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情報通信技術革新の下での金融システム

平成12年10月 5日・共同通信社主催「きさらぎ会」における日本銀行総裁講演

2000年10月 5日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.情報通信技術革新と金融システム
  3. 3.情報通信技術革新に対する基本的考え方
  4. 4.金融システムを巡る日本銀行の役割

1.はじめに

 本日は、きさらぎ会にお招きいただき、皆様方にお話しする機会を得ましたことを大変光栄に存じます。本席では、現在、急速に進展しつつある情報通信技術革新のもとで、わが国金融システムがどのような変貌を遂げつつあるのか、またそうした変貌の中で、金融システムの安定性と効率性の向上をどう確保していくべきかについて、日頃、私どもが考えていることをお話ししたいと思います。

 一般に「IT(Information Technology)革命」と呼ばれる、近年における情報通信技術の飛躍的な発展は、金融経済全般に大きな影響を及ぼしつつあります。こうした技術革新を牽引力の一つとして、史上最長の景気拡大を続けている米国などでは、従来とは異なる新たな経済(new economy)が生み出されつつあるとの見方もあります。また、これを19世紀の産業革命に比肩し得るものと位置付ける向きもあります。情報通信技術革新は現在進行中であり、これを経済史上、どのように位置付けるべきかについては、なお後世の冷静な検討を待つ必要があると思います。しかし、冒頭申し述べたように、情報通信分野における技術革新が、金融経済全般に大きな影響を及ぼしつつあることは、現時点でも、疑いのないところです。

2.情報通信技術革新と金融システム

 現在進行しつつある技術革新の特徴は、情報の処理と伝達にかかる、(1)スピードの飛躍的向上、(2)コストの大幅な低下、(3)ネットワークの広域化、更には国境を超えたグローバル化が、これまでにない速度と広がりをもって生じている点にあると考えられます。こうした技術革新は、広範な産業分野に影響を及ぼしつつありますが、とりわけ金融業は、様々な側面から大きな影響を受けています。

 このように、金融業が、情報通信技術の革新から、ひときわ強い影響を受けているのは、次のような事情によるものと思います。人間は、経済活動を円滑に行なうため、価値の尺度、交換、貯蔵の手段として「お金」という道具を作り出しました。金融業は、こうした抽象性の高い道具である「お金」に関連したビジネスであり、情報処理とネットワークを本質とするビジネスであるといえましょう。それ故に、金融業は、従来より情報通信技術の一大ユーザーでしたし、技術革新の成果を活かしやすい産業といえます。事実、これまでも、リテール預金など大量の情報の処理や記録を要する業務分野や、送金・為替のような広範なネットワークを要する業務分野では、コンピュータや専用通信回線の導入が業務の効率化や安全性の向上に大きく貢献してきました。また、最近の金融派生商品や証券化商品も、まさにコンピュータの小型化や普及とともに成長してきたと言ってよいと思います。

 しかしながら、最近の情報通信技術の高度化が金融システムにもたらす変化は、以上申し述べたような伝統的な業務の効率化や特定分野における新商品開発を可能とするだけには止まりません。その一つの例は、新たな金融サービス提供経路の登場です。インターネットに代表される新しい情報通信技術は、広範かつ低コストな金融ネットワークの実用化を可能としました。従来、金融サービスの提供は、金融機関の店舗網に大きく依存していました。しかし、最近の情報通信技術は、新たにインターネットや無人ATM網など、より多様で、より手軽な金融サービスの提供経路を生み出しています。

 新たな金融サービスの提供経路は、同時に金融取引のコストの大幅な低下をもたらしています。例えば、インターネット・バンキングは、銀行業務の処理コストを大幅に低下させています。米国における調査では、インターネットによる処理コストは、銀行支店の窓口で処理した場合の約100分の1以下であるとの推計例も示されています。

 更に、こうした新たなサービス提供経路の登場や処理コストの大幅な低下は、金融サービスの提供者の顔ぶれにも変化をもたらしています。その一つは、事業会社による金融業への参入です。従来、金融サービスの提供には、金庫やロビーなどのある金融機関の店舗網が不可欠でした。しかし、インターネット・バンキングや無人ATM網などの新たな提供経路の登場は、インターネットや小売業の店舗網のような、従来、非金融分野のネットワークとして利用されていたものを、比較的簡単に金融サービスを提供するためのネットワークに転用することを可能にしました。

 金融取引の処理コストが低下し、非金融ネットワークの金融ネットワークへの転用が容易となったため、事業会社のなかには、預金と貸出といった業務間のシナジー効果を期待せず、決済サービスなど特定分野に対象を絞り込んだ参入によっても事業採算がとれると見込む先が出てくるようになってきました。このように、参入の対象分野を限定できるようになったことは、参入の初期コストを更に低下させ、事業会社の参入意欲を一層刺激しているように窺われます。

 平成10年に証券取引法が改正され、証券業務が免許制から登録制へ移行したことを機に、事業会社は証券業務に参入してきました。そして、最近では幾つかの事業会社が銀行業務への参入構想を表明しています。このように纏まった銀行業務への新規参入の動きは、平成5年に金融制度改革法が施行され、証券会社が業態別子会社によって銀行業へ参入した時以来のことと言えます。情報通信技術革新による参入コストの低下は、銀行業務と証券業務という金融業内部の相互参入を超え、非金融業から金融業への参入を可能としています。

 情報通信技術の高度化は、事業会社の金融業への参入意欲を刺激すると同時に、既存の金融機関に対しても経営形態の見直しを促しています。最近、様々な形態による金融機関の提携・再編が活発化していますが、特に大手金融機関同士の合併・統合に向けた動きが目立っています。大手金融機関間の合併・統合、いわゆるメガバンク化の主たる狙いの一つは、異なる得意分野を有する金融機関同士が相互に補完しあうことにより、競争力を強化しようという点にあります。しかし、情報通信装置が競争力を左右しかねない現在の状況のもとで、金融機関が競争力を強化していくためには、将来に向けた巨額のIT投資が不可欠となっています。重複する分野のIT投資を共同化することにより、投資負担を軽減したり、戦略部門へのIT投資の積み増しを図るという狙いが、金融再編の一つの大きな推進力となっている面は否定できないように思います。

 情報通信技術革新は、金融サービスの高度化、多様化、効率化を促し、最終的には金融サービスの利用者利便の向上をもたらします。しかしながら、金融の情報化やネットワーク化が、金融に係るリスクの増大や複雑化、リスクの伝播スピードの上昇、更には新たなリスクをもたらす面があることも事実です。例えば、金融派生商品の多様化や取引量の増加は、リスクの複雑化やリスク量の増大をもたらしました。また、金融のグローバル化は内外金融市場相互の結び付きをますます強固にし、市場の一角で金融不安が生じた場合、そのショックが津波のように海外に伝播していくリスクを飛躍的に高めています。また、金融ネットワークの広がりは、ハッカーによるコンピュータへの不正侵入の可能性という問題を一層大きくするなど、事務リスクの多様化や広範化ももたらしている、と言えましょう。

3.情報通信技術革新に対する基本的考え方

 それでは、情報通信技術革新を原動力とする金融システムの変化について、我々はどのような基本姿勢で臨めばよいでしょうか。まず、情報通信技術の革新が、伝達スピードの面でも、範囲の拡大という意味でも、更に進展していくことは確実と考えられます。また、これが、現在のわが国経済にとって最も重要な課題の一つである構造改革を推進する大きな力となっている点に鑑みれば、前向きに受け止めることが適当かつ必要であると考えます。

 情報通信技術革新がもたらす金融システムの変貌についても、基本的に同様に考えるべきであると思っています。以下では、この点についてやや敷衍してお話ししたいと思いますが、あらかじめ、私の考え方を整理しておくと、次のとおりです。まず第1に、技術革新の進展は急激であり、その金融システムへの影響を見通すことは容易ではありません。こうしたことを前提とすれば、金融システムの変化に対しては、前向きかつ柔軟に対応していくべきだと考えます。第2に、従来型の事前的規制に依存して金融システムの安定性を維持しようとすることは、民間の自由なイノベーションの芽を摘み、金融市場のダイナミズムを削いでしまうため、適当ではないと考えます。金融システムの活性化と安定確保を両立させていく観点からは、むしろ、リスク管理と市場規律を重視していく必要があります。

 情報通信技術革新が、金融システムに影響を及ぼす究極のケースを想定してみると、(1)既存の金融システムを陳腐化させ、(2)これまで金融サービスを提供してきた金融機関の地位を揺るがし、(3)預金通貨、ひいては中央銀行通貨にまで影響を及ぼす可能性があります。現在の技術革新のスピードをみると、私ども中央銀行を含め、現在の金融システムに関係している者は、こうした事態が生じ得ることを念頭に置いておく必要があると思います。しかしながら、既存の金融機関も技術革新の成果を活用しつつ、自らの提供するサービスの改善を図っているため、既存金融機関と新規参入者が互いに切磋琢磨していく状態が相当程度続くという状況も十分に予想されるところです。

 また、情報通信技術革新が惹き起こしている金融システムの変化も、現在のところ、既存の枠組みに改善を積み重ねていくといった、漸進的なものになっています。例えば、本格的に決済業務へ参入しようとしている事業会社は、現在のところ、全く新しい業務内容の会社を設立して、全く新しい決済手段を持ち込むのではなく、子会社に銀行免許を取得させ、預金という従来からの決済媒体を利用する形をとろうとしています。このことは、決済業務の展開などの面では、既存のインフラを利用できるため、少なくとも現時点では、依然、銀行という器や預金という決済手段を利用する方が、そうでない場合に比べて有利であることを示しているように思われます。換言すれば、現在の技術革新は、事業会社による金融業参入の障壁を低くするところまで進展していますが、なお既存の枠組みを完全に壊すには至っていないと言うこともできましょう。

 また、急速な技術革新のもとでも、現在のところ、金融の本質的な機能は、あまり影響を受けていないように思えます。(1)資金余剰主体から資金不足主体へ資金を移転する機能、(2)リスクを再配分する機能、(3)決済機能、といった金融の機能は、金融システムを巡る急速な環境変化の中でも基本的に変っていません。

 以上のような現実の動きを踏まえると、情報通信技術革新がもたらす金融システムの変化については、次のように考えることが適当ではないかと思います。すなわち、技術革新により金融システムは大きく変貌する可能性がありますが、その程度やペースには大きな不確実性が存在します。従って、変化への対応も、不確実性を十分に意識しつつ、前向きに、かつ、情勢変化に即応できる柔軟な姿勢で対応していくことが適当と考えます。

 それでは、情報通信技術が高度化を続けているもとで、効率的で安定的な金融システムを再構築していくためには、どのような方策があるでしょうか。従来、わが国では、金融システムの安定維持の方策として、細部にわたる事前的規制や個別金融機関に対する個別指導が重視されてきました。こうした手法が、分業制・専門制を特色とした、かつてのわが国金融システムの安定に一定の貢献をしてきた面は否定できません。しかし、事前的な規制や個別指導に依存し過ぎると、折角、新商品を開発しても、開発者利益につながらないため、経営差別化のインセンティブが働きにくくなり、金融機関は横並び意識に陥りがちになります。更には自由なイノベーションや競争原理が阻害され、結果として金融システムの活力が低下するという大きな代償を払うこととなりかねません。現在、わが国はFree, Fair, Globalを基本理念とする「日本版ビッグバン」を推し進めており、金融商品やサービスの多様化、金融業における競争促進、金融市場の整備など広範な改革が実施されつつあります。こうした改革は、金融市場の活性化を図る観点から是非とも必要なものであり、できるだけ速やかに、かつ、着実に実施していく必要があります。

 現実問題としても、飛躍的な革新を遂げつつある金融技術のもとでは、最早、従来型の事前規制のみに頼っては、金融システムの安定性は維持できなくなっています。金融当局が、金融市場や金融取引の変化や高度化の方向を予測し、事前に細かな規制の網を掛けておくことは最早、不可能となっています。

 こうした変化の激しく、しかもその変化に不確実性が伴う時代において、金融システムの効率性を阻害することなく、その安定を図っていくためには、リスク管理と市場規律を一層重視していくことが重要と考えます。先程、情報通信技術の高度化が金融システムに及ぼす影響やその発現テンポについては、不確実性を排除できないと述べましたが、非常に明白なことは、情報通信技術が高度化しているもとにおいては、金融機関にはそれに見合ったリスク管理能力が必要になるということです。複雑化、高度化しつつあるリスクをより正確に把握するため、リスク計測手法の精緻化を図ること、そして、それに基づいて適正な自己資本を保有することが、今後の厳しい競争に打ち勝っていくための必要条件であると考えられます。イノベーションの過程においては、リスクを管理すること自体がイノベーションの対象となり、これに成功した者のみが、世の中をリードしていくことができるのです。技術革新により、「リスク管理はコスト」という考え方は完全に過去のものとなりました。金融機関経営者は、「リスク管理こそ収益極大化の手法」であることを銘記する必要があると思います。これまで、金融業におけるリスク管理は、主として信用リスクの管理に重点が置かれていましたが、今後は事務リスク、銀行勘定の金利リスクなどについても、高度なリスク管理体制を構築し、リスクに見合った質の高い資本を持つことがどうしても必要であることを敢えて指摘しておきたいと思います。

 効率的かつ安定的な金融システムづくりを進めるためには、市場規律の活用も重要な課題です。すなわち、金融機関の経営者が、市場から経営チェックを受けているという意識を持って、経営の健全性維持や収益力の向上努力を不断に払っていくことが必要だと考えます。こうした観点からは、金融機関が適切な会計基準に基づいて、経営内容を積極的に開示していくことが重要となってきます。この点、従来、わが国の会計制度や開示基準については、海外から改善の余地が少なくないとの批判も寄せられてきました。しかし、最近においては、いわゆるバブル崩壊後の反省に立って、不良債権の償却・引当基準が整備されたほか、国際的整合性などの観点から連結財務諸表の充実や時価情報の開示の拡充が進められるなど、急速なキャッチ・アップが図られつつあります。また、企業情報の開示面でも、法令上の開示基準をミニマム・スタンダードと位置付け、経営トップ自らが、自らの言葉で、開示基準を超えた経営方針や財務内容の開示を行なう姿勢が、市場から積極的に評価されるという風潮が次第に広がりつつあるように窺われます。私としては、こうした「良き風潮」が更に広がり、しっかりと根付いていくことを期待しているところです。

4.金融システムを巡る日本銀行の役割

 情報通信技術の革新が進展するもとでの、金融システムの変化に対する基本的な考え方は以上のとおりですが、それでは、こうした変化に対して、日本銀行はどのように対応していこうとしているのでしょうか。この点に話題を移す前に、金融システム、決済システムを巡る日本銀行の役割について簡単に整理しておくことにします。

 一般に中央銀行の発行する銀行券は、それを取引相手に引渡すことによって、決済を最終的に完了させることができます。また、中央銀行における当座預金も、中央銀行の信用力を背景に、最終的に決済を完了させる支払手段となっています。このように、中央銀行の債務である銀行券や当座預金を用いた決済は、支払を完了させるという意味で「ファイナリティー(finality)」を有していると言われます。民間によって運営される各種の決済システムも、直接的に、あるいは間接的に、中央銀行の提供する、「ファイナリティー」のある決済手段を利用することで、資金決済や、資金決済と結び付けて行なう証券決済を最終的に完了させる仕組みを採っています。こうしたことを背景に、各決済システムがそれぞれの運営主体によって責任を持って運行されることと並行して、中央銀行は、一国の決済システム全般における円滑かつ安全な決済の確保に責任を有しているのです。

 日本銀行も、日本銀行法第1条において、「銀行券の発行」と「通貨および金融の調節」のほか、「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」をその目的としており、わが国決済システムの円滑かつ安全な運行確保に対する日本銀行の使命が明記されています。

 こうした使命を全うするため、日本銀行は様々な役割を果しています。まず、日本銀行は「ファイナリティー」のある決済手段として、日本銀行券および日本銀行当座預金を提供し、その効率性と安全性の向上に不断に取り組んでいます。日本銀行が銀行券の効率的な流通を確保しながら、真偽の鑑定や偽造券の防止等に努めることは、国民の皆様が安心してお札を持ち、お札を使えるための信頼の基礎をつくるものです。また、日本銀行は、当座預金決済や国債決済の効率化を図るため、日銀ネットすなわち日本銀行当座預金と国債決済のオンライン化を行ない、その効率性と安全性向上のための様々な努力を続けています。

 それと同時に、日本銀行は、当座預金取引先である金融機関等に対して、考査やモニタリングを実施し、その経営体力やリスク管理などの実態把握を行なっています。また、金融機関の流動性が不足し、金融機関間の円滑な決済に深刻な影響を及ぼすおそれのあるような場合には、「最後の貸し手」として資金供給を行ない、システミック・リスクの顕現化を未然に防止しています。

 さて、話題を、情報通信技術革新のもとにおける、決済システムの効率性や安全性の向上、ひいてはこれらを通じた金融システムの安定確保のための日本銀行の役割に戻します。わが国決済システムは、日本銀行が自ら運営するシステムと民間が運営するシステムで成り立っています。決済システムが経済活動の基本的なインフラストラクチュアであることを勘案すれば、技術革新のもとで、新たな決済サービスの提供者や提供経路、あるいは決済手段が加わった場合にも、決済システム全体の安全を確保することの重要性に変わりはありません。そのためには、金融機関、民間決済システム、そして中央銀行が緊密な連絡をとり合いながら、それぞれの立場から責任をもって努力していくことが必要です。

 まず、先程申し述べたように日本銀行は、自ら日銀ネットという決済サービスを提供しています。日銀ネットは、主要な金融機関や民間決済システム等を参加者とする、円資金と国債の中核的決済システムとなっています。日本銀行の提供する決済システムが情報通信技術革新の波を的確に捉え、金融機関や民間決済システムの高度化をサポートしていくよう、今後とも不断の努力をしていく所存です。

 日本銀行では、現在、日本銀行当座預金や国債の決済を、来年初より即時グロス決済に移行すべく、準備を進めています。現在、日本銀行の当座預金決済には、1日の決まった時点に金融機関間の受払の差額だけを決済する「時点ネット決済」と、差引計算をしないで即時に決済を行なう「即時グロス決済」という2つの決済方法があります。実際には、ほとんどの決済が「時点ネット決済」の方で行われていますが、この方法には、参加金融機関に一つでも支払が行えない先があると、すべての金融機関の、すべての決済が停止してしまうという、大きな欠点があります。こうした欠点を克服するため、私どもでは、明年1月から、「時点ネット決済」を原則廃止し、「即時グロス決済」に1本化しようとしています。システミック・リスクと言われる支払不能が連鎖的に生じるリスクを削減する観点から、銀行間取引のような巨額の資金決済には、「即時グロス決済」が適切であるというのが世界に共通の考え方であり、わが国もこうした世界標準に移行しようとしている訳です。なお、即時グロス決済は、英文(Real Time Gross Settlement)の頭文字をとってRTGSと呼ばれています。

 なお、最近、証券界では、株式や国債の決済期間を短縮しようとする議論もみられています。現在、株式や国債は取引が行なわれた後、3営業日後に決済される慣行となっていますが、これを1営業日後に短縮しようとするものであり、未決済残高を削減し決済の安全性を高めるという観点から基本的に好ましい方向と考えています。こうした議論自体が、何よりも技術革新の進展を背景とする情報処理能力や通信速度の飛躍的向上によって促されているものですが、私どもとしても、こうした将来の決済慣行の変化を的確にサポートできるよう、日本銀行の提供するサービスを不断に改善していくよう努めて行く所存です。

 また、こうした日銀ネットの改善を、その目的である、わが国決済システム全体の効率性、安全性の向上に確実につなげていくためには、民間決済システムの運営主体との相互の協力が不可欠となります。複数の決済システムが併存するなかで、仮にひとつのシステムのリスク管理が十分でなく、そこに決済が集中するようなことがあれば、わが国決済システムの安全性はなかなか高まらないといった事態も考えられます。とくに、技術革新に伴って、利便性が向上する一方で、新たな種類のリスクが生まれ、リスクの量が増大している今日では、民間決済システムとの連携はますます重要になってきています。私どもでは、以前から、他の中央銀行とともに、主要な民間決済システムが満たすべき国際的な基本原則づくりを行い、これを提示してきました。10年前に作成したランファルシー基準は、世界的によく知られており、現在、これを踏まえた新たな基本原則作りを行っているところです。こうした基本原則をひとつの手がかりとしながら、今後とも民間決済システムの動向をつぶさにフォローし、効率性と安全性の向上が不断に追及されるよう、引続き働きかけ──海外ではこれをオーバーサイトと呼ぶことが多いようですが、──を行なっていく考えです。

 更に、情報通信技術の革新は、個別金融機関との関係についても、私どもに新たな課題をもたらしています。個別取引先の経営体力やリスク管理状況が決済システム全体の効率性、安全性に大きな影響を与える可能性がある以上、中央銀行にとって、個別金融機関との取引関係をどのように考えていくかは重要な課題です。そうした中で、先程述べたように、最近では、インターネット専業銀行など、新たな決済サービスの担い手も登場してきています。今後、仮に、事業会社の銀行子会社から取引開始の申し出があった場合には、基本的には、既に公表済の当座預金取引開始基準を原則としつつ、(1)当該先に固有のリスク特性に見合った自己資本の充実度合、(2)事業親会社との関係、(3)何らかの問題が生じた際のコンティンジェンシー・プランなどをも勘案し、個別に取引を開始することが適当かどうかを検討していく考えです。こうした先が、今後どのような形で決済ビジネスを展開していこうとしているのか、その活動が決済システムの効率性や安全性に、今後少なからぬ影響を及ぼし得るだけに、日本銀行としても、その業務展開の動向に大いに注目しているところです。こうした先が取引先となった場合には、考査やモニタリングを通じて、その活動をフォローしていきたいと考えています。

  なお、いわゆるメガバンク化が、金融システムのリスクをどう変化させるかという点については、現在のところ、見方が分かれています。メガバンク化は、リスクの集中を招くため、金融システムは、これまで以上にリスクの波及に対して脆弱になる可能性があることを懸念する論調もみられます。一方、金融再編に伴う収益力や自己資本比率の改善などを通じて、個々の金融機関のリスク耐久力が増大する結果、金融システム全体がリスクに対して強固になるのではないかとの見方もあります。

 現時点における事業会社の銀行業務参入は、子会社を設立した上で銀行免許を取得する形態を想定しています。また、メガバンク化の中で多くの金融グループは、持株会社の下に銀行子会社がぶら下がる方式を指向しています。日本銀行の考査は、直接の当座預金取引先である子会社を対象としています。しかし、事業親会社や持株会社が、当座預金取引先である子会社にかかる業務運営やリスク管理に関する方針を決定するなど、重要な経営機能を担う場合には、子会社に対する考査だけでは、子会社の実態把握が不十分となる惧れがあります。そうした場合には、考査の目的を達成するために必要な範囲で、立入を含む調査を実施することが必要と考えています。

 これまでお話ししてきたように、わが国金融システムは、情報通信技術の飛躍的な革新を背景として変貌を遂げつつあります。そうした中で、決済システムの効率性、安全性の向上を通じて、金融システムの機能向上に貢献していくことは日本銀行に課せられた一つの課題であると受け止めています。また、私どもは、こうした課題に真摯に対応することを通じて、1,380兆円を超える家計部門の金融資産が適切に再配分されるメカニズムが存分に機能することに貢献していきたいと考えています。こうしたメカニズムが市場原理を反映したかたちで適切に機能すれば、現在、わが国経済が直面している最大の課題の一つである構造改革の進展を、金融面から力強く後押しすることになると考えます。

 ご清聴ありがとうございました。

以上