そこそこにとどまる中で、金融システムの構成員である金融機関も大きな負担に耐えながら、その経営の舵取りを徐々に変えてきています。

 ご承知のとおり、日本の金融システムは、ここ数年、極めて難しい状況に陥っていましたが、ここにきて全体として落着きを取戻してきたように思われます。海外の評価を見ましても、昨年初まではずいぶんと心配された日本の銀行による外貨資金調達難およびそれに伴うジャパンプレミアムも、昨年3月の公的資金投入を契機に鎮静化しています。また、BISで開かれる中央銀行総裁会議─実は数日前にもスイスのバーゼルで開かれ、私自身参加していたのですが─こうした会議の場でも、わが国金融システムに関する不安や批判はほぼ鎮静化してきています。また、日本の銀行の格付も、合併銀行などでは上昇し始めています。

 もちろん、一応安定を取戻してきていると申しましても、そごう問題にみられますように、金融システムの更なる安定を達成していくためには、なお、多くの課題が存在します。本日は、そうした課題のうち、中長期的な観点から最も重要な課題のひとつである、資本基盤の強化について、一言申し述べたいと思います。

 課題の第1は、資本構成の問題です。日本の国際的に活動している銀行─これを自己資本比率規制上国際基準行と呼んでいますが─これら銀行の本年3月末の自己資本比率は11.8%、このうち、Tier 1の比率は6.6%と表面的にはまずまずの数字と言えましょう。しかし、米国のマネーセンターバンクの場合、自己資本比率13%、Tier 1比率8~9%となっています。米国の場合、自己資本に公的資金は入っておらず、しかも繰延税金資産は1年分しか計上されていません。日本の国際基準行について米国と同様の基準で再計算をしてみると、6.6%のTier 1比率は4%台へと低下してしまいます。このように、邦銀主要行と米国マネーセンターバンクとの資本構成の違い、言葉を変えて言いますと資本の強さの違いは、実際にはかなり大きいと言えます。

 こうした状況の下で日本の銀行に必要なことは、資本基盤の強化を目標として、本当に核になる資本を増やしていくことであると考えられます。さらに、資本の増強に加え、資本コストの引下げおよびROEの上昇という目標を加えますと、高コスト資本の償却や収益増による内部留保の積上げが望ましい、ということになります。

 課題の第2は、信用リスク、マーケットリスク、オペレーショナル・リスクなどの各リスクの適切な把握と、それに基づく十分な資本賦課です。現在、バーゼル銀行監督委員会では、自己資本比率規制の改訂作業を行っています。昨年6月、改訂に関する第一次の市中協議ペーパーが公表され、本年3月まで同ペーパーに関するパブリックコメントが募集されていました。そして現在、パブリックコメントを取入れながら、2年後の実施を展望しつつ更に改訂作業が行われている状況にあります。

 ここで特に注目すべき点は、現行の自己資本比率規制ではカバーされていない、銀行勘定のマーケットリスクやオペレーショナル・リスクも規制に取り入れていく方針であること、また、信用リスクの計測やそれに基づく資本賦課を従来よりもはるかに精緻なものとしようとしていることです。

 ここ数年、銀行が抱えるリスクは一段と複雑化、高度化しています。こうしたリスクに十分対処していくためにも、より精緻なリスク計測手法を開発し、それに基き各銀行にとって適正な資本を持つことが、今後の厳しい競争に打勝っていくための必要条件であると思います。

 金融システムの安定を更に確かなものとしていくための課題の第3は、外国資本や異業種が銀行業へ参入することに伴う競争の激化にどのように対処していくか、という点です。

 金融界を巡る最近の大きな特徴は、わが国の銀行業にビジネスチャンスを見出した外国資本や国内の事業会社が一旦破綻した銀行を買収したり、インターネットバンクを新規に設立する動きを活発化させていることです。こうした銀行の中には、これまで銀行の有力な収益の柱であった中堅・中小企業分野に焦点を絞って参入する戦略を明確にしているところもあります。

 また、コンビニエンスストアなどの巨大店舗網にATMを設置し決済を中心とするサービスを提供したり、インターネットを通じて顧客ニーズに合った様々なサービスを効率的に提供するなど、従来の銀行業には存在しなかった新しい形態の銀行の設立を企図する動きも大きな流れになってきています。

 このように銀行を巡る経営環境は大きく変化しつつあり、しかも競争は一層激化する様相を呈しています。こうした中で、銀行の最近の戦略を見ますと、近々持株会社を設立したり、あるいは合併により大銀行を形成しようとしているケースでも、また地域に根を張っていくことを中心にしているケースでも、コンシューマーズバンキングや中堅・中小企業取引を戦略の重点に置いています。

 これらの分野では、大手、中堅・中小銀行、外銀、ノンバンクなどが激しい競争を展開しています。こうした中で競争に勝っていくためには、個人や中堅・中小企業に関するデータベースを整備したり、ローコストとなるようなネットワークの構築がどうしても必要となります。そのためにはインフォメーションテクノロジーを駆使することが重要であり、それに必要な膨大な投資を行っていくためには、十分な資本を要しているか否かが勝負の別れ目とも言えましょう。

 さらに、特にメガマージャーを企図している銀行では、その主要戦略として、投資銀行業務、プロジェクトファイナンス、グローバルキャッシュマネージメント、アジアでのネットワーク強化などが強調されています。こうした分野では、米欧の主要行が既にかなりの基盤を築いており、特にグローバルキャッシュマネージメントやグローバルカストディなどの場合、先発の米欧銀行に互していくには巨額の投資と技術が必要です。このような分野の場合でも、最終的に競争力を決めていくのはIT投資であり、そのためには巨額の資本を必要とすることになります。

 以上申し上げてきましたような「資本基盤の強化」や「資本の効率的使用」は、“言うは易く行うは難し”の典型かとも思われます。しかし、米国の銀行が90年代初の銀行危機から復活したプロセスを振返ってみますと、(1)リストラの推進により収益が改善する→(2)それに伴い格付が上昇する→(3)その結果、資本・資金の調達コストが低下する→(4)更に収益が増加する→(5)増加した収益で高コストの資本、例えば優先株を買入れ消却する→(6)収益の増加により内部留保が増加する→(7)ROEが上昇する→(8)更に格付が上昇する、という好循環が生じていったことが見てとれます。

 また、資本の効率的使用、すなわち業務の「集中と選択」という点については、かつてシティ・コープがリード会長の決断により投資銀行部門を廃止してしまったことが思い起こされます。90年代半ば、シティ・コープの投資銀行部門のROEは13%と極めて高かったにもかかわらず、同行の戦略に照らし、投資銀行部門を廃止し、その部門の人的、物的資源をコンシューマーズバンキング部門に投入しました。この決断は様々な批判もありましたが結果的には成功であったわけです。“行うは難し”である「資本基盤の強化」や「資本の効率的な使用」を可能とするのは、最終的には、経営者の方々の決断であると思われます。

 21世紀まで残すところあと僅か5か月となりました。21世紀におきましては、わが国の金融機関が、金融機関経営に携わる方々の一段のご努力により、十分な国際競争力を備え、グローバルベースで世界最高水準の金融サービスを提供するよう、さらに発展されることを、多いに期待しております。

 日本銀行と致しましても、皆様方のご協力を仰ぎつつ、過去50年の経験とそれに基づく教訓を生かし、来るべき21世紀においても新日銀法の基本精神である「独立性」と「透明性」を一層確固たるものとしていきたいと考えています。

 ご清聴どうもありがとうございました。

以上