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国際金融市場の透明性向上--マクロの観点から--

平成12年10月 5日・JCIF国際金融セミナーにおける日本銀行藤原副総裁講演要旨

2000年10月 5日
日本銀行

[目次]

  1. (はじめに)
  2. 1. 最近の国際金融危機とその再発防止に向けた取り組み
  3. 2. マクロの統計整備の方向性
  4. 3. 中央銀行・日本銀行の取り組み
  5. 4. 今後の課題

(はじめに)

 日本銀行の藤原です。

 私は新聞記者時代から国際金融市場の動向に深い関心を持っておりましたが、その中でも忘れられないのは、金・ドル交換停止により1ドル=360円の固定相場制度が崩れた「事件」です。ワシントン特派員時代、1971年8月15日に起きたニクソン・ショック、その日はちょうど夏休みで米国南部のノース・カロライナ州をドライブ旅行中でした。ニクソン大統領の記者会見に間に合うべく車をすっ飛ばし、スピード違反で罰金をとられた個人的な痛恨事とともにショックを体験いたしました。また米国の上下両院経済合同委員会がまとめた累積債務問題に関する報告書を中央公論社のために翻訳したことがありますが、その序文でキッシンジャー国務長官が「マネーを巡る国際的な危機は安全保障上の危機に匹敵する」と述べた言葉を印象深く記憶しております。これらの危機は、いずれも当時は深刻な問題でした。しかし、その後、日本銀行に籍を移し、最近の国際金融危機を今度は記者の視点ではなく国際金融当局の視点から振り返ってみますと、ニクソン・ショックや累積債務問題はかなり古典的な金融危機だった──との感慨がひとしおです。今日は、危機の様相が昔とは異なってきた現代の国際金融市場──あるいは国際金融システム──を安定させていくためにはどうしたらよいか、という問題について、透明性の向上という観点から若干の見解を述べさせていただきます。

1. 最近の国際金融危機とその再発防止に向けた取り組み

 国際金融市場あるいは国際金融システムの将来について語ろうとする場合、1997年夏のタイ・バーツ危機から始まり、1998年夏のロシアの事実上の債務不履行をきっかけとして先進国の金融市場にまで波及した、一連の国際金融危機の経験が出発点になります。その一部を記者として、また日本銀行の中から経験した者としては、この国際金融危機は、その激しさ、その規模の大きさ、あるいは危機がタイだけでなくインドネシア、韓国、香港、ロシア、ブラジルと連鎖的に発生した点で、従来の国際的な金融危機とは大きく様相を異にしたという印象があります。たとえば、激しさという意味では、インドネシアのルピアは1998年初(1月2日)から1か月足らずの間に(1月26日がボトム)58%も米ドルに対し下落しました。規模の面では、今度はタイの例になりますが、IMFなどの国際機関や先進国が用意したタイ向け支援パッケージの総額は172億ドルに上り、前年の名目GDPとの比率でみると、わずか3年前に発生したメキシコ危機と比べ2倍となりました。

 もちろん、国際金融システムがこのように大きく動揺したことをうけ、各国の当局、国際金融機関、そして民間の市場参加者は、それぞれ危機の原因を分析し、対応策を検討してきました。たとえば、危機の直撃を受けたエマージング・マーケット諸国の当局の中には、ヘッジ・ファンドのような投機資金が果たした役割を強調し、そうした投機資金を国際的に規制すべきだとする意見もあります。しかし、──今日の私のお話の主題からずれますので深入りはしませんが──国際金融危機は、各国の財政・金融・経済政策、経済開発のファイナンス手法、市場参加者の期待といった要素が複雑に絡み合って生じるもので、財政赤字をGDPのx%以内に縮減するといった政策ルールを一律に義務付けたり、特定の市場参加者の行動を直接的に規制したりすれば問題が解決するものではないと思います。確かに、今回の金融危機でみられたように、市場の力は時として暴力的な形で表面化することがあります。しかし、そのような市場の力も、うまく活用できれば、むしろ危機を防止する力として機能させることもできるのではないでしょうか。そのためには、当局を含むすべての市場参加者が、それぞれが直面するリスクをできる限り正確に把握し、失敗した場合に負わなければならない責任を意識しつつそのリスクを管理していくことが重要です。最近の国際金融界では、このような見方がコンセンサスになっているといってよいでしょう。

 こうしたメカニズムを国際金融の専門家は「自己責任原則に基づく市場規律の活用」と呼んだりしますが、それがうまく働くためにはいろいろな前提条件を整備しなければなりません。国際金融システムの安定性を強化するために現在もいろいろな場で続けられている議論は、どのような形で前提条件を整備すれば市場による規律が効果的に働くようになるか、という問いに対する具体的な回答を模索しているものだと言ってもよいでしょう。そこで意識されているのは、リスクの把握や分析のために必要十分な情報が提供されていないような場合には、損失が生じても、リスクの把握や分析を行った市場参加者の失敗として責任を問うことはできません。その結果、リスクの把握や分析を行うインセンティブが低下し、市場価格がリスクを十分に反映せず、市場規律も十分には働かなくなるおそれがあります。市場で必要十分な情報を入手しようと思えば入手できるということは、市場の透明性を高めること、と言い換えることができるでしょう。1998年5月のバーミンガム・サミット以来、G7各国の首脳が一貫して国際金融市場における透明性の向上が必要であることに繰り返し言及しているのは、このような考え方に基づくものです。

 それでは、国際金融市場における透明性の向上とは、具体的に何を意味するのでしょうか?私は、これをミクロの透明性とマクロの透明性とに分けて考えると良いのではないかと考えています。まず、ミクロの透明性とは個別の市場参加者についての情報です。言い換えれば、自分が取引しようとしている相手方が十分に信用できるか──お金を貸すのであればちゃんと返済してくれるかどうか、証券を買うのであれば代金を持ち逃げされないかどうか──といった点を判断するのに必要な情報です。これに対し、マクロの透明性とは、市場全体についての情報です。銀行がある国の企業に100億円の外貨建て融資を実行しようとする場合、その企業との取引だけをみれば返済に不安がなくても、他の多くの銀行もその国やその国の企業に100億円ずつ外貨を融資するような状況では、借り手国の外貨調達能力を超える融資が実行され、将来の返済について不確実性が高まるかもしれません。これらマクロとミクロの透明性はいわば車の両輪で、どちらが欠けても期待される効果を十分に発揮することができないでしょう。

 今日は、後者のマクロの透明性についてお話ししたいと考えていますが、その前に、ミクロの透明性に関する国際金融界の動きについて簡単に触れておきます。ミクロの透明性を確保するための重要な制度は、個々の市場参加者の姿をできる限り正確に市場に伝えるディスクロージャーです。ディスクロージャーは、もともと企業に出資したり、企業が発行した債券を購入する投資家の保護という観点から出発した制度でした。ところが、今日では、より広く、企業と日々の取引を行う相手方が、取引を行ってよい相手かどうかを判断するための情報を入手する手段としても重要になってきています。ディスクロージャーについては、すでに1994年の段階で、企業の実態を評価するためには、企業の期末時点の姿を静的に捉えた財務諸表上の情報だけでは不十分であり、企業が直面するリスクに関する情報の公開が必要である、ということをニューヨーク連邦準備銀行のフィッシャーを中心とする中央銀行のワーキング・グループが指摘しています。現在、同じフィッシャーが中心となって、中央銀行だけでなくバーゼル銀行監督委員会、証券監督者国際機構(IOSCO)および保険監督者国際機構(IAIS)とも協力して、リスクに関するどのような定量的な情報の公開が有益かつ必要かについて、銀行や証券会社だけでなくヘッジ・ファンドを含む市場参加者の協力を得つつ検討しています。このプロジェクトと並行して、バーゼル銀行監督委員会などの監督当局は、金融機関の健全性を確保していくために行政上の規制に加え市場規律を活用していく、という観点からディスクロージャーのあり方を検討しています。また、米国では本年4月以来、民間の側からもチェース銀行の前会長であるシプレー氏が中心となって銀行と証券会社に共通するディスクロージャーの充実案に関する提言が取りまとめられつつあります。このほか、ディスクロージャーに企業の経営実態をより的確に反映させるという観点からみると、国際会計基準に関する議論の進展も重要な動きであることは言うまでもありません。

 さて、今日のお話の本題である、マクロの透明性の向上に戻ります。マクロの透明性には、たとえば各国の経済規制の実態、倒産法制の有効性、決済システムの安全性、といったインフラ面での透明性も含まれるでしょう。今日はその中からさらに絞り込んで、中央銀行にとっても関係が深い統計の整備や充実を採り上げたいと思います。

 先ほどの銀行貸出の例について、アジアの金融危機前後の国際的な資金の流れを紹介しましょう。1997年後半のアジアの金融危機においては、短期の銀行貸出が危機を悪化させたことがしばしば指摘されています。アジアの諸国がより安定的な直接投資ではなく、短期の銀行貸出に依存しすぎたために、銀行の貸出態度の変化に対し脆弱になっていた、という見方です。こうした点について、BISが公表している国際与信統計によれば、(オフショア金融センターである香港とシンガポール向けを除く)アジア向けの銀行与信は、1989年12月末の1,122億ドルから、1996年12月末には3,612億ドルと、3倍以上に拡大しています。この中で、1年未満の短期与信の比率は49%から61%に上昇していました。すなわち、この統計は、アジア諸国の対外ポジション面で、短期の銀行貸出に依存するリスクが蓄積していたことを示していたといえるでしょう。仮に銀行がこうした統計に基づいてリスク管理を強化し、貸出姿勢を変化させていたとすれば、あるいは、借り手の側が資金の調達先を変化させたり調達期間の長期化を図っていたとすれば、アジアの金融危機の展開はまた違ったものになっていたかもしれません。

 これは、既存の有用な統計が十分に利用されていなかった例といえるかもしれませんが、利用可能な統計がない──言い換えれば統計にギャップがある──ために生じている問題もあります。たとえば、短期的な回転売買を繰り返すような市場参加者が全体としてドルを大きく買い越しているとしましょう。そこで追加的なドルの買いを入れることは、何らかの要因で市場参加者の期待が変化したときの反動を大きくするリスクを高めます。そのような市場全体でのポジションの積み上がりを判断できる統計が整備されていないと、追加的な取引を行うリスクを十分に判断することはできません。この点について、現在ではシカゴのIMM取引所のポジションを利用して分析することが多いと思いますが、より直接的に市場参加者のタイプ別にポジションを直接集計する統計を構築すべきなのかもしれません。次に、このようなマクロ情報のギャップがなぜ生じているか、そしてそれを統計の整備という形でどのように埋めていくことができるかについて整理したいと思います。

2. マクロの統計整備の方向性

 現在のマクロ統計が、なぜ国際金融市場の実態を必ずしも満足できる形で把握できていないかを考えると、マクロの統計が国際金融市場のグローバル化、高度化、電子化、といった最近の環境変化に十分対応しきれていないからといえるでしょう。今後の統計整備の進め方に関する基本的な考え方をまとめるには、まず、国際金融市場におけるこうした環境変化が既存の統計にどのような影響を与えているかについて整理してみるのが有益です。

 みなさんも日々感じていらっしゃるように、国境を越える資金の流れはますます増えています。たとえば、BISが公表している統計によれば1999年中の国際金融市場における資金調達額は27,980億ドルと6年前(1994年、10,460億ドル)の2.7倍になっています。また、ドイツ銀行によるバンカーズ・トラスト銀行の買収に代表されるように、国境を越える市場参加者の再編も進んでいます。このようにグローバル化が進むことには、国という枠組みに基づいて作成されてきた統計の信頼度を低下させる危険があります。たとえば、為替市場で活発に取引を行っている金融機関が、東京、ロンドンあるいはニューヨークといった拠点ごとにポジションを管理していれば、それぞれの拠点からデータの提供を受けることによって各市場における取引の状況をある程度把握することができます。ところが、最近では、ご存じのように「グローバル・ブック」といって、金融機関全体を通じた1つのポジションを拠点から拠点に引き継いで管理する手法が採用されるようになっています。これは、金融機関の立場からは、全社的なポジションのリスク管理を行うという点で望ましい傾向です。ところが、マクロの資金の流れを把握する、という観点からは、東京にある拠点が取引をしているのか、それとも本部が取引をしているのか、そして取引の結果としてどこからどこに資金が流れているのか、一見しただけでは解かりません。このようなグローバル化によって生じる現象を、統計上どのように把握すべきかについて早急に検討を進めないと、金融市場におけるリスクの把握に大きな欠落が生じることになります。したがって、国際的に整合的な統計を構築することが大きな課題といえます。

 次に、国際金融市場の高度化によって生じる問題を考えてみたいと思います。高度化とは、デリバティブ取引に代表される、高度な金融技術を駆使した取引の増加ということです。従来の金融取引に関する統計は、当然のことながら伝統的な金融商品ごとに集計されているため、新しい金融商品をカバーできません。また、高度な金融取引の担い手は、世界全体でもごく少数の先端的な金融機関ですが、これらの金融機関は旧来の業態にかかわらず同じような金融サービスを展開するようになっています。その結果、銀行、証券といった業態ごとに原計数を集計することが多い従来の金融統計では、市場の全体像を捉え切れない可能性があります。また、複数の事業部にまたがって行われた1つの取引が、事業部ごとに別々の統計作成者に報告され、一種の二重計上が生じることがあるかもしれません。さらに、新しい金融取引の多くはバランス・シートに計上されないオフバランス取引です。このような取引では、将来の受渡時期が到来しないと資金の流れは発生せず、それまでは従来型の統計には計上されない可能性があります。しかし、統計には計上されなくても、市場参加者はそれぞれのリスク管理プロセスにおいて日々の値洗いの結果をモニターし、必要に応じ行動を変えるようになっています。この場合、統計を見ているだけでは市場参加者の行動の変化を理解することはできません。たとえば、米国の銀行の韓国、インドネシアおよびタイ向けエクスポージャーのうちデリバティブ取引に起因するエクスポージャーは、金融危機直前の1997年3月と危機発生後の1997年末を比較すると、90億ドルも増加しました。これに対し、貸出などオンバランスのエクスポージャーは同時期に20億ドルの減少をみせています。両方の数字を合わせてみると、アジアの金融危機の米銀に対する影響は、オンバランスのエクスポージャーの推移だけでは十分に把握できず、有効な対策もとれなかったといえるのではないでしょうか。このほか、たとえば、銀行貸出のように一昔前まではある程度持続的と考えられてきたエクスポージャーも、クレジット・デリバティブのような新たな金融商品を購入することによってきわめて短い時間で削減したり、逆に積み増したりすることができるようになっています。以上のような金融取引の高度化による統計の歪みは今後ますます拡大する可能性があり、リスクの正確な把握という観点からますます真剣にその対応策が議論されなければなりません。

 マクロの統計に影響を与える3つ目の点として、電子化を挙げることができます。情報通信技術の急速な発展がもたらす影響の1つとして、国境を越える金融取引や資金のやりとりが加速し効率化していることが注目されます。こうしたインフラの変化に伴って、市場参加者がそのポジションを急速に組み替えることができるようになっています。その結果、これまで以上に統計の早期集計、早期公表が重要になってきます。

 環境の変化がもたらし得るいろいろな問題について指摘しましたが、環境の変化は統計の作成にとってプラスに働くこともあるでしょう。とくに強調しておきたいのは電子化、言い換えれば情報通信技術の進歩によって、市場参加者の取引データの多くがコンピュータの記憶装置の上に記録されるようになったことです。最近ではデータ・ウェアハウスといって、過去のデータを倉庫のように蓄積しておいて、後からそれを自由に組み合わせて引き出し、加工し、分析することによって経営上の判断に役立てようとする考え方が有力になってきています。一旦こうした形でデータが蓄積されれば、統計の原データとして利用できる形で取引データを整理することが従来よりも低コストでできるようになると考えられます。また、統計の原データをお願いする際にも、集計を人手に頼っていたときには、埋めなければならない解答欄の数が少ない方が報告負担が小さかったといえます。これに対し、コンピュータを使う場合、解答欄の数が少なくても、取引データを飛び飛びに集計しなければならないような場合には、集計プログラムを作成する負担がかえって増してしまうかもしれません。コンピュータが扱いやすい形でデータの提供をお願いするために発想の転換が必要になっているのではないかと思います。

 先に指摘した問題点に戻りますと、もちろん、問題があるからといって、現在公表されている統計が有用でないというわけではありません。むしろ、これらは統計を今後とも有用なものとして維持・改良していくために、早急に検討を進めなければならない点と位置付けることができるでしょう。ここで、マクロの透明性を向上させていくために必要な今後の統計の整備のポイントを改めて整理すれば、次の3点になるでしょう。第1に、国際的に整合的な統計を構築すること、第2に、新しい金融商品や金融技術が登場したり、市場に新しい参加者が現れても、歪みの少ないデータが把握できること、および、第3に、情報通信技術を活用することによって統計を迅速に作成・公表するとともに、報告者の負担を軽減すること、となります。

3. 中央銀行・日本銀行の取り組み

 国際金融市場のマクロの透明性を高めるために必要な統計整備を行うにあたっての課題を明らかにしたところで、次に、そのプロセスに世界各国の中央銀行および日本銀行がどのようにかかわっているかについてお話ししたいと思います。

 各国の中央銀行は、その生い立ちに応じ、日常の業務の一環としていろいろな統計を作成しています。たとえば、日本銀行では、マネーサプライを始めとする国内の金融情勢に関する統計や、大蔵省の委託を受けて国際収支に関する統計を作成しています。さらに、こうした国内的な統計業務に加え、国際的な中央銀行間の統計上の協力にも参加してきました。この統計上の協働作業は、他の中央銀行間の協力と同じように国際決済銀行(BIS)を中心として進められてきました。この協力体制の下、ここ20年以上にわたり統計が整備されてきています。今しがた、グローバル化がますます進行する国際金融市場において国際的に整合的な統計を整備することが重要であると申し上げましたが、BISの下での中央銀行間の協力体制はそうした形で整備作業を推進していく枠組みとして重要だと考えられます。

 やや技術的になって恐縮ですが、銀行から提供されるデータに基づいてBISが集計、公表している代表的な統計には、国際資金取引統計と国際与信統計があります。前者の国際資金取引統計は、世界各国間の資金の流れを、取引を行った市場参加者の所在地を切り口として毎四半期に集計している統計で、1974年以来公表されています。この統計を利用すると、たとえば、昨年1年間で国際的な銀行取引(資産)が、為替レート変動を調整したベースでみて2,410億ドル増加(前年末残高の2.4%)する中、ユーロ建て1取引が6,283億ドル増加したのに対し、ドル建て取引がほぼ横ばい(+207億ドル)、円建て取引が2,087億ドルの減少をみせていることなどがわかります。

 後者の国際与信統計は、借り手の国に対する資金の流れを貸し手の国籍によって名寄せした統計で、1985年以来半期ごとに公表されてきたものが、1999年末分からは毎四半期の計数が公表されるようになっています。この統計で何がわかるかについては先ほどお話しした通りです。

 このほか、3年に1回実施される外為・派生商品サーベイは、世界各地の外為およびデリバティブ市場の規模や構造を示す貴重な統計として注目が高く、次回は2001年春に実施されます。とくに、次回の調査ではユーロ導入後の欧州の金融市場に生じた構造変化やエマージング・マーケット諸国の通貨に関する取引状況の把握に力点を置くことになっています。また、東京市場については、ロンドン、ニューヨークに次ぐ世界の三大市場の一角を引き続き占めることができるかどうかもポイントでしょう。1989年の調査では、世界の15%を占めていた東京市場の取引高シェアは、前回1998年の調査では8%にまで低下し、第4位のシンガポール市場との差は1日平均で100億ドル(東京の1日平均取引高の6.5%)にまで縮まっています。取引高が多ければそれでよいとはいえないものの、東京市場がどの程度活発で厚みのある市場で、世界の市場の中でどのように位置づけられるか、注目しているところです。

 最後に、デリバティブ市場に関するより頻度が高い半期ごとの統計も1998年6月分から集計・公表されるようになったことにも触れておきたいと思います。この統計によれば、1999年12月末現在で(公表されている最も新しい計数です)、全世界のデリバティブ取引残高は想定元本ベースで88兆ドルに上っています。もっとも、表面的には大きな取引残高にもかかわらず、時価ベースのエクスポージャーは2.8兆ドルに止まっています。さらに、ネッティングなどが行われた後の実質的なエクスポージャーは1.0兆ドルまで縮減され、近年普及してきたリスク管理の手法が一定の成果を挙げていることを示しています。

 以上のように、BISが各国の中央銀行の協力を得て作成・公表している統計については、先ほど指摘したように、アジアの金融危機の背景にあった資金の流れを示しているなど、ますます注目されてよい統計だと思います。今後は、デリバティブ統計の新設にみられるように、新しい金融商品や金融技術の登場や、新しい市場参加者の出現に対応していくことが期待されています。

 なお、計数の提供主体が市場参加者ではなく各国の公的当局になる点でやや性格を異にしていますが、公的な外貨準備の透明性の向上も、G10諸国の中央銀行が提言したものです。これは、アジアの金融危機に際し、公的当局が自国籍の銀行の資金繰りの援助に外貨準備を投入していたり、外為先物市場への介入の結果巨額のオフバランスの外貨建て債務を負っていたりしたことが公表されている各国の外貨準備に反映されず、それぞれの国が直面するリスクの正確な評価が困難になっていた、という反省を踏まえたものです。1998年秋にとりまとめられた中央銀行のワーキング・グループの報告書の提言がその後IMFのSDDS(特別データ公表基準2)に採用され、本年の初めから各国で実施されるようになっています。このような形で各国の公的当局が保有する外貨準備の状況がより正確な形で明らかになれば、当局が経済運営において外貨の資金繰りにより注意を払うようになり、同時に、民間の市場参加者も各国の将来的な外貨建ての支払能力をより的確に判断できるようになります。こうした民間と当局双方のリスク管理が向上することを通じて、国際金融市場の安定性が向上することが期待されています。

 手前味噌にはなりますが、以上のような中央銀行間の統計協力の議論や作業に日本銀行は積極的に貢献してきています。たとえば、今紹介した、1998年から公表されているBISの新デリバティブ統計は、現在日本銀行のロンドン駐在参事である吉国が議長を務めたワーキング・グループが1995年にとりまとめた「定例市場報告」の創設についての提言に基づいており、通称吉国委統計と呼ばれています。ちなみに、この報告書は、国際的なデリバティブ市場において大手のディーラーが中心的な役割を果たしていることに着目し、そうしたごく少数のディーラーから協力が得られれば、グローバルな市場を基本的にカバーする統計が構築できるとしています。実際、64(もともとは75だったものが合併によって減少)の大手ディーラーから得られる計数で全世界のデリバティブ市場の9割以上をカバーする統計が作成できています。

 また、国際与信統計の見直しに関する提言が9月12日に公表されましたが、このワーキング・グループの議長も日本銀行のスタッフが務め、議論をリードしました。ご参考までに提言の内容を要約しますと、与信統計の集計にあたり、借り手を所在地ではなく国籍別に仕分けすることによって、カントリー・リスク統計としての性格を明確にすること──たとえば、現在の統計では米銀のバンコク支店に対する与信はタイ向け与信に計上されるのに対し、これを米国向けの与信として把握しようとするものです──、アジアの金融危機の際にも注目されたデリバティブ取引から生じるエクスポージャーを与信統計で集計される与信に含めること、および、契約された後、実行されていないコミットメント契約に起因するエクスポージャーの重要性に鑑み、その内容を精査した上で統計上明確な位置付けを与えること、といった提言が行われています。これらの提言は、先ほど述べた、統計の見直しの方向性に沿ったものとなっています。この報告書の内容は、今後、データを提供する金融機関との協議などを経て肉付けされ、2004年末から実現できるよう国際的な作業が進められることになっています。

 このほか、日本銀行では、BIS統計の原データとして国内の金融機関から提供されるデータについて、1998年6月以降、国内集計分を公表するようにしています。これは、国際的な集計が完了する前の段階とはいえ、国内の金融機関分のデータだけでも早期に公表すれば、その動向を分析することによってリスク管理の参考になると考えられるからです。なお、統計の利用者による分析を充実させるために、1990年以来の過去の時系列も1999年4月に公表していることも付言させていただきます。

  1. 1ユーロ域内の旧各国通貨建てを含む。
  2. 2IMFが、国際金融市場から資金を調達しようとする加盟国にとってどのような金融経済統計を公表することが望ましいか、という観点から作成した統計の公表に関するガイドライン。1996年4月に発効し、現在は47か国が遵守を表明している。国民経済計算や国際収支を始めとする17の分野について、どのような統計をどのような頻度で公表することが望ましいかを定めている。

4. 今後の課題

 今日は、国際金融システムの安定性を強化するための前提条件の1つであるマクロの透明性の向上について、とくに統計の整備という角度から、その必要性や日本銀行を含む各国の中央銀行が果たしてきた役割についてお話ししてきました。最後に、結びに代えて、この分野における今後の課題について4点ほど私見を述べてみたいと思います。

 まず、第1は、国際的な議論の枠組みを確立することの必要性についてです。先ほどお話ししたように、銀行取引に関する統計についてはBISを中心とする国際的な協力がこれまでうまく機能しており、それなりの成果を挙げてきたといえるでしょう。この間、これ以外の国際的な統計については、各国の統計作成者が各国ごとの統計をしっかり作成すれば、国際的に統計を集計することが可能である、という発想が強かったように思います。ところがどうでしょうか。各国の専門家の英知を集めて統一的な統計作成のマニュアルが整備された国際収支統計においてすら、各国の誤差・脱漏の集計値は647億ドルと巨額に上っています。これは、各国ごとの統計を積み上げれば国際的な統計ができるという、いわばボトムアップのアプローチだけでは足りないことを示唆しているように思います。言い換えれば、国際的な市場の姿を全体的に捉えるためにはどのようなデータを各国で集めるのが効果的か、といういわばトップダウンのアプローチも必要であるといえましょう。今後、国際金融市場の担い手が銀行以外の証券会社、保険会社、投資ファンドなどにまで拡大し、それぞれの参加者の間の垣根がますます低くなることを考えると、中央銀行間の統計上の協力が引き続き有効である保証は残念ながらありません。最近の国際金融危機を巡る議論でも、マクロ情報の充実を図るという総論には賛成が得られても、誰がそれを推進するかという各論になると議論が行き詰まるということがありました。したがって、国際金融市場の姿を全体として把握するために、関係者が知恵を出し合って議論を進めていくための枠組みを早急に確立する必要があるのではないかと思います。

 第2の点は、市場参加者が日常的に行っているリスク管理業務と整合的で、情報通信技術を十分に活用した統計手法を確立することです。市場参加者の間では、その商売上の必要性からリスク管理を強化する動きがますます明らかになっていますが、多くの分野においてその際の手法は、少なくともその分野におけるgood practiceを満たすことが一般的になっています。たとえば、多くの金融機関では、リスク管理を高度化するために、ポジションを定期的に時価評価するための情報システムを構築しています。また、信用リスクについても、拠点ごとの管理ではなく、連結ベースの全社的なエクスポージャーを把握するためのシステム整備を行っています。統計を構築するにあたり、こうした日常的なリスク管理のシステムで利用されているデータと整合的なデータを統計の原計数として提供してもらえるようになれば、すでに触れたように、統計に協力する主体の負担が減少するだけでなく、データの信頼性が向上し、データの迅速な提供による統計の早期集計・公表も期待できるようになります。今後、統計の整備を考えるにあたっては、統計の要件を先に決定してから計数報告システムの構築を求めるのではなく、報告者の既存のリスク管理や情報通信の技術をいかにうまく活用していくか、それによってどのように報告負担を軽減しつつタイムリーな統計の作成を目指していくか、という視点がますます重要になっていくと考えられます。

 第3の点は今述べた点にも関係しますが、国際金融市場において生じる新しい金融取引を包括的に把握できる枠組みを構築することです。たとえば、つい先日、日本銀行が発表したわが国の主要金融機関におけるOTCデリバティブ取引の想定元本ベースの残高は合計で13.9兆ドルでした。もちろん、この想定元本ベースの数字はそのままでは伝統的なオンバランスの取引と比較することはできません。デリバティブ取引をすべて時価評価して(ちなみに先の統計では1,402億ドル、想定元本の1%でした)、エクスポージャーに換算するのが第1歩であることについての理解は進んでいます。ただ、時価を集計するだけで十分なのか、あるいは金利や外国為替の相場の動きに対する何らかの感応度を加味した統計を作成しなければリスク管理上十分ではないのか、検討はまだ緒に付いたばかりです。かりに円・ドル相場が10円動いたときに市場参加者の損益がx億ドル変動する、といったマクロの統計が作成できれば、個々の市場参加者がそのポジションについてのストレス・テストを実行しているように、いわばマクロの市場全体に対するストレス・テストを考えることができ、国際金融危機の予防や危機管理の演習に役立てることができるかもしれません。ちなみに、G10諸国の中央銀行によるグローバル金融システム委員会ではこうした分野の研究も進めています。

 最後の点は、統計の利用者との対話を積極的に行い、統計を知っていただくとともにその改善に向けた意見をうかがうことです。どれほど情報量が豊富な統計でも、その統計が利用されなければ統計の原データを提供するコストやそれを集計するコストは無駄になってしまいます。市場参加者間の競争が厳しくなり、統計の原データを提供するコストが無視できなくなっていることは承知しております。また、今日では、統計を作成する当局の側にも合理化の必要性が強調されています。したがって、よく利用される統計を作成するために、いわばマーケット・リサーチの考え方が重要になっているといえるでしょう。先ほど、1997年にアジアで発生した金融危機の前にBISの国際与信統計にもっと注意が払われていたら、と申し上げましたが、この統計が示唆していたリスクの高まりに市場の関係者が気付かなかったのは、統計の作成に携わっている日本銀行にとっても大きな反省材料です。日本銀行としては、今日お話ししたBIS統計を含め、作成しているいろいろな統計の内容や性格をよりよく理解していただき、市場参加者の皆様に一層活用していただけるよう、今後とも一段と努力を払っていきたいと考えています。また、今日ご出席の皆様方には、日本銀行を始めとして関係機関が、国際金融市場に関しどのような統計を作成しているか、あるいは、どのようにそうした統計を活用できるかについて、新しい目でチェックしていただければと思います。その結果、部内のリスク管理などのために新たに利用できるものがあればご利用いただくとともに、改善が必要な点にお気づきの際はご意見をいただければ幸いです。

 今日は、国際金融市場の透明性を向上させる方策の1つとして、マクロの観点から統計整備という問題についてお話しさせていただきました。ここにご出席の皆様が所属していらっしゃる企業においても日本銀行が作成するものを始めとして多くの統計の原データの提供にご協力いただいていることと思います。最後になりましたが、ここに統計の作成に対する皆様方からの日々のご支援にお礼申し上げるとともに、本日お話し申し上げたような統計の充実の必要性に鑑み一層のご支援を賜わりますようお願い申し上げ、結びの言葉とさせていただきたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上