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大阪経済4団体共催懇談会における総裁挨拶要旨

2000年 8月31日
日本銀行

 日本銀行の速水でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様方とお話しする機会が得られましたことを、たいへん光栄に思います。また、平素より、私どもの大阪支店、神戸支店、京都支店がたいへんお世話になっていることと存じますが、本席をお借りして、厚く御礼申し上げます。

 当地にお伺いしますのは、一昨年11月30日以来約2年振りとなります。私はもともと出身が兵庫県であり、戦後復興期の昭和24年から26年に大阪支店に勤務しましたほか、日商岩井の頃には当地の輸出織物組合の理事長も拝命するなど、個人的には関西はたいへん馴染み深く、本日のこの会を楽しみにして参りました。

 本日は、はじめに若干お時間を頂戴して私からお話しさせて頂きました後に、皆様方からも最近の経済情勢等につきまして忌憚のないご意見を拝聴し、今後の金融政策運営の参考にさせて頂きたいと思います。どうかよろしくお願い申し上げます。

 はじめに、日本銀行の金融政策運営についてお話し申し上げます。

 日本銀行は、去る8月11日に、いわゆる「ゼロ金利政策」を解除し、銀行間の短期の市場金利である無担保コールレートの誘導目標を0.25%前後に引き上げる措置を決定いたしました。「ゼロ金利政策」は、昨年2月に、デフレ・スパイラル—物価下落と景気後退の悪循環—に陥る瀬戸際というたいへん厳しい経済情勢に対応してとられた、内外に例を見ない思い切った政策でした。さらに、昨年4月には、この政策を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」になるまで続けるという考えを明らかにしました。その後1年半が経過しましたが、景気は明らかに改善してきました。例えば、本年度の実質GDPの成長率に関する民間機関の予測を見ると、平均値は昨年末の+1.0%から最近では+1.6%にまで上方改定されています。企業収益を見ても、「短観」の調査結果によると、経常利益は2年連続の2桁増益が見込まれています。ただ、後ほど詳しく触れますが、日本経済は依然として様々な構造的課題に直面しており、そうした課題に真剣に取組んでいかない限り、持続的な高成長を望むことは難しいと思っています。しかし、同時にそうした制約のもとでも、景気循環が生じることも事実です。日本経済はデフレ・スパイラルに陥るようなリスクが問題となるような厳しい事態からは、ひとまず脱却できたのではないか、というのが我々の判断です。

 そこで、先程触れた「デフレ懸念の払拭」という判断基準について、改めてご説明したいと思います。ご承知のとおり、現在の日本経済には、情報通信分野での技術革新、流通合理化、世界的な競争激化の影響など、供給サイドから物価下落圧力が働いています。しかし、例えば、技術革新による物価の低下が、同時に経済活動の活発化や収益の増加を伴なっている場合、これを単純にデフレ的と捉えることは適当ではありません。そのような考え方に立って、我々が着目してきたのが、需要の弱さに由来するような物価下落圧力がどの程度残っているかという点です。そうした需要の弱さに由来する物価下落が続けば、企業収益、ひいては雇用者所得を圧迫し、景気後退を伴なう悪循環に陥るリスクが増大すると考えられます。これが昨年初めに危惧された事態ですが、その後の経済活動の改善に伴ない、こうした危険は徐々に後退して参りました。需給バランス改善の鍵となる民間需要の動向を見ると、設備投資はかなり力強い回復が始まっています。個人消費はまだ一進一退の状況が続いていますが、その基盤となる雇用・所得環境には改善の動きが出始めています。また、消費者コンフィデンスを表す指標を見ても、改善傾向が続いています。

 以上のような情勢を踏まえると、少なくとも、需要の弱さに由来するデフレ圧力は大きく後退したと判断されますが、そうした判断に立ち、ゼロ金利政策を解除し、経済の改善に応じて金融緩和の程度を微調整することを決定した次第です。只今、「金融緩和の程度を微調整する」という言葉を使いましたが、この言葉が示すように、我々は、今回の措置を、いわゆる「金融引き締め」とは位置付けていません。と言うのも、金利を引き上げたと言っても、コールレートが事実上ゼロの水準から0.25%に引き上げられたという程度の話ですし、一方、企業の収益率は大きく改善しているからです。また先程も述べたように、民間の経済成長の見通しも、昨年と比べれば上方修正されています。言い換えれば、金利を0.25%引き上げたと言っても、金融が景気回復を支援する役割を果たすという点では変わりはなく、そうした考え方はゼロ金利政策の解除を行った際の公表文でも明らかにしています。

 ゼロ金利政策の解除を巡っては、「ゼロ金利政策の解除が金融緩和の微調整であることは理解できるが、それでも、なぜ今、その微調整を行う必要があるのか」という議論も聞かれました。この議論を考える上では、次の2点がポイントとなります。第1に、景気の改善が続いている中で、ゼロ金利政策のような極端な緩和策を長期にわたり続けると、経済主体の間に、そうした非常に低い金利水準が将来に至るまで維持されるという期待に基づく行動が広がりやすくなるということです。そうした傾向が行き過ぎると、結果として、経済や物価の変動を大きくしたり、さらにそのような変動を回避するために必要な金利調整が急激になるといったリスクが増大します。金融政策運営上、このようなリスクを未然に防ぐことは重要であると考えています。

 第2に、それでは具体的にどのようなタイミングで、そうした政策を講じるかという問題です。この点、現在どの中央銀行も難しい課題に直面しています。すなわち、中央銀行は足許の状況だけではなく、先行きの経済・金融の状況を十分見越して金融政策を運営することが近年ますます求められるようになっています。同時に、中央銀行は金融政策運営に当たり基本的な考え方を説明しアカウンタビリティーを高めることも要請されています。この点、もし、先行きの経済・物価情勢や、金融政策が経済に波及する時間などを事前に正確に把握できているのであれば、アカウンタビリティーを確保しながら、そうした政策発動のタイミングを選ぶことは容易です。しかし、複雑な現実の経済のもとでは、金融政策運営が先行きのリスクを見越した方向に変化すればするほど、足許の経済状況とのギャップは広がり、政策運営の分かりやすさやアカウンタビリティーという面での難しさが増してきます。我々としては、先行きの経済・金融に潜むリスクも意識しつつ、同時にアカウンタビリティーの要請を満たすためには、経済の改善状況を確認しながら、現段階で金融緩和の程度を微調整しておくことが、賢明な政策運営方法のひとつであると判断した次第です。

 以上のような考え方に基づいて、ゼロ金利政策を解除したわけですが、冒頭でも触れたように、日本経済が、今後、民間需要主導で力強く発展していくためには、企業経営や産業構造の変革、金融システム強化などの構造改革を着実に進めていくことが不可欠です。そこで、後半の時間で、この問題についてお話したいと思います。

 「構造改革」や「構造調整」という言葉は、様々な意味に用いられますが、私自身はやや教科書風に言うと、「経済環境の変化に合わせて資本や労働といった生産要素を最も効率的な形で再配分し、その結果として日本経済の潜在成長力を再び高めるプロセス」であると考えています。そうした資本や労働、あるいは資源の再配分・再配置は、政府部門と民間部門、成長性の高い産業とそうでない産業、効率性の高い企業とそうでない企業、企業の中でも採算性の高い部門と低い部門といった様々なレベルで考えられます。そうした再配分・再配置のプロセスは大きな痛みを伴なうものですが、それなしには日本経済の中長期的な発展は難しいと思います。

 そうした再配分・再配置は市場経済である以上、これまでも不断に求められ、またわが国でも現実に起こってきたことですが、最近の動きを振返って見ますと、それ以前とは様相が質的にかなり変化してきたように思います。これには幾つかの理由が挙げられますが、私は特に以下の2つの理由を強調したいと思っています。

 第1の理由は、急激な技術革新の進展です。例えば、最近、米国を中心に急速に広まりつつあるIT革命は、情報処理能力を飛躍的に高めるだけでなく、ビジネスの手法に様々な変革を引き起こしつつあります。その結果、企業—既存の企業だけでなく潜在的な起業家を含め—はこうしたIT革命の成果をどのように活用するかしのぎを削っています。

 第2の理由は、金融・経済のグローバル化です。情報通信技術の発達や輸送コストの低下、あるいはそれらの要因によって生じた各種の規制緩和を背景に、個々の商品やサービスの価格がグローバル市場で決まる傾向が生じてきています。また、金融面でも、グローバルな資本市場の圧力に直接晒されることの多い企業にとっては、資本収益率向上の要請は特に切実なものとならざるを得ません。

 このような構造改革が進展していくためには、よく、ふたつのルートがあると指摘されます。ひとつは起業家やイノベーターといった個人の役割を重視する考え方です。もうひとつは構造改革を妨げる様々な制度の見直しを重視する考え方です。現在の日本でどちらが重要かと言われると、どちらとも重要としか言いようがないと思います。個人の役割という点では、本席にお集まりの皆様も新しい分野の開拓や経営の革新に日夜努力されていることと思います。従って、本席では後者の課題、すなわち構造調整という観点から見た制度の見直しの問題に触れてみたいと思います。この面では、近年、企業や金融機関の行動に大きな影響を与える制度改正が法律、会計、税制等様々な分野で行われてきました。

 そうした個々の制度改革に立入ってお話する時間的余裕はありませんが、以下ではその中でも特に重要であり、また日本銀行にとって関係の深い金融市場や金融システム改革の問題についてお話します。この面では、まず、不良債権問題が挙げられます。ここ1~2年、金融機関の資本基盤を強化するための公的資本の投入や破綻処理を円滑に進めるための法的枠組みが整備されたほか、金融機関自身も経営の立て直しに積極的に取組んできました。7月央に「そごう」が急遽民事再生法の申請を行った際、我々としては市場心理などに与える影響にも注目しましたが、結果的には、1997年や98年の秋のような金融システム不安時とは異なり、ジャパン・プレミアムが拡大するといったこともなく、銀行への信認が揺らぐことはありませんでした。このことは過去数年間の金融システム改革の努力の成果であったと評価できると思います。

 しかし、不良債権問題の克服は、景気への悪影響を防止するという消極的な意味合いに止まるものではありません。健全で活力ある金融システムは、市場機能を通じて、わが国の構造改革を後押しする重要な機能を担っています。

 すなわち、企業が経営の刷新に成功し、大きな利益を挙げることができれば、株式市場や社債市場、あるいは金融機関からの評価が上がり、さらに有利な条件で新たな資本や資金を調達することが可能になります。一方、事業展開がうまくいかなければ、市場による厳しい評価が下され、リストラや新たなビジネス・モデルの構築を求められることになります。

 ここで強調しておきたいことは、金融機関や金融市場のもつ審査機能ないしリスク評価機能とそれに裏打ちされた金利機能が、企業経営者に効率的な経営への規律を与えるということです。さらに付言すれば、そうした金融・資本市場を通じる規律は最終的には政府や公的機関にも及んでいく性格のものであるということです。例えば、1990年代前半、イタリア、カナダ、スウェーデンでは市場における国債の評価の低下をひとつの契機として公的部門の見直しが進み、これがその後の経済の活性化に貢献したと言われています。

 構造改革やその必要性という問題意識は、ここ数年、各方面で共有されるようになってきました。本日、私が申し上げたかったのは、金融システムの強化の目的は、単にバブル崩壊で疲弊した金融セクターを立て直すということだけでなく、経済全体の構造改革の推進の有力な手段となり得る、ということです。経済の改善が明確になってきたこの時期にこそ、明確な目的意識と具体的な方法を持って、構造改善に取り組むべきであり、その際、金融システムが果たすべき役割はたいへん大きいと思っています。

 幸い、最近では、わが国の金融市場、金融システムという点でも様々な変化の兆しが見られます。例えば、「株主重視」という考え方は、市場による評価を主軸にコーポレート・ガバナンスを作り直そうとする方法にほかなりません。また、外国金融機関の進出や投資家に占める外国人のウエイト増加、あるいは株式持ち合い解消といった動きも見られます。実際、このところ、外国の投資家を交えたM&Aが大幅に増加していることは、わが国企業の間でも、従来にない思い切った形で効率経営を目指す機運が高まっていることを示しています。只今申し述べたような動きは、時として行き過ぎを伴なうものであり、また個々の企業経営者の皆様方にとっては、たいへん厳しいものであることは十分承知していますが、日本経済の構造改革を進めるうえで、避けて通れないプロセスであるように思います。

 最後に、構造改革のプロセスにおける日本銀行の役割について触れてみたいと思います。

 最初に強調したいことは、当たり前の話ではありますが、構造的な要因に根差す経済の停滞に対しては、構造要因に真正面から焦点を当てた政策なり企業努力が不可欠であるということです。マクロ経済政策としての金融政策は、構造改革を直接の目的としているわけではありません。ただ、日本銀行としては、以下のふたつの面で果たすべき役割があると思っています。第1は、安定的なマクロ経済環境を維持することを通じて、企業の経営改善、ひいては経済全体としての構造調整の努力を間接的に支援することです。第2は、金融システムや金融市場の改革です。日本銀行は資金や国債の決済システムを提供し、また日々金融市場でオペレーションを行う市場参加者でもありますが、金融市場の変化に合わせて様々な見直しを行っています。例えば、来年初からは、日本銀行における資金や国債の決済を毎日決まった時点で一括して行うのではなく、指示があれば即座に個別に決済する仕組み—Real-time Gross Settlement—に移行する予定ですが、そうした仕組みは単に決済システムの安全性を高めるだけでなく、そのことを通じて金融機関のリスク管理を改善したり、中長期的には金融市場の機能向上に貢献するものです。日本銀行としては、そうした点も意識しながら、引き続き適切な金融政策運営に努めると同時に、金融システム・金融市場の改革という面でも貢献して参りたいと思っています。

 以上で私からのご説明を終わらせて頂きます。本日は構造改革の問題なども織り交ぜてお話しさせて頂きましたが、当地においても、大阪証券取引所をはじめ関係者の皆様のご尽力でナスダック・ジャパンが開設されるなど、新しい波が起きていることを感じます。ナスダック・ジャパンが当地における起業家育成に貢献され、関西経済界の一層の飛躍に繋がることを期待致しております。また、来年春には大阪港臨海部に「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」がオープンすると伺っていますほか、大阪が2008年のオリンピック招致の国内候補地になり、去る28日にはIOCの1次選考を突破するなど、明るい話題にも事欠きません。関西経済が益々元気になり、日本経済の牽引車となって頂くことを祈念致しまして、私の話を終わらせて頂きます。

 今後とも、私どもの大阪支店、神戸支店、京都支店が窓口となって皆様方のご意見を拝聴させて頂くとともに、地域経済発展のために十分なコミュニケーションをとらせて頂きたいと考えておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

 ご清聴どうも有り難うございました。

以上